玉衡の元から逃亡したら千岩軍が追いかけて来ていた件について 作:久遠とわ
今回もオリジナル設定や要素(【璃月業界情勢図”と“かにみそ豆腐】の時ほどではないですが、それでもかなりのものがあり)、また考察ネタも発揮しております。
そして今回は無茶苦茶分量的にも要領的にも滅茶苦茶多く、今までの中でも最大(だいたい2.25話くらい?)くらいだと思います。
(本当は区切ろうと思ったけど、区切れるタイミングが無かったし。それに丁度今のファデュイ編も前編から後編の区切りが綺麗に区切れられる所だったため…)
尚、余談ですが今回は試験的に個人的に魔神
任務で出てきた主要な原神キャラや施設等の用語名、また本編の主要キャラの名前や施設等の名前を除いた、地名や難しい漢字等の名前のキャラに対してなどに対し、新しく出てきたものに限って振り仮名をふってみました。多少は読みやすくなったと思います。
また今回は軽くになりますが、解説もありますのでよろしくお願いします。
「…あともう少しで着きますよ。煙緋さん、そして忍さん」
「はい、甘雨先輩」
「はい、甘雨さん」
煙緋、忍、そして二人を先導するように前を歩く甘雨の三人はそう言いながら、心地よい太陽の日差しが降り注ぐ璃月港の街中を歩いていた。
「…それにしても“ここ”を訪れるのは、意外と久しぶりかもしれないですね。煙緋先輩」
「そうだな、忍さん。瞬詠の指定した合流地点“月海亭”、その入り口辺りの周辺で合流しようという話だったが…、その月海亭があるこの“
煙緋はそう言いながら、まるで懐かしい思い出でも思い返すかのように静かに景色を見渡した。
玉京台、玉京台は璃月港の最西端に位置し、最も裕福な住宅地でもある場所。璃月港の港を見下ろす天衡山の崖の中腹に建てられていて、その地区の入口は璃月港の北側にある。
そしてその地区の周辺には、それぞれ先のような富裕層や大商人達の住宅地。また毎年の迎仙儀式等の重要行事を催す要所である“
七星八門の“総務司”等の行政機関が集まり、また現在スネージナヤ、ファデュイの依頼によって開業準備を進めている“北国銀行”、また“飛雲商会”のような大商会達の本拠、そしてそれ以外にも“
璃月で最も優れた薬局であり、店主であり薬局の経営者でもある“
そして市街を出て『
それらがその周辺にあり、丁度その『不卜廬』という薬局に行くための階段や『玉京台』に行くための階段、そして璃月港の市街地中心地に向かう『緋雲の丘』や璃月港から市外を出て『帰終機』へと続く道、それらの道路が十字路で交差している場所。
そしてその十字路から、『玉京台』方面に向かうための階段を、煙緋や忍、そうして甘雨達の三人達が、先ほどまでその階段を昇り、そして『玉京台』地区を歩いていたのである。
「…着きました。この辺りの筈ですけど、やっぱりまだ瞬詠さんは到着していないようですね」
甘雨はそう言いながら、周囲を見渡す。
「そうですね、甘雨先輩……。それにしても、本当に相変わらずこの建物は大きくて、そして壮麗ですね」
「ここが“月海亭”…。ここが、甘雨さん、そしてあいつ、瞬詠が働いている場所……。それにして、随分と大きな建物だな……」
煙緋と忍は甘雨の言葉に頷きながら、目の前にある月海亭を見上げるように見つめる。二人の目の前には例えるならば、まるでちょっとした小さな城とでも言えるような、とても大きくて、そしてそれでいて壮麗な璃月様式の建築物があったのだ。
「…」
忍はまじまじと月海亭を見つめる。月海亭の出入り口にて出入りをしている月海亭の職員達。そして月海亭の出入り口の真横やその周辺で、月海亭の警備のために派遣された選りすぐりの千岩軍の兵士達である、月海亭の精鋭警備兵達の光景を目の当たりにし、忍は息を呑まずにはいられなかった。月海亭。璃月を統治している七人の統治者達である七星達が集う場所であり、璃月の国家方針に従い、この場で様々な政策や条例等の取り決めを決議する場所。正しく璃月という国家の中枢とも言える場所である。
「…」
そしてそんな場所、“月海亭”で璃月七星のリーダーである“天権”、“凝光”との契約により、凝光、そして“玉衡”、“刻晴”の直属の部下となり、この月海亭という職場で働かされている、もとい働いているという瞬詠に、忍は複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。
「…ふふっ」
(忍さん、緊張でもしているのか?)
そしてその様子を見ていた煙緋が微笑ましそうに笑う。
「忍さん。どうしたんだ?そんなに緊張したような顔をして。緊張しなくてもいいんだぞ。別にここは、忍さんが今日から働く職場という訳ではないんだからな?」
「あっ、す、すみません。煙緋先輩…。少し、考え事をしていました。その、瞬詠が、本当にこんな立派なところで働いていたのかと思って……」
煙緋は忍に声を声をかけると、忍は慌てながらそれに答えようとする。
「ふふっ、確かにな……。忍さん、そんな気負いするな。それに瞬詠の身分はかなり特殊で、しかもなんだかんだ言って立場的にかなり上流の位置に属してしまっている人だが、それ以前に忍さんと瞬詠は友人、大切な友人同士だろう?ならばこの職場というのは、ただ忍さんのその友人である瞬詠が働いている場所でもある。だからそんなに緊張しなくても、大丈夫だぞ?」
「っ……、そうですね。ありがとうございます、煙緋先輩」
「あぁ、どういたしましてだ」
煙緋の言葉に、少しホッとしたような表情を浮かべる忍、そして忍が落ち着いた様子になったのを確認した煙緋は、微笑みながら軽く頷いたのであった。
「…ふむ」
(中々来ないな。おそらく、月海亭の中にいると思うんだが…)
そして煙緋と忍が一通り会話を交わしてから、煙緋は改めて月海亭の入り口に視線を向ける。
「…うん?」
(何をやっているんだ?甘雨先輩?)
煙緋はチラッと甘雨に視線を向けながら、不思議そうな表情になる。
「…」
甘雨は真剣そうな表情、とても集中しているといったような様子で、璃月港の上空をじっ、と見つめていた。それはまるで何かを探しているような様子にも見える。
「甘雨先輩、さっきから何か探しているようですが……どうしたんですか?」
そんな様子の甘雨に、煙緋は思わず声をかける。
「あ、煙緋さん。いえ、実はもうそろそろ、瞬詠が“璃月港上空に到達する”という話なので、彼を探しているのですが…中々見つからないんですよね…」
甘雨はそう言いながら、眉根を顰める。
「“璃月港上空に到達する”…?甘雨先輩、瞬詠が上空に到達したかどうか分かるんですか?いえ、その前にまず瞬詠って、今空を飛んでいるんですか?」
「えっ、どういうことですか?甘雨さん?」
煙緋、そして忍は驚いた表情で甘雨に問いかける。
「はい、煙緋さん。今、瞬詠さんは璃月港外にいて、用事や仕事を早く終わらせるために飛翔しているんです。それで先ほど瞬詠さんから“交信”で『甘雨、少し遅れてすまない。ようやく良い感じの気流に乗れたから、あともう少ししたら月海亭上空に到着する』と言われたので……」
「えっ?“交信”って…。えっと、甘雨先輩、瞬詠と“交信”ができるようになったって…。つまり、どういうことですか?」
「“交信”?…それって一体?」
煙緋と忍は甘雨の返答に驚きの声を漏らす。
「えっ?…あっ、そうでした。煙緋さん。実は私と瞬詠さんなんですが、限界というものはありますが、今の私達は例え広大な距離が離れていたとしても、お互いに“意思疎通が図れる”んですよ」
「……は?ま、待ってください。お互いに“意思疎通が図れる”って……一体どういうことですか?すみません、甘雨先輩、全く意味が分かりません」
「…意思疎通が図れる?」
「ふふっ、そうですね。説明するよりかは、“これ”を実際に使ってもらった方が早いかもしれませんね」
煙緋と忍は甘雨のその説明に、余計に訳が分からなくなって困惑する。そしてそんな煙緋を余所に、甘雨はそう言いながら衣から小さな“それ”を取り出す。
「えっと…これは“御札”ですか?」
(至って普通の御札のようだが……)
