ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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10-5 《魔法的防御貫通(ピアース・マジカルプロテクション)

「すごいわ・・・!」

 

 遠隔地をのぞく『神の力(アルカナム)』、『神の鏡』の円盤の前でフレイヤは陶酔する。

 ミノタウロスと戦っている。立ち向かえている。

 僅か一ヶ月前は、ただの駆け出しだった少年が。

 『神の鏡』を通して見える透明な、余りにも純粋な輝きにフレイヤは歓喜する。

 

「そうよ、もっと深く、深く、透き通った魂を・・・っ?!」

 

 次の瞬間フレイヤが目を見張る。

 ガタッと、椅子を倒して立ち上がった。

 

「これは・・・?」

 

 

 

 迷宮12階層。

 もう何十度目か、ミノタウロスの大剣と神のナイフが火花を散らす。

 

 技術と敏捷性はベル。力と耐久力は圧倒的にミノタウロス。

 敵に勝る先読みと身のこなしを活かし、辛うじて渡り合う。

 

 豪風を伴って振り下ろされる鉄塊を、辛うじて数センチのところで回避する。

 左のバゼラードでフェイントをかけ、右の神のナイフでの斬撃。

 

 だがミノタウロスも学習している。

 バゼラードには目もくれず、振り下ろした大剣を翻して神のナイフでの斬撃を防ぐ。

 

 注意すべきは黒いナイフ。

 それ以外は自分の肉を断てないと理解している。

 

「くっ・・・!」

 

 ベルが飛びすさった。ミノタウロスも、もう無思慮に追撃したりはしない。

 十何度目かの僅かな中断。

 少年も、モンスターも、互いに油断無く隙をうかがう。

 

「?」

「ヴゥ・・・?」

 

 しばしにらみ合っていた両者が同時に怪訝な顔になった。

 

「おい、俺の前を歩くな虎刈り野郎!?」

「嫌ならついてこなくていいんだぞ、童貞狼!」

 

 言い争いながら近づいてくる声。

 その片方は、ベルが生まれたときから知っているそれだ。

 

 それとともに多くの足音が近づいてくる。

 

「あれは!」

「うそ、本当にいた?!」

「あん? あのガキ・・・?」

「・・・!」

 

 ベルが振り向くことができればその面々に驚いたろう。

 イサミとシャーナ、レーテー、リリはともかくとして、アイズ・ヴァレンシュタイン、フィン・ディムナ、リヴェリア・リヨス・アールヴ、ヒリュテ姉妹、ベート・ローガらロキ・ファミリア。

 

 そしてもう一人、昨夜イサミとアスフィ達の前に現れた黒いひげの巨漢。

 冴え冴えと冷気を放つその黒い刀身が、イサミの首にぴたりと当てられていた。

 

 

 

 時間はやや巻き戻る。

 ふらふらとおぼつかない足取りで上層への階段を目指したリリは、数分程歩いたところで全速で走ってきたアイズ・ヴァレンシュタインに出会った。

 駆けつけようとするアイズを迷宮都市最強の冒険者"猛者(おうじゃ)"オッタルが阻んでいた頃、イサミもまた障壁に行く手を阻まれていた。

 

 リリからの"送信の石(センディングストーン)"による一報を聞き、イサミたちは51階層から即座にとって返した。

 体を再び気体化させ("グワーロンのベルト"の効果は11時間持続し、その間は何度でも気体化/実体化できる)、迷宮を全速力で駆け抜ける。

 

 中層を2分余りで通過し、12階層に入る。

 その瞬間、斬撃が来た。

 

「!」

「なッ!?」

「きゃあっ?!」

 

 気体化しているから、刃は空を切るのみだ。

 にもかかわらず、その瞬間"風乗り(ウィンドウォーク)"は解除され、三人は秒速30m、時速108kmの速度で宙に放り出される。

 

 三人とも咄嗟に体をひねって着地したものの、それに安堵している場合ではなかった。

 目の前の通路を塞ぐのはマントと灰色の戦闘衣のみで防具を身につけていない、黒ひげの巨漢。

 

 昨夜フリュネとイサミをたやすく退けた超戦士だった。

 

「・・・ったく・・・やっぱり来ちまったか。おい、ここで退く気は無いか?

