長い階段の先にある自動販売機の前に座り込むQ太郎。
その目的は――。

※Q太郎さんが200枚のメダルを投入した後のお話を書いてみました。
※キミガシネをプレイまたは実況動画を見た後に読むとより面白いかと思います。


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皆、待っとるぜよ! 今いくかじゃ!【キミガシネ】

「やっと、やっと手に入ったぜよ……」

 

 ずしりと重量を感じさせる財布を持って、オレはふらつく足取りで”あの場所”へ向かった。

 

「やっとじゃ……」

 

 オレはしゃがみこむ。そして、急ぎながら、でも、確実にメダルを一枚ずつ入れていく。

 一枚たりともなくしちゃいけん。

 

「これでやっとじゃ……」

「きゅ、Qタロウさん……?」

 

 後ろから声がした。この声は……。

 

「さ、サラか。どうした?」

「どうした……って……。それはこっちのセリフです。Qタロウさんこそ何をしてるんですか!?」

「き……気にすんなよ。お前さんの悪いクセぜよ」

 

 オレは背を向けたまま返事をする。

 

「その手を止めてください! いったい、その自動販売機はなんなんですか!」

 

 サラと会話してはいるが、手は機械のようにメダルを入れ続けている。

 

「邪魔せんでくれ、サラ。オレは200枚メダルを集めたんじゃ!」

「200枚……? まさか、脱出券ですか!?」

 

 サラが近づいてくる。

 

「グッ……」

「Qタロウさん、自分ひとりだけで脱出する気なんですか……!?」

 

 驚きと悲しみがこもったサラの声が聞こえる。

 オレは立ち上がってサラに向き直って立ち上がる。

 

「ち、違う……! それは違うぜよ! サラ」

「オレは脱出口を調べて、全員で革命を起こすつもりなんじゃ! 全員で脱出するために!!」

「いいえ、それは嘘です」

 

 サラは静かに言い放った。

 

「なっ……!」

「Qタロウさんはフェアプレー精神を大事にしています。本当にその気だったら、メダルを交換する時に言うはずです!」

「それなのに、あなたは何も言わなかった! それは……ひとりで脱出するつもりだったからです……! 違いますか!」

 

 サラがオレに人差し指を突きつける。ここぞという場面で何度も見てきたポーズだ。

 

「……何が……悪いぜよ!」

 

 オレは絞り出すように言う。

 

「え……?」

「オレは一切、不正はしてねえ!」

「正当に得た権利を使って、先に外に出るだけだ!」

 

 サラのほうへ一歩詰め寄る。

 そうじゃ。これはフェアプレーぜよ。決して裏切りじゃない。

 

「助けだって呼ぶぜ! 何人いるか分からない誘拐犯相手に反乱を起こすより、よっぽど現実的だ!」

「お前らのことを見捨てるつもりなんて、これっぽっちもねえぜよ!」

「迷惑はかけねえ! 頼む……! 見逃してくれよサラ……!!」

 

 無意識に視線が下がる。サラと目を合わせられない。

 

「そんな……! ここまで、みんなで一緒に苦難を乗り越えてきたじゃないですか……!」

「……わかってるぜよ。仲間の死だって乗り越えた……」

 

 誰もなにもわからないまま、投票でミシマが死んだ。メインゲームでオレたちの投票でカイとジョーが死んだ。

 

「出る時はみんな一緒です。Qタロウさん!!」

「そんな希望がいったいどこにある!!」

「これを逃せば……次はまたメインゲームだ。誰かが死ぬ……。確実にな!」

「ミシマやジョーみたいに殺されるか……! カイのように自決するか……!」

 

 3人の最期の光景が脳裏に焼き付いて離れない。

 

「そのどっちかを選ぶだけぜよ!! そんなの耐えられるかじゃ!? サラ!」

「でも……!」

「これはチャンスなんだよ……! ひとりが確実に帰れるチャンス……!」

「Qタロウさん……!」

 

