盟主に気に入られちゃったし三馬鹿が美少女だった(仮題)   作:樽薫る

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運命の邂逅

 

 月面、エンデュミオン・クレーターでの戦いから一月が経った。

 

 ザフトは資源衛星『新星』を制圧し改造、移送、名を『ボアズ』と改めたりとあったものだ。

 

 しかし、ロマはそれどころではなかった。

 エンデュミオン・クレーターでの戦いの後、ザフトが月から撤退したのは良かったのだが、ロマは諸々と事情を聴かれたりと忙しなく動く羽目になり、挙句にサイクロプス、並びに今戦闘のことを……否、ジンが戦況を覆したことを口外しないようにだとか、もろもろの誓約書まで書く羽目になったのだ。

 それでも、危うげな書類の場合はアズラエルがストップをかけて連合の士官を黙らせていたが……。

 

 同席していたジェラード・ガルシアがロマを自身の元に引っ張ろうとした時などは、それはそれは酷いことになっていた。大の大人が涙目になるほどの口撃。そのままアルテミスへの左遷の追い打ちを受けて、静かに消えた。

 あんまりな姿に、ロマはこうはなるまいと誓ったそうだ。ちなみに、整備士からキスをもらったかどうかはロマのみぞ知る。

 

 

 

 そしてユーラシア連邦、大西洋連邦の決死の隠蔽が行われたわけだが……。

 

 結果として、完璧な隠蔽などできるわけもなかった。サイクロプスのことも、ロマのこともだ。戦場にはいつだって“目撃者”が存在するのだから……。

 

 エンデュミオン・クレーターでの戦い、公になっているのはムウ・ラ・フラガこと【エンデュミオンの鷹】による、メビウス・ゼロでのジン六機を撃破の活躍の功績と、新部隊等による連合側の“大勝利”。

 ちょっとだけ鹵獲したジンも活躍したよというおまけもあった。

 

 しかして、秘匿というのは破られるものであって、それはやはり甘い蜜である。故に結局その“ジン”の情報というものは微かな噂となっていく。

 どこから漏れたのかちょっとした映像まで漏えいしたのは生き残ったどこかの部隊の者なのだろう。書類とはなんだったのだろうか、書いてない者、つまり地位が高い人間が漏らしたとなれば、それはそれで問題ではあるが……さすがにザフトということはない、というのがロマの見解だ。それこそ秘匿、恥というのは隠したいだろう。

 

 なにはともあれ、【ロマ・K・バエル】はともかく……都市伝説と化していた“赤いジン”は現実味をもって各方面にお出しされてしまったのだ。

 

 

 

 

「噂みたいですよ?」

「噂、ですか?」

 

 ベンチに座っているロマが、傍で壁に背を預けて立っているアズラエルの方を向いた。

 施設内の訓練室で先ほどまで“使い所がほとんど無いであろう”格闘戦の訓練をしていたロマは、上着とワイシャツまで脱いでおりタンクトップとズボンのみ、首からかけているタオルで汗をぬぐう。

 そもそもブーステッドマンと訓練などほぼほぼ相手にならないのだ。すぐにマウントを取られてしまう。それでも所員やアズラエルからすれば、ナチュラルにしては良くやっているという見解ではあるが……。

 

「で、噂って?」

「だから、赤いジンで戦ってたので……例のエンデュミオンの鷹に負けず劣らずの噂で、すっかり通り名のようなものまで」

「……ほう」

 

 口元をタオルで拭く―――ふりをしてにやけを押さえる。

 自分でもよくやったとも思うが、そこまでになっているとは思わなかった。内臓へのダメージもそれほど深刻なものでもなく、結果としては上々である。ちなみに鹵獲したジンハイマニューバは“こちら側”で預かりとなった。

 解析情報などは共有するのであろう……。

 

「で、通り名というと?」

 

 ―――赤い彗星きちゃうか? 真紅の稲妻でもヨシ!

