ハーメルンのアカウントを持っていたことを思い出したので
Pixivに投稿した奴をこっちにも上げておきます

ブライト実装前から頑張って書いてるSSがやっと形になりそうです
こいつ遅筆すぎるな?

1 / 1
キンイロリョテイの香港ヴァーズ

「キンイロリョテイは14番ゲート、一番大外からのスタートとなります」

「……」

 

世界各国から集まったウマ娘たちがゲートに収まり感覚を研ぎ澄ます

香港国際競走。言わずと知れた国際G1レースが複数行われる一大イベントである

同日開催されるG1レースは4レース、今年はいずれのレースにもトレセン学園からも参戦している、が

その2戦目、香港ヴァーズには日本から一人しか出走していない

 

「……チッ」

(クソッ買い被って一番人気なんかにしやがって、視線がキツいじゃねぇか)

 

出走を前にして周囲からの警戒がヒシヒシと伝わってくる

世界トップクラスの優駿が集う国際G1レース

ここにいる全員が上位1パーセントに満たない強豪たちだ

 

自分が置かれた状況が脳裏をよぎる

 

このレースを絶対に外す訳にはいかない

何が何でもここにいる誰よりも速くなければならない

 

息を整え、ゲート越しにこれから走るコースを見据える

 

香港の芝は日本に比べてやや重いが自分の脚なら余裕だ

旅の疲れも目立たない

ほぼ日本と変わらないと言っても良い、問題無い

 

拭えない不快な思考を鼻で笑い飛ばす

 

ふと視界の端に横断幕が揺れる、スタンドに居る共に日本から来た一団だった

先にレースを終えたメジロのスプリンターと一発屋の逃げバカの姿も見える

控え室で会ったマイルの新人と記録持ちやアグネスの変態といい、空港まで来たいつものバカ共といい

どいつもこいつも辛気臭い顔で話しかけてきやがって

 

(もう後がないこっちの身にもなってみろ……気が気じゃねぇんだぞ……)

「……イライラしてきた」

 

つい言葉に出てしまう程に揺さぶられている

必死に応援する彼女たちにも、威圧感を放つ周囲にも、熱気にあふれる観客席にも

そしてそれに反応してしまう自分自身にも

 

――レースに勝つ、今まで意識しなかったことだ

小さいころから走るのは好きだった、誰よりも速い自信もあった

だから周りが良く見えた

皆勝つために必死になる、勝つためにはどんな苦労もいとわない

 

例え選手生命を削ることになろうとも

 

本末転倒だ

走るのが好きだからレースに出る、自分の走りを極めるために走る

速度より耐久性、限界より基礎力

中央に来てから一層そう思った

 

周りはみんな限界に挑戦する

口を開けば三冠、春秋天皇賞連覇、グランプリ制覇、古バ王道制覇

トレーナーの勧誘も勝たせる、もっと速く、君の素質なら無敗の三冠も

たわ言ばかりだ

ばかばかしい

トレセンには走りを極めに来たんであって足を壊しに来たんじゃない

 

トレーナー達の勧誘を断り続けて暫くして

声もかけられなくなってきた頃、あいつが誘いに来た

 

『君の走りが気に入ってね、ちょっと話してもいいかな?』

 

うんざりする程聞いたセリフだ

 

『……実はトレーナーがまだ付いてないって聞いてね、レースに出れなくて困ってるんだろう?』

 

またこの脅し文句だ、こいつらこれしか言えないのか

 

『だから名前だけでも貸してあげようと思ってね』

『は?』

『っ!?い、要らなかったか……?』

 

いつもの癖で目を見開いてしまったが…こいつ正気か?

