先輩はいつも私の先を行っていた。 私が行きたいと思っていた高校に難なく入学し、一年遅れで必死になって入学し、追いついたと思ったら二年でもう部活のエースになっていた。 先輩の後を追いかけようとマネージャーとして入部した。 でも、やっぱり私は先輩からしたら大量に入部した先輩目当てのミーハーとして視界にすら映らなかった。
頭も良くないし、顔を可愛くない私にできることはあきらめない事だった。 部活は強豪で、マネージャーの仕事も大量にあった。 力仕事や洗濯も多く、私以外の先輩狙いは辞めていった。 それでも私だけが辞めなくてマネージャーを続けて三年生の引退試合後、先輩は部長に指名された。 満場一致で拍手が沸き起こる中、私だけがまた置いていかれたように感じていた。
「マネリーダーは が良いと思う」
と、先輩が言った時は思わず顔を上げて聞き返した。
「だって、二年はマネいないし、一年の中で一番頑張っているの だもん」
やっと、先輩の横に並べたような気がした。
でも、それからも特に劇的な変化は無かった。 部長、マネリーダーとしての業務的な会話はあったけど、プライベートな会話は一切なし。 トーク画面に「今何してますか?」と打ち込んでは送信できずに削除を繰り返した。
冬になって、先輩は三年最後の大会に向けてチーム全体を引っ張って、そしてそれ以上に自分を追い込んでトレーニングしていた。 私も先輩や他の部員をできる限りサポートしようと朝練前もドリンクや荷物を準備して、自分のカメラでみんなの動きを撮影し、振り返りが出来るようにと、奔走した。
「そういやさ、 は何でマネやろうとしたの?」
練習後の更衣室で、他のマネージャーに聞かれたとき、答えに窮した。 確かに、動機は先輩に追いつくためだった。 でも今はどうなんだろう? リーダーを任されて、責任ある仕事をこなし、選手をサポートする事に喜びを感じている。 もちろん今でも先輩の事は憧れで追いつきたい存在だけど、それ以上のことがある気がする。
「うーん……。 ごめん、分からないや」
と、この時は流してしまった。
「校内新聞のインタビューですか?」
「ああ、もうすぐ総体だろ? 毎年この時期に新聞部が部長職にインタビューしに来るんだよ。 はまだ二年だけどマネリーダーだし、多分インタビュー受ける事になるだろうから考えといて。 これ、質問のないようだって」
手渡された紙を眺めていると『あなたはなぜこの部活に入ったのですか?』という質問が目に飛び込んできた。
去年は答えられなかったこの質問に、今なら答えられるような気がする。
「えーでは、次の質問です。 『あなたはなぜこの部活に入ったのですか?』ですが、部長からお願いします」
「はい、俺は中学から続けていたというのが大きいですが、それ以上にある人の影響があるんです」
「ある人……。 先輩か顧問でしょうか?」
「いえ、そうではないのですが……その人は、いつも俺が必死になって到達する領域に軽々とたどり着いてきて、その人のおかげで今まで頑張れました」
先輩のそのまなざしは総体だけでなく、大学、そしてそれより先を見据えていた。
「なるほど、ありがとうございました。 では さんは?」
「はい……私は…………」
先輩最後の総体、今季は豊作と言われた年で、盤石に全国に出場。 全国大会でも上位に入賞することが出来た。 大会後の引継ぎも滞りなく終わり、顧問が祝勝会としてご飯を奢ってくれる事になった。
選手の人たちは焼肉争奪戦を繰り広げており、私以外のマネージャーもバラバラに席に着き、テンションを上げてはしゃいでいる。
私も先輩と同じテーブルに着くことは出来たけど先輩の方を見るのが精いっぱいで声をかける事なんて出来なかった。
先輩を見ながら考えることは総体前のインタビューの事だった。 先輩の今を作っている人に嫉妬している。 私が負い漕がれた先輩は私じゃない誰かで構成されていたと思うと、形容しがたい感情が胸を刺す。
