アーネンエルベの兎   作:二ベル

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英雄賛歌⑰

 剣撃と打撃が交差する戦闘の最中でありながら、血に酔う女―ヴァレッタ―は、笑いの声を上げていた。馬鹿みたいに成長の早い子供(ガキ)がいる。そいつはなんと驚くなかれ【最強(ゼウス)】と【最凶(ヘラ)】の混成児(ハイブリット)なんだ。そいつは、アルフィアの子なんだぜ。そんな話を聞かされれば、興味が沸かないわけがない。7年前はヴァレッタ達の邪魔をするでもなく味方をするでもなく、ただそこにいただけの覇者達ではあるが、その血を継ぐ相手をぐちゃぐちゃにしてやれば、正直目障りだったあいつらに対して意趣返しとは言わないが、スカッとするものがあるはずだ。そんなあまりにも身勝手な思いをヴァレッタは抱く。フィン達長年の宿敵と比べればその首級は低い。けれど、少年の成し遂げてきた偉業を聞けば『冒険者』を相手にその血を啜ってきた彼女だからこそわかるものもある。

 

「おいおいおい! やっぱりテメェ、イカレてやがんじゃねえのかぁ!?」

 

本来、武器を持って戦う筈のない怪物が呪具(カースウェポン)を用いて戦ったあの『怪物祭』。規格外の魔法のお披露目もあわせて勝利を収めた。

 

本来、神さえいなければ起こる筈のない『異常事態』によって生まれた黒いゴライアスとの戦闘。18階層にいる冒険者達と協力し、最終的に彼の手によって勝利。

 

美神の魅了によって、そこにいるはずのない『女神』の役を与えられた極東美人(ヒューマン)と戦う羽目になって、奇しくも勝利。

 

本来、そこにいるはずのない『天の雄牛(グガランナ)』による乱入を被った『戦争遊戯』。少年1人の力というわけではなく、少なくとも現場にいた複数の派閥の共闘の元ではあるが、最終的にトドメをさしたのは彼だ。

 

「格上の私を相手に、武器を捨てて素手で戦うって、クソガキ、てめぇ、どうかしてるぜぇ!!」

 

 

冒険者を初めて短い期間で辿ってきた冒険の濃さを知れば、件の少年がいずれ『化ける』ことなど容易にわかる。それがアルフィアの子だからなんて言われれば、無理矢理にでも納得できてしまう。まさしく期待の新生だ。だからこそ、壊したい。

 

「ほらほらついて来いよぉ、死んじまうぞぉ!?」

 

連撃(ラッシュ)

連撃(ラッシュ)!

連撃(ラッシュ)!!

奇怪な刃の形をした長剣(ロングブレード)の突きが何度も繰り出される。それを器用に剣の腹を殴り、或いは掃って往なすは、武器を失い徒手空拳となったベルだ。ヴァレッタはまさにお遊び間隔で少しずつ速度を上げていった。

 

「【血と踊れ】」

 

暗殺者達が物陰から躍り出る。

複数人同時の異常魔法(アンチステイタス)の行使。

 

「ひひ……っ!」

 

「っ!」

 

意識が目の前の女から背後から迫り来る暗殺者達に移りかける。それを見逃さずヴァレッタは長剣でベルの首元を狙って剣を薙ぐ。ビリビリとした悪寒を感じて身を屈めると、ベルの頭上をヴァレッタの長剣が走っていった。そのまま地を蹴り、後退しながら迫り来る暗殺者達を瞳で確認すると雷兵達が姿を現し迎撃する。

 

「ぎっ!?」

 

「がひゅっ!?」

 

「ずぁっ!?」

 

種族様々な雷兵が現れ、敵を破壊する。

肉を焼かれ煙を上げて地面に転がる暗殺者達の持つ手から凶刃を抜き取りそれを逃すまいと迫ってきたヴァレッタに投げつける。

 

「当たるかよぉ!」

 

「―――知って、ます!」

 

ナイフを1本投げつけて、弾かれる。

わかりきった結果に驚くベルではなく、倒れている別の暗殺者へ手を向けると小さな稲光が発生し、まるで雷兵が持ってきたかのようにベルの手にナイフが収まった。

 

「ぁあああああああああっ!」

 

(こいつ、武器を引き寄せやがった……!?)

