カレンが言うアプローチを本当にしたらどうなるか   作:黒いトナカイ

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カレンが言うアプローチを本当にしたらこうなった

 

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Case5【お兄ちゃんがもっともーっと、カレンを大好きになりますように♪叶えてね、おにーいちゃんっ】

 

 車の中で、わたしの心臓がうるさく暴れ回っていた。

 ピクニックを終えての帰路。でも帰るのは寮ではなく、お兄ちゃんのお家。

 

 じわっと、手に汗が滲んできてる。

 ウマホを弄る余裕すら無くなってしまっていた。

 

 年頃の女の子が、男の人の家に泊まる。

 その意味を理解してないほど、わたしは純情でもない。

 でもその事を考える度に心臓が悲鳴をあげて、喉まで乾いてきてしまう。

 

 何度も何度も、頭の中でイメージトレーニングをしたはずなのになぁ。

 

 チラッと運転席を見る。

 お兄ちゃんは、特にいつもと変わった様子は見えなかった。

 泊まるって押し切った時にすごく動揺していたのが嘘みたいに。

 

 わたしが泊まりたいって言ってる意味に、気づいてないはずないのに。

 

(もしかして、こういう状況に慣れてたりするのかな)

 

 イヤな考えが浮かんでしまってチクリと胸が痛くなる。

 お兄ちゃんだって大人の男性だ。

 色恋の一つや二つ経験してたって何の不思議もない。

 そう。わたし以外の誰かと過去にそう言う関係を持ってても仕方ないんだ。

 

 でも過ぎ去った時間はどうだって良い。これからはわたしだけを見てくれる。ううん、絶対に見させてみせるんだ。

 

(大丈夫。今日は可愛い下着もつけてきたし、きっとお兄ちゃんもメロメロになってくれる)

 

 小さく深呼吸して落ち着かせる。

 お兄ちゃんはわからないけど、わたしは初めてだ。正直、上手くやれるか自信はない。知識だけは色々調べてあるけれど。

 

 お兄ちゃんの部屋に着いた。

 綺麗に片付いていて、家具は少ない。

 

「適当に寛いでてくれ。風呂沸かしてくるから」

 

 ここでもお兄ちゃんはあんまり動揺してる感じはしなかった。

 どうしてなんだろう。嬉しくないのかな。

 

 焦燥感が何故か湧き上がる。

 

 本当だったら戸惑うお兄ちゃんを眺めているはずなのに、なんでこんな事になってるんだろう。

 

「着替えやタオルは持ってきてるか?」

 

「え? う、うん。石鹸とかもちゃんと全部持ってきてるよ♪」

 

「わかった。なら大丈夫だな」

 

 ここでもお兄ちゃんは何処かよそよそしい。

 更に不安が募ってくる。

 

 結局お風呂が沸くまで会話らしい会話は出来なかった。

 ウマホを眺めてたけど、ウマスタもウマッターも投稿する余裕はなかった。

 

 

 湯船に浸かりながら、これからのことを考える。

 

(こういう時はバスタオル一枚で出ていったりした方が良いのかな? でも、どう考えてもそんな空気じゃないし……)

 

 少女漫画やドラマを見て得た知識からアレコレ考えるもどうしてもピンとこない。

 分からない。これからどうしたら良いか本当に分からなかった。

 

 お風呂を上がってお気に入りのパジャマを見せたりしたけど、何処かぎこちない空気が流れていく。

 

 お兄ちゃんがお風呂から上がってきた後も、特にそんな雰囲気になる気配はなかった。

 

 そして就寝時間が近づいてきて、意を決して小さく話しかける。

 

「ねぇお兄ちゃん。カレンはさ、男の人の家に泊まることを理解してない程、もう子供じゃないんだよ?」

 

 精一杯のアプローチ。

 普段の自分からは考えられないくらいの、弱々しさだった。

 

 自分の声が何処か震えてるのが分かった。誰よりも可愛い存在であろうと努力してきた。ずっとずっと努力をしてきた。

 

 それなのに、どうして。

 どうしてお兄ちゃんは何もしてくれないんだろう。

 そんなにカレンは、わたしはそんなに魅力がないのかな。

 

「……分かってるよ。俺だって大人の男だからね」

 

「だったら……っ」

 

 詰め寄ろうとお兄ちゃんを見上げた時、その顔を見て心臓が大きく跳ね上がった。

 

 その表情は今まで見たことないくらい穏やかで、そして優しい目をしていたから。

 思わず見惚れてしまい、何も言えなくなってしまう。

 

「少し話そうか」

 

 お兄ちゃんの目は真剣そのもので、わたしは何も言えずに頷くだけだった。

 

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「正直さ。カレンが泊まりたいって言うまで、その気持ちがどこまで本気なのか分からなかったんだ」

 

 カレンくらいの年齢は多感な時期だ。恋に恋して距離感を間違えることはいくらでもある。

 だから俺は彼女の距離感を矯正したいと思いアレコレ行ってきた。

 

 結果としては逆効果でしかなかったけど。

 

 でも俺の部屋に来たいと言って、さっきの真剣な顔を見てやっと心から確信ができた。

 この子は本当に、心から俺のことを好きになってくれてるんだなと。

 

