日陰者の鴉   作:アママサ二次創作

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8.USJ襲撃事件・事後処理

 ミッドナイトに呼ばれた大鴉は、彼女のあとに続いて面談室の一つまで移動してきた。道中時間帯的に響くであろう他の学年、あるいはクラスの生徒の声は聞こえてこず、プロヒーロー以外の職員が下校させたのだろうということは容易に想像出来た。

 

「大鴉くんは1人で飛ばされたのね。無事でいてくれて良かったわ」

「や、まあ相手が大して強くなかったんでなんとかなりました」

 

 雑談から入ることで生徒の心をほぐそうとしているのか、事情聴取とは名ばかりで、どちらかと言えばカウンセリングと言った方が近いのかもしれない。

 

「あ、そう言えば」

「ぬ?」

「あのカラス、大鴉くんよね? 職員室の窓を突いたり体当りしたりして大騒ぎだったけど、助けを呼んでくれたからはやい段階で気づけたわ。あんなこともできるのね。凄いわ」

「……もしかしてカラスが助けを呼んだんですか?」

 

 ミッドナイトの述べた感謝と称賛の言葉に、大鴉は首を傾げて答える。自分はその場面を知らない、と示すかのように。

 

「あれ、大鴉くんの指示じゃなかったの? てっきりそうかと思ってたんだけど。みんなで大鴉くんのおかげで救助に早く行けて助かったって話してたのよ」

 

 落ち着いた声音で伝えてくるミッドナイトに、大鴉は内心で彼女に対する評価を改めた。

 

 普段授業の場であったり、職員室で他の教師と話しているときのミッドナイトは、言ってみれば騒がしいというか姦しいというか。とにかく、静かな、や、落ち着いた、と言った表現が似合わない存在だ。常に騒がしいわけではないものの、少なくとも落ち着いているよりは誰かをからかったり生徒の言葉にふざけて応えたり。青春っぽいことに興奮してみたりする女性というのが彼女の印象だ。

 

 だが今大鴉に話しかけている彼女は、そのどれとも違う。落ち着いた声音と話し方に、こちらの話を自然と促す態度。年上のお姉さんのような、母親のような。そんな落ち着きと包容力で、生徒の精神を支えてくれようとしているのがよくわかった。

 

 そんな彼女に、大鴉は積極的に嘘をつく。

 

「どんな感じでカラスが、その、助けを呼んだんですか? 俺は別にカラスを完全に管理できるわけじゃないんであんまよくわかってないんですけど……」

 

 大鴉がそう伝えると、ミッドナイトは何があったか具体的に教えてくれた。

 

 彼女が言うには、まず職員室の窓に対して数匹のカラスが嘴で突いたり体当たりを繰り返したりと激しくを攻撃を始め、追い払おうと窓を開けたところ中に飛び込んできた一羽が片言の日本語で『USJ ヴィラン』と言ってくれたことで襲撃に気づくことが出来た、と。

 

「ああー、なるほどです。よくわかりました」

「カラスだからてっきり大鴉くんだと思ったんだけど、違うの?」

「あ、いや、俺であってると思います。ただ俺が明確に指示を出したわけじゃなくてですね……なんつーか、カラスにだけ通じる救難信号みたいなのを出したんですよ。『助けてくれー!』みたいな。多分、それを受信したカラスが職員室に特攻かけて先生達を呼ぶっていう選択肢になったんじゃないか、って感じで。なんで、俺はカラスに助けを求めたけど、それを受けたカラスが何をしたのか、とか、そもそも何か有用なことを出来たのかとかわかってなかったんですよ」

 

 矛盾が生じないように、そして自分の能力を過小に認識させるように大鴉は説明を口にする。加えて、あくまで保険ではあるが自分の実際の能力の説明としても間違えていないようにすることも忘れない。例えば今回の件で言えば、カラスの視界を共有して見ることができるとは言え眼の前のヴィランを見るのに忙しかったために、救助を求めることしか出来なかった、と言えば大鴉の能力と何も矛盾しないのだ。

 

