玉衡の元から逃亡したら千岩軍が追いかけて来ていた件について   作:久遠とわ

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完成したので投稿。

今回はオリジナル設定や要素、また考察ネタが発揮しております。

尚、今回も前半と後半に分かれており、前半のメインが煙緋となっております。

また今回の解説に関してですが、今回は無しとします。(本来なら今回の解説は、タイトルにある“影向役者”と“もう一つ”についてですが、“影向役者”の方は本編でも十分に取り扱われ解説されている事、またいずれの稲妻編についての事も考慮したため、“もう一つ”の方は後書きにて理由を記載します)


書状と使者、そして“四人目の影向役者”

「…ふむ、こんなものか。忍さん、外出の支度はどうだ?終わったかな?…今日はいつもより増して、しっかりと身なりを整えないといけないからな。まだ時間に余裕はあるが」

 

外出の身支度を調えていた煙緋は普段の赤い帽子を被り、そして忍の方に視線を向ける。

 

「はい!もう少しで終わります!」

 

忍は少し焦った様子で答える。今の忍はいつも後頭部にて長い髪の毛を纏め縛っていた赤紫色の紐をほどいており、目の前の台に置かれていた置き鏡の前で、改めて下ろしていた髪を普段の髪型に結い直していた。だが自分が納得するような、満足がいく仕上がりでは無かったのか、忍はくしを使いながら何度も何度も髪を整えて、紐で結び直していた。

 

「ふふっ、そんなに慌てなくて大丈夫だぞ、忍さん。…どれどれ、折角だ。今私が結い直してあげよう」

 

煙緋は忍の慌てぶりを少しおかしそうに笑ってから、背後からそっと鏡を覗き込んで、忍の髪を手に取って結い始める。

 

「あっ、す、すみません、先輩。ありがとうございます」

 

忍は少し恥ずかしそうに頬を赤くしながら鏡に映る煙緋と目を合わせて、丁寧にお礼の言葉を述べる。

 

「ふふっ、いいぞ、気にするな。ふむ…う~む。いや、少し違うな。こう、か?いや…」

 

くしを手にした煙緋は真剣な眼差しで忍の髪を結い直していくが、納得いかないと言った様子で首を傾げながら、丁寧に忍の髪の毛をくしで梳いていく。

 

「…」

 

そして忍は置き鏡に映っている真剣な表情で自分の髪を結う煙緋を見つめながら、静かに待つ。忍の瞳には真剣な煙緋の姿が映っていたのだが、忍はどこか煙緋ではなく、別の何かを見つめているようだった。

 

「…」

 

忍は黄昏ているようような、物思いに耽っているようにも見え、そしてどこか懐かしさを覚えるような、そんな表情であった。

 

「むぅぅ……。うん?忍さん、どうしたんだ?そんな表情をして。…もしかして、なにか間違えたか?」

 

煙緋は忍の変化に気が付き、忍に視線を向けて不安げに聞く。

 

「え?あっ、いいえ、その……煙緋先輩に髪を結ってもらっていることにちょっと…懐かしさや、温かみを感じていたんです。…何となく“あの頃”の事を思い出しちゃって」

 

忍は少し慌てた様子で首を横に振りながら答え、そして少し照れ笑いをしながら答える。

 

「うん?“あの頃”だと?」

 

「はい。私がまだ幼かった頃、鳴神大社に送り込まれる前の家にいた頃、そして鳴神大社に送り込まれた後の修行の合間、時折私の姉の幸が、こうして私の髪を結ってくれたんです。……幸の温もりを持った手、それを煙緋先輩から感じとってしまって、つい感慨深い気持ちになってしまいまして……」

 

忍は懐かしそうに目を細めながら、少し恥ずかしそうに頬を掻くが、その表情はとても穏やかで、優しさに満ち溢れていた。

 

「そうなのか……ふふっ、ならば___」

 

煙緋はそんな忍の様子を見ながら、穏やかに微笑む。そしてふと、煙緋はちょっとした悪戯でも思いついたような表情になった。

 

「___私の事を“煙緋先輩”ではなく、“煙緋お姉ちゃん”と呼ぶと良いぞ?」

 

「っ!?えぇっ!?」

 

煙緋は忍の両肩に優しく手を置いて、そして優しく忍の耳元で囁くように、忍にそう言い、忍は煙緋のまさかの言葉に鳥肌が立ち、忍の身体が僅かにビクンと跳ね上がった。

 

「ど、どうしてですか!?煙緋先輩!!私の事をからかっているのですか!?」

 

忍は思いもよらなかった煙緋の言葉に、思わず狼狽して、煙緋の方に振り向いた。

 

「ふふっ、さぁ?…ただ、お姉さんの温もりのある手、それが私のこの手と同じだというのなら、つまり私は忍さんのお姉さんであるということなのだと思ってなぁ?」

 

「なに言っているのですか!?煙緋先輩!?」

 

煙緋は悪戯っぽく微笑みなが、忍の両肩に両手を置いて、少しおどけた口調でそう言い放つ。それに対して忍は顔を真っ赤にし、思わず大声を出してしまっていた。

 

「まぁまぁ、忍。煙緋お姉ちゃんがしっかりと忍の髪結いをしてあげるから、もう一度前を向いてくれ」

 

「なっ!!からかってますよね!?それ絶対にからかっていますよね!?煙緋先輩!」

 

「ふふっ、さぁ?どうだろうなぁ?」

 

忍は大声を上げて、顔を真っ赤に染めながら、大いに慌てて、煙緋に抗議するが、煙緋はニヤニヤと笑みを浮かべており、忍の言う事をまともに取り合おうとはしなかった。

 

「もう!本当にいい加減にしてください!!煙緋先輩!!先輩!!くしを返してください!!自分で自分の髪を結います!!」

 

