玉衡の元から逃亡したら千岩軍が追いかけて来ていた件について   作:久遠とわ

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とりあえず、切りのいい所までできたので、ここまでで投稿。

本来であれば、万民堂の出来事に煙緋と“とある人物”との邂逅シーンまで描きたかったのですが、既に1万字を超えてしまったので、本来の3話目を前半後半と分け、まずは前編『万民堂と“おませさん”』として、投稿します。

尚、解説は次回に纏めて投稿しようと思います。


万民堂と“おませさん”

「っぅ~。少し長引いたかもしれないな」

とある日の快晴。雲ひとつない青空が広がり、真上に太陽が昇った頃、一仕事を終えた煙緋は伸びをしながら呟いて、通りを歩いていく。

 

「…ふぅ、午後はこの後の予定、それに今後に向けての書類整理も終わらせないとだな。午後もまた忙しい一日になりそうだ」

 

煙緋はそう言いながら、人混みの中を進んでいく。

 

「…っ」

ぐぅ~

 

煙緋が歩いている途中、突然お腹が鳴ってしまった。

 

「…う、まぁ、空腹には勝てんな……。お昼ご飯を食べに行こう。午前はかなり大切な案件で集中したかったから、朝はかなり少なめにしてしまったし……」

 

煙緋は苦笑いしながらそう言って、目的地を“とある場所”に定めた。

 

「うむ!!」

(よし、そうと決まれば早く行こう!)

 

煙緋は歩くペースを上げて、どんどん先へ進んでいく。

そうして直ぐに目的の場所、“万民堂”が煙緋の瞳に映った。

 

「__おぉっ!!」

(今日は中々ついているようだ!!)

 

煙緋は思わず歓喜の声を上げてしまった。煙緋の視界の先には万民堂で食事を終えた多くの客がタイミングよく退店していく姿が見えたからだ。

 

「よし!」

(急ごう!!)

 

そして、その光景を見た煙緋は、急ぎ足でその集団の中に混ざり込んでいく。

 

“万民堂”。それは璃月港の下町・チ虎岩にある食堂で有名な料理店であり、璃月を代表する大衆食堂であるといっても過言ではなく、それを言うなれとすれば、璃月三大料理店とも言えるだろう「璃料理」である、”岩港三鮮”や”山幸の麺“、また“干し肉の炒め鍋 ”等で有名な『琉璃亭』、「月料理」の“魚肉の焼き麺”や“エビのポテト包み揚げ ”、そして“明月の玉子”等で有名な『新月軒』、そして「大衆料理」の“チ虎魚焼き”や“米まんじゅう”、”かにみそ豆腐”や“黒背スズキの唐辛子煮込み”から“璃月三糸”や“四方平和”まで等、幅広い料理を取り扱っている『万民堂』と並び称されるほどでもあるだろう。

そうしてその『万民堂』は大衆食堂という事も相まって、どのような者でも食事を楽しめるほどの手ごろな価格ではあるが、万民堂のモットーである“世の中すべての人を満腹させること”。即ち、誰もが平等に美味しく食べられる料理を提供するということに非常に重きを置いていると言えるため、様々な国から来た外国人や商人達、それに各国を旅する旅人達や冒険者達からの評判が非常に高いのである。

 

「よいしょっ、と。うむ」

(運が良いようだな)

 

そうして集団の中に混ざり込んでいた煙緋は店の入り口に辿りつき、そのまま店に入って辺りをキョロキョロと見渡して、思わずニヤリと笑ってしまう。いつものこの時間帯なら大変混雑しており、毎日が忙しく予定等に追われていた煙緋であれば、万民堂に立ち寄ることは出来ないのであるのだが、今の万民堂は奇跡的に空席が目立っており、かつ煙緋のこの後の予定自体もいつもの午後とは違って、多少の余裕があったのだ。

 

「さて、何処に座るか?__あ」

(うん?あそこにいる二人…もしや)

 

煙緋がそんなことを考えていると、偶然とある人物達の姿が目に入ってきた。

 

それは、煙緋が最近知り合った人物と、煙緋の事を知る一人の幼女の姿だった。

 

「あれは__瞬詠とヨォーヨじゃないか?」

 

煙緋は思わず声を出してしまう。

 

「ん、誰だ……って、あぁ」

 

「あ、煙緋ねぇね」

 

