ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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10-7 形質変化(トランスミューテーション)

 ここで場面は現在に戻る。

 ルーム入り口を塞いでいた"氷の壁(ウォール・オブ・アイス)"を解呪し――むろん、リリが逃げられるようにベルが張ったもの――イサミ達はベルの元へ到達したのである。

 

「ベル・・・良かった、無事か!」

「兄さん!」

 

 何事かを言おうとしたベルだったが、その後を続ける事はできない。

 再び、打ち合いが始まった。

 

「・・・!」

「ほぉ」

「へぇ」

「・・・あれって"英雄譚(アルゴノゥト)"くん? なに、凄い強いじゃん!」

 

 ミノタウロスの大剣とベルの神のナイフが火花を散らす。

 互いの攻撃を紙一重で避け、あるいは肉で弾き返し、攻防が続く。

 

 ときおりベルの鎧から火花が散り、髪が数本、血しぶき数滴が舞う。

 だがそれだけだ。

 けして致命的な打撃は喰らわない。

 

 それどころか同じくらいの頻度で、深手ではないものの着実にミノタウロスにダメージを与えている。

 ミノタウロスもベルの右手のナイフを警戒はしているが、技術と敏捷性で勝るベルに対して完璧に防御しきれていない。

 

 その様子をアイズは辛うじて冷静さを保って観察し、一方ベートは驚愕を隠し切れていなかった。

 

「馬鹿な・・・」

「ベート」

 

 びくっ、と狼人の体が震える。

 いつの間にか横に来ていたロキ・ファミリア首領フィン・ディムナの言葉。

 

「僕の記憶が確かなら・・・一月前。ベートの目には彼がいかにも駆け出しに見えたんじゃなかったかな?」

 

 静かな言葉に、ベートは何も答えることができず、ただ繰り広げられる戦いを凝視していた。

 

 

 

 一方でイサミとロビラーも戦いを注視している。

 

「ん? どうした?」

「いや、あのミノタウロスの太刀筋、どこかで見たような・・・」

「おまえさん、モンスターにも知り合いがいるのか?」

「そんなわけないでしょう。しかしこのままなら、うまくいけば勝っちまいそうですが・・・」

「あの女が、それを許すとも思えねえんだよなあ」

 

 言葉を濁したイサミに同意するかのように、ロビラーがつぶやく。

 

 

 

「その通りよ」

 

 この場の誰にも聞かれない場所で、女の声がささやいた。

 

 

 

「っ?!」

「ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥゥ・・・・!」

 

 ミノタウロスの、歯をむき出しての威嚇。

 一瞬注意をそらしたベルが、無言でナイフを構え直す。

 が、次の瞬間怪訝そうな顔になった。

 

「――――――」

 

 ミノタウロスのうなり声が唐突にやんだ。

 戦意をみなぎらせていた目が虚ろになり、びくんっ、と体が痙攣する。

 

「・・・?」

 

 それでもベルが油断無く間合いを詰めようとしたとき、「それ」は起こった。

 

「ガッ、ガァアァァァァァァァァァァ!」

 

 最初の咆哮と同じ、いやそれ以上の大音量でミノタウロスが吠える。

 相手を威嚇するためのそれではなく、苦痛の叫び声。

 別の存在に無理矢理作り変えられる事への抗議。

 

 ただでさえ筋骨たくましいその体躯が、更にもう一回り筋肉でふくれあがる。

 体が赤く変色し、装甲板の様な鱗が全身を覆う。

 

 一本だけ残った角が巨大化してねじくれ、爪と牙が伸びる。

 足の蹄がバキバキと音を立てて割れ、前三本、後ろ一本の太い蹴爪になる。

 ぐはあ、と硫黄臭い息が漏れた。

 

「ド・・・ドラゴン・・・!?」

 

 確かにそれは怪物の王と言われる存在を思わせた。

 だが依然としてミノタウロスでもある。

 赤い眼にみなぎる殺意と、たどたどしいながらも何者かに叩き込まれた剣の構えは、間違いなく今まで戦っていたミノタウロスのものだ。

 

「ヴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッ!」

「ぐっ?!」

 

 臓腑を震わせる咆哮。

 伝説の竜の咆哮のように魂を砕きこそしないものの、戦意をくじき、腹の底にまでダメージを与えてくるかのような豪咆。

 ベルは歯を食いしばり、必死にそれに耐える。

 

「ヴァアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「っ!」

 

