初めての戦闘訓練の翌朝。雄英高校の前には人だかりができていた。
「ヒーロー科の方ですか!? No.1ヒーローのオールマイトが教師として勤務するということですが、授業はどのようなものなのでしょうか!? 感想を教えてください!」
来た生徒来た生徒、ヒーロー科であろうがそうでなかろうが声をかけているマスコミは、あいも変わらず眉の間に皺を作っている爆豪にも臆すこと無く声をかける。
「何か、一言でもいいので! オールマイトの授業に世間が注目しているんです!」
「顔怖いですよ! オールマイトから笑顔は習わなかったんですか!」
取り囲むようにして声をかけてくる記者たちを無視していた爆豪だが、明らかに質問ではなく自分を揶揄するその言葉には反応を示し、より目を吊り上がらせてマスコミの方へと目を向ける。
そして直後に大きく目を見開く。そのままずんずんと突き進んでくる爆豪に記者たちが後ずさる中、爆豪は記者の集団の前方に立っていた男の前に立った。
「んでテメエがそっちにいんだよ!」
「あり、バレた?」
爆豪に勢いよくを腕を引かれて記者の集団から飛び出した男。
雄英高校の制服を纏ったその少年に、記者たちはぽかんとした視線を向ける。
「何してんだテメエ」
「いやあ、案外誰も気づかんもんだなって。かれこれ30分ぐらい同じことしてたんだけどなあ」
ヘラヘラと笑いながら爆豪に告げた少年、大鴉は、思い出したかのように記者達の方を振り返る。
「あ、お疲れ様っす! 取材がんばってください!」
そう言うと爆豪の背中を押して正門に向かおうとする大鴉に記者達は詰めかけようとしたが、後一歩間に合わず、大鴉と爆豪はそれ以上記者に絡まれること無く雄英敷地内へと入っていった。
「何しとったんだテメエは」
「取材ごっこ?」
「アホか」
「なはは。アホかて厳しいね。ああいうのも結構技術いんのよ? 場の空気読んで、合わせてさー」
「いつ使んだんなもん」
呆れた様子をしつつも、爆豪は大鴉の話に付き合う。自分にない視点を、上に立ってると感じさせずにアホのようにこぼす大鴉は、爆豪にとっては非常に話しやすい相手だった。
「現場からそっと離れるときとか? ほら、当事者が野次馬に紛れて逃げ出すー、みたいな。ああいうの、最近はヒーローが集まって来るから不自然に焦ってると見つかるのよね」
「ヴィランのやることじゃねえか」
「いろんなところから学ぶべきことって結構あるのよ。敵を倒すにはまず敵を知る。まあヒーローはドンパチがメインだからいらないかもしんないけど」
警察とかの方が必要な技術かもねー、なんて。なんでもないことの言う大鴉に、爆豪はどうしようもない距離を感じる。
大鴉の言葉の端々から、彼のヒーローに対する評価が感じられるのだ。それは、彼がヒーローを目指してないということを知っている爆豪だからこそ感じられる程度のごく僅かなもので。
だが。わかってしまえば、大鴉がヒーローに対する期待を抱いていないのがわかってしまう。
(ちげーか。こいつは、職業としてのヒーロー以上に期待してねえ。ヒーローに対する無意識の信頼みてえな、普通のやつがもってるもんが全くねえんだ)
多分今彼に聞いても、『何言ってんの。ヒーローってさいっこうにかっこよくて、誰でも助けちまうんだぜ? どんな苦しくても倒れねえの。すごくね?』なんて。ヒーローに憧れる少年らしい答えが返ってくるのだろう。いや、あるいは。
『確かにさー、ヒーローにも出来ないことはあると思うよ? 人間だし、どうしても手が届かないこともある。けどさ、少なくとも『間に合わなかった』って過去形になるまで、絶対に足は止めねえの。それって、凄いよな』。なんて。飄々とした今の性格に合わせた答えが返ってくるかもしれない。
本心の、職業としてのヒーローに対する適度な信頼以上のものを、持ってもいないくせに。
「チッ」
「おわっ、なに、どしたの。また不機嫌?」
「違えわ黙れ」
「理不尽!」
大げさに騒ぐ大鴉に、爆豪は内心決意を固める。
(上等だ。てめえがずっと猫かぶってやがるなら、俺がそのでっけえ化け猫剥がしてやる。そんで俺が、本物のヒーローを見せてやる)
「おお、なんかまた怖い顔してんね?」
「いちいち人の顔見んなやカス」
「だから理不尽!」
******
教室に行った後、一度出て所用を済ませてきた大鴉が席についてわずか数秒後、相澤がチャイムと同時に教室に入ってくる。
「おはよ。昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績は見させてもらった。まあ全員色々と言いたいことはあるが……爆豪、お前もうガキみてえな真似はすんな。能力はあるんだから」
