アーネンエルベの兎   作:二ベル

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カオスです。


アイズもフィンもリヴェリアもこんなこと言わねぇよだったらごめんなさい。


アルフィアはもういない①

 

 

 

 アルフィアの死去より早3日。

【アストレア・ファミリア】は1日間を開けて、本日より活動を再開させた。太陽は既に昇り、『星屑の庭』に彼女達の姿はない。昨日までいた人間がある日を境にいなくなると、ぽっかり穴が空いたような感覚に陥るがそれはアルフィアでも同じだったらしい。彼女がいたころはあまりにも五月蠅くすると「喧しい」と言って本拠内をその二つ名同様に静寂に包みこんでいたというのに、今やその静けさは不気味なほどだ。

 

 ベルはと言えば、死去した翌日もアルフィアが「実は昨日のあれは悪い夢だったのでは」と本拠内を走り回って義母を探し回って、本当に死去して(いなくなって)しまったと理解してポロポロと涙を零して眷族(アリーゼ)達に「ど、どうやって励ませば…」とオロオロさせた。そして3日目の今日、前日よりも多少明るさを取り戻してはいるように見えたが、どう見ても無理をしているようにしか見えないし、時々聞こえてくる時刻を知らせる鐘楼にベルは勘違いをしてしまうものだから少女達は言葉を詰まらせた。

 

 本拠にアストレアとベルだけになり、アストレアは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院にベルの定期健診に行った。これはアルフィアの遺言でもあったからだ。彼女とベルの実母は生まれつき不治の病を患っていた。ベルにその兆候はなかったとはいえ、心配だったのだろう。治療院で働く治療師の少女にアストレアが知らないところで頼み込んでいたようで顔を見るなり彼女はそれはもうベルのことを気遣ってくれたのだ。

 

「食事はちゃんと取られていますか?」

 

「昨日は夕飯を少しだけ。一昨日は眠ってしまって食べていないわ」

 

「『恩恵』があるので多少大丈夫でしょうが・・・食べない状態をそのままにすることだけは避けてください。アルフィアさんと同じ病を患っていないとはいえ、健康的な生活を送れなければ誰でも病気になりますので」

 

「ええ、わかっているわ・・・それで、健診の結果は?」

 

「いつも通り、問題はありませんよ。健康そのものです」

 

「そう・・・ありがとう」

 

 

 そんなやり取りを終えて昼頃に再び本拠に戻って昼食をとり、本拠内を掃除する。

ベルはそんなアストレアの後ろにくっつくように、トコトコ、トコトコと付いてきてアストレアが立ち止まれば彼女のスカートを小さな手で握りしめてくる。ベルに目を向けて見れば、いかにも寂しそうな目で見返してくるのでアストレアはいろいろやばかった。胸のあたりがキュゥゥンと音が鳴っているような気さえしたほどだ。

 

「どうしたの? ソファでくつろいでくれていていいのよ?」

 

「・・・・アストレア様もいなくなっちゃったら、いやだ・・・だから、捕まえてる」

 

「・・・そ、そう。でも、私はいなくなったりしないわよ?」

 

「・・・・・・うん」

 

なんならスカート越しに足に抱き着いてくるのだから、庇護欲をくすぐられてアストレアはいろいろもう危なかった。一通りやれることも終えて、ソファでくつろいでいると気持ちのいい風が吹いて『膝枕してもらいながらヨシヨシしてもらいたい女神No.1』のアストレアの膝を当然のように枕にして横になるベル。アストレアは欠伸を零してから、ベルの柔らかい髪を梳くように撫でてから部屋で昼寝でもしましょうか。と言って神室のベッドで昼寝をすることにした。

 

 

 

 

「・・・・どうしましょう」

 

 

―――というのが、先程までのことだ。

アストレアは非常に焦っていた。抱きしめて眠っていたはずが、起床して体を起こすと、なんとベルがいなかったのだ。眠っていたのはせいぜい1時間程度で、きっと本拠内にいるはずだ、1人で出かけたこともないのだからと眷族達の部屋も含めて探し回ってみるも見つからずアストレアは嫌な汗を頬から滴らせた。嫌な予感がして、身支度を整えて、本拠を飛び出す。しばらくして彼女が見つけた時にはベルは治療院のベッドの上にいた。

 

 

 

×   ×   ×

【ディアンケヒト・ファミリア】治療院

 

 

「―――と言うのが、私が聞いた大まかなことの経緯です」

 

