アーネンエルベの兎   作:二ベル

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アルフィアがクリスマスの歌を歌っているのを想像してしまったので。


番外
番外:聖夜祭のはなし


 

 

 

ふぅ、と白い吐息を漏らして雪景色に染まるストリートを歩く。

義母の形見のストールを巻き、コートの中に手を入れて、石畳に積もっては踏み固められて少し汚くなっている雪を蹴り飛ばす。

 

周囲に視線を巡らせれば、建物伝いにかけられているロープには怪物祭の時のように種類様々な『旗』が飾られていたり、小さな、ただ光るだけの『魔石灯』が飾られて都市内をいつもとは違う様式で静かに照らしている。神様達が言うには、『いるみねーしょん』というものらしい。

 

 

季節は、冬。

オラリオが雪景色に染まる頃、街並みが煌びやかに飾り立てられ、全ての方々が楽しみ、騒ぎ、歌う、年に一度の祝祭――『聖夜祭』が行われる。

 

大きな広場では、巨大な『クリスマスツリー』が設置されていて、『玉』『箱』『星』『リボン』『靴下』といった飾りがつけられ、これでもかと『いるみねーしょん』を巻きつけては照らし、ツリーの下には、大き目の箱が置かれている。ツリーは聖夜祭の象徴で、毎年ギルドが力を上げて飾り付けをしているのだと、アーディさんに教えられた。なお、箱は飾りなので中身は入っていない。中身を確認してガッカリする子供たちは必ず現れるのは恒例だし、男女のペアが夜になるとどこかへと消えていくのも……恒例だ。曰く、『聖夜祭』にして『性夜祭』だとか『聖なる夜』にして『性なる夜』だとか言われているらしい。

 

僕はそんないつもとは違う街の雰囲気を肌に感じながら、再び歩く。

【ファミリア】に入って初めての『聖夜祭』のことを思いだしながら。

 

 

 

 

×   ×   ×

【アストレア・ファミリア】加入当時

 

 

 

「ベルにプレゼントを贈るわ!」

 

「「「「…………はい?」」」」

 

 

外でしんしんと雪が降り注ぐ中、『星屑の庭』の団欒室では少女達が集っていた。

その中で薄い胸を大きく張って開口一番に思い付きで喋っているような提案をするアリーゼに対して、団員達は間を開けて首を傾げた。突拍子もないし、事前にそんな相談もないし、別に物を贈るのは悪いことではないけれど……と少女達は「急にどうしたの?」といった顔を隠しもせずアリーゼに向ける。するとアリーゼは、大きな溜息をついてから人差し指をピンっと顔の横に立てる。

 

「いい? ベルが【ファミリア】に入って初めての『聖夜祭』よ?」

 

「それが……何か?」

 

「リオン、あの子の歳はいくつ?」

 

「確か6歳かと」

 

「そう! 甘えたい盛りの可愛い私達の癒し! あのクリっとした赤い瞳に見つめられたら私達は一撃で撃ち落とされるわ! 胸を抑えたくなるのよ!」

 

「病気ですか? いい治療師を紹介しますよ、マリュー・レア―ジュと言うのですが」

 

病気はあんたの反応の悪さよ、とリューに対して若干の青筋を立てるアリーゼ。

マリュー当人は「あらあら、ちょっと見てあげましょうか?」なんてのんびりとした声音で言うが、そういうことではないし私は元気よ? とアリーゼは口元をひくつかせながら返す。マリューは【星灯りの聖母(デミ・ウィルゴ)】という二つ名に相応しく派閥内では唯一の治療師だ。治療師としての腕は語るまでもなく、広範囲回復魔法も使える彼女はまさしく派閥の生命線であり彼女さえ無事ならばどんな状況だろうが立て直せると言わせることができるほどだ。そんなマリューはニットワンピースを着用し深々と長椅子(ソファ)に座ってココアの入ったマグカップに口付けをしてからアリーゼに顔を向けて口を開く。

 

「アリーゼちゃんがいきなり突拍子もないことを言うのはいつものことだけれど、ベル君が6歳なのと『聖夜祭』に何か関係があるの?」

 

「そうそう、イマイチよくわからないんだけど……ほら、私達って今まで女所帯だったわけだし」

 

「そりゃあ、あの子は【ファミリア】の愛玩兎(マスコット)だけどさ? 異性のことなんて私達、碌に知らないよ?」

 

