【完結】皇帝(おとめ)は姫(おれ)に恋してる 作:霧風弦十六
俺とルドルフの奇妙な共同生活が始まりを告げた。一見すると仲のよい女二人のルームシェア。しかり実態は全く異なる。
「これで荷物は全部かい? 案外私物を持たないタイプなんだね、トレーナーくんは」
「そういうルドルフは案外私物が多いんだな」
「そうだね、後輩たちの話題についていくために買ったものもそれなりにあるから、しょうがないかな。それとトレーナーくん、口調が崩れているよ?」
「う……多いんですね……」
理事長が用意した学園からそう遠くないところにあるマンションの一室、そこに荷物を移動させて始まったそれ。
まあルドルフが常に側にいるのはよい。契約してからは大体こんな感じだったし、なによりルドルフと一緒にいるのは不思議と落ち着く。気性が合っているとでも言えばよいのだろうか。
まあそれを差し引いてもキツいことがあるのだが。
「トレーナーくん、今はゆったりとしたスカートだからいいけれど、その股の開き方ではタイトスカートでは歩けないよ? もう少し内股で歩いたほうがいい」
「こ、こうですか……?」
「ああ、いい感じだ」
この女子仕草指導がとにかくキツい!
普段から無意識にやっている仕草を直すのは、非常に困難を極める。それが生まれてから今までに培われてきたものともなれば尚更だ。
その結果、こうして事あることに仕草や言葉使いを指摘されることとなってしまう。
まあ前よりはかなり減ったし、こんなことでも『上達している』と実感できると、誠に遺憾ではあるがすこしばかり楽しいのだ。
「やはりトレーナーくんは呑み込みがいいね。さすがは中央のトレーナー、と言ったところだろうか。これならばデビューには充分間に合うだろう」
自分の基礎能力と学習能力の高さを喜べばいいのか、それとも『女の仕草』に慣れていってしまっている自分を悲しめばいいのか。
まあ他でもないルドルフのためなのだ。ひとまずは喜ぶようにしておこう。
「しかし、このスカートってのはとても心もとないね……ウマ娘たちはこんな格好で走ってるんだ……」
スカートの裾を押さえながら、そうつぶやく。
このスカートという衣装、とにかく防御力が低い。今自分が履いているスカートは、丈が膝下まであるからまだマシだが……。勝負服のスカートは大体丈が膝上だ。
……一度見たルドルフの勝負服も結構ミニスカだったな。
「……そういう恥じらいは女らしくなってきたね。ふむ、意識の改革には成功しているようだ。細かい仕草が女らしくなっているのはなかなかに高ポイントだよ」
そう言ってこちらを見るルドルフの目が、鋭く険しい獣のもののように見えた。
が、どうやら気のせいだったようだ。
再び見れば、そこにはいつも通りの頭脳明晰で冷静沈着な彼女がいた。
「声のほうも違和感はかなり減ったじゃないか。仕草も意識して直さないといけない部分にはまだ課題が残ってるかな」
「こればっかりはね……ルドルフがその都度直してくれるからだいぶマシにはなったよ?」
ルドルフと共同生活を始めてからというもの、常に女の格好をして過ごしている。
一部の事情を知る者に対しては既に徹底した情報統制が行われ、また事情が知らない者たちには、『シンボリルドルフのトレーナーは最初から彼女であった』と通達されているのが現状だ。このためたとえ学園に顔を出したとしても、ルドルフとの関係性から正体がバレることはないだろう。
またマスメディア各社には『今はデビュー前の大切な時期なので一切の取材は行わない。強行的な姿勢を取る報道機関にはURA全体からの締め出しも考える』との強い姿勢を理事長が示してくれた。
……その強行的な態度を、俺のゴシップ記事に対してもいってくれればよかったのでは? とも思ったのだが。