 

『……本当に名義だけか?』

『あ、あぁ』

『何があってもお前の意見は聞かない』

『かまわないよ』

『言ったな?』

『約束するよ、君は自分のやりたいようにやればいい』

『嘘だったら契約破棄だ、いいな』

『分かった、契約書にちゃんと書いておこう』

 

信用ならない事この上無いが逃げ道は用意した

使える物は使う、ただそれだけだ――

 

――ガコン――

ジリリリリリリリリ

 

「スタートしました!ほぼそろいました、先頭争いに入ります外目からキンイロリョテイ現在は中団の位置を進んでいますが、さぁ誰が行きますか―」

 

~~~

 

「スタートはまずまずだな」

「えぇ、でも」

「あいつのあんな顔初めて見たな……」

「はい……」

 

関係者席から日本勢の皆と一緒に担当のレースを見つめる

皆思い思いに応援してくれている

 

「へぇ、スズカさんも見たことないのか」

「私は先頭の景色を見ていたので」

アメリカンジョークです。そう言うと彼女はふふっと笑った

 

返す言葉が見つからず苦笑いする

彼女のトレーナーに助けを求めるもドヤ顔が返ってきた

 

キンイロリョテイと共にターフを駆けたサイレンススズカ

彼女もアメリカから応援に来てくれていた

お互い程々の距離感で関係を築いていた様であるが

そこは本人たちにしか分からない思いがあるのだろう

 

「――ラール、そして外目から中団のやや後からキンイロリョテイは進んでいます

 後方から今丁度四番手、五番手といったところでありましょうか」

 

……ドドドドドドドドド

 

地鳴りと聞き間違う程の轟音が右から流れてくる

沙田芝2400m、最初の直線も中盤に差し掛かりレースの全体像が見えてくる

 

「差しでいったか」

「……もしかして今日も?」

「いや、今回は聞いてくれたからな!ちゃんと伝えてあるぞ」

胸を張り一呼吸置く

 

「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しろってな!」

大きく拳を振り下ろし渾身の力で親指を立てる

 

「え、それって――」

「おいお前!」

「ちょッ、トレーナーさん!?」

 

驚くサイレンススズカを横目に彼女のトレーナーは掴み掛かってきた

こうなるのは何度目かのことではあるが、やはり慣れるものではない

 

「この前の京都大賞典覚えてねぇのか!?」

「ま、待って!ちゃんと理由あるから話全部聞けって!」

「………分かった、聞こう」

 

先日行われた京都大賞典

そこでキンイロリョテイは最後の直線で二人を巻き込んだ斜行を行った

このレース、結果は一着だったものの審議の結果キンイロリョテイは失格処分となった

……それだけで済めば良かったが、問題は被害バがこの斜行の結果怪我を負ってしまったことだった

この事は大きく話題になり今までのキンイロリョテイの問題行動を咎める声が上がり始めた

斜行癖に始まり競争妨害、逸走、油断競争、素行…時間が経つにつれますます話は大きくなり

ついには競争資格取り消しまで叫ばれ始めるようになった

 

「聞いて驚け、まずトレーニングのやる気を削がないためにシューズを今までより柔らかい物に変えた、そして斜行対策に耳当てを導入した」

「……」

「これがまた効果抜群でな!左耳にだけつけることで大分改善されたんだ、それにあいつもいつもよりちょっと素直にトレーニングしてくれたし」

「……それだけか?」

「……」

「お前それにトレーナー資格賭けたのか?」

「半分はね、もう半分は火消しだよ。向こうが許してくれても世間がね」

 

競争資格取り消しが話題になり始めたころ、理事長室を訪れてた

トレーナーとしての覚悟を決め、理事長を通して

キンイロリョテイのトレーナーの名義で声明文を発表した

 

今回の一連の騒動の責任は指導者の監督不行き届きであり

次走の結果次第でトレーナー職を辞する覚悟であると

 

 

――今思い返すとあの誘い方はどうかと自分でも思う

まるで詐欺師やマルチ商法みたいだ

 

担当ウマ娘を持つために日課のトレーニング場散策をしていると、一人のウマ娘が目に付いた

一人で黙々と練習に励んでいる

動きも悪くない、きびきび動いてキレのある身体使いだ

しかし問題はそこではない

常に威圧的でぎらついた目

周囲に放つ殺気と呼ぶにふさわしい敵意

何故それだけの感情を持つのか

その感情を支える原動力は一体

 

『あの子いい動きだな』

『キンイロリョテイか、スズカからは聞いてるよ。トレーナーからの誘いを断り続けてるらしい』

『へぇ、ちょっと詳しく聞いていい?』

 

