バッドエンドから逃げるために 作:落ち着けおさかな
人に見られないで行動できる夜という時間帯は、あまり人と関わりたくないという私にとっての最大の自由時間である。
時計が両方12を指す時間からは人通りが少なくなる街中は、少数ながら深夜に仕事のある人もいるが、仕事を機械に頼る場所が多くなり通常よりは人目が少ない。いたとしても、制御している機械の責任者や夜勤の人間などの仕事を行っている人間がその大半を占めており、それ以外の人間はほとんどが外には出てこない。理由は単純で危険だからだ。
偽物の太陽が昇るこの世界は、別名【箱舟】と呼ばれている。筒のような形状で、住めなくなった【地球】を捨てて遠い安息の地を見つけるために暗い世界を進み続ける船。多くの人を乗せて動き出した【箱舟】は200年ほど前から稼働しているが、それでも人同士の格差は無くならなかった。
それはそうだろう。あの広い地球でも無くなることのなかった格差が、その意識が、この狭い大地になったからと急に消えるわけがない。
それどころかその意識は深く根強く無意識のうちに受け継がれてしまっているのだ。
現に今も【箱舟】の制作に関わった人間の一族は裕福な暮らしをしており、当時ギリギリで入ることのできた人間の末裔たちである人間は泥水を啜るように毎日を生きている。そんな差があるからか街の治安は決していい方ではなく、それこそ学園の制服を着ていようものなら喧嘩を売られるなりするほどに治安は悪い。
「...」
そんな中、私は一人で外に出ている。
無論制服は着ていない。黒いフードのついたパーカーは入学前から使用していた戦闘用の服だ。一般の服と見た目の変わらないはずのこの装備でも、周囲の視線が鋭く感じる。若い女性が一人で動いている。それだけでここまで狙われるのだから笑ってしまうだろう。エロゲ世界の裏にここまで酷い設定があるのだ。語られていないのか、原作とは異なる世界なのかはわからないが設定が多すぎて知れば知るほど嫌になる。
だが、私にとって彼らの存在は危険たり得ない。それはレベル的な意味であり、同時に思考の差でもある。彼らは弱者だ。何とかしようとする気もなく、ただ現状だけでことを進めようとしている。持っている力を伸ばそうとすれば軍隊に入るなどやりようがあるというのにそれを行わないのだから、無駄でしかなく、構う必要もない。
問題のある言い方かもしれないが、私からすれば彼らがどうなろうとどうでもいいのだ。
彼らの有無が生存する道に関係するなら助けることになるだろうが、そんな彼らを助けて利点になることが一切浮かばないのだから構うこと自体が時間の無駄でしかない。
意識を路地裏から目の前に戻す。
街灯や建物の光に照らされて、夜でも明るい街並みは現在進行形で未確認生命体に襲われている生物であるとは感じさせない文明の発達具合である。決して元の世界と比べて物資が潤沢ではないというのに電気も水も食料も不足自体はしていない。そういう設定の不自然さが、この世界が創作物の中なのだと再確認させてくれる。違和感を覚える私は異物なのだと、そう再確認させてくれるのだ。
「____日課になっちゃったな」
寮から一時間近く走り続ければ遠くに見えてくる巨大な壁。そそり立つこの世界の端はこの世界における外に通じる唯一の出入り口であり、地獄の始まりである扉。
レーダーで観測できない数の【黒渦】によって崩壊する予定の壁は現状では立ち入り禁止区域である。しかしこの時間帯はその警備は甘くなる。ゲームの設定曰く警備の入れ替わりらしい。自動制御のタレットと監視カメラ、そして少数の警備員の目を盗みつつ向かった先の壁が今日も通常通りに稼働していることを確認して安堵の息を吐いた。
「今日も大丈夫、か」
街の端、世界の端。大量の機械に繋がれた巨大な壁の外は視覚を潰すようにライトで照らされて存在をアピールしている。それは正常に動作しているという証拠であり、【黒渦】が入り込んでいないという意味でもある。
未来を知る私からすれば、この壁はいつ壊れてもおかしくはない。それはこの世界がゲームと全く同じ動きをする確信がないから故の不安から来る行動であり、最悪を回避するために入学してから毎日ここへ様子を見に来ている。それこそ〈日課〉と言えるほどには来ていた。
彼女たち原作キャラが寝ている間に侵略でもされようものなら、出撃前に数多くの人が犠牲になるのが目に見えているからこそ、唯一それを理解している私が動く以外の選択肢は存在しなかった。警備の甘い時間帯に侵略でもしてこようものならそれこそ地獄は加速する。たとえ最強がいたとしてもそれは避けられない事実になる。だから私がなるべく行動するしかないのだ。