 

「赤い悪魔ですって」

「……そう来たかぁ」

 

 ―――白い奴も入ったなこれ。

 

「え、てか味方から悪魔扱い?」

「そりゃあんな戦いしてればそうなるんじゃないすかぁ? 自覚ないんです?」

「……必死だったから、な」

 

 実際に必死ではあった。数の有利は向こうだし、盾も無かった。故にジンを盾にしたり必死で重斬刀を振り回しており、それが―――“悪魔”と言われるのだからわからないものである。

 その内、異名がまた変われば良いなと思うロマだったが―――それは明後日の方向に変わっていく。

 

「……しかし、その二つ名は私のものであってますか?」

「いえ、名前は一つも出てませんから……あのジンの二つ名、ですかねぇ?」

「そうですか」

 

 少し考える。それはそれで良いのだろうかと思う。

 これから色々と動くのであれば、暫定ブルーコスモスである自分は名前など出ない方が良いのだろう。

 

「なんですかぁ、自分の名前が出なくて残念ですかぁ? ダメに決まってるじゃないですかぁ、一生地味に私のとこで働いてもらいますぅ♪」

 

 ―――くそっ、なんでBBAなのにメスガキムーヴかましやがるかわいいな!

 

「まぁそうですね。貴女の元で戦うなら有名になんてならない方がいいし……それで貴方たちの傍に居られなくなる方が問題です」

 

 言うなり立ち上がると、軽く体を伸ばし、アズラエルの追撃に備える。なにを言われようと構わない。

 彼女とも長い付き合いであるからに、本気でバカにしている時なんかは声音と雰囲気で察する。

 

 ―――さすがに、これだけの付き合いともなるとムルタのことは良くわかってきたもんだ。

 

 そんな風に自負していたのだが、そこでロマは違和感を覚えた。なぜか無言のアズラエル。名前を呼びながらそちらを向けば、“巨乳を強調して(腕を組んで)”立っていたアズラエルが、両手で顔を押さえている。

 耳が赤く染まっているものの、戦いにしか相手を察する能力を使えない人間には理解できていないことであろう。

 

「どうしました?」

「い、いえ、なんでも……っ」

 

 アズラエルのことは良くわかってるなどと、よくもまぁのたまったものである。

 

「……?」

「おにーさん!」

「クロ……どわっ!」

 

 突如、声のした方を見ればクロトが飛び付いてきた。体力も消耗しているし、体勢も整えていなかったのでそのままクロトと共に倒れる。後頭部を床にぶつけるも、首にかけていたタオルが落ちてそのままクッションになったようでそれほどの痛みでもない。

 思わず目を瞑ったものの、そっと開く。

 

「っと、おにーさんごめんね」

「いや、大丈、夫……」

 

 倒れているロマの腰にまたがっているクロト。スカートで視えていないので“これ絶対、挿いってるよね”と言われるヤツである。

 もちろん俗物的なロマはそんなこと思わないわけがなく……。

 

「問題ない、ただそのだな……降りてほしいと思うわけだ」

「……ははぁ~ん♪」

 

 悪戯っぽく笑うクロト。ロマはロクでもないことになるのを察した。

 

「え~おにーさん嬉しいかと思ったんですけどねぇ?」

 

 ―――そりゃ嬉しい。

 

 そう、やはり未だにロマは童貞である。不思議なことに童貞である。この状況で童貞など逆に難しいが童貞なのだ。

 

「たまにボクたちの胸、見てますしぃ?」

「自分で持ち上げるなぁ!?」

 

 自分の胸を片手で持ち上げて言うクロトに、思わずキャラを放り投げて言った。赤い彗星とは片腹痛し、所詮は青い童貞。悲しいかな、彼が童貞たる由縁はそういうところである。

 

 ―――素晴らしいおっぱいをお持ちで!