「……分かってる」
「で、緑谷はまた自爆で腕ぶっ壊したな。“個性”の制御がいつまでも出来ねえじゃ通じねえぞ。何回も同じことを言わせるなよ。それさえできればやれることは多い。他の奴にも言えることだが、焦れよ」
「はい!」
主に昨日の演習でやらかした2人に対して相澤から注意が飛ぶ。特に爆豪の方をニヤニヤしながら見る大鴉に、相澤は一瞬冷たい目を向けた。
(ヒーローになる気がないと言ってた割にはちゃんとやってたな。だがいつまでもあんなふざけた様子でいられたんじゃあ困る。後で釘刺しとくか)
一瞬大鴉について思考した相澤は、すぐにクラス全体に視線を戻して話を続けた。
「そんで今日だが。急で悪いが君らには……」
急、という相澤の言葉に、生徒たちは表情を固くする。初日の入学式をすっぽかしての個性把握テストに最下位除籍宣言。この担任が何かを言い出すときにはろくなことはないとすでに生徒たちは学んでいるのだ。
「学級委員長を決めてもらう」
「「学校っぽいのきたー!」」
まさかの普通の学校っぽい行事に、生徒たちのテンションは上がる。
「はいはい! 俺やりたい!」
「うちもうちも!」
「俺が学級委員長になったらスカートは股下5センチ!」
それぞれ思い思いのことを言いつつも、大鴉以外の生徒達は全員が立候補の手を上げた。
(ヒーローは個の職業だからそういう技術は持ってて損はねえんだろうな。あっちでやったら確実に船頭多くしてなんとやらになるわ)
唯一手を上げなかった大鴉は、他の生徒たちがこぞって手を上げるようにここで学級委員長になってリーダーシップを磨くことに興味が無いので、ぼうっと騒ぎを静観していた。それにたとえ組織でのリーダーシップの取り方を学ぶとしても、それは高校の学級委員長のような悠長なものではなく、専門家の書いた書籍などから集中的に学ぶことにするだろう。
そんな中。
「多を牽引する責任重大な仕事だぞ……! やりたい者がやれる仕事ではない! 周囲からの信頼があってこそ務まる役目……! 皆に『このひとならば』と認められた人間がやるべきだ! そのためにも、これは皆で投票を行うべき議案だ!」
天高くそびえ立つ手が、そう最も公平な多数決の理論を持ち出す。手を上げている飯田もまた、自分が委員長を務めたいと考えている。考えた上で多数決を提案したのだ。
「お前もそびえ立ってんじゃねえか! なぜその提案をした!?」
「日が浅いのに信頼も何も無いわ飯田ちゃん」
「そんなの皆自分に入れるだろ!」
「だからこそ! ここでたとえ2票でも3票を獲得できた者が、学級委員長にふわさしいと言えるのではないか!?」
飯田の言葉に、皆一様にだまり込む。彼の言うことにも一理あるのは理解できたからだ。
そんな中、1人手を上げていなかった大鴉が口を開く。
「いいんじゃね? 多数決で」
「大鴉くん、賛成してくれるのか!」
「や、別に飯田くんの言ってるふさわしいとかは全然わからんよ? 俺そういうの詳しくないし。けどまあ、他に決め方が無いんならそれで良いんじゃない?」
「けどよ、その決め方で納得出来なかったらどうすんだよ」
意見を聞いた切島の問いかけに、大鴉は肩を竦める。
「さあ?」
「さあ、って、無責任じゃね?」
「多数決ってそういうもんだろ根本的にさ。少数側が納得してようと納得してなかろうと多数派の意見が通るもんよ」
大鴉の意見に、不満を述べていた切島や上鳴は黙り込む。たしかに、納得というのは重要かもしれない。だが少なくとも、多数決という手段を取ると決めた場合には、納得は無視されるのだ。
「や、言っとくけど俺は別に多数決が正しいとか思ってねえからね? ただ俺じゃあ多数決しか思いつかないし、あんま時間かけすぎんのもどうかなと思ってさ。あ、それとも俺二十面ダイス持ってるんだけどサイコロで決める?」
「サイコロって……」
「いや、それは流石にまずいでしょ……」
「そうだ! サイコロなどで決めて良いことではない!」
ポケットから取り出したサイコロを、コロコロと指で遊び始める大鴉に、全員が奇妙なものを見る目で見つめる。
「じゃあ多数決しようぜ。やっぱり運任せより、短い期間でも信頼されてるやつを選んだほうが良いよな」
「それは、たしかに……」
「サイコロよりは良いと思う!」
「だな! サイコロは駄目だ!」
