玉衡の元から逃亡したら千岩軍が追いかけて来ていた件について 作:久遠とわ
尚、投稿当初は何を思ったのかチラシの裏に投稿していたために通常投降に変更。
また、1話目は‘璃’月を‘瑠’月と書くという酷すぎるミスをしたため緊急修正。
また、衝動的に始めてしまったこんな見切り発車の作品ですが、まさかお気に入り登録してくれる人がいるとは思いませんでした。
ありがとうございます、励みになります。
取り合えず、投稿してしまったので(瞬詠が逃亡劇に終止符を打つか、刻晴によって逃亡劇に終止符を打たれるまで)完結できるように頑張ります。
随筆ペースはその日その日によるので不定期更新になると思われますが、よろしくお願いします。
西風騎士団。
それはテイワット大陸北東に位置する風神バルバトスの領域に位置するモンドという国家、そしてそのモンドを守る防衛組織。かつての腐敗した貴族と自由を求める民衆との過去の歴史故、王や貴族などの特権階級を持つ事をしないモンドの事実上の統治機構だ。
西風騎士団は、伝統的に一人の大団長によって率いられており、大団長が不在の場合には、代理団長が大団長代行として大団長の任務を遂行するという体制を取っている組織でもある。
そしてモンドを守るその防衛組織は現在大団長“ファルカ”を筆頭に、以下に代理団長の“ジン・グンヒルド”、騎兵隊隊長の“ガイア・アルベリヒ”、遊撃小隊隊長の“エウルア・ローレンス”、首席錬金術師と調査小隊長を兼ねている“アルベト”、また隊長格では無いもののかつて偵察騎士と呼ばれる強力な小隊があった過去を持つ最後の偵察騎士小隊のメンバーである“アンバー”、それ以外にも一般騎士の分類に属するが花火騎士の“クレー”、錬金術師助手の“スクロース”、前進測量士の“ミカ”、図書司書の“リサ・ミンツ”、メイドではあるものの騎士見習いの“ノエル”等という非常に多種多様かつ優秀な人材達が揃っていた。
「っ!!ぐっ!!本当にしつこいな!!」
「瞬詠!!待ちなさーい!!」
そして黄金の風の翼で空を飛んで逃げる瞬詠はそんな西風騎士団に所属する若き少女の偵察騎士、“アンバー”が瞬詠と同じく風の翼を広げて追いかける。
「くそ!!本当に勘弁してくれよ!!おい!!アンバー!!頼むから見逃してくれよ!!俺は特になにもしてないんだぞ!?」
「そう言われてもね!!ファルカ大団長の命令に従わないといけないの!!私は貴方を捕まえるまでは絶対に止まらないよ!!」
「なんでだよ!?別に良いじゃないか!?」
シードル湖上空で瞬詠とアンバーは叫びあい、互いに風の翼を使い空を舞う。瞬詠はかなりの飛行速度で飛んでいるが、アンバーの方が速いため、徐々に距離が縮まっていく。
「ちっ!!」
(くそ!!本当に流石だな!!アンバーの奴!!)
