【完結】皇帝(おとめ)は姫(おれ)に恋してる 作:霧風弦十六
昼食を終え、俺たちのデートも後半戦へと差し掛かる。
「さてトレーナーくん、これからの予定だが」
「この後は映画ね。ルドルフのことだから、映画館で映画なんて見ないんでしょう?」
「不失正鵠、さすがというべきだろうか。いやはや、いろいろと忙しいからね」
先ほどはルドルフから思わぬ反撃を喰らってしまった。こちらが弄んでいたはずなのに、気づけばルドルフに主導権を握られてしまっていたのだ。
なんというか、納得がいかない! 彼女のうろたえる姿がもっと見たくて、再び手を握る。
「おや、トレーナーくんはそれが好みかい?」
とりあえず、とルドルフの手のひらを握った。が、彼女はそれだけでは済まさないぞ、と妖しく微笑む。
ルドルフは自らの指をこちらの指へと這わせ、ジッと目を見つけてきた。
な、なんだよ……? あまりにも先ほどまでと違う態度に、こちらも少し二の足を踏んでしまう。ぎゅっぎゅっ、と手を握られて、妙な気持ちになりながらゆっくりと後ずさりする俺。
「トレーナーくんの手、意外と小さいね? 私の手と同じ……いや、少し小さいくらいか」
「あの、ルドルフ……? ちょっと、その」
「どうしたんだい? 午前中もやってたことだろう?」
少しずつ後ずさりを続けた結果、かかとに硬い感覚を感じることとなってしまう。
手と背中、そして目で、背後の壁を確認する。もう後ろには下がれない。
再び前へと目をやれば、すぐ側にルドルフの顔があった。
「ひゃぁっ!?」
「かわいい声じゃないか。ふふ、もっと聞きたいね」
つつつ、と指を撫でられ、くすぐったさから変な声をあげてしまう。それと同時にルドルフの顔が段々と近づいてくるのに気づき、思わず目をそらしてしまった。1つ屋根の下で暮らし、生活を共有する間柄であっても、ここまでの距離で見つめ合うなどそうそうない。
次の瞬間、耳元で囁くようなルドルフの声が。
「ダメじゃないか、トレーナーくん。髪が少し乱れているよ。ほら、ここだ」
髪を優しく撫でるルドルフの手。この数ヶ月でだいぶ髪も伸び、エクステなしでも生活できるようになってきている。
その弊害が、ここで出た。
「それにしても綺麗な髪だね。やっぱり地毛にしたのは正解だった」
「ルドルフが、伸ばしたほうがいいって言ってからね……」
「ふふ、いい香りだ。これも地毛の特権といるだろう」
ルドルフはウマ娘。匂いや香りといったものには敏感だ。それ故の言葉なのだろう。だが俺は、その言葉をまともな気持ちで受け取ることができなかった。
壁に追い詰められてこんな体勢にされては、平静でいることなど不可能。
というかこれ、いわゆる壁ドンでは?
「よし、これで大丈夫だ。終わったよトレーナーくん」
スッとルドルフの体が離れていく。安心したような、それでいて残念なような複雑な気持ちの中、ジッとルドルフを見つめる。
「どうしたんだい、トレーナーくん。髪も直したしデートを再開しようじゃないか」
「あ、うん……その、ルドルフ?」
「ん?」
「ありがとね」
こちらの感謝の言葉を聞いたルドルフは、微笑むようにしてうっすらと笑みを浮かべた。そして再びこちらの耳元へと口を寄せ、ボソッと小さな声で囁く。
「どういたしまして。沢山かわいいところを見せてもらったから、それでチャラにしておくよ」
午前中とは別人過ぎないか? 俺はぞくぞくとしたものが背筋を駆け上がるのを感じながら、ルドルフの変貌っぷりに戸惑いを感じていた。
からかい過ぎて、眠れる子を起こしてしまったかもしれない。ここに来て俺は、自分の行いに反省と後悔を感じていた。
「ふむ、トレーナーくん。見る映画については決めているのかい?」
「一応ね。ルドルフが楽しめるようなのを選んだんだけど……」
ルドルフの猛攻を耐えしのぎながら、息も絶え絶えになりながら、映画館の受付へとたどり着く。
あらかじめ予約しておいたチケットを発券し、席番号を確認してからルドルフの元へと戻る。
ふむ、K-28と。
「しかし本当にいつぶりだろうか。こうして映画館に来るなんて」
「じゃあルドルフはここからどうするか知らないね? まずは飲み物と食べ物! あ、お手洗いが近くなる飲み物は厳禁だから」
「そういうものなのか。映画を見ている時に回りで動かれたら、確かに気が散ってしまうね」
「そうそう。あとネット配信みたいに一時停止はできないから」
列に並んで、ルドルフと二人で軽食と飲み物を頼む。
ポップコーンにフライドポテトにチュロスに……待ってルドルフ、そんなに頼んで大丈夫?
