【完結】皇帝(おとめ)は姫(おれ)に恋してる   作:霧風弦十六

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1. 男でも姫をやらないといけない場面がある

 無数のカメラ、そのフラッシュが俺の体を照らしていく。勝者を讃えるための華々しい舞台であるというのに、俺の心はまるで死刑執行前の犯罪者のようであった。

 未だに履き慣れないスカートの感覚に戸惑いながらも、表情を変えないよう必死に作った笑顔を貼り付ける。

 

「おお、あれがシンボリルドルフのトレーナーか。トレセンか頑なに情報を出さないから、さぞかし問題があるヤツなのかと思ったが……」

「ああ、これは絵になるぞ。さながら、『皇帝と姫君』ってところか。明日の一面はこいつで決まりだな」

「それはそうだろ。やっと解禁になったシンボリルドルフ陣営への取材だぞ? どれだけのマスコミがこの時を待ち望んでいたことか」

 

 用意された席から、マスコミ関係者の会話が漏れ聞こえてくる。まあそうだろうな。かなり各所を待たせてしまった。一切情報が出てこないことに、やきもきしていたのはファンだけではなく、マスコミたちも同じようだった。

 

「それにしても、かなりの美人を捕まえたんだなシンボリルドルフは。名家の出身とかじゃないんだろ? どこで見つけてきたんだ、あんな逸材」

「あくまで『広告塔』や『お飾り』という可能性もあるがな」

「いや、ないだろう。それをやるなら名家から誰か連れてきたほうがはるかに効果的だ。つまり、アレにはそういった奴らをしのぐ何かがある、ってわけさ」

「確かにそれもそうか。しかしなぁ、可愛いのにトレーナーとしての腕もいいってことだろ? 残酷だな。天は二物を与えるってか。ま、中央のトレーナーなんてそんなのばっかだが」

 

 記者たちから上がる賞賛の声を必死に受け流しながらも、俺はなんとか歩みを進める。

 そうして足を踏み出した次の瞬間、ロングスカートの裾を誤って踏んでしまい、前のめりに倒れこんでしまう。まずい、と思い体を強ばらせた次の瞬間。

 

「油断大敵。大丈夫かい、トレーナーくん」

 

 俺の体が優しく抱き止めるられた。

 

「だ、大丈夫。ちょっとつまずいただけだから」

 抱き留めたのは、『皇帝』シンボリルドルフ。俺の担当ウマ娘であり、今こんなことになっている原因を作った存在でもあった。

 

「そう緊張しなくても大丈夫さ。トレーナーくんが男だと気づく者なんていないだろう。こんなに可愛らしい姫なんだからね」

「やめて、ほんとうに姫はやめて……」

「ほら、口調が崩れているよ。全く、緊張するとボロが出そうになるね」

「う、うう……」

 

 白のドレスを見に纏い、シンボリルドルフの隣に立つ俺。

 俺は中央トレセン学園のトレーナー。シンボリルドルフの専属であり、その性別は『男』。

 なぜこんなことになっているのか、その理由を語るにはデビュー前まで遡る必要がある——

 

***

 

「突然だがトレーナーくん、デビュー前になんらかの対策を立てておかないといけないことがある」

「対策……?」

 

 トレーナー室に担当であるシンボリルドルフの声が響いた。いつにもなく真剣な雰囲気に、俺も背筋を伸ばして真面目な表情になってしまう。

 

「私がデビュー前だと言うのに注目されているのはトレーナーくんも知っての通りだと思う。当然、担当となったトレーナーくんへも注目が集まっているんだ」

「注目、注目ねぇ。確かにそうかもしれないけど、ルドルフに比べたら微々たるものだろう? 俺なんて、ルドルフの付属品みたいな扱いさ」

「それならばどれだけよかったことか。まあ私の注目度合いより下、というのは否定しない」

 

 まあそれはそうだろう。

 『皇帝』、『シンボリ家の至宝』……デビュー前のウマ娘へ集まる期待としては、ルドルフへのそれは明らかに異常と言えた。

 だがそれでトレーナーである俺に何か不利益があるだろうか。担当が人気なのは嬉しく思えど、不満を持つようなことではないと思うのだが。

 

「やはりその程度の認識だったか。82件。これが何の数かわかるかい、トレーナーくん」

「82……? うーん……ちょっと待って、今考える」

 

