むかし、ある国で二人の囚人が絶海の孤島に繋がれました。
一人は自分の受けた王の裁きを不服に思ひ、その憎しみの力いっぱいで出獄まで丈夫でいました。
一人は王の裁きに満足し、平和の心で孤島に居ると脱けがらのやうにすぐ死んで仕舞ひました。
現実に生きるには敵を持つ事が生活力を強める一つの方便です。
(岡本一平)

※「小説家になろう」様とのマルチ投稿。

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ヒルコシンドローム

 

 …若いな。

 

 その皮膚、天然ものだろう?

 

 後からあれこれ処置しまくって作りましたって感じじゃあない。

 

 そりゃあ近頃は技術も進んで、素人目には判断つかなくなっているけど。

 

 どっこい、私は玄人だ。

 

 この瞳は欺けないよ。

 

 ちょっと拝借――こうして触れば、もっと精確に読み取れる。

 

 ああ、やはり。これは二十歳(はたち)を超えてない。

 

 十七、八だね。

 

「最後の子供たち」の一員だ。

 

 よかったなあ、君。

 

 ぎりぎりで魂の分配にあずかれたんだ。

 

 仕込まれる(・・・・・)のがあと半年も遅れていたら、肉人形の仲間入りだぜ。

 

 こんな豪華な寝床とも、無縁だったに違いない。

 

 父母に感謝したまえよ。

 

 ん?

 

 それはどういう意味か、だと?

 

 おかしなことを訊くものだ。

 

 君、私が反出生主義者にでも見えるのか?

 

 生憎とああいうのは趣味じゃなくてね。

 

 自虐じゃ酔えない性質(たち)なんだ。

 

 終末預言の成就した、神なきこんな世界でも――端から生れて来なきゃよかった、そんな泣き言は嫌いだよ。

 

 だからそう、額面通りに受け取ってくれればそれでいい。

 

 変な皮肉でもやっかみでもなく、私は真実、君の幸運を言祝いでいるのだ。

 

 ……どうした、いったい何故そんな、所在なさげな顔をする。

 

 その困惑の源は――いや待て、まさか、そうなのか。

 

 蛭子症候群、プロジェクト・サンサーラ、弥終(いやはて)への逃避行。

 

 どれか一つでも聞き覚えは?

 

 …無いか、そうか、まいったな。

 

 無理な目覚めの代償が、ここまで重くなるとはね。

 

 反文明主義の蒙昧どもめ、とことん祟ってくれやがる。

 

 前提からしてわからない。「大切断」の痛みさえ忘れ去っているならば、そりゃあ話が合わないわけだ。

 

 …ほう。

 

「何が、何から切り離されたか」。鸚鵡返しにとどまらず、そこに興味を馳せるかね。

 

 悪くない。どうやら血の巡りはいいらしい。

 

 それだけ頭が回転(まわ)るなら、おおよそ察しはつくだろう?

 

 たぶん君の予想通りだ。

 

 ――全人類が、大いなる魂の循環からさ。

 

 生命の樹でも輪廻でも、好きな名前で呼ぶがいい。ある日、ある時、ある瞬間を境とし、そういうモノからそっぽを向かれた。

 

 だからもう、新たなヒトは生まれない。

 

 呱々の声が上がらないんだよ。

 

 受精卵は形成されるし子宮内壁に着床もする。細胞分裂は順調で、十月十日も経たならば陣痛・破水と相なろう。

 

 指は五本に目は二つ、耳は両側についてるし、鼻の盛り上がりも確認できる。頭蓋骨の中身も万全、神経、血管、あらゆる回路は全身を網羅しきっているのに。

 

 彼らは声を聴かせてくれない――どんな刺戟を与えても、反応を引き出せないんだよ。腹が減ろうが垂れ流そうが、徹頭徹尾無反応。自分から乳房に吸いつくことさえしようとしない、餓死寸前の枯渇状態にあってもだ。

 

 ふざけやがって、赤子は泣くのが仕事だろう? サボタージュを決め込むんじゃない、ロクな大人にならないぞ。

 

 生へと向かう意志の欠落、永遠に未発達の自我。

 

 人間を人間たらしめるかけがえのないもの――知性、感情、衝動その他、精神機能が根こそぎない(・・)なら。――そんなのを、なあ、どうしてヒトと呼べるかね?

