ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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第二話「ヘスティアナイフは成長する武器(レガシーウェポン)
2-1 ヘスティアとの約束


 

『よしよし、お前はいい子だから、舞踏会へ行けるようにしてあげよう。』

 

 シンデレラは、ふしぎそうな顔をして、お婆さんの顔を眺めながら、もしほんとならどんなにうれしいだろうと思いました。

 

                     ―― 『シンデレラ』 ――

 

 

 

 

 

「君達、こんな時間まで一体どこに・・・ベル君!?」

 

 ヘスティアは、ホームである廃教会の入り口で所在なげにたたずんでいた。

 まなじりをつり上げて詰問しようとしたその口から悲鳴が漏れる。

 

「怪我は治してあります。綺麗にして寝かせますから、神様は着替えを出してきて下さい」

「わ、わかった!」

 

 脱兎の勢いで廃教会の中に飛び込むヘスティア。

 物思わしげにその背中を見送って、イサミもまた廃教会の中に入っていった。

 

 

 

 ベルは自分のベッドの中で安らかな寝息を立てていた。

 固まりかけていた血糊は既にぬぐわれ、新しい服に着替えさせられている。

 

「一体、何があったんだい?」

「ダンジョンに潜ってたんですよ」

「・・・馬鹿かい!? あんな格好でダンジョンに行くなんて・・・武器も防具も、ポーションすら持っていってないじゃないか! 君みたいに魔法が使えるならいざ知らず! しかも一晩中!」

 

 一瞬唖然としたヘスティアが猛然と食ってかかった。

 イサミは二段ベッドの上に眠る弟の髪を撫でながら、その寝顔を見つめる。

 

「ええ、馬鹿ですね。でも、こいつ、言ったんですよ。『強くなりたい』って」

「・・・・」

 

 その一言に、ヘスティアの追求が止まる。

 しばらくして、再び女神は口を開いた。

 

「一体、何があったんだい」

 

 先ほどと同じ問いかけ。

 イサミは軽く首を振る。

 

「聞かないでやってください。多分・・・神様には知られたくないでしょうから」

「そういう言い方はずるいんじゃないかい?」

「すいません」

 

 イサミは目を伏せ、ヘスティアは溜息をついて天を仰ぐ。

 そのまま、しばし二人は無言だった。

 

 

 

「・・・ボクも、昨日寝てないからね。さすがに疲れたよ。

 ベル君は大丈夫そうだし、君もいいところで切り上げておやすみ」

「はい、そうします」

 

 そういってヘスティアはベッドに潜り込む。

 イサミも、もう一度ベルの髪をなでてから自分のベッドに潜り込んだ。

 

 

 

「ところで、何で寝てないんですか? 遅くなるって書き置き残しておいたと思いますが」

「・・・あー、いや、そのだね・・・」

 

 昨夜帰って来て、イサミが残した「二人とも遅くなります。先に寝ててください」というメモを見たヘスティアは、

 

『ま、まさか夜遊び!? ベルくんが大人の階段を上ってしまう! 待つんだベルくーんっ!』

 

 と暴走し、結局明け方近くまで歓楽街を駆け回っていたのである。

 

「うん、まあ、ちょっと心配でね! いろいろあったんだよ! それじゃおやすみ!」

「・・・おやすみなさい」

 

 口早にその場を取り繕い、ヘスティアは頭から布団をかぶる。

 それを追求しないだけの情けがイサミにもあった。

 

 

 

 

 

 ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~

 

 第二話「ヘスティアナイフは成長する武器(レガシーウェポン)

 

 

 

 

 

 三人が示し合わせたように目覚めたのは昼前だった。

 イサミがハムとレタス、そしてスクランブルエッグのサンドイッチを手早く用意して、食卓に並べる。

 言葉少なに食事を済ませた後、「神の恩恵」の更新に入った。

 イサミの伸びはほぼなし。ベルの伸びは・・・

 

「ご・・・合計で335!?」

「え、えええっ!?」

 

 思わずイサミが声を上げる。

 つられてベルが驚きの声を上げた。

 

「こら、更新中に動かない!」

「は、はい、すいません!」

 

 

 

 更新を終えたベルが服を着てソファに座る。

 隣にはイサミ、向かいのヘスティアは腕を組み、難しい表情でしばし沈黙する。

 しばらく沈黙が続いた後、ヘスティアが口を開いた。

 

「イサミくんから聞いたよ。強くなりたい――そう言ったんだってね」

「はい」

 

 強い瞳でヘスティアを見返してくるベル。

 まだ半月ほどのつきあいだが、この子がこれほど強い意志を見せたことがあったろうか?

