日陰者の鴉   作:アママサ二次創作

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7.USJ襲撃事件

「今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、それともう1人、計3人で担当することになった。内容は前回とはガラッと変わる。災害水難火災等の状況下における『人命救助訓練』だ」

 

 午後のヒーロー基礎学の前にオールマイトの代わりに教室にやってきた相澤の言葉にクラスがざわつくが、相澤の一睨みで静かになった。

 

「まだ途中だぞ。今回はコスチュームの使用は各自の判断に任せる。コスチュームによっては活動が制限されるだろうからな。その辺りを考えるいい機会でもある」

 

 ヒーローのコスチュームは見た目からも分かる通り千差万別。それは機能の面でも一緒で、全く同じ目的で作られたものは1つとしてないと言っても良い。だからこそ、場面によっては得意不得意が出るものでもあったりする。それを踏まえてのコスチュームの使用は自由、という言葉だ。自分のコスチュームが救助に向いていないと判断した場合にはとりあえずの基準を満たす体操服を使うことになる。

 

「移動はバスで行う。準備に時間をかけるなよ。以上」

 

 説明を終えた相澤は1人先に教室を出る。急ぐもはしゃぐも生徒次第。ただしはしゃぎ過ぎたら容赦はしないが。

 

 

 前回教師はオールマイト1人で実施されたヒーロー基礎学が今回は3名で実施されるということで生徒達はざわついたが、それには理由がある。

 

 先日の雄英バリア破壊事件。あの際に大鴉から伝えられた犯人、いや、ヴィランについての情報は既に教員で共有されており、警戒も行われていた。あのときはバリアの破壊だけだったが、それが可能である以上は侵入も容易であるため、その面での生徒の警護などについてが特に重点的に話し合われたのだ。

 

 校舎で座学を受けている場合は教師であるプロヒーローが近いのですぐ対応できるとして、問題は広大すぎる雄英の敷地だ。中には校舎からバスで10分とかかかる場所にある施設もザラに存在する。そしてそれだけ距離が離れていると、いざそこがヴィランに狙われたときに校舎からプロヒーローが向かっても到着には時間がかかることになる。それを避けるために今日のヒーロー基礎学も、オールマイト1人から災害救助を得意とするプロヒーロー13号と相澤も加えた3人の布陣に変更されたのだ。

 

 もっとも立地などを考える以前に雄英バリアが破られた場合には先日同様に警報が鳴る。そのためこの複数の教師で授業にあたるというのはあくまで念のためという意味合いが強いのだが。

 

 一方そんな裏事情になんとなく気づきつつも、普段と変わらない様子の大鴉は普段通り尾白と一緒にコスチュームを持って更衣室に向かっていた。

 

「大鴉はコスチュームどうするんだ?」

「普通に使うかなー。耐刃耐火性らしいし。まー水中はちょっときついかなって思わないでも無いけど」

「ああ、布が多いと水に濡れたときが大変そうだよな」

「尾白のは一枚っきりだもんな」

 

 他のクラスメイトと比べるといくらか重厚なコスチュームをしている大鴉だが、基本的には救助にもそれで参加するつもりだ。基本救助において厚着であるというのは大して問題にならない。むしろ過酷な環境にも耐えうるという意味で言えば分厚い装備の方が好ましいとすら言える。

 

 例えば火災現場で救助活動を行うことになったとして、当然ながら場合によっては火の中に突っ込んでいくことになる。そんな中で、例えば爆豪のような。つまりは頭部や腕部がむき出しで胴体も布一枚でしか覆われていないようなコスチュームの人間が無茶ができるかと言われると断じて否である。

 

 一方で大鴉の場合は、鼻まで覆う首元の布を考えると肌の露出は目元から額にかけてのごく狭い面積に抑えられる。加えてその目元や額も普段は深いフードの影になっているので、言ってみれば火に対しての耐性が確実に爆豪などと比べて高いのだ。目を覆うゴーグルやガスマスクなどはいずれ用意するつもりだが、それ抜きでも突っ込んで行きやすい。

 

 それが唯一意味をなさないのが水難現場だ。水という重りがあると、重装備が途端に足かせとなる。もっとも大鴉の装備はそのあたりもある程度考慮されていた。

 

「まーでも、意外と俺のコスチューム水難とか考慮されてんのよね」

「そうなの?」

「水難というかデッドウェイトに対する配慮みたいな感じだけど」

 

 大鴉より先に着替え終わった尾白が、装備をつけていく大鴉を見ながら首をかしげる。

 

「なんかさ、このあたりとか、あとこの辺とか」

 

 大鴉がそう言って示すのは、肩周りや前腕部、それに脛や膝周りなどの、一層分厚い生地で出来ている部分や、腰から下に伸びている長い裾部分などだ。

 

「これさ、一応固定されてるけど外れるんだよね」

「外れる?」

「そうそ、こんな感じでさ」

 

 そう言って大鴉が肩の分厚い部分を取り外すと、その下から最低限の布地が顔を見せた。

 

「水難なら飛び込む前にあちこちパージしろってことなんかなって。まー俺の個性なら自分で行くよりも海保とかに任せた方が良い気がするけど」

「海保?」

「海上保安庁。あそこならダイバーとかいるし、あくまで生身の人間に過ぎない俺たちよりは水特化の装備の海保の方が絶対強いから」

 

 大鴉がそうこともなげに言うと、尾白はそれに対して顎に手を当てて考える様子を見せた。

 

「確かに……そういうレベルの水難事故なら、そっちの方が良いのか」

「適正よ適正。人間基本的に水の中で活動できるように出来てないからさ。そういうのに向いてる個性の人以外は道具で補った専門家に任せた方が良いの」

「そうだな。となったら俺たちがやれるのは、川や海で溺れそうになってる子供、とか?」

「後は水害のときとか。俺たちが相手にする水難って、潜って対応するようなのよりは少ない足場の中で水上から救助活動したりとか、水に浸かるにしても首から下までで、それもロープとか使ってやる感じだよな多分」

 

 そう言いながら最後に上半身のベルトを締めていた大鴉は、尾白からの返事が無いのに気づいてそちらに視線を向けた。

 

「どしたの?」

「いや……すごい考えてるんだなって」

「そ?」

「うん。俺、そんな考えたこと無いからさ」

「そんなもんかね」

 

 曖昧の返事を返しながらも、大鴉は自分の中での基準をアップデートする。ヒーロー以外の人助けの仕事に興味がある大鴉は、個人的にそうした仕事についても色々と調べているために、一般と比べても知識量が多くなっているのだ。その辺りを気にして話さないと、あまりに専門的過ぎた場合には警戒される可能性がある。多少博識程度、でとどめておく必要があった。