 このチャンスを逃したくはない。それに……。

 

「一度も立ってないんじゃ。一軍のマウンドに……」

「Qタロウさん、いきなり何を言い出すんですか……?」

「両親がいないヤツにだって夢を見ていいんだって、夢を叶えられるんだって……。孤児院のあいつらに見せてやるんじゃ!!」

 

 そうじゃ……。これは自分のためだけじゃない。孤児院のあいつらのためでもあるんじゃ……。

 

「Qタロウさん!!」

「これが最後の一枚じゃ……」

 

 最後の一枚を入れようとしたが――

 

「ごめん! 言い忘れたことがあるんだけどー!」

 

 透き通っていても心がざわつく声。ノエルだ。

 

「い、今更なんじゃ!!」

「まさか、『本当に200枚集めるなんて想定外だった。脱出できません』なんて言う気じゃ……!」

 

 こいつのことじゃ。何を言いだすかわからん。

 

「バカだな~。脱出は本当にできるよ。正真正銘の自由さ。死から解放される」

 

 ノエルは得意げにキメ顔のパネルを出している。鬱陶しいやつじゃ。

 

「でもね、残された者の扱いを教えてなかったんだ」

 

 残された者……。サラやギンたちはどうなるんじゃ……。

 

「これはね。一人勝ち……ってやつなんだよ」

「どういうこと……。それ……!!」

「脱出した人以外、全滅ってことだね」

 

 全滅……。

 

「き、聞いてねえぞ! そんなこと!」

「あはは……。ごめ~ん。言い忘れてたんだって!」

「言い忘れたで済むことかよ! きさん!」

「オレはもう……メダルを使っちまった……! どうしてくれるぜよ!!」

 

 オレの手元にはもう最後の一枚しかない。それに、全滅ってサラたちが死ぬってことかじゃ……?

 

「そうだねー。フェアじゃなかったねー。わかった!」

 

 ノエルがポンと手を打つ。

 

「特別に払い戻ししてあげるよ! 使ったメダル全部!」

 

 これで良いでしょと言わんばかりじゃ。

 

「……どう? 良かったね。仲間を殺さずに済んで……」

「……」

 

 言葉に詰まる。開いた口からは虚しく空気が漏れるだけだった。

 

「あれ? どうしたの? 今やめればメダルは返ってくるんだよー?」

 

「…………」

 

 言葉を返せない。

 

「まさか、仲間を犠牲にしてでもたすかりたいのかなぁ~? えー! 怖~い!」

 

 ノエルの言動がいちいち鼻につく。

 

「Qタロウさんだめです! 仲間ですよね……!? Qタロウさんはそんなことしないはずです……!」

 

 サラがすがりついてくる。いつものサラとは違い、弱々しい表情をしとる。

 

「か……カイさんの遺志は……!? ギンやカンナだって、待っている親がいるんです……!」

 

 サラから目を背けてしまう。

 

「…………すまねえ。サラ……」

 

 サラの目が見開かれる。

 

「やめて!! だめです!! Qタロウさん!!」

 

 サラだってそんな目で見るのはやめてくれ……。

 これは正当な権利なんじゃ……。フェアプレーなんじゃ……。

 オレは最後のメダルを投入口に入れる。

 

 重々しい音が鳴り響き、自動販売機が左へずれる。

 扉が現れた。

 

 その音とは別に、けたたましい音が背中から聞こえる。たぶんサラの首輪じゃ。

 オレは振り返らずに扉を開ける。薄暗い階段に光があふれだす。

 ピーピーという音がだんだん速くなっていく。

 その音を遮るようにオレは扉を閉める。

 

「Qタロウさん……」

 

 そんな、か細い声が聞こえた気がする。いや、きっと気のせいじゃ……。

 

 オレは顔を上げる。

 

「なんじゃ、これ……」

 

