ハイネセンの眠り姫   作:伊藤 薫

11 / 11
第5回:ヒュー・エルステッド

 ヒュー・エルステッドは小気味のいい戦術家だった。与えられた戦術的課題をよくこなして同盟軍の勝利に貢献した将星の1人として、ダゴン星域会戦では逃げる敵を追撃して戦力を削ぐ戦法に輝きを見せた。なお同盟軍では艦隊司令官に中将がその任に当たるとされているが、エルステッドは階級が少将だった。階級が少将のまま艦隊司令官に就任した経緯は以下のようになっている。

・・・出征前、エルステッドはハイネセンから急きょ呼び出された。辺境の惑星レムスで警備任務に就いていた彼は通常は9日かかる日程を1週間で、ハイネセンに到着した。統合作戦本部ビルで彼を待ち構えていたのは、統合作戦本部長ビロライネン少将と国防委員長ヤングブラッドだった。

 2人はエルステッドを呼び出した経緯を説明する。エルステッドはダゴン星域会戦に参加する第4艦隊司令官に推薦されていた。前任者のロバートソン中将は極度のストレスで心身ともに憔悴しきってしまい、戦局に対して悲観的になっていた。

「ロバートソン提督は解任せざるを得ない」ビロライネンは言った。「ところで、君は今回の出征をどう思うかね?」

「自由惑星同盟を守り抜くか、それで死ぬかでしょうね」

 2人はエルステッドをじっと見つめる。しばらく経った後でヤングブラッドは「その通りだ」と答えた。こうした経緯で、エルステッドは少将で第4艦隊司令官に就任した。出征のわずか4日前の出来事だった。

 おっとり刀でダゴン星域会戦に臨むことになったエルステッドは艦隊の錬成と自らの流儀を部下に教え込むため、常に最前線で連闘を重ねるよう指揮を執った。諸戦で帝国軍に挟撃された第5艦隊の窮地を救った敢闘ぶりから、リン・パオはエルステッドに特命を与えた。

「わが軍に地の利があるのは言うまでもない」総司令官は言った。「それを最大限に生かす手立てを考えてほしい」

 エルステッドは総司令官の特命に応えるため、検討を重ねた。ダゴン星域は三重の小惑星帯が太陽を取り囲んでいる。太陽は壮年期だが活動が不安定で、電磁波の発生量もきわめて多い。そこで彼が取った手法は自ら率いる第4艦隊の編制を変えることだった。小回りを利かせるため、艦隊の規模を半個艦隊まで縮小して戦艦などの重装甲艦を他艦隊に回す一方、他艦隊の軽巡洋艦や電子工作艦を第4艦隊になるべく集積させる。リン・パオは彼の提案を認めた。

・・・7月21日、同盟軍の攻勢はクライマックスを迎える。この日におけるエルステッドの功績はトパロウルが後に認めている。第4艦隊は帝国軍の側面と後背を「ねずみ花火のように飛びまわって」、その通信と心理を攪乱した。エルステッドが取った作戦とは軽巡洋艦で繰り返しヒットアンドアウェイを行って敵戦力を漸減しながら、電子工作艦で偽電波を流し続け、あたかも巨大な艦隊に包囲されているかのように見せかけるというものだった。

・・・宇宙歴654年、リン・パオは元帥号を授与して軍を退役する時、エルステッドも同じ時期に軍を退役した。退役時の階級は中将だった。その後は軍需企業の顧問役に天下りしたが、業績に対しては可もなく不可もない感じで貢献した。早々に軍を退役したこともあり、他の僚友に比較して表に登場することは少なかった。珍しくジャーナリストのインタビューに答えた際は以下のように述べている。

「本当に軍司令官と呼べる人物は、リン・パオ以外にいなかった」

 会戦前、エルステッドはリン・パオが総司令官に就任したことを聞かされた際に天を仰いだと言われている。会戦中に総司令官に対する考えが改心したようだが、その理由を周囲に語ることはついに無かった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。