【完結】皇帝(おとめ)は姫(おれ)に恋してる 作:霧風弦十六
「さて、こっちが週刊ターフでそれがウマネットの記事、あとこれは……」
「これ全部あの記者会見の記事なの?」
「もちろん。それだけ注目されていたということだね。ざっと目を通した感じ、賞賛の声が大半かな。ひねた雑誌は批判的な記事を書こうとしているが、それでも内容は抑えめだね」
机の上に広げられた記事に目を通していく。『驚異の実力シンボリルドルフ、彼女を支える美人トレーナー』、『取材禁止の原因はトレーナー? シンボリルドルフ担当は薄幸の美人トレーナー』……いや美人言い過ぎだろ。
というかずっと気になってたんだけど、妙に容姿に対する評価が高くないか?
そう思ってルドルフへと疑問を投げかける。
「ああ、それかい? ここ数年、トレーナーとそのウマ娘がセットで売り出されることが多いのに気づいてるかな、トレーナーくん」
「まあそれは。マルゼンスキーコンビなんか顕著だしね。あれは極端な例かもしれないけど……」
「いや、その認識は間違ってるね。これからは『アレがデフォルト』になる可能性が十分にある。ここ数年、URAの収入は横ばいらしくてね。それで……」
「ああ、テコ入れのために『トレーナーとウマ娘のコンビで売る』方法を思いついた、と」
「そういうことさ。URAの収入が横ばいということは、ウマ娘関連産業自体が停滞してるということだからね。何かしらの新しい風が必要ということさ」
ふむ、と少し考え込む。
……まさか理事長からの許可が驚くほど簡単に出たのって、このせいか? 確実に話題になるであろうシンボリルドルフ。そのトレーナーにも話題性を付与出来れば……なるほど、かなりリスキーではあるが試す価値はあるだろう。
思わずため息をついてしまった。
「どうしたんだい?」
「いや、大人の世界は汚いなって思ってね……」
「……気づいたのか。トレーナーくんには悪いことをしたと思っているよ。でもこれが最適解に近いのもまた事実でね」
「責めるつもりはないよ。ま、大変なことは多いけどなんだかんだ楽しくなってきたからね」
ルドルフにウィンクをして見せる。これ、報道陣にやってあげるとウケがいいのだ。突っ込まれたくない質問を誤魔化すのにも使えて、なかなかに重宝している。
が、それを見たルドルフは一瞬固まると、何かを堪えるようにしたあとに少し怒り気味で語りかけてきた。
「トレーナーくん、それをやるのはいいが……あまり勘違いさせないようにね?」
「勘違い……?」
「ああ。自分の容姿をしっかり見直した上で、それをやったほうがいい。耐性がない子は勘違いしてしまうぞ……」
ふむ? まあルドルフがそういうのなら、何かしら問題があるのだろう。
「何か注意点とかあったりする? 最近これ、結構やっているのだけど」
「……報道陣にやるくらいなら構わないよ。だけどウマ娘相手にそれをするのはいただけないな」
よくわからん! だが、ルドルフの言葉だ。素直に受け入れておくのが吉だろう。
ウマ娘……それもレース関連の事柄は、トレーナーである以上かなり詳しいと自負している。だが、こういった『年頃の女の子』のこととなってくると話は別だ。さすがに現役の学生であるルドルフには敵わない。
「ん、わかったよ。ウマ娘相手にはしないようにする」
「そうして貰えると助かるかな。特に二人きりのときには絶対にしないようにね。全く、これが魔性の女というヤツなのか……」
「……?」
何かルドルフがボソっとつぶやいたような気がしたが、俺にはよく聞こえなかった。まあ大したことではないのだろう。
ふと時計が目に入る。窓から差し込む日の光もだいぶ傾きを見せており、そろそろ夕飯の準備を始めないといけない時間なのを悟った。
買い物用の手提げを手に取り、夕飯のメニューを頭の中に思い浮かべていく。
「んー、ルドルフは何がいい? せっかくだし肉系にしようかしら」
「トレーナーくんの手料理は素晴らしい出来だからね。何でもいい……と言ってしまいたいところではあるが、せっかくだからリクエストでもさせてもらおうか」
二人並んで部屋を出て、買い出しへと向かう。
理事長は本当によい物件を紹介してくれた。商店街もショッピングモールも近く、少し足を伸ばせば家電量販店やホームセンターもある。しかも学園も近いと来た。
「あ、これ安い。すいませーん、1本ください」
「あいよー! お嬢ちゃん、今日は旦那様と一緒かい?」
「旦那様って……違いますよ、ルームメイトです」
「ははは、ならそういうことにしておこう。ほら、おまけしておいたよ」
「ありがとうございます。野菜はここが一番なんですよねぇ」
「そう言って貰えると嬉しいよ!」
今回やってきたのは、すぐ側にある商店街。トレセンから近いのもあり、ウマ娘の姿も散見される。
ルドルフは私服で眼鏡を掛けておりいかにも『主婦』と言った感じの出で立ちだ。いや、どことなくイケメンオーラが漂ってるから『主夫』のほうか?