「そう。でもそのおかげで私達も間に合ったし、みんなに余計な怪我をさせないですんだわ。特にイレイザーなんて、オールマイトの到着が遅かったら危なかったかもしれないって自分で言ってたから」

「そりゃあ、良かったです」

「敵の、オールマイトが戦った相手、脳無だったかしら。かなり危険な相手だったものね」

「らしいですね」

 

 しんみりとした雰囲気が雰囲気が一瞬漂ったものの、ミッドナイトはそこから話を切り替える。

 

「さて、それじゃあ何があったか、聞いても大丈夫かしら? もし辛いようだったら無理には聞かないわ」

「いえ、大丈夫です。話せます」

 

 大鴉の精神面に対する配慮をしてくれるが、特に何もショックを受けていない大鴉は話すのが辛いというわけでもないので、普通に話すことにした。あくまでただの落ち着いている生徒、というように振る舞うのを忘れずに、ではあるが。

 

「まず最初にヴィランが黒い靄みたいなのから出てきて──」

 

 全員といたところから相澤がイレイザーヘッドとして突っ込んでいったところ。そしてその後の13号と生徒の動き。

 

 そこまで説明したところで、何があったかを説明するだけじゃなく、できればそのときにどう思ったか、あるいはどう敵に対して考察したか。そしてどんな感情を抱いたか吐き出して欲しいとも言われ、それも話につけくわえていく。

 

 オールマイトを殺しに来たと黒い靄のヴィランに言われて衝撃を受けたこと。爆豪と切島が攻撃をしたけど、靄のような相手に実体があるかどうかわからないからそれは悪手なのではないか、と思ったこと。

 

 その後黒い靄のヴィランにワープさせられそうになり、隣にいた尾白ともども上鳴達の方に移動しようとしたものの自分だけ間に合わなかったこと。

 

 ワープさせられた後はやらなければやられると思い、自分の個性ではどんな個性のヴィラン相手でも正面戦闘は分が悪いのはわかっていたので、隠れて不意打ちをしかけ、乱戦に持ち込んで警棒でぶん殴りまくったこと。ちなみにあまりに的確に顎だけを打ち抜いて倒すと不自然なので、昏倒させたヴィランの身体は適当に警棒で殴っておいた。

 

「そう……よく戦ったわね」

 

 なんとか全員を無力化したところで入り口の方から大きな音がしたから、先生方が到着したんだと安堵したことまで伝え終えた大鴉に、ミッドナイトはいたわる言葉をかける。

 

「……今日のヴィランってどんな人達だったんですか?」

「どんな、っていうと目的ってことかしら」

「あや、そういうことじゃなくて……」

 

 ミッドナイトの言葉に、大鴉は首を捻ってみせながら感じたであろう疑問を話す。

 

「黒い靄のやつがオールマイトを殺すって言ってたんですけど、ワープさせられた先の相手はなんか、自信満々にそういうには弱すぎる気がしたんですよ。多分先生方なら瞬殺できるレベルの相手だったし。んだから、どういうヴィランだったのかと思って。ただ調子に乗っただけの相手だった感じなんですかね」

 

 今現在の大鴉の演じる人格は、常に飄々としていて恐怖や怒り等といった強い感情を外に出さない。そういう感情が無いというわけではなく、たとえ恐怖や怒りを抱いたとして、外に出すときは激情のままに吐き出すのではなく、静かで、けれど核心をつく言葉として外に出すのだ。たとえそれが命を脅かされる、死に瀕するというレベルの恐怖であっても、自らそれを外に出すことはない。問われれば答えはするものの、それもヘラリと軽く答えるだけだ。外からそうした感情が見て取れないように振る舞っている(・・・・・・・)という人格である。振る舞っている人格を演じるという何かゲシュタルト崩壊を起こしそうなことをやっているが、それこそ訓練に最適なのだ。最も演じるのが難しいのは、確固とした信念のある人格ではなく、揺れ動き乱れる心なのだから。

 

 そんなキャラクターを演じているからこそ、怯えた様子やョックを受けた様子をミッドナイトには見せず、事件の全容について尋ねた。

 

「……少なくとも逃げた数名は、その限りではなかったわ。まだ詳しいことは取り調べの最中だからなんとも言えないけれど」

「そうですか……。まあ、自分が知ってもどうこうできるわけでも無いですしね」

 