「ふふっ、ははは!いやいや、だめ、だめだぞ。忍、前の置き鏡の方に顔を向けてくれ。忍の髪は煙緋姉さんが結ってあげるから、大人しくしているんだぞ?ほら、前を向いた向いた」

 

「いやです!!くしを返してください!!煙緋先輩!!返してくれないなら、もう!私怒りますよ!?くしを奪い返すまでです!!」

 

「おっと!?…おやおや~、煙緋お姉ちゃんに反抗する気か~?」

 

恥ずかしさのあまりに忍は立ち上がり、くしを取り返そうと煙緋に掴みかかろうと、煙緋へと手を伸ばす。対する煙緋は寸前で忍の手からくしをよけ、忍の事をおちょくるように、ニヤニヤと笑いながら後ろに下がって、その場を避けた。

 

「くぅぅっ!!煙緋先輩!もう!いい加減にしてください!!もう怒りました!!くしをむりやりでも奪い取ります!!」

 

「おっと、悪い子だなぁ、忍。奪い返せるものなら、奪ってみるが良い。ほら、かかってくるがいいぞ?忍さん?」

 

忍は顔を真っ赤にしながらそう言い放つと、煙緋は普段は見せない感情を露にした忍のその姿を見て、さらにおちょくるように言葉を放ちながら、忍の事をノリノリでおちょくるように揶揄っていく。

 

「煙緋先輩!!もう!!もう!!怒りましたから!!くしを返してもらいます!!」

 

そうして忍は煙緋のその態度に、さらに腹を立てた様子で、本気で煙緋からくしを奪い取ろうと、煙緋に向かって掴みかかった。

 

「おっと!っ!!ふんっ!!ふふっ!!」

 

対して煙緋は忍の突撃をひらりと躱し、忍の追撃を避けながら動き回る。

 

「っ!!ふっ!!あっ!?」

 

「っ!!っぅ!!くっ!?」

(しまった!?くしが!!)

 

その時、忍のくしを奪わんと迫る手をひらりひらりと躱し続けていた煙緋は、忍の手を回避しようと少し大きく動いた際に、たまたまくしを握っていた手が滑って、くしを手放してしまう。くしはちょうど、煙緋の真後ろ、煙緋法律事務所の出入り口である扉の近くへと転がり、滑って行ったのだ。

 

「っ!!煙緋先輩!!返してもらいますよ!!」

 

「っぅ!?させないぞ!!忍さん!!ぐぅっ!?」

 

煙緋の手からくしが飛んで行ったことにチャンスと見た忍は、煙緋の後ろにあるくしを取り戻さんと煙緋の真横をすり抜けようとし、煙緋に向かって突撃していく。だが次の瞬間、煙緋は両腕を広げて忍の突進を煙緋は食い止める。しかし、相当の衝撃が煙緋の身体に襲い掛かったのか、煙緋が被っていた帽子が、ぽてっと床に落ちてしまった。

 

「っぅ、はぁ、はぁ、やったなぁ?忍さん?っぅ!!」

 

そして忍の突進を受け止めることに成功した煙緋ではあったが、忍の飛び掛かってくる勢いが強く、衝撃を全て吸収しきれずに、少し苦しそうな表情をしてしまう。だが、直ぐにニヤリと笑いながら、忍の背中や腰に回していた両腕をギュッと締め、忍のことを抱きしめ、そして忍を後退させるように、忍の身体を後ろへと引っ張りつつ、体重を忍に掛けていく。

 

「っぅ!?くっ!!私と力比べでもしたいんですか!?煙緋先輩!!いいですよ!!負けませんよ!!受けて立ちます!!ふんっ!!」

 

忍は煙緋に突撃を防がれたことを理解すると、足を踏ん張りながら煙緋の背中や腰に回した両腕、そして自身の身体でもって煙緋のことを押し返そうとする。

 

「っぅ!!っ!!やるな!!忍さん!!絶対に倒してやるぞ!!」

 

「っ!!ぐっ!!煙緋先輩!!絶対に負けませんからね!!負かせてやります!!」

 

煙緋と忍はお互いの強靭な力や拮抗する力を、全身で感じるように歯を食いしばりながら、一歩も譲らずに押し合う。

その場で膠着状態になってしまっていた二人は額に少し汗を滲ませながら、相手を睨みつけながらも笑みを向けて、一歩も引かないようにお互いを抱きしめる力を強めてお互いの身体に巻き付けあった両手、そして両脚により一層力を加えつつ、自身の身体で相手の身体を押し倒そうとする。それはまるで相撲の取り組みのような押し合いであった。

 

「ぐっ、くぅっ、っぅ」

 

「くっ、ぅ、うぅぅ」

 

忍と煙緋の身体は、一歩も引かぬように抱き付き合ってお互いを引っ張り合い、相手を押し倒そうと足を踏ん張りながら、相手の力を押し返すべく全力で押し合っては、倒さんと自らの足を相手の足に掛け、絡ませ、そして相手を倒さんと全身の力を使って押し合いをしていた。

 

「っぅ、うぅぅっ!!」

 

「っ!?くっ!!」

 

煙緋は目を見開く。忍との押し合い、勝負に負けるもんかと、煙緋が渾身の力を振り絞ったその時、煙緋の身体が前に傾き始め、足が少しだけ浮かび上がってしまった。煙緋の背中や腰辺りを抱き付かれている忍に少しだけ身体を持ち上げられ、そのまま僅かだが押されてしまったのだ。

 

「っ!!ぐぅっ!!」

 

忍は煙緋がほんの少しだけ身体を押した瞬間、自分が勝てると確信した表情を浮かべた。そしてそのまま更に力強く、煙緋のことを押し倒さんと力を込めていく。

 

「っぅ、ぐうぅっ!!っぅ!!負けないぞ!!」

(っ!!こうなったら、一か八か!!)