 額に青筋立てる人形のような少女――アミッドが「おかしいですね、定期健診は今朝したはずですが」と若干皮肉交じりに対面するアストレアに説明してくれる。

 

 何があったのかと言えば、こうだ。

ストリートを北上するベルを偶然にも見つけたダンジョン帰りの金髪金眼の幼女――アイズ・ヴァレンシュタイン(9歳)は、「ベル・・・1人でどこ行くんだろう」と尾行を開始。それから少しして、『派閥』の用事をすませただろう2人の男女――アナキティ・オータムとラウル・ノールドが『男児を尾行する幼女』というこれまた意味の分からない光景を見かけ、首を傾げ、尾行を開始。『全自動怪物爆散マシーン(キリングドール)』は問題児だ、それが何かやらかすのでは・・・と若干、頭を痛めるリヴェリアの姿が脳裏をチラついたが故だ。

 

 トコトコ、トコトコ、と小さな体を北に向けて進めるベルの真後ろまで追いついたアイズは「ベル、何してるの?」と声をかけたところでベルは体を大きく揺らして足を止めアイズのことを認識する。【アストレア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】は決して敵対しているわけでもなくむしろ協力的な関係をもっているため、以前よりアイズはベルのことを認知していた・・・というか保護者達によって紹介されていた。「良い友人関係にでもなれば」と。アルフィアなりに自分がいなくなった後のことを考えて歳の近い子供を会わせてみただけではあったが、とにかくアイズはベルとは初対面と言うわけではなかったしいつもアストレアか『派閥』のお姉さん、或いはアルフィアと一緒にいるのを見ていたために「1人で何しているの?」と思ったのだ。特段2人は長い会話をしたわけではない。けれど、言葉足らずなせいで事件は起きてしまった。

 

 

「・・・・おかあさん」

 

「?」

 

「夢だって思ったけど・・・死んじゃったんだ・・・」

 

「・・・・」

 

「僕のことぎゅっとして、眠っちゃって、もう・・・」

 

「・・・・・・そっか・・・・・・・・・・()()()()()

 

 

ちゃんと見送れてよかったね。悲しいけど、お別れできてよかったね。アイズは自分とは違ってちゃんと看取ることができたことや、『冒険者』にしては幸福な死を迎えられて良かった――とこれが16歳のアイズであればそんな風にもう少しうまく言うことができただろうことを、言葉足らずが災いして、ベルを勘違いさせた。帰ってきたのは、拳だったのだ。ベルよりも器を昇華させているアイズには何のダメージもない、けれどその拳には悲しみだとか怒りが確かに籠っていた。頬に拳が食い込んだままベルのことを見たアイズは「どうしてそんなことするの」とモヤモヤと形容しがたい黒いものが浮上して、ベルが泣いていることにも気が付かず、考えるよりも先にアイズはやり返していた。

 

Lv.4間近の幼女が、『恩恵』を授かっただけのベルを殴ったのだ。

離れた距離で尾行していたアナキティとラウルはその光景を見て血の気が引き、大慌てでアイズを止めベルを救出に向かった。馬乗りになってなぜか涙を零して意識を失っているベルに拳を落すアイズを次の瞬間、一陣の突風が吹き飛ばす。

 

 

「【戦姫】・・・・貴様ぁああああ!!」

 

「【疾風】!?」

 

「え、ちょ、えぇ!? アイズさんが吹っ飛ん・・・蹴ったんすか!?」

 

 

どうやらリューは都市民が「あそこで白髪の男の子が!?」という悲鳴を聞きつけ駆け付けたらしい。視界に入った光景を見て怒り心頭になった彼女はベルの上にいたアイズを蹴り飛ばした。暗黒期以来の『女児蹴り』にラウル達はさらに血の気が引いた。彼女はラウル達の声を聞くと復讐者にでもなったかのようなきっつい視線で睨みつけ「これは【ロキ・ファミリア】からの宣戦布告か?」と木刀を向けてくる。必死に「違うわよ!?」と弁解していたところにさらに悲鳴を聞きつけたアリーゼがやってくる。

 

 

「ちょっとリオン!? また『女児蹴りのリオン』って言われるわよ!?」

 

「クラネルさんが殺されかけた! 彼を助けるためなら恥などいくらでもかく!」

 

「状況がわからないからちょっと落ち着きなさい! 【超凡夫】がチビってるじゃない!」

 

「チビってないっすよ!?」

 

「ちょっとそれよりも早く2人を治療院に!? ってアイズは普通に立ち上がってるから・・・回復薬(ポーション)で大丈夫・・・かしら・・・?」

 

