見知らぬ異世界へとナザリックごと転移してしまったモモンガは、現状把握を済ませ、忠誠の儀を見届けた後、コンソールを用いて部下であるNPCたちの設定を確認していた。
(エクレアのような、簒奪者としての欲望を与えられたNPCが他にいないとも限らないからな)
そういった意味からも確認しておく必要があるとモモンガは考えたのだ。いかにギルド長であるモモンガとはいえ、他の40人のギルメンたちが好き勝手に書き込んだNPCのフレーバーテキストを全て把握しているわけではない。餡ころもっちもちが作成したペンギンの副執事長、エクレア・エクレール・エイクレアーのように簒奪の野望を抱くという設定を持つ存在が他にいないとは限らない。
幸い彼の副執事長はレベル1の弱小キャラであるため、堂々と簒奪の意思を明言しているが同僚からは不快感を示されながらも華麗にスルーされている程度の存在に留まっているようである。しかしもしも自分や守護者と同格のレベル100のNPCが簒奪の意志を抱いていた場合どうなるか……厄介なことになるのは間違いない。
「うーん」
スクロールで次々とページをめくっていくが、特にそういった設定を持った者は見あたらなかった。安堵のため息をつく……骨の身体になった今、息は出ないのだが。残るキャラ項目はナザリック第九階層で働く一般メイドたちだけになった。彼女らの場合、全員レベル1なので仮にそういった設定を持っていたとしても、エクレアのようにスルーされるだけだろう。だがそれでも一応は見ておかなくてはならない。そう考えてスクロールを進める。そして最後の一人の設定を確認した時、モモンガの動きが止まった。
「これは……」
そのメイドの名はディーユ。レベル1のホムンクルスで、何の変哲もない一般メイドだ。しかし、彼女のフレーバーテキストにはとんでもない一文があった。
『現実世界から転生した元日本人。日本人だった頃の記憶を持っている』
「…………はぁ!?」
思わず声を上げるモモンガ。慌てて口を塞ぎ周りを見回す。この部屋にいるのは一人だけだ。それにここは自室であり、誰に見られる心配もない。ほっとしたように肩の力を抜き、改めてフレーバーテキストを読み返す。そこには確かにはっきりと書かれていた。彼女は前世において日本人であった記憶を持っていると。
「……ま、まさか、リアルの事やユグドラシルがゲームだったことも知っているのか? この子は」
ごくりと唾を飲み込む。いつの時代の日本人かは書かれていないが、仮にモモンガの暮らしていた現代の日本人の記憶があるならば、現実世界やユグドラシルというゲームの存在を知っている事になる。
「いや、そんなはずはないよな……。いくらなんでもそれはあり得ないだろうし。ただの設定だよな?」
普通に考えれば、これはあくまでフレーバーでしかなく、実際はそんな知識は無いという可能性の方が高いはずだ。だが、モモンガが見る限り今のところフレーバーテキストであっても設定から外れたNPCは一人も見つかっていない。となれば、『前世の知識持ち転生者』という設定を与えられたディーユも当然そうなる可能性があるのではないか?
「……直に話してみるしかないか」
モモンガは椅子に深く座り直すと、大きくため息をついた。
◆
執務室に呼びつけられたディーユは直立不動の姿勢を取ってモモンガの言葉を待っていた。
「楽にせよ。ディーユよ、座ることを許可する」
「はい! ありがとうございます!」
許可を与えられて初めてディーユはソファに腰を下ろした。いかにもメイドらしく恐縮した態度を取るディーユからは、こう言っては難だが基本的に真面目ではあっても一方でどこかゆるい人種である日本人的雰囲気を感じ取ることは出来ない。
(やっぱり単なるフレーバーだよな?)
「さて、ディーユよ。お前を呼び出した理由は、お前自身について聞きたいことがあったからだ」
「はい! なんなりとお尋ねくださいませ!」
「ディーユよ、お前にはこのナザリックで過ごしたメイドとしての日々以外の記憶はあるか?」
「はい。私には過去人間だったという記憶があります。私は人間として生まれ、死後にこのナザリックのメイド、ディーユとして再び生を受けました」
即答されてモモンガは硬直した。精神抑制が発動する程度には驚いてしまう。
(えぇー!? マジで記憶があるのぉ!?)
「そ、そうか……それではその知識というのはどのようなものだ? 例えばこの世界の常識とは異なるものなのか?」
「はい。私にある記憶は、この世界が創作物であり……モモンガ様や私は創作の中のキャラクターであるという記憶です」
一瞬何を言われたのか理解できず、モモンガの思考が完全に停止する。しかし精神抑制によって強制的に冷静になった次の瞬間、まるで電撃を受けたかのように体が跳ね上がった。
(……はああああっ!!?)