同期から聞いた話をもとに思考を巡らせる

 

かなりのポテンシャルを秘めた身体能力

一人でトレーニングメニュー組む自己管理能力

それを支える明確な目標

以上に裏付けされた芯の通った精神力

 

ここまでくればトレーナーとしてやれる事は大体分かってきた

覚悟を決めてキンイロリョテイの元へ行く

早速オファーをすると即了承された

かなり驚いたが向こうにも何か思惑があったんだろう

 

時間が経ち、最初のうちは半信半疑だったあいつも

契約通り何も口出しせずに見守っていると、向こうも信頼してくれるようになった

だがこれでも腐ってもトレーナーだ

あいつのトレーニング風景、会話、表情から

何を思っているか汲み取り、照らし合わせ整理する

走りの癖、性格、目指す目標、身体の仕上がり

これらを洗い出し、客観的に見て齟齬を探し知恵を絞る

そうして組み立てたアドバイスをそれとなく伝える

基本的に返事は酷いものだったが、時折トレーニングに反映されていることもあった

周囲からはいつもただじゃれついてるか、眺めているかしかしていない様に見えたのか

トレーニング場での周囲の目は痛かったけど

今ではいい思い出だ

 

大きなレースに出るようになるとさらに忙しくなり始めた

菓子折りを持ってトレーナー室を巡り

URA事務局にも毎日のように通って、ありがたい言葉を頂く日々

そんな中でもキンイロリョテイは善戦を続けた

春秋天皇賞、グランプリレース、このどのレースでも三着以下はなし

一着を取れない惜しいウマ娘と言われることもあったが、あいつは動じなかった

レースの意見も少しづつと交わすようになり始めたのもこの頃だったはずだ

最初は会話と言えるようなものでもなかったが

話しが進むようになるにつれて、走る事への情熱を目の当たりにして

心底驚かされるのと同時に、より一層あいつの走りに夢を見た

 

その後、国内重賞初勝利を上げ国際G2レースも制してより理想へと近づいた矢先

今回の京都大賞典での一件が起こってしまった

いつものように菓子折りを持ってトレーナー室へ赴く

が想定外の状況に面喰らってしまった

 

先方曰く既にキンイロリョテイが謝罪に来ていたらしい

ぶっきら棒ではあるが誠意を感じた、とのことだった

この頃には既にキンイロリョテイの斜行癖は学園中に広まっており

被害バ達も対策していたらしいが避けきれなかったそうだ

トレーニングが癖の矯正やバランス感覚のトレーニングばかりであったことも

斜行は本人の意思ではなかったことも筒抜けだった

 

相手方は、レースは真剣勝負何が起こっても仕方がない

と笑顔で許してれたが話はこれで済まなくなってしまっていた

 

今まで以上にインパクトのある今回の話題は、普段波及しない場所まで行き届き

手が付けられなくなっていた

これを解決するには責任を取るか、これ以上に広がる話題

ウマ娘として最高の栄光である”記憶に残る勝利”を掴むしかない

 

悩んだ末にキンイロリョテイに提案する

『今度の香港ヴァーズ、出走しないか』

『勝手に決めたな』

『まだ出るって決めた訳じゃない』

『そっちじゃねぇ』

『……あのタイミングを逃したらもう取返しが付かなかった、事務局は大騒ぎだったんだぞ?』

『……』

『すまない、あれ以外に落としどころを見つけられなかったんだ』

『……』

 

腕を組んで天を仰ぐキンイロリョテイを見つめる

 

『勝てばいいんだな』

『そうだね』

『分かった』

 

罪悪感を覚えつつ返事をすると

キンイロリョテイは大きくため息をついて立ち上がり

 

『トレーニング付き合ってくれ』

 

そういうとさっさと行ってしまった――

 

 

「あいつを担当してから覚悟してたんだ、頑固だし自分のペースやこだわりを曲げない、その上勝ち気で血の気が多い。俺に出来るのはあいつの居場所を作ってやらかした事の後始末して責任を取る。これだけだ、それに――」

 

突然観客席からどよめきがあふれ、コースの方を指さして揺れる手がまばらに見える

ハッとしてレースに目を戻すと既に一団は向こう正面から第三コーナーへ差し掛かろうとしていた

展開を把握する為にモニターを視線を送ってようやく場内のどよめきを理解した

画面に示された誤差0.2秒のラップタイム、世界トップレベルのウマ娘の実力がまざまざと映し出されていた

 

「あいつの走りはどんなウマ娘より堅実だ」

 

~~~

 

(機械みたいな奴だ、融通が利かないめんどくせぇヤロウに違いない)

 

先を行くウマ娘達の遥か前方で青い勝負服が揺れる

 

(あの服ドバイを思い出すな、ろくでもないレースだったが……トレーナーの趣味なのか?)