瞬詠は悪態をつきながらも、自分を追いかけてくるアンバーの実力の高さに舌打ちする。
流石はモンドの飛行大会で三年連続チャンピオンになった実績を持った彼女だ。風の翼を使った普通の騎士や冒険者等にはできないありえない機動をして追いついてきている。
彼自身も海上で長時間活動していた頃や海から離れ陸地で仕事などで超長距離移動するときなどに、よく風の翼を使用していたため、そういう分野の飛行技術には自信があったが、こういう場合では話が別だった。
例えるなら、アンバーの場合はモンドの飛行大会で三連続チャンピオンになったほどの天性の才能により、どのタイミングでどれくらいの強さの風が吹くのかを読めるので、高機動かつ高速な移動が可能な戦闘機のようなものだ。
対する瞬詠は才能は彼女に劣るものの、その代わりに毎日のように行っていたような海上での長時間の飛行経験、陸地で休暇時にモンドのエンジェルスシェアで飲みたいと思ったときに当たり前のように璃月港からモンド城の正門まで超長距離飛行を日常的にこなしていたことから、彼はアンバーのどのタイミングで風が吹くのかに関しての精度は劣るが、どのくらいの風の強さなのかを読むことは彼女と同等、どれほどその風が吹き続けることが出来るのかということに読むことに関しては彼女よりも優れており、それはまるで旅客機若しくは輸送機のような並外れた航続距離を誇る航空機というようなものだ。
それ故に今の状況を先ほどの例えで例えるならば、戦闘機が逃げる輸送機を追いかけるような状況に近いので明らかにアンバーの方に分があった。
「瞬詠!!いい加減に大人しく捕まりなさい!!」
「嫌だね!!自分はまだ死にたくないんだよ!!今おとなしく捕まったら刻晴の奴に!!冗談抜きであいつに殺される!!絞められる!!」
瞬詠はそう叫びながら必死になって逃げていく。彼の脳裏には笑顔を向けつつも青筋を浮かべた刻晴の姿が浮かぶ。瞬詠は恐ろしいと言わんばかりに首を横に振るう。
「瞬詠!!だったら大人しく捕まって刻晴に謝りなさいよ!?もしかしたら許してくれるかもしれないし!!」
「いや、無理に決まってんだろ!!今のあいつなら笑顔を浮かべながら自分の事をボコボコにして半殺しにしそうな気がする!!」
「あなたは刻晴に何をしたの!?」
追いかけるアンバーは思わずツッコミを入れる。
「色々だよ!!」
(あいつが絶対に追いかけられないようにあいつの私物を隠したり、屋敷中に罠を何重にもたくさん仕掛けたり、発覚を遅らせるために屋敷の警備兵や使用人に情報操作したりしたが、その結果色んな偶然が重なり合ってまさかあんなことになるなんてな!!)
瞬詠は心の中で愚痴を言うが、すぐに現実逃避するように考える事をやめて逃亡に専念する。
「本当にあなたは何をしたの!?」
「とにかく俺は悪くない!!悪いのは全部刻晴だ!!っ!!」
瞬詠は全ての責任を刻晴に押し付け後ろを振り返って目を見開く。アンバーがかなり距離を詰めていたからだ。しかも弓をすでに構えている。
「っぅ!?」
(まずい!!このままだと!!)
「もう!!往生際が悪いわよ!!観念しなさい!!瞬詠!!撃っちゃうわよ!?この距離なら私は当てられるわよ!!」
「待て待て待て待て!!撃つな!!撃つな!!」
「なら大人しく地面に降下してそのまま私に捕まりなさい!!」
「~~っ!!」
瞬詠は歯ぎしりする。ここでもしもそのままアンバーの言う通り降下して投降すれば千岩軍に引き渡され、そのまま激昂しているであろう刻晴の前に突き出されるだろう。そうなれば確実にボコボコにされて半殺しにされる。
だが、このまま空中で逃げ続けてもいずれはアンバーに追い詰められて、本当に矢を放たれ最終的に撃墜されてしまうかもしれない。
「っ!!どうすれば...」
瞬詠は頭を抱えながら周囲を見渡す。
右手にはシードル湖、だがシードル湖の方に逃げて最終的に着水して逃げることになるが、長時間泳ぎながら逃げることは不可能であるし最終的に陸地に上がった時に西風騎士団や千岩軍に拘束される可能性が非常に高い。
そして左手には清泉町、一瞬清泉町なら陸地であるので走って逃げられるのではないかと考えられたが、地の利はモンドを守り続けてきた西風騎士団にある。おまけに目を凝らしてみれば既に複数の騎士団の人間や千岩軍の兵士が待ち構えているようにも見えた。
つまり、この2つのどちらを選んでも瞬詠にとっては詰みの状態だ。
「ちっ!!」
(くそっ!!これじゃあほとんど詰みじゃねえか)
瞬詠は舌打ちをする。だが、それでも諦めずに彼は考え続けとある決断をした。
「っ!!あぁ!!もう分かったよ!!降参だ!!降下すれば良いんだろう!?」
瞬詠は大声で叫ぶ。その瞬間、アンバーは嬉しそうに微笑む。
「ふぅ……やっと観念してくれたのね?なら、そうね。そこの砂浜に降下して」
アンバーは安心した表情をすると、その場所を指さした。
「あぁ、分かった」
瞬詠はアンバーの指示に従いゆっくりと高度を下げていく。
「......っぁ!?」
(今だ!!)