とはいえこんな変装でもそこそこには効果があるらしい。囲まれてキャーキャー言われることもないし。というか八百屋のおっちゃん、ルドルフに気づいてないだろこれ。
「バレないもんなんだね」
「世間の想像する『競技ウマ娘』というのは、勝負服を身に纏った状態のだよ。こうして私服になるだけで認識される確率はグッとさがるのさ。トレーナーくんの衣装が妙に特徴的なのもそれが理由だよ」
「ああー……特徴的なデザインに目を惹かれてるから、私服だとバレにくいっていう……」
妙に納得した。
そうして二人で他愛のない会話をしながら買い物をしていると、ルドルフの耳がピクリと動く。そして何かを察知したかのように、辺りをキョロキョロと見回し始めた。
「……気のせいか」
「どうしたのルドルフ。珍しいね」
こんな警戒感マックスのルドルフはめったにお目にかかれない。耳はピンと天に向かって突き立てられ、目尻はキリリと上がっている。
「いや、誰かに見られている気がしてね。シャッター音も聞こえたような気がしたんだが……」
「ここ数日は取材攻勢がすごかったからね。幻聴が聞こえるほどならゆっくり休んだほうがいいよ? トレーニングメニューは融通が利くようにしてあるから」
「そこまでは必要ないと思うんだけどね」
スーパーの中に入り、日用品なども買い漁っていく。えっと、消耗品で何か足りないものがあった気が……なんだっけ。
頭を捻るも、答えは出ない。俺がそうして唸っていると、それに気づいたルドルフが声を掛けてくる。
「どうしたんだい?」
「いえ、何か足りないものがあった気がしたんだけど……なんだったかしら」
「確かトレーナーくんが『キッチンペーパーが足りない』と言っていた気がするんだが」
「ああ、そういえば。ありがとう、ルドルフ」
俺たち二人の日常生活は、完全に共有されていると言ってもいい。ルームシェア……というには濃密過ぎるそれは、一般的には『同棲』と呼ぶのではないか? と思ってしまうほどには。
というかルームシェアなら、こうして二人仲良く買い物なんて行かないのでは……?
……あんまり深く考えるのはよそう。
「えっと、あとはもう何店か回ったらおしまいかな。しばらく取材攻勢で買い物に行けなかったから、足りないものが沢山あるね」
本当に収まってよかった。あのままだったら日常生活もままならないだろう。
「ならばさっさと済ませてしまおうか。何かイヤな感覚が消えない。これが気のせいならいいのだけどね」
食材を買い集めるため、いくつかの店を回っていく。
料理に必要なものを全て買い終える頃には、辺りはすっかり真っ赤に染まっていた。
「これで全部かな。付き合ってくれてありがとうね、ルドルフ」
「ああ。……またか。やはり気のせいではないのか……?」
再びルドルフの歩みが止まる。
ウマ娘である彼女は何かを感じ取れているようだが、ヒト男の自分には何もわからない。
自分も何か察知出来ないものかと当たりを見回して見るが……うん、わからん! ぐるり、とその場で回転したのがよくなかったのだろう。手に持っていた買い物袋のせいでバランスを崩し、ぐらりと体勢を崩してしまった。
なんとかその場に踏ん張ろうとするも、足がスカートに突っかかってしまい、事態はさらに悪化した。体は完全に制御を失って、重力に引かれるようにして下に落ちていく。
「トレーナーくん!?」
ルドルフが驚愕の声をあげる。俺の体は地面に吸い込まれるようにして倒れこんでいく。俺は襲い来る衝撃から逃避するようにして、ぎゅっと目を閉じる。そして俺の体を衝撃が襲う……ことはなかった。
何かに抱きかかえられているかのような感覚。いや、『ような』ではない。ゆっくりと目を開ければ、すぐ側にルドルフの顔があった。まさに目と鼻の先。そこに不安そうにこちらを見つめるルドルフの顔が。
「よかった、間に合った……」
