「すいませ〜んウーマーイーツのお届けです!」
「はいはい…あらアイネスちゃん!お疲れ様!…でも今の時間はトレーニングじゃなかったかしら?」
「今日はトレーナーが用事あって休みで…だから今日はこれからもいっぱい配達するつもりなの!」
「あらそう…じゃああんまり引き留めるのも良くないわね〜はいこれお代、ありがとね」
「…はい!確かに受け取りました、ありがとうございます!またよろしくお願いします!」
「気を付けてね〜」
自転車にまたがり軽く手を振り返してからペダルを漕ぐ。
今日は珍しくトレーナーが休みの日だ。なんでも外せない予定があるんだとか。あんまり深くは聞いてないけど。
もちろん気にならない訳じゃない、トレーナーのプライベート。トレーニングを休んでまで何をしてるのか…ただ今日は最近滅多にないトレーニングのない日だ。そこでかなりの量の配達のバイトを入れた。分どころかもはや十秒刻みレベルのスケジュールになった。
どの配達場所が近いかを頭で考えながら自転車を走らせる。悠長に考え事をしている時間はなかった。ただそれが今は逆に嬉しかった。彼が居ない時間を紛らわせることができたから。
しかし、配達で大通りを通ったときに、見た。見てしまった。
自分の間違いだろうと思い自転車を止めよく目を凝らす。
それは別に珍しくもない男女の二人組だった。男の側は大きな紙袋を持っていて、仲よさげに話している。私が衝撃を受けたのはその男の方。
「とれーなー…?」
思わず漏れた声を慌てて手で塞ぎ近くの植え込みの裏に屈む。…二人の様子に変化はない。話し続けている。どうやら声は聞こえなかった様だった。
(そっか…まあトレーナーも大人だもんね…そりゃ彼女の一人位はいるよね…当たり前かぁ…)
もう一度二人を見やる。…あの距離感はやはり付き合っているのだろう。
「…いやずっと見てる場合じゃないの!まだたくさん配達があるの!」
そう言って立ち上がろうとする。
「あれ、あれ…なんで、なんで…立てないの…?」
足に力が入らない。
「なんで…こんな…こんなに…」
それどころか、
「涙が…とまらないの…」
瞳の奥から留まることなく溢れてくる。まだ配達は終わってないのに、ただトレーナーが付き合っている人が居るって分かっただけなのに…
「あうっ…うっ…ううっ…」
結局その日は一人で配達は出来なかった。泣き止んでから同じバイトのメンバー達にに頼んでなんとか配り終えた、ほんとに助かった。帰ったら私服を脱ぎ捨てすぐにベットに身を縮める様に寝た。泣き疲れていたせいか眠りに落ちるのは早かった。
………………………
「んっ…もう…朝…」
体に染み付いた習慣とはやはり強い。あんなことがあった次の日だというのにいつも通りの時間に目が醒める。
「昨日の…夢だったらいいのにな…」
そんなふうに思いながらスマホを触る。昨日のバイト仲間達から心配のメッセージが数件入っていた。嬉しいが、嬉しくない。
「だよねぇ…」
その中にトレーナーからのメッセージを見つける、ついさっきに送られたもののようだ。
「!」
胸がドキッとする、もしかしてバレてた…?
