魔剣異聞録~The Legendary Dark Slayer/Zero 作:月に吠えるもの
「……こんな下劣な奴の研究をわざわざ本にすることなんてないでしょう?」
コルベールの研究室である掘っ立て小屋の中でテーブルに就くエレオノールは憮然としていた。
分厚く大きな書物に目を通している今、窓の外の彼方では自分の妹に学院長のセクハラの魔の手が伸びかけていたことに気付いてはいない。
「道を踏み外した愚か者ほど、利用価値のある研究は隠し持っているものだ」
スパーダは一瞥もせずに冷然と返す。
窓際で椅子に腰かけたまま、一本のナイフに細工を施している真っ最中だった。
「技術それ自体が悪い訳ではないですからね。エレオノールさんのような方だったら、役立てられると思いますが」
「願い下げだわ……こんな奴、異端どころの話じゃないわよ」
横に立つモデウスからの言葉に、エレオノールは小さく溜め息を吐く。
嫌悪感を隠そうともせずに眉間に皺を寄せていた。
エレオノールが今読んでいるのはスパーダがコルベールに個人的に託した研究者アグナスの写本の一冊だ。
研究室の主は図書館で別の資料を読みに行っており、その間スパーダ達がここを借りているのである。
スパーダは他の写本のように著者である錬金術師達の生い立ちや経歴について記しているのだが、道を踏み外した者に対しては手厳しいコメントが添えてあったりする。
中でもこのアグナスについては極めて辛辣であり、『闇に堕ちた愚か者』『外道』『下衆』『卑劣漢』と散々な言い草だった。
何より『絶対にこの男の轍は踏むな』という警告文が、エレオノールにとってもアグナスが研究も含めてどれだけ危険な存在であるか察せられるのだ。
「俺も仕事柄、外道なメイジはたくさん見てきたが、禁書扱いにするのは納得だな」
スパーダが細工をしているナイフが感嘆の声を上げた。
魔法学院の預かりとなったインテリジェンスナイフ〝地下水〟は現在、この研究室に保管されている身だった。
「こんな奴の研究なんて、生徒達に見せられる訳ないじゃない」
アグナスの写本は全て表紙に鍵が付けられている。しかもスパーダ以外ではスクウェアクラスのメイジが二人がかりのアンロックの魔法でようやく解ける強固な封印が施されているのだ。
間違ってでも、生徒達が好奇心を湧かせて無断で見ることはできない。
「あたたた……酷い目に遭ったわい」
扉が開くと、学院長のオスマンがふらりと姿を現わしていた。
顔中に包帯をぐるぐる巻きにしたその奇抜な姿にエレオノールは片眉を顰めだす。
「おーう、爺さん。また性懲りもなくあの妖精さんに手を出したのか? それとも、女神様の方かい?」
「お黙り」
不遜な態度でからかいだす地下水をエレオノールはムッとして睨みつけた。
このインテリジェンスナイフはそれまではシンプルな両刃のダガーナイフだったのだが、今は刀身との境目や柄の先端に赤い宝石が埋め込まれている。
スパーダはフォルトゥナから持ち帰った〝神石〟と呼ばれる魔具・オリハルコンの欠片を加工して地下水に仕込んでいるのだ。
「こいつはすげえや。前よりもはっきり力が上がったのが分かるぜ。デル公なんざ目でも――」
驚嘆しつつも上機嫌な地下水の声は突如として途切れた。
鞘に収められたナイフをスパーダはそっとテーブルの上に置く。
どんなに口やかましいインテリジェンスナイフだろうと、鞘に収められれば無口になる。かつて剣だった頃のデルフリンガーと全く同じだ。
――(望むところじゃねえか。下水野郎)
最初に地下水を持ち帰ってきた頃、デルフと言い争いになって大変な騒ぎになったことがあった。
先に喧嘩を吹っ掛けたのは地下水の方だ。剣から紆余曲折あってアミュレットになってしまったデルフのことをからかったからである。
はっきり言ってインテリジェンス同士の喧嘩は実に鬱陶しかった。
当初、エレオノールは地下水に興味を持ったのだが、この喧しさからすぐ見向きもしなくなった。
ついでにスパーダに黙らせるように命じてきたので、同感だったスパーダも地下水専用の鞘をわざわざ作ったのである。
