太平洋戦争開戦時から沖縄戦まで常にアメリカ海軍の最前線で苦闘を重ねた浮沈艦空母エンタープライズを艦娘化し、彼女の視点から送るダイジェスト形式の物語です。

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 オリジナル艦娘として個人クリエイトの艦娘エンタープライズが主人公ですが、本家にエンタープライズが実装されたらどうしたものか……そんな一抹の不安も抱えながら独自路線のエンタープライズの史実路線の物語です。


第1話

 マジェロ環礁に集った艦隊は彼女が知る中でも中々に大規模な数だった。

 後輩にあたる新造空母エセックス級や新造戦艦であるアイオワ級、ノースカロライナ級、サウスダコタ級、その他巡洋艦から駆逐艦に至るまで、開戦時とは随分艦隊の顔ぶれが入れ替わっていた。

 ああ、こんなにも艦隊は大きくなったのか、と彼女は飛行甲板の淵に立って環礁に停泊している大艦隊を見て溜息を吐く。

 一時期は自分は手負いにされて後送されただけでなく、アメリカ海軍の稼働空母が全て無くなる事態にまで陥った事すらあった。

 苦しい戦局の中、自分はサラトガと共に日本軍との激戦区ソロモン戦線を戦った。重傷を負い、艦も損傷し発着艦も出来ない自分から艦載機を陸上に揚げてでもアメリカ海軍は戦った。

 開戦から早くも三年。真珠湾への突然の奇襲攻撃から始まったこの戦争で彼女は仲間を大勢喪った。

 仲間だけではない。姉妹も。

 彼女、CV-6エンタープライズは上着のポケットに入れている二つのドッグタグを出して、それを手のひらで弄りながら眺める。

 

[CV-5ヨークタウン][CV-8ホーネット]と刻印された艦娘のドッグタグ。

 

 今亡きエンタープライズの姉と妹のドッグタグだ。

「姉さん、ホーネット、明日、私はやるよ。奴らに決戦を挑むよ」

 ドッグタグを握りしめたエンタープライズはギラギラと敵意を露にした目で空を見上げる。

 

 

 戦争が始まる前、エンタープライズは不穏な世界の中に立たされながらも、ヨークタウン級航空母艦の次女として仲間達と日々鍛錬に励んでいた。

 開戦前のアメリカ海軍空母艦娘全員で海軍のバーで一夜を過ごしたあの時をエンタープライズが忘れた事は無い。

 ヨークタウン、ホーネット、ワスプ、レキシントン、サラトガ、レンジャー。

 ビールを片手に和気あいあいとした飲み会をした夜。

 レキシントンが音頭を取る中、楽しく飲み会は進んだ。

 世界はどんどん戦争への道を歩み始め、エンタープライズは日々不安に駆られていた。

 盛り上がるヨークタウン、ホーネット。ワスプ、サラトガ、レンジャーを横目にビールを飲んでいたエンタープライズに「何シケた顔しているんだ」と酔いも入って上機嫌なレキシントンが絡んで来た。

「戦争が始まるかもしれない、と思うと不安なのよ」

 そう返すエンタープライズに、レキシントンは確かにな、と相槌を打ちながらもエンタープライズのビールジョッキに自分のビールジョッキを軽く打ち付けて言った。

「大丈夫さ。お前は戦争になっても生き延びるさ。私の勘がそう言ってる」

「勘頼りじゃ、不確定要素が大きいわよ」

 そう反論するエンタープライズにレキシントンはビールを飲みながら陽気に答えた。

「ま、あたしらは軍艦の艦娘だ。艦が沈むときはあたしらも沈み、死ぬ。戦争になって沈む時が来たらその時はその時だ。

 軍艦の定めさ。いや、兵士の定めかな。結局は運だよ。死ぬ奴としぶとく生き延びる奴がいる。

 それだけさ」

「そんなものなのかしら」

「そういうもんさ。でもな、何故かあたしの勘はよーく当たるんだ。だから、根拠が勘頼りでもあたしには分かる。ビッグEは沈まないってね」

「神の御加護と言うモノ?」

「神様と言うよりはあたしの御加護だね」

 そう言って破顔一笑するレキシントンに連れられてエンタープライズも微笑を浮かべた。

 

