ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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9-6 血まみれのイサミ

「がふっ・・・」

 

 何十度目かの強打を受けたイサミがついにくずおれる。

 辛うじて意識はある。だが通常ならとっくに意識――いや、生命すら失っている。

 意志の力で意識を、魔法の力で命をむりやりつなぎ止めているに過ぎない。

 街路には大量の血液が池のように溢れ、下水道へ流れ込んでいた。

 

 非常用に準備しておいた"九つの命の指輪(リング・オブ・ナインライヴズ)"も一瞬にしてチャージを失い、燃え尽きている。

 自動発動する九回の"大治癒(ヒール)"の魔力も、数秒事態を長引かせる程度の役にしか立たなかった。

 

「まあ、ここまでか。よく頑張ったよ」

 

 言って、黒の戦士はイサミの顎を強烈に蹴り上げる。

 的確な脳への打撃により、ついにイサミの意識が刈り取られた。

 おのれのぶちまけた血の海に、大の字に転がる。

 

 アスフィ達のほうにちらりと視線をやる。

 ぶん、と剣を振って血を払い飛ばし、鞘に収めた。

 

「ちょっとー!? 何剣を収めてるのよ!」

「やることはやったさ。とどめをさしたきゃお前がやれ」

「・・・意趣返しのつもり?」

「さあな」

 

 女の文句を受け流し、巨漢はきびすを返す。

 止める間もなく、そのまま本当に立ち去ってしまった。

 しばらくの沈黙の後、アスフィが口を開く。

 

「ご友人は去っていったようですが。あなたはどうなさいますか、グラシアとやら」

「そうねえ」

 

 イサミにちらりと視線を向けた後、無造作にアスフィに歩み寄る。

 その顎に手をかけて持ち上げた。

 

 息がかかる程に顔が近づく。

 雰囲気にそぐわぬ優しい花の香りが花をくすぐった。

 

「っ・・・」

「あなたの美しさに免じて、ここは私も引きましょうか?」

「・・・それはどうも」

 

 汗を流しながら、アスフィは毅然とした態度を崩さず、グラシアを睨み付ける。

 

「それにまあ、何かどうでも良くなったしね。やっぱりその子より弟くんのほうがいいわ」

「・・・?」

 

 怪訝な顔になったアスフィの顎から手を放し、フードをかぶり直す。

 きびすを返し、グラシアも街路の闇に消えた。

 

 

 

 しばらく経ってから、アスフィがふう、と息を吐いた。

 それが合図だったかのように、凍り付いていたヘルメス・ファミリアの面々が動きを取り戻す。

 

 珠のような汗をぬぐうもの、震える体を抱くもの、今更ながらに腰を抜かすもの。

 涙を浮かべて仲間にすがりつくものもいる。

 

 そうした仲間達の中、アスフィは足早にイサミに駆け寄った。

 懐からポーションを取り出そうとして、イサミの腕が上がったことにぎょっとする。

 

「イサミ君?!」

「だいじょうぶ・・・ですよ」

「ちっとも大丈夫じゃありません!」

 

 眉を寄せてしかりつけるアスフィに、転がったままのイサミが気の抜けた笑みを浮かべる。

 胸に置いた手から、淡い金色の光が漏れた。

 

 "シンバルの治癒の魔力(シンバルズ・シノストドウェオマー)"の治癒力が、徐々にイサミの負傷を癒していく。

 だがその速度はかなり遅い。呪文一回では黒の戦士の放った一連撃の1/3にも満たない。

 

 それでも全身の血は止まった。後はゆっくりででも着実に回復させればよい。

 それを見て取って、アスフィも安堵のため息を漏らした。

 

「呪文だけでは遅いようですね。このポーションも・・・」 

「大丈夫ですよ、精神力は山程ありますから・・・もったいないから取っておいてください」

「・・・まったく」

 

 嘆息し、アスフィはポーションをベルトに戻す。

 そのまま地面に膝を下ろした。

 

「ちょっ・・・汚れますよ・・・」

「いいんです、これくらい! 頭を出しなさい! 膝枕して上げますから!」

 

 怒ったようなアスフィの声。実のところは照れ隠しに他ならない。

 遠慮しようとすると、頭をわしづかみにされ、無理矢理引っ張られた。

 いくら細腕に見えてもアスフィもLv.4。牛を片手で持ち上げるくらいの力はある。

 

「あいたたたた! けが人ですよ、俺は・・・」

「なら、素直に言う事を聞きなさい! 怪我が治りきるまではこのままです!」

 

 イサミの頭を膝に乗せ、そっぽをむくアスフィ。その頬が僅かに赤く染まっている。

 イサミは苦笑しつつ、さらに呪文を唱える。

 結局、この姿勢はさらに15分程続いた。

 