 

だが、その次の瞬間、煙緋の表情が変わった。先ほどまでの苦しそう表情とは一変し、僅かに好戦的な笑みを浮かべて口角を上げる。

 

「ふっ!!」

 

そして煙緋は不安定ながらも足を忍の方へと踏み出し、そのまま忍の足を払い除けるように力を込めた。

 

「っ!!くっ___あっ!!」

 

「ぐぅっ!!」

 

ドサッと、忍はバランスを崩されて、背中から床の方へと倒れこんでしまう。そして忍が床へと押し倒された瞬間、煙緋も身体の勢いを止めれずにそのまま忍を覆うかのように、前のめりになって倒れ込む。煙緋の足払いによって、忍は床に押し倒されて、その上に煙緋の身体が倒れ込んだのだ。

 

「っぅ、っぅ、はぁ、はぁ…」

 

「はぁ、はぁ、はぁ…ははっ」

 

煙緋に倒された忍は煙緋に床に押し付けられる形になって、床へと倒れ込む。忍は少し苦し気に、そして少し悔し気に息を荒くしながら、煙緋のことを見上げている。そうして煙緋はそんな忍の事を見下ろしながら、乱れた呼吸をそのままに、小さく笑みをこぼしていた。

 

「ふぅー……いやぁ、危なかったぞ、忍さん。だが、私の勝ちだな?」

 

「っぅ、はぁ、はぁ……ふぅ……そうですね、私の負けです」

 

煙緋は忍に覆いかぶさるようにしながら、床に倒れ込みつつ、勝ち誇った様子でそう言ってくる。そんな煙緋の勝ち誇った様子に対して、忍は悔しそうにしつつも、どこか清々しくも見える表情でそう言い返していた。

 

「ふふっ、それじゃあ、忍さん。大人しく置き鏡の前に座って、私に忍さんの髪を結わせてもらおうか?」

 

「…はい、分かりました。煙緋___」

 

忍が煙緋の呼びかけに素直に応じようとした、その時であった。

 

「こんにちは、煙緋さん、忍さん。お邪魔します。早く来すぎ___わぁっ!?」

 

その時、煙緋法律事務所の入り口が開かれる。煙緋の法律事務所に煙緋の先輩であり、月海亭の瞬詠の同僚で、璃月七星全員の秘書を務めている甘雨が煙緋法律事務所にやってきたのだ。そして甘雨は視線を下ろすと甘雨の足元の近くで、床に倒れ込んでいる忍と煙緋の姿を見て、驚きの声を上げて目を見開き、口を両手で覆ってしまう。

 

「あ、甘雨先輩…」

 

「あ、甘雨さん…」

 

煙緋と忍は、突然事務所にやって来た甘雨の姿に目を丸くする。

 

「あ、え、えっと、え、煙緋さんが、し、忍さんを押し倒して、し、忍さんが、煙緋さんを見上げて、え、え、な、なにを、なにを!?…え、えぇっ!?」

 

甘雨はあわあわと混乱したように、目を泳がせながら、途切れ途切れの言葉を放つ。目の前の状況に理解が追いつかないのか、甘雨はあわあわと目を回してしまっている。

 

「あっ、甘雨先輩!!違うんです、これは……」

 

「か、甘雨さん!!こ、これはだな!!」

 

床に倒れ込んでいた忍と煙緋はそんな甘雨に対して、少し焦りの混じった声で誤解を解こうと声をかけるが、甘雨はあわあわと混乱して二人の姿を交互に見つめている。

 

「い、いえ、その……だ、大丈夫ですから……わ、私は何も見ていないので!!も、問題ありません!!煙緋さんと忍さんが実は、そ、その、そのような関係であったのだとしても、わ、私は特に気にしませんので!!」

 

だが、甘雨は目をグルグルと回し続けながら、焦ったようにそう言い返してくる。

 

「いや待ってください!!甘雨先輩!!」

 

「甘雨さん!待ってくれ!これは、誤解だ!!」

 

煙緋と忍は激しく焦りながら立ち上がり、そして動揺しながら甘雨に対してそう叫ぶ。甘雨がとんでもない誤解をしてしまっているのはどこからどうみても明らかだ。

 

「だ、大丈夫ですよ、煙緋さん!!忍さん!!私、見なかったことにしますので!!そ、それに、その、え、えっと、えぇっと、そ、そう、お、応援を、私は応援してますので!!」

 

甘雨は目を大きく見開き、そして顔を真っ赤に染めながら、あわあわと混乱した様子でそう言い返してくる。どうやら完全に甘雨は煙緋と忍の二人は、そういう関係であったと勘違いしてしまっているようだ。

 

「甘雨先輩!!お願いですから落ち着いてください!!誤解ですから!!」

 

「甘雨さん!!違うんだ、話を聞いてくれ!!」

 

煙緋と忍は必死に説得を試みる。酷く盛大に勘違いしている甘雨を、一刻も早く正さなくてはいけない。このままでは、なにかとんでもなくヤバい噂が璃月港中に、しいては璃月中の間で広まってしまうかもしれない。

 

「え、えっと、そ、その……煙緋さん、忍さん、ほ、本当にすみませんでした!!今度から時間通りに、ちゃんと来ますので!!だ、大丈夫です!お二人の邪魔はしませんので!そ、それじゃあ!!」

 

甘雨は顔を真っ赤にして、必死に弁解しようとしている煙緋と忍に背を背けて、その場から逃げ出そうとする。

 

「待ってください、甘雨先輩!!くっ!!忍さん!!」

 

「だから甘雨さん、話を聞いてください!!っぅ!!はい、煙緋先輩!!」

 

その瞬間、煙緋と忍は同時に、そんな甘雨のその肩を掴み、そして羽交い絞めにして甘雨のことを抑え込む。

 

「ひぃっ!?煙緋さん!?忍さん!?いったい、な、なにを!?」

 

「甘雨先輩!!すみません!!一度大人しくしてください!!」

 

