吸血鬼とか出てくるタイプのテンプレファンタジーです。黒幕は教会

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ナーロッパの神父は基本カス

 

 ぽーん、と気の抜ける時報の音に、ふと目が覚めたように集中が途切れた。

 垂れ流していただけの雑音が意味の通った音声に変わる。

 

 『第3区公共放送をお聞きの皆様こんばんは。親愛なる中本龍が、午後8時をお知らせします』

 

 「おい」

 

 脱力した体に染み渡るような落ち着いた声。贔屓のパーソナリティーは今日も絶好調であるらしい。

 

 『本日のテーマは、2090年代に流行した"アースピリット"。見知らぬ大地にそれでも郷愁を感じてしまう、不可解な回帰主義者たちの悲しき歌……ゲストにクオンティさんをお迎えしてお送りします』

 

 「おい」

 

 立ち上がって背伸びを一つ。目元を揉みほぐしながらマグカップを探り当て、甘いカフェオレを飲み下す。

 ここからソファにだらしなく寝転がるまでがルーティーンだ。手慣れたオープニングトークは時間に厳格で、いつも一連の動作をこなすと同時に一曲目が流れ出すのである。

 

 『OPとなる一曲目は、燦々と煌めく夜空への苛立ちを歌った、あの世界的大ヒット曲』

 『ちょうど本日は予告にない白夜。この奇妙な間のよさが、陽光に照らされる皆様の表情をより明るくする事を祈って』

 『それでは柴原界で"星見やぐら"。どうぞ』

 

 今日もいつも通り。完璧なタイミングだ。

 

 「おい!」

 

 しかし流れ出した音楽を掻き消して、少女の罵声が鼓膜を貫いた。

 

 「今日が白夜とか聞いてないんじゃが!?」

 

 ため息を吐いて音源に目を向ければ、そこには日向に出ないように身を隠しながらも懸命に声を上げる少女の姿がある。

 死人のように白い肌、赤い目と豊かな金髪。口元には犬歯と呼ぶに長い()が覗き、幼い容姿とは不釣り合いな口調と立ち振る舞い――これに関しては半ば”おふざけ”だが。これだけの要素が揃えば、彼女の正体は明白だろう。

 

 少女は吸血鬼だ。

 

 そして僕の飼う家畜でもある。無骨な首輪を嵌めているのはそうした事情であって、決して僕がペドフィリアのサディストという訳ではない。

 

 「危うく灰になるところじゃったぞ!なぜ言わなかったのじゃ!」

 

 「いや今ラジオで言ってたじゃん。『予告にない白夜』なんだよ。僕も知らなかったの」

 

 「なぜ予告通りの天気にせぬのじゃ!吸血鬼に取っては死活問題なのじゃぞ!」

 

 「そりゃあ吸血鬼(きみら)を殺すための白夜なんだから。当たり前でしょ」

 

 数世紀前、人類は夜と陸地を捨てた。すべては天敵たる怪物――吸血鬼から逃れるために。

 文字通り人を食い物にする生態、特定の方法でなければ退けることすら困難なその不死性、獣を凌ぐ膂力と人に並ぶ知能、そして何より襲った相手を()()へと変える感染力。

 

 人類が星を占領したと言える世界にあって、唯一にして絶対の天敵。人はそれを恐れ、しかし立ち向かった。

 

 長きに渡る吸血鬼との戦い。

 時には共生の道すら説かれ、しかし叶うことなく争いは続き――――その果てに人は敗走した。

 

 夜空に贋作の太陽を、大海に新たな()()を浮かべ、その恐ろしき魔物から逃れようとしたのだ。

 

 海上という立地は、周囲に広がる流水によって吸血鬼の侵入を阻み、仮に上陸を許してもその力を削ぐ。

 そして太陽の意図は言わずもがな。幾つかの問題から人の住む都市内部のみを、それもごくたまに照らすことしかできないものの、安全の確保には十分役立っている。

 

 おかげで僕も安心して吸血鬼を飼えるというものだ。

 

 「そろそろうるさい」

 「僕このラジオ結構好きなんだよ。静かにして」

 

 「わしとラジオどっちが大事なんじゃ!?」

 

