【完結】皇帝(おとめ)は姫(おれ)に恋してる 作:霧風弦十六
目を丸くして驚く俺と、緊張したように体を強ばらせているルドルフ。
先ほど耳にした言葉はなにかの聞き間違いではないか。そう思い、もう一度ルドルフへと問いかける。
「それで、その……解決策って?」
「だから言っただろう? 付き合わないか、と」
やっぱり聞き間違いじゃなかった! えっと、なんでそんなことに……?
「会長、間がすっぽりと抜けているせいでトレーナーさんが理解出来てませんよ」
「……そういえばそうだったね。そこに至るまでの経緯を話してなかった。少し待ってくれ」
「経緯……?」
「ああ、こういったことも決してないわけではない。そう思って準備だけはしていたのだが……」
ルドルフの話はこうだった。
同じ屋根の下で生活する、となると妙な邪推をする輩が出てくる可能性は考えらえる。対抗策として考えたのは3つ。
1つ。そういう関係ではない、と大々的に打ち出して、表ではあまり仲がよくないように振る舞う。
2つ。回答を保留とし、世間の判断に委ねる。
そして3つ。全面的に肯定した上で、実際に恋人同士として振る舞う。
この3つだ。
……えっどうしてそうなったんです?
「今回は2つ目の策は論外だ。噂程度ならよかったが、こんな写真を撮られてしまっているからね。で、残った対抗策だが……」
「確かに1つ目は論外ね。今更仲が悪いように振る舞うってのは無理があるし、何よりイメージダウンに繋がる……」
「となると残るのは3つ目ということだよ」
確かにこの業界では、女同士の恋愛は珍しいものではない。ものではないんだが……うーん……。
「なに、実際に付き合うわけじゃないさ。世間に『そういう風に』見せればいいだけだ。演技は得意だろう?」
「得意にされた、が正しいわよ……もう男に戻れないかもしれない……」
毎日の日課に、髪のお手入れやメイクが含まれている男性が果たしてどれだけいることやら。少なくともルドルフが現役の間はこれを続けなくてはならない、と考えると……うん、男に戻るのはもう無理かもしれないね……。
以前は女物の服を見てなんとも思わなかったが、今では『あ、この服可愛い。いくらだろ』とか『似合うかなぁ……どうだろ』なんて思ってしまうようになった。逆に男物の服には一切目を惹かれなくなってしまったのだ。
あああ、本当にもう無理かも……。
「で、どうだいトレーナーくん。私のプロポーズ……受けてくれるかな?」
そう言ってこちらに手を差し出すルドルフ。その姿は、女性をエスコートしようとする王子のようでもあった。
普段とは少し違った雰囲気を纏うルドルフに、思わず見惚れてしまう俺。いや待て、マズいだろそれは。あくまでこれは『偽装カップル』の提案。ましてや担当トレーナーとそのウマ娘だぞ? 変な気を起こすんじゃない。
雰囲気に飲まれただけ、と自分に言い聞かせながらルドルフの手を取る。
「わかったわ。これしか道がないなら、覚悟を決めましょう。ルドルフ、これからよろしくね?」
「ああ、もちろん。大切にさせてもらうよ」
「……ええ」
と、ここまできて1つの疑問点にぶち当たる。恋人同士という設定をでっち上げたのはいいが、ここからどうすればいいんだ?
定番は記者会見だが……いや、それも不自然だな。
そういえばこの前は、記者がわざわざ後を付けてきてたな。これ、利用できないか?