「股間に槍がぶら下がってるかどうかの違いでしょうに」

 

「「「「輝夜は黙ってよっか」」」」

 

「あいつにカツラをかぶせてワンピースでも着せてみたらどうです? よくお似合いかと思いますが」

 

「「「「やっぱ輝夜もっと喋っていいよ」」」」

 

マリュー、ネーゼ、リャーナときて、下ネタをぶち込む輝夜に仲間達は「ぶっほぉ!?」と吹き出しかけながら輝夜から発言の一切を禁じようとして、可愛い弟分を可愛い妹分に……なんて妄想をさせられて全てを許す。親が親だからか、素材はいいのだ。素材は。ましてや少女達の中でも一番化粧が上手く、雄よりもお洒落好きな女戦士(アマゾネス)は「あれは原石だよ」と言うのだ。少女達が、ならば女装させてみたいと思ってしまうのは仕方のないこと。

 

話が何度も脱線してしまうために小人族(パルゥム)のライラがやれやれ、と首を横に振ってから「で、アリーゼは何がしてえんだ?」と彼女の真意を問うた。

 

「昨日の晩なんだけど、お風呂上りのアストレア様とベルが話をしているのを聞いたのよ」

 

長椅子(ソファ)でアストレアに髪を拭いてもらっているベルは気持ちよさそうな声を漏らしながら、外がキラキラしているのはどうして? とか、大きな木にいっぱい物が……ゴミですか? などと「どうしてどうして? なんでなんで?」と聞いてはアストレアにそれは『聖夜祭』という行事なのだと教えられているのをアリーゼは聞いたのだ。あろうことか飾りをゴミと認識してしまったのにはズッコケそうになったが、まあ木にいろんな物がぶら下げられていれば不法投棄を連想してしまうのも無理はない……のだろうか?と自分に無理矢理納得をさせた。その後、改めてその会話の内容を思い出してアリーゼは思い至ったのだという。

 

「ベルは『聖夜祭』を知らないのよ! 別にオラリオじゃなくたって神様はいるんだから、似たような催しはあるはず! でも、ベルの世界って今まで滅茶苦茶狭かったわけでしょ?」

 

「まぁ……『大神』と【静寂】と【暴食】くらいしかコミュニティなかったわけだしねえ」

 

少女達にとって『聖夜祭』とは割と重要度が低いイベントでしかない。

何せ恋愛には無縁だし、いい男!と思えるような出会いもない。

ダンジョンに出会いを求めてみたところで、大概の問題は自分達で対処できてしまうので危機的状況を颯爽と助けられて「トゥンク!」なんてことも起こり得ない。起こり得たところで、「やあ君達、こんなところで会うなんて奇遇だね」と爽やかに髪を揺らす小人族(フィン)とか「何じゃ小娘共、こんなところで行き詰っておるのか? ハッハハハハ! まだまだじゃのう!」とドワーフ(ガレス)といった知己が出てくるだけだ。そんなの全然嬉しくない。なお、【フレイヤ・ファミリア】だとどうだろうか、と一度妄想してみたこともあったが、少女達はただイラッ☆とするだけだった。だってあの派閥、助けるどころか自分で解決できないくらいなら潜ってんじゃねえなどと暴言を吐きかねない人間がいるからだ。そもそも助けてくれるということがあったのなら、それそのものが異常事態だ。

 

兎にも角にも、カップルがハッスルだけのイベントなんて少女達からしてみればどうでも良いもので「どうしてこんな時にまで治安維持しなきゃなんねーんだコラ」とか「てめえらの股間の秩序も守ってやろうか」「オラァ、風紀が乱れてるぞぉ!」とか恋人たちに向けてパイを投げつけたい衝動にかられるくらいには、関心度が低いしできれば外出したくないイベントなのだ。なんなら魔石製品(マイク)を使って「今年のクリスマスは中止です!」と言ってやりたいし「今年のクリスマスはドドバス一色に染めてやる!ノーモアチキン!!チキンの代わりにドドバスを食べろ~!!」と言ってやりたくなるのだ。

 

そんなことをしてしまえば、少女達はいよいよ喪女に進む一方だが。

 

 

「それにベルってば、オラリオでの生活にようやく馴染んできたって感じだけど、環境の変化でよく体調崩したりしてたでしょ? だから喜ばせてあげたいのよ」

 

「なるほど、団長様の言いたいことはわかりました」

 