「…」
煙緋と忍は甘雨が手にしていた“それ”、小さな“御札”を興味深げに見つめる。
「はい、そうなのですが、使ってくれれば直ぐに理解できると思います。早速ですが、煙緋さん。これを手に持ち、そしてこの御札に意識を集中してみてください」
「え、あ、はい」
そして甘雨は煙緋にその“御札”を手渡しする。
その瞬間だった。
___……緋、……、どう……か?
「っ!?」
煙緋は受け取った瞬間、突然脳裏に聞き慣れた男のような声が響く。その声はノイズのような耳鳴りと共に、煙緋に届いていた。
「えっ!?な、なんだ、なんなんだ、これ……!?」
「っ!?どうしました!?煙緋先輩!?」
煙緋は突然頭の中に響いたその声に驚きつつ、思わず周囲を見渡す。そして突然驚いたような声を上げた煙緋に驚く忍。
「ふふっ、煙緋さん、とりあえずは落ち着いてください。先ほど言った通り集中を、例えばそのままその“御札”、『交信符』を握りしめるようにして、意識を集中してみてください」
甘雨はそんな煙緋に落ち着くようにと、声を掛ける。
「っ。わ、分かりました」
(な、なんなんだ?一体)
煙緋は甘雨に頷くと、そのまま意識を集中させるために、目を閉じる。
「っ……」
(集中、集中……)
___……緋、聞こ…か?煙緋、聞こえ…ならば、なに…でもしてくれ
「っ!?」
目をつぶって意識を集中していた煙緋は、またも突然響いたその声に思わず目を見開く。
「煙緋先輩!?」
そしてそれと同時に忍の声も響く。煙緋の様子がおかしくなったことに驚きを隠せない様子の忍は、怪訝な様子で甘雨が“交信符”と言ったその御札を握りしめた状態の、突然その場で固まってしまった煙緋を見つめる。
「えっ、あっ、し、信じられん、し、瞬詠の声が急に頭に……き、聞こえる……」
煙緋は混乱したように目を泳がせながら、そんな声を上げる。
「えっ!?瞬詠!?あいつの声が聞こえるのですか!?」
煙緋の言葉に忍とは驚きの声を上げ、信じられないと言った様子を見せる。
「ふふっ、どうやらもう少しのようですね。煙緋さん。そのまま意識を集中させながら、心の中で瞬詠に話かけてみてください」
「えっ!?こ、心の中で話しかける……ですか?」
「はい、そうです。そこまで上手く行けたのならば、煙緋さんなら、直ぐに瞬詠と話すことができるようになるはずですよ」
「そ、そうなんですね……う、うむ」
(…あー、瞬詠、その、聞こえているだろうか?私の声、聞こえているか?)
煙緋は甘雨に言われたように、心の中で瞬詠に対して呼びかけてみる。すると、直ぐにその返答があった。
___あぁ、…ているぞ。ま…だ煙緋が上手く…いないから、…声に雑音が混…聞こえているけどな。甘雨からそれの…を教えてもら…だろ?…し意識を集中…てくれ。そうすれば雑…えて、完全に聞こえ…になる。
「っ!?……本当だ。本当に瞬詠と会話が出来ている。…あともう少し意識の集中が出来れば、完全に会話できるのか……」
煙緋は瞬詠の発言に驚きつつ、そのまま言われた通りに集中するために意識を集中させる。
「…うむ」
(瞬詠、これでどうだ?)
煙緋は御札越しにいる瞬詠に語り掛ける。
___おぉ、聞こえる、聞こえる。完璧じゃないか、煙緋。甘雨はそれを完璧に使いこなすのに数時間くらいは掛かったというのに。
すると、そんな煙緋の問いかけに嬉しそうな声色で返答が帰って来た。今度は雑音やノイズ混じりではく、ちゃんと鮮明に聞こえてきている。
「おぉ」
(良かった、良かったぞ。私の声が瞬詠に届いていて)
煙緋はそんな瞬詠の返答に、笑みを浮かべながら安堵の声を漏らす。
「……煙緋先輩?」
そんな煙緋の様子を見てか、忍は不思議そうな様子で声をかける。
「あぁ、すまない、忍さん」
「…えっと、瞬詠と完全に交信ができるようになったんですか?」
「あぁ、なんとか上手く出来た。ちゃんと聞き取れ、会話できるようになったぞ」
「本当ですか!?」
忍は瞳を輝かせながら、驚いた声を上げる。先ほどまでその交信符を怪訝な様子で見ていたにも関わらず、その交信符で本当に瞬詠と話せるようになるなんて、夢にも思っていなかっただろう。
「上手く行ったようですね。煙緋さん」
そして甘雨も嬉しそうな表情で煙緋に声を掛ける。
「はい、甘雨先輩のおかげです。ありがとうございます」
そう言って煙緋は嬉しそうな笑顔で、甘雨に頭を下げる。
「ふふっ、どういたしまして」
甘雨はそんな煙緋を見て、穏やかな笑みを浮かべながら頷くのであった。
「…うむ」
(まさか本当に交信符の効果で瞬詠と会話できるようになるとは……本当に凄いな、これ)
___ははっ、そうだろ?まさか自分でも、“
「うん?」
(なに?これ、あの留雲借風真君がか?私を後見人として助けてくれた“ばあや”、
煙緋は瞬詠のその発言に心底驚いた表情を浮かべ、更には普通なら俗世に関わる事のない仙人である留雲借風真君、そしてなぜかこういうものを彼女が作成しそれを付与される瞬詠という、普通なら関わり合う筈がない仙人と人間と言うとても珍妙な関係に気づき、不思議そうな表情を隠せなかった。
__あぁ、それはだな。どう説明すれば良いか、少し悩むんだが……。まぁ、端的に言ってしまうと、仙人達にパシられている関係と言うべき…か?
瞬詠は少し悩むように、そんな返答をする。
「あぁ…」
(えっと…パシられる?)
煙緋は瞬詠が言ったその単語に、思わず眉を寄せる。
___あぁ、そうだ。煙緋、前に起きたあの日の事。あの日途中まで話した万民堂で“甘雨が行方不明になって璃月港から失踪し、ヨォーヨの導きによって仙人達やその弟子達等の関係者達の協力を得て実現した大規模捜索、そして最終的に甘雨を救出するために仙人達と協力、共闘する羽目になった”話。これ、覚えているか?
「…うむ、それか」
(あぁ、それは勿論だ。忘れる訳がないじゃないか。確か最後は、留雲借風真君の弟子の
___あぁ、そうだ。あれがきっかけで仙人達と関係を持つことになったんだよな…。煙緋、あの時の話の続きを端的にするとな。ヨォーヨの機転のおかげで留雲借風真君本人が現れて、あの戦いを無事に終わらせることが出来たんだ。そしてその後に自分はヨォーヨと共に留雲借風真君に事情を説明して、最終的に甘雨の捜索に留雲借風真君本人の協力にこぎつける事が出来たんだ。
「ほぉ、ほぉ」
(成程、成る程)
煙緋は瞬詠の言葉に、頷きながら納得の声を上げる。
___そして更にはヨォーヨと留雲借風真君のおかげで、他の
「…す、凄いな」
(ほ、本当に仙人達が集結したんだな…。そ、それは生ける伝説達の集まりなのではないか?)
___だな。間違いない。あの時の事は本当に忘れられないぞ…。そうして、七七の情報を元にヒルチャール達が商人達を襲い、奴らが奪取した干し草を運んでいた荷車の中に紛れて熟睡していた甘雨が連れていかれたとされる、鉱脈が枯渇しかけた事により放棄され廃墟になった“
………ヒルチャール達の一団が住み込んだ事がきっかけで、最終的にその廃墟となった町にを目に付けたアビス教団、町そのものを大規模な拠点にしようと画策し、秘密裏にアビス教団の一大拠点と化しつつあった“明蘊町”に行く事になったんだ。
「なっ!?」
(ア、アビス教団の一大拠点だと!?あの時の甘雨先輩はそんな所にいたのか!?)
