バッドエンドから逃げるために 作:落ち着けおさかな
入隊式(出ない)
桜が私たち新入生を祝福するように、校門を彩るように舞い続ける。
多くの学生が新たな生活に胸を躍らせてこの校門を通って行った。そんな光景を木の上から眺めている私は鼻で笑いながら空を見上げる。
そんな当たり前のことに違和感を覚えるのはきっと自分だけなのだろう。
筒状に形成された私たちの住むこの世界は、記憶に懐かしい地球の環境とは似てはいるが大きく異なっている。それを象徴するのが、この空にある地面だ。どこぞの機動戦士よろしくなこの環境を形成するためにいったいどれほどの時間をかけたのか。詳しい設定があるらしいが私にとってはどうでもいいことだ。
この世界で最初に目覚めたときから随分と時間が経過した。
所持金もなく情報も、所属もない私が糸にも縋るような苦肉の策で選んだこの道が、この道こそが唯一の希望であり絶望の始まりである学園だったのだから酷い話だろう。
そして得た情報は【アーティフィシャルフラワーガーデン】と呼ばれていたエロゲの世界であること。
内容は百合モノ。一般学生である主人公、サクラと呼ばれる少女が戦いながらも部隊員たちと仲良くなりなんやかんやで世界を救う。そんな話だったこの作品は有名でも名作と言えるほどの作品でもなかったがそれでも固有のファンの居る作品だった_____最後までは。
この作品の終点は敗北だ。
全力で守ろうとした主人公も、ヒロインたちも、その他の仲間たちも最後は全員敗北するのだ。
否、もとから戦いにはなっていなかったといっても過言ではない。
この作品で登場する敵性生命体、【黒渦】と呼ばれる存在は彼女たちが想定していたよりも大きく、強力すぎた。それは最新の兵器をもってしても、最強の部隊をもってしても意味をなさずすべてを飲み込んでしまう。終盤の彼女たちにできたのは少しでも長く生き残るために誰かが囮になり、仲間を逃がすこと以外は出来なかった。最終的にはもっとも好感度の高かったヒロインと二人で【黒渦】に飲み込まれてエンドを迎える。
唯一のハッピーエンドさえ、全員で戦闘を放棄し逃げ続けるというもの。だが、それも最終的には全滅してしまう。戦わないということは抵抗することも出来ないのだから彼女たちは何もできずに最後は敗北する。
こんな世界になぜ私はいるのだろうか。
性別まで変えられ、名前も、家族もすべて失った私にこの世界で何をしろというのか。
時計は十時を回っている。
主人公であるサクラたちは既に室内運動場__体育館的な施設で入隊式を受けているのだろう。
同じ新入生である私も本来であれば同じように入隊式に出る必要があるが、どうも行く気にはなれなかった。
内容を知っているから、入隊式自体に大した意味がないから、理由を挙げるならいくらでも挙げることが出来るが、今は木の上から感じることのできる光が暖かいから以上の理由は浮かばない。
太陽の光ではない偽りの日光はそれでも私たちに朝をくれるのだから、わざわざ日を遮る室内に行くのは勿体ないだろう。
「ふぁぁ...」
あくびが漏れる。
この作品、序盤こそ平和なものだ。
現れる【黒渦】も弱い個体が多く、仮に主人公たちがやられそうになったとしても先輩の部隊が助けに来る。逆に全滅する方が難しいなんていわれるレベルの難易度だと掲示板でも言われていた。
たとえ私が主人公たちに関わらなくても問題はない。関わってしまった方が状況が変わり対応しづらくなってしまうだろう。
そう考えれば私が入隊式に参加しないのも立派な理由になるかもしれない。
そんな言い訳を考えて笑う。
もしこの考えを何かしらの形で発表しようものなら私が送られるのは戦場から研究所に変わってしまうだろう。それが未来を知る異世界人か、それとも未来を語る狂人かはわからないが。
「時間、か」
気が付けば随分と時間が経過していたらしい、遠くからチャイムが聞こえ木から飛び降りる。