煙緋の声に気づいた瞬詠は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに煙緋だと理解したのか、微笑んで挨拶をし、そして瞬詠の真正面にいたくりっとした赤茶色の瞳に全体的に黄緑色と茶色の璃月の服を身に着け、そして彼女の薄茶色の髪を三つ編みに結ったうえで、それをわっか状にしている独特な結びに大きな鈴がついた髪飾りをつけた幼女。そして“とある人物”のもっとも幼い弟子で、優しくて思いやりのある「おませさん」であり、そうしてその身に“草の神の目”を身に着けていた幼女、“ヨォーヨ”はニコッと笑顔を見せてくれた。

 

「奇遇だな、瞬詠、それにヨォーヨ。こんなところで会うなんて。二人の空いている席に座っても良いだろうか?」

 

「あぁ、構わないぞ。そこの席が空いているから、そこに座ってくれ」

 

「うん、良いよ。煙緋ねぇね、座って、座って~」

 

「うむ、ありがとう。二人とも」

 

そうして煙緋は、瞬詠とヨォーヨの対角線上の椅子に腰かけた。

 

「久しぶりだな、煙緋。仕事終わりか?お疲れ様だな」

 

「あぁ、お陰さまでな。仕事はひと段落ついたところだよ。まぁ、午後も予定はあるがな…そうだ。瞬詠はもう仕事の方は慣れたのか?凝光の直属の部下になったんだろう。結構大変だったりするか?」

 

「大丈夫だ。今のところは問題はないな。むしろ自由にやらせてもらってくれてる。心配してくれてありがとう」

 

「うむ。それならば良かった」

 

煙緋はそう言って、ほっとした様子を見せる。

 

「…にしてもだ」

 

すると瞬詠は意外そうに目を丸くして呟いた。

 

「どうした、瞬詠?」

 

「いや、煙緋とヨォーヨって、知り合いだったんだなって思ってな。それにヨォーヨが煙緋の事を『煙緋ねぇね』と呼んでるのにも驚いている」

 

「あぁ、そういうことか」

 

煙緋は納得したように言った。

 

「瞬詠にぃに。私と煙緋ねぇねは仲良しさんなんですよ。煙緋ねぇねは私の『師匠』の娘みたいな人なのです。それで私と煙緋ねぇねは仲良しさんなのですよ~」

 

ヨォーヨは嬉しそうにニコニコしながら答えてくれる。

 

「ほぉ、そうなのか」

 

「あぁ、その通りだ」

 

ヨォーヨの言葉に瞬詠は感心するかのように頷き、煙緋は肯定した。

 

「へぇ~、ヨォーヨの『師匠』ってことは、つまり煙緋は『ピン』さんの娘みたいな存在という訳なのか?」

 

「おぉ、『ばあや』を知ってるのか?まぁ、そういうことになるな。より正確には、ばあやは私の後見人だった人なんだ。私が一流の法律家になるまでに色々と世話を焼いて貰った恩があって、また今でも仕事が落ち着いている時には、時間を作ってばあやと一緒にここで食事を取るなんてこともある。そうして極稀にではあるが、昔のようにばあやの元に戻って共に生活することもあるくらいだ」

 

「成程な、そうだったのか…」

 

瞬詠は煙緋の話を興味深そうに聞いていた。

 

「うん、そうなの。だから、私は煙緋ねぇねのこと知ってたのですよ~」

 

ヨォーヨは嬉しそうにコクコクと何度も首を縦に振った。

 

「成る程な、そういう関係だったとは。…ははっ、意外と縁があるものなんだな。まさか、ヨォーヨの師匠が煙緋の保護者のような人だったなんてな」

 

「うむ、全くだ。……ところで、瞬詠。瞬詠とヨォーヨとは一体どういう関係なんだ?随分とヨォーヨに懐かれてはいるが」

 

「あぁ、それはだな__」

 

「瞬詠にぃにはね…。私の“命の恩人”なのです!」

 

「なっ!?命の恩人だって!?」

 

ヨォーヨの爆弾発言に煙緋は思わず大きな声を出してしまう。

 

「そう!!それに“甘雨ねぇねを助け出すために仙人達と協力して共に戦った”のですよ!!それからそれから__」

 

「おい、ヨォーヨ。待て待て待て、ストップ、ストップだ。その話をするな」

 

瞬詠は慌てて、目をキラキラさせながら興奮気味に喋り続けるヨォーヨの口を手で塞いだ。

 

「んぅー!ふぐー!!」

 

ヨォーヨは不満そうに瞬詠に抗議する。

 