煙緋は心底驚いた表情を浮かべながら、愕然とした声を上げる。まさかそんな大事件が裏で起きていたとは思わず、また甘雨がそんな事に巻き込まれているとは思わなかったのだろう。
____あぁ、そうだ。全く本当に大変だったよ…。それに最悪を想定して
「…」
(…そ、そのなんて言えば、良いのか。とにかく大変だったんだな)
___あぁ、そうだ。とんでもなく、大変だったぞ。それにまたもしかしたら、明蘊町に救援に向かおうとするヒルチャール達の一団や、明蘊町から脱出しようとするヒルチャール達が、その過程で明蘊町周辺の何も知らない一般人達や商人達を襲う可能性もあったから、不測の事態に備えて千岩軍に交通規制や道路封鎖、また規制線や警戒線を張らせながら、削月築陽真君と理水畳山真君、また留雲借風真君の元に付かせたそれぞれの千岩軍の兵士達と共に、明蘊町周辺の監視や警戒を任せたんだ。そうして自分達は明蘊町への潜入調査と甘雨の居場所の特定、単身での甘雨の救出、そしてその場にいたヒルチャール達とアビス教団の魔術師達の殲滅を、自分や協力してくれた魈や申鶴、また七七やヨォーヨ達の少数精鋭でそれぞれ行う事になったしな。
「…うわ」
(す、凄く、た、大変だったんだな)
___いやもう、本当に色んな意味で大変だったぞ…。特に千岩軍の部隊の隊長達に説明している中での、背後から突き刺さる仙人達の視線、後ろの仙人達の正体に察してしまったかのように唖然とした表情で聞き入り、また自分の事をまるで後ろの仙人達と同じ存在のように見てくる部隊長達の視線も辛かったな…。しかも全てが終わった後、自分が仙人達と対等に、また彼らの前で仙人達に指示を出していた事も相まって、一部の千岩軍の兵士達の中で自分の事を、璃月の表の歴史には決して出てこない人物、存在そのものを隠蔽された存在であり仙人達を取り纏める幻の存在と言い、自分の事を勝手に“帝君の使い”と呼んで無茶苦茶恐れ敬う奴らも出てきてしまったし…。
………頼むから、もう本当に勘弁してくれ。
「ははは…」
(そ、それは大変だったな、瞬詠)
煙緋は瞬詠の声色から瞬詠が疲れ切ったかのように、げんなりとした表情を浮かべながら話す姿を想像し、そしてそんな瞬詠を想像して苦笑いを浮かべる。
___全くだ。しばらくの間、不卜廬の胃薬の世話になっていたんだぞ……。
「あぁ、そうだったのか……」
(はぁ、なんだか本当に大変だったみたいだな)
瞬詠が本当に色々な意味で大変だったのだと理解し、煙緋はまた苦笑いを浮かべる。
「…」
(そ、そう言えば、瞬詠。瞬詠はどこに行って来たんだ?私や忍さんはてっきり月海亭にいるものだとばかり思っていたんだが)
煙緋はげんなりしていた瞬詠を労わるように、そして話の切り替えのキッカケとして、そんな質問を投げかける。
___あぁ、その事か…。今日の野暮用について甘雨にはちゃんと言ってないんだよな…。それに甘雨にはあんまり言えない事でもあるし…。まぁ、煙緋ならば別に良いだろう。煙緋は月海亭や総務司等の七星八門の職員ではないから、完全な部外者という訳だしな。それに煙緋とは長い付き合いだし、煙緋ならば十分に信用できる。別に良いだろう。…但し、絶対に言いふらすなよ。煙緋。
瞬詠は少し言い淀むように、しかし問題は無いと判断したのか少し吹っ切れたように、そして煙緋に釘を刺すように話す。
「あぁ」
(分かった。それで何なんだ?)
煙緋は独りでに頷くと、心の中で瞬詠に返事をする。
____実は自分の野暮用は二つあってな。一つは哨戒飛行をしていたんだ。
「うん?」
(哨戒飛行だと?)
煙緋は、瞬詠が発した哨戒飛行という単語に首を傾げる。
___あぁ、そうだ。これは自分にしか、かつて所属していた南十字船隊、北斗の姐さんの眼として飛び回っていた自分にしか出来ない事だからな。…実は凝光さんの命令で、明蘊町上空やその周辺の上空を定期的に哨戒飛行を実施してきたんだ。あの日以降にな。…凝光さんは先ほど話したアビス教団の一大拠点化の件、あれをかなり重く捉えていてな。凝光さんの命令であの日以降、定期的に自分が秘密裏にその哨戒飛行を実施してきたんだ。基本的には哨戒飛行で異常がないかを確認し、もしもヒルチャール達がある程度集まったり、アビスの魔術師がヒルチャール達を率いているのを確認したら、自分が持っている元素投擲瓶を用いて奴らに空襲を行って、奴らを追い払ったり排除しているんだ。
「…なに?」
(瞬詠、お前、今までそんな事をしていたのか?)
煙緋は瞬詠が呟いた言葉に対して、驚きの声を上げる。だがそれもそのはずだろう。まさか普段璃月港で悠々と緩く適当に過ごしているとされていた瞬詠が、実は裏でそのような行動を取っていたとは露ほどにも知らなかったのだから。
___あぁ、そうだぞ。今日も哨戒飛行中に複数のヒルチャール暴徒達を含むそこそこの規模のヒルチャール達の集団がいたからな。奴らを炎元素の投擲瓶と雷元素の投擲瓶を用いた過負荷爆撃で吹き飛ばしていきながら、散りじりになるまで空爆をしながら追いかけまわしていたんだ。ちょうど甘雨に交信を入れる数分前に。
「…」
(な、成る程な)
煙緋は絶句して呆然としてしまう。まさか今日、しかも数分前にそれを行っていたなど、到底想像もしなかったのだ。
「な、何というか……」
(それは何とも凄まじい事だな……)
___まぁな。まぁ、そんな毎回毎回そんな事をしているわけではないし、基本的にはなにか大きな異常や異変、また気になったことや気になったもの等がないかを、定期的に調べる為に空を飛んでいるという訳だ。そして何か異常や異変、気になったものがあればそれを写真機で空撮し、その空撮した写真を凝光さんに報告を、必要に応じて
「……」
(そ、そうか……)
煙緋はなんとも言えない表情を浮かべながら返事を返す。何故だろう。自分の中の常識が音を立てて崩れていくような、そんな気がした。
「…うむ」
(そ、それでもう一つの野暮用というのは?)
____あぁ、そうだったな……。これは完全に自分の個人的な事、プライベート的な事であるが
「…ほぉ」
(なるほどな。…もしかして、その知り合いのフォンテーヌ人も甘雨の関係者だったりするのか?)
煙緋は興味深そうに声を上げると、瞬詠にそんな質問をする。どうやら今までの話の流れからして、甘雨、もしくは仙人達と何らかの関係のある人物ではないかと思ったようだ。
___いや、“彼女”と甘雨や仙人達とは一切の関係は無いぞ。そもそも彼女は仙人や煙緋達みたいに仙獣とのハーフではないしな。
「成程」
(なんだ、そうだったのか。それじゃあ、そのフォンテーヌ人の知人とは一体どんな人物なんだ?)
煙緋は瞬詠の返答を聞いて、残念そうに返事をする。
____どんな、人物…か。まぁ、彼女はかなりの“わけあり”の人物で祖国のフォンテーヌを離れて、安寧の地を求めて璃月の軽策荘の近くまでやってきた人物だ。そうして自分は定期的に、その彼女と個人的な“情報交換”を行ったりしているんだ。
「…ほぉ」
(“情報交換”か?)
___あぁ、そうだ。
「…ふむ」
(成程な…)
煙緋は瞬詠の返答を聞いて、興味深そうに心の中で相槌を打つ。どうやらそのフォンテーヌ人の知人は、単なる知り合いではなく情報交換ができるような関係らしい。そして同時に感じ取る。瞬詠は何かを“隠している”。別に間違ったことや嘘を言っているわけではないが、瞬詠とそれなりに深い関係になった煙緋にはなんとなく、こういう時の瞬詠が何か“肝心な事”を隠している事がある場合があると分かるのだ。
「ふむ」
煙緋は頷く。どのみち今の彼には、これ以上は話すことが出来ないと暗に言っているのだ。これ以上聞き出そうとしても煙緋の望む答えは返ってこないだろう。
___それはそうと、煙緋。甘雨に伝えてくれないか?
「うん?」
(ん?何をだ?)
___あぁ、実はもう自分は璃月港上空に入っていて、間もなく緋雲の丘上空から玉京台上空に到達、そのまま月海亭の付近にいる甘雨達と合流するとな。
「なんだって!?」
(本当か!?)