「まあそれは無理だろうね。今回のだって、デビューまでという期間限定の処置だから各社とも納得したんだろう。無期限となったら、URA全体の取材等が禁止になるのを厭わずに突撃してくるところが出てくるよ」
まあそういうことか。終わりが見えているからこその処置。そう言われれば納得するしかない。
ルドルフの生活は大変なことも多いが、楽しいことも多い。なによりも、彼女は俺の作った料理を美味しそうに食べてくれるのだ。それはもう、本当に。
そのせいで買い出しにも頻繁にいくハメになっているのだが……。
「ところで今夜の夕飯は?」
「夜までのお楽しみ。今日はおまけしてもらっちゃったからね、楽しみにしてて」
あと女の格好をするようになってわかった。美人は徳をする。
よく買い物にいく八百屋のおじちゃんは、やたらと『美人だ』と言ってくるし、『美人だからおまけだ!』とおまけをしてくれる。お茶屋のおばちゃんは『これが似合うわよ』なんて言っておすすめしてくれる上に値引きまでしてくれるし……。
それに最近ちょっと戸惑っているのだが、『可愛い』や『美人』と言われることに抵抗がなくなってきているのだ。
「……ねぇルドルフ。私、ボロ出たりしてないよね?」
「ああ。化粧もしっかり出来てるし、仕草も問題はないよ。そうだね、その髪をかき上げる仕草。高ポイントだと思うよ」
「そう? この服とか自分で選んでみたんだけど……」
「ああ、男性的な特徴を隠しつつも、可愛らしさをアピール出来るいい服だ。似合ってるよ、トレーナーくん。とても可愛い」
「あ、ありがと」
褒められるとやっぱり恥ずかしさはある。だが、それを嬉しさと高揚感が上回るのだ。
ああ、順応速度が速い精神性が憎らしい。既に女として振る舞うことに抵抗がなくなりつつある。
……それこそ、男物の服を着るのに一瞬躊躇してしまうくらいには。
「で、今日は何するんだっけ?」
「そうだね、世間話でもしようか。もちろん女言葉の練習がてら、だけど」
「う……」
こんな仲がよさそうに1つ屋根の下暮らしているが、俺たち二人は出会ってまだ半年程度。お互いのことをまだ全然理解していない。
お茶菓子を用意し、向かい合って会話を始める。
「さて、話題は何にしようか」
「……ルドルフ、1つだけ話したいことがあるんだけど。大切なことなんだ」
「わかった。それにしようか。あと口調がまた崩れてるよ」
「うぐぅ……」
どうしても話しておきたいこと。俺がこんな格好をしてまで、シンボリルドルフに付きそう理由。それについて、話しておきたかった。
「ルドルフは、『全てのウマ娘の幸福』を目標にしてるんだよね?」
「ああ。トレーナーくんが私の『走り』ではなく『夢』を見てくれたのは、それはとても嬉しかった。皆が皆、私の『走り』だけを褒めていたからね」
「その『全てのウマ娘』ってのはどこまでなの?」
「当然、『全て』だが」
ああ、これはわかっていない顔だな、と思った。彼女はなぜこんな問いかけをされているのかわかっていない。
シンボリルドルフの生活を見てわかった。彼女はあまりにも『自分』を投げ捨て過ぎている。それこそ、『全てのウマ娘の幸福の為なら、自分を犠牲にしてもいい』のではないかと思えるほどに。
「……ルドルフはさ、引退したら何かしたいとかってあるの?」
「急に話が飛んだね? まあそうだね、URAにでも入ってウマ娘たちの支援活動でもしようかな、とは思っているよ」
やっぱりそうだ。これでさえ、『自分の幸せ』を考えていない返答をしてきた。
スカウトの時から思ってはいたのだ。シンボリルドルフというウマ娘は、『自分の幸せ』を考えていない。全てのウマ娘の幸福が、自分の幸せだと『勘違い』している。
確かに達成出来れば達成感は、幸福感は感じるだろう。だが、シンボリルドルフの幸せを願い、叶えてくれる人はそこにいるのか?