刹那、ゆっくりと降下していた瞬詠は突如、胸を押さえて苦しみながら錐揉み回転しながら砂浜に垂直降下し始める。そしてそれを見たアンバーは驚きの声を上げた。
「えぇ!?ちょ、ちょっと!?瞬詠!?危ない!!瞬詠!!瞬詠!?」
アンバーは瞬詠の身に何かあったのではないかと不安になり、慌てて瞬詠の名を呼びながら降下する。
「っ!!」
そして砂浜に激突するかしないかの寸前で瞬詠は風の翼を翻して体を引き起こして、瞬詠の身体と砂浜が接触するか接触しないかのギリギリの高さで飛行を再開する。
「っぇ!!...はっ!?ぁぁ!?」
一瞬、アンバーは何が起きたのか分からず呆然としていたが、瞬詠が無事であることを確認するとその事に安堵すると同時に自分がとんでもない失態を犯したことに気付いて顔を真っ赤にして声にならない悲鳴を上げる。
「ははは!!言っただろう!!アンバー!!自分は今誰であろうとも絶対に捕まるわけにいかないんだよ!!」
垂直降下した際にかなりの速度を稼げたおかげかすぐにシードル湖の水面に出た瞬詠は、鳩の豆鉄砲を食らったような表情をしているアンバーに向かって笑いながら叫び、再び上昇気流に乗って逃げ始めた。
「~っ!!瞬詠ーっ!!もう許さないよ!!絶対に捕まえてやるんだから!!」
アンバーは怒りに身を任せて瞬詠を追いかける。しかし先ほどまで瞬詠を追っていた時とは違い降下し減速していたために、今は瞬詠の方が圧倒的に速いかつ高度も瞬詠の方が高いため、すぐには追いつくことができない。
「ははは!!」
(よし、このまま!!)
瞬詠はアンバーから視線を外してとある方に視線を向けて、そのままそちらの方に突撃せんと突っ込んでいく。
瞬詠の視線の先には木々が生い茂っておりまるで森のようにも見える場所___『奔狼領』に視線を向けながら急降下していった。
◆◆◆
奔狼領。モンドの蒼風の高地にある樹木が生い茂っている林間地。中にいると恐怖を感じるほど静けさに満ちており、林の間にある影の下には危険な狼の群れが潜んでいると言われ、たとえ狩人たちでも気軽に入ることができない地。その地の中を悠々と駆け抜ける一人の男がいた。
灰色の璃月の服装をし、黒い髪に灰色の髪が混じった男、瞬詠である。
「っ!!」
「っ!!ぐっ!!待ちなさい!!瞬詠!!待って!!止まりなさい!!」
瞬詠は同じく奔狼領に降下したアンバーの静止を無視してそのまま疾走を続ける。
「はは!!そんなのは断るに決まっているだろうが!!」
「瞬詠!!」
アンバーは走る。だが奔狼領の林の中は木が邪魔で視界が悪く、何度も瞬詠の姿を見失ってしまいそうになる。
「瞬詠!!止まりなさい!!」
「はっ!!誰が止まるか!!」
瞬詠はそう言うと目の前にあった木の枝を掴み、そのまま振り子の原理を利用して宙を舞う。そして近くの木の枝に飛び移り、それを繰り返してどんどんと前にいく。
「っ!!」
(もう!!何なのよ!?)
アンバーは瞬詠の行動を見て悪態をつく。瞬詠が巧みに木の幹を飛び移りながら進んでいるせいで更に見失いそうになっていくのだ。
「瞬詠!!止まりなさいよ!?」
アンバーは瞬詠に怒鳴るが、瞬詠は聞こえていないのか無視しているのか、アンバーの方を振り向くこともなくひたすら前に進む。
「っ!!しょっと!!......」
そして瞬詠はとある木の幹の上で止まって息を潜める。
「もう、どこにいったのよ!!」
瞬詠の下を走るアンバーは完全に瞬詠の事を完全に見失ってしまったらしく、周囲を探し始める。
「……」
瞬詠は息を潜めながらアンバーの様子を伺う。
「…」
瞬詠はアンバーの様子を見ながら考える。今のアンバーは完全に瞬詠を見失ってしまったため必死に周囲を探している。そしてそのアンバーの表情からは焦燥感がありありと感じ取れる。
「……」
(後はアンバーがこのままここから立ち去ってくれれば……)
瞬詠は心の中で呟き、アンバーが立ち去るのを静かに待つ。
だが、その時であった。
「……うん?」
瞬詠は遠くの草むらが揺れたのを感じ取った。
「……っ!?」
瞬詠は嫌な予感がし、その草むらを観察する。
「イヤァ」
「ヤゥ」
草むらからヒルチャールの群れが現れた。数は10体以上はおり、中には大型の個体もいる。
「チッ」
(このタイミングでヒルチャールの群れが来るのかよ!!)