当初、多数決で決めることに微妙な表情を見せていたクラスメイト達が。サイコロというより適当な手段を提示されたことによって、それよりもましな多数決という手段に賛同を示す。中には大鴉の誘導に気づいた者もいたが、気づけるものはもともと多数決が適切な方法だと考えているものばかりだったので特にそこに突っ込むことなく、自然と場の空気は多数決へと流れていった。
(場の空気を自然に誘導した。アレを狙ってやったのか自然とやったのか、どっちだろうな)
教室の隅で寝袋に潜り込んではいるものの、意識は残している相澤は教室内の流れを作った大鴉の発言について思考を巡らせた。今回はテーマがテーマであるし、提案出来る内容もわかりやすかった。だからこそ誘導がうまく行ったというのもあるのだろうが、仮にこれをもっと複雑なテーマでも出来るとしたら。
相澤がそんなことを考えているうちに、教室内では多数決が行われ。3票を獲得した緑谷が委員長に。2票を獲得した八百万が副委員長に決まった。
大鴉は委員長の行く末自体には興味は無いものの誰かに入れて場に影響を及ぼすのも避けようと自分に入れ、結局自分のその一票のままで終わった。そもそも誰もが委員長になりたいと考えている中で、サイコロなんて提案をした自分に入れるものはいないだろうと考えたのだが、それは正しかったようだ。
******
午前の授業を終えて昼時。
「大鴉、食堂行く?」
「おー行く行く。腹減ったなー」
個性把握テストの日から、といってもまだ3日だが、何かと一緒に行動するようになった尾白と大鴉は連れ立って食堂へ向かった。
「今日何にする?」
「今日の日替わり何だろ。……肉じゃがと厚焼き玉子か。それにしよっかな。尾白は?」
「俺はカツ丼とうどんのセットかな」
「よく食うねえ」
列に並びつつ、今日のメニューを見てそんな言葉を交わす。
「座る場所ー」
「混んでるね」
「腹減ったよおおん」
昼食の乗ったプレートを手に、座れる場所を探して歩き回る。
「尾白くーん! あと……」
「大鴉ね。名前覚えてあげなよ」
「そうそう! 大鴉くんも!」
「葉隠さんと耳郎さんだ」
「座る場所ありそうだな」
1つ向こうの列から声をかけられて、テーブルを迂回してそちらへと周り込む。
「やっほー2人とも!」
「やっほー。前座っても良いか?」
「どうぞどうぞ!」
「お邪魔します」
いつもどおり元気の良い葉隠と、クールな耳郎の許可をもらって2人はその正面に座る。
「あれ、大鴉くん少食だね?」
「そうか? 普通に食べてる気がするけど」
葉隠にそう指摘された大鴉の今日の昼食は、肉じゃが定食。並盛りご飯に厚焼き玉子と副菜が2品に味噌汁もついてくる、普通の定食だ。
「ヒーロー科の男子なら尾白くんみたいに食べるのかと思ってた」
「確かに。大鴉背高いし結構食べそうだよね」
「あんまり食わないんだよな俺。やっぱヒーロー科なら食べた方が良いのかね」
「身体を鍛え始めたら自然と食べるようになるんじゃないか?」
「そういうもんかね」
確かに隣のカツ丼大盛りに正規サイズのうどんを食べている尾白からすれば少食かもしれないが、エネルギーを大きく消費しないここでは特に栄養を必要としないのだ。どれだけ食っても痩せるレベルのトレーニングなどをしているときには流石に食べるが、学校に合わせている今はそうではないのだ。
それに、あまり筋肉贅肉含め身体を太くしたくない事情もある。そういうのを説明しないためには、少食というステータスは非常に便利だった。
「鍛えると言えばさ、尾白はもうトレーニングとか始めてんの?」
話を切り替えるようにヒーロー科として必須となるトレーニングに関して話を切り出す。それに答えてくれた尾白はすでに鍛え始めているらしく、葉隠や耳郎も尾白ほど全力でというわけではないが、入試以前から続けているそうだ。
そんな話から、プロヒーローが一般科目まで教えてくれる授業の感想にまで話は及んでいく。ヒーローを目指しているとはいえ彼女らも高校生だ。ちょっとしたことで一時間ぐらい盛り上がることぐらいどうってことないのである。
そんな話を聞いている中。大鴉は、送られてきた思念にピクリと肉じゃがに伸ばしていた箸を揺らした。直後には再び食事を進め始めたので誰も違和感に思わなかったものの、笑顔で相槌をうつ大鴉の脳内では、様々な感覚、情報が錯綜している。
(『扉を破壊した黒い人間を撮影しろ。視界にも捕らえてくれ』。侵入目的……個性を外で私的利用した時点でヴィランか。器物損壊もつくな)
外。学校の敷地と外の境目のあたりの監視を命じていた個体から送られてきたテレパシーのような思念に、大鴉は食事を続けつつも一時的に右目の視界を共有した。
ウウーー!!