「いいから落ち着け。ヨォーヨ。ちょっと落ち着こうな?その話は絶対にしちゃダメだと言ったはずだ。…もしもその話が広まり、そして最悪の場合、どういった事態を引き起こす事になってしまうのか、あの時しっかりと説明しただろう?」

 

瞬詠は諭すようにヨォーヨに語りかける。

 

「あっ」

 

瞬詠に言われて、ヨォーヨはハッとする。そしてみるみると顔を青ざめさせていった。

 

「ごめんなさい、瞬詠にぃに。私、忘れてた」

 

ヨォーヨはしゅんとして謝る。

 

「あぁ、分かってくれたなら良いんだ。…ふぅ、もう面倒事はごめんだからな。本当に良かった、今の万民堂の客は自分達以外に誰もいなくて」

 

瞬詠はヨォーヨを撫でながら、自分達以外に今のこの話を聞かれていないか、さり気なく辺りを見回し、そして自分たち以外には聞かれてない事を確認した瞬詠は、安堵の息を吐いた。

 

「…」

(い、一体、ヨォーヨに甘雨先輩、それに瞬詠に何があったと言うのだ?…しかも“甘雨先輩を助け出すために仙人達と協力して共に戦った”だと?…そんな話は璃月港で聞いたことがない。もしも本当であれば、璃月七星や千岩軍達が動く程の大事件となる筈だ。…だが、瞬詠が嘘をついているようにも見えないし、噓をつく理由も見当たない。それに、さっきのヨォーヨの様子を見るに、どう考えても冗談ではなさそうだ…それってつまり、それは本当だということなのか?…一体、どういう経緯があれば、そのような事になるんだ?)

 

煙緋は混乱していた。瞬詠の話を聞いて、煙緋はヨォーヨと瞬詠のやりとりを見て、驚きのあまり呆然としていた。そして、それと同時に様々な感情が渦巻いていた。それは先輩である甘雨や、ピンばあやの大事な弟子とも孫とも言える“ヨォーヨ”の身に起きてしまった事への悲しみや不安、それらが混ざり合って複雑に絡み合い、煙緋の胸中を蝕んでいた。

 

「…ふむ、瞬詠。一応の確認であるが、甘雨先輩の身は大丈夫なのか?」

 

「あぁ、勿論だ。その件については安心してくれ。もういつも通りに、仕事で忙しそうに璃月港中を駆け回っているぞ」

 

瞬詠は煙緋の質問に対して、はっきりとそう答えた。

 

「そうか、それは良かった…ふむ」

 

煙緋はほっとした表情を浮かべていた。そしてそれと同時にそれらに対する疑問、そして興味と言う名の好奇心が芽生えていた。

 

「瞬詠、もしよろしかったら、ヨォーヨに何を説明したのか…、それにもしも出来るのであればで構わないんだが、その日に何が起きたのかを教えてくれないだろうか?」

「うん、ヨォーヨに説明した事や、その日に起きた事か?…うーん」

 

煙緋は真剣な眼差しで瞬詠にそう尋ねた。

 

「…分かった。……煙緋にとってはある意味身内の話であり大切な人の話という事もあって、十分に関係のある話でもあるしな。良いだろう。但し、絶対に他言はしないでくれよな?」

 

そして瞬詠は煙緋の頼みを聞き入れた。

 

「あぁ、約束しよう」

「よし、了解だ。…まず、ヨォーヨの話を止めた件に関しては、大きく二つの理由がある。一つは“情報統制”だ」

 

「“情報統制”だって?」

 

煙緋は眉間にシワを寄せて聞き返す。

 

「そうだ。…冷静に考えてみろ。仙人達が一緒になって動く時って、璃月の歴史から考えて普通の場合、どういう状況の時なのかを想像してみろ」

 

「…確かに考えてみれば仙人達が一緒になって行動を共にするような出来事、それは岩王帝君の招集を受けた時、もしくは強大な妖魔が現れた時、それかかつての魔神やその魔神の眷属が復活してしまった時くらいしかないな。…うむ、つまり璃月を揺るがす大事件、もしくはそれほどの一大事や有事が璃月に襲い掛かった時だな…あ……ははは、そういう事か」

 

「…つまりはそういう事だ。因みに、今回は別に強大な妖魔も、かつての魔神やその魔神の眷属等は一切関係ないからな。それに詳しい事は後に話すが、甘雨を助け出したというか、あれは結果であって、実態はただの甘雨の捜索だからな…。ただまぁ、岩兜の王を含むヒルチャール達の大規模な集団やアビスの魔術師達、それに奴らの拠点関連や、それに付随するやつらの武器関連の製造設備らしき物等は関係しているがな…」