「そ、そうよ・・・うん! ベルを治療院に! 【貴猫(アルシャー)】は保護者に報告してきて! 治療費ふんだくってやるわ!」

 

「いや、報告はするけど・・・最後の方は隠しなさいよ!?」

 

「【疾風】、とにかく落ち着いて!? 余計状況が悪化するっす!?」

 

 

 そうしてアリーゼがベルを抱えて治療院に、アイズは気が動転して「ふぅーっ、ふぅーっ!」とまるで威嚇する猫のように、アナキティは『黄昏の館』に大急ぎで走り、目まぐるしく変わる状況に狼狽えまくるラウルは魔力さえ迸っているように見える金髪のエルフを必死に落ち着かせようとして、つい、うっかり肩に指が触れてしまい「触るな!」と投げ飛ばされた。「厄日っすー!?」とは彼の悲鳴だ。そうして『黄昏の館』に急行するアナキティがベルを探し回るアストレアを見かけて治療院にやって来たのだ。アミッドから一連の流れを聞いたアストレアは頭が痛くなった。既に目が覚めたらしいベルはアミッドにくどくどと「勝手に1人で外出してはダメでしょう」と注意され2人して何やら作業をしている。アミッド曰く、気分転換らしい。

 

「ベルさん、もう少しノズルを奥へ」

 

「入口、せまくてはいらないよ」

 

「いいえ、広すぎると溢れてしまうので・・・こう、ぐいっと奥までいってください」

 

アミッドはやたら長い布袋を両手で持ち、ベルが『魔石製品(そうじき)』の極細ノズルのようなものを切り込みに差し込んでいた。アストレアはふぅーととりあえずベルが無事・・・いやまぁアミッドのおかげで回復したけれど、とにかく誘拐とかじゃなくて良かったと努めてポジティブに受け止めて夕日の混じった空を見上げて天で【ジェノス・アンジェラス】しかけていたかもしれないアルフィアに「貴方の義息子は無事よ』と心の中でそんな言葉を送り、紅茶で喉を潤した。

 

「あ、すごい・・・いっぱいはいってく」

 

「ええ、もっといっぱいください・・・角度を変えるといいですよ」

 

「・・・こ、う?」

 

「はい・・・お上手です。中にいっぱい・・・ぱんぱんにしてください」

 

 

――会話の内容だけ聞くと、なんだかなぁ・・・と思ってしまうわね。

 

 

幼い男児と少女のやり取りに視線を戻してアストレアはそう思った。

なんなら廊下から【ディアンケヒト・ファミリア】の眷族達だろうか―――ひそひそとした会話まで聞こえてくるほどだ。

 

 

「ほ、ほらやっぱり・・・・アミッド様とベル君は許嫁なんですよ!」

 

「そ、そんな・・・まだ子供なのに・・・もう子作りを・・・ッ!?」

 

「生前、アルフィア様は言っておられました・・・「息子をよろしく頼む」と・・・つまりそういうことなんですよ!」

 

「先ほどから、「もっと奥に」とか「ぱんぱん」とか・・・嗚呼、俺達のアミッドさんが!?」

 

「ですがあの【静寂】のアルフィア様が「よろしく」と頼んだのですから・・・アミッド様もまんざらでもなさそうですし、私達にできるのか2人の関係をよりよい方向に舵を取ってあげる事・・・! それが年上としての務め!!」

 

えいえいおー! などと言う男女それぞれの声にアストレアは溜息を吐いた。

「息子をよろしく頼む」とはアルフィア自身を蝕む持病も相まってベルの身を案じたがための「ベルの体をこれからも診て欲しい」という意味合いだ。なにより未だ未熟とはいえ将来有望であろうアミッド以上に信頼のおける治療師をアルフィアは知らない。同じ人間にこれからも診てもらえるなら診てもらいたいというのが親としての気持ちだったのだろう。ましてやベルはまだ10歳にもなっていない身、そこで恋愛云々についてアルフィアはそこまで考えてはいなかった。「こいつは金髪妖精に憧れてたのか・・・? でも大和撫子もいける口・・・か・・・? おのれゼウスめ、余計な洗脳(きょういく)を・・・」とか「女神好きすぎでは?」とか思ってはいただろうが。兎にも角にも【ディアンケヒト・ファミリア】の団員達は盛大な勘違いをしているようであった。

 

 

「貴方達2人は・・・何をしているの?」

 