「る、ルドルフ……? その、これ……」
膝裏と背中を腕で支えられた状態……いわゆる『お姫様抱っこ』の体勢。そりゃ顔が近い訳だよ。
というかこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい……。
ルドルフと一緒に生活しているとはいえ、お互いの顔をこんな至近距離で見る機会はそうそうない。う、うう……くそ、やっぱりルドルフはイケメンだ。まつげは長いし、目はぱっちりしてるし。そんな顔で真剣に見つめられると、どうにも落ち着かない。
心臓が早鐘を打ち、顔に火がついたように熱くなっていた。
「これが一番手っ取り早かったからね。腕を引っ張ったら怪我をしてしまいそうだったし。それよりトレーナーくん、怪我はないかい?」
体をチェックするが、ほとんど問題はない。むしろ買い物袋が地面に激突してしまった方が気になる。特に潰れて困るようなものは買ってないが、あのまま放置はさすがにマズい。
「大丈夫。ほら、自分で立てるって」
「キミがそういうなら。下ろすよ?」
「よいせ、っと……痛っ」
「大丈夫かい!?」
自らの足で立ったと同時、足首に鈍い痛みが走る。どうやら軽く捻ったようで、体重を掛ける度に軽い痛みがあった。
それを見たルドルフが真剣な顔をして、こちらの体をペタペタと触ってくる。
ちょっと、そこまでは大丈夫だって!
「他に何か問題はないかい? 全く、トレーナーくんはおっちょこちょいだね」
「うう……面目ない……。ルドルフ、肩貸して貰える? 一応歩けはするし、この感じならすぐ治るから」
「なにを言ってるんだキミは」
ふわり、と俺の体が宙に浮く。
ふぇ!?
「これで帰るよ。ほら、買い物袋は私が持ったから安心するといい」
再びのお姫様抱っこ。ルドルフの童顔ながらもイケメンオーラ満載の顔がすぐ側にあるというのはやはり落ち着かず、そわそわとしながら彼女へと体を預ける。
さすがウマ娘と言ったところで、成人男性の体を抱きかかえているというのに歩く速度に変わりはない。
「トレーナーくん、不快なところはないかい?」
「う、うん……」
不快なんてものがあることか。そりゃ確かに落ち着かないが、それと同時に安心するのもまた事実。もっとも信頼している、と言っても過言ではないルドルフに体を預ける。当然一番安心出来る選択肢であるのだが……やっぱり落ち着かないなぁ……。
なんでこんな気持ちになるのか。その気持ちを誤魔化すようにして、ぎゅっとルドルフの体にしがみついた。
「ん……」
「ほらトレーナーくん、部屋についたよ。鍵はどこだい?」
「あ、ここにあるよ。いま開けるね」
そうしてルドルフに抱きかかえられたまま部屋の前まで戻ってきた。鍵を取り出して扉を開け、中に入る。
「……やはり気のせいか? 全く、感覚が鋭敏過ぎるのも問題だね」
入る直前、ルドルフがボソリとつぶやいたことが少しだけ気がかりだった。
***
「ルドルフー、朝だよー」
「んん……」
焼いたトーストにバターを塗りながら、声を張り上げてルドルフの名を呼ぶ。
……反応はない。コービーをマグカップに注いでからにミルクと砂糖を入れ、片手に持ってルドルフの部屋に入る。
シンボリルドルフは朝が弱い。それはもう、とんでもなく、だ。最初こそ驚いたものの、最近では慣れてきた。
「ルドルフー、コーヒーもあるわよー。ほら、起きた起きた」
片手で布団を引っぺがし、体を揺する。
「んぅ……トレーナーくん……?」
「はい、コーヒー。飲んで目覚まして」
「あぅ……飲ませてくれ……」
皇帝サマはどうやらお世話されるのがお望みらしい。上半身だけをゆっくりと起こした彼女の口に、コーヒーを近づけてやる。
哺乳瓶を差し出された赤子のように、それにゆっくりと口を近づけるルドルフ。
コクリ、コクリと彼女の喉が鳴り、コーヒーが量を減らしていく。
