バッドエンドから逃げるために 作:落ち着けおさかな
雨だ。それも大雨で、まるでバケツをひっくり返したかのような雨が空から降り注いでいる。
だから空はあいにくの空模様で、偽物の太陽さえ何処からも顔を出しては来ない。最近では珍しいほどに分厚い雲、その重厚な見た目の雲から降ってくる雨は想像以上に酷いものだ。
「雨だねー」
「訓練休みにならないかなー」
なんてクラスメイトの声を聞き流しながら空をじっと見つめ続ける。
偽りの太陽があるにもかかわらずその光を一切通すことのない厚い雲は、空にある上の街並みも隠している。そう考えると雨の降るような厚い雲の時だけは、私の知っている元の世界に限りなく近い見た目をしていると言ってもいいだろう。空に、空がある。空しかないこの風景は、私以外の人間が懐かしいと思うことはないだろうが。
自動化された【箱舟】の天気は相応の理由がない限り自動的に制御されている。天気予報という形で詳しい時間を知ることは出来るがそれだけだ。
そこまで制御できてしまうなら人は好き好んで雨を降らせないだろう、そういう思いで実装されても使用はされない天気制御装置を思うと少し可哀そうな気になってしまう。
「全員集まったようね」
コンクリートのような素材で作られた通路の向こうから、コツリコツリと足音を出して教官が現れた。
その身に白い軍服をまとう姿はまさに戦う人だろう。既に二十歳を超え前線から下がった身ではあるがそれをふまえても彼女は強い。おそらく、今の私でも勝つことは出来ないほどに。
空気が変わる。
先ほどまでの緩んだ空気が引き締まった空気、誰もが今から戦うという強い意志を感じさせるこの空気をこの一瞬で作り出すことが出来るのは教官の教官たる所以だろう。
新兵である私たち新入生は全員が戦闘に慣れているわけではない。その素質があるからここに来たという人間も多少なり存在するのだから当たり前だ。そんな彼女たちが初めての戦闘で逃げ出さないように、怖がらないようにと教官たちは先導する。そういう能力も必要になるのだから、私たちの教官がそういう能力を持っていたとしても不思議ではない。逆に好都合だ。
「本日より部隊単位での訓練を開始します」
「皆さん、それぞれの部隊で集まってください」と教官が言えば私以外に全員が動き出す。
それもそうだろう。私以外は全員部隊に所属しているのだから、私以外が動くのは当然だと言える。しかし、この場合の私はどうなるのだろうか。無論、単独での戦闘で訓練を終わらしてしまうのも悪くはない。今後のためを思えばそういう訓練だって行った方がいいだろう。一対多である戦闘はこれから嫌でも経験することになるのだから。
しかし、部隊での戦闘を経験しておいた方がいいというのも確かな話である。
中盤以降からは単独での戦闘は難しい。いや、無理だとはっきり言ってしまった方がいいだろう。おそらく中型にも苦労することになるであろう私が単独で戦闘をしたとしてもできることは時間稼ぎ程度、それも生存確率は著しく低い方法を取ってようやくそのレベルでしかない。戦うという選択肢自体が選べなくなる。
問題があるとすれば、既に私を誘ってくれるであろう部隊が一つを除いて存在しないことだろう。
241部隊___サクラたちの所属するその部隊以外が私を誘うというのは非現実的すぎる。それはこれまでの状況から簡単に察することが出来た。だから、苦肉の策だが今回ばかりは彼女たちの手を借りるしかない。
「ミナミさんミナミさん」
「...サクラか」
そんな思考を知ってのことか、救いの手だと言わんばかりに話しかけてきたサクラを少しまぶたを細めて見る。他の部隊員は周囲にはいない。おそらく別の場所で集合しているのだろうが、そんな中サクラはいつも通りと言わんばかりに私を誘いに来た。
「私は貴女の部隊には入らない、そう言ったはず」
「それは分かってる...でも、納得したわけじゃないよ」
少し大きくジェスチャーのような動きをしながらそんなことを言って、最後は私に指をさすような動きで止まる。
