魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
ヴェストリ広場の一角に置かれたブラッディパレスの祭壇の周りに生徒達が集まり、映し出される戦いの光景に見入っていた。
――ヘッヘッヘッヘッ……。
――ヒャッヘッヘッヘッ……。
気味の悪い笑い声は、光の靄の中に映る地を這う悪魔達――ノーバディが漏らしているものだ。
「気持ち悪……」
「何だありゃあ……おえっ」
背中からも腕を生やし、胴体には無数の巨大な目玉を剥き出しにする醜悪な姿も相まってギャラリーは露骨に不快感を露わにしていた。
『では諸君、この僕と一緒に構えたまえ!』
醜悪な怪物を前に相対するのはギーシュを筆頭にしたマリコルヌらいつもの四人組だった。
『よっしゃ!』
ギーシュの合図と共に他の三人は魔力の光刃を先端に伸ばした杖を構えだす。ギーシュ自身も得意の錬金で作り出した剣を片手で構え、刀身に同様の魔力の刃を宿していた。
『ワルキューレ!』
もう片方の手で握る薔薇の造花の杖をかざすと、傍らで控えていた青銅のゴーレムが四人の前へと飛び出てくる。
ノーバディの背中から伸びる手が自らの身体から眼球を引っこ抜くと、それをギーシュ達目掛けて放り投げてきたのだ。
ワルキューレが構える大きな盾にぶつかると、膿と血の混じった毒々しい体液を撒き散らして弾ける。
『それっ!!』
ギーシュが袈裟に振り払った剣から光の刃が離れ、一直線にノーバディ目掛けて飛んでいく。
『どりゃっ!』
『やあっ!』
『たあっ!』
他の三人もそれぞれ杖を大きく薙ぎ払うとギーシュのものより半分ほどの規模の光の刃が飛び出していった。
ギーシュの放った衝撃波をノーバディは横に跳んであっさりかわすが、時間差による三人からの攻撃が次々に直撃していく。
『行け、ワルキューレ! 奴を押さえ込むんだ!』
命令を受けたワルキューレは溶けてボロボロになりつつある盾を捨て、怯んでいるノーバディへ一気に突進していった。
『下手に近づくな! 奴らの身体は毒そのものだ!』
『ハッ!!』
悪魔達と戦うのはギーシュだけではない。
アニエスら銃士隊も少し離れた場所で別のノーバディと戦っているのだ。
ノーバディが身体から切り離した目玉はひとりでに小さく跳ねたり、転がったりしながら彼女達に近づこうとしていた。
『ちょっと、こっち来ないでよ!』
そして、また別の場所でもノーバディと戦う少女達の姿がある。ルイズ、タバサ、それにキュルケの三人だった。
『嫌らしいっていうか……気持ち悪い目ね!』
目玉自体が意思を持つかのように近寄ってくるのでキュルケもルイズ同様に顔を顰めている。
『エア・ハンマー』
タバサが杖を振るって突風の一撃をぶつけると目玉はあっさりと破裂して肉片を撒き散らした。
キュルケがノーバディ目掛けて杖から火球を放つが、相手は左右に小刻みにかわしながら徐々に三人へ距離を詰めていく。
『タバサ!』
ルイズはタバサと杖を重ねると一緒に詠唱を始めだす。
『ウィンド・ブレイク!』
放たれた突風はまるで暴風のような勢いで、飛び掛かってきたノーバディを紙のように吹き飛ばした。
「……あれ、本当にルイズなのか? あんなに魔法を使えるなんて、ゼロのルイズらしくないっていうか……」
「タバサが一緒だからじゃない? コモン・スペル以外は一人だけじゃ使ってないじゃん」
生徒達の大半が訝しそうにルイズの奮闘に首を傾げていた。
系統魔法はおろか、コモン・スペルさえもまともに成功させたことのない落ちこぼれのメイジ……それがルイズの第一印象であり、彼女の全てのはずだった。
最近になってようやくコモン・スペルくらいなら使えるようになったようだが、それにしたって今の姿は、かつての醜態とあまりにもかけ離れ過ぎている。
「フォンティーヌ先生の言った通りだったのかなあ……」
一週間ほど前、ある三年生の男子生徒がカトレアに気に入られようとしたが失敗し、大恥をかいたことがある。
彼はその時にルイズを引き合いに出してカトレア――とついでにエレオノール――の魔法の才能やら、気品の良さをこれでもかと褒め讃えていた。
だがカトレアはまるで靡かずに、こう返していた。
「私もエレオノール姉様も、ルイズみたいにいっぱい身体を動かすのは苦手だもの」
元気に動き回れる女の子は自分達にはない魅力があるものだ――と誇らしげに語ったのである。
◆
ブラッディパレスの祭壇からやや離れたベンチにスパーダは腰かけていた。
「悪かったね……私のために時間を割いてくれたばっかりに」
「構わん。どうせ、アニエス達も暇はしていない」
すぐ隣に座るコルベールが申し訳なさそうに苦い顔を浮かべるが、スパーダは一瞥も暮れずにブラッディパレスが映し出す戦況を静かに眺めていた。
銃士隊はランチャーを構え、ノーバディに一斉にグレネード弾を叩き込んでいるのが見える。
