ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
そしてベルとアイズの特訓が始まった日、イサミとシャーナはついに深層49階層、『
直径は10kmを優に超え、天井の高さも数百mはくだらないであろう大空間。
外壁があるからわかりづらいが、地平線すら見える。
「すっげえな。天井がかすんでるぜ」
さすがにこの領域は未到達であるためか、シャーナもただただ感嘆の態である。
イサミも気持ちは同じであったが、目は周囲の景色を楽しむ一方で油断無く敵の姿を捉えていた。
「シャーナさん、伏せて! 岩陰に隠れてください!」
一瞬で感嘆の色を目から消し、地面から出っ張った岩の影に伏せるシャーナ。
岩陰から油断無く覗かせる目は、歴戦の冒険者のそれに他ならない。
「敵か。どこだ? 見えねえ」
「左前方10時半。4kmほど先に山羊頭の巨人がいます。多分フォモールですね」
「・・・よく見えるな、おい」
呆れたように目をすがめつつ、敵の姿を捉えようとするシャーナ。
常人の百数十倍、高レベルの冒険者と比べても十数倍の鋭敏さを誇るイサミの五感は、たとえLv.4のシャーナであってもたやすく追従できるものではない。
《ドラゴンの末裔》特技という一連の《特技》がある。
D&Dにおける特定のドラゴンの系統――たとえばレッドドラゴンとか、カッパードラゴンとか――の血統を引き、その力を発現させた者達が得る能力だ。
それはたとえばドラゴン譲りの超感覚であったり、高い術力や知識への適応能力であったり、鋭い爪や頑強な体、エネルギー攻撃への耐性であったりする。
そしてそれは概ね発現した竜の血の強さ――平たく言えば取得した《ドラゴンの末裔》特技の数に比例する。
つまり、"
本来1系統18種の中から、しかも最大でも7~8しか取得できないそれを、イサミは41系統18種、合計738個取得することができる。
もっとも、ドラゴンの強靱な皮膚を取得する《ドラゴン譲りの外皮》や爪を生やす《ドラゴン譲りの爪》特技は、取得すると明らかに人間離れした外見になってしまうので泣く泣く諦めているが、それにしても650を越える数だ。つまり、視覚などの知覚判定には+650。
D&Dにおける一般人の視覚判定値がせいぜい10であるから、どれほど桁外れの数値かわかるだろう。
更にそれを"
シャーナがぼやくのも無理からぬ事であった。
「・・・ああ、いたいた。で、どうする。遠隔攻撃か?」
「それもいいですけど、ギルドの記録によればだいたい複数の群れがいるそうです。
ここはもう一度気体化して、この階層全体を偵察しましょう」
「オーケイ」
頷きあうと、二人は30秒程かけてゆっくりと気体化し、更に透明化して空に舞い上がった。
十数分後、「大荒野」のほぼ中央で二人は再度実体化した。
数百mほど離れた群れのフォモール達が二人に気づき、シャーナが大剣を構える。
「こんな所に実体化して本当に良かったのか、おい?」
「ここだからいいんです。この地点ならほぼ一掃できる」
咆哮を上げながら突進してくるフォモール達。
その咆哮で周囲にいた他の群れも気づき、イサミ達の方を目指して走り始める――だが、もう遅い。
イサミが念じると、その周囲にぶんぶんと羽虫が唸るような音が聞こえる。
《高速化》された"
そして先端に魔法石がはまっている以外、飾り気のない白い杖――魔術師レノア特製の魔杖を高々と掲げ、イサミが本命の呪文の詠唱を終える。
「《範囲拡大》《最大化》《威力強化》《二重化》"
風が唸った。
怪物祭でスウォームシフター・キャリオンクロウラーを相手にしたときのドラゴンマークのそれとは違う、イサミ自身の強大無比な術力で発動された本物の"
風速480km(秒速133m)、直径3840mの巨大竜巻。
家程もある巨大な岩が宙を舞い、ぶつかり合って砕け散る。
最初は耐えていたフォモール達も、一分経たないうちに次々と空中に巻き上げられ、気流の渦にひねり上げられ、上空から地面に叩き付けられる。
そしてまた僅かな時間をおいて再び宙に巻き上げられ、気流の渦に飲み込まれる。
安全なのは台風の目、イサミとシャーナがいる直径6mほどの空間のみ。
二重の巨大竜巻に巻き上げられ、すりつぶされ、次々とフォモールが絶命していく。
「・・・いい加減お前の無茶苦茶には慣れてたつもりだったが・・・とんでもねえな、こいつは」
冷や汗をにじませながら相棒を見上げるシャーナ。
精神集中の維持に軽く眉を寄せながら、イサミがにやりと笑った。
魔術によってもたらされた大自然の暴威は、数分ほどで収まった。