 

 神には――例外はあるが――子供たちの心が見える。

 だからわかるのだ。

 ベルが、どうしようもないくらい本気だと。

 

 ヘスティアの胸を強い感情が締め付ける。

 ヴァレン某への嫉妬ではない。

 ベルが自分から離れてしまうことへの悲しみ。もしくは、彼を失うかもしれないという恐怖だ。

 

(けど――)

 

 ぐっ、とそれを押さえ込む。

 たとえそれがあの女への恋心から発しているのだとしても、ベルの望みを叶えてやりたい。

 ヘスティアはそう決めた。

 

「今の君は、理由はわからないけど、恐ろしく成長速度が速い。言っちゃえば成長期だ。

 君はきっと強くなる。そして君もまた、強くなりたいと望んでいる」

「・・・はい」

 

 強い瞳はそのまま、ベルがうなずく。

 ヘスティアが目を伏せた。

 

「約束してほしい。無理はしないって。

 昨日みたいなまねはもうしないと、誓ってくれ。

 ボクをおいて逝かないでくれ」

 

 はっとベルが目を見開き、うつむく。

 ヘスティアは目を伏せたまま。

 イサミは、そんな二人をじっと見ている。

 再び、しばらく沈黙が続いた。

 

「・・・わかりました」

 

 ぱっ、とヘスティアが顔を上げる。

 

「無茶、しません。がんばって、必死になって強くなりにいきますけど・・・絶対、戻ってきます」

「そうか・・・よかった」

 

 にっこり、とヘスティアが笑う。

 イサミがよくやった、というように頭をなで、ベルはくすぐったそうにされるがままになっていた。

 

 

 

「・・・よしっ、そうと決まれば!」

「?」

 

 はてなマークを頭に浮かべた兄弟の前で、ヘスティアが引き出しから何やら封書のようなものを取り出した。

 それを見て頷くと衣装ダンスを開け、服を一着引っ張り出してバッグに詰め込む。

 

「お出かけですか?」

「うん、ちょっと仕立て屋に。明日、友人の開くパーティに行くことにしたから。何日か留守にするけど、二人ともかまわないかな?」

「だったら遠慮無く行ってきてください。友達は大事ですから」

 

 にっこりと微笑むベル。

 対してイサミは不審げに頭をボリボリとかく。

 

「パーティはいいんですけど・・・神様、そう言う所に出られるような服持ってましたっけ?」

「う"っ」

 

 痛いところをつかれてヘスティアがへこむ。

 

「いや、この服を買ったところに頼み込んで、ちょっと仕立て直してもらおうかな―と」

「・・・ちゃんとしたパーティではさすがにきついんじゃないでしょうか」

「しょうがないだろ! お金がない・・・ひょっとしてあるのかい?」

 

 深層で、それも派手に稼いでいるイサミである。

 いくら高級品とは言え、ドレスの数着程度は大した事はない。

 

「ええまあ。そのうちお金が必要になったときに備えてストックはしてあります」

「でも兄さん・・・明日の夜だとさすがに間に合わないんじゃないの?」

 

 おずおずと訊いてくるベルに、イサミがため息をつく。

 

「まあなあ。吊し売りをいじってもらうならどうにかなるかもしれないけど。

 神様の一張羅くらいは揃えておくべきだったか・・・まあ、それは後日揃えることにして、今回は俺がどうにかします」

「どうにかって・・・どう?」

「魔法で」

 

 へ? と、ヘスティアが口を開けるひまもあらばこそ、イサミが右手をかざす。

 袖の下、右の手首から肘にかけて精緻な紋様が一瞬浮かび上がった。

 魔法同様の超常効果を発揮する紋様・・・ドラゴンマークである。

 

「歓待のドラゴンマークよ、その力を示せ。《仕立屋の(クロウジャーズ)衣装ダンス(クロウゼット)》」

「お・・・おおおお!?」

 

 ヘスティアの体が一瞬光に包まれたかと思うと、次の瞬間そこにいたのは、純白のドレスに身を包んだ麗人であった。

 

 銀糸で無数の刺繍をあしらった、シンプルで体の線を見せるドレス。

 肩は大きく露出し、腰から下はふわりと広がるレースに包まれたスカート。

 

 白い長手袋が二の腕の半ばまでを覆っている。

 額には宝石をあしらった銀色のティアラ、首には大ぶりのアクアマリンのネックレス、左右の腕には同じく上品な銀の腕輪。

 

「本当に女神様だ・・・」

 

 ぽろっ、ともらしたベルにヘスティアが食ってかかる。

 

「そりゃあないだろうベルくん! ボクは君と会ったときからずっと正真正銘の女神なんだぜ!」

「す、すいません!」

 

 頬をぷくーっとふくらませておかんむりのヘスティア。

 平謝りするベル。

 にやにやしながらそれを眺めるイサミ。

 

「イサミくんも笑ってるんじゃあないっ!」

「おお、申し訳ありません、偉大にして尊厳者たるわが主神よ」

「・・・きみ、ボクのことバカにしてるだろう?」

「いえいえ、忠実なるしもべたるわたくしが、何もってそのような」

 