混乱する頭で必死になって考える。今目の前にいる少女は何と言っただろうか? この世界が創作物である? いや、モモンガが創作物のキャラクターだと? 精神抑制が発動しては冷静になり、また混乱し再び精神が抑制されるのを繰返した。
(俺は誰かに創られた存在だっていうのか!? 馬鹿を言うな! 俺は鈴木悟として人生を全うしてきたんだぞ!!)
「ど、どういうことだ? 詳しく説明せよ!!」
「はい。前世の私は、どこにでもいるような日本人の女でした。その日本はモモンガ様の居られた世界とは異なり、汚染された大地が広がる死の世界ではありませんでした」
「…………なっ!!!」
モモンガは驚愕の声を上げる。ゲームのNPCであるディーユがモモンガの居た現実世界の様子を知っているはずが無い。しかし彼女はさも当然の知識のように語った。つまり本当に彼女は前世の記憶を持っているのだ。
「私の住んでいた日本は、サブカルチャーと呼ばれる文化が発達した国でした。アニメや漫画といった娯楽作品が数多く存在し、人々はそれらを楽しむことに情熱を注いでおりました。そしてその流行の中で、ひとつの作品が世に放たれたのでございます」
「……それはなんだ?」
「はい。それはいわゆる異世界転移ものと呼ばれる小説です。ゲームのサービス終了と同時、ゲームのアバターの姿で異世界に飛ばされた主人公が異世界を生きる物語」
「な、なにぃいいいっ!!!」
あまりの驚きにモモンガの喉から絶叫が上がる。それは今のモモンガの置かれた状況そのものだった。
「その作品の名は……『オーバーロード』。モモンガ様の種族の名を冠する、モモンガ様を主人公とする物語です」
「うわぁああああああああ!!!」
「モ、モモンガ様!?」
突如叫び声を上げた主人に、ディーユが慌てて駆け寄る。そんなディーユの顔を見ながら、モモンガは震える声で問い掛けた。
「お、おいディーユよ……。お前はどこまで知っている? 俺が……いや、俺たちがどんな風に生きてきたのか知っているのか?」
「存じております。モモンガ様の本当の名が鈴木悟であること、本来はただのサラリーマンであったこと、至高の御方々の全員が人間で『ユグドラシル』というゲームの一プレイヤーに過ぎないこと、御方々がお隠れになったのはゲームを引退しただけであること……作品内で語られたことであるならば、全て私は存じております」
「……」
モモンガは絶句した。確かにディーユの言うとおりであれば、全ての謎は解ける。なぜ異世界転移などという現象が起きたのか、なぜNPCたちがあれほどまでにモモンガを敬っているのか、なぜあんなにも忠誠心が高いのか、全てはモモンガを主人公とした作品だからだとすれば、説明はついてしまうのだ。
(……いや、待て。おかしいぞ)
「では、ディーユよ。お前はこの世界が創作物だという記憶を持ったまま、何故ナザリック地下大墳墓のメイドになった? どうしてそんな設定を与えられた?」
考えてみれば、ディーユの存在はおかしい。彼女を通して自分が創作のキャラクターだとモモンガが知ってしまうのは、この世界の創造主にとっては不利益しか生まないはずだ。ならば、ディーユはなんのために生み出されたのか?
「それは私が、創造主によって生み出された存在ではないからでございます」
「なに? どういう意味だ?」
「私を生み出したのは別の人物なのでございます。私を生み出したのは、この世界の創造主であり……しかし本来の創造主とは異なる存在」
「……まさか!?」
モモンガは戦慄する。この世界を作った人物が別に存在するということは、つまりこの世界は。
「はい。私は、原作ファンによる創作活動によって生み出された、『二次創作キャラクター』なのでございます」
「そ、そんな……」
モモンガは目の前の少女の言葉に、頭がクラリとした。
(つまりなんだ? この世界は、原作ファンの作った二次作品だって言うのか?)
信じられない。だがそう考えれば、設定上あり得ないはずの記憶を持つディーユの存在も説明がつく。
「……ディーユよ。お前の言うことが真実であると仮定して話を進める。お前を生み出したという、この世界の創造主は……何を求めてお前を私の下に送り込んだ? いや、違うな。そもそもこの世界は何を目的に作られたんだ?」
「モモンガ様ならば、既に感づいておられるのではございませんか?」
……ああ、そうとも。モモンガの中身がただの凡人だと知るディーユがそう言い出すほどには、モモンガは既に答えを察していた。この世界がどういう目的で作られたものなのか。この世界で自分に何をさせようとしているのか。
「恐らくですが。私がモモンガ様の下へ送り込まれた目的。それは……」
仮にこの推測が外れていたとしても、モモンガにはひとつだけ確信できることがある。この世界の創造主とやらは……
「御身が非創造物……物語のキャラクターだと知ったモモンガ様の行動を、観察する為でございましょう」
……とんでもなく性格の悪い、悪趣味な人間に違いない。