 学生という立場はわきまえてる、と示す。他のクラスメイトよりも視野が広くかつ思慮深いことを印象づけるような言動を、今回のカウンセリング兼事情聴取において大鴉は心がけていた。今回の襲撃に関して個人的に考察はしている。だがその上で、学生の身分である自分は積極的に関わるべきではないのだろう、と。

 

「ええ。ここから先は、私達に任せて頂戴」

「はい」

 

 その後、大鴉が落ち着いていることを理解したミッドナイトは、対峙したヴィランの数など細かい部分について確認をしていった。

 

 というのも今回のUSJ襲撃事件。主犯格と思われる数名のヴィランがワープする個性によって逃走しているのだ。

 

 今のところ逃走したと判明しているのは、体中に手のような装飾品をつけたヴィランと、身体が靄で構成されていたワープの個性を持つヴィランの2名だ。その2名は、オールマイトが脳みそむき出しの異形系のヴィランと戦っている間に、イレイザーヘッドと駆けつけたプロヒーローの攻撃を受けて撤退していった。異形系のヴィランも回収して行きたそうだったがオールマイトとがっつり殴り合っており、回収する余裕がヴィランの側になかったために置いていかれたと考えられている。

 

 今回のヴィランの主力、あるいは中核メンバーと考えられているのが、その3名。逃げた手のヴィランとワープのヴィラン。そしてオールマイトと戦っていた、対オールマイト用に作ったと手のヴィランが口にしていた脳無というヴィラン。

 

 あえてワープの個性で3人だけ逃げようとしたことから、他の有象無象はあくまで囮か代えの効く戦力という扱いなのだろうという想像ができた。

 

 そこで今回の襲撃事件に来たヴィランの中に他にも重要人物がいたのかどうかを絞り込むために、生徒達が対峙したヴィランと逮捕されたヴィランをすり合わせて減っていないか確認しているのだ。

 

「ありがとう。聴きたいことはそれぐらいよ。何か、大鴉くんから話しておきたいことや聴きたいことはあるかしら」

「や、特に無いですね」

 

 そこで事情聴取は終わりとなり、2人で教室に向かうために面談室を出る。と、そこでミッドナイトがあることを思い出して口を開いた。

 

「そう言えば、カラスが日本語を話せるのは大鴉くんの個性のおかげなの?」

「はい?」

「カラスが職員室に助けを呼びに来たときに、日本語、それと英語かしら。『USJ ヴィラン 救援要請』って話したのよ。それで言いたいことが伝わったんだけど。大鴉くんの個性のお陰でカラスも話せるようになっているの?」

 

 カラス、ひいては鳥類に詳しくないミッドナイトの問いは彼女の立場からすれば当然のものだった。普通動物は、それこそ校長である根津のように個性を持っていない限りは言語を使って人間に意思を伝えたりしない。そういうもの(・・・・・・)は大抵、現代社会では個性の影響だと考えられる。

 

 だが、こと鳥類においてはその限りではないのだ。

 

「違いますよ。あれはカラスが普通に話してるだけです」

「あら? カラスって話せるの?」

 

 驚いた表情を見せるミッドナイトに、大鴉は軽くネタバラシをしておく。話して良いことと駄目なことを雄英に入学するために既に決めているので、情報を隠しすぎないためにも明かせることはあえて明かすことに決めているのだ。

 

「インコとかオウムが人間の言葉を真似するの知ってます?」

「それは知ってるわ。でもあれは真似してるだけで実際に話しているのとは違うんじゃなかったかしら」

「そりゃあれは『聞いた音』をとりあえず真似してるだけですから。人間で言ったら知らない外国語を音だけ真似して言ってる感じです。インコとかオウムは人間の言葉がわからないから、真似できても自分たちが何言ってるかわかってないんですよ。逆に言えば、あいつらにちゃんと意味を教えられたら話せるってことです。鳥類の知能は簡単な単語で片言で話せるぐらいにはあるわけですしね。特にカラスは賢いって言いますし」