ウマ娘ではダメだ。シンボリルドルフを幸せにするには、ヒトでなくてはならない。
「その後は? ひっそり田舎で暮らすとかさ、そういう生き方もあるでしょ?」
「考えたことなかったな。トレーナーくんはどうなんだ?」
「そうだね……トレーナーを辞めたら、地方にでもいってのんびりと子供たちにでも走りを教えながら、縁側でお茶でも啜って暮らしたいかな」
「キミも人のことを言えないじゃないか。結局指導をしている」
「……確かに」
このウマ娘を支えないといけない、と思った。だからこそ、こんな格好をしてまで彼女に付き添っているのだ。俺の決意は固い。たとえ何があろうとも、シンボリルドルフは俺の、『私の』担当ウマ娘だ。
未だに不慣れさが残るスカートの感覚に耐えながらも、決意を新たにした。
……それはそうと、この格好には甚だ遺憾だが。
「なかなかに有意義な会話だったね。それにトレーナーくんの口調もだいぶ安定しているみたいだ」
「まあそれはね? ほら、もうすぐ……でしょ?」
俺の言葉を聞いて、ルドルフがコクリと頷いた。
「トレーナーくん。明日から通学、ということになるが……大丈夫かい?」
「ものすっごく不安なんだけど……ねぇバレない? 本当にバレない?」
「大丈夫さ。現に行きつけの商店街では未だにバレた気配はないんだろう?」
「そうだけどさぁ……」
「トレーナーくん?」
「あっ。そう、ですけど……」
そんなこんなでやってくる、俺の出社日。まあトレセンは学園なので出社ではないのだが。
校門で守衛のウマ娘に頭を下げ、学園内で会う人会うウマ娘に挨拶をしていく。
ひそひそと聞こえてくる会話に耳を傾けるも、俺は人間なためさすがに聞き取ることが出来ない。
「うわぁ、あれが会長のトレーナーかぁ……すっごい美人……」
「いいなぁ! あんなトレーナーに担当してもらいたい!」
とはいえ、さすがに声が大きい子の会話は聞こえてくる。
その、そんなに褒められると、恥ずかしいのですが……。いくら褒められるのに慣れてきたとは言え、あそこまで黄色い声でキャーキャー騒がれれば話は別だ。
羞恥心と高揚感からかついつい早足になってしまい、それに合わせてスカートがひるがえる。ひるがえったスカート、慌ててそれを抑える俺。ルドルフに仕草を叩き込まれててよかった……。
「今のすっごい可愛かったよね?」
「うんうん! はぁ、シンボリルドルフ生徒会長ほどになると、ああいう素敵なトレーナーが付いてくれるんだね……私もデビューまで頑張らないと……!」
「そうだねぇ。あーあ、私のところにも素敵なトレーナーがスカウトにきてくれないかぁ」
「でも私なら逆スカウトして担当になってもらいたいって思っちゃうな」
「わかるー!」
ほんっとうに恥ずかしい! いや、もちろん嬉しいことには嬉しいよ? でもそれを差し引いたとしても恥ずかしさが勝る! ああもう、収まれ俺の心臓!
スカートが浮き上がらないように注意しながら、ルドルフに指導された通りに女らしくそれでいて早足で廊下を突き進む。
そんなこんなでやっとのことでたどり着いた生徒会室、そこの扉を開ければルドルフが待っていた。
「やっと来たか、トレーナーくん。その様子だと問題はなさそうだね?」
「その、私を見てみんなひそひそ話をしてるのよね……バレてはなさそうだけど、その……」
「ああ、それか。既にエアグルーヴから報告が来てるよ。なんでも『見たこともない美人トレーナーがいる』と学園中の噂になっているらしい」
「ふぇ!?」
美人……美人!?