「で、これからのことだが」
なにかを言おうと、話を始めたルドルフ。その言葉を遮るようにして、俺は口を開く。
「せっかくだから、デートしましょ? ルドルフ」
「ででで、デート!? トレーナーくん、急にどうしたんだ!?」
「ほら、『そういう関係なんだ』って見せてやらないといけないんでしょ? ならば記者の目に付くようにして、アピールするのが必要かなって」
「別に、そこまでは必要ではないのだが……いや、いい機会ではあるな……」
始めこそ戸惑ったような声をあげていたルドルフだが、すぐに落ち着きを取り戻したようで、ゆっくりとなにかを考え出す。
俺はいくつかのスポットをスマホで検索して表示し、考え込むルドルフへと突きつける。
「ここら辺の人気スポットを回ればバッチリじゃない? 記者たちもネタが欲しいから、絶対食いついてくるはず」
「ショッピングセンターに映画館……あとこっちは……ふむ……」
とはいえ、一番大切なのはルドルフ自身の気持ち。偽装カップルとして過ごすのはいいけど、休日一日潰してデートまでは……と拒否されればそれまでだ。
だがどうやらその思いは杞憂だったようだ。
ルドルフが懐からスケジュール帳を取り出す。
「今週末はちょうど何もなかったね。ここでいいかい?」
「もちろん。私もそこにしようと思ってたから。で、待ち合わせ場所なんだけど」
「そんなもの、家から一緒に行けばいいじゃないか」
その言葉を聞いたエアグルーヴが、さすがに聞き捨てならないと口を挟み出した。
「失礼ですが会長、それはよろしくないかと。こういうのは、外で待ち合わせするのが定番。やるからには、しっかりと……」
「そういうものなのか。ならばトレーナーくん、場所は」
「ちょうどいいスポットがあってね。ほら、ここなんだけど」
「こういうのがあるのか。自分の無知を嘆いてしまうね」
エアグルーヴの助けを借りながら、デートプランを練り上げていく。
スポット、そしてシチュエーションを決め、どれくらい時間がかかるかを試算する。おそらく一般的なカップルはこんな綿密にタイムスケジュールを決めないのだろう。だが、俺たちにはこれがお似合いと言えた。
その証拠に、ルドルフの顔には柔らかい笑みが浮かんでる。
「と、こんな感じでどうだろうかエアグルーヴ」
「少し失礼します。……悪くないと思いますね。いかにも付き合いたてのカップル、とい言った感じのデートコースでしょうか」
その評価は『悪くない』と言っていいのか……? いや、実際偽装カップル初日なのだから、それでいいのか。
「じゃあ当日はよろしくね、ルドルフ」
彼女へと、こんなことに巻き込んだ当てつけも含めて、精一杯愛嬌を乗せてウィンクをして見せる。
それを受けたルドルフは、一瞬だけ呆けたような顔をしていた。だが、すぐに正気に戻ると、いつも通りの顔で自信満々に首を縦に振った。
「精一杯、エスコートさせてもらうよ、プリンセス」
「だからそれはやめてって……」
***
デート当日。
早朝に起きた俺は、ルドルフを起こさないように細心の注意を払いながら、身支度をしていた。
とりあえずはメイクから。さすがに毎日行っていれば、慣れもする。ただただ男性的な特徴を隠すだけではなく、コーディネートのことまでしっかりと考えて手を動かしていく。
いくら『偽装』とはいえ、カップルなのだ。少しばかり気合いを入れなくてはいけないだろう。
「んー……とは言っても、服はどうしましょうかねぇ」
ある程度の方向性自体は決まっている。だが、どうしても決め手に欠ける。
と考えていたとき、一着の服を思い出してクローゼットの奥に手を伸ばした。これならぴったりか。
メイクの仕上げをしてから、服の着替えに取りかかる。
やっぱり女物の服って複雑な構造のが多いよな……。いろいろと難儀しつつも、なんとか服を身に纏うと、音を立てないように気をつけながら部屋を出る。
「さーて、待ち合わせまでは時間があるけど……喫茶店にでも行ってましょうか」
待ち合わせ場所近くの喫茶店に向かい、時間まで紅茶を啜って待つ。ルドルフは時間はきっちり守るタイプだ。あまり早く行ってもいないだろうし、15分くらい前に付いていればちょうどいいだろう。
時計を見ながら紅茶を飲むペースを調整し、時間と共にわずかにカップに残った分を飲み干す。