「なるほどな、確かにあれくらいのガキンチョからしてみれば環境の変化ってのはつれえ……つれえか?」

 

「辛いんじゃない?」

 

「私んときはそれほどでも…………だって天井からわけわかんねえ滴啜って、バレねえようにこそこそ生きて……悪い やっぱ辛えわ……」

 

輝夜がなるほど、と頷き、ライラが体調を崩すことが辛いのかとよくわからなさそうに首を傾げ、自分の境遇を思い出し、頭を抱え込む。仲間達は何かを察し、隣に座っているセルティやアスタがライラの背中を摩った。

 

「そりゃ 辛えでしょ」

 

「ちゃんと言えたじゃないですか」

 

「聞けて良かった」

 

「ネーゼ、セルティ、アスタ…… どうもな。私、おまえらのこと好きだわ」

 

「「「「ライラがデレた」」」」

 

やめろよ馬鹿野郎恥ずかしいだろ、とライラが頭をガシガシ搔きむしり、何度目とも知らぬ脱線を軌道修正。それで、考えはあるのか?というライラにアリーゼはニッコリと白い歯を見せてハッキリと言った。

 

 

「ないわ!」

 

「はい、解散」

 

 

 

正直に()()()()()()()()()ことをぶちまけたアリーゼに、全員が白け、ライラが解散を促し、わぁあああ、待ってお願い待ってくださいとアリーゼが絶叫した。私も男の子の喜ばせ方なんてわからないから皆で考えようと思ったのよ!と喚き散らす。

 

 

「殿方の悦ばせ方……と言われましても」

 

「輝夜、字が違う」

 

「リオン、お前脱いでリボンでも巻いてあいつのベッドで待っていたらどうだ? あいつ、金髪のエルフを見て瞳をキラキラさせていたぞ? クソが」

 

「今……クソが、と言ったか?」

 

「いいえ、なーんにも言っておりません☆」

 

「輝夜ちゃんにリオンちゃんも落ち着いて! 第一、ベル君はまだ()()()()()はわからないし早すぎるでしょう? ここはまず、『聖夜祭』で何をするのかを改めてリサーチするべきじゃない?」

 

「と言ってもなあ……カップルがやたら目につく日って認識が強いしなあ」

 

 

うーん、と頭を悩ませる少女達。

ここにきて、そもそも『聖夜祭』って何するの? という疑問へと至っていた。

結果、少女達は外出の準備をすると各々がそれぞれ顔の知れている【ファミリア】――知己やその主神へと助言(アドバイス)を貰いに行った。団欒室、その隅の方で一人読書をするベルの保護者(アルフィア)がいることに目もくれずに。

 

「騒がしい小娘共だ」

 

そういうアルフィアの口元は、わずかに笑みを浮かべていたことは誰も知らない。

2時間後、少女達は本拠に帰還する。

寒い寒いと手を摩り、暖炉の前で固まる少女達は互いの頬や首に冷え切った手を当てては悲鳴を上げて、暖を取り合う。そして、再び『聖夜祭』についての会議が始まった。

 

「ちなみに、ベルとアストレア様は?」

 

「【デメテル・ファミリア】の本拠にいたわ~。アストレア様とデメテル様がお茶してる横でアストレア様に寄りかかってうたた寝してたわ」

 

「じゃあ、まだしばらくは帰ってこないわね。それじゃあ各々、情報を交換しましょうか!」

 

「たぶん、ダブる可能性あるよ?」

 

「それはそれでいいのよ、ノイン。 要は、『聖夜祭』の時は何をすればいいのかって話で、ベルに……ちびっ子に何をしてあげるかって話なんだから!」

 

「同じ情報があれば確信も持ちやすい……では、言い出しっぺの団長からお願いいたします」

 

 

~アリーゼ・ローヴェル~

 

「私は【フレイヤ・ファミリア】に行って来たわ! とは言っても、お目当てはザルドなんだけどね」

 

アリーゼはベルにとっての叔父的存在―血の繋がりはない―であるザルドの元へと訪れていた。当初は【ロキ・ファミリア】にいるかと思っていたが、どうやらこの日も【猛者】をしごいていたらしい。突然、付与魔法《アガリス・アルヴェンシス》を纏って戦いの野(フォールクヴァング)に現れたアリーゼに誰もが唖然呆然。なんだこいつ、いきなり戦争でもはじめようってのか?と訝し気に武器まで構えられたがアリーゼはどこ吹く風。伊達にアルフィアを前に騒がしいだけのことはある、とザルドは内心関心を寄せた。