いや、確かにちょくちょくは話題になっていたし、黄色い声をあげられたことも何回かあった。だが学園の話題をかっさらうほどなのか……? やはりシンボリルドルフのトレーナーということが大きな要因だろうか。
「あとはトレーナーには少ない『儚げ』なタイプだからね。大方、生徒たちの『庇護欲』でもくすぐったんだろう。全く、とんだウマ娘たらしだね」
「えっと……?」
微妙にルドルフの機嫌が悪い気がする。急にどうしたんだ。
ルドルフは基本『不機嫌』を外に出さない。非常に珍しい光景だと言っていいだろう。いや、プライベートだと案外表に出したりはするのだが……こういった『公の場』ではまずない。
全く心あたりがないため、ただただ困惑するしかない。
「……」
「る、ルドルフ……?」
「ああ、すまないトレーナーくん。キミのせいではないさ。さて、私はいろいろとやるべきことをやってくるとしよう。それじゃあトレーニングの時にまた」
「う、うん」
とはいえ、さすがにシンボリルドルフ。俺の反応から『不機嫌』が表に出ているとわかったのだろう。次の瞬間には『不機嫌さ』がすっと立ち消えていた。
そして颯爽と扉の先へと消えていった。
ルドルフも頑張ってるし、俺も頑張らないとな。
「よし、まずは挨拶回りからしちゃいましょうか」
先輩、後輩、同僚。それに加えて事務方の人たちや、警備の人にも挨拶をしていく。こちらは向こうの顔を知っているが、あいにく向こうはこちらの顔を知らない。まあ見破られてたら問題だしな。
「初めまして! シンボリルドルフのトレーナーさんですよね? 私は……」
しかし、見知った顔に『初めまして!』って言われるの、めちゃくちゃ新鮮な気分になるなぁ……。
同僚だった女トレーナーに挨拶をし、世間話を始める。女性はこういうところでも男性と違うんだよな。特に話題とか。
「肌、白いですけど日焼け止めとか塗ってるんですか? いいなぁ、私ももっと白くしたい……」
「いえ、素でこれですね。家系にウマ娘のご先祖様がいるらしくて、その血が濃いって話で……でもそちらも綺麗な肌してるじゃないですか。化粧品とかって」
「新作のボディケアクリームがほんっとうによくて! あれ使ってからもうお肌すべすべでね!」
「へぇ、私も今度ためしてみましょうか」
こんな会話がすらすらと出来るようになった事実に、成長を感じつつも『男』が削れているようで少しだけ憂鬱になる。
会話は弾みに弾み、連絡先を交換して情報交換を密にしよう、と握手をして別れることとなった。
そして挨拶周りを再開させたところで、見覚えのある緑の事務服が目に入る。
「おや、あなたは……」
「こんにちは、たづなさん。今日からお願いしますね?」
「理事長から聞いた時にはかなり驚きましたが……なるほど、この完成度ならばゴーサインが出たのも納得です」
「あの、そんなにですか……?」
会う人会う人、みんな俺のことを褒めるのだ。『もしかしてこれドッキリとかじゃないよね?』と疑念を抱いてしまうのも無理はないだろう。
トレセン学園の職員というのは、目が肥えている人が大変多い。そりゃウマ娘は美人揃いなのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。そんな人たちにベタ褒めされると、逆にちょっと不安になってしまう、というのは仕方のないことだろう。
「そうですよ? 私も事前に理事長から写真をいただいていなければ信じなかったと思います。こういう適性がある方もいるんですね……」
「あはは……いろいろとご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「はい、何かあったら言ってください」
にこやかに笑うたづなさんの元をあとにして、向かうのはグラウンド。
そう、ついに始まるのだ。ルドルフとのトレーニングが。
まあとはいえ、今までもトレーニングを行ってこなかった訳ではない。理事長のツテで紹介してもらった秘匿型のトレーニング施設を利用させてもらっていた。
だがやはり実際のグラウンドで行うトレーニングにはどうしても劣る。『しっかりと学園の設備を使ってトレーニングが行える』というのはとても大きな意味を持つのだ。
「やあ、挨拶回りは無事すんだかい?」
「ええ。こちらは問題なしよ。それよりルドルフのほうは大丈夫なの?」
珍しく不機嫌そうだったので、少しだけ心配だったのだが。
「ん? ああ、なにも問題ないさ。少しばかり『話』をする必要はあったけどね」
「ふーん? まあルドルフが大丈夫っていうならそうなんでしょうね」
「心配をかけてすまなかったね」
「ウマ娘はトレーナーに頼るものよ? ……正直頼ってもらわないと、ルドルフが全部1人でやって、私はなにもせずに終わっちゃいそうだし」
「そんなことはないさ。私はトレーナーくんがいる必要性を常に感じているよ」
「それは嬉しい言葉ね。本当に」
ルドルフが準備運動を終え、グラウンド――芝の上に立つ。ウマ娘たちによる、ウマ娘だけの世界。
皇帝が、ついに降臨した。
「じゃあ次はルドルフの調子を確認しましょうか」
芝を駆けるルドルフ。その足取りは軽く、淀みは一切感じられない。
もはや彼女の行く手を阻むものはなにも無かった。
それからしばらくして。『シンボリルドルフ、メイクデビューで大差勝ち』という見出しの記事が、数多くのウマ娘新聞の一面を飾るのだった。
次話は明日7時ごろに投稿されます