炸裂弾の集中砲火でノーバディは全身を砕かれ、背中の腕が目玉もろとも吹き飛んでいた。
スパーダの脇には一つの木箱と薄い書物が置かれていた。それらもアニエスら銃士隊に渡すべき代物である。
書物はシエスタにも教えている薬草の調合などを記したものだが、箱の中には小振りのスティックが入っているのだ。
メイジのディテクト・マジックと大体同じ効果を持つマジックアイテムなのだが、彼女達が来訪した時点ではまだ予定していた分の数を作り切れていなかった。
何しろ、ここ数日はアニエス達が来るまでに行っていたコルベールの飛行実験で使っていたボートを作るのを手伝っていたのだ。
最後の仕上げまでそう時間はかからないが、スパーダは暇潰しも兼ねてアニエスらにブラッディパレスを薦めたのである。
「しかし、ミスタ・グラモンもミス・ヴァリエールも、見違えたもんじゃのう」
ベンチに座る二人を挟んで後ろにはオスマンが佇んでおり、嘆息していた。
ルイズ達がブラッディパレスにいるのはついでだったが、ギーシュ達に関してはアニエスが「どれ程の腕前なのか確かめてやる」と言って、無理矢理連れて行ったのだ。
内定が決まっている新しい近衛隊として働けるかどうかを見定めておくつもりらしい。
「……」
「何じゃ? さっき、ミス・ツェルプストーに言われたのを気にしとるのか?」
先程からコルベールの表情がやけに曇っていることにオスマンは気付いていた。銃士隊が実演をしていた時からずっと、彼はこんな調子だった。
「いえ……そういう訳ではないのです……彼女の言ったことは間違ってはおりませんから……」
「では何じゃな? あの子達が怪我をするのが心配かね? まあ、気持ちは分からなくもないがのう。……おお、危ない危ない」
ノーバディの背中の腕がワルキューレを頭から鷲掴みにすると、ギーシュ達目掛けて投げ飛ばしていた。
四人は慌ててかわすが、頭を抱えてしゃがみ込んだマリコルヌの頭上をスレスレに通り過ぎていく。
ブラッディパレスの中での出来事は全て幻とはいえ、あそこで感じる体感や苦痛は現実のものと寸分違わないことに変わりはない。
気絶して放り出される者もいるが外に出れば怪我も消え失せるとはいえ、傍から見れば肝を冷やしてしまいそうな光景ばかりなのだ。
幻とはいえ、あのブラッディパレスの中では〝死〟を味わったも同然なのだから。
「それもありますが……あの子達が、あのまま戦いの怖ろしさを忘れてしまうのかと思うと心配で……」
「何より、この学院に
コルベールはハッとしてスパーダの方を振り返った。
顔色一つ変えずにスパーダはブラッディパレスを眺め続けている。
無数の氷の槍によって地面に縫い付けられたノーバディに、ルイズは手にする乗馬鞭を叩きつけていた。鋭い轟音を響かせて炸裂し、激しい火花を散らしている。
「すまない……そんなつもりでは……」
「お前が思っていることは別に間違ってはいない」
コルベールがスパーダに対して皮肉を言っているのではないこと自体は理解していた。ただ純粋に彼自身が抱く懸念を零したに過ぎない。
「そもそも、ここは魔法と貴族の嗜みを教える場だ。戦のやり方を教える場所ではないからな」
なし崩し的にスパーダは生徒達に錬金術や武術について教える立場になっているが、それらの大半がこの魔法学院では場違いなことであるのは事実だった。
そもそも最初にギーシュに剣術を教えるようになったのも、本人がそれを望んできたのを二つ返事で引き受けたのがきっかけである。
「だが、良かれ悪しかれ魔法を教えることは間違いでもあるまい。別にお前の技でなくても良いのだからな」
コルベールは溜め息を漏らすと目を伏せて両肘を膝につけた。
「……ミス・ツェルプストーが私を軽蔑するのも当然だ。スパーダ君のように悪いこともあえて全て教えるやり方はできないのだからね……」
スパーダが学院に寄贈している書物には一歩間違えば災厄ももたらしかねない程の危険を秘めた内容も記されていた。錬金術師達の失敗を反面教師としてあえて載せているが、警告文は――かなり挑発的だが――しっかり一緒に記されている。
コルベールだったら絶対にできないことだった。そもそもそんな危険過ぎる研究や知識は胸の内にしまったままにしてしまう。
オスマンは立派な顎髭を撫でながら小さく唸った。
「善悪の判断が難しい年頃だしのう……下手に教えれば調子に乗りかねん」
「だからこそ、コルベールのような教師が必要なのだろう。教え子が道を踏み外さぬようにするためにはな」
「スパーダ君……」
コルベールは顔を上げて目を丸くした。
「お前は本来、決して虚栄のためでも教え子達を引き立て役にしようとしている訳でもないからな」
ちらりとスパーダはコルベールを横目で見やった。
「教え子をアグナスのようにさせたくないなら、お前が最も志すことを成せば良い。疎まれようが嫌われようがな」