気負いすぎ、そう言われてしまえば確かにそうかもしれない。すべてを一人でできるなんて考えは愚かな考えだ。人がなんでも一人でできるのであれば人である意味がない。人は単独で生存できるような強固な生物ではないのだ。様々なものと関わりようやく生きていけるのだから、今の私の考え自体は間違いそのものだろう。誰にも頼ることなく裏で動くことで状況を好転させる、そんなことをするにも私一人では力不足であることは火を見るよりも明らかであった。
時計を見る。
この世界ではその役目を譲ったアナログの腕時計が示す時間は一時少し前。壁の警備が戻りきる前に少し離れて、もとの強固な防衛力に戻るのを遠目で確認してから、家路へ足を進める。
誰にも見つからないように家路を急ぐ。
ステータスの暴力ともいえる人ならざる道での帰宅は、普通の人には不可能とされる道。建物の屋根などを乗り移って移動したりできるのだから、一般人である警備員の目を盗んで部屋に戻ることは簡単だった。忍者のように影に隠れつつ移動し、今の私の拠点となる自室に窓経由で入る。学園に入学してから何度も行ってきた道のりは、問題が発生することもなく一時間近くでの帰宅を可能としていた。
「...ハァ」
部屋に戻れば誰もいない部屋が私を迎える。
「ただいま」なんていう余裕もなく、汗のかいた服を脱ぎ棄てベッドに倒れ込めば、安物の硬いベッドが身体を追い出すように跳ねた。
「...」
本来二人部屋である私の部屋は、一人分空いている。しかしその一人分を埋めるものを私は持ってはいないのだから当たり前だ。本来ある筈の荷物は、この世界に来た瞬間にすべて失った。それでも何かを新しく得られたかもしれなかったけど、私はいつ死ぬのかわからないこの世界で何かを新しく持つ気にはなれずに今に至る。
ずっとそうだ。
何かを失うのが怖くて、手に入れられるはずのものがあるのにそれに手を伸ばせない。たとえ手を伸ばされても、離されるのが怖くてその手を掴めない。
「駄目」
暗い部屋は憂鬱な思考になってしまう。
この世界では見えることのない星空、それを見るのは昔から好きだった。暗い部屋の中で家族と見た星空は今でも覚えている。だから星を見る分には暗い部屋は好きだ。だけど、思考するという点では暗い部屋は嫌いだ。昔から先の見えない未来の様に暗い部屋で考えるのは先の暗い未来のみで、明るい未来なんて一切考えられなかったから。
でも、それ以上に暗闇にはいい思い出がないから暗い部屋は嫌いだ。
どこまでも続く暗闇、すべてを飲み込んでしまいそうな底のない闇はトラウマの様に脳裏にしみついている。それは俺が私になっても変わることはなかったから。
「...そういうところだけは、変わらないな」
他人事のように呟く言葉は、間違いなく私に対しての筈だ。
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この世界に来てからの私の目覚めは速いもので、目覚まし時計が鳴るよりも前に太陽の光で目を覚ます。
元の世界と比べ、季節による日の出や日没の時間差が発生しないこの世界で最も正確な時計は太陽だろう。一定の時間で自動的に出現、消失する偽りの太陽は目覚まし代わりにはちょうど良く、気が付けば目覚まし時計よりもそちらを中心に生活するようになっていた。
「おはよ...あ」
目覚めた部屋、私が暮らすこの場所に私以外の人間がいないことを思い出して小さく声を漏らす。
二人用の部屋に一人しかいない。そんなさみしさを加速させるかの様にこの寮は外の音が聞こえない。防音がしっかりしているのだろう、私以外誰もいないのではないかと錯覚してしまいそうになる。実際そんなことはありえないが、それでもこの先のことを考えてしまうとぞっとする。一人一人徐々に消えていき、最終的には誰も残らないという本来の未来。最終的にはそれが真実になってしまうという恐怖が私を覆う。
それを何とかするために今まで努力してきた。しかし現状では現実的な手段が見つかっていない。だけど、ただ茫然と見ているだけが嫌だからここに入学をした。その恐怖を誤魔化すように、目をそらすために。
「...気分転換しよう」
マイナスな思考を無理やり中断するためにシャワー室に足を運ぶ。
鏡映る傷だらけの身体は、記憶から消えてしまった元の俺としての身体からは遠く離れた美しい見た目。だが、見慣れてしまった私の身体に今更見惚れるなんてこともない。
いつからだろうか?