 

火花が散る。

ナイフを手にしたベルが叩きつけるように振るわれた長剣を防ぐ。ヴァレッタはベルが武器を引き寄せたように見えたことに驚いたが、驚くべきことはまだ終わってはいない。

 

「痛っっ!?」

 

ヴァレッタの背中にナイフが刺さっていた。

痛みに釣られて振り向けば、そこには只人(ヒューマン)だろうか……雷で構成された身体が消えていったこといたが、いた。ナイフを振るった犯人だ。最初に投げたナイフをベルが別のナイフでヴァレッタの攻撃を防ぎ注意を注がせたその時に合わせて、雷兵を出現、挟み撃ちする形を作ったのだ。

 

「くそがっ、ああああ、痛てぇ……! ヒヒッ、本当にお前Lv.3かぁ? 馬鹿みたいに喰らいついてきやがってよぉ……!」

 

器用に背中に刺さった凶器を抜き、捨てる。

ジュクジュクと血液が傷口から零れ出て、重力に従って地面へと流れていく。それでも、ヴァレッタは笑っていた。面白い玩具を見つけたように。期待以上だと言いたげに。

 

「ち、呪詛(カース)がついちまった。ま、暗殺者(アサシン)共の持っている得物は全部呪具(カースウェポン)だから仕方がねえ……とはいえ、あんまり遊んでるとこっちまでやられちまうな」

 

回復薬(ポーション)を使ったところで、呪詛の効果そのものを取り除かない限り意味がないことをヴァレッタは知っている。故にこそ、道具(アイテム)は使わない。身を隠し、呪詛を取り除ける余裕を作雷限り意味がなく、ベルの目の前で例えば、解呪の秘薬などを使おうとしたところで破壊しにくることは勘が告げていた。

 

「ふぅ、ふぅ……ふぅ」

 

肩で息をするベル。

流れる汗をバチッと音を立てて雷が消し飛ばす。

明星簒奪(スキル)】が熱を放つ。

ヴァレッタは冷静に見抜いていた。加減していたとはいえ自分の動きにベルがついてきていたのは、なんらかのスキルが理由なのだろうと。倒れている暗殺者達を見て、再びベルに視線を戻す。

 

「チッ、使えねえ」

 

『冒険者』と『暗殺者』の違い。

どちらも武器の扱いに長け、常人を超える身体能力を持つ戦闘の専門家(スペシャリスト)。その両者を明確に分かつのは戦闘目的。冒険者とは生きて帰ることが最重要であり、倒す能力よりも倒れない能力こそが求められる。対して暗殺者とは対象を殺すことが最重要であり、能力は殺しに特化し己の生死すら埒外となる。例え標的が格上だったとしても、集った同志の命全てを使い果たそうとも標的が死ねばそれでいい。

 

「傷1つつけられてねえじゃねえか」

 

ヴァレッタは暗殺者達を唾棄する。

都市外派閥の暗殺者達(セクメト・ファミリア)の大半はLv.2。対するベルはLv.3、雷の魔法を行使していればさらに上であると見積もってもいい。暗殺者達だけでは、正面から戦えば何十人だろうが相手になるはずもない。それでも、ヴァレッタ(Lv.5)が戦っている隙を埋めるようにベルを傷付け、最終的に殺すことができればそれでいい。例えオラリオに集った暗殺者30人の命を使い果たそうとも。彼等の持つ刃は『呪具(カースウェポン)』、癒えることのない傷。魔法は『呪詛』。身体は重く呼吸すらも痛みとなる。かすり傷でいい、血が流れればいい、動きが鈍ればそれでいい。目的のために集団は1つの暗殺者(いきもの)となる。命を抉るために。それでも、ベルに手傷一つ与えられていなかった。倒れている黒ずくめの暗殺者達はどれもこれも雷に撃たれたように気絶し、煙を上げている。生死そのものはわからないが、捕まるようなら自害するのだから実質死んだようなものだ。

 

「おまけに治癒の効果まであるとはなぁ……イカレた雷だぜ」

 

「……もう、やめてください。投降してください」

 

「投降だぁ? 何言ってやがんだ、そんなことしちまったら『殺戮』を楽しめねえだろうがよぉ!!」

 

「………!?」

 

