連作 『雨の日に』   作:あずき犬

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例えば最もおいしいビールの飲み方(効用逓減世界との付き合い方)

大講堂。

ミクロ経済学の授業が終わり、階段状の講堂から生徒が外に出ていく。

 

あっちこっちの大学を受験してなんとか拾ってくれた大学。興味も何にもなかったのに学ぶことになった経済学。

 

逓減する効用、需要と供給。

経済学の基本はすべてそこから始まる。

人の心を数値化したもの。グラフの中央で交わる二つの曲線のグラフ。余剰という効用の最大化。

例え話として教わった。

 

炎天下、道路工事現場の誘導アルバイト。

一日中働いた後、フラフラの状態で家に帰って飲むビール。まさに至高の一杯。これが需要最大、供給最低、効用マックスの状態。二本目の缶ビール、最初の一杯に比べたら、その感激は薄れていってしまう。供給が上昇し、効用が逓減することにより需要が下がる。

 

分かりやすい例え。

 

ノートを片付けて、リュックを背負い、講堂を出る。楽しそうに笑いながら歩く学生達。

講堂の建物を出ると、どんよりと重たい雲に覆われた空が見えた。

大声で話ながら歩く学生の集団を避けながら、一人、大学の敷地を出る。

 

地下鉄の駅に向かおうとしたが、交差点の角にあるファーストフード店から漂う匂いに釣られて、ハンバーガーとポテトフライ、オレンジジュースのセットをテイクアウトしていた。

 

交差点を渡り、こんもりと樹木が覆い繁る緑地公園に入る。

 

静かな石砂利の広場のベンチに腰掛けて、ハンバーガーを頬張る。

 

始めてハンバーガーを食べたのっていつだったんだろう。

小さかったころ、父親に連れられて、どこかの駅の中のお店で食べた記憶がある。この世のものとは思えないほどの美味しさに何度も連れていってとせがんだっけ。

 

あっさりとしたパンズにシャキシャキのレタス。脂っこいものが欲しくなり、フライドポテトを掴み口に入れる。やはり、一口目が一番おいしい。

食べつづけていると、脂で胃がムカムカしてくる。

ここぞとばかりにオレンジジュースを喉に流し込む。需要と供給。

ファーストフードのこの袋の中に経済の世界が見える。

 

雨が降り始めた。

空になった紙袋に雨粒が落ちて滲んでいく。

慌てて駆け出す人々。

 

私は空を見上げた。

 

初めての恋でした。

梢の隙間から雨粒が顔に落ちて来る。鉛色の空から、生まれて来る雨粒。

 

初めての失恋でした。

湿った空気に土の香りが混じる。

 

目に浮かんだものは、雨のせいなのか、それとも涙なのか、それは混ざりあって、もう、どちらでもよかった。

 

あの教授が経済学をビールの一杯に例えてくれてよかった。

恋愛に例えられていたら、最後まで教室に座っていられなかったかもしれない。こんなに、胸を焦がされて、こんなに張り裂けそうで、生きていくことすらどうでもよくなってしまうような恋はこの一回切りなのだろうか。

 

雨が強くなる。

雨に滲む緑地の広場を眺める。

 

緑地公園は昔、この国にまだ王様がいたころの、宮殿の跡だったらしい。

 

ふと思う。遥か昔の物語を読むと、恋した姫を手に入れるために命を捧げた神がいて、禁断の恋に焦がれて自ら死を選んだ恋人達がいた。

 

今、そんな話聞かない。

 

愛という言葉が軽んじられて、貞操感覚を失い、性が乱れているという。そんなことは一部の人、と私も思っていた。

でも、私を裏切った彼は当たり前の様に開き直った。

 

どうしてこんなに愛が空虚なものになってしまったのだろう。

 

 

逓減していく効用、そして需要と供給。

 

私達は、輪廻を繰り返してく内に、効用を逓減させているのかもしれない。

 

そして、いつか効用が無くなった時、人類は滅んじゃうんだろうね。

 

 

雨が強まる。

 

 

ビールの例えはホントに良く出来ている。

また働けば効用は最大化される。

 

オレンジジュースを飲み干した私は、残った氷をかみ砕きながら、地下鉄の入口に向かって走った。

 

 

―― おしまい ――

 

 

【1462文字。一人称。経済学は興味ありましたが、数学で挫折しました。らぐらんじゅ? そういえば小さいころ、母親が実家に帰る度に、父親にマ○ド○ルドに連れていってもらいました。SF成分が枯渇してきました。次こそはめいいっぱい“えすえふ“を】

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