「なるほど。興味深いわね」

「言語って音と意味がマッチして初めて言語になるもんなんですよ。だから人間以外は言語を使えないと思われてますけど、逆に言えば意味と音を教えてしまえば動物でも子供以上の知能があるやつらは言語を話せるんです」

 

 実のところ、大鴉が訓練したカラスが話せるのはそれだけが理由ではない。例えば普通のインコやオウムの前にりんごを持っていって、『りんご』とひたすらに教え込んだとしても、オウムがそれがりんごである、という思考をすることはない。

 

 これはオウムの知能、つまりは脳の能力が足りないからではなく、通常の鳥類はそうした『思考をする』という行動を知らないために、そうしたものと単語を同じものであると認識したりする思考という行動そのものに慣れていないからだ。脳みその能力を人間の思考のように使っていない、とも言えるだろう。

 

 だが大鴉が鍛えているカラスに限って言えば、言語の段階をすっ飛ばして大鴉と『意思疎通』できる。それはすなわち、『人間の思考という行動』を直接伝えられることと同じだ。どれだけ短い意思疎通であったとしても、そこには何かの意味が込められている。どういった形で大鴉の発する人間の言葉がカラス達に伝わっているかは詳しくは判明していないが、そうやって大鴉の発する『言葉という形の意思』を聞き思考というものに晒されたカラスは、そうでないカラスとくらべて確実に知能、つまりは『人間的な思考の能力』が高くなっているのである。

 

 よりわかりやすく言えば、大鴉と話しその意思を伝えられることで、カラスの周波数であった思考が人間の周波数にチューニングされ、結果として人間の言語を使えるようになるようなものだ。

 

「それって他の動物でもできるのかしら」

「どーなんですかね。でもあれです。鳥以外で人間の言葉を真似する動物って聞いたことあります?」

「……無いわ」

「そうなんすよ。いないんです。でそれが何故かっていうと、犬とか猫とかって、人間の言語を話せる声帯してないんです。聞いて理解はできるかもしれないですけどね。逆もまたしかりで、人間は猫とか犬の鳴き声と全く同じ音は出せないので、例え猫とか犬の鳴き声に人間の言葉同様に法則性があってそれを見いだせたとしても、人間がそれを話すのは無理なわけです」

「鳥はそれができる、ってこと?」

「そうっすね。鳥の声帯って結構特殊らしくて。それで人間の声も少なくとも言語と認識できるレベルで出せるんじゃないかって言われてます」

 

 鳥類は、人間や他の哺乳類の持つ声帯とはまた別の声を発する器官、つまりは体内から意図的に音を発する器官を持っている。その名も鳴管。

 

 人間の声帯が1つの筋肉とそれを包む粘膜から出来ており、筋肉の収縮によって粘膜の長さや緊張度などを調節して様々な音を出しているのに対して、鳴管はそもそも複数の振動膜からなり、それら一つ一つを異なる筋肉の収縮で操作して、その組み合わせによって様々な音を表現する。鳥の種類によっては、左右の鳴管で全く違う2種類の音を合成して出したりもする。

 

 1つの器官と複数の器官の組み合わせ。そもそも声を出す仕組みとその性能からして哺乳類と鳥類では全く違うのだ。

 

 そして鳥類のそれは、哺乳類のものと比べて遥かに出せる音の自由度が高い。それを活用してオウムやインコなんかは人間の言葉の音を真似しているし、カラス達は日本語を話しているのである。

 

「猫とか虫に言葉を教えられたらヴィランの捜査にも使えそうな気がしたのに、残念だわ」

「そういう個性持ちの人がいたら重宝しそうですね」

 

 実際問題調査に向いている動物が何かと言われたら、おそらくカラスよりも猫のような地面を歩く動物や虫の方が向いているだろう。少なくとも地面を歩く人間を調べるのに、空を飛ばなければならない鳥では追えない場所があるのは事実だ。その点猫ならお店や通路だって簡単に入れそうだし、虫に至っては肩にとまっても気づかれないことすらある。背中ならもう気づきようがない。あくまでカラスを捜査に使う利点は、どこにでもいるという普遍性と広範囲を見れるという網羅性にあるというのは大鴉も理解していた。