そんな事を考えながら一人で目の前の肉を育てていると、先輩が私の隣にやって来て、腰を落とした。
「あっへぇ!? せ、先輩!?」
「よう、隣、邪魔するぜ。 他のテーブルはちょっとやかましすぎてな」
周りを見れば確かに、高校生男子の食欲は果てが無く、食事開始から軽く一時間以上経っているのにまだ食べるペースが衰える気配がない。
「皆さん最後の試合走りっぱなしでしたからね。 先輩もお疲れ様です。 これ、焼けましたけど食べますか?」
そう言いながら先輩の取り皿に肉を置く。 先輩も礼を言いながら一口で頬張る。
「サンキュ。 ……今思えばお前にもずいぶん助けられたな。」
「いえ、それがマネージャーの仕事ですから」
先輩はゴクンと音が鳴りそうなほど大きく嚥下した。
「そう、それだよ。 お前中学の時は選手だったよな。 なんで選手やめてマネやってくれたんだ?」
その言葉を聞いた瞬間心臓が跳ねた。 中学の時の私の事を……。
「そ、」
言葉がつっかえつっかえ出る
「それを覚えていたんですね」
「ああ、見ていたからな。 なぁ。ちょっと出ないか?」
先輩に連れられて外に出、二人で夜道を歩いている。 明かりはかすかに点滅している街頭だけ。 そのおかげで顔のほてりも隣で歩いている先輩にばれていない。
「この部活の中で付き合い長いのはお前だからな。 ちょっと話したかったんだ」
そう言われてまた心臓が跳ねた。 これ以上は街頭がいくら暗くても誤魔化せる気がしない。
「せ、先輩、こっち行きましょう」
と先輩を引っ張って目に留まった自然公園に向かう。 丁度ベンチにあまり街頭の光は届いてなく、ちょうど私の顔のほてりを隠してくれている。
「……なぁ、俺ら二人付き合い長いけど二人きりってのはなかなかないよな」
その言葉を先輩はどんな顔で言ったのだろう。 先輩の言葉でさらに熱くなった顔では先輩の顔を見れない。
「今まで俺らの事支えてくれてたんだよな。 マネってあんまスポット当たらないけど、ありがとうな」
「い、いえ。 先輩達の手伝いが出来て楽しかったです」
先輩がスッと立ち上がり、自販機に向かう。
「もうちょっと話さないか? なにか奢るよ」
「あ、じゃあ……、えっと、紅茶お願いします」
ガゴンと自販機特有の音と共に紅茶とコーヒーが出てくる。 ホットを息で冷ましながら二人で自販機にもたれながら舐める。
二人で話すと言っても緊張して話題も無く、ただ無為に時間が過ぎていく。
「あ、あの……ちょっと寒いですね……」
「……あ、ああ」
……気まずい。
先輩の顔をちらりと見ると、先輩もこっちを見ていた。 お互いの顔が合わさり、すぐに顔を背ける。
「わ、悪い。……いや、なんか謝るのはなんか違うよな」
「いえ、私こそなんかすいません……」
またチラリと無効を見ると、また先輩もこちらを見ていた。今度はお互いに目をそらさずに見つめあう。
「先輩。 あのインタビュー覚えてます?」
総体前のインタビュー。 先輩は目標にしている人がいる。 それを踏まえて私はあのインタビューを答えたんだ。
「ああ、あのインタビュか。 今でもその人は俺の目標だよ。 ……あ」
「先輩!」
私は、先輩の声を遮り、声を張り上げる。
「私、先輩が好きです! 中学の時から先輩を追いかけて……でも! 選手としては私は無理だから、だから少しでも先輩に追いつきたくて……」
私がそう言うと、先輩が私の肩を掴んで言った。
「俺はお前が目標だった! いつもひたむきにまい進するお前が! でもお前が高校でマネをやるって聞いて……それなら俺をサポートして欲しくてここまで頑張って来たんだ。 なぁ 。 俺と……」
飲み物が冷え切るころ。 私たちはまた公園のベンチでいた。 手をつなぎあい、お互いを見つめあって。
もう追いかけっこはやめた。 これらは二人並んで。