目の前にいるヴァレッタという人間をベルは理解できない。今まで見たことのない人種だったからだ。狂ったような顔をしているのはわかる。唾を飛ばしてもお構いなしに馬鹿で高い声で笑っては叫んでいるのもわかる。だけど、それが何なのかよくわからない。勝てるとは思わない、だけど負けるとも思わない。何せ相手はアルフィアより()()()()。戦いを続けていれば暗殺者達は全滅するだろう。現に雷兵達が数を減らしてくれている。ベルが認識さえしていればではあるが。だが、このまま続けていても意味がないような気もしていた。目の前の女はまだ加減をしている気がするし、何より、余裕を感じた。きっと自分が不利になるとすぐに逃げるだろうと予想できる。先ほどの雷兵を使った背後からの奇襲も、そう何度も使えない、きっと対応してくる。

 

「ズタボロになったテメェをあの女神の前に付き出したらどんな顔をしやがるんだろうなぁ……フィンみたいに何もかも失ったような顔をすんのか? それもと珍しく怒りを表してくれんのか? 何にせよ、見てみてぇ! アルフィアがここにいないことが何より残念でならねえぜ! 生きていてくれりゃあ、テメェの頭をプレゼントしてやんのに!」

 

「………っ」

 

挑発だということは分かっている。

それでも女神やフィンやもういないアルフィアの名を使ってくるいやらしさに顔が熱くなる。刃をぶつけあいながら、ヴァレッタは更に言う。それは現状、ベルでは確認のしようがないものだった。

 

「まあなんにせよ、もう【アストレア・ファミリア】はいねえ」

 

「?」

 

「あの厄介な小娘共はもういねえ! なんて言ったって、テメェ以外は全滅しちまったんだからなァ!」

 

「―――――――え?」

 

「隙……できちまったな」

 

全滅。

彼女達が、自分を残して。

その言葉に、思考が凍り付く。

待ちに待った隙に、ヴァレッタは狂笑を浮かべて長剣を振り下ろした。右肩から腰にかけて、斜めに。

 

「嬲り殺しだァ!」

 

「が――――っ!?」

 

思考が回らないなら、認識できていないなら、雷兵は生まれない。傷こそ塞がりはするが、それは決して癒しているわけでもない。ヴァレッタはLv.5の能力を最大に使ってベルの華奢な身体を斬り裂いた。

 

 

×   ♪   ♪

地下水路

 

 

人気のない、光源も碌にない場所に彼はいた。

別にここに来るべきだと判断してやってきたわけではない。流れ着いたという方が正しいだろう。瞼を閉じ、休眠を取る。周囲に気配を感じるが、下水路にも怪物はいるのだろう。恐れるほどの脅威は感じず、恐らくは上層にいる弱い個体程度だろうと無視をする。彼の考えを肯定するように怪物達は近付こうともしない。休眠を取り、消耗した力の回復に努めなくては。

 

『………何故、だ』

 

瞼の裏に映る少年の姿。

アレを思い出すと、どうしてだか自分の中にある『風』が揺らいだ。あの眼装と槍を見た時、どうしようもない怒りの感情を浮かべたというのに、落ち着きを取り戻した今、不思議な感覚が浮上してくる。

 

『ぬぅ………』

 

理解できないものに、呻く。

『風』が揺らぐ感覚もそうだが、ここへやってくる前に喰らったあの雷撃の主に呻き声を漏らしてしまう。大柄で、全身に鎧を纏ったアレを自分は知っている気がした。

 

『いつ、紛れ込んだというのだ……』

 

×   ♪   ♪

歓楽街

 

 

薄鈍色の髪を揺らして、彼女はその場に現れた。

その場に似つかわしくない、酒場の制服姿で。

冷える夜に凍えないために上着こそ着ているが、彼女はまるで酒場の仕事をほっぽり出して遊びに出た娘のようにしてそこに現れた。

 

「その人、解放してもらえませんか?」

 

「―――――――は?」

 

髪と同色の瞳に映るのはヴァレッタとベルだ。

石畳は赤く染まり、ベルはうつ伏せになって倒れている。

ヴァレッタは、突然声をかけてきた少女に当然、素っ頓狂な反応をしてしまう。暗殺者達でさえ動きを止めるほどには彼女はこの場に似つかわしくない。例えば隠れていて逃げることもできず、物陰から見ていた娼婦が涙ながらに助けを乞うてきたならまだわかる。だが、目の前にいる少女には、涙の一滴もありはしなかった。まるで買い物でもするかのような感覚で、微笑んで、ベルの解放を求めていた。

 

「彼はすごい冒険者様ですけど……今、貴方達が命を奪うほどのことでもないと思いますよ?」

 

「………シ、ルさん? なんで……?」

 

どうしてこんなところに?