 明らかに嘘くさい笑いを顔に貼り付けながら恭しく礼をするイサミをにらみ、うーっ、とヘスティアが地団駄を踏む。

 今度はベルが苦笑いをこぼした。

 

 

 

「まあとにかく、そいつは半日はもちますから、パーティなら十分でしょう」

「・・・解けたらどうするんだい? まさか丸裸じゃないだろうね?」

「元に戻るだけですよ・・・こんな風に」

 

 ぱちん、と指を鳴らして術を解除する。一瞬にしてヘスティアがいつもの紐女神に戻った。

 ちなみに別に指を鳴らす必要は無い。

 

「おおう。便利なものだなあ」

魔術師(ウィザード)ですから。けど、表では言いふらさないでくださいね。ベルもだ」

「・・・ああうん、わかった」

 

 意味ありげなイサミの目配せに、ヘスティアが頷く。

 イサミの魔法はベルの【憧憬一途】と同じく、きわめてレアだ。

 それが知られてしまった場合の結果は、推して知るべしだろう。

 

「ところでベルくん、君は今日もダンジョンに行くつもりかい?」

「ええ、もうちょっと遅いですけど・・・だめですか?」

「まあかまわないよ。けがは治ってるみたいだしね。でも、ボクと約束したことは忘れないでおくれよ」

 

 こくり、と頷くベル。

 にっこりとヘスティアが笑った。

 

 

 

「ところで、それだけお金があるなら、もうちょっと普段の生活に回しておくれよ。

 そうすればもっといいところに住むことだって・・・」

「え? いいじゃないですか、ここで。寝床があって台所があって、うまい飯も食えるでしょ?」

 

 心底不思議そうな表情で問い返すイサミに、ヘスティアが絶句する。

 多少人がましい環境になったとは言え、ここは廃教会の地下室、現代で言えば並の広さのワンルームマンションで、居間寝室台所ひとまとめ、間仕切りすらない。そんな所に三人で暮らしているのだ。

 普通「ここでいいだろう」というセリフは出てくるまい。

 しかも、現代日本で言えば億ションに住めるくらいの蓄えは既にあるのにである。

 

「い、いや、にいさん。普通はもうちょっと広いところに移りたいとか思わない・・・かな?」

「狭いか?」

「狭いよっ!」

 

 ベルでさえ突っ込まざるを得ないほどであった。

 うーむ、と唸ってイサミがあごをかく。

 

「よし、わかった。神様とベルがそこまで言うなら仕方ない」

「家を買うのかい? それとも借家でも出物があれば・・・」

「呪文で穴を掘って拡張しますよ。個室を作りましょう」

「違う、そうじゃない!」

 

 ヘスティアが頭を抱えた。

 

「大丈夫です、強度とスペースはちゃんと確保しますよ」

「そう言う事をいってるんじゃないよ!? だいたい何でこの場所にこだわるんだい!」

「地下の隠し部屋なんてかっこいいじゃないですか! わからないんですかこのロマンが!」

「わかるかぁぁぁぁぁっ!」

 

 絶叫したヘスティアが、力尽きたようにソファの背もたれに倒れ込んだ。

 

 

 

「まあ、ロマンは半分冗談として」

「半分かい」

 

 ヘスティアのジト目のツッコミも、マジックアイテムと《特技》で強化された面の皮を貫通することはない。

 涼しい顔でイサミは言葉を続ける。

 

「いいですか? 冒険者の戦闘力は装備にも左右されるんですよ。つまり、安全は金で買えるんです。

 だったら、普段の生活は最低限にして節約するべきでは?」

「そ、それは・・・そういうものなのかい、ベル君?」

「僕に聞かないでくださいよ・・・でも、なんというか、間違ってはいない気が・・・」

 

 実のところ、イサミの言はそれほど間違いでもない。

 実際にそこそこの暮らしで満足して、収入のほとんどを冒険関係につぎ込む冒険者は少なくない。

 賭場や娼館で豪遊して金をばらまく冒険者も同じくらい多いのだが。

 

 ともあれ、実質的に議論はそこで打ち切りになった。

 

「"物質分解(ディスインテグレイト)"!」「"物質分解(ディスインテグレイト)"!」「"物質分解(ディスインテグレイト)"!」

「"泥を石に(トランスミュート・マッド・トゥ・ロック)"!」

 

 イサミが呪文で穴を掘り、壁と床天井を石で固め、あれよあれよという間にヘスティアと兄弟、三人分の個室を作ってしまったからである。

 

「今日の帰り、買い物ついでに絨毯と壁紙も買ってきますよ。ああ、俺のベッドもいるかな。ドアは木材を買ってきて作りましょう」

「うん、好きにしてくれ・・・」

 

 もはや反論する気も起きないヘスティアであった。

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