土中の秘密は、死が分かつまでの楔となる

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マリッジ・シークレット

 

「なんだか不思議な気分だ」

「ん?」

 

 二人がかりで土を掘りながら、ボクは何気なしに言葉を漏らす。

 湿気混じりの森からは腐敗土の香りが漂ってくる。気がついた頃には汗を拭い、両手に伝わるシャベルの重さには嫌気が差していた。

 

「貴女との関係に。どこか望んでいたのはあるけれど、そういう運命を信じることが出来ていなかったから」

「ふふっ、キミも案外言うようになったじゃないか。初めて邂逅したときよりもずっとお喋りだね」

 

 深呼吸をして、一息つくように彼女も汗を拭った。額には蚕蛾(かいこが)みたく色素のない髪がべったりと張り付いており、恐らくボクも同じくらい酷い見た目をしているのだろう。

 

 ボク達は、土を掘る。

 ただひたすらに、土を掘る。

 過去を覗き見てはこれから隠すように。

 

「私のペルシャが死んだときもこうだった」

 

 土を掘る。

 掘りながら、彼女は語る。

 

「泣くことはなかったけれど、もう天鵞絨(ビロウド)の瞳が見れないなって。少しだけ残念な気持ちにはなったよ。それから泣きじゃくった妹を慰めるために仕方なく庭先に墓を作ることにしてさ」

 

 土を掘る。

 大きく膨らんだ麻袋は、動くことなんて絶対にない。

 そんな期待を込めて土を掘る。

 

「それで、こんな大きな穴を?」

「まさか。私も幼かったし、庭先といえど広さなんて期待できないだろう。掘ったときもスコップで小さな穴だ」

 

 土を掘る。

 じめじめとした湿気と臭いで惰性的になる。一瞬麻袋がもぞもぞと動いてビクりとしたが、結局のところ疲労による幻覚だった。

 

「ペルシャもそれなりに良い暮らしをしていたからね。投げ捨てたときまでふわふわの毛並みは健在だったよ」

 

 こんな感じで、と。

 撫でるようなジェスチャーをした。

 

「ああやって死ぬのも悪くないのかな」

「美しかったんだ」

「そう、美しかったから」

 

 土を掘る。

 蛆やオケラ、蝸牛やミミズ。ここに彼女が埋められても美しさは健在するのだろうか、と考える。ラピスラズリの瞳は残ってくれるのだろうか、と切なく思う。

 

 きっと透明なカフェラテみたいに融けるのだ。

 

「いま庭先を掘り返したらどうなるかな」

「流石にもう消えてるんじゃない?」

「それか過去に飛ばされているのかも」

「ロマンチックだなあ」

「瞳が残るなら、毛も肉も骨もすべて過去に飛ばされたって構わないよ。私はペルシャの天鵞絨な瞳が好きだけど、ペルシャの全てを好きになる必要なんて無いからね」

 

 土を掘る。

 無作為に積まれた山が、功労を物語っていた。

 

「なんというか、妬けるよ」

「ふふっ、ペルシャに?」

「貴女に愛されていた、ペルシャに」

「可愛いやつめ。だがそんなキミを愛してる」

 

 土を掘る。

 血も肉も骨も。一つ残さず過去へ飛ばされることを赦さない、と彼女は言う。

 

「ボクも、同じだ」

 

 土を掘る。

 土を掘り続ける。

 土を掘り続けて。

 ようやく、充分な大穴が見えてきた。

 

「───ここに、あの袋を」

 

 気持ち悪い暑さも然ることながら、ボク達はシャベルを置いて次のステップへと進む。

 

「重いだろうから気をつけて」

「そちらこそ」

 

 二人で息を整え、ようやく重荷だった袋を持ち上げた。人によっては引き摺ることもあるそうだが、なんとか穴まで運ぶことが出来た。

 ボスっと、落下した音が響き渡る。

 情けないような音だった。

 

「これで、あとは埋めるだけだね」

「……ははっ、なんだか今になってキミの言うとおり不思議な気分だよ」

「終わりが見えてきたせいかもね」

「それか、未来が見えたかもしれない」

 

 土で埋める。

 労積の山から削るように、土を投げていく。

 埋めるのは掘るよりも簡単で、あと少しだと思えば自然と楽になれた。ざくり、ざくりと。惰性的な臭いも気にならなくなり、やがて山が見えなくなって来たころには、広がっていた大穴の姿はどこにもなかった。

 

 ボクは彼女のほうへ向く。

 土まみれの二人が同時に、顔を見合わせた。

 

「……三十年くらい前はこれ、マリッジリングで代用してきたんだっけ?」

「二人を結ぶものが指輪じゃなく、秘密共有に代わったから今の形になったとされてるよ」

「文化は変わるものって言うもんね。ボク達が老けきったときには、また変わるのかな」

「将来残っていたら死後埋められる役に希望してみるかい?」

「それなら死が分かつまで、一緒に居ましょうか」

 

 朝日が昇る。

 早朝の青白い光が、どこか冷たかった。

 

「───さん」

「ん?」

 

 マリッジ・シークレット。

 秘密共有はした。

 これでどこまでも、一緒だ。

 

「結婚してくれて、ありがとう」

「こちらこそ、旦那さま」

 

 


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