 「そりゃ君だ。ちなみに君は声帯と舌どっちが大事?」

 

 「切り取るつもりか?エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!」

 

 「だいぶ特殊なやつ読んでんな……」

 

 「おぬしの部屋にあったやつじゃぞ。ご丁寧にカバーまで付けおって、ホントは好きなんじゃろう?」

 

 「ああ、ありゃポチさんのプレゼントだよ」

 

 ポチさんは僕の同業者、正確には同業他社である。所属する組織同士は競い合う関係にあるが、自惚れでなければ個人的にはかなり気に入られている。

 

 「あの人狼の女か」

 

 「そ、あの人は特に吸血鬼嫌いだからな」

 

 ポチさんに限った話ではなく、人狼の多くは吸血鬼を嫌って――憎悪している。

 吸血鬼の成り損ないとして、人と吸血鬼の両者から疎まれて来たのだから当然だろう。

 移住によって吸血鬼への恐れが薄れた現在ではマシになったが、差別が完全に消えたわけではない。

 

 「わしらが嫌いな癖にわしらのエロ本を好むのか。やはり人狼は気色悪いの~」

 

 「会ったこともない相手をよく煽るね君……」

 「まあ異性にエロ本プレゼントするのは正直どうかと思ったけど。しかも人選ぶやつ」

 

 「人を選ばぬエロ本などないッ!!」

 

 「うるさいしキモい」

 

 下ネタや猥談の類いになると饒舌になるのは彼女の欠点だ。可愛らしい見た目でおっさんみたいな習性を発揮されると脳がバグるので切実にやめて欲しい。

 

 「はあ……なんかラジオ聞く気分でもなくなったしもう仕事行こうかな」

 

 「今日は休みじゃないのか?」

 

 「この間同僚が死んだからね。本部から代わりが来るまでは毎日出勤」

 

 とは言えそう仕事量が増える訳ではない。ほとんどの場合、規定の時間座って読書でもしていればそれで終わりだ。

 

 「ほ~~~ん。人間は大変じゃのう~」

 

 「君ほどじゃないさ。んじゃ行ってきます。飯は自分の手でも食っといて」

 

 今更留守番の作法を説く必要もないので、それだけ言い残して家を出る。まだ就業時間には早いが、道中で買い食いでもすればいい頃合いになるだろう。

 

 「ナチュラルにカスじゃな……」

 

 扉を閉める寸前なにか失礼な言葉を言われた気がするが、まあ気のせいだろう。僕はこれでも”いい性格をしている”と評判なのだ。

 

 

▽▽▽

 

 

 自然のそれとは異なり、人口太陽が生む白夜は昼間のように明るい。

 時間の感覚を狂わせるそれをほとんどの人が疎ましく思っているが、それでも自然と街は普段の夜より活発になる。

 

 露店は閉店時間を延長し、子供たちは何かと理由をつけて遊びを続ける。そんな活気が溢れる通りを歩いていれば、僕の買い食いが捗るのは必然と言えるだろう。

 つまり早めに家を出てなお就業時間に遅れている現状も、仕方のないことなのだ。

 

 元より利用者など滅多にいないので、多少遅れたところで問題ない。

 

 胸中でつらつらとそんな言い訳をしながらクレープを食べ尽くしたところで、仕事場である教会が見えてきた。

 

 「ってあれ……?」

 

 教会の前に女性が立っている。化粧どころか髪も整えられておらず、喪服に身を包んだ様からは”不幸”があったことを容易に察することができる。

 しかしウチの教会は葬儀なんて請け負っていないし、そも一般人の依頼で動く組織ではない。

 

 さては建物を間違えたかと近づいたところで、女性の方から声を掛けてきた。

 

 「あの……(いち)さん、ですよね。夫の同僚の」

 

 「ん……?」

 

 僕の名前は確かに(いち)である。てっきり面識のない相手かと思ったが、”夫の同僚”という発言から考えると――

 

 「門倉さんでしたか。これは失礼しました」

 

 ――つい先日死んだ同僚、三ツ谷の内縁の妻だ。

 化粧をしていないので咄嗟にわからなかったが、先日の葬儀でも顔を合わせたはずである。

 

 「それで、なにか御用ですか?」

 