 はて、心当たりがない。

 生徒会に寄せられた要望の数ではないし、校内の直さなければならない設備の数でもない。

 首を傾げていると、呆れたようにルドルフが口を開く。

 

「私と『その担当となったトレーナー』への取材依頼さ。どうかな、これで君の置かれた状況は理解出来たかい?』

「は……? 冗談だろ……?」

「冗談ならどれほどよかったことか」

 

 あまりの驚きに開いた口が閉じない。

 デビュー前のウマ娘など、専門誌の片隅に名前が出れば御の字だ。なのに、既に取材依頼が82件? 下手な重賞勝利ウマ娘よりも人気なのではないだろうか。

 予想をはるかに超える事態となっている現状に、思わず頭を抱えてしまう。

 メイクデビュー前ということもあり、一切の取材は学園側にシャットアウトしてもらっている。

 だがこれだけの人気だ、トレセン学園側が音を上げて取材を受け入れるのは時間の問題だろう。

 

「それだけ注目されてるとなると、インタビューの受け答えの練習とかもしないといけないね……はぁ、そっちに割く時間も考えてトレーニングメニューを考えないとダメかな? ルドルフ、頑張ってくれよ」

 

 そんな緊張感があるのだかないのだかわからない、そんな俺に対してルドルフが声をかける。

 

「どうやらまだ理解が足りないようだね。トレーナーくん、君はこのままでは非常にまずいんだ。わかるかい?」

「まずい? 確かに言葉端を捕まえられて、あることないこと書かれるのはしんどいが……それだって、ある程度こっちで内容は指定出来るだろ? そんなまずいことにはならないと思うんだが。俺だって隣でフォロー出来るし」

 

 ルドルフの言葉の意図が理解出来ずに首を傾げる。トレセン学園からは取材用の受け答えマニュアルも配布されているし、しばらく練習すれば問題ないと思うのだが。

 それともトレーニングへの影響を心配しているのだろうか。

 これでも俺は中央のトレーナー。この程度ならどうとでもできる。なにより、ルドルフの自己鍛錬は非常にレベルが高い。俺が少し面倒を見れない程度でどうにかなるようなウマ娘ではないだろう。

 だからこそ、これだけ注目されているのだから。

 

「というわけだし、そんなに心配する必要はないと思うんだけど。いや確かに取材を全部受けていたらキツいかもしれないけど、それは学園側に選別して貰えれば……」

「はぁ……トレーナーくんは自分のこととなるととことん鈍感だね。心配度合いが増したよ。これを読むといい」

 

 そう言ってルドルフが机の上に放ったのは一冊の週刊誌。ゴシップ、フェイク、飛ばし上等と言わんばかりの攻めた記事を書くことで有名な出版社のものだ。

 そこにはデカデカと、『シンボリルドルフのトレーナー、不釣り合いなその経歴!』というか文字が踊っていた。本文に目を通せば、自分の経歴どころか大まかな情報すら合っていない。ここまでくると『記事』ではなく『妄想文』だろう。

 

「とまあ、トレーナーくんに対する流言飛語、よからぬ憶測が飛んでいるんだ。名家のトレーナーが皆して私のトレーナーになれなかったら、どこかの家が腹いせに私怨で書かせている可能性も否めないが……」

「おいおいおいおい……なんだこれ。確かにルドルフと俺の経歴が釣り合ってないのはわかるが、デタラメだらけなのは見逃せないな。それに、俺を攻撃してるように見えてよく読むとルドルフにも矛先が向いてるじゃないか」

「ああ。本当のことを知らないのか、それとも知っててこれなのか。どのみち、悪質なことには変わりないが」

 

 実にまずい。どこかの息が掛かった記事かもしれない、とルドルフが疑うのもうなずける。

 だが仮にそうだとしても、この流れを止めるのは簡単なことではないだろう。仮に首謀者をとっちめたところで、完全に収まるとは思えない。裏でこそこそと、それこそより狡猾に攻撃してくるかもしれないのだ。

 ルドルフと二人、頭を抱える。

 

「やっと理解したよ……これはかなりまずいね……。ルドルフ、何か対抗策は?」

「いろいろと対策を講じてみてはいるんだけどね。さすがに無理があるよ。『人の口に戸は立てられない』と言うだろう?」

「それは……そうだね」

 

 自分だけの問題なら別に放置でもよかったのだが、ルドルフへと矛先が向かないとも限らないし、なによりルドルフがこれを見てよい顔をしていないためそうにもいかない。担当ウマ娘の後頭の憂いを断つのもトレーナーの役目というもの。