大鴉が
『緊急警報発令、緊急警報発令。セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へと避難してください──繰り返します。緊急警報発令、────』
アナウンスが一度目の繰り返しを終えるか終えないかのうちに食堂は大混乱に陥った。
「きゃあああ!」
「うわわわわわ! 3ってまずいだろ!」
「に、逃げろ逃げろ!」
セキュリティ3。侵入者が『既に敷地内に入っている』ことを示すナンバー。雄英の生徒としての知識としてそれを知っている上級生を中心に、一気に人々が食堂の出口へと詰めかけたのだ。
「なになに!? 何があったの!?」
「避難警報! 3ってことはセキュリティが突破されたってことだよね」
「うん。雄英に、侵入者が入ったんだ」
一番端の席だったおかげで人の流れに巻き込まれることが無かった4人も、避難の列の最後尾につこうとする。
「凄い混乱してるよ!? 大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃ……」
「ないな。全く、『おはしも』を知らんのかね」
「ちょちょちょっと大鴉くん!? 逃げなくていいの!?」
4人の中でも特に落ち着いた様子を見せている大鴉が座ったままぼやくように言うと、葉隠が慌てたように叫ぶ。
「今逃げてもどうせ入り口で詰まってるだろ? というか、まじで『おはしも』せんとやべんじゃねえのこれ」
「『おはしも』ってさっきから言ってるけど、それ──」
何のこと、と。耳郎が続ける前に、ビターン! と出口の方から大きな音が響き、一時的に室内に沈黙が降りた。
「だいじょーぶ! ただのマスコミです! 心配はいりません! 皆さん────」
音の正体は、出口の上にぶつかった飯田だった。何らかの方法で、入り口の上まで移動し、窓から見えたマスコミが侵入者の正体なので心配しなくて良い、と伝えようとしているのだ。
それを受けて、食堂内の混乱は一時的におさまった、のだが。
「飯田くん! 凄いね!」
「うち、緊張してあんなの出来ないや」
「凄いな飯田」
「なあ、あれってさ……」
3人が飯田を評価する中、大鴉一人が顎に手を当てて首を捻っていた。
「何かあった?」
「いや、あれどっかで見たことある気が……」
「どこかでって、同じクラスの飯田だろ?」
「いや、そういうんじゃなくてよ」
まだクラスメイトをおぼえてないのかと若干呆れ気味の尾白に否定を返した大鴉は、パチリと何かにひらめいて顔を明るくする。
「思い出した! あれ非常口のマークだ!」
「は?」
「……ブフッ」
「フッ、フフフフ……まって大鴉くん、それ、反則……アハハハハハハ!」
「いや、めっちゃそっくりじゃね? ほら、あの緑色のさ」
「わかってるからもう言わないで!」
あっという間に、4人は笑いの渦に包まれる。耳郎も最初は意味がわからないという表情をしていたが、気づいた途端に笑いをこらえる表情になった。
その後、校長から飯田が言った内容と同様の放送があったが、その間も3人は笑い続けていた。
そんな3人をニヤニヤした表情で見つつ、大鴉は思考を回す。
(流石にイレイザーに報告したほうが良いかな……。上には一応映像付きであげとこう。雄英自体への攻撃は懸念事項になりうる。イレイザーには似顔絵で出すか。
ヒーロー科で個人的に鍛えたいことが出来たばかりなのに、役目がある大鴉にはどうやら自由な時間は与えられないらしい。
(上が既に情報持ってないかな。また調査になるんだろうか。ワープなんて範囲が広すぎるぞ全く。先にフギンとムニン飛ばしておこう)
脳内でそうぼやきつつ、大鴉は放課後の予定を脳内で更新した。
******
午後のHR。午前の続きとして各委員会決めが行われ、その中で緑谷が飯田に学級委員長を譲るという場面があったがそれ以上に特に何かが起こるわけでもなく、HRは穏やかに終わりを迎えた。
「──連絡は以上だ。それと初日に配布した書類に書いてあったと思うが、ヒーロー科には放課後のトレーニングルームや演習場の使用許可が出ている。まあいきなり何をしたら良いかわからんかもしれんが……。トレーニングルームの使用は基本申請はいらんが、対人での組手や演習場での戦闘訓練をする際には申請書を提出する必要がある。細かいことは書類を確認しておけ。以上、解散」