何度も繰り返される同じような内容の会話は、無視をするのが面倒になって多少の受け答えをするようになってしまった。それもそうだろう。こちらは無視をしているのにもかかわらず、それを気にしないと言わんばかりに話しかけてくるのだから可哀そうにもなってくる。そんなに私を誘いたがる理由があるのだろうか。入学式後に少し話した程度の人間にそこまで執着する理由は私には想像がつかない。
「絶対にミナミさんは私たちの部隊に入ってもらうから!」
「...はぁ」
また勧誘か、そう思いながら隠すことなくため息を吐く。
サクラの方はいつも通りの私の反応を見ながら「フンス」と胸を張ったような動きをしてどや顔をする。何故どや顔なのかという理由は分からないが、そんな表情も愛らしいので些細な問題だ。
「...それで、何か用があったんでしょ?」
「あ、そうだった」
サクラの可愛らしい顔が見れて笑顔になりそうな自分の表情筋を無理やり固定する。そんなことに意識を集中しながらサクラに問えば、本来の目的を思い出したのだろうか、真剣そうな表情になる。
「実は、今回の訓練で私たちの部隊に入ってくれないかな」
「部隊には入らないって言ってるはず」
「あ、いや違って...そう仮入隊!私たち一人足りなくって」
は?なんて声を出す前に、その違和感の正体に気づけたのは数少ない今回の幸運だったのだと思う。
サクラたちの部隊である241部隊に一人、部隊員が足りないという衝撃的な言葉は、間違いなくこの世界の異物によってできてしまったタイムパラドックスなのだろう。
本来であれば彼女たち241部隊は既に4人の部隊員を集めてその方針をまとめているはずだったのだから、目を丸くして驚いたとしてもそれは決して悪いことではない。逆に正しい反応の筈だ、未来が変わってしまっているのだからそれ相応の驚きは発生する。
「
「うん、実はまだ揃ってないんだ」
「わたしと、アイビーちゃんと、ヤルマさん。今はその三人かな」と言いながらこちらを見るサクラの視界から外れるように、私は表情を見せないように背を向けた。
焦り、そして恐怖。
この世界が明らかに知らない方向へと進んでしまっているという現実。いや、早すぎる変化への驚きというべきだろう。遅かれ早かれ原作というレールから外れてもらう予定だったが、それが早すぎるのだ。それも間違いなく悪い方向に変わっている。
原作通りに進んでいるという決めつけがまずかった。彼女たち以外の流れの確認はしていたが、まだ大丈夫だと思っていた彼女たちが既にレールから外れ始めていたとは考えていなかった。
そして、その原因となる何が悪かったのかと考えれば可能性はいくつか思いつく。
「もう一人、最後の部隊員はどうするつもり?」
「ミナミさんに入ってもらえればそれが一番いいんだけど」
「それは断ってるはず」
「だよねー」
彼女との、サクラとの関りが多くなってしまったのが最たるミスなのは明白だ。
今こうして目の前に立っているサクラが原作通りの流れからズレ始めているのは、入学式後に私と関わったという原作にないイベントが挟まってしまったから。そのズレは何処からか歪みを生んで、今こうして大きなズレを生んでしまった。
「私のことは諦めて、フリージアという少女ならきっと部隊の力になるから」
「フリー、ジア...ちゃん?」
不思議そうな表情をするサクラは、その頭の上に疑問符でも出していそうなほどに首を傾げている。
少し強引な方法だがこのズレを認識していて直すことが出来るのは私以外に存在しない。
もし他に転生者に類する存在がいるとすればその前提条件は無くなるが、少なくとも私がその手の人間を見たことは一度もない。チート転生者でもいればこの先が楽になるとどれほど思っただろうか。それでも現状ではないものねだり他ならない。それならば自分自身が出来る行動を一つ一つ行っていくしかない。
「そう、フリージア。同じクラスにいるはず」
「フリージアちゃんかぁ...わかった、今度探してみるよ」
了承するサクラに安堵の息を小さく吐く。
これでどれほど流れが戻ってくれるかはわからないが、何もしないよりはマシな結果が待っていると願いたい。
「でも、ミナミさんのことは諦めないからね!」
「思うだけならタダか」
「んなっ!?」
言い返しが来るとは思っていなかったのか驚いた表情で、少し大げさに反応するサクラ。