 

「よーし行こ。悪いね待たせて」

「コスチュームが違うから仕方ないよ」

 

 礼を言った大鴉に尾白は特に気にしていないと返す。円滑なコミュニケーションには、こうした何気ない感謝や礼とそれに対する返答が欠かせない。そういう意味では、尾白と大鴉の相性はかなり良いと言えるだろう。

 

 外に出ると相澤と数名の生徒が集まっているもののまだバスは到着しておらず、それぞれに雑談などをしながらバスの到着を待っている状態だった。

 

「大鴉って体術得意だったりする?」

「どしたの急に。いやまあ多少はできるっちゃできるけど。この個性だし戦うのは素の能力だからね」

 

 そんな中話しかけてきた尾白に大鴉はフードを降ろして答える。身体を動かせないとどうにもならないだろ? という大鴉に、尾白はそれもそうかと頷いた。

 

「よく考えたら凄いよな」

「何が?」

「いや、大鴉の個性って攻撃に全く向いてないだろ? それであの入試を突破したって考えたら、凄いなと思って」

 

 一般入試を経験していない大鴉は入試の映像を見ただけだが、入試は正直言って少々ぬるいロボットとの戦闘だった。とはいえそれは大鴉目線の話であって、『ヒーロー科志望の受験生』にとってはけして楽な入試では無いものであるというのも理解している。そこから一般入試を受けた風に答える事もできたが、大鴉は照れたようにフードをかぶり直してなんでもないように話をそらす。

 

「んで、体術でなんかするの?」

「あ、そうそう。体術できるなら放課後に訓練付き合ってくれないかなって思ってさ」

「訓練?」

「訓練というか手合わせか組手かな。体術の練習の相手をしてもらえるとありがたいなって思って」

 

 尾白は少し遠慮がちに言う。それぞれに訓練するべきところがある中で自分の相手をしてくれと言うのに遠慮を感じる性格なのだろう。この性格をしているのだからそこまで引いて接してこなくてもいいのに、とは思うがそれを口にはせず、大鴉は尾白の頼みに頷く。

 

「ええよー。まあ俺も予定あるし日によるけど。んでも、それなら相手俺じゃない方がよくね?」

「え?」

「やー、戦闘においては無個性な俺との組手よりも個性使ってくる他の人相手のが学べるとこあるんじゃないの?」

 

 その点俺は体術の相手は出来ても、それだけだろ、と。そう述べてくる大鴉に尾白は苦笑いする。

 

「それもそうだね……」

「ま、今の段階で誰が訓練相手として有益とかわからんわな。よし、この俺が手伝って差し上げよう! なんつって」

 

 尾白の頼みを引き受けつつも嫌そうな雰囲気を出していた大鴉の急な変調に尾白は目を白黒させる。

 

「あ……いいの?」

「もちろん。俺も訓練できるしとりあえずやってみてって感じだな」

 

 こう言っては何だが、訓練、あるいは組手、それも一対一の相手を探すというのは、要するにいかに自分にとって有益な相手を探すか、ということでもある。大鴉に頼む時点で尾白がそれを明確に意識していたわけではないだろうが、そこに遠慮を感じていたのは事実だ。

 

 そして大鴉からすればそんなもの気にするだけ無駄なのも事実である。

 

「よーしじゃあ今日? 明日?」

「今日からお願いします」

「おー」

 

 本来の大鴉からすれば、たとえ友人関係とは言え時間を来られることに対しては自分に利益が無ければ応じたりしない。だが今の大鴉は、なんとなく生きる人間なのだ。目的意識が強すぎてはいけない。

 

 そんな話をしているうちに全員が集まり、バスへと乗り込む。飯田がなにやら空回りしていたが、特に気にしない大鴉は一足先に乗り込んで一番奥に座った。尾白がその隣に座り、他のクラスメイトも乗り込んでくる。

 

「あ、大鴉と尾白、ちょっといい?」

「ぬ?」

「ごめんけど、席変わってもらえない? ほら葉隠これだから」

「これってなにさージロちゃん!」

 

 席に座った2人に話しかけてきた耳郎が示すのは何も無い空間、ではなく手袋とブーツ以外を装備していない葉隠だ。つまりはほぼ裸の葉隠である。

 

「ああ、葉隠さんの隣に男が座らない方が良いってことね」

「どゆこと?」

「隣に座ったら、その、肩とかあたるだろ?」

「あ、ほーん。理解理解」

 

 ほぼ全裸の葉隠を一番端の席に座らせてその隣に耳郎が座ることで、男子との身体的な接触が起きないようにしようということだ。尾白からの説明でそれを理解した大鴉は尾白とともにずれて席をゆずり、その隣に耳郎と葉隠が座る。

 

「サンキュ」

「葉隠さん、それマジの裸? 何も着てない感じなの?」

「うん! だって私透明だからね! 服着たら場所わかっちゃうでしょ!」

 

 耳郎を挟んで向こう側にいる葉隠に話しかけるとそんな返事が元気よく返ってくる。視線をずらして耳郎を視ると、彼女は既に幾度か葉隠に言って諦めたのか首を振ることで答えられた。

 

「そ。まー葉隠さんが気にしてないなら良いんじゃない?」

「大鴉……」

「むしろまずいのは俺たちの方だよね」

「え?」

 

 呆ける3人に、大鴉は至極真面目な顔をして続ける。

 

「訓練とかで葉隠さんに接触することになったときにさ、こう、よぎるじゃん。え、これ触っていいの? みたいな」

「そうなの?」

「そうそう。だって裸の女の子だぜ? な、尾白」

「俺に聞かないで貰えるかな!?」

 

 首を傾げたように聞こえる葉隠の声に隣の尾白に話を振ると、若干顔を赤くしながらも叫ばれる。大鴉の発言の途中から固まっていた尾白は、まさか自分の方に話が飛んでくるとは思っていなかったのだ。

 

 そんなワチャワチャした話をしながらも、大鴉の思考は他のクラスメイトがしている会話にも向けられていた。

 

 特に普段から積極的な情報収集を心がけているわけではないのだが、バスが出発してそうそうに蛙吹が切り出した話の内容が気になったのでそちらに意識を向けておいたのだ。

 

 その内容は、『緑谷の個性がオールマイトのものに似ている』というもの。

 

「私、思ったことは口に出さずにいられないの。あなたの個性、オールマイトみたいね」

 