 

「ねえザルド、『聖夜祭』って何するのか知ってる?」

 

「………何?」

 

事情説明中(カクカクシカジカ)

 

「―――クッククク」

 

「な、何よ」

 

「いや、すまん……そうか、『聖夜祭』か。もうそんな時期か!」

 

「え、忘れるってこと……ある!?」

 

「忘れるも何も、俺達はオラリオに戻るまで4人で生活をしていたんだ、イベントがあろうが生活に変化が起こるわけでもない。ベルの誕生日を祝いこそすれ、だいたいゼウスが騒いでアルフィアが吹っ飛ばして台無しに終わる! ベルは気絶する! だから忘れても仕方がない!」

 

ハハハハハ! と笑う大男にアリーゼは「誕生日ぐらい気絶で終わらせないであげてよ」とベルに対して憐憫を感じた。一通りの事情を理解したザルドは『聖夜祭』といえば、といった感じでアドバイスを始める。

 

 

仲間達で情報を持ち得るのなら、俺は『食事』をアドバイスさせてもらおう。

『食事』は重要だ。

お前達は『聖夜祭』には何を食べる? いつも通り? 生きてて楽しいのか、お前達は。

……言い方を変えよう。『冬』といえば何を食べる? シチュー? ああ、それもいいな。 シチューやグラタン、極東なんかでは『なべ』というのをやるらしい。調理器具の鍋のことかだと? まあ、そうだな。それでいいだろう。そこに出汁を入れ、肉やら野菜やらいろいろ入れるらしい。最後には『米』か『麺』を入れて綺麗さっぱり食べきるのだそうだ。しかし『聖夜祭』ならば、シチューかグラタンのほうがいいだろう。

待て待て待て、「じゃあシチューを作ればいいのね!」で終わらせるな。

それだとただの『冬』の定番で終わる。

お前達が求めているのは『聖夜祭』にちなんだことなのだろう? ならば、シチューと別に一品くらいは追加しろ。そうだな……鳥肉だな。骨付きのもも肉でガブリとかぶりつく。こういうのがあると、『特別』感が生まれて記憶にも残り、季節が巡る度に思い出しやすいはずだ。

 

 

「なるほど……骨付きのもも肉ね……他には何かある? 要は、ちょっと豪華にすればいいのね!」

 

「あとは……そうだな、あいつは甘いものが苦手だから大して食わんだろうが、『ケーキ』だ」

 

「ケ、ケーキ!? い、いいの!? 食べても!?」

 

「逆にいつ、食べるというんだ……」

 

「ロ、ロロロ、ローソクはいくつつけていいの!?」

 

「いらんわ!」

 

 

~終~

 

 

 

「というわけで、マリューには骨付きのもも肉をガブッといけるように料理してほしいのよ!」

 

「ケーキは私も聞いたよ」

 

「私もです」

 

「同じく」

 

アリーゼの説明を聞き終え、マリューが「デメテル様のところで似たような話を聞いたような~」と何となく料理のイメージを思い浮かべ、ノイン、セルティ、アスタが同じことを別の所で聞いていたと手を上げた。

 

「私は普通の……イチゴが乗ってるのがいいんだけど皆は何がいい?」

 

「チョコレートがいいなあ」

 

「私はモンブラン」

 

「チーズケーキかなあ」

 

「皆バラバラね……じゃあ、カットされたやつを買うってことでいい?」

 

「アリーゼ、ケーキは『ぶっしゅどのえる』というのでは駄目なのでしょうか」

 

「ぶっしゅ………なにそれ、ケーキなの?」

 

「ええ、切り株の形をしたケーキで―――」

 

 

ベルの好み以前に自分達の好みを優先し始めた少女達。

リューがおずおずと手を上げてケーキの名称をあげると数人が首を傾げたため、リューは聞いてきた情報を皆に話すことにした。

 

 

~リュー・リオン~

 

 

「というわけでしてアンドロメダ、どうにかなりませんか?」

 

「なにがというわけでなのか小一時間ほど聞きたいくらいですが……何なんですか、貴方達は。私を困った時のお助け道具だと思っていませんか?」

 

「貴方の派閥は外で広く活動している。ならば知っていることも多いと考えました」

 

「もっともらしいことを」

 

 