...そんな彼女を見て私も少しだけ笑みをこぼす。私は彼女の概要を知っているから、彼女の過去に何があって、どういう思いをして、何故ここにいるのかを知っているからこそ、私は彼女を好いている。そのサクラという人間の持つ人間性を好いている。そんな彼女とこうして話すことが出来るという非現実的な現状が、今の私にとっては唯一の幸せだ。
「あ...」
「なに?」
「いやー、ミナミさんもそうやって笑うんだなって」
私をなんだと思っているんだ。そう思いながらサクラから顔をそらす。
照れているわけではない。少し頬が熱い気がするが、きっとそれは笑うのを我慢しているからだ。
「___今回限り」
「えっ」
「私も、部隊での戦闘訓練はしておくべきだから、あくまで私のため」
「ほんと!?」
「やったぁ!」なんて喜びながら他の部隊員のところに走っていくサクラの足音を聞いて、いつものように空を見た。いつの間にか晴れていた青い空はその上空にもある街を見せながら偽りの太陽で私たちを照らしている。
「...暑くなりそう」
そう呟いて、少し遠くから走ってくる三人の姿を横目に見てからため息をついた。
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少し移動して訓練場。
先ほどまでいたコンクリート製の通路から数分歩いた先にある屋外の訓練場は室内訓練場に近い場所にある。その特徴は森。森林を模して造られたこの場所は待ち伏せや突撃、様々な戦術を試すのに適している。一応その横に市街地を模した訓練場もあるが、そもそも市街地まで【黒渦】が来るようなことがあれば、そもそも私たちの役目である防衛は失敗という扱いになる。それゆえに私たちの主な訓練は森林であり、市街地での訓練はあまり行われない。
「さて、この森に【くろまる君】を放ったわ。本日の訓練はそのすべての【くろまる君】の撃破。文字通りすべてよ、一体でも逃せば一般人に危害が及ぶと考えなさい」
作戦の詳細を話す教官がこちらを一瞬見たような気がした。
安堵だろうか、詳しい表情を読み取ることは出来ないが少なくとも敵意はない。それどころか優しそうな表情を一瞬して顔をそらすが、私には教官のその行動の意図がよくわからない。
しかし、この訓練の真の目的は戦闘訓練ではない。その目的自体に気づくことが出来るかという一種の注意力テストのようなものだ。
教官の話を聞いた何人がこれに気づいたかは知らないが、教官は放った【くろまる君】の数を一切明言していない。それがこの訓練の目標だからだ。数の分からない殲滅戦、ゲームではありえないかもしれないが現実的な訓練だ。どの戦場でも敵の数が明確にわかっている場合の方が少ないのだから。仮に今から教官に【くろまる君】の数を聞いたとしてもはぐらかされるだろう。
それらをふまえればこの訓練が戦闘向けではないことが分かる。
その証拠としてこの訓練で使用される【くろまる君】のレベルはどれも低レベルであり、主に出てくるのは小型のみ。一応ボスとして中型が一機だけ出されているだけだ。それも部隊員全員でしっかりとサポートし合えば問題なく倒すことのできるレベルの弱い設定での配置なのだから、正直私が居なくてもサクラたち三人で問題なくクリアできるはずだ。
「まずは、自己紹介しようか」
サクラのそんな一言から私たちでの自己紹介が始まった。
が、私としては別に自己紹介は必要ない。原作として知っているのだから全員の名前程度は知っているのだが、楽しそうに話すサクラの姿を見ると断るのが酷に思えたから止めはしない。
「まずはわたしから。知ってると思うけど、名前はサクラ。適性は後衛の支援役だよ」
そう言いながら持ってきていた【杖】を展開して私に見せる。
訓練用として貸し出されている杖は量産型らしくシンプルな装飾をしている。その名を【
「アタシはアイビー、話は聞いてるぜ。戦闘部門主席さんよ」
少しギザな言い方をしながら、彼女はその巨大な大剣を片手に地面に突き刺す。
特徴的な緑色の短い髪が揺れ、その特徴的な白い瞳がこちらに鋭く見つめてくる。...白い瞳、創作物においても珍しいものだろう彼女の大きな特徴だ。【アイビー】という植物をモチーフに創作された彼女は花言葉と同様に友情を重視する性格をしている。それは彼女のメインスキルにも表れていた。