 

 無理だよ。

 

 同種とも、いきものとも看做せない。

 

 単に外形(かたち)が再現されているだけの、中身の籠らぬ人の似非。せいぜい蛭子がいいとこだろう。

 

 …ああ、だから。当時の騒ぎは酷かった。

 

 発狂した母親だけで万を超えたよ。

 

 陰謀論が乱れ飛び、政府の無為を罵って、暴動に次ぐ暴動さ。

 

 まあ、暴れたくなる気持ちもわかる。

 

 必死に生きて、働いて。

 

 社会を維持し、文明を前進させようと。

 

 それを受け継ぐ何者も、もはやいないと知れたなら。――それは完璧な絶望だ。「なんのために」と、答えの出ない命題に直面せざるを得なくなる。

 

 せめて原因を闡明できたら、また話も違ったろうが。

 

 私も含めて、どいつもこいつも役立たずでね。

 

 何の成果も挙げられなかった。

 

 新種のウィルスも検出されねば、極微の次元――塩基配列にも問題はない。

 

 パーツは悉皆揃っているのに、何がいけない? 何が足りない?

 

 畢竟、原因は観測不能な領域に在ると――「魂」とかいう上古以来の概念に縋るよりほかないのだと。科学の無力、底の浅さを暴露するだけに終わったよ。

 

 さて、こうなると。事態は次の段階に移る。

 

 十八世紀以来、科学の曙光に鍍金を剥がされ暗闇の奥に追放された数多の迷信。しかし科学の光の導く先がどうにもならない断崖であり、その輝きの正体が死神の誘蛾灯に過ぎないと人々が判断した刹那。

 

 ……あれらは再び這い出した。

 

 十年、いや、五年前なら洟もひっかけられなかったろう、愚論痴言の横溢は、正直見れたものではなかったね。こじつけた妄想を更にこじつけて信念と呼ぶ、自称覚者の五月蝿ども。

 

 恥を知らない腐肉漁りが更に衆愚を煽動すれば、ああ、わかるだろう、君ならば。

 

 カルト教団のできあがりだよ。

 

 あっちゃこっちゃで、まったく雨後の筍の如く乱立してくれたのさ。

 

 その一方で科学を信じる者たちも、やはりまともではなくなっていた。

 

 原因は不明、それがどうした、何故効くかは分からずとても、何に効くかはよく分かってる薬など、世の中にはごまんとあるぞ。大丈夫、現状からでも解決策は打ち立てられると自己催眠を繰り返すうち、狂気の侵入を許したのだろうな。

 

 我々は限界を突破して救済の道を模索した。

 

 楽しかったなあ、あの頃は。

 

 空想上にしか存在しない数多の技術を、次から次へと現実(こっち)に引きずり出してやったよ。

 

 私のこの両手には、その感触が今もはっきり残ってる。

 

 気持ちよかった。

 

 病みつきといっていいだろう。

 

 あの快楽のためならば、どんな犠牲も異としなかった。突っ走ったよ。文字通り、何を、どれほど代償として捧げても。

 

 ……ああ、そうさ。

 

 君の豪勢なこの寝床、コールドスリープマシーンも、血と屍を山と積み上げ、積み上げした頂に、漸く咲いた徒花だ。

 

 ある日突然に始まったことなら、ある日突然に終わってくれてもいいじゃあないか。

 

 遠い遠い、遥かな未来。なにかのはずみでだしぬけに、輪廻の渦中へ回帰するのを期待して、いざや目蓋を閉じましょう――蜘蛛の糸より細く儚いその希望。

 

 口さがない連中は、宇宙の熱的死の方が先に来るわと嘲笑(わら)ったけれど。

 

 けれどもそんな、素粒子レベルの可能性にも縋らずにはいられないほど、ヒトは追い詰められていた。

 

 君もそんな、弥終への逃避行を選択したひとりだったというわけさ。

 

 ああ、しかし、しかし、残念だったね。

 

 ここはもちろん、弥終ではない。

 

 せいぜい十年かそこらの未来だ。

 

 相も変わらず、輪廻は我々を見棄てたまま。ヒトの世界の黄昏は、阿鼻と叫喚に満ちている。

 

 ……ひどいものさ。

 

 美しく滅ぶなど、所詮夢物語だよ。

 

 おや、どうしたんだ、やにわに寝っ転がったりして。なんだい、もう一度眠りに就きたくなったかね?

 

 そうかそうか、正直なことだ。

 

 褒めてあげよう、近頃稀有な美徳だともさ。

 

 だけど、わかっているだろう?