 

 そして、そんな彼を冷たい目で見るアズラエルは処女である。ブルーコスモス盟主、恋愛力は中学生レベル。故に、彼女はクロトの首根っこもってグッと引っ張った。

 

「おっと、なんだよおばさん」

「お・ば・さ・ん?」

「……おねーさん」

「お姉さん、なら良いでしょう……いえ、というより理事ですからね私」

「はーい」

 

 笑顔でキレるアズラエルに渋々と従うクロトは“原作”を知るロマからすれば、非常に健全な関係であると言える。まぁこれもロマの影響ではあるのだが、単なる“バタフライ・エフェクト(てふてふきれい)”の影響だと思っている。彼自身が橋渡しとなっているが、それに気づく男ではないのだろう。

 立ち上がったクロトに次いで立ち上がるロマが、タオルを拾ってまた首にかける。

 

「で、身体検査は終わったんですか?」

「終わりましたよぉ。別に問題ないって……なのに行くんですかぁ?」

「まぁあっちの方が君については詳しいですから」

 

 アズラエルとクロトの会話に、ふむと顎に手を当てるロマ。

 

「どっか行くんですか?」

「何言ってるんですか、君も来るんですよ」

「……なに?」

 

 あっけらかんと言うアズラエルに、ロマは眉を顰めた。

 

「……聞いてないが?」

「言ってませんよ。予定なんてないでしょう? 友達いないし、どうせここで暮らして寝てるわけですし、私に同行以上の優先事項、あります?」

「いや、ムルタとの行動以上の優先事項などもちろんないが」

「……ストレートに答えますね」

 

 少しばかり、ジト目でロマを見るアズラエルの頬はどこか赤い。クロトはそんなアズラエルを見てニヤリと笑うが、少し睨まれて藪蛇をつつくわけにもいかないと、『着替えてくる』と言い残して去って行った。

 ロマは首をかしげて、とりあえずアズラエルの方を向くが、またも顔を押さえていた。今度は片手で、だが……。

 そんな彼女の顔を、覗き込むロマ。

 

「大丈夫ですか?」

「近寄らないでください、汗臭いんでっ……」

 

 ―――えぇ~ショック。

 

 

 

 

 

 

 その後、ロマはいつの間にやら小型飛行機に乗せられていた。小型とはいえさすがにブルーコスモス盟主のプライベート用、中は広く中々どうして乗り心地も良い。

 ロマは最初、それを見たときには操縦でもさせられるかとも思ったが、問題なくゆっくりと空の旅を楽しんでいる。

 並んで座るロマとアズラエル、向かいにはクロト。

 

「三人とは珍しいな」

「ええ、今回行くのはこの子の出身地……ロドニアのラボですから」

「ロドニア……」

 

 何か引っかかる。聞いたことはあるがなぜだったかと頭を捻るが、いまいち思い出せないロマ。

 

「別に大丈夫なんですけどねぇ~最近、調子良いし」

「それは薬の濃度を下げてるからでしょう。依存性が低くなってきてるんですよ……ロマの言うこと鵜呑みにしてやってみてますけど、これで成果でない場合はあとが怖いですよ?」

 

 ロマの提言により、最近は薬物強化そのものを少しずつ弱いものにしていっている。薬物強化が進み凶暴性が増すのは悪くないという扱いだったものの、ロマの言う“協調性”を伸ばすためだった。

 所員は難しい顔をしたものの、アズラエルと所長の協力でその方向へのアプローチを試しているところだ。

 しかし、ロマは決めたことだ。

 

「大丈夫ですよ。私は三人のことを信じてますから……」

「君も“隊長”としてお願いしますからね?」

「モチのロンです」

 

 そう答えてクロトを見ると、クロトは別に何を言うでもなく窓の外に視線を向けた。おそらく気恥ずかしさもあるのだろう。まともに“信じる”なんて言われたのは初めてだろうに仕方ないことである。

 しかしてと、ロマはふと思いもする。無責任に“信じる”と言う言葉を使うのは柄でもない。

 息を吐いてから、サングラスの奥の瞳をアズラエルに向ける。

 

「あ、そういえば理事」

「なんです?」

「シャワーは浴びましたけど、汗臭くないですか?」

「……なんの話です?」

 

 なにかおかしなことを言っただろうかと、ロマは熟考。そもそも汗臭いと言ったのはアズラエルの方であり、念入りに体を洗った。嗅いで石鹸の銘柄を当てる女がいても問題ないぐらいには……。

 しかして、アズラエルは微塵も興味を示していない、というより忘れている。

 

「いや貴女が汗臭いって言ったんですけど」

「……あ、ああ~言いましたね。そう言えば」

「ど~せ照れ隠しで言っただけでしょ、おねーさん?」

 

 ―――どゆこと?