そう言いたげにベルが途絶え途絶えに口にする。シルと一瞬、目が合うと彼女は柔らかく微笑んで同じ疑問を浮かべているだろうヴァレッタ達に向けて言った。

 

「ん-……まあ、お散歩していたら偶然にも誰かが喧嘩している音が聞こえてきて、誰かなーって……ほら、()()()()()()()()って言うじゃないですか? それで、見てみたらベルさんがいて……もう、ベルさんったら酷いです! 私とデートする約束まですっぽかして」

 

「…………」

 

「私と歓楽街にあるご休憩できる宿屋さんを全て巡ろうって約束したじゃないですか、もうっ」

 

ぷりぷり、とまるでデートをすっぽかされたように言う少女にベルはツッコミを入れる気力もわかなかった。ヴァレッタも暗殺者達も次第に白けていく。それを唯一追いかけてくるのは、陽の光だ。

 

「あぁ?」

 

「もう朝ですし、そこらに倒れている真っ黒な方々も目立っちゃいますよ? ベルさんは成長期なんですし、しっかり眠らないといけませんし……ね、()()()()()()()()()()()()? ダメだっていうなら……仕方ありません、近くにいるかもしれない【ロキ・ファミリア】の方々をお呼びしましょうか?」

 

口元で両手を合わせて可愛らしくお願いする少女。

自分にビビりもしないシルに口端がひくつくヴァレッタ。暗殺者達は感情などとっくに失っているはずだというのに戸惑いを隠せないでいる。頬をチリチリと温めてくる陽の光に当てられて、やがて武器を握っていた手から力を抜きだらりと腕を下げた。

 

「チッ、こっちも解呪しなきゃなんねえし……白けちまった……いいぜ、見逃してやるよ。テメェらも手ぇ出すんじゃねえぞ」

 

頭を掻きむしりながら、心底仕方なさそうにそう言ったヴァレッタは暗殺者達にも言い聞かせる。背を向け、ベルから離れていくヴァレッタ達。彼女の呪詛のせいで背中は血を流し続け解呪の必要がある。どのみちこれ以上の長時間の戦闘はできなかった。

 

「ふふ、さ、ベルさんっ、行きましょう?」

 

ベルの元で自分が汚れることも気にせず、膝をつき微笑むシル。自分とそう背丈の変わらない少年を抱きかかえようとした時、影が覆った。

 

「なーんてな、獲物を見逃すわけねえだろォ!!」

 

倒れているベルとそれを抱きかかえようとするシル。

振り下ろせば丁度シルの首を切り落とせそうな位置に、ヴァレッタはいた。去ったと見せかけて、命をしっかり奪おうとしていた。

 

「あーぁ」

 

だけど、シルは動じなかった。

ベルもまた瞼を静かに閉じた。目の前で起きることを見ないように。

 

「だから()()()()()()()()()って言ったのに」

 

ベルだけを見ている彼女の瞳がわずかに銀の輝きを帯びる。

そしてベルの耳を手で覆い、彼には聞こえないようにする。

ヴァレッタにはシルの呟きが聞こえたのかは分からない。

だが、聞こえていたところで意味などない。

何せ、ヴァレッタの真正面には既に屋根を蹴り飛んできた『都市最速』がいたのだから。

 

「死ね」

 

「――――――ッ!?」

 

「ヴァ、ヴァレッタ様げぶっ!?」

 

屋根を蹴り飛んで迫った彼の槍がヴァレッタの右肩を貫き吹き飛ばす。彼はそのまま止まらず、暗殺者達へと進路を変える。倒れている者も倒れていない者も等しく。最も器を昇華させた者でさえLv.3という暗殺者の集団にLv.6の猫を止めることなど敵わず、それどころか姿を瞳に映すことすら敵わない。結果、ヴァレッタはどことも知れぬ家屋の中へと吹き飛び、暗殺者達は1分とかからずに赤い絨毯へと姿を変えた。

 

「―――チッ」

 

ようやく停止し、振り返った彼は目を閉じ耳を塞がれている少年を瞳に映して舌を打つ。そんな彼をクスクスと笑うのはシルだ。

 

「ありがとう、アレンさん」

 