 そう言い出した蛙吹に緑谷は異常に動揺した様子を示した。普通なら図星であると気づかれかねない反応だが、普段からどもったり動揺したりしている緑谷を見ているクラスメイトらにはいつも通りにうつったようで、すぐに横から切島が割って入っていたのがせめてもの救いだ。いくらその事実を絶対的に隠すようにとは指示されていないとはいえ、いきなりその情報がバレて出回るというのは色々と手を回せないので不都合なのである。

 

(緑谷のあれは自信のなさから来てるのか? コミュニケーションが苦手、というわけではないように思えるな。しかし……いつばれてもおかしくないと伝えておこう)

 

 オールマイトの個性の継承者として、大鴉だけでなく所属している組織が緑谷には注目している。彼自身の素性、展望、現段階での実力に関する調査というのも大鴉の役目であった。そのために、直接接触しない位置から探れる程度に視線をやっているのである。あえて直接接触していないのは、近しい友人の位置につくのは、裏から手を回す場合にはむしろ不都合になりえる場合もあるからだ。急に親しくなることはできるが、親しかったのにその事実をなくすことは出来ないのである。

 

「もうすぐつく、はしゃぎすぎるなよ」

 

 そんな会話と思考を並行させて行っていると、一番前に座る相澤から車内に指示が飛んだ。

 

(救助訓練、やるのはほぼ初めてか。明確に人命救助に向けての訓練をしたことはなかったな)

 

 大鴉が受けている訓練は主に潜入調査を行う際の振る舞い方であったり、近接戦、室内戦における体術だ。それは現在の所属を考えれば当然のことであるのだが、そのためにヒーローや消防士、あるいは軍のような救助活動の訓練は初めてのことであった。初めての経験に、周りより大人びているであろう大鴉も内心楽しみにしていたりする。

 

(どんな場所だろうか。まあとりあえずあいつらに救助対象のいる場所を指示して貰えるな)

 

 結局のところ大鴉が実力を発揮するのであればカラス達の力を借りるのが一番なのだが。

 

 今現在バスの周囲を飛んでいるカラスはいない。普段大鴉が街中を歩いたりするときもそうだが、大鴉の歩いている頭上を明らかにそれとわかるようにカラスが飛んでいては、何かがあるのだと周りから簡単にわかってしまう。

 

 それを避けるために、普段から大鴉の周囲について回る個体のカラスたちにはある程度の訓練をしている。例えば歩いている大鴉を追う際には、自分の持ち場である距離感を保ちつつ大鴉の進行方向に沿った場所にとまって通り過ぎるのを待ち、その後一度別の場所を経由してまた進行方向に戻ってくる、だとか。

 

 そんなカラスたちとの取り決めの一つとして、徒歩以外の交通手段など高速で移動する際の役目の引き継ぎについて決めている。つまりは、校舎からバスに乗って移動を始めた大鴉には校舎付近で大鴉の周辺にいたカラスたちがついてくるのではなく、行き先方向のカラスたちがその役目を引き継いで大鴉の周辺にいるという役割を担う、ということだ。それに関する指示もカラスたちには事前にしているので、バスに乗った段階で一匹に合図を出せば自然と引き継ぎを始めてくれる。

 

 そして現在、目的地に近づいたであろう大鴉の脳内には担当を引き継いだカラスの一群のリーダー格から報告のテレパシーが来た。

 

 それを確認しつつ、大鴉は停車したバスから他のクラスメイトに続いて降りていく。

 

 降りた先にあるのは巨大なドーム状の建築物。雄英高校は国内随一のヒーロー科をもつ高校だけあって、その施設は尋常なものではない。

 

(空開いてないな。後で先生に言って入り口から入れさせてもらうか)

 

「どんなところだろうね」

「救助訓練向けの施設ってことは火事の再現とかできるんじゃないの?」

 

 楽しそうに話す女子2人に続いて入り口の扉をくぐると、ドーム内は入り口付近だけ小高くなっており、その先10メートルほど階段を下ったところから広大なエリアが広がっていた。まず階段を下ったすぐ先にあるのは噴水と広場。そしてそれをとりまくように、燃え上がっているエリアや崖のようになっているエリア、水が溜まっていて船が浮かべてあるエリア等、様々なエリアが存在している。

 

「すげー!! USJみてえ!」

 

 そう歓声を上げたのは誰だろうか。大鴉も2回ほど社会経験というなの娯楽として連れて行ってもらったことがある。あのエリアごとにテーマが分かれている有名なアミューズメントパークだ。確かに派手さとエリアごとにテーマが分かれている辺りは似ているかも知れない。

 

「水難事故、土砂災害、火事……あらゆる事故や災害に対応する訓練を行えるように僕が作った演習場、その名も『嘘の災害や事故ルーム』、略してUSJです」

「ほんとにUSJだった!」

 

 はしゃぐ生徒を鎮めるように響いた声は、今回の授業に参加する3人目の教師『13号』のものだ。

 

「スペースヒーロー『13号』だ! 災害救助で大活躍のヒーロー!」

「私13号の大ファンなんよ!」

 

 雄英の教師である彼女もまた、当然のことながらプロヒーローである。そして大鴉もまた、彼女についてよく知っていた。

 

「えー、始める前に何個かお小言を……」

 

 そう言って彼女が話し始めるのは、彼女の個性がどんなものであるのか、ということ。そしてそれが人を傷つけることに使われた場合には、どれだけ恐ろしいものであるのか、ということ。

 

 大鴉が彼女を知っているのも、まさにそういうところからだった。

 

 彼女の個性は『ブラックホール』。その指先に発生させたブラックホールでなんでも吸い込み塵に変えてしまう。

 

「その個性で災害救助をしているんですよね!」 

「ええ。ですが、同時に簡単に人を殺せてしまう個性です」

 

 彼女の個性は吸い込む相手、あるいはその大きさを限定しない。例えば小さなペンを吸い込んで消滅させることだってできるし、大きな瓦礫を吸い込んで除去する事もできる。実際彼女はこの個性で、災害現場で邪魔なもの、例えば土砂災害における土砂であったりとか、ビルの倒壊におけるコンクリート片であるとかを吸い込んで取り除くことで、災害救助に貢献している。

 

 そしてその個性を持ってすれば。例えばあったら不都合であるもの。

 

 それこそ犯罪組織が持っている危険な薬品や爆発物であったり。

 

 あるいは生死問わず人体ですら消去することが出来る。

 