 

「理事……?」

「君、余計なこと言わなくて良いですから……」

 

 片手で顔を押さえているアズラエル。

 

「……なんか照れるとこありました?」

「汗臭いんで近寄らないでくれます?」

 

 ―――ひ、ひでぇ!!

 

 

 

 

 

 

 少しして到着したロドニアの研究所。

 人里離れた森の中、という表現で間違いもないだろう。その中に建設されたそこは、明らかに人目を避けた結果であり、“非人道的”な研究をするにはうってつけである。

 どこか引っかかりを覚えたまま、ロマはアズラエルたちに着いていく形で研究所内に歓迎された。御丁寧にロマにもVIP待遇であり、割と自由にさせてもらえるようだった。

 

 検査に行くクロトを見送って、所員とアズラエルとロマの三人になる。

 

「アズラエル理事、自分は少し通信が」

「あの二人ですか?」

「いえ“友人”ですが……今日、連絡するという予定を忘れてまして」

「友人……?」

 

 ―――え、その『いたの?』って顔やめてくださる?

 

「……いますよ」

「それは失礼、君ったら士官学校時代から私達に夢中だったじゃないですか?」

「否定はしませんけど」

「……女性ですか?」

「まぁはい、こんな感じで」

 

 端末に保存してあった卒業式の日に撮ったツーショットの写真を見せる。

 

「幸薄そうですが、ずいぶん綺麗な娘です。あの時の……コーディネイターですか?」

「御明察、まぁ自分の友には勿体ない相手ですよ」

「……ふぅ~ん」

 

 ロマは思考する。なぜか少しばかり不機嫌になっている気がするからだ。しかしここで最善手だか悪手だかわからないようなことをするのがこの男である。故に、なにか良くないことを思いついたのだろう頷いて、口を開く。

 

「アズラエル理事も綺麗ですよ?」

「早く行ってください」

 

 ―――怒られた。

 

 大人しく、ロマは踵を返して歩き出す。

 目的地としては休憩所あたりで、道中に自販機が並んでいる場所があった気がすると記憶を頼りに辿りついた場所は、まごうことなく休憩所だった。誰もいないことを確認してから端末で連絡を取るために通話を試してみると……。

 

『あ、ハイータです!』

「はや」

 

 ワンコールで出るとは思わず、つい口に出してしまう。

 通話相手は士官学校で同期だった少女であるのだが、ビデオ通話で映る彼女はすっかり少女というより女性であり、一週間に一度は通話していると言っても思うところがある。

 白い髪をポニーテールにした彼女は、頬にガーゼを張っていた。

 

「ん、怪我でも?」

『あ、うん……その、ドジしちゃって』

 

 後頭部をかきながら『えへへ』と笑う彼女を見て、少しばかり眉をひそめるロマ。

 

「無理しないようにな、新人だし……今はビクトリア基地だったか?」

『そう、もうちょっと先じゃぁ小競り合いも多くて、私もいつ前線に出されるか……』

「戦いは怖いか」

『……前線の方が、良いかも』

 

 意外だった。彼女は好戦的なタイプでもないし、コーディネイター、ザフトと戦うことに積極的なタイプではなかったはずだとは思う。だからこそ、少しばかりの違和感に顔をしかめる。

 思ったことを実行。彼はことそこに関しては現状、しやすい立場にあった。スケジュールなどあってないようなものだからこそ、言う。

 

「今度、そちらに行けるようにかけあってみるよ」

『え、ほんと!?』

「まぁ、どうなるかはわからないがな」

 

 そんな彼の言葉に、彼女は笑顔を浮かべてうなずいた。

 