俺の怪訝な顔に気づいたのだろう。お茶目な顔をしながらルドルフがいう。
「私がよく食べるのを知っているだろう? この程度ならば『軽食』さ。それに、トレーナーくんも食べるだろうしね」
ため息を付きながらも、ルドルフと手分けをして軽食と飲み物を運ぶ。
確かに軽食として『はちみー』を飲むようなウマ娘たちからしたら、この程度『軽い』のかもしれないが……
「8番シアターだから、この先だね。ルドルフは今回見る映画についてなにか知ってる?」
「すまないね、全く知らない。有名な作品らしいことくらいなら、小耳に挟んでいるが……」
「うーん、簡単にいうなら『スパイもの』ってやつかな? こう、敵地に潜入して情報や物品、時には人の命を……ってやつ」
「ほう。なかなかに興味深いね」
「一応シリーズ物だけど、これだけ見て何も問題ないから」
館内に入ると、既に席の8割ほどは埋まっていた。
俺たちの席は後ろ寄り。アルファベットと番号を確かめつつ、チケットに記された席の前まで進む。
そうして到着した席は、普通のものとは少々違った。
「その、これは……?」
「んー、いわゆる『カップルシート』ってやつかな。席が広いし、今回はこれが1番でしょ?」
「こういうものもあるのか……勉強になるね」
二人並んで、ソファーのような『カップルシート』に腰掛ける。目の前の小さなテーブルに買ってきた軽食を広げ、早速とばかりに手を伸ばすルドルフ。
「今から食べ出したら足りなくなるよ?」
「大丈夫さ。これだけ量があるんだから、逆に早めに食べないと消化仕切れないよ」
軽口を言い合っていると、照明が消えて辺りが暗くなる。
スクリーンには大きく映像が映し出され始め、上映が始まったことを告げていた。
それにしても今日はなかなかに疲れた。まだ夜までは時間があるというのに、体に疲労が溜まってきているのがわかる。ジュースを啜りながら、背もたれへと体を預け、体を休ませていく。
だがいまいち座りが悪い。体勢が悪いのだろうか。
ふと隣を見る。そこにはスクリーンに真剣なまなざしを向けるルドルフの姿が。
横顔を見ていると、少しだけイタズラをしてやりたくなってくる。
彼女の手に、自らの手を重ねてゆっくりと握っていく。
「っ!?」
ああ、その顔が見たかった。ルドルフのいろいろな顔が、表情が見たい。そんな思いで、彼女の体にもたれかかった。
ルドルフの心臓の音が聞こえる。それがスピーカーから聞こえる映画の音と混じって、俺の耳をくすぐった。
どれくらいそうしていただろうか。画面の中へと目を向けると、主人公が最後の決戦を繰り広げていた。トドメの一撃、とばかりに親玉へと鉛玉を叩き込むと、そのままヒロインを連れて逃げ出す。
爆煙に包まれる施設、間一髪で安全地帯へと逃れた二人。最後に二人はキスをして……
「はー……めちゃくちゃ楽しかった」
「……トレーナーくん?」
じとー、とした視線が俺の元へと向けられる。
うん、なんというかその、ごめんなさい?
「全く。映画に集中しきれなかったじゃないか。トレーナーくん、この埋め合わせは考えているんだろうね」
「えっとぉ……ごめんなさい?」
「隠忍自重、ここでは我慢するが……後でそれ相応のことはしてもらうから、覚悟しておくように」
「はひ……」
映画も終わってそろそろ良い時間だ。とはいえ、夕食を用意する……もとい店を見つけるのは俺の役目ではない。
ルドルフがこちらの手を取り、軽く抱き寄せる。
「それじゃあ行こうか、トレーナーくん。ディナーは私おすすめのお店を用意してるよ」
手を引かれ、エスコートされるようにして街中を歩く。
その途中、ルドルフの耳がピクリと動いた。引っかかったか。
彼女は俺のことをさらに引き寄せると、腕を組むようにして体を密着させた。
「顔に出さないようにして聞いてくれ。後ろに一人、斜め右後ろにもう一人だ。シャッター音もするから、間違いないだろう」
「やっときたね。夕飯の場所は大丈夫そうなの?」
「ああ。食事は落ち着いてできるだろう」
ルドルフに連れられてやってきたのは、高級ホテルの前。
だいぶフォーマルな格好だけど、ドレスコードとか大丈夫だろうか?