 大鴉が所属する組織が彼女に目をつけていたのは、そういう理由からだ。犯罪組織に対して潜入調査を行ったりその他情報収集を行う人員ではなく、主に後掃除をする裏方の人員として勧誘出来ないかと、彼女が雄英を卒業する時期に話題に上がったらしいのだ。

 

 もっともそれはあくまで話題に上がった程度で、本気で検討されたわけではなかった。

 

 彼女の持つ個性は有用であるものの、彼女自身はそうした活動に対する適性がなかったからだ。

 

 高校時代から彼女の活動は災害救助に特化しており、一応対人戦も出来はするものの、助ける方向に彼女の精神性は特化しているようであった。そうした彼女の性格は調べるまでもなく出回っている情報ですぐに分かるものであったために、検討に値しないと判断されたのである。加えて彼女の災害救助における有用性が、大鴉の所属する組織における有用性と比較して遥かに高いと判断されたため、国益を鑑みた結果ヒーローとして活動させることになったのだ。翌年には別の使える人員が入ったので現在は彼女に対して大鴉の所属する組織は特に興味をいだいていない。

 

「この授業では、戦闘訓練と大きく観点を変えて、救うためにどう個性を扱えば良いのか。それを学びましょう。私達ヒーローのちからは人を傷つけるものではない。救うために存在するのだと、しっかり心に刻み込んでおいてください。以上で、私の話は終わります」

「じゃあまずは──」

 

 13号が演説を締めくくり、続けて相澤が指示を出そうとする。

 

 それに合わせて、カラス達から送られてきた複数の視覚情報を整理していた大鴉は、本校舎付近にいる個体に対して連絡の指示を出した。

 

 

******

 

 

 生徒らが集まっていた場所から階段を下った先、噴水のある広場に出現した黒い靄のようなものから複数の人間が出現する。既にカラスの視界を通してその光景を数度目撃している大鴉はともかくとして、他のクラスメイト達はそれに困惑を示す。

 

「なんだあれ? また入試のときのもうはじまってるっつーパターンか?」

「動くな!! あれは《ヴィラン》だ!」

 

 呑気な声を上げた切島に対して、初めてゴーグルを装着した姿を見せた相澤は厳しい声を上げる。

 

「な、なんでこんなところにヴィランが来るんだよぉぉ!?」

「バカだろ!? ここは雄英のヒーロー科だぞ!?」

 

 生徒が騒ぎ出す中、姿を現したヴィラン達は騒ぐでも無くニヤニヤといやらしく笑いながらこちらを見上げてきた。

 

 そんな中、最後に靄から細身で顔に手のひらのような造形をしたものをくっつけている男と、巨体で嘴があり脳みそが露出している異形型の男が出現し、広がっていた靄が人型へと収束した。

 

「……オールマイトがいない……子供を殺せば出てくるのかな?」

 

 そう言ったのは、最後に出てきた異質な空気を漂わせる男だ。

 

(目的はオールマイトか。転移系の個性とは便利だな。映像が欲しいな)

 

 皆が固まる中ポケットからスマホを取り出した大鴉は、音が鳴らないように全体像と呟いた男周辺の拡大画像を撮影する。

 

「先生! 侵入者用のセンサーはないんですか!?」

「ありますが反応していません!」

「向こうにそういう個性のやつがいるってことだ。雄英に乗り込んでくるあたりアホだが馬鹿じゃねえ」

「きっちり用意して来やがったってか」

 

 八百万に轟、そして爆豪。クラスの中でも特に冷静な三人が事態を把握し確認し合う中、相澤はより早くヒーローとして動き始めた。

 

「13号、避難を急がせろ。それと学校へ連絡! 上鳴も持ってるなら電話試せ!」

「はい!」

「──っす!」

 

 相澤は指示を出すと同時に、ヴィランの集団へと飛び出して行こうとする。その動きを見た緑谷は思わず声をかけた。

 

「先生は!? 1人で戦うんですか!? あの数じゃいくら“個性”をけしても……それにイレイザーヘッドのの戦闘スタイルは“個性”を消してからの捕縛、多人数相手の正面戦闘は……」

「ヒーローは一芸だけじゃつとまらん。早く避難しろ」

「皆さん固まって! 避難しますよ!」

 

 緑谷の言葉を途中で遮った相澤はそのままヴィランに飛びかかっていき、13号は生徒達をまとめて誘導を始める。

 

 その頃には、大鴉は同調(リンク)している本校舎付近のカラスの視界で、職員室の窓に対して数匹で突いたり体当りしたりと暴れまくったことでミッドナイトによって職員室の窓が開けられ中に数匹が飛び込んだことが見えていた。大鴉の使役するカラスだと認識したのかあるいは窓を開けて追い払おうとしたのか。どちらにしろ窓があけられたのは好都合だ。

 

 そのまま大鴉が指示を出すまでも無く、聴覚まで共有した大鴉にはカラスのうち一匹が口を開いて人間の言葉を発するのが聞こえる。

 

『USJ! ヴィラン! USJ! ヴィラン! キューエンヨーセー! キューエンヨーセー!』

 

 片言で話すように指示したのは、カラスに対する教育がその程度でしか無いと誤認させるためだ。実際には普通に話せるレベルであるのだが、普通の高校生はたとえ動物と話せたとしてもそこまで人間の言葉を話せるように教え込んだりしない。なにせ自分が向こうの言いたいことを理解できるのでわざわざ教える必要なんて無いのだ。それを教えるのはつまり、カラスが人間の言語を話すことを何かに使っていることになる。

 

 大鴉がそちらの情報を拾っている一方、逃げようとする生徒達の前を塞ぐように黒い靄が空中から出現した。実体が無いように見えるが、目のようなものが見えるあたり個性を持った人間であるということが見て取れる。

 

「回り込まれたのか……!」

『させませんよ』

 

 突如出現したそれに、生徒達の足が止まる中、それは呑気に話し始める。自分の立場において情報収集が最優先であると認識している大鴉は、コスチュームを改造して胸部分に仕込んである小型カメラを起動し撮影を開始する。目立たずまた耐久性と操作性に重点を置いたものであるために性能はそれほど高くないが、相手の方から目の前に来てくれれば十分である。

 

『我々は“敵連合”。我々の目的は、平和の象徴、“オールマイト”に死んでいただく。ただその一点のためにございます』

 

 その言葉にクラス全員は理解が追いつかず、その身体を固めた。大鴉ですら、動揺を抑え込んだものの理解は出来ていない。

 

 平和の絶対的象徴。転じてヴィランの天敵。悪への抑止力。

 このヒーロー育成の最高峰たる雄英に侵入したのはその彼を殺すため。

 そんな正気の沙汰ではない目的に。

 