最初のころは赤面していた自分の身体にも慣れてしまった。別に何の感情も懐かなくなってしまった私の身体は、本当は私の身体ではない。なのに、興奮の一つでも感じていいはずなのに今となっては何の感情も湧いてこないのだから悲しいものだ。
私本来の身体は既に何処にもなく、今の偽りの身体が私を無理やりこの世界に留まらせている。
この身体を制作した名前も思い出すことが出来なくなってしまった彼女の言葉は、思い出せないのに呪いとなった。呪いの杭は抜くことが出来ず、その杭に繋がれた私は逃げることが出来ない。だからこうして足掻いている。
逃げ場のないこの世界で、バッドエンドから逃げるために足掻き続けている。
「ハァ」
ため息を吐き濡れた身体をタオルで拭けば、事前に用意しておいた制服に袖を通す。
この服、学園の制服は同時に訓練服でもある。だが私たち新入生にとっては学校の制服というイメージの方が大きいだろう。訓練でも使用するが最初の方は訓練も軽いものしか行わないのだから、訓練服というイメージは付きづらい。しかし戦闘に耐えうる性能を有しているのも事実である。強度は鉄並みに高く、それでいて伸縮性も高い。元の世界には存在しないであろう素材を使用したこの服は数少ない異世界的なものだと言える。
実際の戦闘はそれぞれに調整された特殊装備を使用するため制服で戦うわけではないが、防御能力だけで言えばその性能はほぼ同じだ。追加で特殊効果や能力補助が付く以外に差はない。
そう言う意味ではここは異世界らしい技術力を持っていると言えるが、しかしそれでも【黒渦】には勝つことが出来ないのだから、敵がどれほど強力なのかがよくわかる。戦場において装備が絶対正義というわけではないのは理解しているが、それでも恐ろしい。
制服に着替えて一息つく。
座り込んだベッドはやはり安物で、身体を包み込むこともなく逆にかけた体重をそのまま返そうとバネが動くがそれはもう慣れてしまった。
そんなことを思いながら学校が開始するまで時間と現在の時間を見比べて、またため息をつく。
学校の開始時刻まではまだ時間がある。その暇な時間をどう潰そうか。そう思い、いつも通りに訓練でもしよう考えるが、残念なことにこの時間に訓練場は開いていない。
管理人が居なければ使用できないというルールのある訓練場。何故かこういうところだけは現実的なのだから困ってしまう。
「...一週間か」
壁にかけられた機械のカレンダーが今日の日時を示す。
入学式から一週間経過した今日は、本来であれば本格的な訓練の開始時期だ。それも部隊単位での訓練、今まで行ってきた知識面での訓練は今日より数を減らし、部隊での運用を中心とした戦術訓練が中心になっていく。
ゲーム内でも語られていたがこの時期にはほぼすべての新入生が部隊に所属している時期である入学一週間後は、私を除いて全員が部隊への所属が完了していた。
そう、私を除いた全員が部隊への所属を完了したのだ
なぜこんなことになってしまったのか。
初めのうちは主人公や他原作キャラに関わることのない部隊に所属することを考えていた。
しかし、初日で行った自主訓練は誰が広めたが次の日には噂になっていた。
入学初日でレベル32相当のくろまる君の撃破。
良くも悪くも注目の的になるには十分すぎる功績だ。そんな情報が広まってしまえば同じである筈の新入生が私を部隊に誘うというもの難しい話になってしまう。歴代の学生でも初日でもここまでの無理は行わなかったのだから当然だ。そういう意味では先輩方にも目を付けられてしまったと考えるべきだろう。