「ところでオールド・オスマン。今度の降臨祭の予定ですけれども……」
椅子に重い腰を下ろしたオスマンにエレオノールは切り出し始めた。
降臨祭はハルケギニアの新年を祝う最大の祭事である。10日間にも渡って続くその期間中、当然魔法学院は休校になるのだが、舞踏会を初めとして盛大な宴が執り行われることになっている。
来賓の貴族、特に来年度の入学予定となる生徒の親が顔を見せたりもするのだ。
「ふむ。最終日辺りにはアンリエッタ女王陛下が僥倖することが決まったんじゃが……ちと困ったことがあってのう」
「何ですの?」
「実は、懇意にしておる楽団が、今回はもう既に予定があるらしくてのう。他も色々あたってみたんじゃが……」
オスマンは渋い顔を浮かべた。
降臨祭に限らず、新入生歓迎会やフリッグの舞踏会と魔法学院でパーティが行われる際には決まってオスマンの知人である楽団が招かれてパーティの席で演奏が行われているのだった。
だが、今回はどこの楽団も学院に来られそうにない。
「それじゃあ、舞踏会の演奏はどうしますの?」
「う~む……弱ったのう」
ほとほと困り果てた様子でオスマンは唸るばかりだった。
音楽も何もない舞踏会など、男女達の社交を盛り上げるムードも何もあったものじゃない。
「要は、祝いに相応しい音楽が流れていれば良いのだろう?」
「お、何か妙案でもあるのかな? スパーダ君」
「無いでもないがな」
アグナスの蓄音機には舞踏会に使えそうな音楽が何点か入っている。他にも探せば見つかるだろう。無論、個人での鑑賞を目的としている以上、そのままでは使えない。
だがアグナスは生前、家族と過ごしていた頃に趣味で色々な発明を行っており、それらは外法には程遠い健全な娯楽のためのものだった。
発明品は写本の一冊にしっかり記してあり、その中に利用できそうな代物があったはずである。
コルベールの力を借りれば、ハルケギニアの技術でも作れなくはない。何しろ彼はアグナスの発明品にとても強い興味を持っていたのだから。
「そういえばスパーダ君。君は、トリスタニアの酒場の常連じゃったな。ほれ、あの可愛い
「魅惑の妖精亭がどうかしたか。スカロンも稼ぎ時だから忙しい」
小さく鼻を鳴らしてスパーダは目を伏せた。オスマンが何を考えているかなど、容易に想像ができる。
「いやぁ……今回の降臨祭の催し物が中々決まらなくてのう。生徒達をあっと驚かせて、しかもちゃんと楽しんでもらえそうなものをやりたいんじゃが、そうか……駄目か……」
実に残念だと言わんばかりに大きな溜め息をつくオスマンだったが、そこにエレオノールが噛みつきだした。
「却下ですわ! あ、あ、あ、あんなはしたない格好の平民を……貴族の学び舎に……ふ、ふ、風紀が乱れます!」
「良いではないか。年に一度の無礼講なんじゃぞい。たまにはいつもと違うことをしてみても罰は当たらんて」
まなじりを決して激しく立ち上がったエレオノールの気迫など気にも留めずオスマンは子供のように不貞腐れながらぼやいた。
「却下!」
バンッ! と鋭く机を叩いてエレオノールは一蹴する。
「……そうじゃ! 実はこの間、旅芸人の一座を見かけてな。その中にいた踊り子達はこれまた美しくて見事なもんじゃったわい。あの官能的な衣装を仕立ててもらって……」
「却下! 却下っ! 却下っ!! 却下っっ!!!」
性懲りもなく好色な趣味ばかり持ち出す老人を、エレオノールは頑として拒絶し続けた。
――な、何ですか!?
――まあ。エレオノール姉様ったら、何を怒ってるのかしら。
――すごい声ねぇ……。
――……サイレント。
「……それなら、お前には他に妙案でもあるのか?」
「お黙り!」
冷めた顔色一つ変えないスパーダの指摘にエレオノールはぜえぜえと肩で息をしつつ、キッと睨み返してくる。
「どうかしたんですか? そこまでムキになることは……」
「お黙りなさい! ……とにかく、オールド・オスマンの提案は、貴族には相応しくないんだから!!」
モデウスも面食らう程にエレオノールは癇癪にも等しい声を上げ続けた。
「……ま、エレオノール君には良い思い出がないからのぅ」
――(どういう意味?)