 正直お前らを斬っても、面白いことはないんだがな」

「・・・」

「イサミ・・・おい、イサミ?」

 

 のんきそうに、だがみじんも隙はなく、巨漢が剣を突きつけてくる。

 イサミは汗を浮かべて無言。男の発する威圧感に身動きが取れない。

 

「レーテー、こいつが昨夜の野郎って事でいいんだな?」

「う、うん・・・」

 

 こちらも汗を浮かべながら、レーテーが大戦斧を構える。

 頷きながらシャーナも大剣と盾を構えた。

 聞かなくても、わかってはいたのだ。

 今目の前にいるのが、あのフードの女と同じ・・・あるいはそれ以上の絶対的存在だと。

 

 だが。

 

「おいイサミ、ぼけっとしてんな! ここは俺がどうにかする! お前は先に行け!

 いくらなんでもミノタウロスはベルにゃ荷が重い!」

「!?」

「梵天よ、聞き届けたまえ。我が体、木、鉄、石、乾いた物、湿った物のいずれにも傷つかず、昼にも夜にも攻められる事なし!」

 

 詠唱を完成させたシャーナの全身が青みのかった黒に染まった。

 そのままシャーナは大盾(タワー・シールド)に身を隠し突貫する。

 

「やめ・・」

「ふむ」

 

 イサミが制止しようとするが間に合わず、黒ひげの巨漢は無造作に剣を振り下ろす。

 構えた大剣と大盾の間に太刀筋はするりと滑り込み――

 

「がっ!?」

 

 シャーナの右肩を存分に切り下げた。

 

 

 

 血が噴き出す。

 刀身がシャーナの黒い皮膚に潜り込んだ瞬間、黒髪に青黒い肌だったその姿は元の金髪と白磁の肌に戻っていた。

 

「馬鹿・・・な」

 

 本能的に大盾を構え直しながらも、シャーナがよろよろと後退する。

 右肩は深く割られ、ろくに大剣を持ち上げることもできない。

 肉体的なダメージもそうだが、絶対の信を置いていた無敵魔法を破られた心的ショックも大きい。

 

 特技《魔法的防御貫通(ピアース・マジカルプロテクション)》。

 剣に強靱な意志と信念そして戦士の技を込め、敵の防御魔法を貫通、それどころか解除してしまう魔術師殺しの破格の《特技》。

 

「やっぱりな。何かの防御魔法だとは思ったんだよ」

 

 悠然と剣を構え直す巨漢。その動きに、レーテーがほぞをかむ。

 シャーナに斬撃を送ってからのその一連の動きには、Lv.5の彼女ですらつけいる隙が一切無い。

 

「イサミちゃん! シャーナちゃんの治療!」

「あ、ああ・・・」

 

 治療呪文をかけようと思いはする。

 精一杯の意志を振り絞る。

 だが、それでもイサミの体は動いてくれなかった。

 

 かちかちかち、とイサミの歯が鳴る。

 ちっ、と黒ひげの戦士が舌打ちをした。

 

「ったく、みっともねえ奴だな、おい。

 仲間がやられても動けねえのかよ。なら弟のことなんざさっさと諦めて・・・」

 

 かちかちかち、が、ぎり、になる。

 黒ひげの戦士が言葉を途中で止めた。

 

「うる・・・せぇっ!」

「ほう?」

「弟の・・・ベルのピンチだってのに、兄貴の俺がガタガタみっともなく震えていられるか・・・っ!」

 

 一歩踏み出したイサミが黒ひげの戦士を睨み付け、その喉もとに黒い剣の切っ先が突きつけられる。

 戦士の口元に、にやりと笑みが浮かんでいた。

 

「いいね、そうでなくっちゃ。・・・で、それで俺をどう乗り越える気だ?

 言っておくが、お前がなにか呪文を発動するより俺の剣の方が早いぜ?」

 

 レーテーがごくり、とつばを飲んだ。

 対照的に、イサミの顔にはいつの間にか――汗をかきながらも――黒い戦士のそれに似た、不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「なぁに・・・ここを切り抜ける算段はついてるんだ。取っておきの秘密兵器が・・・な」

「ほう!」

 

 自信たっぷりのイサミの言に、いたく興味を引かれた様子の黒い戦士。

 

「なら見せてくれよ、その秘密兵器とやらを」

「慌てるなよ・・・これさ」

 

 マントの下に隠していた左手をゆっくりと持ち上げる。

 開いたその手の中には・・・何もなかった。

 

「あん?」

「・・・イサミちゃん?」

「ああ、そっちじゃない。これだ」

 

 イサミが左の拳を軽く握る。

 中指にはまった飾り気のない鉄の指輪がかすかに光った。

 

「・・・!」

「?」

「・・・何なんだよ、一体」

 

 首をかしげたのはレーテー。茫然自失から復帰し、自前のポーションを飲みながら顔をしかめるのはシャーナ。

 そして黒の戦士だけは僅かに目を見張っていた。

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