 目の前には長い階段があった。さっきの階段とは非にならない長さじゃ。

 

「ここを登っていけば出口かじゃ……?」

 

 一段ずつ階段を上っていく。自分の足音が階段の奥へ吸い込まれていく。

 

 こうも静かだと色々なことが頭をよぎっちまう。

 

『筋肉ゴリラ……。ボクたちを置いて行っちゃうニャン……?』

『きたねえぞ! 自分ひとりだけで逃げる気かよ!』

『あららー。おまわりさんたち見捨てられちゃったねー』

『行っちゃうんですかぁ……。Qタロウさん……』

『Qタロウさん……』

『はは……。Qタロウさんならそうするんじゃないかって思ってたよ』

『まさか、アンタ冗談よね……』

 

 違う。これは幻聴じゃ。あいつらがこんなこと言うはずがない……。

 言うはずがないんじゃ……。

 出口へ向かっているはずなのに、足が重い。

 幻聴を振り払うように、一段、また一段と上がっていく。

 コツ、コツとオレの足音だけがあたりに響く。

 

 この階段はいつまで続くんじゃ……。

 それに、ところどころにあるドアはなんじゃ? 押しても引いてもビクともせん。もしかして、オレらの他にもデスゲームが行われているのか?

 いや、今そんなこと考えても仕方ない。

 

 下ばかり向いてると気も滅入るっちゅうもんや。前を向くんじゃ。

 

 そうだ。オレは孤児院の子供たちに活躍する姿を見せるんじゃ。一軍に行って球場の観客を沸かせて、『身寄りのないやつでも輝けるんだ』ってことを見せてやるんじゃ!

 

「ん?」

 

 視界の奥に何か見える。

 

「あれは……」

 

 ドア……? だが、ここからじゃよう見えん。

 足に力が入る。出口かもしれん!

 

 階段を上がりきり、速まる心臓の鼓動が落ち着くまで深呼吸する。

 やっぱりドアだ。階段の途中で見たのと同じドアぜよ。

 

 ドアノブに伸ばした手を止める。

 あんなやつらのことじゃ。これは罠じゃないか? 信じていいのか?

 ドアノブは回る。鍵はかかっていないようだ。

 罠だとしても、開けるしかない。

 

 意を決してドアノブを回す。

 

「なんじゃここ……。和室?」

 

 畳が敷かれた、まるで旅館の一室のような部屋だった。

 そこにいたのは——。

 

「よお。まさかお前が来るとはな。思ってもみなかったぜ」

 

 身体中包帯でぐるぐる巻きの男だ。

 こいつは確か……。

 そいつはふっと笑った。

 

「おいおい、忘れたんじゃねえよな? アルジーだよ。青の部屋でロシアンルーレットやったろ。あの時のお前はサラにボロ負けだったな」

 

 確かにあの時、サラに言い負かされた。サラはすごいやつじゃ。ロシアンルーレットか。少し前のことなのに、ずいぶん昔のことのように感じる。

 

「お前も突っ立ってないでこっちに座りな。お茶と菓子くらい出すぜ」

 

 卓上にはせんべいやどら焼きとかが盛られた菓子入れが置かれている。こいつ和菓子が好きなのか?

 オレはアルジーに向かい合うように座る。警戒は怠らない。

 

「お前どら焼きとか好きか? こしあん派か? つぶあん派か?」

 

 掴めない男じゃ。

 アルジーは菓子入れからどら焼きを取り出してオレに差し出す。

 手をつける気にはなれない。

 

「なんだよ。疑ってんのか? 安心しな。毒なんか入ってねえよ。それとも腹減ってないのか?」

 

 腹は減っている。

 

「じゃあこうしよう。お前が指定した菓子を食べることにしよう。菓子を選ぶのはお前だから、もし菓子のどれかに毒が入ってたとしても、オレは回避できない。菓子のロシアンルーレットってとこだな。ハッハッハ!」

 