「おはようアイネス!昨日の休みはしっかり休めた?今日も朝練しっかりあるからね、集合場所はいつもの河川敷で…」
「そっか…朝練…」
忘れていた。…行かないとトレーナーを不安にさせてしまうだろう、おはようと今行く、そんなスタンプ送ってから、重い気持ちをなんとか抑えジャージに着替えて河川敷へ向かう。
……………………………
河川敷へ向かうとそこにはもう人影があった。
その人は川から朝日がのぼって来るところをただじっと…見つめていた。その背中は初めて出会った頃よりも一回り大きくなったように感じる。
一つ大きく深呼吸をする。冷静になるために。昨日は何も見なかった。そうじゃないと…この人と一緒に居られなくなる、それは絶対に嫌だ…
(すーっ…はーっ…ふぅー…よし、)
「トレーナー!おはようなの!」
「ん、おはようアイネス、昨日はよく休めた?」
昨日…
「おかげさまでたくさんバイトできたの!」
嘘だ
「はは…そっかアイネスらしいな」
そう微笑む。その笑顔は曇りなく、優しい。
その笑顔を見ると言ってしまおうか、そんな悪い考えを思いついた。私はあなたのことが大好きだと、これからも一緒に過ごしたい。そう伝えることを。
私が悩んだ時、辛い時…いつも一緒にいてくれた。一緒に悩んで、一緒に辛い思いもした。一緒にバイトだってした、何より楽しい思い出をいっぱい一緒に過ごした。
…あなたは私の大切なものをいつも大切にしてくれた。
好きですって言ったらあなたはどうするんだろう。
私のこの思いも大切にしてくれるのかな、
でもこの思いを伝えることはあなたの大切なものを大切にしないことになる。トレーナーの今の幸せを奪うことになる。
それでも…私は…
「…アイネス?大丈夫?ずっと黙ってるけど…」
「トレーナー」
「うん?」
「トレーナーは私といるの…楽しい?」
「もちろん、毎日すごく楽しいよ」
「私あなたのこと支えられてる?」
「うん、いつも助かってるよ」
「なら…さ」
「私と…私とずっと一緒に居たいとかって…思ったりしない?」
「それって…」
…いけ、私。今しか…今しかない。
「…私が走ることを引退しても、あなたと離れたくないの。」
「…アイネス」
「あなたの事が…大好きです。何よりも誰よりも。」
ああ言ってしまった…全部伝えてしまった…
「………」
ほらトレーナーもものすごく困ってる。これで私達の日常は終わちゃうよね…トレーナー…
終わり、その言葉を意識するとまた涙が零れそうになる。そんな顔は見せまいと俯く、これ以上困らせたくない。
「俺で…俺でいいのか?」
「…え?」
今トレーナー、何て?
「いやだからさ…その…ほんとに俺でいいのかなって」
意図が分からない。なんでそんなことを聞くの?なんだか、それって、まるで…
「俺は…まあアイネスが一番良く知ってると思うけど、ちょっと抜けてるところもあるし、今までアイネスの気持ちも分からなかったし…そんな…駄目な俺でもいいのか?」
「トレーナーは駄目なんかじゃない!」
反射的に顔をあげそう返してしまった。
「!」
「確かに抜けてるところはあるよ?でも何事にも一生懸命頑張ってる!自分のことだけじゃなくて他人の為にも本気で!そんな人が駄目な人な訳ないの!」
「アイネス…」
「だから…そんな素敵な人だから…あなたとずっと一緒に居たいの…」
「…そんなに言わせちゃったら俺もしっかり答えないとな」
「アイネス、俺もお前の事が…好きだ。」
トレーナーがそう言った。
と同時にギュッと抱きしめられる。
「はぇ…?」
「俺も大好きだ。アイネスの優しさ、何でも本気でやれること、家族思いなところも…全部、全部大好きだ。」
「ちょちょっと待つの!彼女さんはどうするの!?」
「彼女…?俺にはいないぞ?」
「昨日、見たもん…」
「ああ…あれは…妹だぞ?」
「え?妹…?」
「うん、こっちに引っ越して来たらしいから案内ついでに遊んでた。」
「…それじゃあ私が勘違いして焦っただけなの…?」
「そうなるね」
「そ、そんなの…」
私もも腕を回してちょっと強めに抱きしめる。
「あ、アイネス?…っていたたた!」
「これくらい我慢するの!昨日の私に比べたら軽いもんなの!」
「ぐっ…そう言われたら耐えざるを得ない…」
「ふふっ、そのいきなの!」
(えへへ…トレーナー…ありがとう…)
「…でももうちょっと優しくできるぅ!?」
…………………………
「そろそろ落ち着いた?」
「うん…トレーナーありがとなの。」
「あれな、まだ学生の内は周りには隠密に、な?」
「そうだね…」
「うんまあなんだ…改めてこれからもよろしくな、アイネス。」
「こちらこそよろしくなの!私の大事な…トレーナー!」