『楽しみ、待ってるねっ』

「ああ、すまない。今は少し場所が場所でな……また来週にでも連絡する」

『うんっ、今度はちゃんと……時間とってほしいな?』

 

 ―――かわいい。わが世の春がきてしまう……絶好調である。

 

「了解した」

『それじゃあ、またね……それと』

「ん?」

 

 何かを言い淀みつつも、しっかりとロマの方を向く。

 

『私、頑張るから、連合で……』

「……ああ、こんなこと早く終わらせよう」

『うん……ま、またね、ロマ君!』

 

 頷いたロマに、再び笑顔を見せて彼女は通話を切る。

 最後の方の彼女の言葉が気になるが、来週にでも通話をするし思惑通りにいけばビクトリア基地に顔を出したりもできるだろう。ロマは端末をポケットに入れると、自販機でコーヒーを買って一口……深く息をついた。

 もう少ししたら戻ろうと思いつつ、ふと思い出す。

 

「そういえばワカメ切れたな……」

「わかめ?」

「そうそうわかめ……俺の作る味噌汁が意外と好評で……」

 

 誰か聞きなれない相手の声が聞こえた。聞いてはいけない声かとも思ったが、自分にそんな霊能力はないので生の現実だろう。

 声のした方向、つまり横を見ればそこには……。

 

 ―――ジーザス……なるほどなー!

 

 少女が、そこにいる。中学生から高校生ぐらいのその少女は、綺麗な金髪を揺らし無邪気な瞳でロマを見る。

 

「……ここの娘か」

「……」

 

 無言、だがしかしここで諦めない。首から下げた入館証を見せて不審人物でないことをアピールしながら、スッと視線を合わせる。

 目の前の相手がこんながっつり絡んでくる“キャラ”だったろうかとも思うが“時期”も違うのだから、そういうものだろうと至って冷静に口を開く。

 

「……ロマ・K・バエルだ。君は」

 

 何も知らないふりをしながら投げかけたその質問に、少女はゆっくりと口を開いた。

 

「……ステラ・ルーシェ」

 

 ―――ここってロドニアじゃねぇか!

 

 最初からそう言われている。

 

 

 

 

 

 

 

 ムルタ・アズラエルは腕を組んで立っていた。

 不機嫌そうな表情に、所員の男は怯えており、ロマは額から汗を流していたし、サングラスの奥の瞳は水陸両用MSの如く“泳いで”いた。

 こちらの気も知らないで“ちょっと女と連絡とってくる”と、デリカシーの欠片もない発言をして去って行ったかと思えば、帰ってきた時には……。

 

「えっとだな、これは……」

 

 後ろにこれまた綺麗な少女を一人連れていた。

 

「どういう状況ですか?」

「いや、その……迷子、ですか?」

 

 ロマが所員の方に視線を向けると、彼はヘッドバンキングの如く勢いよく頷く。

 

「う、うちの新しいタイプの強化人間でしてっ!」

「らしい……ほら、あれじゃないでしょうか、私も三人と一緒にいる身としてこう、父性が、ね?」

 

 苦しい言い訳であった。挙句自分の首を絞める。

 

「お父さんにでもなるんですか? 10も違わない娘の?」

「お父さん、なの?」

「ステラ、ちょっと静かに、な?」

 

 アズラエルの言葉に反応したステラ、そしてそんな少女の言葉を苦笑いを浮かべて諭すロマ。

 遭遇して、飲み物を奢って、ちょっと話をしたぐらいなのだが思ったより懐かれてしまってどうしたものかとも思う。そもそも“次”にまで関わるつもりなどなかった。

 しかし、考えても見れば強化人間について関わるのだから、これもまた仕方のないことなのだろう。

 

「……お父さん?」

 

 袖を引いてそんなことを言うものだから、助けを求めてアズラエルを見るが彼女はもみあげあたりを指でくるくる弄びながら、ロマを睨んでいる。

 所員の方を向くがどこかに通信しているようだった。この世界に神はいない。髪は信じる。しかして、髪は現状を助けてはくれないのである。

 

