中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る 作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首
夜の深く慕わしい闇を侵すようにばちばちと金色の火花が散っている。
空中に浮かぶ鮮烈な光が幾重にも重なって円を成す様は、一見するとひどく幻想的に見えただろう。
けれど、火花の下で草原はじりじり焼け焦げ、いまにも火が付きそうだ。
その様を、ルチウスはズボンのポケットに両手を突っ込みながら眺めている。
──転移魔方陣は陣の刻まれた場所まで移動しなければならない、という点でひどく面倒だ。
それなら、多少揺れても、魔力を使っても、座標指定の手間がかかっても、周囲がちょっぴり焼けても、飛んだ後にお叱りがあっても、
だいたい、たいていの魔族にとってこんなもの人を殺すくらい簡単だ。
鼻歌を歌いながらでも行使できる。
そうして魔術陣が完成すると共に、ばちん! とひときわ大きな火花が散って。
──その次の瞬間にはルチウスの身体はすでにリトグラト邸の前にあった。
転移の衝撃に意識が静止する。
精神が移動した肉体に追いつくまでの間、ほんのわずかに世界が止まった。
無の数瞬を埋めるような瞬きの後、闇の中に黄色い虹彩がぎらりとまたたく。
そうして魔族はなんの躊躇いもなく、目前の玄関扉を蹴り飛ばした。
轟音と共に洒脱な2枚扉が吹き飛ぶ。
そんな騒々しさを引き連れて足を踏み入れた深夜の邸宅は、やけに静まり返っていた。
屋敷に漂う静謐で冴えた空気にルチウスは首をかしげる。
──防衛機構が発動してなくなーい?
リトグラト邸では敵性存在の侵入を防ぐために転移系の魔導が使えない。そういう結界が貼ってある。
だからルチウスもわざわざ玄関先に出たのだ。
だが、防衛機構の探知範囲限界ぎりぎりを掠めるように転移座標を設定してもいた。
屋敷自体にもわざと警報が鳴るように乱雑に踏み入ったのだ。防衛用の魔術が作動しないわけがない。
なのに、甲高い警告音どころか弱弱しい羽音さえも聞こえないなんて。
拍子抜けしつつ、ともかくノスティークの姿を探してルチウスはあたりを見渡した。
ついで、こつんとヒールのかかとを打ち合わせる。
と、足元から起こった探知魔法の波が邸宅を包んだ。
けれど、お目当ての反応もない。
「えーー? お出かけぇ?」
そんなわけない、とわかっていて一人ぼやく。
ノスティークは慎重派だ。もし出かけるなら、屋敷の防衛機構のレベルは最大まで上げてから出る。
なにせ家令が不在の屋敷にはたいてい非戦闘員と、それから怠け者たちしか残らないのだ。
防御が薄いにも程がある。
「──お、帰ったか」
「おや、シーダ」
そんな思索を断ち切る男の声に、ルチウスは格好つけてくるりと振り返った。
纏った執事服の燕尾が後を追うように翻る。
声の主は階段からこちらを見下ろして、ひらひら手を振っていた。
「あれ? オマエがわざわざお出迎えとは珍しいね。ノスティークはどうしたの?」
「ん? あー、寝込みを襲ってきたんで殺した。あいついつもの倍はイカレてんぞ」
「あちゃー、またっすか。……ちなみにどれくらい?」
人間外れしたことをのたまうシーダが、常のように頭のおかしい髪型をしていないのは寝起きだからだろう。
鴉のように黒い長髪は無造作に背中へ垂らされたままだ。
ズボンだけを纏って悠然とたたずむ姿は、まるでこの屋敷の主のようだった。
まあ、あながち間違ってはいない。
屋敷を管理しているのはノスティークで、もちろん持ち主はロゥク・ルウ・リトグラトだ。
だが、掌握しているのはこの男だった。
なにせ主であるロゥク・ルゥは世俗に一切興味がない。家令であるノスティークは、というと彼女は彼女で骨の髄まで魔族だ。
いくら人間社会に紛れて生きていようが、人の心なんて理解不能。当然ルチウスにだってそんなものよくわからない。
よって、人間的な観念の必要な事象については実は目の前の男に一任されていた。
もちろん、そこには屋敷の人事やリトグラト家の子息たちへの教育も含まれる。
ただしどの程度関与してくるか、はその時のシーダのやる気によって大きく変わるのだが。
「あーそうだな……、4分の3殺しくらいだよ。ちょっと首をねじ切っただけ。そのうち起きるだろ? お前らなら」
「そだね……」
男の返答に、ルチウスはことさら演技じみた仕草で肩を落として見せた。
見せかけだけだ。
別に今更落胆するようなことでも、驚くようなことでもない。
これは余人の知るところではないが、ノスティークはシーダのことが嫌いだ。実はロゥク・ルゥ・リトグラトのことも同じくらい嫌っている。