 これは懸念事項として上に上げなければならない。大鴉はそう思考する。実力の伴わない妄言であるならばそれでいい。

 

 だが、オールマイトを殺せる、あるいはそう考えれるだけの何かがあるとすれば、それは十分に社会、ひいては国家に対する脅威となりうる。

 

 大鴉はオールマイトの強さを十分に評価していた。その実績だけでなく強さまで正確に。大鴉の同僚、あるいは上司にもバケモノはいるが、全盛期のオールマイトはそれに勝るとも劣らない。弱体化した今なお平和の象徴は半端なものではない。それを殺せるということはすなわち、他の人間、ヒーローでは太刀打ち出来ないような強さの可能性が高いのだ。

 

 大鴉が思考を巡らせている間に、対峙していたヴィランがその靄を再び広げようとして。

 

 直後に2つの影が飛び出してヴィランに対して攻撃を加えた。

 

「その前に俺らにやられるとは考えなかったのか!!?」

 

 爆豪と切島だ。何かされる前にやる。それ自体は間違えた発想ではない。ただ今回は相手が悪い。

 

 それを見た大鴉は、思わずため息を吐いた。

 

(どう見たって不定形だろう。殺しきれるかわからないのに仕掛けるのは愚策だ)

 

「2人ともどきなさい!」

 

 現に、2人はこうして13号の攻撃の射線を塞いでしまい。

 

『あぶないあぶない……やはりここは優秀な卵の集まる場所』

 

 ──散らして、嬲り殺す……!

 

 爆豪の爆破で出来た土煙の中からヴィラン姿を現し、今度こそその靄を広げ、生徒たちを飲み込んだ。

 

 

******

 

 

「んーいっと、暑っ! 火災エリア暑っ! 消防士さんは大変だねほんと」

 

 靄に飲み込まれ空中に放り出された大鴉は自然に身体を捻って着地する。靄自体を回避することは出来たが、どんなものか情報を収集しておきたかったのであえて巻き込まれたのだ。その際、『散り散りに』という靄ヴィランの言葉からバラバラにワープさせるつもりだろうと考えて、近くにいた尾白をその隣にいた上鳴の方へと押し出しておいた。大鴉は1人で良い。むしろ情報収集のために1人が良い。だから他のクラスメイトが大人数でまとまった方が良いと判断したのだ。

 

(靄を起点にしたワープ、ね。行き先は座標指定か? おそらく昔に行ったことが無くても大丈夫だな。どうやって座標を指定してるかは……遠距離の場合は明確な座標指定をしてない可能性もあるな。おおよそこのあたり、あるいはこんな場所……。随分と融通の聞く個性だ)

 

 先日雄英バリアを破壊した後に男が消えたのもこの靄の個性だろう。思えば、体中に手のような装飾品をつけたヴィランがいたが、髪の色などはあのときのヴィランとそっくりとであった。

 

(崩壊持ちか。危ないかもな)

 

「ほんとに来たぜ」

「イエェェェイ!! 獲物だァ!!」

 

 大鴉が思考を巡らせている間にぞろぞろと周囲を取り囲むようにしてヴィランが現れる。半円状になっているのを良いことに、大鴉は怯えたように演技して一歩後ずさった。

 

「お、お前らなんでこんなところにいるんだ! ここは雄英だぞ!」

 

 声を震わせて叫ぶと、一瞬の間の後にヴィラン達は声を上げて笑い始める。怯える子鹿を嘲笑う、上の立場に立ったと誤解した者たちの振る舞いだ。

 

「なんで、だあ? 俺たちはな、その雄英でヒーローの卵をぶっ殺すために来てんだよ!」

「雄英だから大丈夫だと思った、卵ちゃーん」

 

 馬鹿にするように言ってくるヴィラン達は、後ずさる大鴉の背後に回り込むことすらしようとしない。絶対的に逃さない自信があるのかあるいはただの馬鹿なのか。大鴉が視る限り驚異を感じる相手はいないのでおそらくは後者だ。

 

 だが、まだ情報収集が足りないと大鴉は演技を続ける。

 

「お、お前らなんかすぐにオールマイトが来て捕まえてくれる! 残念だったな!」

「バァーカ!! なんの準備も無く来るわけねえだろ! 殺せるっつーやつがいるから俺たちは来たんだよ!」

「そんなわけないだろ! オールマイトはトップヒーローで、めちゃくちゃすごくて、ヴィランになんて……」

 

 そう言いながら一層足を震わせる大鴉に、ヴィラン達は声を上げて笑い始める。

 

「いくらオールマイトでも間に合うわけねーだろ! お前は! ここで死ぬんだ」

「ヒッ……!」

 

 ぺたりと、尻もちをついた大鴉に、ヴィラン達はぞろぞろと不用心にも近づいてくる。大鴉も座り込んだまま後ずさるが、すぐに近づかれてしまった。

 

「あーあ1人しかいねえのかよつまらねえな。誰からやんだ?」

「アタシからやらせてくれよ!」

 

 そう言った女のヴィランが手を顔の高さに上げると、その手のひらの上にソフトボールぐらいの火球が発生する。

 

 それをニヤニヤとヴィランたちが見守るなか女のヴィランがその手を振りかぶって。

 

「アァァァァァァァ!?」

 

 直後、そのまま女のヴィランが火球を保持していた手を抑えるようにして悲鳴を上げた。

 

「なにっ、ガッ!?」

「あいつだっ! ウグッ!?」

 

 続けざまにヴィラン達からうめき声が上がる。彼らが大鴉の方を向き直る方には、既に大鴉はヴィランの集団の只中にまで踏み込んでいた。

 

 最初の攻撃。女ヴィランが腕を振りかぶると同時、ヴィランたちの注目はほとんどそっちに集まった。そしてその瞬間、大鴉は持っている数少ない武器であるナイフを投擲したのだ。

 

 飛翔したナイフはそのまま女ヴィランの肩に突き刺さった。最初の悲鳴はそれである。

 

 そして投げた直後に前傾になってヴィラン達の方へと突っ走り、2メートルほどの距離まで近づいていたヴィランへの攻撃を始めたのである。

 

 まずは一番手前にいたヴィランの顎をえぐるように側面から左手で殴る。続けて左手を振り抜いた勢いのままに回転しつつ、殴ったヴィランの背後にいたヴィランの顎を右手の警棒で打ち抜く。全力で殴ってはいないものの、顎ぐらいは砕けておかしくない勢いで殴られてそのヴィランも昏倒した。