 

 

 ゆっくりと、イサミが立ち上がった。

 全身血まみれのずたずただが、肉体の傷は既に完治している。

 

「本当にもう大丈夫なのですか?」

「ええまあ。それに衆人環視の中で膝枕というのは、その、思ったより・・・」

 

 言葉を濁す。

 アスフィは微笑んで、自らも立ち上がった。

 

 イサミが手をかざすと、イサミとアスフィの全身に付着した血糊がすっと消えていく。

 それから言う言葉を探すかのように頭をボリボリとかいた。

 

「その、お見苦しいところを・・・」

「いえ、あなたが来てくれなければ私たちは全滅していたでしょう。この外套も。感謝します。ですが・・・」

「?」

 

 イサミが首をかしげる。

 

「あれは・・・どうしましょう」

「ああ・・・」

 

 アスフィの視線の先には、まだぶつぶつとつぶやき続けるフリュネの姿。

 ふう、とイサミがため息をついた。

 

「まあ正直ホームを襲われたりして複雑ではあるんですが・・・助けて貰ったのも事実ですしねえ。

 そのままにしておいたら流石に寝覚めが悪いというか」

 

 アスフィが苦笑する。

 

「そう言うと思ってましたよ。では、彼女はお任せします。それと」

 

 そこでアスフィの表情が真剣なものになった。

 気がつけば、周囲のヘルメス・ファミリアの面々の視線もイサミに集中している。

 

「あの女・・・グラシアと言っていましたね。"九層地獄(ナイン・ヘル)"? デヴィル? バーテズゥ?

 この前の怪物達の事と言い・・・イサミ君。あなたは、一体何を知っているんですか?」

 

 アスフィの問いに、少し考えてから口を開く。

 

「この世界ではない世界から来た怪物・・・というところですか。

 おそらくですが、この前の目玉(ビホルダー)大怪魚(アボレス)、"白髪鬼"なども同様の存在でしょう」

 

 無言でアスフィが眼鏡を直す。

 

「異なる世界・・・ですか。地獄というものが存在するとでも?」

「神様の住む天界があるんだから、地獄もあっておかしくないんじゃないですか」

 

 肩をすくめ、イサミが冗談めかして言った。

 そんな馬鹿な、とアスフィは笑おうとして失敗する。

 結局別れの挨拶を告げて去っていくまで、彼女の表情はこわばったままだった。

 

 

 

 翌朝。

 食事を終えた一同がくつろいでいると、イサミがぴくりと眉を動かした。

 廃教会の入り口に仕掛けた"警報(アラーム)"の呪文に反応があったのだ。

 

 昨日の今日だけにシャーナに武器を取りに行かせ、ベルにヘスティアを守るように命じる。

 すると入り口の隠し扉(昨晩のうちにイサミが修理している)をノックする音がした。

 

「・・・どうぞ」

 

 イサミが返事をすると、隠し扉が開く音がした。

 

「あ~! イサミちゃんいたーっ!」

「へっ?」

 

 次の瞬間、褐色の弾丸が飛び込んできた。

 避ける間もなくイサミが押し倒される。

 

「んぐぉっ!?」

 

 イサミを押し倒したのは美しいアマゾネスだった。

 肩幅が広く均整の取れた、メリハリのある豊満な肉体。

 ただし恐ろしく大きい。2m近いイサミより頭一つは大きいだろう。

 

「ん~♪ あーもう、イサミちゃんだー♪」

 

 満面の笑みを浮かべ、イサミの首に腕を回してキスの雨を降らせる。

 

「ふわっ!?」

「ちょっ・・・」

「うわぁ・・・」

「なんだこりゃ」

 

 とっさのことで反応できないイサミ、茫然自失するヘスティアとリリ、真っ赤になるベル、曰く言い難い顔のシャーナ。

 

「と、とにかく離れろ!」

「やー♪ 私イサミちゃんと一緒がいい!」

 

 美女のほっぺたに手を当てて引きはがそうとするが、筋力は相手の方が圧倒的に上らしく、力ずくでつき放すことが出来ない。

 

 端から見ると痴話げんかにしか見えない光景に、ヘスティアが髪をうねうねさせて詰問する。

 

「こ、ここは処女神たるボクのファミリアだぞ! 今すぐ不埒な行為はやめるんだ! 大体君は誰だ!」

「ん~、わたし? わたしね、フリュネっていうの♪」

 

 一瞬の沈黙が落ちた。

 

「は?」

「え?」

「はい?」

「・・・・・・」

「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」」

 

四人分の絶叫が、地下室に響き渡った。

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