 

 そんなことができるなら、こうして長々、話なんぞしていない。

 

 状況説明は不要なんだ。コンセンサスなんてとっくの昔に死語になってる。君の意識のひとつやふたつ、絶とうと思えばいつでも絶てる。

 

 有無を言わさず昏倒させた君の身体を装置にぶち込み、さっさと処理を完了させて、私はこの場を去っていたに違いない――ここの機能が生きていたなら。

 

 認めたまえ。

 

 この寝床はもう、君を時から隔離してはくれぬのだ。

 

 怨むのならば、反文明主義者を怨みたまえよ。

 

 物質文明への盲従こそが人類をして生命(いのち)の輪から転落せしめた元凶とする、傍迷惑な狂人ども。あの連中にしてみれば、この期に及んで物質――機械文明の力によって小狡く試練をやり過ごし、種の存続を図ろうとする君のような手合いこそ、悪魔の誘いに好んで乗った最も唾棄すべき咎人らしい。

 

 そういう徒輩を一人残らず血祭りにあげ、地上にはただ敬虔なる信徒のみが残るようにし、原始生活に回帰したなら大いなる輪はきっと再び我らを迎え入れてくださると――まあ、こんな具合の世界観に中毒している奴らでね。

 

 私も幾度か殺されかけた。

 

 すべからく未遂に防いだけれど。だからといって、笑って済ませちゃやれんわな。

 

 虎口を危うく逃れるたびに、大事な何かが失われてゆく。それは肉体の一部だったり、珠玉の如き研究成果、替えの効かない実験設備、信頼できる同僚だったこともある。

 

 そりゃ口惜(くや)しいよ。

 

 当然だろう。

 

 余計な邪魔さえ入らなければ。

 

 あの環境を維持できたなら。

 

 ただひたすらな探求を、今の今まで継続できていたならば――私はたぶん、ひょっとして、生命(いのち)の実相、魂の在り処を暴けていたんじゃあないか。

 

 人類を、救えていたんじゃあないか。

 

 そんな未練に駆られることも一再ではない。

 

 くやしくてくやしくて、夢に見るほど口惜(くちお)しいから――だから私はこう(・・)なった。

 

 台無しにされたぶん、台無しにしてやらなくちゃあ気が済まない。

 

 狩っているのさ、連中を。こちらから積極的に見つけ出しては、無差別に。ただ祈りを捧げる者も、贖罪を強制する者も、例外はない。皆おしなべて地獄に堕とす。

 

 万が一、億が一、兆が一にも。……私が救えなかったものを、あんな奴らに救わせたりしてなるものか。

 

 そういう意味じゃあ、ここでの仕事は理想的に運んだよ。

 

 一人たりとて逃さず済んだ。襲撃者はもう全員いない。みんな仲良く肉塊だ。

 

 称讃とは無縁だし、習熟すればするほどに、どんどん孤立が深くなる、奇妙至極な仕事だけれど。

 

 それでもやらずにはいられない、これはそういうものなんだ。

 

 え。

 

 ――。

 

 はは。

 

 あっははははは、そうかそうか、そう来たか!

 

 いやいや失敬、茶化すつもりはないんだよ。でも、うっふふふ、いけないな。臆面もなくくすぐったいことを言う、君にも責の一端はある。

 

「復讐」か。

 

 また随分と、高尚な単語を宛ててくれたじゃあないか。

 

 友人にはヒス女の八つ当たりと貶されたのでね。

 

 だが、嬉しいよ。漸く私の理解者にめぐり逢えたというわけだ。

 

 正当な評価は大事だからね、どんな時代であろうとも。

 

 ああ、でも、君は。――そればかりでは、ただの単なる批評家どまりで満足する気はないのかな。

 

 ……ふっふっふ、とことん素直な子じゃないか。

 

 認めよう。君には確かに名分がある。どの角度から観測しても文句をつける由のない、金甌無欠の名分が。

 

 大事な寝床を壊されて、そのうえ唯一性を担保するもの――記憶まで消し飛ばされちまったんだ。

 

 そりゃあただでは済まされんわなあ。

 

 いいさ、いいとも、いいだろう。

 

 その意志さえあるならば、実行手段など後からいくらでもついてくる。

 

 いいや、否、否、私が手ずからつけて(・・・)やる(・・)

 

 よく考えたら、ほら、あれだ。ここに着くのがあと一時間も早ければ、連中の破壊工作も致命傷には届かなかったわけだから。寝床も、記憶も、隣近所の生命も、君は失くさず済んだのだから。遅参の埋め合わせをするべきだろう、私はさ――。

 

 …よろしい、他人(ひと)の好意にゃ素直に甘える、それこそ可愛げというものだ。

 

 楽しくなるぞ、絶対に。私も君も、これからきっと面白くなる。

 

 ああ、けれど。何を措いても、まず第一に。――

 

 十里木(じゅうりぎ)士鶴(しづる)だ。

 

 私の名前。姓は十里木、名は士鶴。

 

 これから一緒にやっていくのに、必要だろう? ずっと「君」と「貴女」のままではどうにもこうにも座りが悪い。

 

 だから名乗った。お次は君だ、名乗りたまえよ。もしそれさえも忘却の淵に沈んでいるなら、構うことはない、今すぐつけろ、新しいのを。瞬発力の試験と思え。

 

 さあ、さあ――

 

 …君の名前を、教えておくれ。

 

 





主人公の喋らないRPGが好きです。


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