「甘雨さん!!落ち着いてください!!一度事務所の中に入ってお話しましょう!!」

 

煙緋と忍に羽交い絞めにされた甘雨はまさか二人に羽交い絞めされるとは思っていなかったのか、悲鳴を上げて涙目を浮かべ、逃げ出そうと必死に手足をバタつかせてくる。

 

「甘雨先輩!!本当に申し訳ない!!こちらへ!!」

 

「甘雨さん!!すみません!!中に入ってください!!」

 

煙緋と忍は二人掛かりで、事務所の中に無理やり甘雨のことを事務所内に引きずり込んでいく。

 

「ま、待ってください!!や、やめてください!!煙緋さん!!忍さん!!お願いだから、離してください!!い、いや、いやぁぁあああぁぁ!!」

 

そうして絶叫する甘雨は、抵抗空しく、煙緋と忍に事務所の中へと連れ込まれてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___まぁ、煙緋さんと忍さんは、かれこれ長いお付き合いというなるわけですし…そういう関係になっても、不思議はなさそうな感じがしますね…?」

 

「か、甘雨先輩…。もう本当に勘弁してください…。わ、私達は、ただの師弟関係なだけなんだ……」

 

「甘雨さん…。本当にもうその話をしないでくれ……。私の心臓が保たない……」

 

甘雨がそう言いながらジト目を送り、それに対して煙緋と忍は二人揃って顔を真っ赤に染めながら、消え入りそうな声で甘雨にそう訴えかける。なんだかんだ甘雨は煙緋と忍達に無理やり事務所に引きずり込まれた事に根を持ち続けていたのか、その話をネタにして煙緋と忍を揶揄い続けて口撃を行う事で、煙緋と忍の心やメンタルを攻撃を行い、そうして煙緋と忍の羞恥心を煽って、煙緋達を悶絶させているのであった。

 

あの後、煙緋と忍達によって事務所内に引きずり込まれた甘雨は、煙緋と忍に羽交い絞めにされた状態で椅子に座らされ、そしてそんな甘雨の前に大慌てで煙緋と忍が説明を事情の説明を行ったり、完全にパニックに陥っていた甘雨が煙緋達の説明を間違った解釈をして、更に大混乱に陥ったりと、事務所内は混乱を極めた状態になっていた。だが大混乱していたが、それが一周回って、逆に双方ともに冷静になれたのか、最終的に甘雨は納得した様子を見せ始めて、ようやく騒動は落ち着いたのである。

 

そうして、煙緋と忍は身支度を改めて整え、正式に“使者”として二人を迎えに来た甘雨と共に煙緋の法律事務所を後にし、三人は最終的な目的の場所、そしてその最終的な目的の場所の途中にあるとある場所、その場所でとある“人物”と合流する為に、まずはその場所へと足を進めたのであった。

 

「___だが、甘雨先輩。本当に普段の服装で良かったのですか?やろうと思えばもう少しちゃんとした服装も用意できたのが……」

 

煙緋は甘雨の隣で、そんな疑問を口にする。

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。この場合、“あの人”はそんな細かい事には拘らない人ですし、それに例え普段と違ったものを着てしまい、それが原因で堅苦しくなってしまって、普段の煙緋さんの調子が出せない方が問題です。そちらの方が“あの人”は困ってしまいます。それならば自然体のまま、いつも通りの煙緋さんでいた方がずっと良いでしょう。それに___」

 

甘雨はそんな煙緋に対して笑みを浮かべて返答し、更に続けて口を開く。

 

「___私の主とも言える璃月七星のリーダー、『天権』の“凝光”さんなら、煙緋さんの普段通りの姿の方が喜ばれるはずですから」

 

甘雨は真面目な表情を浮かべると、そう口にする。

 

「そ、そうですか…。まさか、この前、瞬詠が“凝光”殿になにか伝言はないかと言われたから、私は瞬詠に『一度直接お会いして、今の法律、そして凝光殿の法案や凝光殿の法案をベースに私が考えた法案に関して話し合う機会を設けて頂けないだろうか』とお願いしたのだが、こんな、あっさり、しかも、こんな早く対応してくれるとは……」

 

「そうですね、煙緋先輩。あいつ、煙緋先輩の法律事務所を瞬詠が離れてから、数日しか経っていないのに直ぐに璃月七星“天権”からの書状が事務所にやって来て、しかもわざわざ私達のために天権の凝光様が予定を調整、そしてこうして私達二人が“天権”の凝光様の元、あの人の“群玉閣”に赴く事を許可して頂けるとは……」

 

煙緋と忍は、書状に記されていた事を思い出しながら、そんな会話を交わす。

 

「ふふっ、煙緋さん、忍さん、お二人ともそんなに緊張なさらず、気楽にしてください。凝光さんは、本当にお二人に会う事を楽しみにしておられます。それに、凝光さんは煙緋さん、それに忍さんの事も非常に重要視されていますから、お二人がいらっしゃったという事で、喜んでくださいますよ」

 

甘雨はそんな煙緋と忍の二人の緊張を解きほぐすようにそう声をかけてくる。

 

「凝光さんは常に私からの報告やお話、また瞬詠さんからの報告や話を聞いていて、普段のお二人の活躍や璃月への貢献、これらお二人の業績を高く評価しています。そしてこの前、瞬詠さんが煙緋さんの事務所に差し入れを行った日。あの日、瞬詠さんが凝光さんのいる群玉閣を訪れて、瞬詠さんが凝光さんに煙緋さんの伝言を伝え、そうして瞬詠さんと凝光さんが真剣な面持ちで話し合いを行った結果、煙緋さん達の今日この日、今回の群玉閣への来訪が叶ったというわけです。ですから、お二人は大船に乗ったつもりで、堂々と、そして少しリラックスをしながら、普段通りに臨んでいれば、何も問題はないと思います」

 