 

「――ェナス、その後に一バ身差キンイロリョテイ、キンイロリョテイ後方今六番手を進んで4コーナーのカーブに入ってまいりました!」

 

コーナーの先で先頭が離れていくのが見えた、どうやらここらでもう仕掛け始める腹積もりらしい

 

(ハハッもうスパートか、世界トップは伊達じゃないなぁ!だがこっちも今日は負けられねぇんだ、コーナーを抜けてからが勝負だ。精々今の内に気張っておくんだな)

 

「さぁ日本のキンイロリョテイはまだ中団、まだ中団。今リョテイは中団、先頭までは――今、10バ身くらいの位置につけています!」

 

4コーナーの終盤に差し掛かって最後の直線が右から視界に入り込んでくる

先頭との間には先行バが密集して抜け道が見えない

 

(ここだッ!行くぞてめぇら!ぶち抜いてやる!!)

 

コーナーが抜けるギリギリでスパートに入ると同時に体の重心を戻して遠心力で外側へ抜けていく

 

「キンイロリョテイは外を回っている!今4番手から5番手くらいまで上がってきた!」

 

外に膨らんだ先行バ達と一気に並びに行く

先頭集団と肩を並べ地面を蹴る

残り400、周囲には必死の息遣いがこだまする

 

(後一人、ちと遠いがまだいける距離だ。このまま行けば差しきれる)

 

脚を目いっぱい引き上げてより遠くへ放り出す

一歩一歩、全身をバネのように使い前へ押し上がる

残すは先頭ただ一人だけ

他の懸命の追い込みを置き去りぐんぐん前に上がっていく

 

「さぁ!一気にキンイロリョテイが2番手まで上がってきた!残り300m!しかし前までは5バ身ある!」

 

「っッ!」

(またペースが上がっている、このままだと……)

 

3位以下を突き放す走りをしても先頭との差が埋まらない

自分と同様の加速に焦りを覚える

ここから差すにはさらに踏み込むしかない

 

「ッ!?」

 

踏み込んだ足先から妙な感覚が伝わる

 

(冗談じゃない)

 

次の一歩でも感覚は収まらない

 

(戻せ)

 

さらに出した脚で決定的になる

右にヨレている

 

既にスパートをかけてトップスピードに近づいている

時速70㎞にも迫る慣性を制御するのは並大抵ではない

確実に内へ内へと入り込んでいく

 

走ることにおいてフォームとリズムが崩されることは何よりも危険である

ウマ娘達が安定して速度を出しえるのは、超前傾姿勢で重心を前に置き

規則正しい間隔で脚を高速に繰り出せるからだ

しかしそれは同時に不安定さも抱えている

ほんの少しの接触、微かな足運びの乱れでさえ事故につながりかねない

この前の大賞典がそうだった

 

(あぁ!クソックソォ!!なんで右なんだよ!)

 

コースの最も内側には柵が設けられている

そしてキンイロリョテイは右、内側に向かって斜行してしまっている

競い合っているウマ娘同士なら速度差はそうないが内柵になると話は別だ

もしまともに衝突すれば、これ以上の加速はまず無理だろう

最悪の場合は

 

『サイレンススズカ!サイレンススズカに故障発生です!』

 

あの時の後ろ姿を思い出す

脚に無理な負荷が掛かるとどうなるかは簡単に想像が付く

 

今すぐ脚を止めたい

こうしてる間にも柵が近づいてくる

 

「くっッ!」

 

顔が歪む

どんなに足掻いても戻らない

やめるなら今しか

 

 

――あきらめる――

 

ふと思い浮かんできた

このままでは勝てない

もう無理だ

 