相澤が解散を告げ、教室内が一気にざわつき出す。大鴉も放課後の用事のためにカバンに教科書類などを詰め込んでいると、後ろから声をかけられた。
「大鴉、トレーニングルーム見に行こうと思ってるんだけど、一緒にいかないか?」
「あー、わり、俺今日はちょっとあいざー先生に用事あるんだよね」
「そっか。わかった。じゃあまた今度だね。それとあいざーじゃなくて相澤先生な。怒られても知らないよ」
「サンクス。相澤先生ね相澤。伸ばせる名前は伸ばした方が言いやすいと思わん?」
「だとしても、人の名前をそういう呼び方するのは駄目でしょ」
「そっか。よし、気をつける」
ダメ出しに礼を言った大鴉は、尾白や一緒にトレーニングルームを見に行くという耳郎達と分かれて、職員室へと続く廊下を歩く。そして途中、誰も見ていない場所で窓をあけると、窓のすぐ外を飛んでいた一匹のカラスを呼び入れて手に止まらせた。こういうこともあろうかと大鴉の制服は特別に頑丈な素材でできているので、カラスの鉤爪が皮膚に突き刺さったり、制服が破れることはない。
「お疲れ。ありがとな」
その顎の下を人差し指の曲げた背中側で撫でると、心地よさそうに首を傾げている。ついでにその足と首にまかれているストラップを外し、普段装着させているいくつかの装置を外して見た目は普通のカラスと変わらない状態にした。
そのまま腕にカラスを乗せたまま、職員室まで言って入室の伺いを立てる。
「失礼しまーす。相澤先生いますかー」
「なんだ」
初めて職員室に入った大鴉が声をかけると、端の方の一席から返事があった。腕にカラスを乗せたままそちらに移動すると、職員室内の視線が集まっているのを感じる。
「お前……校舎内にカラスを連れ込むな」
「やー、すんません。でも今日話があるの俺じゃなくてこいつなんすよ」
「何?」
怪訝な表情をする相澤の耳元に自然に顔を寄せ、大鴉は要件を切り出した。
「(昼間の侵入事件なんすけど、外のなんか扉? みたいなのぶっ壊したやつ見たらしくて。今から話聞きながら見た目描き起こそうと思ってるんで、一応報告しときます)」
大鴉の説明に、相澤は目を見開く。
「……面接室1を使え。終わったら呼びに来い。話を聞く。他の教員にも連絡していいな?」
「問題ないっすよ。報告先にしなくてもいいんすか?」
「……少し用事がある。二十分で終わるか?」
「あー、多分終わりますね」
「ならいい」
「了解です。んじゃ、いってきま──」
「HEYイレイザー! そいつがお前が言ってたやつか!」
いってきます、と言おうとした直後。大鴉の背中側から大きな声がかけられる。離席していたその席の教員、プレゼント・マイクが戻ってきたのだ。授業のときも思ったが、本当に騒がしい人物である。
「早く行け大鴉」
「あ、わっかりましたー。失礼しまーした」
ため息を吐いた相澤に追い出された大鴉は、大人しく職員室を後にする。残されたマイクは、珍しいものを見る目で相澤見つめた。
「どうしたんだよイレイザー。生徒相手にピリついて」
「……どうせ後で報告に上げる」
「は? なんかあったのかよ」
「まあな」
それだけを言いおくと、席を立った相澤は校長室の方へと消えていった。
******
「さてと。それじゃあ描いてみるか」
指定された面接室1に移動しノートを取り出した大鴉は、その1ページを破り取る。
「それじゃあサキ、特徴話してくれ」
肩に移動していたカラスにそう話すと、カー、と返事が返ってくる。
サキは、大鴉が使役する鴉の中でも特に訓練された個体だ。故にネームド。そういうカラスは、常に10羽から20羽程度、大鴉の位置に合わせて飛び回りつつ、常に近くについている。即応できるように訓練したカラスを、大鴉は身近に置いているのだ。今日していたような監視任務は序の口で、ネームドやそのすぐ下のナンバードに分類しているカラス達は他にも色々と器用なことが出来る。それが例えば今日していたような動画の撮影などだ。
しばらく室内にはサキの『カーカー』と鳴く声、大鴉が鉛筆を走らせる音だけが響いていた。自分がカラスと
「ついでにどういう動きしてたかも書いとくか」
サキと、もう一匹近くにいたカラスの視点であるために完全に正面から捉えた絵にはならずまた長い髪が顔を影にしていたためにはっきりとした人相までは書ききれなかった。こういう手合は少々探りづらい相手だ。