 

 ちなみにカラスから話がそれたので大鴉はこれ幸いとばかりに口にしなかったが、鳥類の出せる音は何も人間の声に限らない。環境音から機械の動作音等、様々な音を再現できるポテンシャルが鳴管にはある。オーストラリアに生息する固有種であるコトドリなどは、カメラのフラッシュ音から車のブザー、チェーンソーの音にトンカチ、電動ドリル、のこぎり等工具類の音など多様な音を出す。

 

 大鴉はそのコトドリについて知ってからカラスたちに人間の言語以外の音も出せるようになるよう訓練をしており、コトドリほど多様ではないものの、いくつかの音を撹乱のために出せるようにしていた。その技術自体は秘匿しているものではないのだが、それをするには相当な訓練を施す必要があり、一学生の身分でありながらそれを完璧な精度でしているのは不自然であるために現在は隠しておくことにしていた。これからヒーロー科で学ぶ中でカラスのレベルアップを図った、という言い訳ができるように見せていくつもりだ。

 

 

 その後大鴉が教室に戻るとほとんどのクラスメイトが出払っており、残っていた轟と葉隠もミッドナイトが事情聴取をすると連れて行ってしまった。教室に1人となった大鴉は、今日は訓練も出来ないだろうと尾白の机に帰る旨のメモを残して学校を後にした。

 

 

******

 

 

 雄英襲撃事件の翌日。襲撃事件を受けて雄英は臨時休校となったものの自宅待機や謹慎が命じられたわけではないため、大鴉は電車に揺られて雄英の近くにある今の家を離れ、大都会東京へとやってきていた。

 

 雄英はその広大な立地もあって田舎というほどではないが都会とも言えないような微妙な街中に存在している。だからこそ通学路なんかでも多すぎる人混みに酔うようなことも無く、それなりな田舎での生活を知っている大鴉からしてもせいぜい人が多いな程度で済むのだが、東京は違う。それを大鴉は、久しぶりに訪れた東京で実感していた。

 

(人多すぎだろ……。流石にしんどいなここは)

 

 人人人また人とかそういうレベルではなく、森という字の『木』をすべて『人』に変えて更にそれを複数個同じマスに書いたような密度で人間が存在している。それらが一斉に同じ方向に向かって動くものだから、合わせることはできるものの流れに逆らえば轢き殺されそうだなという感想が浮かぶ。特段人混みが苦手というわけでもないのに、いるだけで体力が削られていくような気すらする。

 

(これだけ人が多ければ、ヴィランの1人や2人紛れていてもおかしくないな)

 

 わざわざ出てきた先でヴィラン騒ぎに巻き込まれたくはないので、今日は事件に巻き込まれないようにと祈っておく。人が多い場所でのヴィラン騒ぎというのは、そのヴィランによる被害だけでなく、ヴィランから逃げようとする人間の群れというヴィランよりも恐ろしい二次災害が発生する。例えば駅の改札の近くでヴィランが暴れれば改札付近の無数の人間が一気に動くことになり、その勢いは津波の濁流のように足を止めた人間を飲み込むだろう。熟練のヒーローですら、ヴィランを倒すことは出来ても恐慌状態に陥った人間の群れの対処には苦慮するのだ。

 

 それだけ数の集まった生き物というのは恐ろしいものなのである。その驚異を知っているからこそ、大鴉はこの東京という都市、それも中心部を苦手としていた。

 

 そんな場所へわざわざ来たのはなぜかと言えば、用事があるからに他ならない。

 

 駅から吐き出される人混みからそれて一息ついた大鴉は、都心に立つ高層マンションの1つへと移動を始める。今日の目的地は、その高層マンションの一室。大鴉の現在の養父の書類上の住所になっている、いわゆる実家(・・)への帰省だ。

 

 大鴉はとある事件によって両親を失っており、その後なんやかんやあって今の養父に引き取られ、その人物の養子となった。といってもその人物自体が大鴉も所属している部署の秘匿性から複数の戸籍を持っており、大鴉が養子となっているのはあくまでその1つの戸籍に過ぎないが。ちなみに大鴉はまだ正式にそこに所属しているわけではないので、養親と違って戸籍を偽造したりはしていない。