煙緋はまさかの瞬詠の言葉に驚愕する。そして直ぐに瞬詠を探すように空をキョロキョロと見つめる。
「…あれ、煙緋さん?もしかして瞬詠さんがもう戻ってきたという事ですか?」
そして急に空をキョロキョロと見回し始めた煙緋を見て、不思議そうに首を傾げながら甘雨が聞いてくる。
「あ、甘雨先輩。はい、そうです。先ほど瞬詠が璃月港上空に入っていて、間もなく緋雲の丘上空から玉京台上空に入って、そのまま私達と合流すると」
「そうですか。えっと、緋雲の丘上空から玉京台上空という事は、あの方角…」
「なに?あいつ、もうそんな近くまで来ていたのか?」
煙緋は甘雨の質問に、軽く頷きながら答える。すると甘雨は少し安堵したような表情になリ、煙緋の言葉に相槌を打ってとある方角に顔を向ける。そんな甘雨の言葉を聴いて、少し驚いたように忍が声を上げる。
「…う~む、どこだ?どこにいるんだ?」
(全く、分からん……)
煙緋は目を凝らして、瞬詠の姿を探す。
___いた、あそこだな。甘雨、そして煙緋達は。
「あっ、いましたね。瞬詠さん」
そして瞬詠の呟きが煙緋の脳裏に届くと同時に、甘雨も瞬詠の事を捉えたのかその方向を指さす。
「えぇっ!?どこですか、甘雨先輩!?」
「っ!?どこですか!?甘雨さん!!」
そうして煙緋と忍も甘雨の指先を辿って目線を向ける。
「見えますか?ほら、あそこですよ。あそこ」
「…っ!?あれか!」
煙緋は甘雨の指先を辿りながら、目をすがめ、そして目を見開かせる。
___待たせたな、煙緋、忍。それに甘雨も。
そこには滑空しつつ徐々に高度を落としながら、煙緋達がいる場所に徐々に近付いてくる黄色を基調とした、所々に目立つような金色の装飾が施されている美しい黄金鳥。その黄金鳥の羽のような風の翼を展開していた瞬詠がおり、瞬詠は機用に風の翼の両翼を上下に振る事で自分を発見しやすようにと、煙緋達に合図を送りながら飛翔していた。
「…っ」
(おぉ……)
煙緋は感嘆する。
今まで煙緋は瞬詠が風の翼を使いこなしており、それはある意味、自分の意志で自由自在に空を翔ける事が出来るほど、それほどの卓越した飛翔技術を持っているという事は知っていたのだが、こうして実際に空を飛んでいた瞬詠を見たことがなかったので、その飛翔技術に思わず目を奪われたのだ。
煙緋達に瞬詠を発見させるため、あんな風にわざと翼を上下に振るという危険行為。そんな風な危険行為を行えば、普通はバランスを崩してあっけなく墜落し、そのまま地面に叩きつけられて死んでしまう可能性が非常に高い筈だ。
だが瞬詠はそんな危険性があるにも関わらず、当たり前のように平然とした様子でやり遂げている。それはつまり自身の空での技量に絶対の自信を持っているが故の“余裕”の現れなのだろう。
「全く、相変わらずだな、瞬詠は……」
忍も感嘆するように、瞬詠の姿を見つめていた。
「ふふっ、そうですね。本当に彼は人間なのですかと思いますよ。以前の瞬詠さん、極僅かな期間ですが一時的に、個人的な事情でモンドでどうしてもやっておかないといけない用事があるといって、モンドからここ、月海亭までの超長距離の飛翔出勤や飛翔退勤を繰り返すなんて滅茶苦茶な事をやっていたんですから」
甘雨は忍の言葉に苦笑いを浮かべつつ、同意するように、そしてそのように頷く。どうやら甘雨はこうやって空を飛んでいる光景を見るのは初めてではなさそうだ。
「えっ、そうなんですか?甘雨先輩。…本当に滅茶苦茶で、変わった人ですね、彼は」
「えぇ、そうですね。煙緋さん。…本当に彼は、無茶苦茶で、そして不思議な人です」
そしてその話を聞いた煙緋はそのように言い甘雨もそう言い返すと、二人は苦笑いを浮かべながら、互いに瞬詠の方に視線を向ける。
「っ、っ、ふっ」
そして二人の視線の先には自分達に向かって降下していた瞬詠が、一定の距離を進むと風の翼をはためかせ、まるでその場でヘリコプターがホバリングするようにその場に静止すると、そのまま風の翼の両翼を器用に操りつつ、さながら垂直離着陸機のように一切ぶれる事なく一定の場所で静止ししながら、煙緋と甘雨達がいる地表まで降下していき、そうして地表に両足を着ける。
「すまない、待たせたな。甘雨、そして煙緋に忍」
そして彼の黄金の風の翼を羽ばたいて自身の風の翼を霧散させると、瞬詠は甘雨、そして煙緋と忍に顔を向けて声をかけたのであった。
「おぉ、凄く高いな!!どんどん昇っていくぞ!!」
「そ、そうですね…。煙緋先輩…。ですが、本当のこの景色。目の前に璃月港は本当に…」
興奮した煙緋の声に、忍の少し不安そうな、そして恐怖を感じているかのようでありながらも感嘆とした様子の声。
「ふふっ、そう言えば煙緋さんは、“こういう物”に乗るのは初めてでしたね」
「煙緋、興奮するのは分かるが、少し落ち着け。万が一足を滑らせても、自分は落ちていく煙緋なんて助けないからな」
「なに!?酷いぞ、瞬詠!!」
「ははは、なら少し大人しくしろ」
煙緋は初めて乗る“浮遊する岩”に興奮しながら、キョロキョロと周囲と下に広がる璃月港の美しい景色を眺めつつ、自分にかかる初めて感じたその浮遊感にはしゃぐ。そしてそんな煙緋の様子に呆れた様子を見せる瞬詠の言葉に、煙緋は少しだけ不満そうに声を上げる。
瞬詠の哨戒飛行を終えた瞬詠と合流を果たした煙緋達は、予定通り四人は毎年迎仙儀式が行われる場所である“倚岩殿”へと向かい、そこで待機していた案内人の案内に従って凝光の群玉閣と地上を行き来する唯一の手段、その“浮遊する岩”、“浮生の石”という材石で作られた外景盤石の『
そして初めて乗る“浮遊する岩”である『飛揚跋扈』に煙緋は大興奮し、対する忍はあまりにもの高さに少しだけ恐怖を感じながらも、自分達の足元に広がる璃月港の美しい景色に静かに見とれていた。そうして、そんな二人の様子を見ていた甘雨と瞬詠は、お互いに笑みを向け合い、煙緋と忍の二人の様子に少しだけ微笑みを向けているのであった。
「…あっ、そろそろですね」
「うん?あぁ、そうだな。煙緋、忍、もうそろそろ終点だ。いよいよ凝光さんの群玉閣に到着するぞ」
甘雨と瞬詠は見上げながら、視界の先を飛ぶ『飛揚跋扈』が向かう先に視線を向ける。
「おっ、本当か?…おぉ」
(…いよいよか)
煙緋は甘雨と瞬詠達と同じように見上げ、そして少し顔を引き締める。
煙緋の目の前には、凝光の空中に浮かぶ巨大な空中に浮かぶ建造物。それは凝光の今までのビジネスや数々の成功や実績、それらによって得られた多額のモラや資産などの彼女の富の結晶。またそれと同様に、岩王帝君に次ぐ璃月を統治する七人達、璃月七星の筆頭である璃月七星“天権”の権力や財力、そして実力の象徴である巨大な空中宮殿である『群玉閣』が視界の先に飛び込んでくる。
「…」
煙緋はその美しい景色に思わず見惚れ、そして少しだけ目を細める。
「っ、凄いな……」
そして煙緋の後ろで忍もポツリと呟くように声を上げながら群玉閣に接岸するように飛揚跋扈の速度が落ちていき、そうしてゆっくりと群玉閣が自分達の元に近づいて来る光景に思わず息を吞む。
「よし、着いたな」
「はい、そうですね。煙緋さん、忍さん、降りますよ」
「はい、甘雨先輩」
「はい、分かりました」
そして飛揚跋扈は群玉閣に接岸するように接触すると瞬詠と甘雨、煙緋と忍達の四人は飛揚跋扈から降りる。
「瞬詠様、そして甘雨様。お疲れ様です」
「お疲れ様です、瞬詠様、甘雨様。瞬詠様、その後ろにいるお二人方…。彼女達が、例の件の予定のお客人でよろしいでしょうか?」
そして群玉閣に降り立った四人の元に、群玉閣の守衛である千岩軍の複数の警備兵達が駆け寄って瞬詠と甘雨に敬礼を行う。そして瞬詠達の後ろにいる煙緋と忍に目線を向けながら、そのように声をかける。群玉閣の警備兵達は煙緋と忍の二人をまるで希望や期待に満ちた瞳で見ていた。
「あぁ、そうだ。彼女達がかの有名な法律家の煙緋、そしてその弟子の久岐忍だ。…いずれにしろ凝光さんの大切な客人であり、今の璃月の情勢を左右する要人と言っても過言ではない人物だ」
「成程、そうですか」
「この方達が招かれた者達…」
警備兵達は感慨深げのように、煙緋と忍を見て感嘆とする。
「…えっ、えぇっと」
「…う、うん?」
(……い、一体どうしたというんだ?)