姿絵の隣には、サキが言っていた特徴を箇条書きで描いていく。自分が見た情報と照らし合わせてその中にミスリードになりうるものがないように確認をして、次はその人物の行動に移る。
最初は、雄英の正門を塞ぐ壁の前にメディアが詰めかけていた。生徒が登校する時間を過ぎたからか、遠慮なく至近距離まで詰めていたそうだ。
そしてその中でするすると通り抜けて雄英の壁まで近づいたその人物、十中八九男は、壁にその右の手のひらを当てた。直後、その触れた部分から放射状にひびが走り、扉が崩れ落ちた。
(ものを崩す、崩壊させる個性、か? 壁は粉微塵では無かったからバラバラにする程度なのか。キーはおそらく手のひらか、五指。穴あき手袋でもしててくれればわかりやすかったが)
扉を崩した後、それに騒ぐ記者たちが雄英内に侵入していくのを後目に、男は雄英から離れていき、近くの角を曲がった。そしてその先で、黒い靄に踏み込むようにして姿を消した。黒い靄の方も動いていた様子からして、別の個性持ちだろう。
その間中常に何かしらぶつぶつ言っていたようだが、残念ながら声が小さく、聴覚に関しては人間とそれほど変わらないカラスの耳では捉えきれなかった。集音器で録音が成功しているであろうから、後でデータを確認すれば内容はわかるだろう。
(もう一分もあればなんもつけてねえやつ呼べたんだがな。そうすれば近づけた。まあ言ってもしょうがないか)
流石にカメラや通信用の端末をつけた状態のカラスを近づけてバレたらめんどくさいので、それをしなかったのである。監視、調査の対象がいるときには何も着けていないカラスも呼んでおくのだが、今回はあくまで何でもないときだったので用意が遅れたのである。
大鴉が全ての図示をおおよそ終えたところで、面接室1の扉がノックされた。
「はーい」
「俺だ、入るぞ」
「どうぞー」
扉を開けて入ってきた相澤は、机の上に広げられた数名の絵に目をやった。
「……細かいな」
「カラスって意外と賢いんすよ? 特に俺と話せるからか知能レベル上がってるみたいで」
「そうか……。詳しい話を聞いても良いか?」
「はい。資料使って説明しますね」
正面に座った相澤に、大鴉は書き散らした紙の中から数枚を取り上げる。
「最初がこれですね。記者達の間をぬって壁に近づいて、壁に手を当ててます」
「この壁ってのは雄英バリアのことだな」
「そういう名前なんですか? あの校門のゲートを塞ぐ感じのやつです」
「そうだ」
「じゃあバリアで。で、男が右手の手のひらでバリアを触ったら、そこから崩壊が放射状に広がっていってバリアが瓦礫状になりました」
一枚目の資料には、男の動きの順に番号を振りつつそこまでが書かれていた。
「この箇条書きは?」
「自分の絵が正しくないかもしんないので、こいつの言ってきた内容を全部描いとこうと思って」
「そうか。で、続きは?」
「次は──」
その後も同様に、不審人物の動きについて説明していく。やがて説明を終えた頃には、ペンを置いた相澤は皺のよった眉間をもんでいた。
「大体こんな感じですね。大丈夫っすか?」
「……大丈夫だ。この紙はもらって行って良いか? それかコピーをさせてもらいたい」
「あ、持ってってください。俺が持っててもどうせ使いよう無いんで」
「悪いな」
大鴉がまとめた資料を受け取った相澤は、再度それに目を通していく。そうしながらサキと戯れている大鴉に声をかけてきた。
「話は変わるが、昨日の演習しっかりやってたな」
「そりゃあ一応ヒーロー科に来てますしちゃんとしますよ」
「そうか、なら良い。だがまあ、そういう性格を演じるのは良いが演習の最中まで空気を緩ませすぎるようなことはするなよ」
「善処します」
地下のモニタールームで見ていた生徒達とは違って音声まで聞いていた相澤は、大鴉のどことなく気の抜けた会話や、仕掛ける際の間の抜けた掛け声も聞いていた。動き自体はしっかりしていたから良いものの、そのあたりは真剣ではないのだろうと感じる。
「随分と動きが慣れてるみたいだったが、何かトレーニングはしているのか? 元々ヒーロー志望だったわけじゃないんだろ?」
「そういうのってスカウトのときに聞くもんじゃないの?」
「スカウトはその段階の実力じゃなくて資質を見るものだからな。あのときの救助の動きでそれは十分にわかった。お前の場合は、それに加えて精神的に縁の下の力持ちになりうると思ってな」
「縁の下の力持ち? やー、俺には……」