「ん……? トレーナーくん、おはよう?」
「おはようルドルフ。やっと目が覚めた? 全く、お寝坊さんなんだから」
まだ少し寝ぼけ眼だが、だいぶ意識は覚醒したようだ。
ルドルフにマグカップを押しつけると、ダイニングに戻って朝食準備の続きを行う。
トーストよし、スクランブルエッグよし、コーヒーはしっかり淹れてあるし、サラダもオッケーと。
食器を並べた辺りで、目をこすりながらルドルフが部屋から出てきた。あれはまだちょっと眠気が抜けてないな。
「ほら、顔洗ってきて? そうしたら朝ご飯だよ」
「ああ、行ってくる」
これが朝のルーティーンだ。顔を洗ったルドルフが戻ってきてから2人して朝食を食べ、家を出る準備を始める。
化粧をして髪を整えて、服を選んで持ち物チェックして……
「これでオッケー! ルドルフ、大丈夫?」
ピシッと制服を来たルドルフが頷く。二人で部屋を出て学園へ向かい、正門を入ってから別れる。
そうしてそれぞれ、ウマ娘としての役目とトレーナーとしての役目を果たすのだ。
そして放課後。俺たちは生徒会室にいた。
俺はルドルフ関連の書類を処理し、ルドルフは生徒会関連の書類を処理する。そうして作業をしてどれくらい経っただろうか。突然生徒会室の扉が開け放たれ、息を荒くしたエアグルーヴが入ってきた。
「会長! これは見てください!」
「どうしたんだエアグルーヴ。そんなに興奮して」
「いいからご覧ください!」
そう言って彼女が広げたのは一冊の雑誌。これは……
「随分と評判の悪い雑誌を持ってきたね、エアグルーヴ。キミらしくない」
「ええ、私も普段ならこんなものは読みません。ですが今回は別です。これを」
開かれたページ。その見出しは……
「『シンボリルドルフとそのトレーナー、熱愛か?』……これって」
「ああ、随分と手が早い。やはりあのとき感じていた視線とシャッター音は気のせいではなかったらしいね」
「ごめんルドルフ。私が足をくじいたばっかりに」
「トレーナーくんが謝ることではないさ。こういう輩はああいったことがなくても、いずれ似たような記事を書いてたさ」
大きな見出しの横には、お姫様抱っこで運ばれる俺の写真が。部屋に二人で入っていくところまで撮影され、記事に載っている。
一応外面は女同士、ということで油断していた。そういえばウマ娘たちって、女同士での恋愛の報道がちらほらあったな……。女同士って割と一般的なんだよな、この業界だと。
実際マルゼンスキーとそのトレーナーは女同士だが、熱愛が報道されている上に、本人たちもそれを肯定している。
クソ、どうする……? 飛ばし記事として切り捨てるには証拠が多すぎる。下手すれば他の出版社も同じような記事を書き出すだろう。否定をしてもいいが、どこまで効果があるか……
「ちなみにこちらもご覧ください。もう少しマイルドな雑誌ではありますが……」
「こっちも似たような内容だね。まあ確かに書き方はマイルドだが」
まさかもう追従している出版社があるとは。予想が悪い方向にばっかり当たる。
不安な気持ちを誤魔化すようにして、ルドルフに視線を向けた。彼女は少しだけ何かを考えていたようだが、意を決したと言った感じの表情で切り出す。
「トレーナーくん、対抗策があるんだが……聞くかい?」
「それでどうにかなるならね」
「いや、どうにかなるというか、どうにもならないからこの策を選ぶというか……」
「……? とりあえず言うだけ言ってみてよ。無理そうならなんとか他の方法を考えましょう?」
「わかった」
ふぅ、とルドルフが息を吐く。
えっと、なんでそんなに緊張してらっしゃるんです?
「トレーナーくん、私と付き合わないか?」
「……はぁぁぁ!?」
生徒会室に響く俺の声。
決意の炎を目に灯したルドルフと、それを見て全てを諦めたような表情をするエアグルーヴがとても印象的な昼下がりの一幕だった。