獲れない景品相手に絶望する一歌。
そこに、救いの手が?
ここは、シブヤのとあるゲームセンター。
星乃一歌は、絶望していた。
なんとなく挑んでみたクレーンゲーム、大好きな初音ミクのぬいぐるみが獲りたくて、アームを操作すること複数回…
「ご、五千円使っちゃった…」
まさか、クレーンゲームがここまで難しいとは思っていなかった。
学生にとって、五千円の出費は痛い。
これで獲れたのなら救いがあるが、肝心のエモノはショーケースの中で転がったままである。
おまけに、先程からどうアームを動かしても景品が微動だにしないという状況。
先程500円玉を投入したので、一応あと6回は挑戦できる。
適当に消化して帰ってしまおうか…そう考えていた矢先の出来事だった。
「もしかして、星乃さんか?」
その声に反応し、振り向くと、そこには見覚えのある男子高校生が立っていた。
「あ、青柳くん!?」
「まさかこんな所で会うとは、奇遇だな。」
彼の名は青柳冬弥。一歌とは特別深い関係という訳では無いが、知人の輪、さらには音楽で活動する者同士、面識はそこそこあった。
「どうしたんだ?あまり元気がないようだが…」
「えっと…実は…」
一歌は筐体のぬいぐるみを指さし、既に多額のお金を注ぎ込んでいる事も話した。
「なるほど、状況はわかった。」
「クレーンゲームって、すごく難しいんだね…」
冬弥は景品のぬいぐるみをじっくりと見つめ、一言。
「星乃さん、景品はそのまま渡すから、俺にプレイさせて貰えないだろうか。」
「えっ、いいの?」
「ああ、ここまで難しそうだと、やってみたくなる。」
“難しそうだとやってみたくなる”なんてセリフを聞くとは思ってなかった一歌。少なくともこのまま自分が操作するより可能性はありそうだった。
「ありがとう、青柳くん…!」
訳が分からない。
彼に操作を頼んだら、とんちんかんな場所にクレーンを動かすではないか。
絶対に獲れるはずがない。と思いきや目標のぬいぐるみは大きく体制を変えたり、転がったり…着実にゴールに近づきつつある。
真上から掴もうとしてないのに、着実に獲得に近づきつつあるのが、一歌には不思議でならなかった。
そして、最後の一回。冬弥はぬいぐるみをアームで押し込むようにして、ぬいぐるみを獲得した。
「やった!獲れた!」
そう喜ぶ冬弥に反し、あまりにスムーズに景品が獲れたせいで何が何だか分からない一歌。
「星乃さん?」
「あっ…あ、ありがとう!」
冬弥にぬいぐるみを渡され、我に帰る一歌。
「どうしたんだ?」
「あ、いや、何でもない、うれしいよ。」
「そうか、喜んでもらえて何よりだ。」
その後、一歌はぬいぐるみを抱えたままベンチに座っていた。
彼の鮮やかな手さばき、そして絶対に不可能だと思っていた景品の獲得。ベンチに座り、いまだ放心状態の一歌。
(青柳くんのクレーンゲーム、すごかった…)
何はともあれ、ほぼほぼ諦めてた初音ミクのぬいぐるみが目の前にある。それがたまらなく嬉しかった。
(ミク…!!!)
ゲームセンターの中だということも忘れ、ぬいぐるみを思い切り抱きしめ、撫でたり頬擦りする一歌。
「ふふふ…っ」
喜びに浸る一歌だったが、戸惑った様子の冬弥とバッチリ目が合ってしまった。
「あ、あおやぎ、くん…!」
思わず赤面してしまう一歌。恥ずかしすぎる場面を見られてしまった。
しかし、冬弥も照れていた様だった。
「あ、いや、すまない…星乃さんにお礼をしようと思ってたところなんだ。」
「え、お礼…?」
冬弥はブラックとカフェオレの缶コーヒーをそれぞれ1本ずつ持っていた。どうやら自販機で購入したようだ。
「どっちが飲みたい?」
「そんな!お礼するべきなのは私の方なのに!」
「いや、タダでゲームを遊ばせてくれたお礼だ。」
「そう…?それなら、私はカフェオレが欲しいな。」
そう言い、冬弥からカフェオレの缶コーヒーをもらう一歌。早速プルタブを開け、一口飲む。
「ああ美味しい…♡」
長時間クレーンゲームに悪戦苦闘して精神的に疲弊していた一歌にカフェオレの甘さが染み渡る。
「ありがとう、青柳くん…!」
一歌は、冬弥に心の底から感謝した。