カフェテラスでティーカップに口をつけてから白い息を吐くアスフィにリューは申し訳なさなど微塵も表に出さずに問うていた。場所は『豊穣の女主人』。どうしたものかとストリートを歩いていると偶然にも知己のアスフィを見つけたリューは、彼女を捕まえて尋問もとい、相談をしていた。『聖夜祭』とは何をすればいいのか、と。

 

「そもそも、何がしたいのです? 今まで貴方達にはそういった話はなかったはず……【ファミリア】の中で、めでたく男性と出会えた方が?」

 

それはおめでとうございます。と世間話をするような感じで言うアスフィにリューは首を傾げて「ええ、まあ、男性と出会いましたね。全員が」と返すとアスフィは口から紅茶を吹き出した。リューの顔はビチャビチャに。アスフィは変なところにでも入ったか何度も咳き込んで眼鏡がズレ落ちてしまっている。

 

「……アンドロメダ」

 

「い、いえ、すいません……いや本当に。え、というか、え、え……え? リオン、貴方もですか? その、男性と……?」

 

「? 何故そんなあり得ないものを見る顔をするのかわからない」

 

「あ、貴方に触れることのできる男性が……?」

 

「ええ、今朝も(頬を)撫でてきました」

 

「な、撫でッ!?」

 

若干、何か馬鹿にされているような気がしたリューは剣呑な眼差しを向けながら馬鹿にしないでほしい。こちらは恥を忍んで聞いているのだからちゃんと真面目に答えて欲しい。と言うとアスフィはごくりと生唾を飲みこみ、あの【疾風】のリオンに色恋が……いえ、しかし確かに彼女の言う通り、馬鹿にしていい話題ではない。ええ、ここは私の知りうる全てを出し尽くして彼女の力にならなくては。と真剣モードに切り替えた。彼女達のやり取りを遠目から見て、聞いていた女主人は彼女達が立ち去った後にこう言った。

 

「あのバカ娘共はどうしてああもすれ違いながら会話ができるんだい?」

 

と。

 

 

 

リオン、私がおすすめするのは『ケーキ』です。

それもただのケーキではなく『聖夜祭』では定番と言うべきかもしれないケーキ、そう、『ブッシュドノエル』。

どのようなケーキかと言われれば、切り株を模したものだとイメージしてもらえれば。こら、その木刀で木を伐採しに行こうとしない。

何故切り株なのかって? 所説ありますが……『聖夜祭』に燃やした薪の灰が厄除けになったから、樫の薪を暖炉で燃やすと無病息災になるという言い伝えがあったから、などと考えられているそうです。また、()()()()()()()()()が買えなかった貧しい青年が薪をプレゼントしたからなんて説もあるそうです。

まあどうせ、この辺りも神々が広めたものでしょうから本当かどうかはなんとも言えませんが……ほら、このお店にも『聖夜祭』限定メニューとして売りに出しているでしょう?

作れるのであれば作ればいいでしょうが、まあそこは人それぞれですね。

私は面倒なので買いますが。

では、そのリオン……お幸せに。

 

 

 

~終~

 

 

「というわけでして、定番らしいのでそれが良いのではないかと。シルにも『ノエル』っていいよね~と言われました」

 

 

ふふん、どうです私だって聞き込みくらいできるんですよ? と無表情に近いドヤ顔をかますリューに、誰もが思った。「めっちゃ勘違いされてねえか?」と。これ後日、アスフィに「おめでとう!」とか言われるんじゃね?と。

 

「確かにその手のお店でもその……のえる? っていうのを是非買って!って感じを出してたな。あれ、切り株だったんだ」

 

「ではケーキと料理は決定でよろしいのでは? 他の皆もだいたい似たような情報でしょう?」

 

ネーゼが腕を組んでうんうん唸り、だいたい全員が似たような話を聞いてきたのならもう良いのではと輝夜が言う。アリーゼは何か重要なことを忘れている気がする……としたところで、離れた位置から声がかかった。

 

 

「小娘共、そもそも『贈り物』と言っていなかったか?」

 

ピクッと肩を跳ねさせ振り返った先にいたのは、読書をしていたアルフィアだ。

彼女の座る長椅子(ソファ)、その横には既に5冊を超える分厚い本が置かれていた。

 

 

((((何時間読んでたのこの人))))

 

 

「アルフィアは……その、ベルに何かしてあげたことってあるの?」

 

「…………」

 