 

「…あ、あははは」

 

「…はぁ」

 

瞬詠の話を聞いた煙緋は、ようやく理解する。そして若干、冷や汗を流しながら苦笑を浮かべ、瞬詠も冷や汗を掻きながら呆れたようにため息をついた。

 

ヨォーヨの話を聞くに、甘雨を何者からの手から、助け出すために仙人達と協力し、瞬詠はその伝説とも言える仙人達と同行した。そしてその事実から言える事として、仙人達が集まって行動を共にしているという事は、即ち傍から見て璃月に何か重大な危機が差し迫っているという状況以外に考えられない。そして、その仙人達が一緒になって動く程の事態、それを何も知らない人間達が見たらどう思うかを、煙緋は今更になって理解したのである。

 

「はぁ……成る程。だから……か。納得だ」

 

「あぁ、道中で出会って察してしまった何も知らない通行人達や商人達、そして千岩軍の兵士達にとって、傍から見れば伝説の仙人達が集まって行動を共にしている姿に驚愕し騒然となったり、彼らを崇め始める者が出るわ。彼らの事をより詳しく知っていて、分かっている者達からしたら、今の璃月に何かしらの未曾有の事態が引き起こされようとしているのではないかと不安になったり、恐れおののいたりしてしまうものも出るわ。そしてその事を、酷く盛大に勘違いした一部の千岩軍の兵士達が、『千岩牢固、揺るぎない!!盾と武器使ひて、妖魔を駆逐す!!我らも仙人様達と同行させてください!!今こそ、我らのこの身や、この命を璃月のため!!仙人様達のため!!そして岩王帝君のために!!我ら、貴方方様の盾や槍となり、皆様方と共に戦います!!』なんて、滅茶苦茶な事を言い出すのも出るわで、もう頭が痛くなるような有様だったんだぞ…実態はただの甘雨の捜索なのに…。別に危険な妖魔や、岩王帝君と敵対していた魔神や魔神の眷属が復活したり、現れたりした訳ではないのにさ…」

 

瞬詠は頭を抱えて、大きな溜息を吐いた。

 

「あぁ……うん、なんと言うか……大変だな」

 

煙緋は瞬詠の苦労を察し、労るようにそう言った。

 

「あぁ、全くその通りだよ。…まぁ、幸いにもだが、あの場やあの場の近くにいた一般人達や商人達、そして騒ぎを大きくさせない為に凝光さんから与えられた“特別な権限”で、自分の指揮下に入れた千岩軍の兵士達等への“情報操作”や“情報統制”、そして自分の指揮下に入れた千岩軍の兵士達の一般人達や商人達への活動や行動、それに“彼ら”の協力も相まって、完全では無いものの、だいぶましな状態で何とか纏まったけどさ……」

 

瞬詠は疲れた様子で頭を掻いて、軽く愚痴った。

 

「…瞬詠、本当にお疲れ様だ」

 

煙緋はそんな瞬詠を気遣う。

 

「あぁ、ありがとう…。全く、騒ぎを大きくしないために、“人の姿”になってくれと懇願して、人の姿になってもらったものの、結局のところは元より仙人であるから、まず仙人の特有のオーラと言えば良いのか、存在感みたいなものを感じ取れる者からすれば、一目瞭然だ。それ故に…。あぁもう、仙人達が一緒になって行動しているってだけで、こんなことになってしまうなんて思わなかったぞ」

 

「…ふふっ、まぁ、そうだな」

 

煙緋は可笑しそうに微笑みながら相槌を打った。

 

「まぁ、もう良いだろう…。さっきの二つの理由に話を戻すぞ。二つ目の理由は“甘雨”のためだ」

 

「うん、甘雨先輩のためだと?一体どういうことだ?」

 

煙緋は瞬時に真剣な表情になり、瞬詠の話を聞き入る。

 

「あぁ、そうだ。…どうして自分が、甘雨のその身に“仙獣『麒麟』の血が流れている”事を知っているのかは後々に説明するが、とにかく“情報統制”が失敗しその話が広まり、そうして最終的に甘雨のその身には仙獣『麒麟』の血が流れているなんて事が璃月港中に広まって人々に知られた場合の事を考えろ」

 

「…ふむ、そういう事か」

 