瞬詠は舌打ちをして目を細める。そのヒルチャールの群れは確認できる限りだと通常の大きさの棍棒を持ったのが10体程か10体以上、盾を持ったのが3体、ボウガンを持ったのが6体、そしてそのヒルチャールの群れのリーダーなのか、ヒルチャール暴徒と呼ばれる盾持ちの大型ヒルチャールが1体で構成されたヒルチャールの群れであった。
「っ!!」
瞬詠は慌てながら、アンバーの方を見る。
「まったく、何処に行ったのよ!!瞬詠!!」
肝心のアンバーは接近しつつあるヒルチャールの群れの事に気が付かずに、周囲の探索を続けていた。
「っ!!」
(あの馬鹿!!気づけよ!!)
瞬詠は思わず叫び出しそうになるが、それを堪える。ここで叫んだら間違いなくアンバーに気付かれるからだ。今の自分が西風騎士団に追われている身でなければ、今すぐにでもアンバーに向かって怒鳴りつけていたであろうが、それはできない。
「っ!?」
(ちっ!!どうすれば)
このままだと確実にアンバーはヒルチャールの群れに奇襲を受けてそのまま襲われてしまう。そうなった場合、いくら偵察騎士のアンバーと言えどもおおよそ20体程になるのだろうか、この規模の大型ヒルチャールを含むヒルチャールの群れをたったの1人で相手にするのは無理がある。
「ウァ?ヤァ」
「ヤァ」
「オブウグゥ」
「っ」
(もしかして、アンバーが見つかったのか!?)
ヒルチャールの群れの中の棍棒を持った1体がアンバーのいる方向に指をさす。すると他の個体はアンバーの存在に気づいたようで、そちらに視線を向ける。
「ヤア」
「ヤアウ」
「ヤアーウ」
「オヴグ」
ヒルチャール達はそれぞれ頷きあい、そしてのリーダーのヒルチャール暴徒が大きく頷く。そしてそれを皮切りに数体の盾と棍棒を持ったヒルチャールがゆっくりと歩きだし、アンバーがいる場所へと近づいていく。
「……」
(...ったく、仕方がないな)
瞬詠は息を潜めて決断した。
「......」
瞬詠はアンバーの元にゆっくりと近づくヒルチャール達を見ながら、服からとある瓶、紫色の液体の入った投擲瓶を取り出す。
「...っ!!」
そして、そのヒルチャール達が瞬詠のいる木の近くに差し掛かった時、その投擲瓶をヒルチャール達に投げつけた。瞬詠が投げた投擲瓶はヒルチャールにぶつかるとそのまま瓶が割れ、紫色の液体の中身がヒルチャールに降り注ぐ。
「イヤァ!!」
「ギャッ!?」
「ギャァー!?」
次の瞬間、ヒルチャールは悲鳴を上げる。ヒルチャールにかかった紫色の液体には強烈な電気が走っていた。そのためヒルチャール達の身体が痙攣を起こしたからだ。
「えっ!?」
そしてヒルチャールの悲鳴が聞こえたアンバーは反射的に後ろを振り向き、そのまま炎元素を用いて炎の弓矢を連続して放つ。
「「「イギャアァッ!!」」」
アンバーによって放たれた炎の矢はヒルチャールを襲うと大爆発を引き起こし吹っ飛んでいった。
「アンバー!!一時休戦だ!!ヒルチャールの大規模な群れがすぐそこにいる!!」
瞬詠はそう言いながら、服から更に紫色の液体以外にも青色や水色の液体の投擲瓶を取り出す。
「えっ!?」
アンバーは瞬詠の声が響き渡り驚く。
「今のを除いてヒルチャールの群れは棍棒持ちがおおよそ10体程度かそれ以上!!盾を持ったのが2体!!ボウガンを持ったのが6体!!リーダーらしき盾持ちのヒルチャール暴徒が1体!!やるぞ!!アンバー!!」
「わ、分かった!!」
瞬詠はヒルチャールの群れの情報をアンバーに伝えると、木々の幹を飛び移りながら、今度は青色の液体と水色の液体の投擲瓶をヒルチャールに向けて投げつける。
「ヤアッ!?」
「ヤアウ!?」