「ん? 意外かもしれないが、こういうところは服装にあまりうるさくないんだよ。短パンなんかで入ったら止められるかもしれないが……いや、そういえばアロハシャツの男性を見たことがあるな……」
「ええ……」
ルドルフの言葉の通り、俺たちが咎められることはなかった。そのままホテルのエレベーターに乗ると、ルドルフが最上階のボタンを押す。
あ、あれ……? なんかその、めちゃくちゃ高級そうな雰囲気が……? てっきり低層階のビュッフェとかだと思っていたんだけど。
エレベーターが付いた先は、夜景が綺麗なガラス張りの展望ラウンジ。その一角にあるレストランに、ルドルフのエスコートで足を踏み入れた。店員が持ってきたメニューに目を通していく。
「うわ……ねぇ、ルドルフやっぱりここかなりお高いよね……?」
「まあそうだね。けっして安くはないさ。だが私たちなら払えない額じゃないだろう。たまにはこういう贅沢だって悪くない」
「そうだけどね。うーん、どうしようかな」
店員に注文を告げれば、すぐに飲み物がやってくる。俺は度数の低いカクテル。ルドルフは未成年飲酒にならないようにノンアルコールのカクテルだ。
グラスを傾け、縁同士を触れあわせれば高音が鳴り響く。その音は俺たちを祝福しているかのようでもあった。
「乾杯」
「ああ、乾杯。トレーナーくんのかわいさにね」
「っ!? けほっ、けほっ! 急に、なに言い出すのルドルフ」
「ほら、スクリーンの中で主人公のスパイがこうして乾杯していただろう? なに、映画館でのお返しさ」
「くっ……!」
してやられた。こういう歯の浮くような台詞は苦手なんだ! ルドルフにこうして面と向かって、それも真剣な声色でいわれるとどうしても平静を保てない。 顔が真っ赤になっている気がする。いや、これはアルコールのせい。けっして恥ずかしいとかちょっと嬉しいとかそういうのではない。違うったら違う!
前菜を突き、やってきたメインに舌鼓をうち、追加注文したデザートまでをもペロリと平らげてしまう俺たち二人。1日のデートは、どうやら俺たち二人をだいぶ空腹にさせていたようだ。
映画館で軽食を取ったというのに、これだけ食えるのだから俺の胃袋も大したものだな。
「ふぅ、美味しかったねトレーナーくん。どうだい? 満足できただろう」
「本当にね。あ、伝票来たわよ。……うわぁ。しばらくはお目にかかれなさそうな金額ね」
「これはこれは……支払いは」
「私がまとめて払っちゃうわ。すいません、支払いこれで」
席に座ったまま、店員に一式を渡して会計してもらう。
さて、これでデートは全工程が終了か? ふと時計に目をやれば、なかなかに良い時間だ。普通の飲み会なら、〆にラーメンでも行くのだろうが……あいにく、そういう集まりではない。
店員が持ってきた領収証に今一度目を通し、その金額に三度驚愕しつつも高揚した気分のまま店を出る。
ホテルから出れば、酒で火照った体に優しく海風が吹き付けてきた。
「ふー……ちょっと寒いかな」
「海がすぐそばだからね。そうだ、少し見に行かないかい?」
「確かに、デートの締めとしては定番かもね、海」
ルドルフの耳が再び動く。ああ、後を付けてきてるんだな、というのがそれだけでわかった。
少しだけ下がった体温を誤魔化すようにして、ルドルフの体にぴったりと身を寄せる。それに気づいたのか、彼女も優しく俺のことを受け入れてくれた。
「おお、なかなかの光景だ。ここら辺は湾になっているから、反対側の街の灯りが綺麗に見えるね」
「本当だ……」
二人並んで、夜景を楽しむ。
どれくらいそうしていただろうか。隣のルドルフが、俺にだけ聞こえる声で語りかけてくる。
「三人……いや、四人か。ずっとこちらを見ている。おそらくシャッターチャンスをうかがっているな」
「どうするの。追い払う?」
「それでは意味がないだろう? 見せつけてやるつもりで来たんだ。ならば、とびっきりのシチュエーションをセッティングしてやろう」
「へ?」
背中に手を回され、ぎゅっと抱きしめられる。あまりにも突然のことに、声すらあげられない。目の前にはルドルフの顔があり、それが段々と近づいてくる。
『とびっきりのシチュエーション』ってそういうことかよ! いや、だけどこれは不味いだろう!? 一応『偽装』カップルなんだぞ! そこまでやったら、『偽装』じゃ済まなくなる!