「・・・いえその、以前新薬の調合をしている間に3日目の朝を迎えた際に」

 

「3日目の朝を迎えた・・・・?」

 

何をしれっとこの少女は徹夜してました宣言をしているのだろうとアストレアは思った。ディアンケヒトは何も言わないのか、とも。

 

「ふと・・・クッションに顔を埋めた際に全身をこれに包まれたら体力回復が見込めるのではないか、と思いましてより細かい粒を・・・・あ、ベルさんズレてます零れてます」

 

「わわわっ」

 

サイズにして大の大人が飛び込んでも問題なさそうな180C(セルチ)の円柱型のクッション。差し込まれたノズルからサラサラと細かな粒が流れ込んでいる。それがパンパンになるとアミッドはノズルを抜き取り、ジッパーを閉めた。

 

「ふふ・・・試作品を廊下に置いておいたのですが・・・ディアンケヒト様がダメになるほどでした・・・ベルさんもこれでぐっすりですよ」

 

「・・・・くれるんですか?」

 

「ええ、あげましょう・・・ですので元気を出してください」

 

 

アミッド命名、『Amigo(アミーゴ)』。

神をダメにするソファである。

ベルは自分の体よりも大きなそれに深々と顔を埋めてアストレアのことをチラリと見てくる。勝手に本拠を飛び出したことについて申し訳なく思っているらしい。アストレアがベルに苦笑しながら見つめ返すとベルはクッションの陰に隠れるのでアストレアは回り込む。時計回りでくるりくるりと1本の柱――ではなくクッションではあるがちょっとした追いかけっこになっている光景にアミッドは苦笑し、やがて反時計回りに動いたアストレアに両脇を掴まれたベルは小さく悲鳴を上げて持ち上げられた。ニッコリとした笑みを浮かべるアストレアに対してベルはもにょもにょと口元を動かしてから小さく「ごめんなさい」と謝った。

 

 

「目が覚めたらいなくなっているものだから驚いたわ。探し回っていたら治療院に運ばれているし・・・どうして出て行っちゃったの?」

 

「・・・・鐘が」

 

「鐘?」

 

「ごーんって鐘の音が聞こえて・・・もしかしたらって思って、それで・・・ごめんなさい」

 

 

恐らくは時刻を知らせる鐘楼の音が耳に入り寝ぼけた頭がそれをアルフィアの魔法(もの)だと勘違いしてしまったのだろう。降ろされたベルは涙で潤んだ瞳で上目遣いに女神を見るものだからアストレアは強く叱ることもできず「黙って出て行くのはやめましょう」と厳重注意するしかなくなってしまった。

 

眷族(アリーゼ)達が心配しているでしょうし・・・帰りましょうか。【戦場の聖女】、治療ありがとう」

 

「はい。ベルさん、もう体は治っていますが、お大事に。あまりアストレア様を心配させてはいけませんよ」

 

「・・・・はぁい」

 

 

 

×   ×   ×

『星屑の庭』

 

 アストレアが治療を終えたベルと共に帰宅すると、本拠内ではまさしく『裁判』が行われていた。普段食事をする際に皆で囲っているテーブルに対面する形で【ロキ・ファミリア】からリヴェリア、フィン、ロキが。【アストレア・ファミリア】からアリーゼ、輝夜、ライラが。部屋の隅っこではリューがなぜか正座させられており首からは『私は幼女を蹴り飛ばしました』という立札がぶら下げられていて、「ついカッとなってしまったとはいえ私はなんということを・・・」とエルフの尖った耳をへにょっと垂れさせていた。その隣には金髪金眼の幼女――アイズ・ヴァレンシュタインが自分が何をしたのかを冷静になって理解したのか、或いは保護者に言われて理解したのか顔を真っ青に染め上げて正座をしていてリューと同じく『私は格下で年下の男の子を殴打(てんぺすと)して殺しかけました』と立札をぶら下げていた。というか何をどうしたらそうなるのかアイズの頭には三段にトッピングされたアイスの如くたんこぶが出来上がっていた。

 

「ええっと・・・・」

 

「・・・・・」

 

 ベルはアミッドから貰った『ダメになるソファ(アミーゴ)』を抱きしめて運んでいたため前など碌に見えておらず本拠内の光景など当然、見えてはいない。アストレアは玄関を開けて見えたその光景に「ああ、そういえばそうだった」と何がどうしてベルが治療院に運ばれたのかを思い出して微笑みを引き攣らせた。

 

 

「そちらでは肉親が亡くなった子供に「よかったね」とか言って追い打ちかけちゃう教えをしているんですか!?」

 