さて、行こうか。
「ああ、変じゃないだろうか……トレーナーくんの好みに合わせたつもりではあるが、なにか不備があったら……」
まだ時間には早いというのに、待ち合わせ場所にはルドルフの姿があった。
妙にそわそわとした姿は、いつもの冷静沈着で頭脳明晰な彼女からは想像が出来ない。珍しいものが見れた、とちょっとした優越感に浸りつつも、彼女の不安を取り除いてやるために声をかける。
「こんにちは、ルドルフ。ごめんね、待たせちゃったみたいで」
「私も今来たところだ。大丈夫だよ、とれー、なー……くん……?」
「どうしたのルドルフ」
こちらの声に気づき、俺の姿を視界に収めるルドルフ。その瞬間、彼女の動きが止まった。
さび付いた機械のように、ギギギと動作を停止させ、目をパチパチと開閉させている。
どうしたんだろうか。
「あ、その……本当に、トレーナーくんかい?」
「なに? 同居人で担当トレーナーの人の顔を忘れたの?」
「いやそうではなくてね。なんと言えばいいのだろうか。とても、よく似合っているよ」
「そ、そう? そう言って貰えると気合い入れた甲斐があるわね」
少し恥ずかしそうにルドルフから褒められ、ついついこちらまで恥ずかしくなってしまう。
今日選んだのは、いかにも『お忍びです』と言った感じの、シンプルかつお嬢様的なファッションだ。以前理事長から送られてきたお高めの、白のワンピースドレス。後でネットで値段を調べてぶったまげた。
なおこのファッションはルドルフへの当てつけでもある。彼女、ことある毎にこちらのことを『姫』や『プリンセス』などと呼んでくるのだ。ならば乗ってあげようじゃないか……と思っての選択だったのだが。いやはや、効果てきめんのようでちょっと嬉しい。
「本当に、本当に似合ってる……うん、本当に……」
「そういうルドルフも似合ってるわよ? いつもの私服とはちょっと雰囲気が違うね」
普段通りのパンツスタイルなのには変わりはないが、いつもよりも全体的に気合いが入っていた。おそらくは『男性役』を演じようとしているのだろう。通常よりも数段階男性寄りになっている気がする。とはいえ、決して可愛や綺麗さを捨てているというわけではない。上手い具合に女性的な要素も盛り込み、実にハイレベルなファッションとなっている。
「いろいろと考えたんだがね。やはりトレーナーくんをエスコートするなら、こういう服装の方がいいだろう?」
「ふふ、そういうならエスコートしてもらおうかな。よろしくね? ルドルフ」
「ええ、もちろん。本日はしっかりと案内させていただきます」
うやうやしく一礼してこちらに手を差し出すルドルフ。その手を取り、俺たちのデートは始まった。
「一番始めはショッピングだったかな? 早速移動しようか」
女として生活してわかってきたのだが、こういった『ショッピング』というのは買い物とはまた異なる。なにかを買うのが目的ではなく、商品を『見る』のが目的なのだ。
デザインを見て気に入ってから値札に目を通し、その値段に驚愕したり。一見するとよさそうなのに、ある一点だけが気に入らなくて棚に戻したり。
「うーん……派手?」
「そうだね。トレーナーくんにはいまいちかもしれない」
「だよねぇ。あと肩が思いっきり出てて……」
「確かにそれは問題だ。出来ればその辺りは隠したいね。トレーナーくんの都合を考えると」
特に自分は特殊な事情があるため、着れる服にも制約がかかる。
骨格が隠せるか隠せないか、などの通常では気にならない項目が評価基準に盛り込まれ、そのせいで気になる服を泣く泣く諦めるなんてことも少なくはないのだ。
「こっちはどうだい? これならばその点は問題ないだろう」
「だけどほら、ちょっと雰囲気が……」
一件、また一件と店を回っていく。
「それにしても結構人がいるね。やっぱり人気スポットだからかな?」
記者たちの攻勢で人の波には慣れたつもりだったんだが。疲労もだいぶ溜まってきたため、ルドルフの手を引いて歩き出す。目的地はあらかじめリサーチしておいた喫茶店。
……なんか自然と手を繋いでしまったが、これ大丈夫? いや、カップルとしてみればごくごく普通のことだし、むしろ推奨すべきことだろう。
「と、トレーナーくん! その、これは」
「これくらいはしておかないとね。私たち、カップルでしょ?」