「……これでは道化だよ」

「お父さん、どうけ?」

「ステラェ……」

 

 どこか死んだ目でつぶやくロマに容赦のない追撃。なにはともあれ早く帰さなくてはならないのだろうと、所員の方を見れば通信を終えてロマへと向き直る。

 

「すみません、検査中に逃げ出したようで……」

「こういうことは良くあるんですか?」

 

 アズラエルの言葉に、所員は困ったように笑う。

 

「はい、こちらの管理不足で申し訳ないです。しっかりと躾ておきますので」

「……いえ“生きた人”ですからそういうこともあるでしょう」

 

 ロマは軽く返しつつ、斜め後ろに立つステラを見やり頭を軽く撫でる。くすぐったそうにするも、それほど嫌そうでもないのは“相性”が良かったのかなんなのか……2年後の“彼”の場合は少し違った気もするが……。

 元々人懐っこい娘なのかもしれないと思いつつ、所員の方に視線を戻す。

 

「それで、このあとは?」

「私が元あった場所に戻してきましょう、ステラ・ルーシェ、戻るぞ」

「っ……」

 

 所員が手を伸ばすが、ステラはロマの腕を掴んでその後ろに隠れる。困ったような所員を見て、ロマは致し方ないと、怯えるようなステラの頭に再びぽんと手を置く。

 

「私が連れて行きますよ」

「えっ、わ、私は構いませんが……」

「理事、構いませんか?」

 

 アズラエルはその様子を見ていたからこそ理解しているのだろう。何を言うでもなく、困ったように笑って頷く。

 それに対して、軽く笑みを浮かべ礼を伝えるロマは、所員に道を聞いてステラと共に歩き出す。その後ろ姿を見送るアズラエルは仕方ないという顔をしている反面、少しばかり不機嫌そうで所員は肝を冷やす。

 

 なにか話そうかと頭を捻らす所員、だがそんな二人のすぐ近くの扉が開くと、中からクロトが出てきて所員は安心したようにホッと息を吐いた。

 

「あれ、おにーさんは?」

「女の子連れてどっか行きました」

「……ハァ?」

 

 所員は震えた。

 

 

 

 アズラエルたちと別れたロマは、ステラを連れて指定された場所に到着すると、扉前のブザーを鳴らす。

 中から出てきた女性所員が、ロマを見て申し訳なさそうに一礼をするが、ロマはといえば軽く平手を出して首を横に振り、気にするなということを伝えた。

 不安定な強化人間なのだから仕方あるまいということだ。

 

「ご迷惑をおかけして……」

「いや、ステラは利口だったよ」

 

 そう答えて横にいるステラの頭を再び撫でるが、ロマの腕を離しそうにない。

 

「お父さん……」

「ステラ・ルーシェ!」

「まぁそう怒らないでやってください」

「すみません、実は薬物投与の後で……おそらく意識がいまいちハッキリしてない時に中尉を認識して、刷り込みがかかってしまったのだと思います」

 

 やはりアズラエルのお抱えの私兵ということもあり、かなり気を遣われている。というより恐れられているとも言えるだろう。自分も偉くなったものだと思う反面、そういうことは向いているタチでもない故に少しばかり困りもする。

 女性所員を宥めてから、ふと口を開く。

 

「父親代わりの経験もいいと思っている。胸がときめく」

「は?」

 

 ―――ダメじゃん大尉。

 

「ああ、いえなんでも……ほらステラ、検査だからな。しっかり受けておかないとだ」

「……お父さん、いなくなる」

「なるほど」

 

 ―――もうお父さん固定だ俺! かわいい娘できちゃった……お嫁にあげたくない。

 

「また会えるさ」

 

 サングラスを外して、中腰に屈むとステラと視線を合わせた。身長180㎝の彼が160もないステラに合わせるともなると地味に苦労もする。

 しかして、自分を“父”と刷り込んでしまった相手を無下にするわけにもいかない。そこまで非情になれないからこそ、歴史を変えてしまう道を進んでしまっているのだから……。

 

「いや、また会いに来る。約束だ」

「やく、そく?」

「ああ……」

 