転生の特典か強化された身体そこらの人間に負けることはない圧倒的な能力を保持していると自負している。それは初期の主人公たちを凌駕している物であり、戦い方によっては中盤でも戦える能力値であり、私が持つ唯一の特典だ。能力値的な成長の見込みがないのがいささか問題ではあるが、いささか程度の問題でしかない。
序盤の【黒渦】たちは弱い。それは間違いない事実だ。
だがそれは序盤のみ。中盤からはその難易度は大幅に上昇する。ゲーム時代では装備を整えてないとボスの攻撃一発で死ぬなんてざらにあった。その際にサブヒロインが一人犠牲になるのが確定しているのだがソレはまた後の話でいいだろう。
しかし敵が強化されると同時に主人公組も強化される。
それは装備だったり戦略だったり、内容は多岐にわたるが中盤になれば終盤までは私が戦闘をしなくても問題はない。
とりあえず今やるべきことはステータスの上昇は諦めて自分自身が強くなることだ。
主人公たちと接するよりも裏で暗躍している方が数倍動きやすい。幸いこの作品で所属している部隊には裏があるなんてこともないため素直に訓練をし続けるで十分だ。誰かに目を付けられて動きづらくなるなんてことも起こらない。
「確か、集合場所は教室だっけ」
おぼろげな記憶を引っ張り出す。
新入生の約40人ほどが集まる新入生の教室は六階建ての白が特徴的な校舎の一番下の階に位置していたはずだ。
私たちの集合場所はその教室であり、今後私たちが行動する拠点のような場所だ。ゲームではそこで装備の変更や作戦の説明などが受けられた。装備の変更には部隊長と呼ばれるクラス委員長みたいな存在の許可が必要だが...単独行動が中心になるであろう自分にはあまり縁のない場所かもしれない。
だが出席だけはしなければならないだろう。
その考えは新入生としての最低限の行動であり、私の一番のミスだった。
....
大学の講義室のような構造をしている教室。
出来てからの長い年月を思わせる重々しい内装の席を埋める様に初々しい部隊員が座っており、なんとなくその一番後ろに座る。
周囲を見渡せばその中に見覚えのある姿もある。それは主人公だったり、その相棒枠だったり、チョロインだったり、きっと未来を知らないなら喜んでいたであろう光景は、未来を知っているからこそ喜べなかった。
私は知っているのだ。
彼女たちの願いを、その最期を。
それが画面の向こう側の出来事だったら無視して見て見ぬ振りが出来たかもしれない。だが目の前で起こりうる惨劇に目を背けるなんてできるわけがない。
「だ、大丈夫?」
「サクラ...?」
可愛らしい声、最も聞いたことのある声が横から聞こえて、反射的に声が漏れてしまった。
「えっ、わたしの名前何で知ってるの?」
なんで私の横にいるのかと、そう聞きたくなるその少女の名はサクラ。
名は体を表すを体現したような淡いピンク色の髪をした彼女が驚いた表情をしたときには手遅れだった。
反射的に漏れた言葉は小さいながらもしっかりと少女の耳に届いており、内心「しまった」と思いつつも何とかこの場から脱する方法を模索する。
「ねぇなんでわたしの名前知ってるの!?もしかして、やっぱりわたしたちどこかで会ったことあったりするのかな?」
「...」
驚いた表情はすぐになくなり、興味マシマシでこちらに話しかけてきているその姿は淡いピンクという髪色からは想像できない積極的な性格。
「わたしサクラ!あなたは?」
知ってるよ。そう言いたくなるが聞こえないふりをして無視をする。
出来れば関わりたくはなかった。
彼女はまっすぐで、だからこそ主人公なのだ。
私のような異物が混入して変化してしまってはいけない。
「むぅー、無視するのはいけないと思うんだけどー」
頬を膨らませて不満そうにこちらを見てくるその姿は可愛らしいものだろう。
それが私に向けられたものでなければ写真でも撮って保存していたかもしれない。
名前くらいならいいのでは?