ぷいっと顔を反らすアルフィア。

ああ、ないんだなと全員が口にせず察する。

特訓というものをしたことがないから、勝手がわからんなんて言うくらいだ、贈り物をするとなってもそもそも何を贈ればいいのかわからないのだろう。才禍の怪物と言われど母親としてはまだまだレベルが低いようだった。

 

「りょ、料理とかしてあげたことh―――」

 

「ザルドにやらせていた」

 

「あ、遊んであげたりとk―――」

 

「ザルドにやらせていた」

 

「『聖夜祭』っぽいことh―――」

 

「やけに髭に飾りをつけたゼウスが鬱陶しかったからザルドごと吹っ飛ばしていた」

 

 

嗚呼っ、なんてことだ!

大神ゼウスはベルに『聖夜祭』っぽいことをしようとしていたんだ! だって聞いたもん! 『聖夜祭』の夜は長いお髭を蓄えたお爺様だか赤とか緑の帽子をかぶった配管工が煙突から不法侵入して枕元に靴下とか箱を置いて立ち去るって! 【アストレア・ファミリア】としては見逃してはいけない事案だから見回り強化しようかとか考えていたんだ! でも偶然出会ったミアハ様が「これこれ、それは実は身内だったりするものだ……ふむ、これは夢が壊れてしまうな。今のは聞かなかったことにしておいてくれ」とか言ってたもん! じゃあゼウス様がゼウス様なりにベル君に一年に一度のイベンドを決行しようとしていたってことじゃん! アルフィアお義母さん何してんの!?

 

皆の心の声が口から漏れそうなほどのあれこれがそこにはあった。

言ってもどうせ魔法的に黙らせられるから言わないけど!!

 

 

「じゃ、じゃあアルフィアも一緒にやりましょうよ! 【ファミリア】なんだし……そう、パーティ!」

 

「お前達だけでやれ。私は騒がしいのは好かん」

 

「いやいや、お前がいなかったら兎が気にするだろうがよー」

 

「……私はいつ死ぬかわからん身だ。私がいては思い出すたびに悲しむだろう。ならば、私は遠慮しておくべきだ」

 

「いつ死ぬかわからんのであれば、せめて最後の瞬間まで息子との思い出を作れ阿呆」

 

「そうよー、お義母さんのいない思い出のほうが寂しいわ」

 

「………」

 

 

少女達に言い含められていくアルフィア。

普段ならば【福音(ゴスペル)】と一言(ワンワード)で黙らせるところだが、ベルを出されてはどうしようもない。アルフィアは溜息をついて、ああ、わかったいればいいのだろう? と言うと少女達は笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、あとは皆でそれぞれプレゼントってことでいい?」

 

「全員があれこれあげると邪魔にならねーか?」

 

「全員で予算決めて何か一つあげるってこと?」

 

「武器の方がいいでしょうか?」

 

「あの子はまだ『恩恵』を刻んでいないぞ、馬鹿リオン」

 

「ですが、男の子は『刀』などを好むと……」

 

「怪我したらどうするのよ」

 

「む………」

 

「そういえば、派閥内で『プレゼント交換』っていうのをするらしいけど?」

 

「うーん、魅力的だけど今回はナシ! 今回はあの子のためにするの! でもそうね、寝込みにやるのがいいのよね?」

 

「なんか違くねーか? いや、言いたいことはわかるけどよ」

 

「枕元に置いておくんだっけ? 靴下」

 

「誰のをあげる?」

 

「「「「誰の?」」」」

 

どうして靴下なのかわかっていないのは全員だった。

なんかそうらしいと聞いてきただけで、その理由は不明。

だからだろうか、アリーゼが「脱ぎたてでもあげるの?」と首を傾げ、アルフィアの機嫌がわずかに悪くなった。

 

「ま、まあ……そうね、買物行った時にひょっとしたらわかるかもしれないわ! だからそうね……うん! アルフィアはアルフィアで、私達は私達【ファミリア】からってことでプレゼントを用意しましょう!」

 

「「「「了解」」」」

 

 

結局のところ、何を贈ればいいのやらと買出しに出た少女達は『トナカイ』を模したらしい着ぐるみのパジャマを見つけ「これだ!」と即購入。店員に事情を説明するとアリーゼ達にもわかるように説明してくれて、大き目の箱に梱包、ラッピングをして渡してくれた。主神のアストレアにも事情を説明するとベルが寝静まったら教えてくれると言ってくれたため少女達はその日、『さんたくろうす』なる髭を蓄えた老人が着ている戦闘衣装(バトルクロス)―女性用にデザイン変更されたもの―を着用し、【アストレア・ファミリア】の『聖夜祭』が行われた。