「中学での話は聞いている。クラスの中心ではないが、何かしらのイベントがあるときにはうまく手を回していろいろなところを支えたり相談にのっていたそうだな」
「あら、バレてる」
なはは、と笑いながら大鴉は首の後ろに手を当てる。そんな演技をする大鴉に、彼が素を見せてないと知る相澤は、あえて彼に求めるものを口にした。
「まああの時は目立たないようにとはいえ学生生活楽しんでましたからねえ」
「ヒーローを『花形』なんて揶揄したんだ。ヒーロー志望の奴らとは違って客観的にいろんなもんを見れると思ってな」
「なるほど。そういう要員ってことですか」
「もちろんお前自身もヒーローを目指してくれるとありがたいんだがな」
「ま、それはおいおいってことで」
大鴉はそう言って肩をすくめてみせる。今のところまだヒーローになろうという気持ちは湧いていなかった。それよりも目指したいことがあるのだ。
「それで、どうなんだ?」
「ああ、一応トレーニングはしてましたよ。言った通り警察とか軍に行きたいと思ってるのでそれに向けて身体鍛えたり体術とかも色々と」
「隠れる場所も上手かったな」
「そう褒められると照れますね。そっちに関しては趣味が役立ってる感じかな」
「趣味?」
「心理学系に色々興味あって。行動心理学とか犯罪心理学とか。それと用兵術みたいなのもちょっと興味あって、それで見たやつを使ってみたらうまくはまったんですよね」
「なるほど。どの程度学んでいるんだ?」
「もの好き以上オタク未満ってとこですかね。浅くかじってる程度なんで。ミリオタの人とかと比べたらもう全然」
「そうか。まあそういう知識もうちのカリキュラムで学ぶことになる。実践ばかりがヒーローへの道じゃないからな」
「それは楽しみですね」
趣味に関しては嘘ではない。心理学や作戦の立案などに関して、個人としての『大鴉』は任務にかかわらず興味があり、一般人で出来る範囲ではあるが様々な手段で学習しているのだ。心理学はともかく突入作戦や、もっと広い範囲での用兵術などは日本ではあまり一般人のレベルでは学べる書籍は多くないのだが、海外の資料では、超常黎明以前の用兵術、突入作戦などに加えて、超常黎明以降の個性の活用等にまで言及した一般の研究も多い。それこそ向こうのヒーローの対応した立てこもり事件や大規模な抗争なども、情報開示の名目でネット上に転がっていたりするのである。
ただ、大鴉のこの分野に対する知見はそこにとどまらない。縁あって軍のそういう部隊と協力関係にあるため、より深く進んだ研究や実践についても知っている状態にある。ただそちらに関しては明かすことは出来ないので、あくまで趣味レベルの知識に過ぎないと浅く暴露しておくことで疑いの目を向けられないようにカバーしているのだ。『今演じている大鴉』の趣味として、素の大鴉の知見の一部を取り込むことで知識を違和感なく使えるようにしているのである。
「……悪いな、時間を取らせた」
「いやいや。俺もこんなの一人で抱えててもどうにも出来ないし警察持っていっても話聞いてもらえないだろうし助かりました」
そう言って笑う大鴉に、机の上に敷いたタオルの上で眠っていたカラスが顔を上げてひと鳴きする。
「もう帰っても大丈夫ですかね?」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「んじゃ、さよーなら」
カバンを背負った大鴉は、カラスを手に乗せるとペコリと礼をして軽やかに退室していった。
その背中を見送った相澤は、深々とため息をつく。
「懸念事項が多いな」
雄英バリアを破壊したと大鴉が言っていたヴィランもそうだが、大鴉自体も相澤の気になっているところである。
本人はあんなふうに『ちょっとかじった程度』や、『趣味で』なんて謙遜しているし、今のところ見せた動きもそれぐらいのものだが、相澤はまだ大鴉には何かがあると感じていた。ヒーローの勘とも言えるそれを裏付けたのは、つい今しがた報告を終えた大鴉の置いていった資料だ。
一見わかりやすい、いや、わかり易すぎるそれ。ヒーロー志望とはいえまだ1年生が残せるものとは到底思えない。それこそ、
(考えすぎか)
本人も重捜、国の内外に対する諜報機関である重要情報捜査局から勧誘を受けているとはいったが、まだ大鴉は学生。そのポテンシャルに目を着けられているだけで、現在の実力がそうというわけではないだろう。演じる練習をしているのも、まだ未熟だからこそ練習が必要だと言えるし、もし既に会得しているならば相澤に説明する必要はないはずだ。