 それから間もなく、パールハーバー(真珠湾)への日本海軍の奇襲攻撃で、エンタープライズの恐れていた戦争が始まった。

 エンタープライズはヨークタウン、ホーネット、レキシントン、サラトガと共に太平洋を巡る戦争に挑むこととなった。

 日本海軍はパールハーバーを奇襲攻撃した後、東南アジアやインド洋で暴れまわり、アメリカ海軍とその同盟国海軍は成す術もなく敗走を重ねた。

 予断を許さない戦局の中、サラトガが潜水艦の攻撃で損傷・負傷し、後方に下げられた。

 頭数が一つ減ってしまったアメリカ海軍空母艦娘達にポートモレスビーに日本海軍が侵攻すると言う情報が入った。

 一矢報いてやろうとレキシントンとヨークタウンが迎え撃った。

 

 そして珊瑚海で日本海軍と交戦したアメリカ海軍は日本海軍を退ける事に成功するも、レキシントンを討たれ、彼女は戦死した。

 エンタープライズはその場にいなかった。全速力でエンタープライズも珊瑚海に向かっていたが、彼女が付く前にレディ・レックスと呼び親しまれたレキシントンは討たれ、姉のヨークタウンが艦と身体に傷を負って帰って来た。

 始めて出た空母艦娘の死にエンタープライズがその現実を受け入れるのに時間がかかった。

 あのレックスが死んだ。そんな馬鹿な、何かの間違いじゃないだろうか? 自室で茫然自失状態になる自分の前に傷だらけのヨークタウンが現れた。

 普段は優しいヨークタウンがその時は冷徹な表情で包帯を巻いた自分の身体を見ながら告げた。

「この傷が、レックスを殺した翼たちと同じ翼によってつけられた。現実を見なさい、レキシントンが生きらなかった分を貴女が生きなさい」

 叱咤する姉の言葉にエンタープライズは頷く事しか出来なかった。

 

 

 レキシントンが死んで間もなく、日本海軍はミッドウェーに押し寄せた。

 相手は空母が四隻。珊瑚海で祥鳳を沈めてやり、翔鶴と瑞鶴に無視できない損害を与えたとはいえ、相手は開戦以来負けなしのナグモ提督率いる赤城、加賀、蒼龍、飛龍からなる精強な機動部隊。

 対して、こちらはすぐに動かせる空母が自分とホーネットだけ。

 サラトガは潜水艦の攻撃で艦共々手負いで、ワスプとレンジャーは欧州におり、太平洋で破竹の進撃を続けている日本海軍のナグモ機動部隊に挑める空母戦力は自分とホーネットの二人だけだった。

 しかし、本来三か月かかると言われたヨークタウンの修理を三日間の突貫工事で海軍は終わらせ、足りない艦載機をドック入りしているサラトガから融通するなどして海軍はミッドウェーにヨークタウン級三人で挑ませた。

 エンタープライズは司令部に抗議した。まだ傷が完全に癒え切っていない姉を精強な日本海軍の機動部隊との戦いに投入するなんて無謀すぎると。傷の癒え切っていない姉を殺す気かと。

 彼女の上官でもあるハルゼー提督にも直談判しようとしたが、ハルゼー提督は病に倒れて病床におり、指揮権もなかった。

 ヨークタウンの部隊を指揮するフレッチャー提督に、エンタープライズは直談判を試みた。まだ傷の癒え切っていない姉を精強な日本海軍の機動部隊に挑ませるのは危険だ、とデスク越しに語気荒く迫った。

 一気に捲し立てる様にエンタープライズが反対を述べた後、フレッチャー提督は静かに後ろを見るよう促した。

 振り返ると包帯を一部解いたヨークタウンが立っていた。

「彼女自身が志願したのだ。空母ヨークタウンの作戦参加、これは君の姉の意思でもある」

「ビッグE。貴女の心配してくれる気持ちは嬉しいわ。姉として誇りに思うくらいよ。

 でもね、ここで日本海軍の機動部隊を食い止めなければ、ミッドウェーは落ちる。最悪、パールハーバーも。

 日本海軍はミッドウェーを足掛かりにしてパールハーバーを取りに来るわ。それは防がねばならないの」

「姉さん……」

 強い意志を湛えた目で見つめられたエンタープライズに反論する気力が無くなった。

 