 殉職に伴う手続きの類いはすべて済んでいるはず――暗にそう言っていることが伝わったのか、門倉さんは視線をさまよわせ言い淀む。

 

 「えっと、その……」

 

 そして一度言葉を呑むと、なにか決意を秘めたような瞳で切り出した。

 

 「夫は、どこですか」

 

 「あー……水底へと還りました。母なる海は彼の献身に静謐をもって――」

 

 「現実を受け入れられていないわけではありません」

 

 「――そうですか。では率直に言いますが、三ツ谷は既に亡くなりました」

 

 「違います!」

 

 「……」

 

 遺族が現実を受け入れられずに、悪質なクレーマーと化す例は聞いたことがある。まさか自分がその矢面に立つことになろうとは思いもしなかったが。

 

 「夫は、吸血鬼になったと聞きました」

 

 「ええ、つまり人としての彼は――」

 

 「”人としての彼は死に、彼と同じ姿の吸血鬼が生まれた。”ですか?」

 「ではその吸血鬼はどこに?」

 

 「この教会の地下室です」

 

 不死身の怪物は無尽蔵の資源でもある。

 吸血鬼の血は、人の外傷を一瞬で直す薬であり、同じ吸血鬼には劇毒となる。吸血鬼と戦う教会にはいくらあっても足りない代物だ。さらにはある種の鉱物と合成することで良質な燃料にもなるのだから、単に資金源としても優秀である。

 そのため捕獲した吸血鬼は、教会本部で家畜として飼育されるのだ。

 

 本部に移送するまでの期間は、最寄りの教会の地下で飼うことになっている。

 その間に得られた血はそのまま収入としてよく、これは暗に吸血鬼を捕らえた報酬(ボーナス)の一部である。

 

 「会わせて下さい」

 

 「許可できません。一般の方を吸血鬼に近づけることは――」

 

 「会わせて、下さい」

 

 その言葉と共に、門倉さんはポケットからナイフを取り出した。

 突きつける、というには遠い距離ではあるが、切っ先がこちらを向いている以上言い逃れは出来ない。

 

 何度も言葉を遮られたことにため息を漏らしつつ、その蛮勇を諭す。

 

 「脅迫のつもりですか。”武装神父”を果物ナイフでどうにかできるほど腕が立つんですか?」

 

 僕ら武装神父は吸血鬼に()()()人間である。

 武器ですらない果物ナイフで挑もうなど無謀としか言えない。それは門倉さんも理解しているはずだが――

 

 「――いいから夫に会わせて!」

 

 「……はぁ。わかりました。ですが幾つか確認させてください」

 

 親しい人の死で狂気に陥る。まあ珍しくもない話だ。

 面倒だが教会のマニュアル通りに対応するしかない。

 

 「”人としての彼は死に、彼と同じ姿の吸血鬼が生まれた。”これは承知の上ですね?」

 

 「……ええ」

 

 「その上で三ツ谷に会いたいと?」

 

 「ええ。夫に会いたい」

 

 「いくら弱体化していても吸血鬼は危険な存在です。覚悟がないなら許可は出せません」

 「”死んでもいい”と言えますか?」

 

 「ええ!”死んでもいい”わ!だから会わせて!」

 

 冷静な判断でないのは明白だったが、本人が言うのだから仕方ない。

 

 「わかりました。ではご案内しましょう」

 

 

▽▽▽

 

 

 吸血鬼は招かれねば家屋に入れない。

 

 吸血鬼への対策としてこの性質を利用するため、教会は幾つもの小屋を組み合わせる形になっている。

 

 故に扉の数が多く、吸血鬼を飼育する地下室に辿り着くためには、11に及ぶ扉を越える必要があった。

 先ほど通り抜けたのが10個目の扉だ。

 

 「この先に、夫が……」

 

 「この先にいるのは吸血鬼です」

 

 「……違います」

 

 「まあ、すぐ旦那さんに会えますので、もう少しだけお待ち下さい」

 

 僕は懐をまさぐって目当てのものを取り出すと、それを刺した。

 

 ──門倉さんの胸に。

 

 「ご、がッ……ぇ……なんで……」

 