――(ま、あの性格だからねぇ。何となく想像できるけどな)
苦笑したオスマンがぼそりと呟くのを、スパーダ達は耳にしていた。
◆
夕食の時間になっても、スパーダは男子寮の私室に篭ってレポートの紙束に目を通していた。
アグナスの写本から書き写した研究がそこには記されているのだが、これらは特にスパーダが今注目しているものだ。
「レッドオーブをそんな風に使うとはな……」
思わず感嘆と声が漏れ出る。
悪魔の血が結晶化したレッドオーブ。それを武器として利用する研究をアグナスは行っていたようである。
確かに悪魔の血には魔力が宿っており、実際にそれを武器に使う悪魔もいたりする。
だが、結晶化したレッドオーブを集めて人間が武器として利用しようという発想は非常に斬新だった。
「奴に頼むこともないか……」
ゲルマニアのマキャヴェリには既にアグナスの研究の一部をいくつか送って、武器の製造を依頼している所だった。
アグナスはウロボロスに所属していた頃、〝パラケルススの魔剣〟なる超兵器の研究に関わっていたという。
魔剣教団に移ってからも対悪魔用の超兵器として独自に研究は続けていたようだが、何分にも物が巨大であり、それを小型化するのに四苦八苦していたようである。
マキャヴェリはこの未来の研究に大層興味を惹かれたようだが、同時に当人の技術力を以てしてもスパーダの依頼通りのものを作るのに数年の期間が必要だと返されてしまった。
故にスパーダはクロノスライサーを先日送ってやったばかりで、今はこの部屋にはない。
時間を貸してやる代わりに格安で作ってもらうという交換条件だった。
「開いている」
扉を小さくノックする音にスパーダは生返事で答える。
夕食に行かないままここに夜遅くまで閉じ籠っている際は大抵、シエスタが夜食を持ってくるのだが今度ばかりは違った。
「たまには夕食にも顔を見せないと、ルイズも寂しがってしまいますわ」
入ってきたカトレアは微笑みを浮かべながらスパーダの横へ歩み寄っていく。
手には銀の盆を持ち、その上にはワイングラスに盛られた豪奢なデザートが乗っていた。
スパーダはサイドテーブルに置かれたそれではなく、カトレアの方をちらりと見やった。
見れば彼女の後ろから低く大きな影が続いてきている。それは彼女の事実上の使い魔の一頭である熊だ。
じっとスパーダを睨みはするが、唸り声を上げたりはせずに静観している。
「それはすまんな。ついうっかりしていた」
言いつつ、スパーダはスプーンを手にしてデザート――ストロベリーサンデーを口にし始める。
いつもシエスタが夜食で持ってくるのは決まってこれなのだが、一口してみただけで今回ばかりは彼女の手製のものではないことを察する。
「モデウスさんもトリスタニアのお店で時々食べに行ってるそうですよ。スパーダさんも常連なんですよね」
熊の背に静かに腰を下ろすカトレア。
スパーダがストロベリーサンデーを食す姿を横から笑みを絶やさないまま見つめていた。
「今はこれくらいの味がちょうど良い」
「気に入ってもらえて良かったですわ」
カトレアは以前にもスパーダの好物であるストロベリーサンデーを作ってみようと告げたことがあった。
あれ以来、暇さえあればシエスタやお菓子作りを趣味にするケティらと共に色々な茶菓子を作っているのだが、ストロベリーサンデーが出てくるのはこれが初めてだった。
自分の手製のストロベリーサンデーがスパーダに気に入ってもらえたのが相当嬉しいようで、にこにことその笑みを深めていた。
「君は何か不安でも抱えてるようだな」
「どうしてそう思うんですか?」
唐突なスパーダの指摘にカトレアはきょとんとして面食らう。
「漠然とそう感じただけだ。気に障ったのなら失礼をしたな」
「ん~……確かに、生徒のみんながみんな、私に親しくしてくれる訳じゃないですけど……」
カトレアは学院内で働く平民の給仕達にはとても慕われているし、二年生以下の生徒達を中心に人気を集めているが、三年生の女子にはあまり好かれていない。
だが、人間関係で特別問題となるようなことは今の所は起こっていない。
それでもスパーダはカトレアから、ほんの微かな負の感情を感じ取っていたのだ。
「むしろ私、スパーダさんの方が心配なんです。本当は私より意地悪されているみたいだから」
「何のことだ」
「学院長先生やコルベール先生やシュヴルーズ先生くらいですよね。スパーダさんと親しくしてくれるのは」
表情を曇らせるカトレアの言葉にスパーダは合点がいった。
確かに今、教師陣の中でスパーダとまともに会話をしようとするのはその三人に加え、エレオノールとカトレアくらいのものだ。
他の教師達は余所者のスパーダを毛嫌いしているし、ギトーに至っては明確に敵意を向けてきている。