『今回はお誘い頂いたからな、色々口出しさせてもらうぞ』

『フン、勝つためだ、それにあの時のことは忘れろ』

 

(こんな事になるなら出なきゃよかった)

 

――つかれた――

 

まだ4バ身ある、セーフティリードだ

追いつけない

 

『この靴を試してみないか?柔らかいから疲れにくい、あとこれ、正直使いたくなかったけど耳当てだ』

『……そんな顔するなよ、斜行もマシになるしご自慢のスタミナも生かせるぞ』

 

(これ以上は付き合いきれない)

 

――あぶない――

 

脚を緩めればぶつからずに済む

無茶をしなくてもレースを終えられる

 

『お前は体格のわりに脚腰は強いからな、どっしり構えていけ。大丈夫だちょっとやそっとじゃ怪我しない』

『誰に向かって言ってるんだ俺がヒヨる訳ないだろ』

 

(ここらで手を抜いても)

 

――できない――

 

斜行をコントロールできたらこんな苦労はしてない

何をしてもぶつかる

 

『筋肉が柔らかいのは良いことだ、どんな無理な動きにも耐えれる。体幹トレーニングも効いてるな』

『……あれは中央トレーナーにしては目の付け所が良かった』

 

(俺は俺の走りの為に)

 

――こわい――

 

この勢いで転んだらタダじゃすまない

この前のアイツみたいになるかもしれない

あの時のスズカみたいになるかもしれない

 

『大丈夫。どこのウマ娘より丈夫に仕上がっている、自分を信じていけば身体がきっと答えてくれる』

『俺が仕上げたんだ。当たり前だろ』

 

(走りの……為に……)

 

「さぁ200を切った!!キンイロリョテイ追ってくる!!キンイロリョテイ追ってくる!!単独2番手から前まではまだ3バ身ある!!」

 

誰が、

誰が負けるか、こんなレース本気を出せば一捻りだ

誰が諦めるか、まだ目黒の方がきつかった

誰が手放すか、こんな都合の良い環境を

誰が、

誰が

 

覚悟を決めて、息を吞む

 

「ヴぐっ――ッ!!」

 

今まで経験したことのない負荷を脚にかける

 

左脚が地面にめり込む

今まで感じたことのない感覚が伝わってくる

 

骨が筋肉を突き破るかと錯覚する

 

寒気が背筋を貫く

 

(まだ足りない)

 

焦りが積もる

急いで右脚を繰り出す

 

消し去ったはずの思い出が脳裏にちらつく

右脚を地面に押し付ける

 

頭が真っ白になる

 

骨が軋む音が脳に直接響く

あの時の走れない事への恐怖が襲ってくる

 

内柵は既に目の前、もう引けない

もう後がない

 

この一歩で何としても決めなければならない

 

いつもの安全域はとうに超えている

しかし終わりが見えない

 

現実と記憶が曖昧になる

 

 

頭中に響く轟音の鼓動

当たり前が崩れ去る喪失感

 

右脚から伝わってくる悲鳴

真っ直ぐ走れない絶望

 

懸命の訴えを足蹴にされる悔しさ

変わらない周囲との孤立感

 

築いたものが失われる恐怖

未だ超えれないケガへの怖気

 

 

思考がまとまらない

 

身体が把握している限界を超え始める

 

音が遠のく

 

視界がぼやけていく

 

――――

――

『何しに来た』

『相変わらずね』

『フン』

『……』

『……』

『あなたもそんな顔するのね』

『あ?』

『ひどい顔よ?私のリハビリに付き添ってくれたスぺちゃんみたい』

『あんなのと一緒にするな』

『あんな呼びはやめてあげて』

『……何が言いたいんだ?』

『……京都大賞典、大変な事に』

『お前には関係ない』

『あ、待って!』

『……』

『あなたはいつも自分の走りをしていた、一緒に走っていたから良く分かります』

『……』

『けど、今回はそうはじゃない』

『自分の走りじゃない、勝つ走りを求められてる』

『お節介なら』

『あなたの走りでは分からないかもしれないけど、本当に危ない時は頭が回らなくなるの』

『そうなっても、あなたは最後まで判断に迷うことになると思う』

『待て』

『もし、最後に何も分からなくなっても』

『限界で何も考えられなくなっても』

『おい、おい』

『あきらめないで、力を抜かないで、限界のその先まで』

 