 ミッドウェーを巡る戦いで、アメリカ海軍は幸運にも日本海軍の空母四隻を仕留め、勝利を果たした。

 しかし、この戦いに負傷の身を押して参戦したヨークタウンがパールハーバーに帰って来る事は無かった。

 取り逃がしていた四隻目の日本空母、飛龍の反撃を食らって損傷し、必死にダメコンで持ち堪えていたものの忍び寄って来ていた潜水艦に止めを刺された。

 姉が死んだ。その事実にエンタープライズが涙を流す暇もなく、日本海軍は新たな地、ガダルカナル島を戦場とした。

 エンタープライズはホーネットと欧州から戻って来たワスプ、それにサラトガと共に日本海軍と戦った。

 ガダルカナル近海は両軍の艦船や航空機が無数に沈み、鉄底海峡と呼ばれる激戦区となった。

 そこを巡る戦いでエンタープライズはサラトガと共に日本海軍の空母龍驤を仕留めたが、サラトガはまたしても潜水艦に手傷を負わされ、後送された。

 エンタープライズも日本軍機の爆撃で損傷し、負傷した。初めての手酷い手傷を負わされた事に軽いショックを受けながらも、治療と修理を急いだ。

 リハビリを急ぐエンタープライズを後輩であり、異母姉妹と言えるワスプとホーネットが宥める一幕もあった。

「焦り過ぎるなって、あたいがビッグEの分も働くよ。心配すんなって」

 松葉杖を突くエンタープライズをなだめるワスプが胸を張って代役を買って出る。確かに彼女の航空戦力は自分と引けを取らないレベルに強かった。

「今は療養の時です。焦っても傷は癒えませんわ」

 車椅子を転がしてサラトガも加わって、エンタープライズは病床に連れ戻された。

 病床で横になっていると、最期を看取る事も出来なかったヨークタウンの事を思い出した。

 不甲斐なく損傷し、負傷の身となった自分が無様に思えて、初めてエンタープライズは声にならない声で涙を流した。

 病床で鬱屈した日々を過ごすエンタープライズをワスプは時々見舞いに来てくれた。忙しい中、暇も見つけては先輩と茶化す様な敬称を付けて呼び、元気のない自分を励ましてくれた。

「傷が癒えたら、また一緒に艦隊を組もうな」

 絶えない笑顔でワスプはそう言って、出撃した。

 

 ワスプが潜水艦の攻撃で撃沈され、戦死した、と言う知らせが届いたのはエンタープライズがまだ病床から出られない時だった。

 また一緒に艦隊を組もうとにこやかに言っていたワスプが死んだ。

 その知らせを唯一動ける状態だった妹のホーネットが知らせに来た時、エンタープライズは信じられない思いだった。

 レキシントンもヨークタウンも沈み、そしてワスプも沈んだ。

 ホーネット一人しかもうこの時アメリカ海軍には動ける空母が無かった。

 日本軍は執念深くガダルカナル島に増援を送り込み続け、消耗戦は激しさを増していた。

 本国では新造空母と艦娘が練度を上げるために訓練と整備中だったが、とても間に合いそうにない状況だった。

 エンタープライズの修理と治療が終わると、彼女はホーネットと共に最前線に立った。

「ビッグE、ヨークタウン姉さんたちの分も生きるわよ」

「分かってるわ。日本海軍に十倍にして返してやるんだから」

 そう意気込むエンタープライズの肩に手を置いてホーネットは落ち着けと窘める。

「頭に血が上ってたら、沈む事になるのは貴女になるわよ。氷の様に冷静に、ね」

「翼とホーネットの言う通りの冷静なスピリットがある限り、私達は簡単には負けないわよ」

「分かってるじゃない。流石私のお姉さん」

 にこやかにホーネットは微笑み、エンタープライズも笑みを返した。

 

 ホーネットが死んだのはそれから間もなくの事だった。

 日本海軍の攻撃でエンタープライズの目の前で大破し、動けなくなった。ホーネット自身も重傷を負い動かせる状態ではなくなってしまった。

 大破し、航行不能に陥ったホーネットを助ける術が無く、共に戦い同じく手負いながら発着艦は出来たエンタープライズにホーネットは自分の艦載機の収容を要請して来た。

「一緒に帰ろう」

 もう誰も沈んで欲しくない。その思いからエンタープライズはキンケイド提督にホーネットを助けてほしいと嘆願した。

 しかし、日本艦隊の接近の報を前にその思いは無残にも却下され、ホーネットは処分が決まった。

 退艦したクルーの中に艦娘ホーネットの姿は無かった。

 そして、乗員達に抑えられるエンタープライズの見る中でホーネットの艦体に魚雷と砲弾が撃ち込まれた。

 