甘雨は優しい笑みを浮かべながら、煙緋と忍にそう説明する。

 

「そ、そうですか?それなら良いのですが……」

 

「そうですね……。甘雨先輩、ありがとうございます」

 

そんな甘雨の助言に、煙緋と忍は心底安心したような表情を浮かべる。

 

「…うむ、流石瞬詠、今は“玉衡”刻晴の直属の部下であるが、その前は“天権”の直属の部下として務めていただけある。まさに部下としての有能さを遺憾なく発揮してきたからこそ、凝光殿は更に瞬詠を信頼し、そうして彼の報告や話、そして助言が信頼に値するものであったからこそ、ここまでの速さで、ここまでの手配を済ませてくれたというわけだな。今度瞬詠とあったら、お礼を言わないといけないな」

 

煙緋は納得するようにそう口にする。

 

「えぇ、その通りですね。煙緋先輩。私達の為に、わざわざ璃月七星である凝光様との予定の調整までしてくれたんですから…。瞬詠、あいつは本当にこの璃月港で、色々と仕事等を頑張っているようです。…流石、『四人目の影向役者』と呼ばれていた男ですね。瞬詠は……」

 

忍も納得した様子で、煙緋の言葉に同意するように頷く。

 

「うん、『四人目の影向役者』だと?忍さん。なんだ、それは?」

 

煙緋は、忍が口にした聞き捨てならない単語を耳にして、そのまま言葉を投げかける。

 

「『四人目の影向役者』ですか?そうですね…。実のところ、私も細かい事、最終的に鳴神大社の巫女にならなかったため、詳しい事はよく分かりません。…ですが___」

 

忍は思い出すかのように視線を上にやる。そうしてある程度、思い出したのか視線を煙緋の元に戻して、口を開く。

 

「___ただ私の故郷である稲妻の稲妻城、その城下町の花見坂でよく天領奉行の一部の武士達が口にしていた事なんです。『今日もあの“四人目の影向役者”は稲妻城の鍛錬場で“大将”直々の猛修行を受けている』だとか、『部外者であるあの“四人目の影向役者”が、“大将”や大将達のあの地獄のような無茶苦茶な鍛錬や修行をこなしている』。あとは、『聞いて見たところ彼曰く、大切な者達や仲間達を守り抜くため、そのためには手段など選んでいられないとな。彼ら、そして彼女の全てを学び、その全てを必ず自分の物としてやる…だそうだ。俺達も、あの“四人目の影向役者”に負けないよう、もっと頑張らないとな?』とか、それに『あの“四人目の影向役者”、上手く完全に天領奉行に引き込められないのか?あの男が所属している南十字船隊からな。…それにあの男、どうやら“将軍様”から興味を持たれているようだし。…本当に彼は、俺達と同じ人間なのか?』などを、それらを花見坂にいた武士達から、よく聞いてきたんです」

 

忍は思い出しながら、頷きながら、そう煙緋に説明する。

 

「ふむ……。ふ~む、なるほど」

(瞬詠の過去、稲妻に立ち寄っていた頃のかつての瞬詠というのは、そのような人物であったのか…。うむ、そうか)

 

煙緋は、忍の口から出てきた瞬詠の過去の話に思考を巡らせ、表情には出さないが内心で驚きを隠せずにいた。そして、納得する。

 

 

普段から優し気な笑みを浮かべながら、また面白い事や楽しい事を考え、そしてよく仕事で、それこそ毎日のように甘雨を振り回して、そうして甘雨から毎日のように説教を食らっている、そんな瞬詠が絶対に見せてこなかった、かつての彼の過去の一端。そして、それは彼が真剣な時や真面目な時に見せてきた、その眼光の鋭さ。

 

瞬詠が予告として『ファデュイの陰謀渦巻く、“北国銀行開業案件”』を、自分に話した時に、覚悟を決めたかのような、その姿。今更であり、なんとなくでもあるのだが、先ほどまでの話や今までの自分が把握している瞬詠の悲惨な過去、そしてそれらが合わさり改めて、あの時の彼が浮かべていた表情や彼の瞳の中にあった覚悟の籠った眼差しの意味を理解する。

 

 

それはもしかしたら、“結果的に自身の身に死というものが訪れてしまったとしても、それを冷静に受け入れつつ、だがそんな死を甘んじて受け入れることもしなければ、しかし自身の破滅さえも恐れない。ただただ、どこまでも与えられた役割を果たし、課せられた責務を遂行する事で、この璃月を、そして自身の大切な人達を必ず守り抜くという覚悟の篭った瞳”だったのではないかと。

 

 

 

「…ふむ、そうか、そうか。…本当に瞬詠には、驚かされっぱなしだな…。うむ、そう言えば忍さん」

 

煙緋は静かにそう呟くと、何かを思い出し、視線を忍の方に向ける。

 

「はい、なんですか。煙緋先輩」

 

「いや、そう言えば、そもそもその“影向役者”ってどういう意味なのだと気になってな…。それはどういう意味なんだ?」

 

煙緋は、そう言って首を傾げる。

 

「そうですね……。すみません、私には詳しい事は分かりません」

 

忍は申し訳なさそう表情で、煙緋に対して謝罪する。

 

「ふむ……、そうか。いや、良いんだ。気にしないでくれ」

(今度機会があれば、瞬詠に直接『四人目の影向役者』の意味について聞いて見るとしようか)

 

忍の言葉に煙緋は首を横に振って、そう心の声で呟く。

 

そしてその時であった。

 

「煙緋さん、忍さん。影向役者についてですが…。えっと、確か“影向役者”というのは『かつて影向山で影向天狗に修行をしてもらっていた者達のこと』らしいですよ。より正確には、“影向役者三人組”と呼ぶそうですね」

 

甘雨は、煙緋と忍の会話に対して、そんな補足説明をする。

 

「なるほど……。影向役者三人組ですか……」

 