 

『踏ん張って』

「踏ん張れぇえ!!」

 

 

聞き慣れた声が聞こえた

 

 

意識が澄みきる

 

今日は勝ちに来た

 

縋りついた安定、自分で引いた限界、全てを捨てて

 

過去の自分と勝負する

 

「ぁああ゛あ゛あ゛ッ!」

 

怖くない、身体がきっと答えてくれる

成し遂げる、どんな無理な動きにも耐えられる

大丈夫、ずっと鍛えてきた

まだいける、俺の限界はこんなもんじゃない

諦めない、絶対に、何としてでも、何が何でも

 

(勝つッ!)

 

右脚に全てをこめる

足先が地面に深々と食い込む

 

「キンイロリョテイ!キンイロリョテイ追ってくる!」

 

内柵が唸りを上げて流れていく

右脚が重心より後ろに行く

 

浮遊感が全身を包む

 

 

渾身の一蹴りが身体中に伝わりきって外に向かう

 

 

今までにない程の前傾姿勢

体勢を持ち直す

身体を縮こませて顔を上げゴール板を睨みつける

 

身体中に力が溜まる

 

今までの苦しみが嘘のように無くなり、怒りに変わる

 

許せない

ここまでの苦労を水の泡にするやつが

こんな無茶をしなければならない原因を作ったやつが

居心地のいい俺の縄張りを踏みにじったやつが

 

手を抜かせてくれないクソヤロウが

 

行き場のない感情は踏み出す脚に込められ

大きな推進力となり

 

「キンイロリョテイ!!」

 

「差し切れ!!」

「差し切るッッ!!」

 

地面を叩き蹴る

 

「キンイロリョテイ!!」

「―クラー!!」

「キンイロリョテイ!!!」

「キンイロリョテイ!!!!」

「キンイロリョテイィィイ!!!!!!」

 

 

「差し切ったぁああああああ!!!!!!!」

 