「そんなことを教えるはずがないだろう!? 大慌てでやってきたアキに話を聞かされてみれば・・・・くそ、なんて言葉足らずなッ」

 

「ま、まぁまぁ・・・アイズたんも悪気はなかったんやし・・・」

 

「「なお質が悪いわ!!」」

 

「ひぃ!? リヴェリアママとアリーゼたんがめっちゃ怖い!?」

 

 

 恐らく、アイズの頭に見事なたんこぶがある時点でどういう意味で「よかったね」などと言ったのかは理解し、そのうえで「言葉が足らなさすぎる、自分が言われたと思って考え直してみろ!」といったやり取りがあったのだろう。アストレアはベルの背を押してそろりそろりと『ダメになるソファ(アミーゴ)』の陰に隠れるようにして別室に移動するようにした。数名がそんなアストレア達に気づいて「おかえりさないアストレア様、ベル君」と手を振ってくれるが保護者達は話し合いに集中しているのか見向きもしない。というか眷族達が怖くてアストレアは反応に困った。何せ「【ロキ・ファミリア】が私達に宣戦布告してきた」とばかりに彼女達は何やら作業をしていたのだ。なんというかそう、瓶に火薬でも詰めているかのように。

 

 

「ンー・・・これが同じ階位(レベル)だったならまだ『子供同士の喧嘩』って話にできたんだろうけど・・・」

 

「そもそも『恩恵』持ちの喧嘩は喧嘩じゃねえからな。ましてや相手はガキンチョだ、加減なんてできるわけがねぇ。まだ最近派閥と喧嘩別れして酒場で暴れまわってるっていう灰狼(フェンリス)だってギリ加減してるだろうぜ」

 

「そうだね・・・アイズは加減ができるような子とは言い難い」

 

「モンスターを爆散させるほどですしねぇ・・・見てくださいませ、あそこで顔を真っ青にしている【剣姫】様を。なんとまぁ可愛らしいこと」

 

「まったく・・・・頭が痛い・・・アルフィアとザルド、そしてベルが3人で歩いているのを羨ましそうにしていたと思えば・・・これは、嫉妬なのか?」

 

「そんで? 【ロキ・ファミリア(そっち)】はどう責任とるんだよ。いくら先に手を出したのがこっちだって言っても、そもそもの原因はそっちのお姫様だろ?」

 

「あの子の治療にかかった料金はこっちが持つで」

 

「まあ当然でございますねぇ」

 

「ンー・・・・そういえば君達、『遠征』はどうしたんだい?」

 

「延期よ? 管理機関(ギルド)からは次の日程が決まり次第報告に来るようにってこっちの都合を組んでくれているし」

 

「なるほど・・・じゃあ、そちらの『遠征』の費用のいくらかをこちらが負担するというのはどうだい?」

 

「ちょ、フィンええんか!? うちらも『遠征』では赤字になることやってあるんやで!?」

 

「それくらいしないとね・・・団員の数で言えば僕達の方が多いわけだし彼女達より負担は少ないはずだよ」

 

 

 どうやら保護者同士でなんとか話を丸く収めようとしているようだった。

ダメになるソファ(アミーゴ)』を部屋の隅に置くと、ベルが「お風呂に入りたい」と言うのでアストレアは着替えを用意しておくからと言ってベルを浴室に送り届ける。

 

 

「なんなら僕達の『遠征』に同行するかい?」

 

「『遠征』はあくまでも自分達の【ファミリア】で行うことがルールよ【勇者】? 勿論、他派閥の冒険者を雇うっていうのは有りだけど・・・・他派閥の『遠征』についていくだけっていうのは認められていないわ」

 

「まぁそれもそうか」

 

「まぁなんだ? 兎も無事に帰ってきたっぽいし・・・今後気を付けてくれりゃぁいいぜ? そっちから『遠征』の費用を出してもらえるってんなら万々歳だ。アストレア様に貧しい飯食わせずにすむ」

 

 

そう言ってライラは「とりあえず書面に残しておこうぜ?」と言って穏便に事を片付けるように1枚の羊皮紙を【ロキ・ファミリア】側に差し出した。それをフィンも「今回はすまなかったね」と苦笑交じりに穏便に問題が片付くことに内心安堵しながら自らの元に引き寄せて・・・引き寄せて・・・

 

 

「・・・ンンンンン?」

 

 

凍り付いていた。

 

 

「どないしたんフィン?」

 