「えっ…?そうだったんですか?甘雨さん、知らなかったです。…もしかして、以前に八重様が教えてくれたりしたんですか?」

 

煙緋と忍は、甘雨の説明に感心したような反応を示す。

 

「はい、そうです。あれはもう、少なくとも五十年以上前だったかなと思いますが、その時に八重さんと直接お会いする機会が訪れて、その時に八重さんから教えていただいたんです。『影向役者三人組 』の三人と八重さんの師匠の“狐斎宮”さん含む『雷電将軍の盟友達』、そして稲妻の将軍様である『雷電将軍』本人とのそれぞれの関係性、その関係や関わり合いについて色々と教えていただきました。ふふっ、八重さんが教えてくれた“影向役者三人組”のお話はとても興味深くて、特に“惟神晴之介(かむらはるのすけ)”さんの話、彼はかつての“古の故国”が大陸全土に総攻撃を始めた前よりも古い、もう五百年以上前の人物なのですが、実は私達、璃月の仙人達との関係がある事。また“浅瀬響(あさせひびき)”さんの話も、彼女は立場が八重さんと似たような事でかつ、また狐斎宮さんとの関わりあいもあった事から、とっても興味深くて面白い話が色々と聞けました」

 

甘雨は以前の出来事を懐かしむように笑みを浮かべ、二人にそう話す。

 

「なるほど、そうだったのですか…」

 

忍は甘雨の話を聞きながら、納得したように頷く。

 

「なるほど……。そうなのか……。ふむ、甘雨先輩。その“影向役者三人組”について、もっと詳しく教えてもらえないだろうか?」

 

煙緋は、甘雨に期待をこもった目線を向けながら、そう問いかける。

 

「えぇ、良いですよ。えーっと…」

 

甘雨がそう言って、煙緋の質問に答えるために考え始める。

 

「___ぐぁっ!?ぐぅっ!!離せ!!離せぇ!!解放しろ!!なんで和記庁の役員である俺が捕縛されなきゃならねぇんだよ!」

 

「黙れ!!貴様は月海亭、並びに総務司より“特定機密情報漏洩違反”の疑いがあるとして捕縛命令が出ている!!大人しく我々に付いてこい!!」

 

「この件の話や、お前の言い分は総務司でじっくりと聞いてやる!!いいから黙れ!!大人しくしろ!!」

 

「ふざけんな!!俺はなにもしてないし、なにも知らない!!俺はそもそも“特定機密情報漏洩違反”なんかしてない!!そもそも俺は“裏切り者”なんかじゃねぇ!!」

 

「うるさい!!それを確認、検証するための為にも、まずは総務司に連行した上での取り調べだ!!抵抗するな!!黙って付いてこい!!」

 

「そうだ!!それに我々の事情聴取を拒否し!!あまつさえ我らから逃走を図り、ここまで暴れて抵抗するなんて時点で、お前はもう十分にその疑いが濃厚になったようなものだ!!総務司で取り調べを受け、徹底的に調べてもらった方が身のためだぞ!!」

 

その時、甘雨の背後から男達の怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「うん、なんなんだ?」

 

「っ!?」

 

煙緋と忍は背後で尋常では有り得ない、騒がしい声や物音がしている事に気がつき、驚いたように背後を振り向く。

 

「なんだ?何か起きたのか?」

 

煙緋は目を丸くしながらも、そう呟きながらそれらを見つめる。

 

「ぐぅっ、離せ!!離せぇ!!お前ら!!こんなことしてただで済むと思うなよ!?」

 

「黙れ!!大人しくしろ!!」

 

「うるさい!!よし!!そのまま腕を抑えろ!!このままこの男を拘束する!!」

 

「はっ!!おい!!いい加減に大人しくしろ!!この璃月の!!我ら、岩王帝君の民の恥晒しが!!貴様は更に岩王帝君に対して、また仙人様達の顔に泥を塗るつもりか!?」

 

「うん、どうしたんだ!?」

 

「えっ?なになに?どういう事?」

 

煙緋と忍の目の前では、上質そうな服装を着こんだ男が地べたへと組み伏せられ、その上には鎧を身につけた大勢の千岩軍の兵士達と思しき者達が、さらにはその周りにはその騒ぎを見るために集まった野次馬達が、その地べたに押し倒されている男の方に目を向けていた。

 

「…はぁ、“また”ですか」

 

そしてその光景を黙っていた甘雨が、呆れた表情でそう呟く。

 

「“また”ですか?…甘雨先輩、これは一体どういう状況なんですか?」

 

煙緋は、甘雨の言葉に引っかかりを覚え、彼女に問いかける。

 

「えぇっとですね……、実は最近、本当につい最近になってから、始まった事なんですが…。私は詳しい事は知らないのですが、総務司の千岩軍の一部の兵士達、彼らが総務司、そして月海亭からの指令を受けて、一斉に私達と同じ月海亭の職員達の事情聴取を行ったり取り調べ、また七星八門の公的機関で働いている職員や役員達を対象に、同様の聞き取り調査を行い始めたんです」

 

「事情聴取や取り調べだって?」

 

「聞き取り調査ですか?」

 

煙緋と忍は甘雨のその言葉に目を丸くする。

 

「はい、それに極一部の人達だけではありますが、総務司へと連行されたりしているんです。しかも、その強制調査対象や取り調べ対象者というのは私達だけではなく、璃月中にある商会達の関係者だったり、普通の一般人だったり、時には冒険者協会の関係者でも、本当に多岐にわたって千岩軍からそれらを受けているようです。…流石にここまで激しいやり方ではありませんが、それでも官民関係なく聞き取り調査がされているとの事です」

 

「なるほど……。因みに最近始まった、というのはどれくらい前からなんですか、甘雨先輩?」

 

「えぇっと、本当に最近ですよ…。えっと、確か___」

 

