ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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9-5 魔姫と超戦士

「さて」

 

 ちらり、と女がイサミに妖艶な流し目をくれる。

 鏡はいつの間にか消えていた。

 

「何か気づいたって顔ね。言ってみたら?」

「・・・"九層地獄(ナイン・ヘル)"に九人しかいない魔王(アークデヴィル)の一人、九層地獄の統治者アスモデウスの娘にして第六層の君主、魔姫グラシアの分体(アスペクト)、だと思うんだがな。

 その姿はこの世界の生物と融合しているから、か? おそらくはあの仮面や女と同じ・・・強化種」

 

 グラシアの本来の姿は全身赤銅色の肌に、角と尻尾、コウモリの羽根。

 美しくはあるが、一目で人外とわかる姿である。

 分体(アスペクト)とはいえ、通常姿は変わらない。

 

 だが今目の前にいる女は、一切の変身や幻像を用いていない。

 強大な存在ではあるが魔術にそこまで堪能ではないグラシアの、それも分体(アスペクト)が、イサミの"真実の目(トゥルー・シーイング)"と"魔力視覚(アーケイン・サイト)"をごまかせるとは思えなかった。

 

 ぱちぱちぱち、と女――グラシアが両手を叩く。

 

「惜しい、惜しいけど・・・いいところ行ってるわ。85点は上げてもいいかな」

「採点どうも。答え合わせはしてくれるのかい」

「100点満点の答えを出したら教えて上げるわ」

「つれないこった」

 

 肩をすくめるイサミに、グラシアが再び妖艶に微笑んだ。

 

 

 

 軽口を叩いて見せているが、実のところイサミにも余裕はない。

 わかってはいたはずなのに、いざ目の当たりにすると膝が震えそうな程に恐ろしい。

 不敵な態度も精一杯の虚勢だ。

 

 だがそれすらも目の前の二人には見抜かれていそうな気がする。

 それでも今から目の前の巨漢と戦わなくてはならない。

 一見平静なようでいて、イサミは追い詰められていた。

 

 

 

「さぁて」

 

 今度は巨漢が言った。同時にゆらりと一歩、イサミに向かって踏み出す。

 再び緊張が走った。

 

「ネヴェクディサシグとザナランタールを倒したんだって?

 おまけにこいつ(グラシア)の攻撃を凌いだそうじゃないか。実力・・・見せてみろよ」

「《高速化》《持続延長》"力場の檻(フォースケージ)"!」

 

 巨漢が言い終わるか終わらないかのうちに、イサミが呪文を発動する。

 不可視の力場の立方体に上下左右を囲まれ、巨漢は閉じ込められた。

 

力場の檻(フォースケージ)か・・・」

 

 不可視の壁を左手で探りながら巨漢が言った。

 イサミの魔力視覚が正しければ、男は呪文使い(スペルユーザー)ではない。

 

 マジックアイテムもおそらく基礎能力上昇系のものばかりで、呪文を発動するようなものは持っていない。

 後ろのグラシアが力場の檻を破壊しなければ、これで詰むはずであった。

 

 だが。

 

 探るように二、三回小さく円を描いた指先が、つぷり、と力場の壁に沈んだ。

 そのまま無造作に一歩を踏み出す巨漢。

 

「なっ・・・!?」

 

 次の瞬間、表面に僅かな波紋だけを残し、巨漢は力場の壁をすり抜けていた。

 

(魔力の干渉はなかった! いや、確かエピックレベルハンドブックに・・・)

 

 気がつけば、イサミの目の前にその巨体がある。

 

「くっ!」

「遅い」

 

 剣尖が五度、ひらめいた。

 

「がぁぁぁっ!」

「イサミ君!」

 

 イサミの全身から血が噴き出す。すさまじい威力であった。

 まともに喰らえば、第一級冒険者ですら即死。

 おそらくこの男は、迷宮58階層の砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)ですら一瞬に屠るはずだ。

 

 一撃一撃の重さ、鋭さ、そして何より、男の発する圧倒的な殺意。

 迷宮都市に来て初めて、イサミは「死」を実感した。

 

「さすがにタフだな」

 

 自分の一撃が文字通り龍を倒せる一撃だと知っているのだろう、巨漢が感心したように言う。

 

「さて、ここから何をやってくれるんだ?」

「こう・・・するっ!」

 

 イサミが精神を集中させたのは、女神ミストラより授かりし"願い(ウィッシュ)"の疑似呪文能力。

 ほぼ間違いなく、目の前の戦士はグラシア以上の難物である。

 イサミが選択したのはヘルメス・ファミリア及びフリュネも含めた、即座の逃走であった。

 