 

「こいつ!?」

「囲め! 個性使え!」

「あづっ!? 俺に当てんじゃねえだっ!?」

 

 そのまままだ立っているヴィランを盾に、火を手のひらから火炎放射器のように放ってくるヴィランの攻撃を受け流し、ついでに盾にしたヴィランの足を払って体勢を崩しつつ、倒れてくるところにミートするようにアッパーを入れて眠らせる。そしてその崩れ落ちる身体を飛び越えるようにして火を放ったヴィランに飛びかかり、その身体を隣のヴィランに向かって押し付け、ふたりとも顎を殴って気絶させる。

 

 大鴉に傷一つつけられない一方で、ヴィランの数はどんどん減っていく。乱戦にまで持ち込んでしまえば、大鴉とヴィランたちとの差は歴然だった。

 

 もともと、大鴉があえてへたり込んでまでヴィランたちを煽ったのは相手の情報を抜くためもあるが、相手との距離を詰めさせるためでもあった。

 

 現在大鴉がコスチュームに装備している武器はナイフが数本と警棒が2本のみ。本来大鴉が中距離において得意とする棒手裏剣などの投擲物も持つことが出来ておらず、遠距離戦の手数において圧倒的に相手に負けているのである。

 

 そんな中でヴィランの個性とナイフ数本で打ち合いをするのは手数が足りない。打ち合いをしても当たってやるつもりは無いが、弾幕の中を距離を詰めるのはいささか面倒なのだ。やってやれないことは無いのだが。

 

 そこで怯えたふりをして油断させ、近づかせ。一気にふところまで踏み込んだのだ。

 

 もともと大鴉は個性の都合上銃火器や投擲物無しでは遠距離攻撃は出来ないので、屋内戦ならともかく路上のような広い場所での戦闘はあまり得手としていない。だがここまで乱戦になってしまえば、もはやそれは屋内戦とほとんど変わらない。

 

「どぉけえええ!!!!」

 

 次々にヴィランを打倒していく大鴉に、強化系の個性を持つヴィランが勢いよく突進する。路面を踏み抜くその突進にヴィランが道を開ける中、大鴉は正面からそれを迎え撃つ、と見せかけて直前に一歩斜め前に踏み込んだ。そしてヴィランの突進に合わせて回し蹴りを放ち、身体の側面を叩くことで進行方向をずらす。大鴉からしてみれば不安定なヴィランの突進にはそれで十分だった。

 

 強化系のヴィランはそのまま勢いよく近くの壁面に突っ込んでいき、轟音とともに沈黙する。

 

「んー、飽きた」

 

 的確にヴィランを沈めていく大鴉に腰がひけたのかヴィランが後ずさるが、それを見逃す大鴉ではない。弱すぎて既に飽きていたが、残ったヴィランも丁寧に気絶させて縛り上げておく。

 

 お片付けを終えて縛り上げたヴィランを積み上げた大鴉は、その上に腰掛けて目を閉じる。ここから抜け出す前に、ドームの天窓から覗いているカラスたちの視界から他のクラスメイトがどうしているのかを確認するのだ。

 

 案の定というべきか、すべての場所においてクラスメイト達がヴィランに対して優勢に立っているのが見える。轟や爆豪がいるところに至っては瞬殺した模様だ。

 

「ちと救援呼ぶのは早計だったかなこりゃ」

 

 オールマイトを殺すという発言と先日目撃したことから、この集団のリーダー格はあの体中に手をつけたヴィランや黒い靄のようなやつであろうと判断していたが、その他がここまで雑魚だと思っていなかったために少々思惑が外れた形となってしまった。

 

 大鴉の予想では、中央にいたヴィランだけでなくそれぞれのエリアで待ち伏せしているヴィランもそれなりの腕利きだと思っていた。だからこそ、最初にヴィランが目の前に姿を見せた段階で本校舎付近のカラスに指示を出して救援要請を送ったのである。

 

 急がないのであれば、救援要請をするにしてもカラスに人間の言葉を話させるのではなく、大量のカラスを集めてUSJに異常が起きていると遠回りに気づかせるような、そんな回りくどい手を使うべきだったのだ。カラスに喋らせることができる、というのは大鴉のできることの中でも隠しておきたいことなのである。それがバレる覚悟で、大鴉は1人でも生き残れるようにと職員室に救援要請にいかせたのである。今回は裏目に出てしまったが。

 

 そこまで考えた大鴉が移動を始めようと立ち上がった直後。入り口付近から大きな破壊音が響く。

 

『もう大丈夫! 私が来た!』

 

 咄嗟に同調(リンク)したカラスが見上げるのは広い男の背中。破壊音は彼がUSJの入り口の扉を吹き飛ばした音だ。

 

「オールマイト……」

 

 彼が来た。平和の象徴。

 

 そしてこの場においては、ヴィランの《殺害目標》。これは好機である。敵が何をもってオールマイトを殺せると思ったのか。それを視るチャンスだ。

 

 入り口付近で靄ヴィランと交戦していた数人に声をかけたオールマイトは、そのまま雑魚ヴィランと戦っている相澤のいる中央広場へと飛び込んでいった。

 

(……他のヒーローはもう少しかかるな)

 

 USJ内をメインに視て(・・)いたためにオールマイトや他の教師の動向は見ていなかったので改めて確認すると、オールマイトが先行して来ており、他の教師は今USJから脱して救援を呼びに向かっていた飯田と合流してこちらに向かっているところだった。

 

(ゆっくり見させてもらうか)

 

 改めて気絶させたヴィランの山に腰掛けた大鴉は、オールマイトに続いて侵入させた数匹のカラスに撮影をさせつつ、その視界を借りて観戦を始めた。

 

 

 

******

 

 

 

「大鴉!」

「おーう尾白ー。おつかれさん」

 

 他の教師達が到着し、ヴィランの鎮圧が一段落したのを見計らって大鴉は入り口へと向かった。

 

 鎮圧といってもほとんどは生徒たちが倒しきってしまっており、残っていたヴィランも雄英の教師であるスナイプが到着した時点で入り口から射撃を行って制圧していたので、現在は教師陣と外部から到着したプロヒーロー、そして警察によって制圧されたヴィランの捕縛が行われている。その間に救助された生徒はプロヒーローに護衛されながら入り口付近へと集まっていた。

 

「お前……! わざと俺を上鳴の方に押しただろ!」

 

 呑気に戻ってきた大鴉に詰め寄る尾白。その表情は怒りというよりは心配が混ざっているもので、それを見た大鴉はいつものヘラヘラとした笑みを少し抑えて情けない笑みを浮かべる。

