ネイスミス・ウォードは一言といえば「優等生」である。士官学校を首席卒業した後は同盟軍内の要職を歴任し、階級も順調に駆け上がった。周囲からいずれは同盟軍総司令官や総参謀長の就任も間違いなしと思われていたが、極度のストレスから神経性の心疾患を患って長期休養を余儀なくされた。
・・・帝国軍を迎撃するに当たって、同盟軍統合作戦本部で総司令官と総参謀長の人選が行われた。ウォードは当然、対象者リストの最上位に名前が挙がっていたが、彼の健康を不安視した統合作戦本部長ビロライネン大将は総司令官にリン・パオ、総参謀長にトパロウルを推薦した。最高評議会議長のパトリシオはこれを認めた。ウォードは一介の艦隊司令官に甘んじることになり、順風満帆に思えた彼が味わった最初の挫折だった。
周囲の見方もさることながら、ウォードは名言せずともリン・パオを特に意識していたようではある。有名な一幕はダゴン星域会戦の緒戦時に早くも現れた。第5艦隊が敗退した後に開かれた作戦会議で、リン・パオはオレウィンスキーの失策を一言もとがめずにこのように発言した。
「戦術レベルでの敵の力量はよくわかった。正面から戦っては出血量が増えるだけだ。戦いはこのさい、なるべくさけたがいいな」
ウォードが眉をしかめて総司令官を見た。
「戦わなければ、なるほど、負けはしないでしょう。しかし勝つこともできませんぞ。敵が決戦を断念して撤退してしまったら、どうなさるのです?」
「それでいいのさ。吾々の目的は勝つことではない。負けないことだからな。敵の侵入を阻止さえできればいい。なぐりつけて追い返さなくても、敵が腹をへらして家へ帰ってくれれば重畳きわまりないさ」
ウォードは厳しい視線を相手に送った。水色の瞳は総司令官の覇気の欠如をはげしく非難していた。リン・パオは鋭利な視線を平然と受け止めている。ウォードは後に自分の非礼に対する総司令官の器の大きさに感服したと語っている。総司令官と付き合いが長いトパロウルなら「あれは鈍感なだけだ」とまぜっかえしたかもしれない。
「司令官に一つうかがいたいものですな」ウォードは言った。「勝つことと負けないこととは、どこかどうことなるのです?」
リン・パオは悠然と答えた。
「辞書をひくんだな。他人に訊いてばかりいたんじゃ勉強にならんよ」
この時、ウォードは無言で部屋を引き下がったとされる。だがリン・パオの視界から消え去るまでに床を3回、ドアを1回、音高く蹴りつける音が聞こえた。オルトリッチは回想録にそう記している。
・・・ウォードはダゴン星域会戦後も、第一線の指揮官として帝国軍と戦い続けた。宇宙歴642年に大将に昇進、646年に宇宙艦隊司令長官に就任する。その後2年ほどは大きな会戦は想起せず、648年に無傷で退役する。まだ43歳だった。1年間の休養の後、伝統ある私立大学の学長に就任する。大過なく1期3年を務めた後、生地である惑星パラスの知事に立候補して、1期4年を過ごして中央政界に転じた。660年に最高評議会で国防委員長の座を仕留める。同時に、過去の武勲の数々に対して元帥号を授与した。
・・・私人としてのウォードは多芸な男だった。文学や詩を嗜み、ピアノを弾き、風景画を描いて美術展に入選したこともある。心臓を患う以前までは夏は登山、冬はスキーを精力的にこなした。トパロウルはウォードを「何をやらせても、その道のプロになれる腕前を持った男」と評した。この言葉にはやや苦みを込めた好意が滲み出ている。多才多芸に甘んじて真の一流に達するための執念に欠けた男を惜しんでいるようであった。