 血に濡れた短剣を引き抜き、念のためのもう2、3回刺して腹を蹴る。

 きちんと致命的な傷を与えられたようで、門倉さんは為すすべなくどうと倒れた。

 

 痙攣しながらも何事か言葉を紡ごうとしているようだが、せり上がる血のせいですべてごぷり、という音に変わってしまう。

 

 それでも何となく言いたいことはわかるので、僕は親切心で言葉を返した。

 

 「”人としての彼は死んだ”ことは承知してもらいましたよね」

 「そして彼は水底――まあ死者の国にいる、という話もしました」

 「その上で”三ツ谷に会いたい”と願ったのはあなたです」

 

 あの世で会わせてやるよ、という訳だ。

 

 「ご、の……くずッ!」

 

 「教会の人間には、市民の自殺を幇助する権利があるんです」

 

 露悪的な言い方をするなら”殺人の許可証”である。

 非協力的な市民を”自殺志願者”()()()()()()()()殺してでも、吸血鬼の確保は優先される。

 限りある命の尊さは、限りない資源の重さに勝らないのだ。

 

 「とは言え、まあ流石にこれは酷ですよね」

 

 僕はそう言って、取り出した”吸血鬼の血”を門倉さんに掛けた。

 途端、目に見えて傷が塞がっていく。失った血は回復しないが、まだ失血死するほどの出血量ではなかったので問題ない。

 

 「え、なんで……」

 

 「いやだから流石に酷いかなって。吸血鬼に会わせろって言ってるのは明らかですからね」

 「それを”故人に会わせて”って解釈するのは無理があると思いますし……」

 

 「じゃあ、会わせてくれるんですか!?」

 

 「もちろん。ただ教会の規則に従わないと僕が罰せられるので……」

 

 また短剣を突き刺して致命傷を与える。

 

 「ぐッ……ぎィッ?!」

 

 吸血鬼の血を与える。

 

 「なにを――うぎッ」

 

 回復を待って再度攻撃。そして血液を投与。

 

 「やめ――あぎゃッ」

 

 繰り返し。繰り返し。刺しては癒し。癒しては刺し。

 退屈なので解説もしておく。

 

 「吸血鬼の血には副作用があって、短期間に大量に摂取すると吸血鬼に変わってしまうんです」

 「旦那さんの死因でもありますし、ご存知ですよね」

 

 そこまで言ってようやく目に理解の色が宿る。元より理解のために語っている訳ではないので解説は止めないが。

 

 「あなたは、”吸血鬼になることは死ではない”と認識している」

 「そして教会は、”吸血鬼になることは死である”と認識している」

 「僕は教会の規則に従って、あなたに死んでもらわないといけない」

 「しかしあなたに同情し、その願いを叶えてやりたいとも思っている」

 

 もちろん叶えてやる義理はないが、僕は親切なのでみんながハッピーになれる道を模索した。

 

 「あなたを吸血鬼に変えて、三ツ谷だった吸血鬼と一緒に飼います」

 「あなたは、自身の認識では生きて旦那さんとの再会が叶い、教会の認識では死んで規則は守られる」

 

 ついでに言うと、新たな吸血鬼を確保したことで僕の懐も潤う。

 

 「少々血なまぐさい過程を経る必要がありますが――まあ問題ないでしょう」

 「ナイフを僕に向けた時点で、あなたは”再会のため”と()()()()()()()んですから」

 

 口を動かしつつも手は止めない。

 

 門倉さんは苦痛に悶えながら、僕を睨みつけた。

 恨まれる理由がないので、苦痛で錯乱しているのだとわかる。いくら自分で望んだとことは言え、痛みが消える訳ではないので仕方ない。

 

 「一方的な正しさによる”救い”なんて押し付けに過ぎないですからね」

 「これはきちんと、あなたの正義に則って、それに合わせた最善です」

 

 門倉さんはもはや人間よりも吸血鬼に近い存在に変じていた。

 失血もあって肌は死人のように白く、黒髪はすべて白に染まり、血の滴る口元に牙が覗く。

 

 あと一押しを見て取った僕は、血液の入ったビンを傾けると同時に、微笑んで別れの言葉を告げた。

 

 「では、お幸せに」


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