忍と煙緋はそんな警備兵達の尊敬や感激、興奮にも似た視線に思わずたじろぐ。彼女達は一体自分達の事をどういった目で見ているのか、その真意は分からなかったが、それでも自分達を見る警備兵達の様子から察するに、どうやら自分達に尊敬や感激の視線を向けているという事だけはなんとなく分かった。
「それにもはや今の情勢的に…。煙緋は璃月やスネージナヤ…。それどころかこの“テイワットの未来を握る人物”とも言える…かもしれないしな」
「…うん?瞬詠、何か言ったか?」
「いや、自分はなにも言ってないぞ」
瞬詠はぼそりと呟くとそれに反応した煙緋が振り返る。だが煙緋は瞬詠の呟き声に聞こえなかったのか、疑問符を浮かべながら瞬詠に尋ねたが、瞬詠は否定しながら煙緋から顔をそらした。
「さて、さっさと行くとしよう。自分が煙緋達との合流に少し遅れてしまったせいで、凝光さんを少し待たせてしまっている筈だ。なぁ、凝光さんはどこにいる?」
「はっ、凝光様は、現在群玉閣の凝光様の主室にて執務中でございます」
警備兵達は敬礼をしながら瞬詠の問いかけに答える。
「なるほど、分かった」
その答えは想像通りであり、そして予想通りの回答であったため瞬詠は一つ頷くと、そのまま群玉閣に視線を向けた。
「よし、じゃあ行くぞ。甘雨、そして煙緋に忍も」
「はい、行きましょう。瞬詠さん。行きますよ、煙緋さん、忍さん。凝光さんが待っています」
「うむ、行こう。瞬詠、甘雨先輩。群玉閣に」
「あぁ、行こう。瞬詠、甘雨さん」
瞬詠は横目で甘雨、煙緋と忍の様子を確認すると、そのまま彼女達を連れて群玉閣の宮殿の方へと歩みを進める。そしてそんな瞬詠達に守衛達は敬礼を行いながら、その後ろ姿を見送る。
「…」
そうして瞬詠と甘雨の後ろを歩く煙緋は息を吞む。巨大な空中宮殿、壮観な外装を施している群玉閣。彼女の視界に映る群玉閣、それはまるで孤高に悠然とそびえ立つ城のような存在であり、それは改めて璃月七星のリーダー、“天権”という岩王帝君に次ぐ権力を持つ統治者、そしてその地位に立つ彼女、“凝光”という存在が如何なる存在であるのかを雄弁に物語りかけて来る。
そして煙緋が目の前に広がる群玉閣、そしてまだ見ぬ姿の凝光という存在に改めて息を呑んでいる時であった。
「…うん?」
「…あら?」
瞬詠と甘雨が何かに気づき立ち止まる。
「うん?どうしたんだ?瞬詠、それに甘雨先輩?」
「どうしたんですか?瞬詠、それに甘雨さん」
煙緋も忍もそんな二人の反応に疑問を抱いて首を傾げ、彼らの隙間から前方を覗く。
「…あ」
そして前方を見て何が起きたのかを把握した煙緋は、思わず目を見開く。
「…あら、丁度いいタイミングで来たわね。待っていたわ、瞬詠、甘雨…。そして後ろにいるのが、煙緋、そしてその煙緋の弟子の久岐忍ね。…ふふっ、歓迎するわ」
その時、群玉閣の玄関に当たる巨大な扉が重厚な音を鳴らしながら開き始め、そしてそこから一人の人物がゆっくりと姿を現す。
その姿とは気品のある白金の髪に真紅の瞳、そしてその身の貴い身分を際立たせるような白と茶、そして黄金を基調としたドレスのような高貴な璃月服に身を包み、その腰に“岩の神の目”を身に着けている女性、“凝光”本人であった。
◆◆◆◆◆
「…」
夜の冷たい風が吹く璃月港。その夜をそこで過ごす人々の営みの証である多くの灯で照らされる璃月港の夜景。そしてその夜景を見下ろすかのように鎮座する群玉閣。そうしてその群玉閣の宮殿を出て、群玉閣の正面の端で独り夜景を見つめていた一人の男、瞬詠が立っていた。
「……」
瞬詠は無言のまま静かに夜景を眺めていた。
「…あら、瞬詠。こんなところで何をしているのかしら?」
そんな彼の元に、群玉閣の主である凝光が静かに歩み寄りながら声をかける。
「…いや、別にただこの夜景を静かに眺めていただけだ。凝光さん」
「ふふっ、そう……」
そして瞬詠は隣まで歩いてきた凝光に目線を向けることなく、ただ黙って夜景を眺めていた。そんな瞬詠の態度に、凝光は軽く彼の様子を観察すると、ゆっくりと彼と同じように無言で夜景に視線を向けた。
「…なぁ、凝光さん」
「…あら、何かしら?瞬詠」
二人は静かに横目でお互いの顔を見つめ合いながら、言葉を紡ぐ。
「忍、そして煙緋の件だが…、本当に助かった。ありがとう」
「あら、その事?…ふふっ、別に良いわよ。どのみち煙緋とはいつか共同で法改正の仕事をするつもりだったし、そのためには長期間ここに居てもらう必要もあるかもしれないとも考えていたしね。……それに」
「……それに?」
凝光は小さく笑みを浮かべながら少しだけ瞬詠に目を向けると、再び眼下に広がる璃月港の夜景に視線を向ける。
「煙緋はとても優秀で有益な人材。…そんな人物がファデュイの手による”誘拐”や“暗殺”の可能性がわずかでも浮上してしまった以上、彼女の身の安全は璃月が総力を挙げて確保しなければならないわ。それ故、彼女の身の安全の確保を行える場所、そしてファデュイに怪しまれずに保護ができる人物。この群玉閣という隔離された場所とその群玉閣の主であり、彼女への仕事の依頼主である私が一番の最適だっただけよ」
「はっ、確かにな」
凝光は笑みを浮かべたまま、夜景を見下ろしながらそう言った。そんな彼女の言葉に瞬詠も小さく笑う。
「…こうして煙緋の誘拐や暗殺の危険性と言う不安の芽を摘めた以上、いよいよ本格的に自分達、いや俺達の『密偵防諜部』はファデュイに対して一斉に行動を、“攻撃”を開始することが出来る」
「…」
瞬詠は静かにそう呟くと目を細める。そして凝光は一言も発すること無く、ただ静かに横目で瞬詠を見つめていた。凝光のルビーのような真紅の宝石色の瞳が揺れる。それはまるで瞬詠の身を心配しているかのように、彼を見守るかのような目であった。
「……瞬詠、やるのね?」
「あぁ、そのつもりだ。そのための密偵防諜部だ。…まぁ本来、密偵防諜部とは凝光さん直属の特別情報官の夜蘭の活動をサポートする小さな組織だったがな」
「えぇ、そうね。私が夜蘭に与えた仕事の補佐をする組織、それが密偵防諜部……。しかし今ではその役目を超えて、裏からこの璃月港を、そして千岩軍とは同じように璃月を守り支える、決して陽の下を浴びる事は無い守護者達とも言うべき存在へと昇華することになった」
凝光は眼下に広がる璃月港の夜景を見つめながら、ゆっくりと瞬詠に語り掛ける。静かに語る彼女の声には若干の懐かしさ、そしてほんの少しの哀しみが感じ取れた。
「……」
瞬詠はそんな凝光の言葉をただ静かに聞いている。彼の視線は眼下に広がる璃月港の夜景を、そしてそんな瞬詠の横顔を静かに見つめる凝光へと向けられていた。
「はぁ、本当にどうしてこうなったのかしら?私は貴方にこんな危険な仕事を、まるで裏稼業みたいな仕事をさせるつもりは無かったのよ…?これ、本当にどう説明すればいいのよ?あの“船長さん”から、『瞬詠の事をよろしく頼む。あいつは本当に何でもできるからな。簡単な事務仕事でもさせながら、璃月港でゆっくり過ごさせてやってくれ。そうすれば瞬詠の心労も少しは和らぐだろうし、あいつの病的なそれらも和らぐだろう』って、言われてたのに…」
凝光は困ったように、そして呆れたように頭に手を当てながらため息をつく。
「…いや、仕方ないだろ。事情を説明すれば“北斗の姐さん”も納得してくれるだろうよ。水面下で璃月に様々な危機が迫っていたわけだし。それにそれらの危機の元凶はファデュイやアビス教団のような外部の者達だけならまだましだったんだが…。『怨人』達、こいつらのほとんどは同じ璃月人達なんだぞ?だからこそ非常に厄介なんだ。まぁ、そうなってしまうのも仕方がないというのも分かるが…。なぁ、凝光さんさぁ。凝光さん、お前さん、お前さん方達というのは、いったい今までにどれだけの数、どんだけ数の“敵”を作ってきたんだ?」
瞬詠は凝光のそんな様子に呆れた表情でため息をつくと、そのまま彼女に向かって呆れたような視線を送る。
「ふふっ、そうね……。うん、覚えてないわね。だってビジネスや商戦というのは、とても単純に言ってしまえば“競争”でしょ?そこには必ず“勝者”と“敗者”しか存在しないわ。…そしてそこには当然、敗者に何かしらの“遺恨”というものが生まれるものだもの」
「あぁ、そうだな。確かにそうだ。それが道理だ」
「……」
凝光は瞬詠の言葉に小さく頷く。そして、瞬詠は静かに空を見上げるとそのまま言葉を紡ぐ。
「……はぁ、まぁ、正直凝光さんは大丈夫だろう。凝光さんは圧倒的、そして絶対的な強者だ。璃月七星のリーダー、“天権”……。その実力と名声は璃月の誰もが知っているし、まぁ彼らも渋々ではあるが、凝光さんの事は認めていることだろう。…だが、凝光さんとは別で本当の意味で非常に厄介な事になってしまっているのが、“あいつ”、あの“暴走女”の方だ」