しかしそのせいで、主人公の部隊以外に入ろうとしていた私の計画はすべてが無駄になった。誰かに話しかけてもらいそこから部隊に所属しようという計画は一切叶うことなく。結果は主人公以外からの誘いはなし。それどころか他の人からは怖がられてしまったのか話しかけられることもなくなった。
人との交流は最低限と考えてはいた。しかしここまで酷いことになるとは考えていなかったためショックが大きいものだった。幸いその感情を表に出すことなく今に至るが、結果的にどの部隊にも参加することなく単独での行動が出来るようになったのは喜ぶべきだろうかと、内心複雑な気持ちである。
だが、一度そうなってしまえば方針は固められたも同然であった。
私一人での行動は、この瞬間から確定したのだ。生き残るという目的外に誰も巻き込むことなく目的を達成するという新しい方針が決定されただけで、向かうための道が変わっただけで目指すゴール自体は変わらないのだ。喜ぶことはあっても、迷うことはあっても、この現状は諦める理由になり得ない。
【黒渦】、その進行がある一線を越える前に目的を果たす。それ自体が決定打になることはないが、少なくとも行動しないよりはマシであることに間違いない。たとえその行動に代償が必要だとしても、私が払える代償であればなんだって払う。そんな思考を何年もし続けていれば、気が付けば【死】以外に怖いものなど無くなってしまった。
借り物の身体に一度死んだ魂という正気とは程遠い存在だから。そんな私は最も近い【死】以外を考える余裕がなかったともいえる。だから真正面から来るくろまる君を受け止めるなんて言う暴挙に出ることが出来るし、たとえ死にかけだとしてもそれが最も生き残れる方法であれば手段を選ぶことなく行動することが出来る。人であったころの思考回路がある筈なのに、人であった頃の感性からは遠く離れた存在に成ってしまったのだと自らを鼻で笑った。
「どうしてこんなことになっちゃったんだか」
ため息のように愚痴を吐く。
願っていたわけでもない転生は私にとって最悪であることに間違いはない。一度死んだのだから、もう一度死ぬなんて怖くはないなんて言える程狂っているわけでもない。狂っていないから今こうして抗っているわけだし、もし狂っていれば死ぬことを恐れないで入れたのかと思えば、こういうところだけ正気な私が嫌になる。
いっそ狂ってしまえば、そう思ったこともある。自暴自棄になって行動していたこともある。だけど狂気に堕ちることは出来なかった。
狂おうとすればするほど、正気が私の意思を抑えるように現れた。正気こそ狂気なのだと思うほどに、狂ってしまいそうな私は堕ちる寸前に正気に戻ってしまった。
だけど、それでこんなに悩むのだったらいっそのこと____
「____折れればよかったのに」
壁:外と内を繋ぐ唯一の扉であり、ストーリー終盤を示すあるイベントの開始地点。
箱舟の問題:三段構造的な格差があり、上層部と言われる彼ら、下層部と言われる彼ら、そして中層部と言われる私たちと変わらない生活を送っている一般人が存在する。割合が最も大きいのは中層部だが、次に下層部が多く、最も少ない上層部は【箱舟】の制作者だった者たち。彼らは一族で箱舟のメンテナンスなどを行っており、それは現在も変わっていない。...そういう意味では上層部が上層部たる所以はある筈だが、それを下層部の全員が理解して納得できるかは別の話である。
本音より
主に私のメンタル次第で作品を消す可能性があります。「というか消す?」そう考えてしまうほどにはなぜ評価を得たのか不明でしたから、私の実力ではないのがわかりきっている以上、正直書いていて苦しい部分が多いのです。