 

「悪い。ワープさせられるなら大勢で一緒の方が良いって思ったんだけどさ。尾白と一緒に上鳴の方に合流しようとしたのに俺だけ別のところに飛ばされちまった」

「っ! はぁ……。ほんと、心配したんだからな」

 

 あくまで1人になるつもりも、自分より尾白を優先したつもりも無いのだと。あれはただの偶然だったのだと。そう伝えると、尾白は長々とため息を吐き出した。

 

「大鴉はどこに飛ばされてたんだ?」

「ん? 俺は火災エリアだったな。そっちは?」

「俺は土砂災害のエリアだった。他にも上鳴と耳郎さんと八百万さんがいたよ」

「なるほどね。大丈夫だったか?」

「一応ね。3人が強かったから」

 

 そう謙遜する尾白が、実際のところは一番上手く戦えていたのを大鴉は見ていた。武道をしていると本人が言っていた通り、なにやら戦いに慣れているのだ。そのため他の三人が引け腰、あるいは守勢に出る中で、尾白は淡々と敵を攻撃しては無力化していた。

 

 他で言えば爆豪や切島、轟あたりが尾白同様に戦い慣れていたように思う。

 

 先日のヒーロー基礎学の戦闘訓練は、あくまで訓練でしかないものだった。だからこそ皆それぞれに考えて行動出来たし、言わばゲームのようにそれに集中することが出来ていた。おそらくは雄英に入学するまでも、ほとんどがそういった形の、言わば『まさに訓練のような訓練』をしてきたのだろう。

 

 一方で今日は違う。ゲームではなく、明確な殴り合い、あるいは命の取り合い。そのフィールドは訓練のそれとは一線を画した重さを持ち、そこでの行動こそが、いざヒーローとして活動したときにどれだけやれるかを決める。

 

 そういう意味では、今回のヴィランによる襲撃はむしろ良かったのかもしれないと大鴉は思う。

 

 訓練はあくまで訓練に過ぎない。しかも大鴉たちがこれからしばらくしていく訓練は、おそらくヒーロー科のクラスメイトを相手にした訓練でしかなく、実戦のような重さは無い。コレが例えば相澤やオールマイトのようなプロが本気で殺意を向けてきたりした場合にはまた違ってくるのだろうが、それもまだ先の話になるのだろう。

 

 ぬるい。

 

 ぬるすぎる。

 

 ヒーローという命を賭す職業を目指すにも関わらず、その感覚を知らずしてどうするのかという話だ。

 

 だからこそ今回。イレギュラーなヴィランによる襲撃という事件だったが、命を狙われる感覚を知ることが出来たはずだ。たとえどれだけ弱い相手でも、それこそナイフを持っただけの一般人でも。

 

 “命を狙われる”というのは、それだけ恐ろしいことなのである。

 

 それを早い段階で経験できたのは、A組のクラスメイトたちにとってはいい経験になっただろう。

 

「まだコレ帰れねーの? 疲れたんだけど」

「これから俺たちどうするんだろうね。事情聴取とかあるのかな」

「あー、ありそうだわーそういうの」

 

 警察が慌ただしく動きヴィランを搬出していく中、集められた生徒達は一時待機を命じられている。相澤が警察や校長となにやら話しているので、おそらく今度の生徒の動きについて決めようとしているのだろう。

 

 負傷している生徒がいるならばまず治療を行うのは大前提として、その後事件に巻き込まれた以上は警察の事情聴取を受ける必要もある。ただ教師である相澤や校長からすれば、ヒーローに向けての訓練をはじめて一月も経たないうちにヴィランの襲撃、それも明確に命を狙われるという衝撃的な目にあったのだ。そのケアのためにも、今日はすぐに下校させるか、少なくとも事情聴取などは翌日に回させたいのだろう。

 

「でも、全員無事みたいで良かったよ」

「緑谷はまた怪我してたけどな」

 

 1人けが人として搬送された緑谷を思い出して言うと、尾白は苦笑して返してくる。

 

「個性使ったら怪我するのはまだ変わらないみたいだね」

「なー。大変だねほんと」

 

 そんななんでもない会話を交わしつつも、大鴉は思考の半分ほどで別のことを考えていた。

 

(今回のやつらは指定敵団体になるかもな。俺に回っては来ないと思うが。雄英が狙われる場合俺はどうするべきなんだ? 学生としての領分を超えて良いものか……)

 

 大鴉は現在、『学生として雄英に通い、学生として卒業する』ことを目的としている。

 

 何を当たり前のことを、と思うかもしれないが、これはつまり、何か怪しい動きなどがあったとしても大鴉は積極的に調査したり対応したりしないということだ。

 

 だがこれから、先程のようにオールマイトを狙った相手に雄英そのものが狙われるとして。学外で敵を探すようなことは流石にしないが、敷地内に飛ばすカラスを増員して警備を行うべきか否か、自前で入手した情報を頼りに警戒を行うべきか、など考えるべきことが色々とある。

 

(次の休みにでも連絡してみるか)

 

 ひとまず、上司であり養父でもある人物に相談してみようと判断して、大鴉は尾白との会話へと戻っていった。

 

 

******

 

 

 その後、生徒達は一旦プロヒーローの護衛つきで移動し、着替えて教室集合となった。まだ時間が早い段階だったので、事情聴取は行うことになったそうだ。

 

「結局するのな事情聴取」

「あんなことがあった後だしね」

「帰りたいよー」

 

 着替えて教室に戻った2人がそうだべっていると、尾白の隣の席に戻ってきた耳郎が声をかけてきた。

 

「大鴉も無事だったんだね」

「もちろん、てーか無事じゃなかったらさっき搬送されてるって」

「それもそうか。まあでもほんと無事で良かったよ」

 

 いつも通りの大鴉の姿を見た耳郎は安堵したように笑う。コスチュームから制服に着替えてようやく、張り詰めていた気が本当の意味で抜けた、といったところなのだろう。初めてヴィランと戦い、それも戦いに行ったのではなく襲われたのだ。気が張り詰めるのも当然だ。

 

「いや本当ね。そっちも無事でよかった。尾白と一緒だったんだろ?」

「うん、後は上鳴と八百万もね。4人だったから結構安全に戦えた。最後はスナイプ先生が仕留めてくれたしね」

「あー俺見てないんだけど、スナイプ先生ってことは狙撃かな?」

「そうそう。残ってたヴィランとか隠れてたヴィランまで手足を撃ち抜いて止めてくれたの。すごかったよ」

「そう言えば聞き忘れてたけど、大鴉の方はどうだったんだ?」

 