そんなことを考えてしまう思考を排除して無視を続ける。
そう、この先にあるのは主人公であるサクラとその親友たち__初代241部隊の結成イベントだ。
4人で構成された最初の部隊は序盤のみの登場だったが人気は高い。それは構成のバランスの良さだったり、純粋に人気だったりと理由はいろいろだがそのイベントを避ける様に逃げれば問題なく移動できるだろう。
「あ、教官が来たみたいだよ」
なぜそこまでして私に話しかけるのか。
無視されても諦めずに話しかけてくるサクラの姿はまるで遊んでほしそうな小動物のようだ。
正直今すぐにでも構いたいし、話したいが、ここは鋼の意思で我慢するしかない。
「さて、全員来ているみたいだな」
なぜだろうか?
話し始めた教官はなぜかこちらを睨みながら話を進める。
話の内容は知っている。
この学校の成り立ち、その役割。
【黒渦】を狩る者たちを育成する学校であり、女性は女性、男性は男性と別れている校舎は間違えを起こさせないために別れている。
方針は40人それぞれが4から6人のチームを組み【黒渦】の討伐を行うというのが基本方針。そしてその他の割とどうでもいい校舎内の設備の情報などは正直覚えるだけ無駄だ。
「ふぁぁ...」
隠す気のない大きなあくびが出る。
知っている情報など聞く必要はないのだから少しくらい眠くなるのも仕方ないことだと、そう言いたい。
「ちょ、ちょっとこのタイミングであくびはまずいよ」
驚いた表情半分、不安そうな表情半分な顔でこちらを見てくるその姿もかわいらしいが別段問題はないはずだ。
私が今座っているのは一番後ろ。いかに教官がこちらに睨みを利かせていてもこの遠さでは見えないだろう。
「ミナミ特例兵」
教室に教官の声が響く。
名を呼ぶ声だ。それも私の名前を。
「...なんです?」
隠す気のない睨みを聞かせた瞳を教卓に立つ教官に向ける。
だが流石は教官というべきか、返すようにこちらを睨みつける。
「あなた、入隊式に出ていなかったでしょう?なぜですか」
「出る理由がありませんでした」
吐き捨てる様に答えて席を立ち上がれば、驚いた表情をした少女たちが私に視線を向ける。
それはサクラも同じようで、心配そうな表情をしながらも驚きを隠せていないようで目を大きく見開いている。
「本日よりあなたもこの部隊の所属なのよ。それだけで入隊式に出る理由にはなりうるわ」
「...誰が好き好んで死にに行くかよ」
「なにか?」
「いいえ、別に何も」
教官から目をそらして窓から見える空を見る。
相変わらず澄んだ青い空は、うっすらと地面が見えている。
雲一つないというより雲を作る必要がないこの世界は、やはり私が生きていた世界とは大きく異なっているのだと、そう理解するには十分すぎた。
「それで、入隊式に行かなかったからって何か問題があるんですか」
「問題だらけよ。あなたたちのこれからの行動や部屋割りの話もあったんだから」
横から「そんな説明あったの!?」なんて驚いている声が聞こえるて、チラリと横を見れば声の主であるサクラがさっきよりも驚いた表情になっていた。
キミは入隊式に出てたんじゃないのかね。なんて言ってしまいたくなるが、我慢して視線を教官に戻せばやはりその視線は私を向いている。
正直そんな話をしていたのかと私も驚いている。
「なら、今後は参加します」
諦めの言葉を吐き捨てる。
教官に向けての話し方とは思えないこの話し方は私が他の人と関わる気がないという意思表示に近いものだが、それは教官が相手だとしても変えるつもりはない。
一度強めに睨んだ後、教官は私から視線を外した。
いったんこの話は終わりでいいのだろうか。