「どうした、フィン。何かあったのか? 何やら共通語(コイネー)ではないようだが・・・」

 

「・・・・ライラ、これはどういう冗談だい? 今僕たちは真面目な話をしていたはずだが」

 

「ああ、もちろん真面目な話をしていたんだぜあたし達はな。けどよ、こういう解決方法もないわけじゃないだろ?」

 

 フィンの手元の羊皮紙には、小人族(パルゥム)の言語で文字が記されていて内容を理解したフィンは苦笑どころか引き攣っていた。

 

「・・・・本気(ガチ)かい?」

 

「あたしは本気(ガチ)だ。そして真剣(マヂ)だ」

 

 アリーゼ達でもライラが何を考えているのかよくわからなかったのか首を傾げている。

治療費に『遠征』の費用まで負担してくれる。もうこれでいいんじゃね?と思っているくらいには、とりあえず文句も言っているしリューが咄嗟とはいえ幼女を蹴り飛ばしてしまっているのもあってそれ以上を求めるのもどうかと思われた。リヴェリアはアイズを蹴ったリューに対して特に責めることもなく「同じ立場だったら私も同じことをしていたに違いない」とやんわりと言っていたし。

 

 

「ロキ・・・・リヴェリア・・・よく聞いてくれ」

 

鬼気迫るような口調で、フィンが言う。

ロキは「ごくり・・・」と唾を呑み込み、リヴェリアは「取り返しのつかないことになるよりマシか・・・甘んじて受けるとしよう」と覚悟を決めた。そしてフィンが重苦しく口を開く。

 

 

「・・・・『婚姻届』だ」

 

「「「「ぶっふぉwww」」」」

 

フィンのその言葉に、ロキが、リヴェリアが、アリーゼが、輝夜が、吹き出した。そしてライラがしてやったりとばかりにニヤリとあくどい笑みを浮かべていた。

 

「待て、待ってくれライラ、君は確かに将来有望な小人族(パルゥム)なんだろう、君の勇気も勿論僕は認めている! だが、しかし・・・これはダメだろう!?」

 

「【勇者】さんよぉ・・・・あんたに、『誠意』を問おう」

 

「おうフィン、持ちネタをパクられとるで」

 

「フィン・・・祝いの品は何が良い? できる限り手に入る物にしてくれると助かるんだが」

 

「君達は何故僕を助けない!?」

 

「なんやっけ『政略結婚』っていうんやっけ? それでまぁ平和になるなら・・・・ぶっちゃけ優秀な小人族(パルゥム)であることに違いないし」

 

「・・・・まぁ、なんだ、これで穏便に片付くなら」

 

「リヴェリア、君が僕の立場だったらどうするんだい!?」

 

「・・・王族(わたし)とお前とでは立場がそもそも違うが?」

 

「くっ・・・!」

 

「そう嫌がるなって【勇者】様、私は別に重婚だって認めるぜ? 男だったらハーレムを目指さないとな。あたし達の派閥は男はあの兎しかいねぇからよ、なんだかんだ皆色恋には飢えてんだ。誰かが先陣きっとかねぇと・・・行き遅れちまう。な、そうだよな【九魔姫】」

 

「おい何故私にふった!?」

 

「あら、私達はもうベルがいるから気にしていないわよ?」

 

「歳の差を考えたことはあるのか!?」

 

「あら、それを言いだしたら【九魔姫】なんてもう相手いないじゃない・・・それこそ神々しか・・・いえ、貴方の年齢は知らないけど、だいぶいっているだろうってくらいは想像できるわ! ね、ロキ様!」

 

「ウチを巻き込まんといてぇ!?」

 

「まぁこれで両派閥が『仲が良い』と大衆に知らしめることができれば・・・・【剣姫】様のやらかしも、リオンのやらかしももみ消せ・・・・ん? おいリオン、【剣姫】はどうした」

 

 

ぎゃーぎゃー言う保護者達の状況は混沌と化していた。もうなんでもいいから話を終わらせろと面倒くさそうにしていた輝夜が口を開き、言い終わる前に問題児(アイズ)の姿が無くなっていることに気づきリューに問いただすもリューはどうやら不慣れな正座で限界を迎えていたようで、てんで役に立たなかった。すると風呂のある方から、ベルの悲鳴らしきものとアストレアの「え、えぇぇぇ!?」という叫びが響いてくる。大慌てで悲鳴の鳴る方へドタバタと向かった保護者達は次に見た光景に記憶を吹っ飛ばしかけた。

 