 今回この件に関しての一番の問題は、こう言ったことへの解決策を持ち合わせていないということだ。あいにくと、トレーナー養成学校では世論やマスメディアへの対応はほとんど教えてくれない。

 はて、どうしたものか。

 

「いっそ俺がウマ娘の皆みたいに可愛ければ、こういうのも減るのになぁ。現にメインのターゲットにはルドルフじゃなくて俺が選ばれてるわけだし」

 

 その言葉を聞いて、ルドルフがハッとしたような表情を浮かべる。気づいていなかったのか? ルドルフも人のことを言えないじゃないか。自分のことには無頓着なのはお互い様らしい。

 そんな呑気なことを俺が考えている間に、ルドルフの明晰な頭脳ではとんでもないプランが組み立てられていたらしい。

 俺をこの状況から救い出し、同時にさらなる地獄へと突き落とすプランが。

 古来より、地獄への道は善意で舗装されているという。俺はそれを思い知ることとなる。

 

「そういえばトレーナーくんは随分と華奢な体をしているね」

「ああ、小さい頃は女に間違えられたりもしたな。髪を短くしてからはそんなことも減ったけど」

「肌の色も白くて羨ましい限りだよ」

「代々色白の家系でなぁ。母方にはウマ娘も何人かいたはずだし、そういう遺伝子が入ってるのかもな」

 

 急にどうしたんだ? 怪訝な顔をしていると、ルドルフが真剣この上ない表情でとんでもない爆弾発言をした。

 

「トレーナーくん、『女』になってみないかい?」

 

「……は?」

 

 

***

 

 

「それで私を呼んだ、と。そういうわけですか会長」

「ああ。私も女としてメイクくらいならできるが、生憎他人に施した経験はないもので。後輩の面倒をよく見ているエアグルーヴならそう言った経験もあるかと思ってね」

 

 生徒会長シンボリルドルフの右腕にして、『女帝』と呼ばれる凄腕ウマ娘、エアグルーヴ。

 そんな彼女は額に指を当てて苦悶の表情を浮かべていた。

 それはそうだろう。信頼し尊敬するシンボリルドルフが、突然『自分のトレーナーに女装させる手伝いをしてくれ』と言ってきたのだから。

 経緯までしっかりと話すことで、とりあえずの納得は得られたようではある。だが心の底では噛み砕けない複雑な想いが渦巻いているのだろう。

 

「男性に化粧を施したことはないので何とも言えませんが……会長の頼み、なんとか頑張ってみます」

「ありがとう、助かるよエアグルーヴ」

「俺は助からないんだけど……?」

「会長のトレーナーさんは素材がよいので、それなりにはなると思います。ですがあまり期待はしないでください」

「たすけて」

 

 そうして俺の人生初めての化粧が始まる。

 透明な液体をつけては拭いて、つけては拭いてを繰り返した後、今度は肌色の粉を塗りたくられる。その粉も、数度の塗り重ねを繰り返し、やっとのことでエアグルーヴの手は止まった。

 そしてどうやらそこまでが下準備だったらしい。さらに細かな部分、頬や眉、そしてまつ毛などに手が加えられていった。

 俺は何をすることもできずに、人形のように座っているだけ。

 

「これは……会長、そちらのつけまつ毛を取って頂けますか?」

「これかい? それにしても粉白黛墨、化粧というもののすごさを改めて実感するね。ここまでとは」

 

 そんなにすごいことになってるのか……? いや、化粧の効果はすごいと聞いたことはあるが、さすがに限度があるだろう。俺はこの時、そんな風に思っていた。

 まあやらせるだけやらせてみればいいか。その結果が芳しくなければ二人も諦めるだろう。この考えが砂糖菓子よりも甘いものだと気づくのは、すぐ未来のこと。

 

「一応簡単なエクステも持ってきたのですが……」

「エクステ……?」

「付け毛ですよ。綺麗な黒髪ですし、長くすればかなり目を惹くことでしょう。もしこういうことを続けるならば、伸ばすのに越したことはないですけどね」

「ふむ、トレーナーくんの髪色にぴったりのエクステだ。つけてしまおう」

 

 頭中弄り回され、やっとのことで解放されたのは数十分後。

 

「さて、お披露目といこうか。これが君だよ、トレーナーくん」

 