「やめて!」

 

 妹の艦体に突き立つ水柱と火炎に向かってエンタープライズは涙を流しながら絶叫した。

 既に致命傷を負っている筈のホーネットは、自軍の魚雷と砲撃に耐えた。まるで死への最後の抵抗を見せるかの様に。

 そこへ日本艦隊接近の知らせが入り、ホーネットを残してアメリカ海軍艦隊は撤退した。

 この海戦後間もなくホーネットは日本海軍の手で完全に撃沈されたと確認がとられた。

 

 ホーネットの死後、手負いエンタープライズの修理と治療を続けながらアメリカ海軍は戦い続けた。

 深手を負っていたサラトガは中々復帰できず、エンタープライズだけが負傷した身のまま一人で戦い続けた。

 ようやくサラトガが復帰して来た時、エンタープライズはボロボロだった。

 たった一人でガダルカナルの友軍を支援し続け、工作艦の支援を受けて現場修理で凌ぎ続けた。

 修理がなったサラトガと持ち場を交代する時のエンタープライズは、その身体に何度も巻き直された包帯に血を滲ませて虚空を見る目でサラトガとすれ違った。

「遅れてごめんなさい」

 ただ一言詫びるサラトガにエンタープライズは何も答えず、そのままアメリカ本国へ後送された。

 四年ぶりの本国で待っていたのは大規模な修理と改装作業だった。

 艦の修理と並行してエンタープライズのその場しのぎ塗れだったボロボロの身体の本格的な治療も行わた。

 久しぶりの祖国で修理と治療に当たる日々の中、エンタープライズは虚しい気持ちでアーリントン墓地を訪れた。

 弔われる遺体も無いレキシントン、ヨークタウン、ワスプ、ホーネットの墓碑を前に、花束を手向け、今はいない仲間、姉妹に思いを馳せた。

「レキシントン、ヨークタウン姉さん、ホーネット、ワスプ。もう戦争が始まってから生き残ってるのは私とサラとレンジャーだけよ……みんなで何を話しているの? 新しい翼の話? 海の話?」

 語りかける墓碑から答えが返ってくる事は無かった。

 

 

 エンタープライズの大規模改装と修理が終わったころ、アメリカ海軍は息を吹き返していた。

 エセックス級やインディペンデンス級と言った新造空母が続々と就役し、いつしかエンタープライズはサラトガと共に古参兵として、歴戦の空母として、新たなる後輩である彼女達の先導役となっていた。

 新しい顔ぶれが続々と揃う中には先に逝ったレキシントン、ヨークタウン、ホーネット、ワスプの名を継ぐエセックス級空母艦娘がいた。

 先代とは違う顔だが、名前は同じ。先代の顔と新しい二世艦艦娘とその顔を重ねながらエンタープライズは新しい後輩と共に艦隊の訓練を積んだ。

 エンタープライズが修理を受けている間、戦局はアメリカ優勢に傾いていた。

 日本軍は各地で敗走と撤退を重ね始め、アメリカ海軍はマリアナへと歩を進めていた。

 再建のなった一大機動部隊がマリアナへの侵攻に備え、マジェロの環礁に集結していた。

「この艦隊の姿を……みんなと一緒に見たかったわね」

 飛行甲板の淵に立って環礁に集結する大艦隊を眺めながら、今亡き仲間と姉妹に思いを馳せる一方で、日本海軍の事も考えていた。

 マリアナを取られる訳にはいない日本海軍も大規模な空母機動部隊を編成してこの戦いに挑もうとしていた。

 その中には開戦以来からの宿敵、翔鶴と瑞鶴もいるらしい。

 

「弔い合戦……となるかしらね。でも、私は負けない……私は、沈まない」

 

 ヨークタウン、ホーネットのドッグタグを握りしめてエンタープライズは確かな戦意を湛えた目で海上を見る。

 私は生きる。先に逝ったレキシントン、ヨークタウン、ホーネット、ワスプの分も生きる為に。

 生きなければならない。先に逝った者達の活躍と軌跡を語り継いで征く為にも。

 私は、絶対にこの戦争を生き延びるのだ。

 

「来い、日本海軍! 私は負けない、絶対に!」

 

 蒼海の海と空に向かってビッグEが吠えた。 

 

ー完ー




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