 その想いに気づいたとして嬉しいか嬉しくないかと言うと、間違いなく前者だ。

 でも嬉しいからと言って、その勢いで行くわけにはいかない。

 

 情けないことだが、据え膳食わぬは男の恥だと言う心の声も勿論あった。

 でもそれらを踏まえて俺はもう答えを出した。

 

 自分と、カレンのこれまでを全て思い返して。

 

「正直すごく嬉しいよ。俺を好きになってくれて。うん、カレンの気持ちは本当に嬉しい」

 

 それを言うとカレンは頬を赤く染めて少し嬉しそうに俯く。

 だけど。

 

「でもごめん。今、カレンのその気持ちに答えるわけにはいかない」

 

 小さく息を飲む声が聞こえる。

 でも構わず続ける。

 

 拙くても何でも良い。今言えることを言葉に並べる。

 

「俺はカレンが走る姿が大好きだ。ウマスタも頑張って、短距離走を盛り上げて、みんなに可愛いを届けて、沢山の人を笑顔にするカレンチャンというウマ娘の事を、心から、本当に心から好きなんだと思う」

 

 そうだ。

 カレンチャンと言うウマ娘がどれだけ頑張ってきたかを俺は知っている。

 知っているから、決めることができたんだ。

 

「だからこそ俺はそんなカレンの姿をまだターフから奪いたくない。今もしこのままカレンを手にしても、俺はいつか後悔する。きっと自分を責め続ける事になる」

 

 だからごめんと、深く頭を下げる。

 

 男として最低なことを言ってる自覚はあった。覚悟を決めた女性に恥をかかせているのだから。

 

 嫌われても良い。いや嘘だ。嫌われたくなんてない。カレンに嫌われるなんて考えたくもない。

 

 でも、それ以上に後悔をしたくない。まだカレンはレースで輝ける。

 

 それを誰よりも知っているのは俺なのだから。

 

 その想いを伝えたあと、少しの間小さな静寂が流れていった。

 

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 小さな静寂が流れる。

 今日、カレンはお兄ちゃんのものになるつもりでここに来た。

 

 大好きな大好きなわたしのお兄ちゃん。

 

 あの遊園地で出会って以来、ずっと好きでい続けた運命の人。

 そんな人とやっと結ばれる。そう心の何処かで浮かれてた。少女漫画の主人公みたいに夢の中にいたんだなって気付かされる。

 

 カレンはまだウマ娘として走る存在。

 そんな子がターフを置き去りにして、自分だけの為に捨てちゃうなんてなんて、それはとても身勝手な事だ。

 

 だから、お兄ちゃんの言うことは何よりも正しい。

 そしてそれを言うことが、どれくらい勇気のいる事かも勿論分かる。嫌われても良いと、その気持ちが伝わってくる。

 

 お兄ちゃんは小さく震えていた。

 

 あぁもう駄目だなぁ。どうやっても嫌いになれそうにないや。

 

 じゃあ一つだけ、お兄ちゃんに確認しておかないとね。

 

「ねぇお兄ちゃん。もし、もしもカレンが走って走って走り切って足を止めるって決めた時。その時は、どうするの?」

 

「その時はちゃんとカレンの気持ちに向き合うよ」

 

 もしもそれまで好きでいてくれるなら、と付け加えてくれたけど、それは心配ない。

 

 だって10年以上も好きでい続けたんだ。

 あと数年くらい、どうってことない。

 

「うん分かった。それまでカレンは我慢してあげる。でも一個だけ我儘を聞いて欲しいんだけど、良いかな?」

 

 それを言うと困ったように笑ってたけど、いいよって言ってくれる。

 

 うん。確信した。

 

 やっぱりわたしはこの人以外の人を好きになることは絶対にないんだって。

 

----------

 

 朝が来た。

 お兄ちゃんの腕に抱かれて目が覚める。

 

 こんなにグッスリ寝たのっていつぶりだろう。夢も何も見ていない。ただそこにある幸せだけが、現実だった。

 

 お兄ちゃんはまだ寝ている。

 大人の男性のはずなのに、その寝顔はどこか幼く見える。

 

 それを見れることが、堪らなく幸せに感じてしまう。

 

 小さく溜息をつく。

 どうにか我儘で添い寝は出来たけど、本当にそれだけだった。

 

 手を出されることなんてなかった。

 

 結局お兄ちゃんを振り回してるつもりだったのに、蓋を開けてみたら振り回されてるのはわたしの方だった。

 

 わたしもまだまだだなぁって思う。

 

 ゆっくりお兄ちゃんの顔に自分の顔を近づける。

 唇、じゃなくて頬に小さく口付けをする。

 

 大切だからこそ何もしない。

 優しいように見えてひどく残酷なその選択。

 

 でもそれすらも愛おしく感じてしまうんだから、どうしようもない。

 

 まだカレンは走り続ける。

 自分が納得できるその日まで。

 

 そして走り終わったその時に、隣には絶対にこの人がいてくれる。

 

 だから不安なんて何もない。

 

 でもそれまでにお兄ちゃんをもっと虜にしてあげたい。

 それがもう一つの大きな夢。

 

 だからもっともっと、カレンを大好きになってね。

 ううん。絶対叶えるからね? お兄ちゃん♪

 

fin.

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