 

 

「くーりすますが、今年も、やってくる」

 

「待て待て待て待て!?」

 

「怖い怖い怖い怖い!?」

 

「楽しかったっ」

 

「あれ……走馬灯が……」

 

「出来事をっ」

 

「ア、アルフィア、落ち着いて欲しい……! 貴方のサンタ衣装を用意したのはアリーゼだ! 何故貴方のスリーサイズを知っているのかはわからないが、私達は悪くない!」

 

ジェノスアンジェラス(消し去るように)

 

「ごめんごめんごめんごめん!! でもお風呂でばったり裸のアルフィアを見た時、うおっ、えっろい身体とか思っちゃったんだから仕方ないじゃない!」

 

 

女神アストレアからは、手編みの手袋が。

少女達からは『トナカイ』のきぐるみパジャマを。

そして、アルフィアからは。

 

 

「おかあさんにプレゼント」

 

とベルがアストレアと共に買って来たらしい『ストール』を渡され、結局何を上げればいいのかわからなかったアルフィアは自分が使っていたストールをベルに交換する形で贈ったのだった。お古ではあるが、ベルは非常に喜んだ。なお、ザルドはガチでつけ髭をつけ、窓から侵入しようとして、はしゃぎすぎて疲れて眠ってしまったベルの寝顔を見に来たアルフィアに見つかり迎撃された。

ザルドからのプレゼントは『恩恵』のない子供でも持てる模造剣だった。

翌朝、枕元にあった模造剣ときぐるみパジャマの入った箱を抱えて団欒室にやってきたベルを見て少女達とアルフィア、そして女神はほっこりした顔をするのだった。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

白く染まったストリートを進んでしばらく。

僕は冒険者墓地に足を運んでいた。

正確に言えば、冒険者墓地から奥に進んだ場所で、木に隠れているような知っている人しか知らないようなそんな場所。

 

「久しぶり、お義母さん」

 

廃教会を大切な場所だと言っていたお義母さん。

だからそこをアストレア様は土地ごと買ったけれど結局お義母さんはそこを墓場にすることを良しとはしなかった。曰く、「大切な場所だからとそこを墓場にしてほしいわけではない」らしくて良く分からないけれど、僕が来るたびに悲しむんじゃないかとお義母さんなりに気を遣っていたのではとアストレア様は言っていた。けれど、やっぱりお義母さんはお義母さんで天に還っても騒がしいのは嫌だというのだから、沢山のお墓があるこの場所でそれでも離れた位置にお墓をというのはきっと妥協なのだろう。

 

膝を曲げて今年も来たよ、とずっと大切に持っているストールに手を触れて初めての『聖夜祭』のことを思いだす。着ぐるみ姿の僕を見て、アリーゼさん達は「きゃーきゃー」言っていたし遊びに来たアーディさんには「持って帰るね!」と言われて抱きかかえられたっけ。珍しくお義母さんも怒らなくて優し気に微笑んでたのを覚えている。

 

 

「ベル、ここにいたの?」

 

「……アストレア様」

 

声がして、振り返ると麗しの女神様。

白の衣の上からコートを羽織る彼女もまた白い吐息をして、どうしたんだろうと首を傾げる僕に貴方が帰ってこないから迎えに来たのと僕の隣に腰を下ろす。お義母さんのお墓を見つめて、何かを想っている。でも、神様にとってはこういった行為は真似事でしかなくて意味はきっとない。

 

「意味ならあるわ」

 

「?」

 

「ここに来れば、アルフィアにベルが来年も元気でやっていけるように見守っていてとお願いできるでしょう?」

 

それに、貴方がランクアップする度に私は報告するのだから、お墓がなかったらそれすらできないわ。とそういうアストレア様に確かに、と僕は頷く。冷えた手を僕の襟に入れて僕に悲鳴をあげさせて悪戯な笑みを浮かべた彼女は立ち上がると僕に手を差し伸べてくる。

 

「さ、帰りましょう? アリーゼ達が待っているわ」

 

「はい、アストレア様」

 

手を取って、立ち上がって墓場を後にする。

最後に振り返って一言。

 

 

「お義母さん、メリークリスマス」


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