「不味い、不味いってルドルフ……!」
「なにがだい?」
「だって、その」
「ああ、『偽装』のことを気にしてるのか。全く、トレーナーくんは初心だね。そうだな……」
そういってルドルフは、こちらの耳たぶを触る。あの、なにを?
「この際だから言ってしまおう。トレーナーくん、私は『偽装』でなくてもいいんだよ」
「えっと……?」
ルドルフの言っていることが理解できずに、頭の中で疑問符が乱れ飛ぶ。
「いや、トレーナーくんにはもっと直球にいったほうがいいか。キミのことが好きだ。これを、受け取ってくれないか?」
そういってルドルフが懐から取り出したのは、エメラルドの耳飾り。彼女がしているのと全く同じデザインだ。
どうやら穴を開けて通すタイプのものではなさそうで、いわゆる『イヤーカフ』と呼ばれるもののようであった。クリップのように耳たぶに挟んで付けるタイプの耳飾りだ。
「なん、で……」
「言わないと、わからないかい?」
さすがにここまでされて、彼女の気持ちがわからないほど鈍感ではない。
だが、ルドルフへと上手く返答ができなくて、イヤーカフと彼女の顔を交互に見比べては戸惑うことしかできなかった。
「いつからかはわからない。だけど、ずっとこうしたかった。キミのことしか考えられないんだ、トレーナーくん」
ルドルフの顔を見ながら、ああやっぱりイケメンなんだな、でもかわいい雰囲気もあるんだからすごい、こんな子の恋人になるヤツはさぞかし幸運なんだろう、などと他人事のように考えてしまう。
そんな俺の姿に、さすがのルドルフも痺れを切らしたようで、こちらの左耳を優しく触ってくる。
「トレーナーくん、こういうことは卑怯かもしれないが……もしイヤなら、抵抗してくれ。キミが力を入れたら振りほどけるようにはしておくから」
「あっ……」
待って、という言葉も、やめてという言葉も、俺の口からは出ていかなかった。いや、出す気すらなかったといったほうがいいだろう。
きっと、もう既に気づいていたんだ。ルドルフの本当の気持ちに。
「いいんだね?」
そんなルドルフの言葉に、黙って頷いてしまう。
「愛してるよ、トレーナーくん」
「るど、るふ……」
「すまない、我慢できそうにない。こちらも、いただくとしよう」
左耳に触れた指が、ゆっくりと動き出す。イヤーカフの金具が、俺の左耳の耳たぶを挟むと同時に、ルドルフの唇が俺の唇へと重ねられた。
2つの影は1つになり、長い長い静寂が辺りを包む。ルドルフの耳はペタンと倒れ込んでおり、辺りを探ろうという意思は感じられなかった。
どれくらいそうしていただろうか。ゆっくりとルドルフの唇が、顔が、そして指が離れていく。
その感覚に、少しの寂しさを感じてしまう。
「トレーナーくん、私を受け入れてくれてありがとう」
「そ、の……こちらこそ」
「やはりキミはかわいいね。さぁ、家まで送りましょう。プリンセス」
指同士を絡めるようにして、再び手を握り合う。
この日俺たちは『偽装カップル』から、本物のカップルになった。
しばらくして、いろいろな媒体に『シンボリルドルフ熱愛! お相手は担当トレーナー!』という記事とともに、俺たち二人のキスシーンが出回ることとなる。そして記事を見る度、二人して顔を真っ赤に染めて落ち着かなくなるのだ。
そんな俺たち二人の耳には、同じデザインの耳飾りが輝くのだった。
次話はいつも通り明日朝7時頃に投稿します