第1回:アンドラーシュ
アンドラーシュは一風変わった名前の持ち主である。現代に遺されている同盟軍の公式文書でも下の名前である「アンドラーシュ」しか記載されておらず、誰かに姓名を尋ねられても必ず名前しか名乗らなかった。一説には、本当の姓名が銀河帝国で没落した有名な貴族のそれであり、フェザーン経由で亡命した経歴を隠そうとしていたとも言われている。
彼は万事が慎重すぎる人物だった。三次元チェスにせよ演習にせよ、とにかく自分の手駒が全て揃ってから、勝利を確信できないことには決して動かなかった。あまりの慎重居士ぶりに、寡黙で知られるムンガイでさえ、2人で三次元チェスを指している時にイライラして声を荒げたことがあるぐらいだった。幼い頃、自宅の近所で知り合った女性を生涯の伴侶とする際も、相手と双方の家族を10年以上やきもちさせた男である。なお、結婚後は妻の姓を前につけるE式風にリゲティ・アンドラーシュを名乗った。
・・・アンドラーシュ率いる第2艦隊では、指揮官を不安視する将兵は多かった。戦闘日誌を確認してみると、確かに慎重居士な彼らしからぬ荒っぽい行動や言動が目立つ。特に7月18日における行動がひときわ異彩を放っている。
この日の正午、同盟軍と帝国軍が正面から激突した。双方とも奇策を弄さず、帝国軍は凸陣形、同盟軍は凹陣形をとって砲戦を開始する。帝国軍は味方の損害に構わずひたすら前進を続けたが、その進撃を食い止めたのは第2艦隊だった。急進する帝国軍の右翼に砲火を浴びせたのである。帝国軍はこの側面攻撃が壮大な包囲殲滅戦の一環であると危惧したため、前進を停止して艦列を立て直した。後日、アンドラーシュはこう論評した。
「あのとき帝国軍は側面の損傷など意に介さず、前進をつづけるべきだったのだ」
彼は発言の真意を明かさなかったが、帝国軍の勝利を望んだと思われるような発言に国防委員長ヤングブラッドは苦言を呈した。さらなる問題は同日の総司令部に対する定時連絡でも起きた。陰気な総司令部の雰囲気に嫌気が差した彼はリン・パオとトパロウルに食ってかかったのである。
「貴官らは辞表を用意されよ。本職は遺書を懐中にするのみ」
この放言は瞬く間に第2艦隊に知れ渡った。艦隊司令官と長年の付き合いがあった副司令官のホルティ大佐はついに指揮官の気がふれたと思い悩み、頭を抱えた。
その実、会戦中のアンドラーシュは苛立っていたのである。会戦に出征する前日、彼は幼馴染に求婚を申し出た。彼にとっては熟慮を重ね、考えうる限り最良の時を選らんだつもりだった。彼は相手が当然、申し出を了承してくれると思っていた。だが、その予想はあっさり裏切られる。彼女から返事を待って欲しいと言われたのである。
会戦では指揮官個人の思いに構わず、アンドラーシュ自身に決定的な瞬間が訪れる。同盟軍は同月19日、G16宙域で「爆発的攻勢」に転じたのである。
7月21日、第7艦隊(ウォード中将)に左翼を衝かれた帝国軍が第2艦隊によろめきかかった。突撃するべきだった。そして彼は突進を命じた。勝利を確認した彼は黒ベレーを空中高く放り上げ、戦艦「マライタ」の艦橋で指揮官席から立ち上がって声を張り上げた。《猛将》アンドラーシュが誕生した瞬間だった。
『第一命令、
・・・アンドラーシュは僚友たちの中で最も長く軍に留まった。宇宙歴642年に大将に昇進。4年後、ウォードの後任として宇宙艦隊司令長官に就任する。就任して早々にオレウィンスキーに関係する問題の対処に追われるも、その後は帝国軍を相手に勝敗を重ねる。652年、元帥号を授与された。彼は《猛将》という綽名を体現するかのように、対帝国の最前線に立って寧日なき歳月を送った。