〈友情は不滅〉そう彼女が呼んでいるメインスキルは彼女自身の心の表れ、大切なものを守るという願いからできた能力だ。手に握られた巨大な大剣は、いざという時に仲間を守るために選んだものだ。そういう、彼女たちの本音を知っているからこそ信じられる人間だと胸を張って信じることが出来る。
...だが、
「わたくしヤルマと申します。ミナミさん、貴女を探しておりましたの」
そう言って握手を求めるヤルマという少女を、私は信じることが出来ない。
握手を求める手を無視して彼女を見る。特徴的な明るい紫色の髪、人によっては青に見えるが私は元である花を知っているからこそ、明るい紫色の髪だと思う。【
そう、私は彼女が疑り深い人物であることを知っているからこそ、彼女を信じることが出来ない。いや、彼女も私も、互いに互いを信じることが出来ないのだ。そんな相手に背中を預けられるはずがないし信じることもできるはずがない。
「探していた、か。私は探される理由に心当たりがない」
疑いの目を向けながらヤルマを見る。
よく立ち絵で使われていた澄ました顔でこちらを見る少女はお嬢様らしい見た目だと思う。しかし、それでも彼女が何かしらの目的で私を知っていて、私を探していたという事実があまりにも不明確で警戒度を上げるには十分な理由をしていた。
互いの視線が交差する。
私はヤルマの瞳を、ヤルマは私の瞳を見る。一歩の譲らない視線の攻防は私たち以外に気づけるものはいない。
「えぇ、実はわたくし__」
「___241部隊、そろそろ出撃よ。準備しなさい」
「...はぁ、間が悪いこと。ミナミさん、話はあとで
「っ...そう」
教官からの言葉に、遠回しながら「あとで話をしよう」という少女の姿に違和感を覚えたのは私が彼女について多少なりの知識を持っていたから他ならない。
彼女はそんな性格をしていただろうか、目標があればソレに一直線に突き進むという性格をしているはずの彼女は教官からの言葉があっても止まるような常識を持ち合わせた人間だっただろうか。今目の前にいる目標の前に役割を果たそうとする彼女は、やはり大きく異なっている。
お前は誰だ?そう言いたくなる口を閉じ、サクラたちと歩き出したヤルマの背中を睨む。
何とも言えない嫌な予感。小さなズレの一つ一つが大きな歪みを生み出し始めている。紛れもない現状を表す事実が私にとっては重い真実になる。
この歪みは既に直すことが出来ないのだから、余計に重くのしかかる。
修正を図った241部隊員の話はあくまでこれからのものだ。未来という今後の行動で修正を図ることのできるイベントは、当たり前だがこれからの意識でその方向を調整できる。
しかしヤルマという少女の性格の変化は既に変わってしまったというこの変化は過去の出来事になるもの、つまり修正は不可能なのだ。いったい何故彼女が変わってしまったのかはわからないが、過去に干渉する能力なんて持ち合わせていないのだから彼女の性格を原作に合わせて修正するということは出来ない。人間は過去に戻ることが出来ないのだから当然だ。
「鬼が出るか蛇が出るか」
これから先にある漠然とした未来は、未だに想像することが出来ない。
今回はあまり語る内容がないです。
強いて言えば箱舟に関して
箱舟:人類の暮らしている巨大な船。なるべく地球と同じ環境を再現しているがそれらは200年経過した今でも不完全であり、すべてを再現しきれているわけではない。
一応、天気を操作するパネルが管理室には存在するが「自然な天気」を再現するために使用されることはあまりない。あったとしても大事な式典があるとき程度である。
___しかし主人公さん?サクラに対してデレデレすぎではないでしょうか。
PS.今更ですが、感想や評価ありがとうございます。自分自身ここまで伸びるとは思っていなかったこともあり不安になっていました。
今も不安であることに間違いないですが頑張ってみようと思います。
ただ、一定の場合になってしまった際はおそらく投稿をやめると思います。
この作品を書いていて思ったのですが、RTA系の小説みたいだなと少し思いました。目標は異なりますがある程度速度を求められるものですし。別に参考にしようとは思っていませんが、似てるなーと作者的に笑っていました。(RTA作品を読み漁りながら)