瞬詠の投擲瓶による水属性と氷属性の元素反応攻撃によりそのヒルチャール達は凍結し動きが止まる。
「っ!!やぁっ!!」
そこにアンバーの炎の弓矢が飛来する。
「「ギィイッ!?」」
アンバーの放った炎の矢は凍結しているヒルチャールに突き刺さりそのまま地面に倒れ伏す。
「ヤアウ!!」
「ヤアーウ!!」
一部のヒルチャールが木の幹を飛び移りながら投擲瓶を投げつけている瞬詠を発見し棍棒を持って追いかけ始める。だがヒルチャールの足は決して早くない。むしろ遅い。棍棒を持ったヒルチャール達は瞬詠を追いかけるが、瞬詠の方が一枚上手であった。
「私から目を離したら駄目だよ~」
そして、瞬詠が囮になっている間にアンバーはヒルチャール達を炎の弓矢で狙い撃ちしていく。
「ヤァァ!?」
「ヤァ!?」
「ヤア!?」
「ヤァ!!」
アンバーの放った炎の矢が次々と命中していき、次々と棍棒を持ったヒルチャール達を倒していく。
「ヤゥ!!」
「ヤアウ!!」
「っ!!」
ボウガンを持ったヒルチャールがアンバーにボウガンの矢を放つ。アンバーは木の後ろに隠れてボウガンの矢を回避した。
「ヤアァァァ!!」
「うっ!?」
しかし、更にもう1体のヒルチャールが棍棒を振り回しながらアンバーに襲い掛かる。アンバーは咄嵯に横に跳んでヒルチャールの攻撃を避ける。
「させるか!!」
「ヤァ!?ヤアーウ!?」
木々を跳び回っていた瞬詠は木を思いっきり蹴ることで加速してヒルチャールとアンバーに間に割り込み、そのままの流れでヒルチャールの腕を掴んで一本背負いの要領で投げ飛ばして木へと叩きつけた。
「大丈夫か!?」
「うん、私は大丈夫!!...っ、瞬詠!!これ!!」
アンバーはそう言うと自分の足元に片手剣が落ちていることに気付き、それを瞬詠に手渡した。
「……っ、多少錆びてはいるが、まだこれは十分に使えるな」
(これで幾分か、状況はましになる筈だ)
瞬詠はその片手剣を一振るいすると、ヒルチャールの群れを見る。
「ボフォゥ!!」
ヒルチャール達の群れの奥にはリーダーの盾持ちのヒルチャール暴徒が、瞬詠とアンバーによって次々と仲間たちが倒されていく光景を見ていきり立っていた。
「……来るぞ、アンバー」
「……えぇ、分かっているわよ。瞬詠」
瞬詠とアンバーはそれぞれの片手剣と弓をそれぞれ構える。
「ボフッ!!ボホォ!!」
「ヤァッ!!」
「ヤァ!!」
リーダーである盾持ちのヒルチャール暴徒の雄たけびが合図となり、一斉にヒルチャール達が襲いかかってくる。
「ふっ!!っ!!」
瞬詠は片手剣を振るってヒルチャール達を斬り裂き、時には蹴りを放ち、必要であればヒルチャールを掴んで投げ飛ばし、また元素反応を引き起こすそれぞれの投擲瓶を投げて爆発させていった。
「やっ!!ふっ!!」
そしてアンバーも瞬詠を援護するように瞬詠を取り囲まんとするヒルチャールを優先して的確に炎の弓矢を放っていく。
前衛の瞬詠、後衛のアンバー。
2人は互いに互いの動きに合わせながら戦うことで、ヒルチャール達の攻撃を捌いていく。
ヒルチャールの群れの中で暴れまわる瞬詠が遠くのボウガン持ちのヒルチャールに狙われそうになったら、アンバーがすかさず炎の矢を射抜いて瞬詠を守る。逆に棍棒持ちのヒルチャールが攻撃に集中しているアンバーに接近したら、瞬詠が的確に投擲瓶を投げてヒルチャールに牽制したり妨害して、アンバーがその僅かな隙の間にそのヒルチャールを弓矢で倒す。そんな連携を繰り返しながら2人は次々とヒルチャール達を薙ぎ払っていった。
「ボッ!!ブオォ!!」
リーダーの盾持ちヒルチャール暴徒は仲間が瞬詠とアンバーによって次々に倒されていることに怒り、ヒルチャール暴徒が一歩前に踏み出した瞬間だった。