 先程うまく話を反らしたものの、また話の流れでここに話が戻ってきてしまった。結局話題がそればかりなのでいつかは戻ってくると思っていたが、こうもはやいとため息を吐きたくもなる。

 

「あー、俺のところは射線通ってなかったんじゃないかな。敵も数が少なかったから俺でどうにかなったし」

 

 大鴉のその返答に、2人は目を丸くする。

 

「え、大鴉ヴィラン全部倒したの? 誰と一緒だった?」

「俺1人だったよ」

「よく、倒せたね」

「まー出てすぐに隠れて、相手が近づいてきたところで奇襲しかけたよね。で、近くにいる奴から殴ってやった」

「いやそれで勝てるのやばいから。爆豪とか轟とか、上鳴もか。そのあたりの個性ならともかく、あんたの普通に体術でしょ?」

 

 自分たちの苦戦具合を思い出しながら問いかけてくる2人に、大鴉は多少オブラートに包んで話す。

 

「相手が素人ばっかだったからな。それに俺のコスチューム、ほら、分厚いじゃん? どこに火が当たっても大して効かなかったんだよね。あ、俺のとこにいたヴィランは火使うやつが多かったんだけど」

「分厚いコスチュームだとそういう利点があるのか。後は材質も違うのかもね」

「尾白とかしっぽ絶対火傷するだろ。なんかつけないの? プロテクターとかさ」

 

 自分から話題をそらす意図もあって話を振ると、尾白は微妙な表情をする。

 

「尻尾に何かつけると動きづらいんだよね。道着なら着慣れてるかなと思ってあれにしてるんだけど。まあでも、考えてみるよ」

「ん。それが良いと思うわ」

 

 続いて耳郎が口を開こうとしたところで、教室の扉がガラリと音を立てて開き、相澤が入ってくる。まだ入学してから短いもののもう全員相澤には慣れたようで、その姿が見えた途端に一気に教室がシンとなった。

 

「連絡だ。この後飛ばされたグループごとに分かれて事情聴取を行う。ただし相手は警察じゃなくて雄英のヒーローだ。この後呼びに来るだろうからそれぞれ呼ばれたらついていくように」

 

 せめてもの、というべきか。衝撃的な出来事の後であることを考えて、事情聴取は見知らぬ警察ではなく多少は慣れているプロヒーローが担うこととなったようだ。精神的にも、普段接している相手の方が話しやすいというのも加味されてのことだろう。

 

「事情聴取が終わり次第今日は下校。明日、明後日は臨時休校になった。以上。それじゃあワープさせられた後入り口付近にいたやつは来い。俺が担当する」

 

 相澤の言葉に、数人が立ち上がってついていく。彼らが教室を出ていき扉がしまると同時に、教室の空気が一気に和らいだ。

 

「相澤先生、ピリピリしてたね」

「そりゃあ襲撃されたんだからいつも通りとはいかんよね」

 

 大鴉の言葉は3人だけでなく教室全体に響き、一瞬教室に沈黙が降りた。皆無意識に、あえて普通通りに振る舞おうとしていたのだ。それだけ、平和な日常に生きる彼らにとって命を狙われたということは衝撃的だった。

 

 大鴉の言葉で、隠していたそれをさらけ出されたような気持ちになったのだ。

 

「にしても、結局何人か逃げたんだろ?」

「……ワープの個性持ってるヴィランともう一人逃げたって聞いたよ」

「ワープ出来る相手捕まえんのって大変だよなあ。どう拘束するのが正解なのあれって」

 

 あくまでいつも通りに。いつも訓練していることのように大鴉は話を続ける。

 

 軽薄でヘラヘラした大鴉なら他のクラスメイト同様に怯えてみせても良いのだが、相澤からは精神的な支えのような役割を期待していると言われた。こういうときこそ、それを発揮した方が良いだろう。

 

「見た感じ不定形だったよな。爆豪と切島の攻撃食らってもケロッとしてたし」

 

 尾白と耳郎、そして他のクラスメイトが盗み聞きする中、大鴉の声は教室によく響いた。

 

「あれ、どしたの?」

「……よくそんなに考えられるね」

「ん?」

 

 気遣うような大鴉の問いかけに、耳郎はポツリと返す。あんなことがあった後で、よくそんな呑気に考えられるな、と。そんな押しつぶされそうな自分の裏返しの耳郎の言葉に、大鴉は何でも無い事のように返す。

 

「いやまあ、そりゃね」

「何?」

「向こうから教材が来てくれたわけだし、勉強しないと損じゃん?」

「……教材?」

 

 唖然とした様子の耳郎に、大鴉はヘラリと笑う。

 

「そ、教材。だってさ、俺らが目指すのって、結局ああいう奴らをぶちのめしてとっ捕まえる仕事でしょ?」

 

 ──ならさ、今日のあいつらも片手でぶちのめせるぐらいにはならないと駄目だと思うんだよね。

 

 それは、ヒーローを目指す者としての覚悟。

 

 なんとなくヒーローというかっこいい響きを目指すのではない。ヒーローという存在、ヒーローという職業。それになるのは何が必要なのか。

 

 見つめるべきものを明確にしろという、大鴉からのメッセージだった。

 

 直後。ガラリと扉が開いてミッドナイトが顔を出す。

 

「火災エリアにワープさせられた子は私が話を聞くわ」

「うーす」

 

 ガタリと席を鳴らして立ち上がった大鴉に、クラスメイトの視線が集まる。それらに気づかないように、大鴉はミッドナイトと共に教室を出ていった。




早いテンポでの投稿をしていきたいので、ぜひとも金銭的な支援をお願いします。
月200円から応援できるので、是非お願いします。応援は生活費に返させていただきます。頑張って書きます
下記URLからアクセス出来ます。

ファンボックス
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ファンティア
https://fantia.jp/fanclubs/337667

原作の描写、例えば体育祭なら緑谷が轟と決勝トーナメントで戦う試合を、主人公目線でリアルタイムで書くべきでしょうか。それとも、ダイジェストでどういうことがあって、主人公が何か気づいた事考えたことを軽く書けばいいでしょうか。どのあたりを本作に求められているのか知りたいです。というのも、体育祭を書いていて、主人公の試合よりも他の試合について尾白たちと話している場面が増えて書きづらいのでどうしたものかと。

  • 主人公周りだけでいい
  • 原作の内容を主人公目線で見たい
  • 主人公が何か気づきを得る場合など一部だけ
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