「それは、そうだが……こういうことをするときは、あらかじめ、一言告げてくれると嬉しい」
ちょっとうろたえているルドルフの姿が妙に面白くて、もう少し意地悪してしまいたくなる。
ただただお互いに、片方の手のひら同士を握るだけだった。が、そんな彼女に体を寄せ、腕を絡める。そしてゆっくりと手のひらを開き、指同士までをも絡めていく。
「ふーん、じゃあ恋人らしく手を繋ごうか?」
「へ? ちょ、ちょっとまってくれ! 心の、準備が」
「一言告げたでしょ?」
あのいつも澄まし顔な『皇帝サマ』が、目に見えて焦っている。
目的地にたどり着くまでの時間、たっぷりとルドルフを弄んで楽しむことと相成った。
これ、くせになってしまうかもしれない。
たどり着いた場所は、いかにも『おしゃれ』な喫茶店。
「はい、ルドルフ。付いたから手離すよ?」
「あっ……」
扉を開けば、中からは茶葉の香ばしい香りと、甘味の甘い香りが漂ってくる。
店員に案内されて席に着き、二人でメニューに目を落とす。
「お昼時だし、なにかお腹に溜まるものにしようかな。ルドルフは?」
「そう、だね。私はパンケーキにでもするとしよう。見たところ、なかなかに量がありそうだ」
「……確かにそうね」
そう言って横目で隣の席を確認する。大きな皿に、大きなパンケーキが乗っているのが見えた。あの量だと、俺一人では厳しいかもしれない。
とは言ってもルドルフはウマ娘。あの量だと物足りないだろう。ふむ、これは……
「じゃあルドルフ、パンケーキ多めに頼んで少し頂戴? こっちでもなにか頼んで、ルドルフに分けてあげるから」
「なるほど、妙案だ。それでいくとしよう」
店員に注文を告げ、二人で料理を待つ。
「デート前半戦、ルドルフは楽しかった?」
「ん、まあそうだね。こういうのはなかなかに新鮮でよかったよ。トレーナーくんの意外な一面も見れたことだしね……」
「意外な一面?」
「ああ。キミは意外とウマ娘たらしだね?」
ルドルフの言葉に少しばかり首を捻る。
あー、もしやさっきのアレを言ってるのか? まあ確かに少しばかり楽しくなってやり過ぎてしまった感じはあったが。
「ルドルフ以外にはしたことないから大丈夫」
「大丈夫……なのか?」
「恋人同士でしょ?」
その言葉にルドルフの耳がピン、と跳ねた。
全く、偽装とはいえカップルで恋人同士なのだ。ちょっとくらいは意識してほしい。
「そう、だね。全く、とんだおてんば姫だ」
そして当てつけのように、ルドルフが言葉を返す。彼女になにか言い返そう、と口を開いたところで、店員が料理を持ってやってきた。
「パンケーキと季節のスイーツになります」
「おお、すごい大きい。食べきれる?」
「まあこれくらいならね。早速取り分けてしまおうか」
パンケーキを少し切り分けると、それを取り皿に分けようとするルドルフ。が、そんな彼女の手が止まる。切り分けたパンケーキを、さらに一口サイズに切り分け、それをフォークに突き刺す。
なにを? と思っていると、彼女はそのパンケーキを俺の前へと突き出した。
「トレーナーくん、どうぞ」
「ふぇ?」
「『恋人なら』これくらい普通だろう? はい、あーん」
「あ、う……」
まさか逆襲されるとは思っていなかった。
ここから身を乗り出して、差し出されたフォークに雛鳥のようにと口を持っていけと?
恥ずかしさで頬が熱くなっているのがわかる。とはいえ、そのパンケーキを拒絶出来るわけもなく、ゆっくりと口を開けてかじりつく。
はちみつのかかったそれは、頬が落ちるほどの甘さと美味しさを持って俺の心をとかした。なにこれ、すっごい!
「ふぁ……これ、すご」
「それほどまでかい? どれ、一口……なるほど、トレーナーくんがとろけた顔をするわけだ。どうだい、キミももう一口」
「う……じゃあ、いただこうかな」
差し出されたフォークにまたもかじりつき、咀嚼する。
なんか、さっきまでと立場が逆転している気がしてならない。つい数分前まではこっちが弄んでいたはずなのに、今はルドルフの手のひらの上で転がされている気がしてしまう。
そしてそれが気のせいではなかったことを、俺は知ることになるのだった。
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