甘雨は煙緋の問いかけに対して、思い出すように目を瞑る。

 

「___はい、瞬詠さんが煙緋さんの法律事務所に差し入れを行った日。その翌日から、一斉に始まりました」

 

「瞬詠が私の事務所を訪れた、その翌日から……?」

 

「___はい、そうです」

 

甘雨は煙緋の言葉に静かに頷く。

 

「私の事務所を訪れた、その翌日から…ふむ」

 

煙緋の中で甘雨のその言葉が反芻される。そして、その日に瞬詠が言っていた言葉を思い出す。

 

 

 

 

___煙緋はここ最近『身の回りで怪しい事や不審な出来事』、もしくは『この辺りで挙動がおかしい人物や怪しい人物、また不審者等を見た』とかはしていないか?

 

 

___そうか、ありがとう。まぁ、もし何かあったら、いつもこの近くの見回りをしている巡回中の千岩軍や総務司に報告や相談するなりすると良いぞ。それか普段、自分や甘雨がいる月海亭まで来てくれれば、いつでも自分が相談に乗るからな

 

 

 

 

「…いや、まさかな」

(まさかだとは思うが…。うむ、それは少し考えすぎか)

 

煙緋は、瞬詠から言われたそれらの言葉を思い出し、そこからとある考えが浮かび上がり、首を横に振ってその考えを否定した。

 

「煙緋さん?どうかしましたか?」

 

甘雨が不思議そうに首を傾げ、煙緋へと声をかける。

 

「あっ……いえ、なんでもないです。甘雨先輩。それよりも、早く“例”の場所へ行って“彼”、“瞬詠”と合流しましょう」

 

煙緋は慌てたように首を横に振ると、甘雨に笑みを浮かべながら、そう言った。

 

「はい、そうですね。行きましょう、煙緋さん、忍さん」

 

「はい、甘雨先輩」

 

「はい、甘雨さん」

 

甘雨は煙緋の言葉に頷くと、歩き出す。そして煙緋と忍も頷くと、彼女の後に続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

「…」

 

太陽も頂点に差し掛かり、そろそろ昼時といった時間帯の璃月港。その璃月港のとある建物の屋根の上で、一人の女性、“夜蘭”がただ独り、少し気持ちよさそうに、自分に吹いてくる気持ちの良い風を身体で受け、目を瞑りながら身を任せていた。

 

「ふふっ、本当に風が気持ちいいわね……」

 

夜蘭はそう呟きながら、風に靡き、顔にかかる自身の髪を手でそっと払う。

 

「___夜蘭様」

 

すると、背後から夜蘭の名を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「あらあら、もう“定期報告”の時間だったわね…。ふふっ」

 

夜蘭はそう言いながら、声のした方へ振り返る。

 

「さて、報告をお願い…。状況は?」

 

そして落ち着いた口調で、夜蘭の後ろに控えている普通の璃月洋装の服装をしていた、一般人に扮していた女性、『密偵防諜部』の構成員であるその者に対して、夜蘭がその人物に問いかける。

 

「はっ、それでは報告させていただきます。現在“故郷を忘れた同郷”達に大きな変化は無く、今現在も情報収集、諜報活動を続けております」

 

「うんうん、それで?」

 

夜蘭は、その者の言葉に頷く。

 

「そして、現在我らが彼らに対して行っている例の“内通者・協力者名簿”を利用した“故郷を忘れた同郷”達へと散布を行っています“偽情報”、それらの情報の拡散、並びにそれに伴った“攪乱工作”も順調に進んでおります…。ただ一つ、懸念事項がありまして…」

 

「ふぅん…?なんなのかしら?続けてちょうだい」

 

夜蘭は面白そうに微笑みながら、報告者の言葉に静かに耳を傾ける。

 

「はい、実は彼らが利用している“暗号”、それらの中に新たな暗号、“夜泊石”という暗号を確認しまして、それを彼らの中の一部の者達が利用しているようなのです……」

 

「“夜泊石”?…へぇ、“夜泊石”ね?それって、つまり?」

 

「はっ、確証はありませんが、おそらく彼らの内の一部の者達が、我々“密偵防諜部”の存在、それに気づいてしまった可能性があると思われます……」

 

「あらあら?…ふふっ、あはは!」

 

夜蘭は報告者の言葉に、おかしそうに笑い始める。

 

「ははは、面白いわね。成程ね~。流石、“彼ら”ね…。ふふっ、そう来なくっちゃね。…随分と面白くなってきたじゃない?」

 

夜蘭は、そう言いながら、その者の報告に嬉しそうに笑う。

 

「…」

 

そしてその者は黙りこくる。少し不安そうな表情を浮かべながら、夜蘭を見つめる。

 

「…あら?どうしたの?心配なのかしら?」

 

夜蘭は微笑みながら、その者を見つめる。

 

「いえ、そのようなことはございません」

 

その者は夜蘭の言葉に首を横に振ると、落ち着いた口調でそう言った。

 

「ふふっ、あら、そう?…まぁ、心配になるのも、無理はないことね。だって、今私達が相手しているのは、“スネージナヤ”、このテイワット大陸で最強の国力を誇る氷の国であり、その武力や軍事力と言うという面でも、璃月は愚か、他の国家にも追随を許さない、まさにこのテイワット大陸の頂点に君臨すると言っても過言ではない国なんですもの…」

 

夜蘭はそう言うと、後ろを振り返る。夜蘭の視線の先には月海亭が映る。

 

「客観的に述べれば“スネージナヤ”、そしてそのスネージナヤの“ファデュイ”っていう組織は、非常に強大な組織で、ファデュイの11人の執行官達はおろか、通常のファデュイの構成員ですら油断できない…。それが事実。彼らはこのテイワット大陸の中で最強の組織であるとも言えるもの…。だけどね?彼らは圧倒的な強者ではあるけど、決して無敵な存在ではないのよ」