煙緋は瞬詠の話を理解出来たようで、小さく呟きながら何度も首を縦に振る。そして煙緋はかつて甘雨が語っていた言葉や胸中に秘めていた思いを思い出した。

 

「…甘雨の奴は自分が仙獣『麒麟』の血が流れていることを周囲の人間達に知られることは決して望んでいない。もしも、バレてしまったら、彼女はとても悲しい思いやつらい思い、悲痛な思いをするかもしれないだろう。甘雨は人々の心が離れる事、即ち自分という存在が、人間達に受け入れられなくなり、拒絶されることを極度に恐れている…。甘雨には本当にお世話になっているからな。だから彼女を悲しませるような事や嫌がるような事、それは避けたい。甘雨が辛い目に遭うのは絶対に駄目だ。自分に取って、彼女とは同僚であるが、ある意味で恩人であり、そして大切な友人でもあるからな……。だからこそ、そんな彼女を見たくない。…それ故、彼女のために、そして彼女の平穏な日常を守るために、彼女に関する情報を出来る限り隠そうと思ったんだ」

 

「…うむ、成る程」

 

煙緋は納得したように大きく二度ほど首を縦に振る。

 

 

甘雨は今まで、一度も璃月の民達と特別親しくなったことなどないが、甘雨にとって心の距離を置かれることは悲しいことなのだ。『仙獣』と『人間』の混血としての彼女、甘雨の心ははずっと、『仙獣』と『人間』との間で揺れ動いてきた。甘雨はよく煙緋に自身の事の話をしてきた。岩王帝君の契約によって、甘雨は遥か昔から璃月を、そうして璃月の民を守ってきた。そして長い年月と言う時間の中、その過程で彼女は人間達の心に触れてきた。そして、その度に人間の善性を知り、同時にその裏に隠された醜い一面も見てきた。『麒麟』である彼女に取って、人間の世界で起こるたくさんの争い、そして汚く醜い出来事の数々を理解する事ができない。だがその一方で、その身に流れる人の血が彼女に、そんな人間社会に融け込む希望を囁くのだ。おそらくそれは彼女がこれまで見てきた人間の心の動き、感情の移り変わり、そしてその心に秘める思想や哲学が理解出来ないからこそ。それ故、ただ人間の血が流れているというだけでなく、甘雨は様々な物事を見て、聞いて、触れて、そして考えていくうちに、いつしか無意識であるが人間社会に融け込みたいと願うようになってしまったのだろう。

 

それ故に、甘雨は『仙獣』と『人間』の混血として、彼女は二つの種族の架け橋となる選択、即ち初代の『璃月七星』の要請に従い、『璃月七星』全体の秘書となり、彼らを支えるという決断をしたのだ。

 

そしてそれらは、人と近くにいることで、人と触れあって人から何かを“感じ取り”、そして人という存在を“理解”し“知りたい”という欲求が故か、それとも人の隣に立つことで、甘雨が長い年月の間見続けてきた人が持つ“可能性”というものを、もっと間近で見て、そしてそれを見届けてきたいきたいという欲求が故か…。

 

 

「…ふむ、ふふっ」

(目の前の男、甘雨先輩の事をしっかりと理解し、そこまで言い切るとは…。うむ、どうやら甘雨先輩は本当の意味で、“良い友人”に巡り会えたようだ)

 

煙緋は嬉しそうに微笑みながら、瞬詠の話に耳を傾けていた。

 

「…さてと次にあの日は一体何があったのか、あの日、自分やヨォーヨ達はどこで何をしていたかについてだな」

 

「あぁ、そうだな。是非とも教えてくれ」

 

瞬詠はそう言うと、思い出すかのように視線を斜め上へと向けた。

 

「…あの日は元々いつも通りに“月海亭”で緩く適当に過ごすつもりだったんだ。そうしていつも通りに過ごしていたら、その日はいつもと何かが違う事に気づいたんだ。そうして直ぐに、いつもと何が違うのかに気づいたんだよ」

 

「ほぉ、それで。一体何に気づいたというのだ」

 

煙緋は続きを促す。

 

「あぁ、その日は普段と違って、その時間帯なら昼寝して元気になって忙しく動き回っている“甘雨”の姿があるのだが、その日に限って“甘雨”の姿が無かった。甘雨の奴は、時間はきっちりと守る奴なんだ。そんな彼女が時間になっても姿が無い。何かがおかしいと思ったよ…。幸いにもその時に甘雨に充てられていた急ぎめの仕事や重要な仕事のほとんどは終わっていたから、甘雨がいなくて困るという事態は無かったんだが、逆にそれが原因で他の奴らはその時の異常な事態に気づけなかったんだ」