 目の前の戦士からは、《魔導士退治》特技・・・明らかに対魔術師戦闘に慣れた気配を感じる。

 発動の瞬間に一撃喰らうことを覚悟で、イサミは願いの言葉を唱える。

 

「我願う、我らを・・・グァッ?!」

 

 黒い刃の一閃。

 並の上級冒険者ならそれで即死する一撃だが、それでもイサミにとっては耐えられるダメージ。

 

 だが思わず驚愕のうめきを上げてしまったのは、苦痛のためではない。

 発動しようとしていた"願い(ウィッシュ)"の魔力が雲散霧消したためだ。

 

(なんだ? 何が起きた?! 呪文相殺? だが魔力の波動は感じなかったし、疑似呪文能力の相殺など・・・ならばあの剣か!?)

 

 混乱するイサミに対し、にいっ、と黒ひげの巨漢が笑う。

 

「つれないねえ。もうちっと遊ぼうじゃねえか」

「・・・っ!」

 

 イサミの手から、ノーアクション、ノータイムで迸る火線。

 《高速化》された"灼熱の光線(スコーチング・レイ)"だ。

 

 だが火線の迸る先に、既に黒い戦士の体はない。

 1mの距離から、矢よりも早く、しかも前兆無く発射された火線を「見てから」避けたのだ。

 

「いいね! そうこなくっちゃ! だが・・・甘いっ!」

「ぐっ!」

 

 再び五条の斬撃が空間に黒い線を描く。

 新たに五つ、イサミの体に深い傷が刻まれる。

 

「ちっ!」

 

 イサミは後ろに3mほど、一歩で後退した。

 一瞬だけ間合いが離れたすきに、呪文を発動する。

 

「《高速化》"重力反転(リヴァース・グラヴィティ)"!」

 

 黒ひげの巨漢の足下がふわりと、宙に浮く。

 重力逆転。

 空を飛べない戦士はそのままジ・エンド・・・にはならない。

 

「定石だな。だが、それくらいは対策してるぜ」

 

 巨漢は宙に「立って」いた。

 おそらくは"空中歩行(エアウォーク)"呪文なり飛行なりの効果を持つ何らかのマジックアイテムであろう。

 

 間合いを詰められ、またしても五連撃。

 イサミでなければとうに死んでいる。

 

(なら距離を・・・離す!)

 

 イサミは全力で走り出す。機動戦に持ち込もうというのだ。

 走りながら全力で攻撃を繰り出せる人間というのはいない。

 一撃一撃はどうしても単発になる。

 

 そもそも戦士相手に魔術師が接近戦をしている時点で圧倒的不利なのだ。

 せめて相手の手数を減らさねば、勝てるものも勝てない――だが。

 達人の技は、そんなイサミのこざかしい思惑すらあっさりと破ってのける。

 

「はははは! 追いかけっこか! 童心に返るなあ!」

 

 フリュネすら歯牙にかけない速度を誇るイサミに、巨漢は悠々とついてくる。

 全力疾走するイサミに対して、軽く走る程度の巨漢。その手には、いつの間にか巨大なロングボウが握られている。

 そしてそこにつがえられた5本の矢。

 

(げっ)

 

 そう思った瞬間、五本の矢が放たれた。疾走しながら、である。

 避けることも出来ず、魔法の障壁をも貫いて、五本の矢はあやまたずイサミの体に突き刺さる。

 

 《束ね撃ち強化》。

 どこぞの指輪っぽいエルフ無双が持っていそうな《特技》、といえば大体凄まじさはおわかり頂けるだろう。

 

 

 

 そしてイサミを瞠目させたことがもう一つ。

 

(消える?!)

 

 まるで"空間明滅(ブリンク)"呪文を使ったかのように、現れたり消えたりする巨体。

 魔力の反応は無いが・・・と考えて、イサミはそれが自らも身につけている特技、"稲妻の歩法(ライトニング・スタンス)"である事に気づく。

 

 魔法ではない純粋な体術による、相手の虚を突く回避機動と緩急つけた歩法の組み合わせ。

 現代世界の禹歩(うほ)と呼ばれる魔術的・武術的歩法にも通じる技法だ。

 

 この技術が極まっているが故に、ただ走っているだけのはずの巨漢は、短距離瞬間転移を繰り返しているようにすら見える。

 それがどういう事かというと・・・呪文の目標に取れない、単体呪文の対象にならないということだ。

 

 "灼熱の光線(スコーチング・レイ)"のような射撃呪文と違って目標に「命中」させる必要は無いが、単体対象にかける呪文は相手を認識していなくてはならない。

 一瞬前まで相手がいた空っぽの空間に魔力を発動しても、ただの無駄撃ちなのである。

 絶対命中の特性を持つマジック・ミサイル系も、目標を取れないのでは意味がない。

 

「なら・・・とっときだっ! 《高速化》《即時最大化》"時間停止(タイム・ストップ)"!