 

夜蘭は静かにそう言い切る。彼女の目は、まるで獲物を狙う狩人のように鋭くなっていた。

 

「……瞬詠が言っていたでしょ。『“ファデュイ”というのは非常に強大な相手だ。正直、俺達が彼らを抑えるなんて言うのは無理だと思うだろ?…だがしかしだ。もはや無敵にしか思えないファデュイには、無視できない“とある事情”を抱えている。…この難題を完璧に解き、最適解を導き出すためには、ファデュイの“その事情”やそれに伴う“とある特性”を利用すれば良い』ってね?」

 

「…長官が言っていた“あれ”ですか?」

 

「えぇ、そう。『ファデュイそのものを、そのまま“視る”な。一度分解してから、それらをじっくりと“視ろ”。…簡単な話だ。大きな問題を片づけられないのは、その問題をそのまま片付けようとするからだ。まず大きな問題を片づける時にすべき事は要素事に個々に、全てバラバラにしてから、もしくは細分化してから、一つ一つを丁寧に片付けていくんだ。…だから、まずやるべきこと。それは、ファデュイの“各個分断”だ。彼らを細分化しろ』、瞬詠、こう言ってたでしょ?」

 

夜蘭はそう言いながら、静かに微笑む。

 

「はい、確かにおっしゃっておりました……」

 

その者は夜蘭の言葉に静かに頷く。

 

「ふふっ、なら良いわ……。さてと、確認したい事があるのだけれど…。貴女、“気づいている”のよね?」

 

夜蘭は振り返ると、小さく静かに微笑みながら、その者を見つめる。

 

「…申し訳ありません。”気づいてはいた”のですが、私には追い払う力も無く、こうして私を“尾行してきた者達”を連れてきちゃいました。…あの、どうか、お願いします…」

 

夜蘭の問いかけに、その者は目を伏せながら、小さく答え、頭を下げた。

 

「ふふっ、良いのよ。…貴女、“正しい判断”をしたわ」

 

その瞬間、彼女の太ももにあった“水の神の目”が淡く光り輝く。

 

「っ!?」

 

そしてその次の瞬間、夜蘭は瞬間移動したかのように、その者の目の前から消えた。

 

「ぐぁっ!?」

 

「ぎゃぁっ!?」

 

その次の瞬間、何かが転げ落ちるような音と、二人の男の悲鳴が響き渡った。

 

「っ!!」

 

その者はすぐさま、音が聞こえてきた方に駆け寄って、視線を落とした。

 

「ぐっ、くそっ!!なんてこった!!」

 

「くそっ、最悪だ!!おい!!俺達の“それ”を返しやがれ!!」

 

そこには少し薄暗い路地裏にて、黒を基調とした服装で“ファデュイの紋章”が入った二人の男が、“水元素”で作られた糸、その糸で乱雑に一纏めにされた状態で拘束されて、そのまま地面に転がっていた。

 

「あらあら、これはこれは、“氷元素”に“炎元素”の。…貴方達、なんて“物騒な物”を、こんなところで使おうとしていたのかしら?」

 

そして夜蘭は、夜蘭の水元素の青い糸、夜蘭の“命の糸”で拘束された男達を踏みつけながら、手に取っていた“水色のそれ”と“赤色のそれ”、それぞれ“氷の神の目の模造品”と“炎の神の目の模造品”である“氷の邪眼”と“炎の邪眼”をまじまじと見つめていた。

 

「…ふふっ、悪いけど、これは没収させてもらうわね。それと私達の姿を知った貴方達は、特別に私達の拠点、密偵防諜部の本部まで招待してあげるわ。…但し、しばらくの間は貴方達の仲間の元には帰れなくなるけどね。拒否権は無いわ。その代わり、命の保証だけはしてあげるわよ」

 

そうしてそれらの確認を終えてそれらを服の中にしまうと、夜蘭は妖艶な笑みを浮かべながらその男達を見下す様に見つめ、そしてそう言い放ったのであった。




ふと思った。

最初の煙緋のシーン、当初は普通に髪を整えるシーンだったのになんでこんなになったんだ…?
なんか面白そうになったから、またノリノリで書き上げてしまったが、これ、良いのか、大丈夫なのか?
まぁ、もう出来上がっちゃったわけだし、これでいいか。(というか、甘雨も確か刻晴とそういう関係(殴))

尚、現在前回から前半に煙緋のシーン、後半に瞬詠や夜蘭のシーンとなっていますが、少なくとも現在の【ファデュイ編】が終了するまで、基本的に前半は煙緋・忍(表・煙緋法律事務所メイン)、後半は瞬詠・夜蘭(裏・密偵防諜部メイン)としようと思います。

そして前書きにあった“もう一つ”、今回初めて描写したファデュイの諜報員達が使用している“邪眼”、これに関連する考察や解説に関してはもっと後、どこかきりの良い所で行えればと思います。(まだどの程度までとするかは不明ですが、この後のどこかで邪眼に関してを取り扱う予定であるため)

また最後に出てきたファデュイの諜報員達やこれから出てくる予定のファデュイの諜報員達の格好についてですが、変装等をしていない限りこの者達の格好のイメージは、ネタバレになりますが通常のファデュイの関係者の服装を着た者達(いずれも仮面を付けていない)が出ている任務。
男性の場合ならば、璃月の【伝説任務・古聞の章:第一幕】(“鍾離”の伝説任務)に出ているファデュイ所属の考古学者の男を参考に、女性の場合ならば、稲妻のとある【世界任務】(稲妻の“終末番”と関係のある、とある特殊な世界任務になりますが、これ以上は本当にネタバレとなってしまうため極力伏せますが、そこで出てきたファデュイの格好をしている女性を参考にイメージしてください。

—————
追記1
・終盤の“夜蘭”のファデュイの諜報員の拘束シーンの最後の部分を微修正しました。
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