 そう言うと、ステラは薄らと笑顔を浮かべて頷いた。

 

「それと俺はロマ、な」

「ロマ……うん、ロマ」

 

 頷いて手を振ると、中に入っていくステラ、立ち上がったロマは腰を叩きつつ自分を見る所員と目を合わせるが、どこかおかしなものを見る目をしている。

 恐らく“強化人間”に対する物腰のせいであろうと、おおよその予測がつく。何十何百もの強化人間を見てきた者と、幾人かしか知らぬ自分との差であろうとロマは結論づけた。

 

「お世話かけました中尉……ステラ・ルーシェについては記憶の調整の方ができるので」

「いえ、あのままで結構です。負担もあるでしょう?」

「……まぁ」

 

 不思議そうにロマを見る所員に、ロマはサングラスをかけなおして軽く笑う。

 

「私もコミュニケーションをとってみたいとは思いますので」

「……わかりました」

 

 頷いた所員が部屋に入っていくのを確認して、ロマは戻ろうと踵を返すと……。

 

「アズラエル理事、クロトも」

 

 いつの間にやら二人がそこに立っていた。迎えに来たのだろうかとも思うが、ジトーっとした目で見られている辺り、先ほどの会話を二人は聞いていたのだろうし、物申したいことがあるのだろう。

 それに気づいているわけもないロマは、首をかしげて二人の元へと歩いていく。

 

「すまない」

「女の子って感じでかわいい子でしたねぇ」

「そうだな、可憐だ」

 

 クロトの言葉に素直に頷き、フッと頬を緩める。

 どんなに可憐な少女とはいえ強化人間、白兵戦ともなれば即座に制圧されるのだろう。そう思っていると、アズラエルが不満そうに腕を組む。もちろんロマは内心跳ね上がる。

 

 ―――ナイスおっぱい!

 

「へぇ、ああいう娘が好みなんですねぇ?」

「いや、そういうわけでは……」

 

 実際そうだ。ステラは可愛いとは思うが、幼さが過ぎる。

 彼女に構ってしまった理由といえばやはりそれは“父性”に近しいものなのだろう。故に、このまま彼女と親睦を深めることになれば、いつか来る“怒れる瞳”はぶん殴ることになるかもしれない。おそらく叩きのめされる……。

 

「別になんでも良いけどさぁ。おにーさん、あの娘の方が大事になっちゃったら」

「なに言ってんだ。お前らより大事なもんなんかあるかよ」

「っ……」

 

 あっけらかんと、当然と言うロマ。いつもと変わらず口にした言葉。その破壊力たるや、想像を絶するものであろう。人は自分がしたことの重大さには気づきにくいものなのだ。

 普段は毒にも薬にもならない男だが、こういう時は毒だか薬だかわからない男である。童貞のくせに。

 

 クロトはそっぽむいて歩き出してしまう。アズラエルはと言えば、相変わらずジト目で見てくる。

 

「へぇ~そういうこと言っちゃうんですかぁ」

「なにがですか」

「……別にぃ?」

 

 なぜだか“拗ねた様子”のアズラエルの後を追って歩き出すロマ。

 

「貴女も大事ですよ?」

「……クサいんで近寄らないでくださいっ」

 

 顔をロマに向けもせずに言い放つアズラエル。

 言った言葉の意味もいまいちに考えずに、“クサいセリフ”を吐いた男には似合いの末路ではあるだろう。

 そして、そんな男は受けた言葉の意味を理解しない。

 

 ―――ひでぇ……。

 

 

 

 そんな彼だからこそ、いずれ訪れるであろう数奇な運命の螺旋に、巻き込まれるのであろう。

 

 

 





一万文字いってしまった……
長い、色々と詰め込みすぎた気もします

ちょっと仲良くなってるアズラエルとクロト
ロマも頑張って周りの状況だけは良くしようと奔放中
どうなるコーディネイター娘

それからロドニアのラボでステラがゲスト参戦
アウルとスティングどうしようかなぁ

では、次回もお楽しみいただければと思います

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