大量の土砂と共に無残にねじくれたフォモールの死体が数百体、次々と落下してくる。
例によって"
安全階層である50階層は49階層と同じく巨大な空間だが、草木のろくにない「大荒野」と違い、鬱蒼たる森林――ただし骨のように白い――に覆われている。
二人は高さ10mほどの小高い岩山で休息を取ることにした。
「野営の跡がありますね。一月くらい前かな?」
「ロキ・ファミリアが遠征に行ってた頃だ。連中のだろうな」
「ですね。それじゃ少し早いですけど飯にしますか」
言いつつ、《歓待のドラゴンマーク》を発動する。
むき出しの地面の上にいきなり赤い絨毯が敷かれ、精緻な細工の施されたテーブルと椅子、そして山盛りの料理の大皿や芳醇な香りをかもし出す金属製の酒瓶などが現れた。
「うほっ! いやー、お前とパーティ組んで一番良かったと思うのは、何と言ってもこれだよなー!」
「どういたしまして」
もみ手をせんばかりのシャーナに続き、笑いながらイサミも席に着く。
最初のうちは驚いていたシャーナも、今や慣れたものだ。
胃袋を掴まれて逆らえる人間などいようはずもない――そもそもイサミ自身がその典型だ。
「さて、それじゃ52階層以下のことですけど」
食事が一段落したころ、イサミが切り出した。
「下から攻撃が突き抜けてくる・・・んだったな」
「俺も実際に見た訳じゃありませんけどね」
迷宮52階層から下は、58階層から階層の床をぶち抜いて直接「砲撃」を受ける非常識な階層だ。
かつての最強派閥がつけた領域名はその名も「竜の壺」。
58階層に鎮座する砲竜ヴァルガング・ドラゴンの放つ大火球が、階層床をぶち抜いて直接52階層の冒険者を襲う。
「まあ、一応準備はしてきましたが・・・」
「これな。お前を疑う訳じゃ無いが、どれだけ通用するもんやら」
シャーナが装備している真新しい指輪はイサミの作ったリング・オブ・グレーター・ファイア・レジスタンス。
名前の通り、火炎攻撃に対して高い抵抗力を得る魔法のアイテムだ。
それに加えて両腕に装備されたアームガード、
魔法の力場を生み出して鎧の代わりにするアイテムだが、それに加えて一分間だけ火炎に対して完全な防御を得る事ができる。
さらにヘファイストス・ファミリアで購入してきた最高級の耐火炎防具と、最後の切り札として"
「俺ばっかり強化してるけど、お前は本当にいいのか?」
「俺は大丈夫ですよ。俺がダメージ受けるような火炎攻撃なら、シャーナさんは魔法使わない限り一撃で蒸発しますって」
「うーむ」
事実である。
《ドラゴンの末裔》特技の中には、そのドラゴンの持つ元素系ダメージ、たとえばレッドドラゴンなら火への抵抗力を与えてくれるものがあるからだ。
イサミ自身が全力で自分に魔法をかけても、元素系の攻撃であれば装備含めて傷一つつかない。そのレベルだ。
「まあ、ここで悩んでてもしょうがねえか。実際に行ってみないことにはな」
「そういうことですね」
互いに右拳を握り、軽く打ち合わせる。
「おし、んじゃ行きましょう!」
「おうっ!」
――二時間後、真っ黒焦げになって51階層にたどり着いたシャーナと、こちらは無傷のイサミの姿があった。
初手でいきなり命中弾を食らったシャーナは、備えもむなしく全身を焼き尽くされ、即死こそしなかったものの、消費アイテムの大半をバックパックごと失ったのである。
無論アフロだ。
「畜生てめえ! 何で俺が真っ黒焦げなのにお前は無傷なんだよ?!」
「だからエネルギー攻撃に対しては高い耐性があるって言ったでしょう!
"ヒューワードの便利な背負い袋"にマジックポーションにエリクサーに・・・ああもう、大損だ!」
イサミの分のポーションその他はまだ残っているものの、これはどうにもならないと、二人は"
足音や臭いもごまかせる"
「あれだ、風になってそのまま突っ切ったほうが良かったんじゃねえか?」
「風になっても火炎攻撃は防げませんしね・・・穴をぶち抜いてくれるんですし、そのまま飛び降りる方がいいかも。
それか、"上位不可視化"をかけてそのまま速攻か・・・でも、それはやりたくないですねえ」
52階層へ続く階段の前でそんなことを話し合っていると、ふとイサミが通路の向こうに顔を向けた。
「モンスターか?」
「ええ。まあ、このままじゃ大損ですし、51階層で少しでも損を取り戻して帰りましょう」
「・・・そうすっか。憂さ晴らしだ」
ぺっと両手に唾を吐き、大剣を握り直す。
やや間を置いて突進してきたブラック・ライノスの群れはものの十数秒で駆逐された。
普通の身長の人間なら7、8キロ先くらいが地平線になるそうです。
なので、たぶん「大荒野」あたりは地平線が見られるんじゃないかなと。