 

~~~

 

背後から割れんばかりの大歓声が沸き上がる

 

キンイロリョテイは200mを切った所で内柵に接触しそうになったが

すんでのところで立て直し

なお後方集団を突き放す先頭からの三バ身差を差し切ってアタマ差でレースを制した

 

同日開催される海外G1レースでの華々しい1勝目、誰にも文句を言わせない勝利であった

 

「やったな」

「……そうだね」

 

一緒に観戦していた皆も声を上げて喜びあっている

 

今まで見たことのない末脚

常識では届かない距離を差し切った圧巻の走り

圧倒、驚愕、唖然、間違いないレースだった、が素直に喜べない

 

「無理をさせたなぁ」

「あぁ、本気じゃないと思ってはいたが、あそこまでとは」

「リョテイの追い求める走りじゃなかった」

「それは……そうかもしれないが」

「このレースも、元はと言えば俺が力不足だったせいだ」

「……あれ以外の選択肢はなかったろ、お前まさかあいつの実力信じてなかったのか?」

「違う」

 

心外な事を言われてスズカのトレーナーに威勢よく向き直る

まっすぐこちらを見据える同期に言葉が詰まる

あの時とは立場が逆だ、きっと俺も今酷い顔をしてるに違いない

思わず目をそらす

 

「……俺はあいつの後始末をするのが役目だ、面倒ごとを引き受けるのが仕事だ」

「今回はそれが出来なかった、後始末も間に合わなかった。面倒ごとも押し付けた」

「あいつを試すような真似をした」

 

理事長室でのやり取りを思い出す

 

「あいつは強い、相手が誰だろうがどんな奴だろうが、必要なら力づくで手に入れる」

「俺が辞めればそれだけで終わった話だった」

「結局はトレーナー資格がなくなるのが嫌だった、最後の最後で保身に走った」

「さっきのも取り消すよ、あいつを信じきれなかった」

 

理事長に辞意を伝えると“担当に決めて貰うのはどうか”と提案された

頭を抱えリョテイの為にはどの選択が一番か悩み続けた

 

あいつに面倒はかけさせられない

決定権はあいつが持つべきだ

俺が辞めればすぐ火を消せる

辞めれば次トレーナーが見つからないかもしれない

次のトレーナーにしっかり伝えれば環境は変わらない

案外繊細なあいつが堪えれるか

それならこの先心配いらない

これではこの先心配だ

あいつはこれからも自分の走りを極めていける

あいつの走りをこれからも近くで見続けていたい

 

あいつの為には

 

「リョテイさんは自分の為に走ります」

 

サイレンススズカの声に我に返る

 

「今回もそうだと思います」

 

目をこすり息を整える

 

「ただレース前に話した時、いつもと様子が違いました」

「私が知っているどんな時よりも真剣な顔」

「あんなに素直なところは初めて見ました、最後にありがとうなんても言われて…」

 

気分を落ち着かせて一息入れる

 

「絶対に手放したくなかったんでしょうね」

「これからもずっと走っていく為に」

「………見苦しいものを見せてしまったね、すまない」

 

頭を掻きながら軽く頭を下げる

いえいえと言いながらスズカは微笑み

彼女のトレーナーも笑っていた

 

「おい」

 

聞き慣れた声が聞こえた

 

声の元へ振り向くとキンイロリョテイがコースから手を伸ばしていた

 

「……」

「……」

 

表情からは思考は読み取れない

握手なんて柄ではないが

 

そう思いつつも恐る恐る手を取る

 

次の瞬間には体は宙を舞っていた

 

「ふんッッ!!」

 

キンイロリョテイ渾身の背負い投げが炸裂して天地がひっくり返る

飛距離はざっと8m、新記録だ

 

「ぐぅあぁッ!」

 

背中からターフに叩き付けられて肺から空気が押し出される

強烈な痛みにしばらく悶絶していると

いつの間にかキンイロリョテイが側まで近づいて覗き込んでいた

 

「勝ったぞ」

 

必死にうなづく

 

「これでもういいな?」

「モー……マン、タィ」

 

混乱して唯一覚えた中国語が出る

昨日のことを思い出す

息抜きに一緒に町へ出たが、いつにもまして口数が少なかった

心配になった時にたまたま出た話題

発音が似てるからここも日本と変わらない、と

こじつけて何とか気を紛らわせようとして

鼻で笑われた単語

 

必死に息を整えていると

服を引っ張られ立ち起こされた

 

痛む背中をさすり服を叩きながら振り返るとキンイロリョテイと目が合う

 

「……先に戻る」

「あ、あぁ……分かった」

 

無頓着にそういわれた

返事をして、身だしなみを正そうと視線をはずす

 

「これからもよろしく」

 

驚いて顔を向き直すとキンイロリョテイは歩き始めていた

 

「お、おう!」

 

焦って出した返答は上ずった声だった

みっともなくて恥ずかしい

顔をこすり落ち着こうとしていると

キンイロリョテイが後ろ手に、小さく手を挙げるのが見えた

 

~~~

 

日本に帰国すると、香港国際競争での快進撃が連日報道されていた

同日に海外G1レースを優勝するウマ娘が三人

日本競バ史に大きな区切りをつける歴史的快挙

このことに名前を連ねた事もあってか

京都大賞典の一件はすぐに忘れ去られていった

トレーナーの進退も問われることなく終わり、いつも通りの日常が戻り始めていく

 

次のレースに備えて情報を仕入れるために専門誌を読み込んでいると

ポスターの見本が掲載されていた

 

愛さずにいられない

 

時代に新たな最強ウマ娘が生まれるたび、いつも果敢に挑んでいくあなたの姿がある。

黒鹿毛に輝く小さな身体を力いっぱい弾ませて、最後の直線にすべての勝負を懸けて、

先頭でゴールを駆け抜ける一人がどのウマ娘だったとしても、あなたのその姿にたくさんの声援が送られるだろう。

キンイロリョテイ、もう誰もがあなたのことを、愛さずにいられない。

 

ヒーロー列伝No.49

 

 

彼女が追い求め、歩んできた黄金の旅路はまだ道半ばである




今更気付いたんですけど香港ヴァーズって香港マイルと香港カップより前に開催されてたんですね……
やっちまいましたわー!

良い感じに書き直しておきました

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。