 

「ふむ、そういう事か」

 

煙緋は納得したかのように呟く。

 

「あぁ、そうだ。……そして、自分は直ぐに同伴していた璃月七星の“天璇”の元を訪ねて、あの方に色々と確認を取った後、直ぐに甘雨の行方を探しに“璃月港”へと出たさ。甘雨はもう“月海亭”にはいないし、このままでは“月海亭”に帰ってこないと判断したからな。取り合えず、あの後に甘雨は昼食を取りに外に食べに行ったってことから、甘雨の行きそうな飲食店とかを手当たり次第に探した。それとついでに甘雨は満腹になってしまうと、良い感じの草むらや干し草を見つけると、ついうっかり、その上でお昼寝をしてしまう洒落にならない癖もあるから、その辺も注意しながら探し回った。……だが、璃月港中や璃月港周辺をいくら探したり、飛び回ったりしても全然見つからなかった…。いくらなんでもこれは絶対におかしいと思った。そうして、もう一度璃月港を捜索している時に、知り合いの“ヨォーヨ”に出会ったわけさ」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

煙緋は深く考え込むような表情を浮かべた。

 

「あぁ、そうだ。……そうして、自分はまだ甘雨の居場所の手掛かりすら掴めない状況だったが、ヨォーヨに会ったことで、ヨォーヨが『師匠なら甘雨ねぇねの居場所が分かるかも!』と言ってくれたから、急いでヨォーヨと一緒にピンさんの元に向かって、ピンさんに事情を説明して甘雨なら何処に行きそうかを訪ねたんだ。…そうしたら、まぁ、なんだ?それが全ての始まりだったんだ」

 

瞬詠はそう言うと、若干うなだれるかのように顔を伏せた。

 

「ほぅ、それはどういうことだ?」

 

煙緋は興味深そうに尋ねる。

 

「あぁ、その時に甘雨が仙獣「麒麟」の血が流れている半仙半人だったこと、それにまさかの『ピン』さんの正体が仙人、『歌塵浪市真君』であったという衝撃の事実を知らされたんだ。あれは衝撃的過ぎて未だに忘れられないぞ…。正直、あの日の自分と甘雨が煙緋の法律事務所を後にして、璃月港を巡っていた時の甘雨の話、それに普段の甘雨の行動からして、ただの変人や色々とおかしい人という訳ではなく、もしかしたら本当の彼女の正体は実は仙人だったとか、もしくはそういった類ではないのかと思ったが、まさかそれに近い存在だったとは…。はぁ、本当に仙人って身近にいるんだな?」

 

瞬詠はそう言うと、意味ありげな視線を煙緋に送った。

 

「ほぉ?…ふふっ、確かにそれは忘れようにも忘れられないだろうな。…うむ、という事はもしかして、私の正体に関しても『ばあや』から聞いたのか?」

(もしかしたら、瞬詠は…?)

 

そして瞬詠に意味ありげな視線を送られた煙緋は、楽し気に微笑みながら尋ねた。

 

「あぁ、それも勿論だ。…煙緋の正体、それは仙獣「獬豹」の血が流れている半仙半人の法律家だろう?」

 

「ふふっ、正解だ。…まぁ、私にとって仙獣「獬豹」の血が流れているという事に関してはどうでもよいがな」

 

「どうでもいい?」

 

瞬詠は意外そうに首を傾げる。

 

「あぁ、そうだ。…正直、仙人社会よりも璃月の法律家としての身分の方が大事だ。私はな。この璃月という国の動乱期が過ぎた後に生まれた者であるが故に、“岩王帝君”と『璃月港を守る契約』を結んではいないんだ。だが、私は“岩王帝君”とではなく私の”両親”と、とある『契約』を…いや、とある『約束』をしているんだ」

「『約束』?一体どんな内容なんだ?」

 

「ふふっ、なに、ただ『楽しく生きる』。そんな単純な『約束』だよ。それだけだ」

 

煙緋はそういうと、笑みを深めた。




正直、ヨォーヨの口調が中々難しかった…

尚、本来の3話目の後半である4話目は完成次第、直ぐに投稿しようと思います。
そのため、完全に完成するまでお待ちください。
(※それでも長くなりすぎた場合は中編として、投稿します)

追記1
・文字間隔の調整を行いました。

追記2
・ヨォーヨの描写を一部修正しました。
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