「……シル様、戯れはおやめください」

 

「そう言っても、仕方ないじゃないですか。ベルさんが頑張っているところ、見たかったんですから」

 

「………『好奇心は猫を殺す』です、シル様」

 

「ふふっ、気にしていたんですか?」

 

「………クソガキ、てめぇもいつまでもそうしてねえで魔法を使いやがれ。自分で治せんだろ」

 

「もうアレンさん、ベルさんは疲れているんですよ? 魔法が消えて傷が広がっちゃってるのが証拠です! ヘイズさんに治してもらうのがいいんですっ」

 

「…………」

 

「さ、ベルさん。立てますか?」

 

「…………は、ぃ」

 

ベルに肩をかして立ち上がらせるシル。

アレンがシルが汚れるのを防ぐためか代ろうとするが、それをシルは断固として拒否。アレンはまた舌を弾いて、どこぞへと姿を消した。つかず離れずかと言って隠れて護衛をしているのだろう。

 

「魔力、残っていませんか? もし飛べたら私、一度やってもらいたいこととかあったんですけど……」

 

「…後回しにしていたダメージが来てるので、今は、ちょっと」

 

「そうですか、残念」

 

「ちなみに……やってもらいたいことって何ですか、フレイヤ様」

 

「もうシルの時はシルって呼んでくださいって言ってるじゃないですか。ほんとベルさんは意地悪なんですから……そうですね、ベルさん、着地任せた!と言って高所から飛び降りてベルさんにお姫様抱っこでキャッチしてもらうのがやってみたいんですよね」

 

「???」

 

それの何がいいんですか? そう言いたげなベルの視線をシルはニコニコと微笑んで流した。治療院には行かず、別の場所、『黄金の魔女』と呼ばれる少女の元へ向って行く。治療院に行けば、アミッドに黙って出て行ったこととか数時間のうちに怪我をこさえてきたこととか、怒られる未来が待っているのは確実だったからだ。それを見越してシルは治療院ではなくもう1人の治療師の元へ行くことを選んだ。できる女である。

 

「ベルさん、現状をどれくらい把握していますか?」

 

「………」

 

「よく、わかってないですよね?」

 

「…………」

 

アレン以外の誰かの視線を感じるベルは、けれど敵意を感じなかったからかシルの問いに頷くことで返事とした。ぎゅっと普段は触れ合えないこともあってか密着し体温を噛み締めるシルはニコニコと微笑むと、やっぱりとばかりにベルが現状を把握できていないことを認識して頷く。

 

「何もわかっていないのに独りぼっちにされちゃうなんて―――」

 

紡ぐ言葉が途中で途切れ、少女の声から女神のものへと切り替わる。それに引っ張られるように周囲の空気もまた揺らぐ。

 

「そんなのは、公平(フェア)ではないわ」

 

 

 

×   ♪   ♪

歓楽街

 

 

少女が少年に肩を貸す形でどこかへと去っていくのを、エルフの少女は目撃する。杖を抱え、息をひそめ、ようやく見つかった友人の姿に安堵しつつもその場にいるのがおかしいと思える少女の姿に困惑を浮かべる。

 

 

「あれって酒場の……?」

 

 

ロキのお気に入りの酒場『豊穣の女主人』の制服であることは間違いない。だけどどうしてその酒場の人間がこんなところにいるのか、まったくもって分からない。ラウルやアキ達、現在、代理として派閥の指揮を執ってくれている先輩達からの指示を受けて、必要な道具類をかき集めていた少女は雷が落ちるのを確認すると「まさか」という思いで歓楽街へ足を踏み入れていた。普段ならば絶対に踏み入れない場所も、今は色町の雰囲気などなく入り込むことは容易だった。戦闘音を頼りに近付いて行けば、既に決着はついたようだった。一瞬だけ見えた猫人の青年の姿と血を流して倒れている友人の姿に肝を冷やしたが、何より異様だったのは薄鈍色の少女だった。まるでピクニックにでも行くかのような感覚で微笑んでいたのだから。

 

「ベルはとりあえず無事……でいいんでしょうか? ええっと、とりあえずアキさん達に報告を……ううーん」

 

 

あの少女からベルを取り返すべきか、なんて考えもした。

だが彼女がベルを助けたのは確かだろうし、近づいたところでどこぞへ姿を消したあの猫人の青年に何をされるかわかったものではない。溜息を吐き、現在、暗黒期が再開された原因であるベルの生存が確認できただけでも良しとするべきと結論し、少女は山吹色の髪を翻して走り去っていった。