そこまで考えて、相澤は息を大きく吐き出す。ヒーローを目指すにあたって素顔を隠されたり本気を出さないようなことをされるのは、雄英、そして担任の相澤としてはあまり都合が良くない。
だが一方で、それを理由に大鴉を問い詰めてしまえば、それは彼を入学させたのは追い詰めるため、という形になってしまう。
結局のところ今相澤に出来るのは、教師として彼の行動を見て、ときに注意をすることだけなのだ。除籍処分なんて脅しも、ヒーローを目指していない大鴉ならば他の高校の普通科にでも移ってしまうだけである。そもそも────
再び思考が大鴉のことによっていることに気づいた相澤は、資料をまとめて立ち上がった。
(まずは校長に報告、それから──)
一生徒のことも担任として重要だが、それ以上に相澤はプロヒーローである。果たすべきことにも順序がある。
ひとまずは校長にも報告するべく、相澤もまた面接室を後にした。
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面接室を出た足で自宅に戻った大鴉は、パソコンを開いて1つのゲームを起動する。多くの人がプレイしているオンラインRPG。その中の、わずか3人しか所属していない零細ギルドのギルドハウスのリビング。そこに置かれた見た目だけの本棚の一角から一冊の本を取り出し、そこに雄英バリアを破壊した者に関する報告と。
『映像を保存する魔法の書』というアイテム上の謳い文句のもと、ゲーム外の映像を再生できるゲーム内の本に、サキともう一羽のカラスが撮っていた映像と音声を記録しておく。
急を要する際の連絡手段。一切外に出ず、またスマホやパソコンなどにそれとわかりやすい痕跡を残すことなくやり取りをするために考えられたツールだ。メッセージや電話だけのやり取りならば普通にスマホですることはあるのだが、映像、音声の送信となると話は変わってくる。オンラインストレージサービスだったりメッセージアプリなどで情報の送受信をすると目立つが、こうした情報のやり取りとは関係ない場所でやり取りするというのは存外有用であったりする。投稿したファイルをパソコン上から破棄してしまえば、外からはほとんど見つからない保存場所となりうるのだ。ソシャゲを今の大鴉の趣味にしたのも、そういうつながりをカモフラージュ出来るからだ。
情報を含んだ本を再び棚に戻し鍵をかけてしまえば、後はそれを開けるのは同様に鍵を持った同居人2名だけとなる。そしてわかりやすいようにゲーム外にもアナウンスの行くメッセージを飛ばしておいてログアウトした。
「さてと、鬼が出るか蛇が出るか」
再びログイン画面に戻ったモニターを前に、立てた手に顎をのせた大鴉はそうひとりごちる。平和な高校生活になるかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。ヒーローを目指す特訓としてやりたいこともあるが、それにばかりかまけているわけにもいかなそうだ。
だが今はまずは。
「あいつらに飯用意しないとな」
思考を脳の片隅にどけた大鴉は、代わりにカラスたちに提供出来る食材の残りを脳内で考え始めた。
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原作の描写、例えば体育祭なら緑谷が轟と決勝トーナメントで戦う試合を、主人公目線でリアルタイムで書くべきでしょうか。それとも、ダイジェストでどういうことがあって、主人公が何か気づいた事考えたことを軽く書けばいいでしょうか。どのあたりを本作に求められているのか知りたいです。というのも、体育祭を書いていて、主人公の試合よりも他の試合について尾白たちと話している場面が増えて書きづらいのでどうしたものかと。
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主人公周りだけでいい
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原作の内容を主人公目線で見たい
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主人公が何か気づきを得る場合など一部だけ