「今だ!!アンバー!!」
「任せて!!」
瞬詠がヒルチャール暴徒の動きを見て、アンバーに指示を出す。そしてアンバーが炎の矢を放つと同時に瞬詠もまた紫色の液体の投擲瓶を投げつけた。
「ブオォ!?」
瞬詠の投げた紫色の液体の投擲瓶がヒルチャール暴徒の盾に命中し、飛び散った液体によってヒルチャール暴徒が僅かに痺れる。更にそこにアンバーの放った炎の矢が突き刺さり、ヒルチャール暴徒の盾が爆発する。だが、ヒルチャール暴徒の持つ盾は普通のヒルチャールの盾とは違い、とても頑丈であった。
「ボゥゥ!!」
ヒルチャール暴徒の盾が破壊されることは無かった。だが、それこそが瞬詠とアンバーの狙い目でもあった。
「よし!!そのまま炎の矢をっ!!」
「うん!!」
瞬詠はアンバーに指示を出し、アンバーはそれに答えるように、炎の矢を放つ。
「ボゥッ!?」
アンバーが放った炎の矢はヒルチャール暴徒の盾に命中。ヒルチャール暴徒の盾が燃え上がり始める。ヒルチャール暴徒は僅かではあるものの痺れているが為に、燃え上がっている盾を振り回して消火することができない。それはヒルチャール暴徒にとって最悪の事態であり、アンバーと瞬詠にとっては絶好の機会だった。
「ヤァッ!!」
「ヤーヴ!!」
リーダーのヒルチャール暴徒を守ろうと、ヒルチャール達は自分達のリーダーを守る為にヒルチャール暴徒の周りを囲み、防御態勢を取る。
「アンバー!!今だ!!」
瞬詠はヒルチャール暴徒を囲んでいる全てのヒルチャール達を見ながら叫ぶ。
「うん!!……雨のような…矢を!」
アンバーはそう叫びながら、燃えるような一本の赤い矢をヒルチャールの上に放つと、次の瞬間には炎の矢の雨がヒルチャールに襲い掛かる。
「ボボボボボボッ!!?」
「ヤアウ!?」
「ヤーウ!?」
炎の矢の雨はヒルチャールの頭上に降り注ぎ、次々とヒルチャール達の体を貫き燃え上がる。そして燃え上がったヒルチャール達は悲鳴を上げながら地面に倒れていく。
「よし!!」
「アンバー!!油断するな!!まだ完全に最後まで終わってない!!」
「えぇ!!」
瞬詠とアンバーはそれぞれ目の前の燃えているヒルチャールを警戒するように片手剣と弓を握りしめる。
「ボフォッ!!…ォッ…ブオッ」
そして、リーダのヒルチャール暴徒は力が尽きたかのように膝を付き、そしてそのまま倒れた。
「ふぅ……。終わったようだな……」
「うん、そうだね。瞬詠」
瞬詠とアンバーはお互いの顔を見合わせて安堵した表情を浮かべる。
「あぁ、ありがとう。アンバー。助かった。アンバー、大丈夫か?怪我とかないか?」
「ううん。私は平気だよ。瞬詠もお疲れ様!!瞬詠こそ大丈夫?」
「自分か?自分は問題ない。アンバーのお陰で無事で済んだからな」
「そっか!良かった!!」
瞬詠とアンバーはお互いに微笑み合う。
「...はぁ、疲れたが何とかなって良かった。にしても何なんだあのヒルチャールの群れの規模は?」
「確かに。あんな数のヒルチャールの群れなんて久しく見たことなかったよ」
瞬詠とアンバーは先程のヒルチャールの群れとの戦いを思い返す。少なくとも20体かそれ以上のヒルチャールがあの場にいた。しかもある程度ではあるが統率が取れていたように思える。
「……何かおかしい気がする。取り合えず念のためにファルカの奴とジンさん、あとできればアルベトやリサさん、ついでにガイアの奴や、おまけに気は乗らないがエウルアにもこの事を…あ」
瞬詠は腕を組み、顎に手をやりながら呟き、西風騎士団の大団長であるファルカとだその次に継ぐ代理団長のジン、また首席錬金術師と調査小隊長のアルベトや騎士団の図書司書のリサ、騎兵隊隊長の頭の切れるガイアやエウルアにもこの事に関して情報共有をしようと考えた時だった。
