歓楽街の裏路地、うず高く積まれたごみ袋に地面には無数のヤニと酒瓶。あまり長居したい場所ではない。早く仕事を済ませてしまおうと目的の場所へ速足で向かっていく。
少し開けた路地裏の喫煙所、その裏口から件の場所には行ける。情報は正しかったようで見張り役らしき体格の良い冒険者風の男がいた。
装備を観察するとなんてことはない。防具は急所だけに金属があてがわれている安物だ。得物も重さを嫌ってか足元に転がしていた。
「こんばんは、お兄さん」
仕掛け時は今と見た。物陰から相手の正面へ。
「誰だあんた。今日はもう客が来るなんて聞いてねえぞ」
怒気の帯びた声をあげながら不用意に近づいてきた。おまけにまこと都合のいい情報も提供してくれた。内心で感謝すると同時に腹部へ拳を叩き込む。
男は潰れた蛙のようなくぐもった悲鳴をあげて倒れ伏した。防具の上からでも内臓へ衝撃を叩き込む対人拳はしっかり効いたようだ。そのまま頭部へもう一撃加えて眠ってもらう。
扉に手をかけると鍵のかかっている感触が伝わってくる。どうやら中にいる人間は多少の防犯意識があるようだ。だが甘い。カバンから小型ドリルと金具を取り出す。
「ちゃんと金かけて魔法でロックしないとだめでしょ。」
詰めの甘さについ悪い笑みがこぼれてしまう。ドリルを使い鍵近くに穴を開ける。
「大枚はたいて静音の魔法をかけてもらってよかったな…。」
続いて細長い金具をあけた穴に差し込み少しいじってやれば、鍵の方から金具の動く音が聞こえた。サムターン回し完了である。
扉を思い切り蹴破ると中からは興奮剤代わりであろう甘ったるいお香の臭いが鼻を刺激する。効きはしないが不快だ。
「お盛んですね。みなさん。」
室内へ足を踏み入れると無数の視線がこちらを射抜かんばかりに向いてきた。
「誰だいあんた?ドアの前にいたやつはどうした。」
リーダー格らしき男が質問を投げるとともに目配せで武器を取るように部下へ合図を送る。なるほど自警団やギルドの捜査を躱すだけ能力があったのはこの頭あってこそか。そう分析しながら転がっていたゴミ箱を立て直し椅子代わりにおもむろに座る。
「俺は探偵でね。ちょっと人を探してたら、およそ半年前から長期遠征中の冒険者の家族が相次いで失踪してたことに気付いてね。なんらかの組織が裏で働いている…。そう考えて調査してみたらここにたどり着いたってわけ。しかしよく考えたよな『騎獣管理ギルド』の『ネスト』さん。あ、そうだ。安心してよ。門番は殺しちゃいないよ。」
本当によく考えたものだ。冒険者が遠出するとなるとどうしても大量の馬等の騎獣がいる。だが多くの冒険者は金銭的、物理的に常時大量の獣を飼うことはできない。そこで頼りになるのが騎獣を貸し出してくれるギルドな訳だが、まさかそこが人身売買の斡旋に手をつけるとは。
しかして中々どうして理には適っている。なにせ長期間留守にする人物とその家族(保証人)構成がわかるのだから。
「ほう、探偵さん…。そこまで調べたなんてあんた結構優秀だね。」
「もしかしてこの流れ、部下に勧誘されている?」
「ほざけ。てめぇは海に沈んでもらう。」
最低限の武装を済ませた部下たちがじりじりと囲むように詰め寄ってくる。
「その恰好、あんた本当に探偵さんなんだな」
「ああ。冒険者じゃないよ。」
先ほど門番の防具を安物と虚仮にしたが俺の格好は革ジャンにジーパン、得物は徒手空拳。もっと下だ。なにせ冒険者じゃない自分には彼らのように装備ができない。
だが、問題ない。構え、呼吸を整え、出方を伺う。
「はっ、傑作だな。そんな軽装でどうやって俺たちを倒すんだ?」
「いや、裸んぼの人に言われてもねぇ」
「…殺せ!」
号令と共に怒号があがり部下たちが一斉に向かってくる。すかさず椅子ごと後ろへ倒れ、下に仕掛けた閃光爆弾を起爆する。
体勢を立て直し、何人かに拳と足を叩き込みダウンさせる。
「落ち着け、円陣を組め!離れるな!」
視界を奪ってもリーダーの男は落ち着いていた。部下たちも彼の指示には常日頃助らているのだろう。信頼関係があり指示は即実行された。それが誘導されたともしらずに。
一か所に集められた部下たちを驟雨が襲う。それも筋弛緩系の毒液たっぷりの。一人、また一人と体の小さい順に倒れていく。残すは頭だけ。詰めに入る。
「おまえ…何しやがった…!」
幸運なことに後ろに控えていたためかリーダーの男は少し視力が回復し、不幸にも絶望的な状況を認識してしまったようだ。
『驚いた?声帯模写薬っていってね…。ま。君ら冒険者は知ってても一生使わないか。』
男が最後に聞いたのは心底自分を馬鹿にする自分の声であった。
事務所で目を覚ます。窓を見れば太陽はもう頂点まで登っていた。昨晩は自警団への引継ぎに相当な時間を要し、帰れたのは夜明けであった。最近は団長さんも少し話が分かるようになって幾分か早く帰れるようになったが、もう少し配慮してほしいものだ。
こんこんとドアの叩かれる音がする。やばい。室内を見渡せば昨日使った食器や捜査資料が散乱している。ちょっと待ってくださいと叫び、慌てて応急処置をはじめたる。
「おまたせしました!ようこそ探偵事務所へ!」
今日もいそがしくなりそうだ。