「……ああ。もちろんだとも」
スパーダがフォルトゥナから持ち帰ってきたアグナスの膨大な研究資料は学院に寄贈してこそいないが、既に写本は出来上がっている。
一冊だけでは当然、纏めきれないので数冊に分けているがどれも非常に読み難い程に分厚くなっていた。
無論、帰天などのような論外な研究は載せてはいないが、アグナスについては悪魔の力を利用する外法に手を染めた末に破滅したことを記していた。
コルベールはアグナスの資料を見て、その技術力とは裏腹に道を踏み外してしまったことに顔を顰めていた。
家族もいたことについても「勿体ないことをしたな」と惜しんだものである。
「そういえばコルベール君。アンリエッタ女王陛下からの例の要請は受けるのかの?」
オスマンが新たに話を切り出し始めて、コルベールは困った顔を浮かべだす。
「う~ん……先王陛下や女王陛下が私の研究を認めて下さったのは嬉しいのですが……」
コルベールはひと月程前にアンリエッタ直筆の書簡を受け取っていた。王室付きの
何でも先王の時代からコルベールは才能を見込まれていたそうで、有為の人材としていずれ要職に就けるつもりだったらしい。
無論、アンリエッタ本人もコルベールのことは認めていた。
栄転ということにもなるのだが、コルベールはこの要請に対して明確な返答はしておらず、今日まで保留にし続けていた。
「お前の研究は有用だし、お前自身も分をよく弁えている。アグナスの研究を引き継いでも道を踏み外すことはあるまい」
「う~む……」
だがコルベールは決心がつかなかった。
自分の研究が主君に認められたことは素直に嬉しい。だが、栄転した先で本当にやりたいことが果たして出来るのかどうか分からないのだ。
「王宮勤めはもうこりごりか?」
「……っ」
スパーダの指摘にコルベールは動揺の色を見せた。
躊躇するのは現状に満足しているので今の職場から移りたくないというのもあるだろうが、同時に王宮での職務に対する忌避感が見え隠れしていた。
まるで、以前にそこで働いていたか、あるいは何かしら関係があったような態度であることをスパーダは察していた。
「……まあ良い。好きにしろ。決めるのはお前だからな」
「すまない……」
「お前の夢を叶えたいなら、まずはそれを叶えてから王宮勤めでも何でもすれば良い。研究の資金がいるなら私のを使え」
今日行ったボートを飛ばす実験と研究だが、コルベールはさらなる展望も抱いていることをスパーダに熱く語ったものだ。
巨大な飛行船を建造するプランもあるそうで、スパーダには簡単な構想を紙面に記して見せてきた程である。
「……本当に良いのかい?」
「どうせあぶく銭だ。お前達が使う方が遥かに役に立つ」
「まあ、パトロンが就いてくれるのは有難いもんじゃて。コルベール君の給金だけじゃ研究を続けるのも大変じゃろう」
これまでにスパーダが紆余曲折あって手にした20万エキューを超える大金は全てこの学院の宝物庫に保管してある。
スパーダ自身が個人的に使う機会はほとんど無いので、銃士隊の戦力を増強させたりとパトロンの活動に用いた方が遥かに有意義というものである。
オスマンは悪戯っぽく笑いながらスパーダに近寄り、目を細めだす。
「ところでスパーダ君。トリスタニアの銀行に自分の金庫は新しく用意できたのかな?」
「そのうちな」
素っ気ない返答にオスマンは肩を竦めて苦笑した。
本人にその気は無いことは明らかだった。
今回のようにエピソードタイトルの末尾に(続)がある場合、それがMisson各話における一番最後の部分となります。その場合、次回の投稿は1ヶ月は先になるのでご了承ください。
それでは次回『Mission 79 祭の前』をお楽しみください。
作品の良かったところはどこですか?
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登場人物
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世界観
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読みやすさ
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話の展開
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戦闘シーン
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主人公の描写・設定
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悪魔の描写
-
脚色したオリジナル描写・設定