「……」
「う~ん?うーん?」
瞬詠は顔は動かさずに視線だけアンバーの方に向ける。アンバーは瞬詠と同じく腕を組みながら考え事をしていた。だが、瞬詠と違ってアンバーは体を左右に揺らしながら考えている。
「……」
(アンバーの奴はまだ自分の立場の事を思い出してないようだな)
瞬詠はアンバーのその様子を見て一安心する。アンバーは今現在の瞬詠の立場が、絶対に刻晴であると思われるが、璃月七星が千岩軍に下した命令によって、演習とは言えとでも瞬詠に対し捕縛命令が出されており、その千岩軍に西風騎士団の大団長のファルカが協力してしまっているために、現在本来ならばここで西風騎士団の偵察騎士であるアンバーは瞬詠を捕縛しなければならない立場にあるのだ。
「……うん」
瞬詠は独りでに頷いた。
「…っ」
(よし、逃げよう)
瞬詠は即決すると全速力で走り出した。
「えっ!?瞬詠!?どうしたの!?……はっ!?」
アンバーはなぜか逃げ出した瞬詠を見て驚く。そして遅れてだが、そこでようやくファルカ大団長が自分に課した使命を思い出した。
「待ちなさいよ!!瞬詠!!」
アンバーは既に彼の背中が見えなくなった彼を追いかけるべく、全速力で走り始めた。
「...はぁ、アンバーの奴って。良くも悪くも真っすぐだよな」
(まぁ、そこがアンバーの良いところではあるんだけどな)
そう呟きながらとある木の後ろに隠れていた瞬詠は彼女の走り去っていた方に苦笑いを浮かべながら見つめる。
「……それじゃあ、取り合えず、まずはこの辺りから離れるか...にしても」
(千岩軍で保管していた宝盗団から押収したのを借りた投擲瓶もだいぶ使っちゃったな。アンバーの奴を絶対に守り切るためだったとはいえ......まぁ、幸いにもここまで逃げたなら並みの西風騎士団の人間も千岩軍の兵士もここまで駆けつけるのには時間がかかるし、とりあえずはしばらくの間は平和だな)
瞬詠はそう思いつつこれからどうするかを考えながら、ゆっくりとその場から歩き出した。
「グルルゥ」
「ガルルゥ」
「...なぜ...名前を...くれた、あの男の...あの男から......」
そしてその瞬詠の背中を数匹の狼と、赤い瞳に体つきが逞しく、そして緑のズボンにぼろぼろのフードのような恰好に、背中に雷の神の目、そしてまるで狼の体毛のような長髪の少年が狼達と共に見つめていたのであった。
◆◆◆
「ふぅ~、やっと林から抜けられたな」
瞬詠は毛伸びしながら息を吐く。瞬詠はようやく奔狼領の林を出て高台に出た。左後ろを振り返るとシードル湖とモンド城が見える。
「さて、ここからどうしたものかな?一応この辺りの地理は把握しているつもりだけど……」
瞬詠は右手の人差し指を口に当てながら考える。今の場所を推測するにおそらく、蒼風の高地の清泉町とアカツキワイナリーの中間地点の辺りと言ったところだろう。
「……うん?げぇっ!?」
(おいおいおい!!今度はよりによってお前かよ!!)
瞬詠は不意に視線を感じ、そちらの方に視線を向けて目を見開かせて驚いた。
「ようやく、機会が訪れたわね……瞬詠、今この場で貴方を正当な理由で、あの時の復讐ができるわ」
そこには、もしも今の状況下の瞬詠に絶対に会いたくない人ランキングがあったとしたら、璃月編では璃月七星の“刻晴”、そしてモンド編では堂々の第一位に輝くであろう波花騎士、遊撃小隊隊長の“エウルア・ローレンス”がそこに立っていた。
追記1
・瞬詠の口調がおかしい部分があったので修正
・ヒルチャールの一部表現を修正
・蒼風の高地という用語を追加しました。
追記2
・文字間隔の調整を行いました。