 

 そしてその人物の表向きの拠点となるのが、今大鴉の向かっている高層マンションだ。

 

 タワーマンションの一階部分、エントランスに入った大鴉は、エレベーターに専用のICカードをタッチしてエレベーターに乗り込む。このエレベーターはただの移動用の設備ではなく、乗り込んだ人物がICカードの人物と同じかを調査し、また何か危険物を持ち込んでいないかなどを調査してくれる、マンションのセキュリティの要のような設備だ。

 

 不審者はマンション内に侵入しようとしてもこのエレベーターで弾かれるし、そうでなくても危険なものを持っていた場合にはそれが違法なものであればすぐに通報とマンションが契約を結んでいるヒーロー事務所への連絡が行われ、法に違反したものでなくても一時的に監視カメラなどの監視体制が強化されヒーローが有事へ備えてマンションのエントランスに設けられた待機室まで派遣されるようになっている。

 

 他にも相当なセキュリティが設置されているのがこの超常全盛期におけるタワーマンションだ。入居時の審査を含めて不審者の侵入を許さず、有事の際に来るヒーローに関しても最寄りのヒーロー事務所と契約して高層マンションにおける活動に対する訓練を受けたヒーローをいつでも呼び出せるようにしている。ヴィランという存在によって犯罪の敷居が下がっているからこそ、それに対応するための対策が行われているのだ。

 

 実際そうしたセキュリティーが高いマンションの中は、ヴィランが頻繁に暴れる外と違ってほとんど犯罪行為が起きないことでも知られている。内部にヴィランを入れないだけではなく、東京の中心部においてすら広めの外庭を持ち、外部からそこに侵入する者があった時点で対応するので建物を外から害そうとする悪意も弾く。そうした特徴から、安全を求めて需要に対して供給が少ない部屋の争奪戦が起きるほど、現代のタワーマンションというのは人気の住まいなのだ。

 

 またそうしたセキュリティーの高いマンションなどの集合住宅というのは、ここに限らず大鴉の所属している組織のような、外に情報を漏らすことの出来ない者の隠れ家となることが多い。大鴉の実家も、その類の1つだった。

 

 

******

 

 

 実家のドアの前に到着した大鴉がICカードキーを取り出すと同時。カードキーをかざさないままに、ドアノブが降りて内側からドアが開く。

 

「おかえり、八咫」

「ただいま、父さん」

 

 ドアを開けたのは、痩身の眼鏡の男性。一見鍛えているようには見えない細身だが、その身体に並々ならぬ破壊力が秘められているのを大鴉は知っている。大鴉が所属する組織でも、かなり高い地位にある、らしい人物だ。実際どういう指揮系統になっているか大鴉は知らないが、大鴉がその組織で知っている人物全員に命令できる立場にいるのは事実である。

 

 そんな彼は、さも息子の帰りを楽しみにしていた父親のようにニコニコと笑いながら扉を大きく開き、大鴉を中へと招き入れる。

 

 招かれるままに、といっても大鴉もこの実家でしばらく生活したことがあるので勝手知ったる家ではあるのだが、父に案内されてリビングへと通された。

 

「学校はどうだ?」

「ん、ぼちぼち楽しんでる。いろんなやつがいて面白いよ」

「そうか、なら良い。しっかり楽しんできなさい」

 

 会うたびに父は必ずこの質問を向けてくる。まだ慣れていない頃は、何を学んだか、何を目的として生活しているかなどを答えていたが、今は父の質問がそういうことではないというのを大鴉は理解している。

 

 言葉少なだが、この父は大鴉の父として大鴉の学生生活やいわゆる青春を楽しんでいるかと尋ねているのだ。それに気づくまでには、幾度も父から細かく『どんな友達が出来たか』や、『友達とどんな話をしたか』『楽しかったことは何か』など尋ねられたものだ。

 

 その後大鴉は、父から促される前に学校での生活や楽しかったこと面白かったこと、そして笑ったことなどを話していく。そして父は、多くを語ることは無いけれど、どこか優しさの残る眼差しで語る大鴉を見つめては時折相槌を打っていた。

