ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
11-1 安堵
『兵は詭道なり』
―― 『孫子』 ――
「・・・ふう」
歓喜を吐き出し尽くしたイサミはベルの治療に向かおうとして、自分の首に突きつけられていた黒い剣が消えているのに気づいた。
それどころか、その使い手の姿もいつの間にか消えている。
おそらく全員の注意がベルとミノタウロスに集中している間に姿をくらましたのだろう。
「あんた、忍び足とかそう言う技能は持ってなかったはずだろうが・・・」
ため息をつき、イサミはベルの方に一歩踏み出した。
"
レーテーの腕から地面に降り立ったリリが、横たわったベルにすがって泣きじゃくり始めた。
彼女も緊張の糸が切れてしまったらしい。
一方ロキ・ファミリア。
レーテーと手に手を取ってきゃいきゃいと喜んでいるティオナを横目で眺めつつ、フィンがつぶやく。
「ベル・・・ベル・クラネルか。興味深いね」
「彼の魔法にも興味が尽きないが、それはそれとしていいものを見せて貰った。
ひさびさに――胸が躍ったぞ」
首領二人が笑顔を見せる横で、ベートの顔はこわばったままだ。
「よう」
振り向いたイサミの声に、びくりと震える。
次の瞬間、それを隠すかのようにベートは牙を剥いた。
「気安く呼ぶな、虎刈り野郎。大体てめえごときが・・・」
「言ったろう? 嫌でも覚えることになるって」
満面の笑みを浮かべたイサミの表情は楽しげで、ベートのけんか腰を意にも介さない。
「・・・」
苦虫をかみつぶしたようなベートの顔。
フィンが肩をすくめ、リヴェリアがくっくっと笑った。
ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~
第十一話「八者の円といい、冥府魔術師団といい、灰色の魔女といい、積極中立にろくなやつはいない」
両手を胸に当て、アイズは立ち尽くしていた。
胸の中に様々な思いが溢れて、自分でもどう反応するべきかわからない。
それでも最初に一番強く感じたのは安堵だった。
次によくわからない、熱いものが胸に溢れた。
普通の人間であれば感動とでも称するのだろうが、アイズにはそれがわからない。
ただ、体を動かしたくて仕方がないと思った。
そして、表現しがたい第三の感情がアイズの心にわき起こる。
気づけば一歩、二歩と少年に近づいていた。
兄の手によって横たえられた体。
すがりついたまま、再び気を失っている小人族の少女。
その前でアイズは立ち尽くす。
何がしたいのか自分でもわからないままにしゃがみ込もうとして、ぽん、とその頭に手が置かれた。
振り向くと少年の兄の巨体。
「ありがとうな、アイズ。こいつを助けに来てくれたんだろ?」
「なにも・・・できませんでしたけど」
「いいや。こいつが勝てたのはきっと君のおかげだよ。ありがとう」
「・・・? よく、わかりません」
わからなきゃいいよ、と頭を撫でられる。
釈然としないものは残ったが何とはなしに懐かしい気持ちになって、アイズは大きな手に撫でられるまま目をつぶった。
「あの・・・」
「なんだい?」
巨漢が手を放し、しゃがみ込もうとしたところでアイズが再び口を開いた。
「弟さんは・・・何故こんなにも早く成長できるんです?」
前にも投げかけられた問い。
より切実さを増した、真剣な問い。
しばし間を置いて、イサミが口を開く。
「言ったろう? 俺たちにもわからないって。
強いて言うなら・・・こいつには英雄の素質があるんじゃないかな。
少なくとも俺はそう思う」
「そう・・・ですか」
本当ではないが、嘘でもない答え。
少なくともイサミは、弟にそれがある事を信じている。
でなくば【憧憬一途】などというスキルが発現することもあるまいと、今ではそう確信している。
もの問いたげなアイズをそのまま、イサミはベルをおぶい、レーテーがリリを抱き上げ、ヘスティア・ファミリアの面々は一礼してその場を去った。
迷宮の出口にたどり着くと塔内の武器屋でバイト中の主神を呼び、そろってホームに帰る。
弟とリリの世話をヘスティアに頼み、再び迷宮に挑むべく三人はバベルに向かった。
もう日もかなり高くなり、人通りも増えた大通りを歩く。
「ベルに付いててやらなくて良かったのか?」
「疲れて寝てるだけだ。それに、今は一刻一秒が惜しい――ロキ・ファミリアの最深層到達までおそらく五日か六日。それまでに可能な限り準備を整えておきたい」
「ああ、まあ確かにな」
「ん~? どういうことぉ?」
シャーナとイサミの会話にレーテーが首をかしげた。
「ああ、レーテーは知らないな。実は・・・」