「うきゅぅ~~~~」

 

「ごめんなさい・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッッ!!」

 

「あ、あぁ、ベ、ベル・・・そんな・・・!?」

 

浴室で仰向けに倒れる生まれたままの姿のベルの上に、同じく生まれたままの姿のアイズが乗っかり背を丸くしながら謝罪の連呼。それをわなわなと出入口にへたり込んでしまっているアストレア。

 

「そ、そんな・・・私達のベルの操が!?」

 

「いくら何でも早すぎる!?」

 

「これが新進気鋭の(エアリエル)職人の早業・・・!?」

 

「ていうかなんで脱いでるの!?」

 

「アストレア様、お気を確かにッ!?」

 

「ライラ、火薬ってまだ詰めた方がいい!?」

 

「いや、唐辛子もつめとけッ!!」

 

【アストレア・ファミリア】のお姉さん達は大混乱。

やっぱり【ロキ・ファミリア】は私達に恨みでもあるんだ!とばかりに瓶にいろいろ詰め込む作業までする始末。リヴェリアは悪い夢を見たようにひっくり返った。フィンは幼女とはいえ女性の裸を見るわけにはいかないと背を向けて痛む頭を押さえた。アリーゼと輝夜は笑顔のまま凍り付いた。それでもロキに「しっかりせぇ!」と体を揺さぶられたリヴェリアは意識を覚醒させ、アイズを引っぺがしベルにタオルをかけベルのプライバシーを保護した。

 

「何をしているんだお前は!? 問題を起こさないと気が済まないのか!?」

 

「ち、ちがっ!? 違うのリヴェリア! ベルが帰って来てたから謝ろうと思って!?」

 

「そうか、偉いな! でも偉くないぞ!」

 

「なんで!?」

 

「どうしてお前が裸で風呂にいるんだ!?」

 

「だ、だって・・・ロキが私がお風呂に入ってくる時に入ってきて、何で入ってくるの?って聞いたら―――」

 

「あ、ちょっとウチ・・・おトイレ行ってくるn―――」

 

「ロキ様は大人しくしててください」

 

「アッハイ」

 

「ロキが、「一緒に入った方が身も心も解れて仲良くなれるんやで」って言ってたから・・・背中を洗ってあげたらベルも許してくれるかなって」

 

「・・・・・・ロキィィィィ」

 

「ひ、ひぃぃぃいいい!? 堪忍やリヴェリア!? うちもこんなん想定してないって!? っていうかこれくらいの歳の子同士ならセーフやろ!?」

 

 

リヴェリアがアイズに着替えるように言うとアイズは「また私、やっちゃった・・・?」と俯きながら着替えを開始し、ロキは必死に言い訳をする。仕舞には悟りを開いたような笑みを浮かべるフィンにさすがのライラも同情し「悪かったよ、悪ふざけが過ぎたって・・・元気だせよ」と励ます。後方では【アストレア・ファミリア】の少女達が「ベルの童貞が・・・」「こんな・・・ああ、目を回して・・・」「初体験はこんな感じなの?」ともうベルが大人にされてしまったと盛大に勘違い。さらには「アルフィア・・・ごめん、ベルを守れなかった・・・!」と言うほどだ。一難去ってまた一難である。

 

 

 

×   ×   ×

『星屑の庭』、夜。

 

 

「ほらベル・・・あーん」

 

「あ、あーん・・・・僕、自分で食べれるのに・・・」

 

「今日は疲れたでしょう? あとでステイタス、更新しておきましょうか」

 

「「「ひょっとしたらランクアップしているかもしれない」」」

 

「らんくあっぷ?」

 

 

夕食をとる【アストレア・ファミリア】。

たった1日であれやこれやありすぎたアストレアはすっかり疲れ切って、それでもベルの世話をやめない。風呂に入っていたはずだというのにその記憶がすっかり抜け落ちているベルは姉達が心配そうに見てくるものだから「どうしたの?」と言うも少女達は口を揃えて「悲しい事件だったね」としか言わない。狼人(ネーゼ)に至っては、ベルの首元や腹に顔を埋めて匂いを確認している。

 

 

「すぅー・・・はぁー・・・」

 

「どうネーゼ、ベルはまだ綺麗なまま?」

 

「すんすん・・・ああ、大丈夫そう・・・いつもの匂い」

 

「「「よかった」」」

 

「????」

 

「兎、お前もお前だよ・・・目が覚めた途端、リオンにビビッて部屋に引きこもるんじゃねぇよ」

 