 

 そこにあるのは、それぞれに背負うものや演じる顔はあれど、確かに親子の会話であった。

 

 

******

 

 

 30分ほどかけて入学してからの話が一通り終わってからようやく、大鴉は姿勢を正して父を、ではなく、上司に向き直る。

 

「今日父さんに来てもらったのは、雄英高校においての自分の振る舞いに関して指示を仰ぐ必要があったからです」

 

 それまでは父と子のように砕けていた口調を改めた大鴉に、父であり上司である男も微笑んでいた表情はそのままに雰囲気を真面目な者へと変える。

 

「聞こう」

「はい。昨日報告した通り、昨日の午後雄英高校はヴィランによる襲撃を受けました。詳細はこのUSBにまとめてあります」

 

 雄英高校での生活においては、緑谷やオールマイトの監視という任務があれど報告はちょっとしたメッセージ程度にとどめて報告書のような丁寧なまとめ方はしない予定だったが、今回はことがことであるために正式な報告書を作成して、映像データなどもまとめてUSBに保存して持ってきたのだ。

 

 それを受け取った父は、卓上においていたパソコンにUSBを刺して情報の確認を始める。

 

「何か行動方針に問題が生じたか?」

「はい。あくまで一介の学生として生活し、実力や個性の扱いも年齢に合わせてヒーロー志望の少年のように振る舞おうと考えていましたが、今回のように襲撃を受けた場合にはどうするべきか指示をいただきたいです」

「お前の考えは?」

「自分の出来うる限りの警備など行うべきかと考えましたが、学生として分不相応な実力を発揮してしまえば余計な疑念を抱かれる可能性が高いです。それを避けるためにも、自分はあくまで一学生としての立場におさまっておくべきかと。ただ……」

「なるほど」

 

 膝に乗せたパソコンの画面を高速でスクロールしていた父は、眼鏡を外して眉頭をもみながら大鴉の言葉の続きを引き取った。

 

「場合によっては雄英生徒の命が失われるが、見過ごして良いものか、ということだな」

「はい」

 

 それ以上話さぬまま、父はしばらく眼鏡を丁寧に布で拭き始める。しばらく沈黙が降りるが、大鴉は話を促したりしない。

 

 眼鏡を拭く時間は、父が考え事をしている時間だというのを大鴉は知っていた。大鴉の提出した報告書と映像、音声を高速で読み取り、それを脳内で処理して様々な可能性を考えているのだ。そしてそれが終わると、再び眼鏡をかけて話し始める。

 

「通常であれば、あくまで学校内と警察だけで情報をおさめるという前提だが、学生の分を越えて警戒を行っても構わないと言うところだ。学生生活はお前の自由な時間、お前の選択に委ねられている。ヒーロー科からうちに来ている人間もいる以上、多少目立つことも問題ない。動物と話せる個性というのは珍しくはあるもののそれなりにいる。それこそ雄英の体育祭で優勝するようなことが無ければ問題ないだろう」

 

 雄英を受験すると決めた際にも幾度も言われたことだが、父は大鴉の、所属する組織に貢献する生活ではなく、普通の高校生としての生活を優先して良いと言ってくれていた。それでもただ学生生活を楽しむのではなく己を出来うる限り高め、また組織に貢献しようとしているのは大鴉の選択で、言わば大鴉のわがままだ。そしてわがままである以上、ここからそれをやめるという選択も大鴉にはある。

 

 だが、と父は一区切りおいて、今回の件は例外になると話す。

 

「今回の件、というよりは逃亡したというヴィランだが、うちの調査対象になる可能性がある。そうである以上、今後の方針次第ではお前に情報収取の優先を命じる可能性もある」

「はい」

「おって指示を出す。が、覚悟はしておくように」

 

 父の言葉に、大鴉はコクリと頷く。

 

 覚悟はしておくように。すなわち、情報のために、クラスメイトを見捨てる覚悟をしておくように、ということだ。

 