 くらえ、10連"輝きの猛襲(レイディアント・アソールト)"ッ!」

「ぐぉっ?!」

 

 虹色の輝きが10連続で爆発し、黒の戦士を飲み込んだ。

 

「効いた!?」

 

 これまで沈黙していたヘルメス・ファミリアの面々から歓声が上がる。

 範囲魔法ゆえに体術でかわせず、魔法やアイテムで軽減されるエネルギー攻撃でもない。

 間違いなくセーブされているであろうとは言え、イサミの呪文は初めて有効打を与えていた。

 

「つうっ・・・効いたなあ、こいつは」

 

 言いつつ、飛んでくる五本の矢。満身創痍のイサミの体に、更に傷口が開く。

 

「ぐっ・・・! というか、あれで死んでないのが不思議でならないんだがな」

 

 常用している"炎の泉(ファイアーブランド)"に比べれば、呪文修正が乗せられない分威力は劣るものの、それでも第一級冒険者を即死させるレベルの威力である。

 効いたと言いつつ動きに寸分の衰えも見られない敵に対し、一言もの申したくなるのも当然ではあった。

 

「不思議? お前に言われたくはねえよ。並の第一級なら、もう10回は死んでるはずだぜ」

「ごもっとも」

 

 にやりと笑うと、戦士は額に巻いていた布を目元にずり下げる。

 

「なんだ?」

「目隠し?」

「っ・・・!」

 

 ヘルメス・ファミリアの面々がいぶかしむが、イサミは一目でその黒い布の正体を見抜いた。

 ほぞをかみつつ、再び呪文を発動する。

 

「《即時高速化》《最大化》"時間停止(タイム・ストップ)"!」

 

 再び、10連続の遅発攻撃呪文が放たれる。

 だが今回は"輝きの猛襲(レイディアント・アソールト)"は一発のみ。

 残りはアークメイジの能力で炎・冷気・電気・酸属性を付与した"上級絶叫(グレーター・シャウト)"が9発。 

 

「おっと」

「くそっ!」

 

 攻撃を全て受け流した巨漢にイサミが舌打ちをする。

 "輝きの猛襲(レイディアント・アソールト)"と"上級絶叫(グレーター・シャウト)"は完全に無効化された。

 

 巨漢が目を覆った布は、「真なる(ブラインドフォールド・)闇の目隠し(オブ・トゥルーダークネス)」。

 視覚を封じる代わりに疑似視覚――心眼的なもの――を与え、光への完全耐性を与えるマジックアイテム。

 

 "輝きの猛襲(レイディアント・アソールト)"は強力ではあるが、目の見えない相手には全く効かないという欠点がある。

 "上級絶叫(グレーター・シャウト)"が回避されたのはおそらく巨漢のはめている指輪。

 

 "全精霊力無効(リング・オブ・ユニバーサル)化の(・エレメンタル)指輪(・イミュニティ)"

 元素の力を元にした攻撃全てを完全に無効化する、伝説級(エピック)マジックアイテム。

 火・冷気・酸・電気・音波などの属性を持つが故に、それらの呪文は無効化されてしまったのだ。

 

 最後の切り札として、9レベルのダメージフィールド創造呪文、"混沌のあぎと(モー・オブ・ケイオス)"という手もあったが、ここまで身体能力に差があると、フィールドの中に自分が叩き込まれて逆に潰されかねない。

 いや、間違いなくそうなるだろう。

 

 ――イサミが善属性、あるいは悪属性であれば、まだ手はあった。

 善ないし悪の信仰の力を呪文に乗せる《呪文聖別化》ないしは《呪文穢し》の呪文修正。

 元素の力では傷つけられずとも、信仰の力では傷つけられたはずである。

 

 しかし、イサミは中立属性であった。

 善にも悪にも、秩序にも混沌にも偏らない、真なる中立。

 ウィッシュで無理矢理特技を修得することは出来ても、信仰の力がないイサミにはそれを活用できない。

 それゆえに、イサミには最早状況をひっくり返す手はなかった。

 




黒ひげの戦士が力場すり抜けたのは特技とかじゃなくて、エピックレベルハンドブックに載っている「エピックな技能の使い方」の一つ。
〈脱出術/Escape Artist〉技能で120以上の達成値を出せば力場の壁の隙間をすり抜けられるとか、軽業技能で魔法を使わずに雲の上を歩けるとか、顔色から表層思考を読めるとか、色々トンチキな事が書いてあります。
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