 敵なのか味方なのかようわからん。

 

「じゃあ、これを食うぜよ」

 

 オレは適当にせんべいを指さす。

 

「おお、せんべいか。甘いもんの後にはしょっぱいのが旨いんだよな。さて毒は入ってるのかなあ?」

 

 なんか楽しそうやな。

 アルジーはためらいなくせんべいの袋を破り、バリバリとせんべいを食べる。

 

「どうだ? 毒なんて入ってねえだろ? 警戒しすぎだよ。まあ無理もねえか。あんなことがあったんだ」

 

 こいつに対して怒る気力は起きない。

 そもそも、オレに憤慨する資格なんてないんじゃ……。

 

「アルジー、聞かせてくれ。このデスゲームの目的はなんじゃ?」

 

 それがずっと気になっていたんじゃ。

 

「さあな。オレも詳しくは知らされてなくてなー。ほんとに何のためなんだろうな。次はようかんでも食うかな。お、栗ようかんあるじゃねえか」

 

 はぐらかされたのか? それとも本当に知らないのか?

 知らないのだとしたら、黒幕は誰なんじゃ……。

 

「おっと」

 

 アルジーがスマホを取り出す。

 

「どうやら到着したようだぜ。お前に会いたがっている奴がいてな」

 

 オレに会いたがってる……? こんな状況でいったい誰が。

 

 ガチャ。

 

 オレが入ってきたドアが開かれる。

 そこに立っていたのは白髪の老人だった。老人ではあるが、背筋はまっすぐでしゃんとしている。

 

「院長!?」

 

 オレがお世話になった孤児院『アスナロ』の院長だ。

 オレの恩師なんじゃ。見間違えるはずがない。

 

「院長がなぜここに来るんじゃ……。まさか……」

「久しぶりだね。今はQ太郎くんだったよね」

 

 院長は微笑みながら話す。

 オレは院長に歩み寄る。院長はにこやかな表情を崩さない

 足が震えているのがわかる。

 そんなことは考えたくない……。

 

「迎えに来たんだよ。『ゲームが終了したから来てくれ』って。私は君の親みたいなものだからね」

「このゲームについて知っているかじゃ!?」

「いやあ……。私はただ迎えに来ただけで……。どうだい、ゲームは楽しかったのかい?」

 

 何も知らないのか?

 院長はデスゲーム側とグルじゃないのか?

 

「そうだ。これも何かの縁だ。久しぶりに孤児院に顔を見せてくれ。子供たちもきっと喜ぶよ」

 

 オレはアルジーを振り返る。

 

「なんだよ。まだ疑ってるのか? お前はサラたちを裏切ってゲームに勝利しただろ。この時点でゲームは終了だ。ゲーム主催者側はもう干渉しねえよ。元気でな」

 

 アルジーはひらひらと手を振る。

 

「さあ、帰ろう」

 

 院長は手を差し出す。

 オレはその手を握り返す。

 手の温かみが伝わってくる。人間のぬくもりを感じる。

 

「そうだ。一つ言い忘れていたよ。Q太郎くん」

「どうしたかじゃ? 院長」

 

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 院長の手に力が入る。

 

「なんじゃ!?」

 

 急に手を引っ張られ、バランスを崩す。

 目の前にはあの階段が――。

 もう一度……? 何を……?

 

 身体のあちこちをぶつけながら、階段を転げ落ち、意識が途切れる前に頭に浮かんだのはそれじゃった。

 

 ――目が覚めた時には病室だった。

 

「あ、気が付きましたね。自分の名前わかります?」

 

「ああ……。バーガーバーグQ太郎じゃ。いてて……」

 

 頭がずきずきと痛む。オレはなんでこんな大怪我をしたんじゃ……?

 

「はい。意識ははっきりしてるみたいですね。私は看護師のヒヨリソウといいます。これからよろしくお願いしますね」

 

 そう言ってその男は微笑んだ。




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