 俺の目の前に差し出される鏡。そこに映っていたのは、元が俺とは思えないほどの『美少女』だった。

 肩より少し下まで伸ばした黒髪、整った顔立ち。艶っぽくみずみずしい唇とは対照的に、肌の色は陶器のように白い。庇護欲を誘う、と言えばよいのだろうか? 儚そうな雰囲気まで出ている。

 

「これが……俺……?」

「『女は化粧で化ける』とはよく言うが……まさか男もだとはね。似合っているよ、トレーナーくん」

「待った、これディスプレイとかじゃない? ちょっと信じられないんだけど……」

 

 少し角度を変えたり、表情を変えてみたりする。するとそれに合わせて、目の前の美少女も同じ動きをする。どうやらちゃんと鏡のようだ。

 しかしこれは……我ながら結構な美少女だな……

 

「これは結構なものですね。可愛いですよ、会長のトレーナーさん」

「ああ、その通りだよエアグルーヴ。これはキミの腕がよかったのかな?」

「いえ、素材がいいからでしょう。そこら辺の適当な男性にメイクをしたのでは、こうは美少女には化けませんよ」

「やはりか。私の見る目もなかなかなようだね」

 

 可愛い、と言われると妙に落ち着かない。確かに子供の頃――それも今よりも半分ほどの背丈だった頃だが――は可愛い可愛いと言われてちやほやされていた。だがこの歳になるとそんなことも無くなる。

 しかも可愛いと褒めている側がとてつもない美人と来た。ついつい恥ずかしくなって服を握って目をそらしてしまう。心なしか、顔が熱い気もしてきた。

 

「本当に可愛いね、トレーナーくん。食べてしまいたいくらいだ」

「ルドルフまで……冗談は、やめてほしいんだが」

「冗談なんかじゃないさ。氷肌玉骨、どこに出しても恥ずかしくない美少女だよ」

 

 クソ、鏡どころかルドルフの顔すらまともに見れん。可愛いって言われるの、こんな恥ずかしいのか!? よくウマ娘のみんなはあんな平然としてられるな……

 

「ええ、これほどならば容姿で男とバレることはないでしょう。とすると問題は……」

「仕草、あと声だね」

 

 こればっかりは、化粧のように『これでオッケー!』などと言うようにはいかない。生まれてから今まで、ずっと行ってきた細かい仕草を変えるのは並大抵の方法では無理だろう。

 まあここまでできただけでも上等だろう。取材は写真とインタビュー程度にしておけばごまかしが聞くだろう?

 

「というわけで、普段は姿を見せずに代理を立ててるってことにして……」

 

 だが俺のそんな意見は二人の耳にすら届いていないようだった。

 二人のウマ娘は何かを手に持つと、こちらをチラリと見る。

 

「ほらトレーナーくん、大股開きで座るのは関心できないよ?」

「そうですね。スカートを履いた時に下着が見えてしまうかもしれません。会長、これを」

「む、これは」

 

 そう言って二人から手渡された布。ひらひらとしたそれは……

 

「……スカート?」

「ええ、実際に履いて具合を確かめてみてください」

「ルドルフ! たすけて! スーツならスカートなんて履かなくていいでしょ!?」

「いや、そういうわけにはいかないよ。まあ後ほどの話にはなるけど、トレーナーくんにはスカートを履いてもらう必要があるんだ。それに下だけではなくて、しっかり上もあるよ」

「う、ううう……」

 

 二人に手渡された布……トレセン制服を持って二人から姿が見えなくなる場所へと移動する俺。戸惑いながらも、給湯室でいそいそと着替える。

 女物の制服に袖を通し、具合を確かめていく。

 ううう、めちゃくちゃ落ち着かない。軽く歩いてみただけで裾がめくれ、中が見えてしまうのではないかという恐怖と羞恥が湧き上がってくる。

 ……ねえこれ防御力低すぎない? 世間の女子は、こんな防御の低い装備で日常を……? 戸惑いながらも、ゆっくりとルドルフたちの前へと姿を晒す。

 

「どうで、しょうか……」

「……とても似合ってるよトレーナーくん。私の目に狂いはなかったようだ。本当に、本当によく似合っている……」

 

 足はスースーするし、あまりにもズボンと勝手が違いすぎる。

 これに慣れる必要がある……? 冗談だろう……? 本当に、冗談だと言ってくれルドルフ。だが、そんな俺の心からのアイコンタクトは届いていないようだった。

 