瞬詠はそう言うと面倒臭そうに小さくため息をつく。
「“暴走女”ね……。彼女、“刻晴”をそんな乱雑に呼ぶなんて本当に大したものね。ふふっ」
凝光は面白そうに微笑む。
「はぁ、いやいや笑い事じゃないんだぞ…。ふんっ」
対する瞬詠は呆れた様子でため息をつく。そして下の方に広がる璃月港、『煙緋法律事務所』がある方に目を向けた。
「…それで、瞬詠。今、どういう状況なのかしら?」
そして瞬詠の変化を静かに見つめていた凝光は相変わらず夜景を見つめながら、静かに口を開く。
「あぁ、それに関してだが…。今現在進行形で、ファデュイの諜報員や工作員達に気づかれないように、密偵防諜部の諜報員達が留守になった『煙緋法律事務所』の事務所内、また煙緋法律事務所周辺のあちこちに工作を行ったり、罠や仕掛けを張り巡らせているところだ」
「そう……。いよいよなのね」
瞬詠はそう言うと静かに目を細め、眼下に広がる璃月港の夜景から視線を逸らし、凝光の横顔を改めて見つめる。
「あぁ、そうだ。…なんだ、凝光さん。今更怖気づいたのか?」
「まさか、私が?…ふふっ、冗談はよして頂戴」
瞬詠はニヤリと笑いながら凝光にそう言うと、彼女は静かに微笑みながらそう返す。
「はっ、まぁ、そうだよな。もうどのみち、後戻りなんかできるわけもないからな…。幸いにもファデュイは決して“一枚岩”ではない。今までの情報を突き合わせていくと、もし実際に煙緋に対しての誘拐や暗殺関連、これの計画が実在していたとしてもこれは決してファデュイの主流派が主導しているわけではないし、“執行官”達が絡んでいる線もかなり薄い、と俺は見ている。少なくともファデュイ執行官の“富者”、“パンタローネ”はこの件とは無関係と見て間違いないだろう」
「あら、あのスネージナヤの銀行家達の長の男がそう言っていたの?…それは信用できるのかしら?」
瞬詠が静かに発したその言葉を聞くと、凝光はそっと目を細めながらゆっくりと彼の方を見る。
「信用…していいだろう。あの時、北国銀行総取締役の彼は俺の目の前で甘雨に対してやらかした直後だからな。状況的にこれ以上立場を悪くするようなことは避けたかった筈だし、少なくとも俺には嘘を吐いている様子は無かった。また怪しい素振りも見受けられなかったからな。それに全く知らなかったみたいで本当に困ったかのような様子でもあったぞ。…そうなると、少なくともこの件に関してのみで言えば、白と見ていいだろう。あの人は思慮深くて、計算高い人だからな。それを実際にやった時のメリットやデメリットを冷静に見極められる人だ。煙緋がいきなり行方不明になってしまった時の影響…。あの“パンタローネ”が到底見逃すはずがない。…それに」
「…それに?」
「あぁ…これを聞いてくれ。ほら」
凝光がそう尋ねると、瞬詠は“写真機”を取り出す。そしてその写真機を操作しながら、そのように言う。
「『はぁ、そんな馬鹿げた事を考える者達がいるとは思えませんが…。ですが実際に起こしてしまったらどうなってしまうのか、そんなのは想像すれば簡単な事でしょう…?それは我々、ファデュイの立場を危うくするばかりでなく、璃月から我らスネージナヤの、下手をすればテイワットの他の国々の信用すらも失墜しかねないでしょうね。…はぁ、少し由々しき事態かもしれませんね。もし本当にそうであったら…、えぇ、その者達に“再教育”を施す必要すらありませんね。しっかりと“処理”して差し上げなければいけませんね…。そうですよね?瞬詠殿?』…だそうだ」
「…あらあら、成る程ね」
写真機から流れ出た“とある男”の音声を聞くと、凝光は静かに目を伏せながら静かに苦笑いを浮かべる。
「はぁ、なんでまるで俺達が、ファデュイの尻拭いをしなければならんのか……。本当に面倒なことをしてくれる。しっかりと執行官達が配下のファデュイの構成員達の手綱を握ってくれていればこんなことにはなっていないんだがな」
瞬詠はため息まじりに頭を抱えると、凝光はそっと微笑む。
「ふふっ、そうね。…でも、それって?」
「あぁ、事の顛末次第では、少なくともパンタローネならば、そのファデュイの構成員達を切り捨てる。もしくは粛清等すらも行うと、そう俺に宣言したということだ」
「へぇ、恐ろしいわね……。でもまた、随分と大胆な発言をしたのね……」
凝光は驚いた様子で目を開く。ある意味それはファデュイの内乱みたいな状況になり得る、そんな大胆な発言を彼が行ったことに対して、驚きを隠せなかったようだ。
「あぁ、そうだ…。だがまぁ、まだその者達の真意は分からんがな。別にそうだと確定したわけではないし。ただどのみち本来やるべきことに、それらの調査や検証が追加されただけだ。そしてそのための準備も終えて、既に行動を開始している」
「あら、そうなの?」
「あぁ、そうだ」
凝光はそう聞き返すと、瞬詠は頷く。
「ファデュイが使っている“暗号”、それに“入れ替わり”によって、俺達密偵防諜部は疑似的ではあるがファデュイ内部への侵入を一応は成功しているからな。ただ重要な情報等の入手や収集は無理だが…。しかしある程度のざっとしたファデュイ内部の様子や内情に関する情報収集程度であるならば問題は無いし、今回の場合はあくまでもその情報に信憑性があるかどうかを確認すればいいだけだから、時間さえを掛ければ最終的な答えは得られるだろう」
「そうなのね」
瞬詠は小さく笑いながらそう言い、凝光は納得したように頷いた。
「…まぁでも、今回の場合は時間がそんなに残されていなかったし、また情報も情報だったからうかうかしていられなかったしな。本当にその情報通りに、煙緋がそのファデュイの構成員達に誘拐されたり暗殺でもされかけたり、それこそ煙緋がファデュイに危害でも加えられてしまったら、その影響、その余波と言うのは計り知れないものになる。それだけは絶対に避けなければならなかったから、それ故に今回はこのような“強硬策”を取らざる終えなかったわけだ」
瞬詠はそう言いながら、煙緋達がいる群玉閣の宮殿の方にと視線を向ける。
「…凝光さん、改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。凝光さんのおかげでや忍や煙緋を、俺の大切な友人である煙緋を、無事に避難させることができた。本当にありがとう。助かった」
「…ふふっ、どういたしまして」
凝光はそう微笑むと、二人は改めて振り返り『煙緋法律事務所』の方へと視線を向ける。
「…月海亭や七星八門のファデュイ側に付いていた内通者や協力者、彼らを俺の命令で動かしている千岩軍の兵士達で捕縛され始めている事でファデュイは焦り始めている。それにファデュイの諜報員達や工作員達にも動揺が広まり始めている。どこで漏れた。何が原因だ。誰かが裏切ったのか。それとも自分達の中に潜り込んだ奴がいるのか。なぜ、なぜ、何故なんだ、とな」
「ふふふ、そうね。…流石に彼らに少し同情してしまうわね」
「同情なんてしなくていいさ。彼らが悪い。そしてこの状況を打破する為に、本来であれば同じファデュイの諜報員同士や工作員同士、そして部隊間同士での情報共有や、協力と連携等を行わなければならないが、今のファデュイの各諜報部隊達や工作部隊達は互いに協力や連携を取る事は不可能。ましてや裏では互いに牽制し合い、お互いを警戒しすぎて同士討ちの一歩手前まで行う始末。そしてそれを執行官達、少なくとも凝光さん達の七星達と会談や交渉事の中心人物である“淑女”の“シニョーラ”は把握していない…。ファデュイの“分断”は、予定通りに進んでいるようだ」
「確かにそうね…。でも、まぁ、これも仕方の無い事ね」
瞬詠はそう小さく呟くと、凝光はそう言いながら小さくため息をつく。
「あぁ、全てはファデュイの連中が裏でこそこそと動き回っているのが悪い。それにまだこういったやり方の方が、お互いに大きな被害、それに今後に影響する遺恨や怨恨も少なくて済むし、こっちの方がお互いにある程度の理想的な落としどころを探れるからな。…ファデュイや千岩軍、そして執行官達と仙人達、下手すれば彼らの女皇陛下と俺達の岩王帝君が神同士が真正面からぶつかり合って、結果的に人間達同士はおろか、眷属達同士や神同士がぶつかりあう、血で血を洗う大戦争がスネージナヤと璃月間で勃発する…。いや、それだけで済めばいいがな…。なぁ、凝光さん」
瞬詠はそう言うと、凝光の方に視線を向ける。瞬詠の瞳には強い意志が宿っていた。
「この璃月や璃月港は商業国家でありテイワット最大の商業都市でもある。それ故にここには大勢の数の、観光やビジネス目的で来ているテイワット各国の外国人達がいる…。凝光さん。これの意味、凝光さんなら、どういうことか、何を指しているのか…。分かるよな?」