「うっ・・・」

 

 

 

 

 

あの後、両派閥ともすっかり疲れてしまって

 

「別に険悪な関係になりたいわけじゃないから・・・その、最初に出してくれたそちらの提案でいいから今回はそれで納めない? 別に【剣姫】を派閥から追放したってこっちからしたら後味悪いだけだし」

 

「そっちがそれでいいなら・・・・こちらとしては助かるよ・・・・」

 

「ほらアイズたん、ちゃんと謝っとこうな・・・たんこぶ増えたくないやろ?」

 

「・・・・ごめん、なさい」

 

「ああはいはい、もういいわ。今後暴力沙汰はやめて頂戴おチビちゃん。ベルは私達の大切な家族なんだから」

 

「・・・・はい」

 

そんなやり取りの後、退散したのだ。

アイズはリヴェリア達に何度も謝罪し、リヴェリアも「もういい、大丈夫だ」とそれを受け入れていたが彼女達の背中は小さかった。

 

その後少しして目が覚めたベルは、「大丈夫ですか?」と覗き込んできたリューに「ひぃっ!? 金髪っ!?」と怯え、バヒューンと神室に飛び込み鍵を閉め、引きこもってしまったのだ。これにリューはフリーズ。アストレア共々、神室の前に行き扉をノックするも返事はなく困り果てた。

 

「くっ・・・この手は使いたくなかったけど・・・ライラ」

 

「あ?」

 

「ここは、貴方の出番よ! 『ピッキングマスターらいらちゃん』の名を欲しいままに暴れまわっていた頃を思い出して!」

 

「おい変な過去を作り出してんじゃねぇよ!?」

 

「発展アビリティ『開錠』の出番よ!」

 

「んなもんはねぇ! ・・・・ったく、仕方ねぇなぁ・・・」

 

「リオンは・・・そうね、ベルの金髪恐怖症をなんとかするためにも、猫の恰好でもしてるのがいいんじゃないかしら! 服脱いで大事なところをニップレスで隠して尻尾つけて猫耳カチューシャつけて」

 

「わ、私にこれ以上の恥辱を味合わせようと!?」

 

パタパタと自室に戻ったライラは専用の工具を持ち出し扉の前に片膝をついて作業にのりだす。

「おお、出るぞ、これが『ピッキングマスターらいらちゃん』なのね!?」という仲間達を他所に舌なめずり。

 

「アストレア様、部屋の鍵が壊れても文句言わないでくださいよ」

 

「ええ、言わないわ・・・それより、できそう?」

 

「まぁこういう家の中の個人部屋の鍵ってコインで開けれたりするんだ・・・けど・・・よし、開いた」

 

「「「開いた!?」」」

 

「すごい、30秒もかかってないわ!」

 

「ライラに開けられない扉はない・・・いずれ【勇者】の扉も・・・いや、もう秒読みか?」

 

「輝夜、馬鹿言うんじゃねぇよ・・・あたしでも【勇者】様には敵わねえよ」

 

開錠され、扉を開けるとベッドで所謂『ごめん寝』しているベルの姿が。布団カバーに上半身だけが隠れていて、ぷるぷると小さな体を震わせている。

 

「あらあら、これが『頭隠して尻隠さず』というやつですねぇ」

 

「ほらベル、ご飯するから・・・っていうかリオンの顔見て逃げるのはさすがに可哀そうよ、リオンは恩人なんだからそういうのダメよ」

 

「・・・・うぅぅぅ」

 

 

 

 今回のドタバタに、ベルはアルフィアを亡くした悲しみに沈む暇もなく翌日からよく笑うようになった。

夕食の後、ダメになるソファ(アミーゴ)に体を沈めて眠りについたベルのステイタスを更新したアストレアは「た、耐久が100を越えている・・・」と固まった。




描写してないけど【ロキ・ファミリア】との面識はあります。

ベル→【ロキ・ファミリア】

アイズ:お義母さん曰く「クソザコ妖精」の義娘。いつも血塗れでちょっと怖い

フィン:ライラさんの旦那らしい。

リヴェリア:お義母さん曰く「クソザコ妖精」。リューとセルティに「あの方を怒らせてはダメ」と教えられてる。

ロキ:断崖絶壁

ガレス:アリーゼが「おじさま」と言ってるので「おじさま」と真似して呼んでる。

アキ:綺麗、優しい、ラウルの嫁ってみんなが言ってる。

ラウル:優しい。


おまけ

ベート:ネーゼさん取られたらどうしよう

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