「ちょっとそれで歩いてみてください、会長のトレーナーさん」

「えっと、こう?」

「……ダメですね。もっと歩幅は小さく、内股気味で……そうです。あと少し姿勢が悪いですね」

 

 やっぱり無理じゃない? 絶対キツいって。一朝一夕に身につくものじゃないでしょ。

 

「ぐ、足がっ……」

「重心の移動が上手くいっていないようです。体を前に押し出すのではなく、出来るだけ綺麗にゆっくりと歩くのを意識していただけば」

「そうだね。男性とは重視するものが違う、というのを理解すると早いよ」

 

 キツい、キツい! 最初は体勢や歩き方がキツいだけだと思っていた。だがこれ、それ以上に辛いのは『意識を変える』ことだ。男性的な意識や考えを大幅に変更するのは、想像よりもはるかに精神を削る。

 ルドルフに助けを求めるようにして視線を送ると、ルドルフはニッコリ笑いながらこちらへと歩いてきた。助けてくれるのか? と期待をしたのだったが……

 

「トレーナーくん、腕の位置はそこだとよくないね。もっと体のラインを……そうそう」

 

 助けは来ない。この瞬間、俺はそれを悟ってしまった。

 二人のウマ娘による、『女子指導』。俺の中の『羞恥心』や『男性的な何か』がガリガリと削られていく音がする。

 かわいいかわいいとおだてられ、二人の美ウマ娘に優しく指導される。もしやこれは幸運なことなのでは? と勘違いしてしまいそうになる。まさか……これが目的……?

 

「き、きつい……女の子ってみんなこんな大変な歩き方してるのか……?」

「無意識にやっていますからね。意識していることを変えるのは大変なことですから。慣れれば自然とできるようになりますよ」

「それとトレーナーくん、男口調になっているよ。『してるのか』じゃなくて『しているんですか』のほうがいいだろう」

「して……いるんですか……?」

「そうだ、いいぞトレーナーくん」

 

 ルドルフに手を取られ、優しく仕草を修正される俺。

 

「そうだ、そっちのほうが可愛らしく見えるよ」

「え、えへへ……」

 

 疲れ切った頭に、ルドルフの優しい言葉が入り込んでくる。

 一瞬だけ、『嬉しい』と思ってしまったのをすぐに振り払い、真剣な顔で目の前の『訓練』へと精を出し続けた。

 

「つ、つかれた…」

 

 俺が疲労困憊になって、ギブと音を上げるまで指導は続いた。

 ソファにぐっでりと横たわり、肩で息をする俺。ここまで頑張った俺を褒めてくれ……

 

「こんな、たいへん、何ですか……?」

「いや、本来はここまでじゃないよ。トレーナーくんの飲み込みがいいからついついやり過ぎてしまった」

「ううう……おに、あくま……」

「……トレーナーくん、やはり女の子の素質があるんじゃないか?」

 

 ぽこぽこ、とルドルフの膝を叩く。必要ならやるけどさぁ! でもやっぱりキツいって!

 まあとりあえずこれである程度は形になっただろう。ルドルフが差し出してきたスポーツドリンクに口をつけながら、これからのことについて考える。

 

「とりあえずは形になったし、ひとまずは安心出来る……いえ、できますよね?」

「そうだね、一休みしたら今日の成果を見せてもらおうかな」

 

 しかしこのスカートというもの、なんでこんな構造なのだろうか。いや、伝統的やら歴史的やらなあれそれがあるのはわかる。それを差し引いても、この防御力の低い衣装を着るのはどうなんだ?

 それとも俺が女心をわかっていないからこそ、こういった疑問が湧いてくるのだろうか。まあ、そうなんだろうなぁ多分……わからないほうがいい気がするが。

 少しだけ疲労が抜けたため、ゆっくりとソファから立ち上がる。

 そしてルドルフの前に出て、スカートを翻した後に裾を摘まんで華麗に一礼。

 

「シンボリルドルフのトレーナーです。よろしくお願いしますね?」

 

 それを見たルドルフが、手を叩いて賞賛の言葉を投げかけてくる。

 

「精明強幹。見事だね、トレーナーくん。もうそこまでできるようになったか」

「言ってみるならば、『マナー』みたいなものでしょう? それくらいなら、なんとかなるわよ。女口調だって、敬語と柔らかい言葉遣いを心掛ければある程度はどうにか」

「……本当にさすがにだ。これならば、そこまで心配はいらなそうだね」

 