「えぇ、勿論…。もしもこの璃月、そして璃月港が戦火に晒されてしまえば、関係のない外国の邦人達が巻き込まれることになり、最悪死ぬことになるわね。そうなれば他の璃月とスネージナヤ以外の七国は璃月に攻撃をして、自国の人々を巻き込み殺害した国家として国交を断絶したり、制裁を加えたり、最悪他の七国達がスネージナヤに宣戦布告するなんて事になりかねないわね…」
瞬詠と凝光は真剣な表情を浮かべながら、腕を組みながら目を細める。
「あぁ、そうだ。そうなればテイワット全土を巻き込んだ“大陸戦争”なんてものが勃発し、テイワットは大陸戦争と言う名の大災禍に覆われて、最終的にこのテイワット大陸が灰燼に帰すなんて事になりかねん…。そして“煙緋”。彼女はこの璃月港で一番有名な法律家だ。つまり璃月でビジネス活動や商活動している璃月人達や外国人達は彼女の事を知らないわけがない。璃月港で商売している者達にとって璃月人や外国人問わず彼女の存在と言うのは常識みたいなものなんだ…。そんな彼女が誘拐され、傷つけられ、あまつさえ殺害されたなんて話が出回ってみろ…。間違いなくテイワット大陸中で璃月と関係のある商人達や商会、また貿易等の関係者達に激震が走るぞ」
「えぇ、瞬詠の言っている事、よく分かるわ。もしも彼女に、何かあった時の影響が私にも予想できないもの。少なくとも、その大勢の者達の間で多かれ少なかれ強烈な反スネージナヤ感情を持つことになるわね…。そしてその者達はスネージナヤとの取引を停止したり、取引の条件を劣悪なものに強制変更し、スネージナヤも諸外国への感情が悪化する…。それが繰り返されていけば、いずれ…。極端すぎるかもしれないけど、『煙緋が危害を加えられる。そしてテイワット大陸全土が戦禍の炎に覆われる事になる』という関係が成り立ってしまっているのよね…」
「あぁ、本当にそれだけは洒落にならん…。冗談抜きで煙緋がきっかけで、テイワットに未曾有の危機が差し迫るという可能性が僅かにでもあるのならば、俺達密偵防諜部で、ファデュイが実際にやろうとしているのかどうかは分からないが、ここで煙緋に接近しようとするファデュイの諜報員達を力尽くでも止める必要がある…。凝光、凝光さんの『煙緋が危害を加えられる。そしてテイワット大陸全土が戦禍の炎に覆われる事になる』…。そんな状況になってしまうよりかは、俺と夜蘭、俺達が築き上げた密偵防諜部の手でなんとかした方が、遥かにまだましな方だしな」
瞬詠はそう言うと、『煙緋法律事務所』に鋭い視線を送る。
「えぇ、本当に…。本当に、本当に馬鹿げた話ね。なんとしてでも、止めなきゃいけないわね…」
そして凝光も、見下ろすかのように瞬詠と同じく鋭い視線を『煙緋法律事務所』に送る。
「…ふふっ、本当にあなたが私の部下で良かったと思うわ。もしも、あなたがファデュイの執行官達の直属の部下だったらと思うと……、あまりにも恐ろしすぎて、ゾッとするわね」
「はぁ?…はは、おいおい、そうか?別に自分の代わりなんて、いくらでもいるじゃないか?」
鋭い視線を送っていた凝光は冗談めいて笑いながらそう言うふうに言うと、凝光の隣で鋭い視線を送っていた瞬詠もつい凝光に釣られて笑ってしまう。
「ふふっ、そうかしら?…貴方がここに来てから一年も満たない間に月海亭や七星八門で認められ、瞬詠の存在を無視できないほどの影響力を持ち、今までの璃月には無かった月海亭や七星八門の職員達の不正の秘密調査、璃月内部や諸外国との情報戦を専門に行う専門の秘密機関の密偵防諜部の設立、また本来であれば普通の人間が関わり合う筈がない仙人達との関係やパイプもしっかりと作り、またその他の要因で貴方という存在は璃月港においてかなりの影響力を保持した人物と化した……。それは他でもない、貴方だけよ?瞬詠」
「…確かにそうか。いや、待て。どうみても働きすぎじゃないか?俺」
「えぇ、その通りね。働きすぎよ、あなた」
凝光は笑みを浮かべながらそう返すと、瞬詠も苦笑した。
「…これが終わったら、絶対に休みを取らせて貰うからな。凝光さん」
「えぇ、私はいいわよ…。何も知らない刻晴がなんて言うか、わからないけど」
「ぐっ……」
瞬詠は思わず顔を強ばらせると、凝光はそんな彼をクスクスと笑う。
「ふふっ、どうかしたのかしら?」
「いや、何でもない。凝光さんからただ休ませなさいと言わせても、絶対にあの暴走女は反抗するだろうし、“真実”を言えば流石の刻晴も反抗できなくなるし、暴走女の彼女も納得するだろうが、凝光さんも言うつもりは無いんだろう?」
「当たり前じゃない。刻晴は何も知らない方が良いのよ。それにそれが彼女を守る最大の方法だし、もしも“真実”を知ったら刻晴だけじゃなくて、刻晴の周囲、もしかしたら今の璃月港に激しい動乱が起きるかもしれない…。ふふっ、まぁそれに、刻晴が何も知らない方が面白いじゃない?」
「はぁ…?ちっ、他人の不幸は蜜の味って事か……。本当に良い性格してるよな、凝光さんは」
「ふふっ、褒め言葉として受け取っておくわね?」
瞬詠が呆れたように舌打ちをし、ジト目で凝光にそう言うと、凝光は満面の笑みを浮かべながら頷いた。
「はぁ…。まぁ、良い。まずは目の前の問題を片付けよう。凝光さん、最後の確認だが、本当に良いんだな?俺や夜蘭達はいつでも行けるぞ。璃月港で暗躍しているファデュイの諜報員や工作員の主力部隊、彼らを手筈通りに煙緋法律事務所におびき寄せ彼らを嵌め、そして彼らを叩いたのちに拘束する。これが成功すればあのとても恐ろしい可能性を、厄災の未来と言えるそんな未来を消し去ることが出来る。それに凝光さん達のファデュイとの会談や交渉が璃月側に圧倒的に有利になるのは確実だ。…さぁ、あと必要なのは凝光さん。それを実行するための、凝光さんの命令だけだ」
「えぇ…そうね」
瞬詠は静かに息を吐きながら言うと、凝光はこくりと頷く。
「…瞬詠、ファデュイは瞬詠達の十分な程の工作活動を受けているおかげで、ファデュイという組織は機能不全を起こし、弱体化し始めているのよね?…偽情報をファデュイに注入することで」
「あぁ、そうだ。取引によってこちら側に寝返りさせ返したファデュイの内通者や協力者、それにファデュイとの繋がりのある裏社会の情報屋達等を特定し、あらゆる方面から偽情報の拡散を徹底させている。それによって、彼らの内部では水面下で誰が裏切り者なのか、誰が璃月のスパイ、誰が密偵防諜部が送り込んできた諜報員なのかと疑心暗鬼に陥り、お互いに信用出来なくなってきている。おまけに元々執行官達の配下のファデュイの構成員達、また彼らを取り纏めている直属の部下達というのは野心家の集まりだ。今回の璃月との会談の成果を通じて、昇進や更なる利権の増加や執行官達の覚えを良くしたいとの野心を持つ者達も多数存在いるだろう。そういった奴らの中には、時として必要であれば自分達の同僚達を貶めるという事を平然と行う場合がある。つまり?」
「…そうね。つまり今現在起きている事は、自分達と敵対している派閥のファデュイがわざと引き起こし、この混乱に乗じて自分達を嵌めて貶める事で、執行官達からの心象を悪くさせ、また自分達を都合の良いように動かそうとしている、と考えるわね。…ふふっ、瞬詠。貴方、よくこんなえげつない事、こんな恐ろしい事を考えつき、そして実際に行動に移せたわね?」
「…ふんっ、ファデュイなんて恐ろしい存在だからな。真正面から当たっちゃ敵うわけがないだろう…。ならば、彼らの土俵になんて上がらず、その土俵や土台そのものを壊してしまえば良い。つまり彼らが、武力行使なんて出来なくなってしまう状況や環境に追い込んでしまえば良いという事…。使える物は何でも使い、利用できるものは何でも利用する。…そうだろ、凝光さん?」
瞬詠はそう言うと凝光に向かって笑いかける。
「えぇ、そうね…。流石ね、瞬詠。なんだか貴方の事、酷く恐ろしい存在だと思えてきたわ…。えぇ、貴方は知的な怪物、合理性の化け物。そんな人外みたいな存在に思えてくるわね…」
凝光も笑みを浮かべながら頷く。
「…中々、酷い事を言うじゃないか?凝光さん?こっちは凝光さんの命令で動いているのに…。それに俺はただの人間だぞ。ただ“色んなもの”を見てきた人間。あらゆる“綺麗なもの”や“美しいもの”。そして“汚いもの”や“醜いもの”を見てきた。見届けてきた。ただ、それだけの人間だぞ」
瞬詠はそう言いながら、凝光に向かって微笑んだ。
「ふふっ、分かったわ。そう言う事にしておきましょうか…。さて、瞬詠」
凝光はそう言うと真剣な眼差しを瞬詠に向ける。
「…」
そして瞬詠も凝光の真剣な眼差しに答えるように、静かに頷いた。
「…命令するわ、瞬詠。必ず、必ず無事な姿、何事もない普段通りの姿でこの群玉閣に帰ってきなさい。そしてそれだけじゃないわ。私の特別情報官。夜蘭。彼女も何事もなく、無事に私の元に、私に顔を出せるように戻って来れるようにしなさい。そしてその目的を、必ずその災禍の芽を摘むという目的を遂行してきなさい。…それ以外は一切許可しない。そう命ずるわ。…いいわ、ね?」