まああの爺に日ごろ面倒ごとを押し付けられている筆頭がノスティークなので、ストレスくらいは溜まるだろう。
ので、ロゥク・ルゥに向けた鬱憤も含めて彼女はたまにシーダを襲うのだ。
その度に返り討ちに遭う末路も含めて、ここ百年くらいの日常茶飯事と化している。
ノスティークはシーダを殺せないし、シーダもノスティークを本当に殺し切ったりはしないので、ちょっとしたイベントくらいの扱いでしかない。
じゃれているみたいなものだ。
ただし、それが今この夜に起きた、ということがちょっぴり面倒なだけであって。
「は~~~~じゃあどうしたものかな、困っちゃったなあ。実はさ、イウミュアナの居所がまだわからなくって」
「そうなのか?」
「そうなんだよ、ちなみに確認だったんだけどオマエ何か知ってる?」
「ん? 出かけるって言うから転移陣は動かしてやったけど」
「──は!?」
ダメ元でした問いかけに予想外の返事が返ってきて、ルチウスは目を見開いた。
サイケデリックな黄色い虹彩が、さすがに心からの驚きでぎらりと光る。
「どこに!?」
「学院に。言ってなかったか?」
「聞いてないよ、も~~~~~。……つかこれ悪いの全部オマエじゃない……? 先に言っててくれたらぜーんぶ解決してたくない……?」
「そうかァ?」
ルチウスの嘆きもなんのその。悪びれることなくシーダはニヤニヤと笑っている。
「ハー、学院、ねぇ……」
今からトンボ帰りさせられることを考えてルチウスは面倒くさそうな顔をして見せる。
実際はどうだっていい。
往復するのに多少魔力は使うが、大した労力でもない。
ルクレティウスに任せて置いてきたニアの様子も気になるし、むしろ大歓迎まであった。
けれど、イウミュアナが学院にいるならいるで連絡ひとつよこさないというのが少し気にかかる。
ノスティークの執着はイウミュアナだって承知していたはずだ。なのに音沙汰なしなんて。
しかもアレは自分たちと違って戦闘要員ではない。あくまでも魔導具技師だ。
フリルたっぷりのメイド服を身にまとった、桃髪の同輩の姿を思い浮かべる。
あんな格好をしているが、イウミュアナもれっきとした魔族だ。普通の人間に後れを取るとは思わない。
けれど、何分あの学院には狂人が多い。予期せぬ問題が起きた可能性は十分にある。
というか学院自体、そも魔導狂いを収容して管理するために建立されたものだから仕方がないのだが。
それはそうとして。
「……なあシーダ。イウミュアナは音沙汰なしで、ノスティークはお前のせいで寝てるだろ? こんな状況でひとり働かなきゃいけない私を、かわいそうだって思わないか?」
「いや別に」
魔族よりよほど冷酷な異邦人はルチウスの嘆きをすっぱりと切り捨てた。よっぽどどうでもいいと思っているらしい。
仕方ないのでえーん、と泣き真似をしてみせる。
もちろん涙なんて出ていない。それどころか眼球は乾ききっている。
これは、言葉ではなく行動でより相手の情に訴えかける作戦だ。
なお、相手に訴えかける情があるという前提での行動なので勝算は薄い。
えーんえーんと一本調子でのたまいつつ、両目にあてた手の隙間からシーダの様子を覗き見る。
無反応だ。おもしろくない。
ケッ、と心の中で吐き捨てて、今度はとりあえずで口を開く。
行動で駄目なら言葉だ。
「──シーダの冷血漢、いけず、怠け者、暴力男、吸精鬼!」
ひとつちなんでおくと、罵倒の内容は吟味していない。
何を言ったら怒るのかも、何を言ったらやる気がでるのかもわからないからだ。
というか、シーダとの付き合いももうだいぶ長くなるが、この男についてはよくわからないことばかり。
はっきりわかっているのは、ただの人間ではないということだけだ。
なんならイウミュアナあたりは人間であるかどうかも怪しんでいた。
まあルチウスとしてはそも目の前の男を理解するつもりなんてハナからない。
太陽が東から昇って西へと沈んでいくように、魔族には人間のことなどわからない。そういうものなのだ。
「あ”? 言いがかりはよせよ」
ルチウスが適当かつ手当たり次第に投げかけた言葉にさすがのシーダも顔をしかめる。
驚いた。どれだかわからないが、とにかく当たり判定があったらしい。
「……まァ、さすがに最近ちっと隠居を極めすぎてたか。いいぜ、勤労は権利であり義務だからな」
「やったー!」
しゃあねェな、と頭を搔いた男にルチウスは満足そうな顔をして見せる。
どれがどうとか何が何だかなんてどうだっていい。何だっていい。
ルチウスがシーダについて知っていることはたったひとつ。
このシーダという男はあのロゥク・ルゥ・リトグラトにとっての
それを勝手に持ち出せるなんて、こんなにおもしろいこともないだろう。