 やっと解放される! これで当面の問題は解決されただろう。

 そう思っていたのだが……

 

「ボイストレーニングは学園側へ依頼するとして……やはり日常的に仕草を指摘して、矯正する役が必要だね」

「えっちょっと? これで終わりじゃないのか!?」

「ああ、もちろん。やるなら徹底的に、だよ。『画竜点睛を欠く』、と言うだろう? それと……口調、崩れているよ」

 

 ルドルフの指摘に、思わず口元に手を当てて反応してしまう。それと同時にきらりと、ルドルフの目が猛禽類のように鋭く輝いた。

 

「私との会話でボロが出るならばいいけれど、これが記者の前ならば致命的だよ? 多少ならばカバー出来るけれど、一度疑問を持たれればあとは転がり落ちるだけさ」

「そ、そこはこう……ルドルフに助け船を出してもらうとか……」

「限度があるよ、それにも。大体、話題には口出しできても口調には難しいかな。トレーナーくんだって、他人の言葉使いをわざわざ直したりはしないだろう?」

「そう、だけど……」

「会長のトレーナーさん、マスコミはなかなかに手厳しいですよ。見せてしまいそうな隙は、極力無くすに越したことはありません」

 

 1つ、逃げ道を見つければ、それが二人の手によって潰される。

 蜘蛛の糸は大量に垂れてきているのに、その全てが途中で切れ……いや、切られてしまうのだ。

 

「先ほども記事を見せただろう? 油断大敵、マスコミ対策は徹底的にやっておいて損はない。我々ほど注目されているならなおさらだ」

「ええ、その通りです」

「だからこそ、このままではいけないのだよトレーナーくん」

 

 なにやらよくない方向に話が進もうとしている気がする。だが流れは俺の手から離れ、既にコントロール出来なくなってしまっていた。

 ルドルフ、そしてその協力者たちによって流れは作り出され、俺は川に浮かぶ小舟のように流されることしかできない。

 

「トレーナーくん、私と一緒に住む気はないかい?」

「は?」

 

 思わず声が出てしまった。今日何度目だこの反応。

 いやいやいやいや、それはさすがにまずいだろう!?

 俺とルドルフは男と女なのだ。男女七歳にして席を同じくせず、と言う言葉もある。

 それになにより、学園側がそれを許すとは思えない。

 

「現にウマ娘寮へのトレーナーの侵入は禁止されているんだぞ!? 俺だけ例外というのはいくら何でも無理があるだろ!」

「ふむ、たしかにトレーナーくんの言うことはもっともだ。だが、理事長の考えは違うようだよ?」

 

 そう言って見せられたスマホの画面。そこには理事長の名前と『了承!』という文字が写し出されていた。

 さらには『物件の情報は追って知らせる! 使用していない物件があったので、そこを使うとよい! 健闘を祈る!』という一文が。待った、『使用してない物件』?

 

「どうやら理事長が部屋を用意してくれるようだね。大慶至極、実に素晴らしい」

 息を吸って、吐く。

 そうして心を落ち着かせ、目を凝らしてもう一度画面を見た。

 写し出される文字に変わりはない。

 

「はぁぁぁぁ!?」

「というわけだトレーナーくん。学園側からのバックアップもあることだし、心置きなくこのプランで進めるとしようか。構わないかい?」

「構うに決まってるだろ! ルドルフはそれでいいのか!? 俺は男! ルドルフは女! なにもないなんて保証はないんだぞ!」

「トレーナーくんはヒトで、私はウマ娘だ。何かあっても対応出来るさ。それに、トレーナーくんが何かするわけないだろう? それとも、そういう予定でもあるのかい」

「ない、けど」

 

 ルドルフに真剣な表情で語りかけられ、俺はなにも言えなくなってしまう。

 

「それに、こうして二人で暮らすのは私に取っても悪いことばかりではない」

「えっ、と……?」

「ああ、こっちの話さ。それで、一緒に暮らすということでいいね?」

 

 既に理事長まで話が上がっている。この時点で拒否権などあるはずもなかった。

 ゆっくりと首を縦に振る。それを見たルドルフは、嬉しそうな顔でスマートフォンに何かを打ち込みはじめた。

 ああ、俺はこれからどうなってしまうんだろう。自然に両足を揃え、内股気味に座るようになってしまった自分の姿を見ながら、途方に暮れるのだった。




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