安堵の息を吐きながら椅子に座れば、教官からの視線との交代と言わんばかりに横からの視線が刺さる。
言わずもがな、視線の正体は横に座るサクラだ。
何を気に入ったのか私と関わろうとしてくる少女は無視されているというのに話しかけてくる。
いったい何を感じたのかは知らないがいい迷惑だ。私は好きでここにいるわけではないし、結果として生き残りたいからここに入隊をしただけの身。原作というわかりやすい枠の中で動いてほしい私にとって、彼女が私と関りを持つという状況は好ましくない。
「___で、その時助けてくれたのが___」
何かを話していたのだろう。
内容こそまったく聞いてはいないが楽しそうに話していたサクラの表情は脳裏にしっかりと刻んでいる。できればもう少しその話に付き合っていたいが、
時間が来る。
時計を見ればその時は迫っている。
終わりを告げるチャイムが鳴り、教官が教室から退出すれば私の時間が始まる。
時間は有限である。
誰が最初に言い出したかは知らないが、この言葉だけは真実だと私は言う。
終盤の【黒渦】の出現。ほぼ負けイベントのような狂気の始まりはストーリー進行ではなく一定の時間経過で発生するイベントだ。
だからこそ、そこに勝機がある。
負けイベだというのに最後の最後まで彼女たちが抗うことが出来たのは、主人公であるサクラを中心とした友好関係があったからだ。そしてその友好関係は彼女たちが勝手に築くだろう。
彼女たちに足りなかったのは戦力だ。
最強の部隊、私たちから二つ上の学年を中心に編成された6代目の第1部隊。彼女たちは結果的には負けてしまったが、終盤の【黒渦】相手に善戦していた数少ない存在だ。守るべき存在が多すぎてその戦力を分散させ敗北してしまっただけで、全員がまとまってさえいれば負けることはない。
つまり分散原因であった防衛戦力さえ足りるのであれば本当のハッピーエンドを目指すことが可能ではないかという可能性の話ではあったが、絶望の中で輝く希望としては十分に輝いているのだから下手にそれ以外の選択肢を目指すよりは確実な道だろう。
他の人が新たな友達を求めて会話を始める中で席を立ちあがる。
心配なのか、それとも別の要件があったのか。サクラの瞳に映る私の姿は多少揺れていた。
「...どこ行くの?」
飼い主に捨てられた犬のような悲しそうな雰囲気を出す少女の姿はさながら悲劇のヒロインとでも言えばいいのか。お前は主人公だろうと言ってやりたくなるが、グッとこらえて一歩出口に足を進める。
「訓練」
「えっ?」
「じゃ」
一言だけ答えて廊下に出る。
彼女の質問に答えた理由。それは無視し続けることに罪悪感を覚えたからという純粋な理由が4割、多少は繋がりを得ておきたいというのが6割の行動だった。
彼女はこの先多くのキャラクターたちと絆を紡ぐ。
それは今後のストーリーを大きく変化させるために必要な繋がりであり、そもそも彼女がいなければストーリーはバッドエンド一直線になるというレベルで重要な仕事だ。そして彼女を通じて様々なキャラが繋がり、最後はサクラを中心にした
「上手くいってくれればいいが」
この世界におけるイベントの情報を完全に網羅しているわけではないからこそ、ここから始める行動はほとんど神頼みに近いものだった。
ミナミ:転生した本作主人公。
ステータス的には中盤の原作キャラクラス。しかしとある理由でレベルアップがないためステータスの上昇は他の手段を使用しないといけない。
サクラ:原作主人公。主に受け
能力は原作キャラの中でも決して強い方ではないが、専用スキルが便利。ゲーム内では強制的にTPに入れていないといけない。
【黒渦】:実はどう読むか決めていない。そのまま【くろうず】でもいいのではないかと密に考えている。