 昨日USJが襲撃を受けた件では、敵の目的はオールマイトの殺害であるということが敵によって述べられていた。だが次も必ずそうであるとは限らない。例えば、次は優秀なヒーローの卵を削って将来的にヴィランが活動しやすくするためだったり、あるいは緑谷がオールマイトの後継者であるというのが何らかの形で、漏れていて、その緑谷の命を狙うためであったり。

 

 敵の行動の目的というのは、実際にそれを止めずに実行させたり、あるいは成功させてみないと見えないこともある。ただ適当に暴れるヴィランなどは分かり易いが、それぞれの犯罪行為を伏線として張っていって、最終的にそれらをまとめて爆発させて大きな影響を社会に及ぼそうとしたりするような思想犯、テロリストも存在する。

 

 例えばそうしたテロリストを捕まえるとして、テロを起こそうとするたびに下っ端を捕まえ続けても埒があかない。であれば、あえてテロを数回仕掛けさせて、そこから敵の意図を見抜く必要がある。

 

 そういった形でヴィランの目的に関する情報収集をするために、クラスメイトを見捨ててでもヴィランの思い通りにさせて情報を取れと指示される可能性もある、と父は遠回しに教えてくれているのだ。

 

「とはいえ、お前が目立たないようにすることよりは友を救うことを優先しなさい。あくまで命に優先されるのは情報収集を命じられた場合のみだ。さて、少しはやいが食事に行こうか」

 

 将来的に暗部に所属するものとして目立たないことよりも命を優先すべきだ、という父の指示に、大鴉は一も二もなく頷いた。彼がそういうのであればそうなのだ。上司として彼の判断を信頼しているし、信頼しているからこそ自分では判断できなかったそれを決めてもらうために今日来たのである。

 

 大鴉の疑問に答え終えた父は、上司としての雰囲気を霧散させ、穏やかな父としての表情を見せる。その雰囲気の変化に、父の返答を息を詰めて聞いていた大鴉も、軽く息を吐き出して賛同した。

 

「賛成。今日は中華が食べたい」

「ああ、それならちょうどいい店がある。友人に聞いたんだ」

 

 さあ行こうか、と立ち上がった父に続いて、大鴉は席を立つ。実家といえるここだが、置いてあるものは整理してあり、大鴉の持ち物の大半は雄英に近い一人暮らしの家に運んでいるために、特に自分の部屋に行って取ってきたいものがあるというようなものもなく、大鴉はそのまま実家を出た。

 

 次に帰ってくるのはいつのことになるだろうか。

 

 何気にそう考えた大鴉だが、次の瞬間には父の話す中華料理屋の話に意識を向けて、今浮かんだ考えを放棄した。自分の居場所は、今いる場所だ。帰るべき場所など存在しない。

 

 その後、父と2人向かった先の店で開催されていた大食いに挑戦する父を横目に、好物の餃子を満足いくまで食べた大鴉は、身体的にも精神的にも満たされて、今の家への帰途に着いた。




ヒロアカって、林間学校襲撃事件とかもそうですが、いろんな事件を通してオール・フォー・ワンやその他ヴィランの目的がわかっていく感じだから、下手に事前に解決したりするとオール・フォー・ワンの目的が判明せずに拿捕が遅くなりますよね。普通のヒーローとは違って『国家』という大きなものに奉仕する組織は、それを避けるためには一般市民の犠牲も容認するんじゃないかな、っていう妄想です。


早いテンポでの投稿をしていきたいので、ぜひとも金銭的な支援をお願いします。
月200円から応援できるので、是非お願いします。応援は生活費に返させていただきます。頑張って書きます
下記URLからアクセス出来ます。

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原作の描写、例えば体育祭なら緑谷が轟と決勝トーナメントで戦う試合を、主人公目線でリアルタイムで書くべきでしょうか。それとも、ダイジェストでどういうことがあって、主人公が何か気づいた事考えたことを軽く書けばいいでしょうか。どのあたりを本作に求められているのか知りたいです。というのも、体育祭を書いていて、主人公の試合よりも他の試合について尾白たちと話している場面が増えて書きづらいのでどうしたものかと。

  • 主人公周りだけでいい
  • 原作の内容を主人公目線で見たい
  • 主人公が何か気づきを得る場合など一部だけ
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