連作 『雨の日に』   作:あずき犬

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日だまりのベビーベッド(おしゃべりさんにはおしゃぶりを)

赤ん坊の泣き声が部屋に響く。

日が傾き、窓から差し込む光に目を覚まされたからだろうか。

 

散らかる狭い部屋の中。選択物が積み上げられた壁際。テーブルの上には、哺乳瓶や、食べさしの焼きそばが残る皿やペットボトル。

ゴソゴソと部屋の角で横になっていた母親が起き上がる。

 

最近、この時間が昼寝の時間になっている。

乱れた髪を撫でながら、母親は、ため息をつき、赤ん坊が泣くベビーベッドに歩く。

カーテンが閉じられた。急に暗くなった部屋。泣き止まない赤ん坊を見下ろす母親。

 

また、ため息をつき、テーブルの上に転がっているおしゃぶりを赤ん坊にしゃぶらせた。

満足したように笑う赤ん坊。

母親はその場に座り込み、俯いた。

 

 

今日は朝から雨。父親が赤ん坊を背負い、カーテンを開く。

窓の外は、叩きつけるような雨。

 

「雨が降ったらお仕事、おやちゃみでちゅよ」

 

顔を近づける父親。さっきまで笑顔だった赤ん坊が一瞬泣き出しそうな顔をする。

 

「そんな変な言葉、こわいよねぇ」

 

オシャレなコーヒーカップを机に並べる母親。

口を尖らせる父親。

満ち足りた笑顔で赤ん坊は父親の背中で眠った。

 

大工として働く父親は、晴れの日には朝早くから、夜遅くまで仕事に出かける。陰欝とした部屋の中、雨の日とは打って変わって、気分を曇らす母親。所謂育児ノイローゼだろうか。

父親の仕事の都合上、引っ越しが絶えない生活のため、なかなか地域に溶け込む事ができないらしい。

 

赤ん坊に罪が無いことは分かっているが、泣き声を上げる度に母親はため息をつく。

 

 

今日も朝から快晴。父親は窓に向かって手を合わせて仕事に出ていく。

散らかる薄暗い部屋。

ディスプレイには、幼児虐待のニュースが映っている。肩を落としてディスプレイを見る母親。

 

ベビーベッドの赤ん坊が、天井に手を伸ばし、なん語を呟く。

何度も、何度も。

短い両手で、何かを掴みとるように。

 

 

「随分よく喋るようになったなぁ。なにはなちてるんでちゅか?」

 

夜、仕事から帰ってきた父親が赤ん坊を抱き上げる。赤ん坊は、なん語を呟きながら、天井に手を伸ばす。

 

「ん、これでちゅかぁ」

 

父親は、窓際に天井から吊り下げられた、小さな白い物体に赤ん坊を近づける。

 

「てるてる坊主ですよー」

 

白い球体に黒の点で描かれた二つの目。

 

「それ、気に入ったのかしら。昼間もずっと見ているの」

 

夕食の準備をする母親がテーブルに皿を並べる。

 

「揺れるものが好きなんだろな」

 

仕事先でもらった物。願えば晴れるというてるてる坊主。今のご時世、あまり必要なものとも思えないが、仕事が早く進むよう。まあ、つまりは、出来るだけ工期を短縮して安くしてほしいって事だろう。

 

 

赤ん坊は天井のてるてる坊主に手を伸ばし、なん語を語り続ける。

晴れた日、陰欝な母親の背中で、日が差し込むベビーベッドの上で。

 

母親は不思議そうにてるてる坊主を手に取る。

間の抜けた顔。

窓枠から取り外して赤ん坊に近づけて揺らしてあげた。

ユラユラと揺れる間の抜けた顔と丸い体。笑う赤ん坊。

揺れるてるてる坊主と、手を伸ばす赤ん坊を交互に見つめる母親。

 

ああ、そうか。

 

頷いた母親はてるてる坊主を握り、赤ん坊を強く抱きしめた。

 

 

仕事から帰ってきた父親が、早速ベビーベッドに駆け寄る。

 

いない。

 

部屋を見回す。つけっぱなしのディスプレイ。いつもと変わらない風景。言い知れぬ不安を感じて、寝室の扉を開ける。

 

父親の足元に赤ん坊が頭をぶつけた。

 

「武司、はいはいできるようになったの」

 

部屋の向こうで、床に座り、てるてる坊主を振る母親が笑いかける。

 

赤ん坊が揺れるてるてる坊主に向かって、一生懸命、はいはいをして近づいてくる。

 

 

 

―― てるてる坊主。

正式名はお天気端末。

組み込まれた、万能解読装置が、あらゆる言語を電気信号に変換し、気象管理局に送信する。

 

 

つけっぱなしのディスプレイから声が流れる。

 

『みなさまのたくさんの要望により、気象管理局では、試験的に……』

 

 

長く続く雨。薄暗い外と対象的に、明るい笑い声が部屋に響く。

 

 

 

―― おしまい ――

 

 

【1637文字。三人称。物語の視点、どこにあったか分かりましたか。最後に気付いてもらえたら嬉しいです。ちなみに、『なん語』(“なん“は口に南と書きます)とは、赤ちゃんのバブバブ言葉の事です。私の端末では変換出来ませんでした。】

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