凝光の真紅の瞳が瞬詠の瞳に突き刺さる。彼女の紅色に輝く瞳はまるで瞬詠の心の中まで見透かすように、その瞳を揺らがせることなく瞬詠を見つめ続けていた。
「…」
そしてその瞳を真正面から受け止めた瞬詠は彼女が求めている意味を理解したのか、無言で頷く。
「…了解した。夜蘭達にこの事を伝達させて偽情報の内容の更新を、また夜蘭達にいつ始まっても良いように準備をしておくように言っておく。…そして俺の方でも、実証実験が終わっている“例のあれ”、あれらの準備をしておくとしよう。使えば使うほど多少の問題は出てくるが、実戦で十分に使えるからな。厳重に保管し、眠らさせている“あれら”を活用しない手立てはない」
瞬詠はそう言うと凝光から視線を外す。そして瞬詠は空の方に顔を振り向く。そうしてその次の瞬間、黄金の風の翼を展開させていく。
「…」
凝光は黙ってその風の翼が展開されていくのを見つめる。そしてその次の瞬間、群玉閣に丁度瞬詠を後押しするかのような風が吹き始める。
「…じゃあ、行ってくる。凝光」
「…えぇ、行ってらっしゃい。瞬詠」
そして暫くした後、瞬詠は横目で凝光に軽く笑いかけると凝光もそれに返すように微笑む。
「…っ、っ、ふっ!!」
そして瞬詠は軽く駆け出し始め、そのまま群玉閣から飛び降りる。
「っ、っ、ぐっ!!…っ!!」
飛び降りた瞬詠は最初こそは沈むように落ちていくように飛んでいたが、速度が乗ってきたためか、それとも上手いこと気流に乗れたためか、少しずつ高度を上げるように飛んでいき、そして群玉閣から離れるように一定距離を飛んで行くと、上昇気流に乗れたのか急激な上昇をし始める。そうしてある程度まで上昇していくと、今度は翼を器用に動かして翻しながらとある方向に進路を向けると、一気に加速するように飛んでいく。
「…本当に流石ね」
凝光は群玉閣から瞬詠が璃月港に広がる夜の大空に飛び立つ様を見て、僅かに感嘆の笑みを浮かべながらそう呟いた。
先ほどまでのその動きを例えるならば、空母から迎撃のために艦載機である戦闘機を発艦させ、速度に乗ったその戦闘機が急上昇して高度を稼ぎ、一気に急旋回しては迎撃の為に急加速しながら自艦の空母に迫りくる脅威に向かって突っ込んで行く様子に酷似していた。
ここまで自由自在に、そして上手く気流を乗りこなしながらこんな風に自由に飛んでいけるのは、目の前の彼しかいないだろう。これを“船長”さんの元、南十字武装船隊に所属していた頃の彼は、毎日のように日常的に行ってきた彼に対して、改めて凝光は感心し同時にこれが彼の大胆不敵である所や、目的達成の為に一切の手を抜かない所、また冷徹すぎてどこか冷酷染みたところも彼の気質でもあるのだろうと感じながら、ただ静かに彼が飛び去っていくのを見送る。
「…ふふっ、これから私もやらなきゃいけない事が山積みになるわね」
凝光は僅かに寂しそうな表情を浮かべると、次の瞬間にはいつものように笑みを浮かべ、独りでに群玉閣の宮殿の中に戻った。
凝光が命令を発令し、命令を受け取った瞬詠は飛び立った。
それはつまり、これより今まで璃月港で暗躍していたファデュイの諜報員達や工作員達を相手に、遂に璃月七星、天権“凝光”が下した“攻撃命令”により瞬詠と夜蘭等を中心とする密偵防諜部、瞬詠と夜蘭達が彼らに牙を剝き、そうして一斉に襲い掛かっていくという事が決定したという事。
そしてそれはいずれ単独行動ではないファデュイの諜報員、ファデュイの諜報員達や工作員達で構成された部隊に奇襲攻撃を敢行し、彼らを制圧、拘束し捕縛を行う意味でもあったのであった。
全ては、煙緋に迫っていたありとあらゆる脅威の可能性を。
それらを人知れずの所で、排除するために。
随筆している最中、そして完成したのを読み返して、思いました。
瞬詠がかなりとんでもない物(音声が流れるフォンテーヌ製の写真機…?、交信符、そしてファデュイから鹵獲した“あれ”)を保持しているけど。“あの人”、“留雲借風真君”が瞬詠に“様々な物”、彼女が作成もしくは改造を施したそれらを付与したって事になってるけど、大丈夫なの?
まぁ、留雲借風真君は改造した“帰終機”、“縹錦からくり・留雲(原神の2週年目イベントで手に入れられるアイテム。小さな仙霊のようなもの。)”、月逐い祭での“からくり調理神器”、ヨォーヨに送った月桂(※ヨォーヨの物語にある月桂に関する記載を見ると、留雲借風真君のからくり人形の類と思われる)などといった、多種多彩、多彩多様な物を作成、改造してきた実績もあるわけだから、大丈夫な…筈。
尚、次回よりしばらくの間の煙緋と忍は、凝光の群玉閣にて凝光と同居することになります。
—————
◎解説(“救苦度厄真君”について)
・救苦度厄真君
→“救苦度厄真君”もとい“七七”についてですが、彼女の正体と言うのは薬舗「不卜廬」の薬採り兼弟子であり、そして薬屋の白朮を手伝う“キョンシー”の幼女です。ですが作者的に実はその真の正体と言うのは、その身こそキョンシーという身体ですが実態は記憶を無くした仙人、“救苦度厄真君”という仙人ではないのかと考えました。
どういうことかと言いますと七七のキャラクターについてを調べていくうちに、彼女のキャラクターストーリーで「七七というごく普通の薬草取りの娘が、誤って仙境に入り右足を怪我した。怪我を処置するため、彼女は慌てて洞窟に入った。傷口に包帯を巻いていると、彼女はこの世界に存在しないものの声を聴いた。まさか、巨大な音がした後、自分が永遠に生死の境をさまよう存在になるとは、彼女は思ってもいなかった。仙と魔、正義と邪悪…どちらも彼女はただ巻き込まれてしまっただけの犠牲者であるとわかっていた。これは天の意思かもしれない。瀕死の彼女はなんと『神の目』を手に入れ、仙魔大戦を終結させた。彼女を不憫に思った仙人たちは、各々の仙力を七七の体内に注ぎ、彼女を復活させようとした。しかし、蘇った七七は体内の仙力を制御できず、暴走し始めた…。この騒動を治めるために、『理水畳山真君』は仕方なく、この不幸な娘を琥珀に封印した。」という記載がある事から、そもそも七七は今より遥か昔の時代(仙魔大戦時代がおそらく魔神戦争と同時期、もしくは魔神戦争終結後からカーンルイアのテイワット全土侵攻・総攻撃までの間の璃月にて勃発した戦争の事と思われる)に生きていた人と見る事ができ、更には死の間際で神の目を手に入れた彼女は、最終的に仙魔大戦を終結させたことから、本来の七七は相当の実力者であることが見とれます。また彼女がキョンシーである理由も仙人達が七七を助ける為に(結局は暴走しましたが…)仙力を流し込んだが故かと思われます。
そしてこれの続きとして彼女の神の目に関する記載にて「七七の『神の目』は死ぬ直前に授かったものだ。時を止めて、過去の日々に戻りたいと思った時。死への恐怖、生存への渇望、そして家族への思い…この全てが『氷』の模様になった。『もし過去に戻れたらいいな…』涙が瀕死の娘の目からこぼれ落ち、突如現れた『神の目』に落ちた。『三眼五顕仙人』たちは、彼女の『三眼』としての正当性を認めた――過ぎ去った日々への渇望も、守護の意思の一つだ。」とあることから、彼女は正式な魈や留雲達の『三眼五顕仙人』の一員であると判断し、瞬詠が仙人達や弟子の申鶴と共に甘雨を救出させていた話、その救出劇に参加、同行していたという事といたしました。
また彼女の仙号の“救苦度厄真君”についてですが、これは元素爆発の名前が“仙法・救苦度厄”という名前である事、また天賦紹介の文章の中に『「本名、救苦度厄真君、起死回骸童子。」――だが七七はこの言葉を思い出せない。』とある事、そして元素爆発時の七七の台詞が『我が名は度厄真君なり』と言っている事から、七七の仙号は“救苦度厄真君”で、まず間違いは無いと思われます。
余談ですが、七七はキョンシーになった事で生前の記憶を失っていると等しい状態ですが、なぜかなんとなく、魈に関してあった事があるような、ないような曖昧な記憶があるよう…みたいです。また個人的に方士である重雲が、彼女が普通ではないキョンシーである事に既に気づいており、かなり彼女が気になっているという事に関しても、やはり彼女の正体が仙人のキョンシーである事を示唆しているように思えます。
…いずれにしろ、“七七”は仙人達ととても深い関係や繋がりを持つ人物であると思われるので、彼女の“伝説任務”が待ち遠しいです…。
—————
追記1
・【魔神戦争】を【魔人戦争】と表記の誤りがあったため、該当の部分を修正しました。
追記2
・パンタローネの反応に関する瞬詠の台詞を修正しました。(個人的に読みづらいと感じたため)