ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「・・・おい。俺が言う事じゃないが、そろそろ助けないでいいのか?」
末期的な蹂躙劇に顔をしかめ、ロビラーがイサミに問う。
もとより彼とて、このようななぶり殺しを是とする人間ではない。
魔姫グラシアに命令され、形ばかりの服従をしているだけに過ぎない。
一方でアイズはベルとミノタウロスを注視しつつも、イサミの顔をちらちらとうかがっている。
レーテーやティオナも同様だ。
シャーナは大盾と剣を地に突き立て泰然としているように見えるが、その額には汗。
フィンやリヴェリアたちは、いぶかしげな表情を浮かべつつも沈黙を保っている。
だがそのようなロビラーの言葉にもアイズ達の様子にも気づかないかのように、イサミはこの場にいる人間誰もが見た事の無いような険しい表情で、右手の親指の爪に噛みついている。
「・・・あるんだ」
「ん?」
「あいつには、あるんだ・・・素質が。あるはずなんだ・・・!」
安易に弟を助けるな。
かつて兄弟の祖父はそうイサミに言った。
心情は別として、それが正しいことをイサミの理性は理解している。
だがそれだけが理由なら、とっくにイサミはベルを助け出していたはずだ。
この場にいる誰もが知らない、14年の歳月を共にしたイサミだけが気づいているベルの素質。
それを信じたい兄の気持ちと、もう無理だという理性の声のぶつかり合いが、イサミの精神を限界近くまで張り詰めさせている。
「がぁっ!」
イサミが血走った目を見開く。
横薙ぎの一刀がベルのガードをはじき飛ばした。
武器を落としはしないものの、両手は痺れてしばらくは動くまい。
「ヴォォォォォォォォォォォォッ!」
一瞬遅れて、真っ向正面からの唐竹割。
かわそうとして足がもつれる。
「あっ!」
「だめっ!」
思わずアイズが飛び出す。
だがいかに神速の【剣姫】といえども、振り下ろす剣より早く走る事はできない。
血しぶきが舞い、石床に十何個目かのクレーターを作った爆発によって、ベルの体は吹き飛ばされた。
「ベルッ!?」
「・・・っ!」
イサミが叫ぶ。
アイズが顔面蒼白で立ち止まった。
誰もが息を呑む中、土埃の中で動いたものがある。
「ベル!」
「おお・・・!」
ベルだ。
足をもつれさせたのが幸いしたか、後ろに倒れ込んだベルはほんの僅かな差で両断を免れていた。
震えながら立ち上がったベルの右肩から左腹にかけて赤い線が走り、
使い手を守れと託された使命を果たし、力尽きた鎧が軽い音を立てて石床に落ちる。
その音が、ベルの最後の意気地を折った。
(無理だよ・・・こんなの勝てるわけがないよ!)
涙を浮かべ、少年は自らの敗北を認める。
満身創痍。
今も体中の傷から血がしたたり落ちている。
ナイフを握る手は震え、腕は萎え、足には力が入らない。
失血でともすれば目はかすみ、にもかかわらず今にも吐きそうだ。
目の前のミノタウロスは本物の怪物だ。
こんなイレギュラー、Lv.1の自分に勝てるわけがない。
がっくりと、体から力が抜ける。
しょうがないじゃないか、異常事態なんだから、と何かがささやく。
最優先は生き延びる事だ、生き延びる事ができれば、いつかもっと強くなれる。
だからしょうがない、今は蛮勇をふるう時じゃない、かっこわるくても生き延びるべきだと、そうささやく。
助けを求めても恥じゃない。
諦めても、ギブアップしても悪いことは何もない。
死んだら全ておしまいなのだから。
にいさんたすけて。
そう言おうとして、首を動かす。
その時、これまでミノタウロスだけに集中していたベルの視界に、初めて周囲の状況が目に入った。
剣を突きつけられた兄。シャーナ。レーテー。レーテーの腕に抱えられる、気を失ったリリ。
フィンをはじめとするロキ・ファミリアの面々。
それら全ての視線に共通するのは「まあ、しかたがない」というあきらめの感情。
彼らにもわかるのだろう。ベルの心が折れたことが。
だが。
だが。
だが・・・
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
心配そうにこちらに向けられたその瞳。
いたわりと心配を込めた瞳。
それに気づいた瞬間、ベルは言うつもりだったはずの言葉を忘れた。
(・・・・・・・っ!)
かっと頭が燃える。
折れたはずの意気地が体を突き抜いてそそり立つ。
生き延びる事が最優先? それがどうした。
蛮勇? それがなんだ。
(この人に・・・またかっこ悪いところを見せるくらいなら・・・死んだ方がマシだっ!)
目に炎が燃える。
歯がぎりりと食いしばられる。
得物を強く握りしめる。
萎えた手足に力が戻る。
背中が熱い。
服の下でステイタスの【憧憬一途】の文字が発光し、むきだしの炎のような熱を生み出している。
(男なら女の尻を追いかけろ。おなごのために突っ走れ。見栄を張れ。前を向け)
かつて聞いた祖父の言葉。
イサミと並んで、ベルがこの世でもっとも尊敬する
(己を賭したものこそが――英雄と呼ばれるのだ)
ならば、そうしよう。
それが英雄と呼ばれる条件であるのなら。
それが自らの求める場所に、憧れてやまない人たちに続く道であるのなら。
己を賭そう。
冒険を――しよう。
空気が変わった。
戦意を失った兎にとどめを刺そうとしていたミノタウロスの手が止まる。
ヒュウッ、とロビラーが口笛を吹く。
彼とイサミ以外の全員が目を見張っていた。
そこにいるのは一瞬前までの負け犬ではない。
冒険者だ。
未熟だが、堂々たる冒険者だ。
それを、ミノタウロスを含めてこの場にいる全員が感じている。
驚愕に目を見張りながら、シャーナが隣のイサミを見上げた。
「おいイサミ・・・何が起こったんだ? あいつ、完全に折れてた・・・そのはずだ」
「言ったろう、シャーナ。あいつには・・・ベルには英雄の素質があるんだ」
真剣な顔でイサミは言い切る。
今度ばかりはシャーナも茶化せない。
イサミの脳裏によぎるのはこれまで14年間見て来た弟の姿。
無茶をする弟だった。
正義感に駆られると、相手が年上だろうが、複数だろうが、つっかかっていった。
イサミの助けを借りられないとわかっていても、決してひるまなかった。躊躇もしなかった。
己を賭することが英雄の条件であるならば――ベル・クラネルは、既にそれを備えていたのだ。