そのどちらでも無いのが図書館の司書といった所である。カトレアとほぼ同年代の彼女は職務に忠実でタバサ以上に無口かつ不愛想であり、他人に興味が無いのが一目瞭然だった。
「どうしてギトー先生とかは、スパーダさんを嫌うのかしら」
「余所者は嫌われる。それだけの話だ」
「……それじゃあ、私も余所者だからかしら。ギトー先生は、私やエレオノール姉様のこともあまり好く思ってないみたい」
どうやら、それがカトレアが今抱える不安の元のようだが、スパーダにとっては意外なことだった。
エレオノールはその苛烈な性格からコルベールやオスマン以外の男性教師には苦手意識を抱かれてこそいても、嫌われることはない。カトレアについては言うまでもない。
「何か言われたのか」
「いえ……ただ、そう感じただけで……。何にもしてないのに……」
「元からああいう男だからな。取るに足らん」
大方、かつて魔法学院がアルビオンからの刺客の脅威に晒されたことが関係しているのだろうとスパーダは見ていた。
〝疾風〟の二つ名を持つスクウェアの風メイジでありながら何の貢献もできず醜態を曝したせいで、他の教師共々余計に生徒達から嫌われてしまった。
反面、カトレアやエレオノール、さらにはコルベールなどは誰も文句のつけようもない活躍によって人望と信頼を勝ち取ることになった。
それが陰気で極めて神経質なギトーには我慢ならないに違いない。
事実、あの一件以来スパーダに対する敵意もますます強くなっていたが、かといって鬱屈した感情を爆発させるようなこともしない。
一教師としての最低限の矜持なのだろうが、その負の感情を自らを高めるために昇華できない以上、その程度のちっぽけな人間でしかない。
カトレアは自分が腰かける熊の頭をそっと撫でだす。
「本当に、このままずっと何もしてこないのかしら」
「奴自身は何もできん。やった所で相応の報いがあるだけだ」
「いえ、ギトー先生のことではないの。……母様が戦った、スパーダさんが昔仕えていたというあの三つ目の悪魔は、今頃何をしているのかしら」
その話題にスパーダは目を細めだす。
魔帝ムンドゥスがこのハルケギニアに魔手を伸ばそうとしている以上、不倶戴天の敵であるスパーダに対抗しようと策を練っているに違いないのだ。
一時、フォルトゥナに滞在していた時などネヴァンやモデウスからの報告では魔法学院近辺では特に異変は無く、時空神像でも確認済みだった。
だがスパーダの与り知らない所では既に暗躍や陰謀の糸を張り巡らせていることだろう。
スパーダは決して全知全能の神という訳ではない。世界中のありとあらゆる事象を正確に把握し、認識することなど不可能だ。
故に、いつ陰謀による惨事や災厄が巻き起こるかなど、予想は出来ても予測まではできない。
(……間に合えば良いがな)
だからこそ、スパーダは今もこうして万一に備えているのである。
もし本格的にムンドゥスが動き出せば、間違いなく敵対するスパーダを確実に排除するための刺客を送り込んで来るのは確定事項だった。
先日、マキャヴェリに武器の製造を依頼する中でのやり取りで、持ち帰った研究素材であるアンジェロの翼や鎧などがマキャヴェリのものから派生したことを伝えた時に向こうはこちらに警告をしてきたのだ。
何でもマキャヴェリは、既に魔帝ムンドゥスから依頼を受けて対スパーダの兵器の製造を行ったという。それも何十年も前というとっくの昔だ。
マキャヴェリは決してスパーダの味方という訳ではない。当人にしてみれば、ムンドゥスもスパーダもただの顧客であり、依頼を受けたからそれを果たしているに過ぎないのだ。
――悪くは思うなよ。そもそも、貴様が倒せば済む話だからな。出来ないのなら、所詮貴様の力はそれまでだったということだ。せいぜい、健闘を祈ろう。
それが魔界の中立者の言い分だった。悪魔である以上、降りかかる火の粉は払うのが道理という訳である。
スパーダは別にマキャヴェリを恨む気はなかった。むしろ、わざわざ警告をしてくれたので感謝をしてやりたいくらいである。
少なくとも、ムンドゥス側はスパーダを抹殺する機を窺っているのは確かなのだ。
「降臨祭の最中は大人しくしていることを祈りたいものだ。私の用心も杞憂であればそれに越したことはない」
「……ええ。そういえばスパーダさん。降臨祭でやるっていう催し物なんですけど、私にちょっと良い考えがあるんですよ」
カトレアは暗い雰囲気を吹き飛ばそうとするかのように新たな話題に切り替えだす。
スパーダはストロベリーサンデーを味わいながら、楽しげに語る彼女に静かに耳を傾けていた。
作品の良かったところはどこですか?
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