ハイネセンの眠り姫   作:伊藤 薫

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また、有名な登場人物を女体化して書きました。
わずかな時間でも楽しんでいただけたら幸いです。


本編


 自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)・首都星ハイネセン。

 シュロモ・ミンツはその日、たった独りで喫茶店《ハウス・カフェ・ブエナビスタ》をまかされていた。シフトは早朝からランチまでの8時間。午前中は店内がほぼ満席。亜麻色の髪をしたミンツは時どきハンカチで額の汗を拭きながら、店員として飲み物を作り、レジで代金を受け取り、ディスプレイケースからケーキを出した。テーブルを拭く暇がある時は狭い店内を歩き回っていた。

 カフェは決して大きい店ではない。10人掛けの楕円テーブルが1つ。4人掛けの角テーブルが2つだけ。実際には10人余りが入るだけで満員になってしまう。小さな店舗でも、毎日さまざまな客が訪れる。

 面接時に店長から聞いた話では、一番多い客はコーヒーや紅茶を飲みながら、隣の書店で購入した本や雑誌のデータを電子端末でゆっくり楽しみたいという人間だという。その評判にミンツは納得した。ただ、喉を潤すためだけにカフェに入って来る客も少なからずいる。

 隣の書店はハイネセンポリスでも指折りの大型書店になる。地下のフロアから数えると全部で10のフロアがあり、全て本の売り場になっている。かなり広い本屋なので、欲しい本を探すのに疲れてしまう客も多いだろう。以前、ミンツも1人息子のユリアンの誕生日に絵本を買おうとして広い店内をだいぶさ迷ったことがある。

 2時ごろ、店がようやく落ち着いてくる。ミンツはシロン産の茶葉で紅茶を淹れ、熱いうちに1杯飲んだ。相変わらず安っぽい茶葉だ。紅茶にうるさいミンツはそう思った。店主にもっと良い茶葉を勧めてみよう。

 カップを流しに置き、カウンターによりかかって休憩する。2か月前までミンツは同盟軍に勤務していたが、ストレス性の胃潰瘍を患って今は一時退役している。今日のようにたった独りで店をまかされる日は36歳の病み上がりにはいささか重労働だが、次の仕事が見つかるまでの辛抱だと割り切っていた。

 束の間の休憩時間に、ミンツは「フリープラネッツ・ヒストリカル・レビュー」を読み始めた。自由惑星同盟の歴史や軍事をテーマにした月刊誌である。ミンツはあまり歴史に興味が無かったが、母親がユリアンのためと評して定期購読を勝手に契約し、6歳の孫が見向きもしない雑誌を資源ゴミにするのが惜しくなり、自分が読むことにしたのだ。

 最近はミンツが個人的に面白いと思っている記事を追いかけていた。記事のタイトルは「指揮官たちのダゴン星域会戦」。執筆者はヤン・ウェンリー。姓名の表記が名前の前に姓が来るE式になっている。

 ダゴン星域会戦は宇宙歴640年―今から150年以上も前、同盟軍が銀河帝国軍を包囲殲滅して大敗させた戦いである。総司令官リン・パオ中将と総参謀長ユースフ・トパロウル中将のコンビによる勝利は小学生でも知っている話だが、彼らの手足となって艦隊を指揮した5人の提督―ウォード、オレウィンスキー、アンドラーシュ、エルステッド、ムンガイらの功績はあまり語られてこなかった。ヤンは諸提督の肖像を描き出すことを記事のコンセプトに挙げている。今回はアンドラーシュ提督に関する記事だった。

 書籍なら電子端末で読むのが当たり前になりつつある中、ミンツが紙の雑誌を手に取るようになったのは、ある女性客を特に意識するようになったからでもあった。きっかけは店で一緒にアルバイトとして働いている女子大生の一言だった。

「あの人、よく来ますね」

 同僚が示す「あの人」はいつも店の奥にあるテーブルに座る常連の女性客だった。彼女は隣の書店で買った本を片手にカフェでゆったり過ごす客になる。ミンツも何回か接客したことがある。たしかに、他の客とはかなり雰囲気が違う印象を受けた。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか」

「・・・紅茶。ミルクを1つ」

 落ち着いた声で上品な喋り方をする。いつも必ず紅茶を注文する。

「かしこまりました」

 彼女の髪はショートヘアだった。艶々した藍色。年齢はおそらく20歳かそれくらい。来店時間は決まって17時以降。いつも落ち着いた色合いのスーツを着て、足元はズボンだった。足元は黒い短靴。

「お待たせしました。ミルクティーです」

 ミンツが紅茶をテーブルに持って行く頃には、たいてい買ってきたハードカバーの分厚い本に夢中になっている。小説や雑誌ではない。おそらくは学術書だろう。これはミンツの勝手な想像だった。詳しい分野までは分からなかった。紙のカバーも掛かっていた。あまり客が読んでいる本を覗き見るわけにもいかない。

 今のご時世なら分厚い紙の本を夢中で読んでいる女性なら、どこでも興趣に尽きない話題になるだろう。ミンツも彼女が何を読んでいるのか興味こそあったが、しばらく彼女の読書傾向は謎のままだった。

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