 咆哮から、間髪入れず斬撃が来た。

 これまでと同じような大振り、だが桁違いに増強された膂力がそこにさらなる速度を加える。

 

 先読みを凌駕する剣速。

 回避できず、【神のナイフ】でいなそうとして。

 

「うわぁぁぁぁっっ?!」

 

 【神のナイフ】の刀身に大剣がかすった。

 たったそれだけのことで、数メートル吹き飛ばされる。

 勢いをこらえることもできず、無様にごろごろと転がった。

 

 だがミノタウロスは待ってはくれない。

 追撃の踏み込み。

 大上段に振りかぶった渾身の一撃。

 

「ぐっ!?」

 

 素早く立ち上がろうとしてできず、転がって斬撃を回避する。

 

 爆発音。

 ベルの全身を破砕された床石のかけらが叩く。

 

 再び数メートル転がされ立ち上がったベルが見たのは、3mにも及ばんとするクレーターであった。

 魔力ではなく、ただ純粋な膂力でそれをなした怪物はゆっくりと立ち上がり、ベルの方を振り向いた。

 

 赤い眼がベルを射すくめる。

 

 がちがち。

 がちがち。

 

 何だこのうるさい音は。そう思って、ベルはそれが自分の歯が鳴る音なのに気がついた。

 歯の根が合わない。体の震えが止まらない。

 

 戦えると思った。

 自分は強くなったと思った。

 

 愚かしい過信、根拠のない慢心への圧倒的な否定。

 見えた希望の頂きからの滑落。

 一度昇ったぶん、その落差も激しい。

 

「ヴオオォォォォォォッ!」

「ひっ・・・!」

 

 一気に間合いを詰めての振り下ろし。

 ウサギのようにおびえきったベルは、自らに迫る死をただ見ているだけ。

 

「・・・っ!」

 

 だが体は勝手に反応した。

 ぎぃんっ、と鋼の打ち合う音を立て、致命的な一撃から辛うじて体幹を守る。

 一週間の間【剣姫】に叩き込まれた防御がぎりぎりのところでベルの命を救った。

 

 だがそれだけだ。

 弾かれて、吹き飛ばされて、立ち上がって、そこに追撃。

 右の肩アーマーがはじけ飛び、再びベルは吹き飛ばされる。

 

 そこからは一方的な展開になった。

 防戦一方のベルに、異形のミノタウロスの大剣が襲いかかる。

 

 辛うじて紙一重でかわすのは同じ。

 だが、反撃する余裕は全くない。

 

「ヴァアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「ぐっ!」

 

 吹き飛ばされる。血しぶきが舞う。

 立ち上がる。大剣が振り下ろされる。

 

 転がってかわす。木の幹が飛んでくるような蹴り。

 かすっただけでまた吹き飛ばされる。転がる。左肩に痛み。

 

 立ち上がる。目の前に大剣を振りかぶったミノタウロス。

 ナイフとバゼラードを全力で叩き付ける。びくともしない。

 

 割り込ませたナイフで斬撃を中途半端に受け止める形。

 重すぎる振り下ろしに巻き込まれ、体がくの字に折れる。

 

 圧倒的。もはや力では完全に太刀打ち出来ない。隔絶している。

 足下が破砕する。弾かれた体は空中で一回転し、クレーターに埋まる大剣の上に。

 

「グルォォォォォォォォォォォォォォッ!」

 

 ミノタウロスが、不快の咆哮を上げる。

 ベルが上に乗ったまま、渾身の力で剣を振り上げる。

 

「うわあああああああああああああああああああああああっ!?」

「えっ!」

「嘘っ!?」

 

 天高く、ベルが舞った。

 その高さと距離は10mを越えるか。

 たっぷり3秒は滞空した後、時速50kmで石床に激突する。

 

「がはっ・・・・」

 

 受け身を取っていてなお全身に走る激痛。

 肺の空気が全部押し出される。

 

 二、三度バウンドして体が止まる。

 震える手足を叱咤し、立ち上がる。

 両手の武器を構えるのと、横殴りの斬撃が来るのが同時。

 

「ブモゴォォォォッ!」

「ごぶぅっ!」

 

 斬撃は【神のナイフ】で受け止めた。

 だが衝撃は防ぎきれない。

 胸甲と神のナイフ越しに斬撃の衝撃を受けたベルの肋骨が、みしりと嫌な音を立ててきしんだ。

 

 同時に、またも吹き飛ばされる。

 床と水平に5,6m飛んだ後バウンドし、転がって再び10mほど距離が離れた。

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