 

 

 

 

山吹色の妖精が姿を消した後。

一軒の家屋の中で、物音がした。

雑に自分に覆いかぶさっていた瓦礫を蹴り飛ばして、姿を現したのは右肩に風穴を開け歪に折れた腕を庇うヴァレッタである。

 

「くそ、痛ぇ、痛ぇぇ、死んじまいそうだぁ………ッ!!」

 

加減なしの最高速度(トップスピード)で突進されたヴァレッタの身体はズタズタになっていた。恩恵がなければ、いや、彼女の階位でなければ死んでいてもおかしくない程度には。身体を引きずるようにして家屋から出てみれば、引き連れていた暗殺者達の姿はない。代わりに、筆で雑にペンキを塗りたくったように石畳が赤くなっていた。

 

「あのクソ猫………!」

 

ずっと見ていたのだ。

ベルと自分の戦いを。

それでベルが危険になればいつでも介入するつもりでいたのだ。それが、あの瞬間だ。そしてヴァレッタを吹き飛ばした後、死亡していないのもわかっていながら、それ以外の30人はいた暗殺者達を()()()()()のだ。

 

「私だけを、生かしたァ……!?」

 

屈辱に顔を赤くさせる。

戦いの最中、死にかければ彼女は命乞いを平然とするだろう。それでも、言葉を介すこともなく見逃された今の状況は屈辱以外の何物でもなかった。身体が震える。身体を蝕む激痛から、そしてこの屈辱から。

 

「畜生……ちく、しょぉぉぉお………!」

 

壊れた人形のように身体をよろめかせながら、彼女はやがて姿を消す。住処へ戻り、傷を癒すために。その後ろ姿を、1匹の黒い犬の姿をした怪物が見つめていた。

 

 

×   ♪   ♪

治療院

 

 

「―――――ぅ」

 

日が昇る。

厚い雲に覆われてこそいるが、それでも夜が明けたことがわかる程度の明りが都市を照らす。それと同じ頃、治療院の一室で1人の少女が目を覚ます。ぼんやりと瞼を開けようとして、眩しさの余りうまく開けられない。さらに身体を揺らしたせいで槍が身体を貫いた部分が、まるで臓物を内側から焼くかのように痛みを生み出して、呻き声を漏らしてしまう。

 

「けほっ」

 

さらに困ったことに呼吸をするために鼻をひくつかせたが、消毒を徹底したがための臭いが嗅ぎ慣れぬ少女の鼻孔を蹂躙した。細めた瞼の隙間から、何がどうなったのか視界をなんとか動かすがただただ自分がいるのは『真っ白』な空間であるということだった。

 

「う、ぐぅぅ……」

 

痛みに堪え呻き声を漏らして少女は身体を起こそうとする。

燃えるような激痛が走り、涙が滲む。

異端児(かれら)はどうなったのだろうか。

竜女の娘(かのじょ)はどうなったのだろうか。

思うことは沢山ある。

両の手のひらを見てみれば、怪物のそれではない肌をしていて身体のあちこちを触っても怪物ではない感触がした。

 

「………」

 

意識を失う最後のあの瞬間。

身体を貫かれたあの瞬間に瞳に映った彼女(じぶん)の姿。血のせいで赤かったけれど、それは確かに人間の容姿だった。あれが自分の本来の姿なのだろう、いったいどれくらいの時間をかけてようやく知ることのできた『答え』だというのか。どれくらいの時間眠っていたのかはわからないが、ぼんやりとする頭は激痛のせいで完全に覚醒した。

 

「わ、たし……は……」

 

私は『誰』で『何者』なのか。

ずっと探し求めていた疑問(もの)はしこりとして残っている。それでいて、このまま眠っていることは憚られて、だけどどうすればいいのかわからないでいてベッドから降りることができない。歯を食いしばり、拳を握り締めて、迷宮の行き止まりにぶつかったような歯がゆさに泣きそうになる。カチコチという音がして、その音の正体が丸い、針のような物が3つある物体であることに気がついても少女は動けずにいた。どれほどの時間が経ったのか……という時、扉が開き1人の少女と1柱の男神が姿を現した。

 

「な……!? 何を起き上がっているのですか!? 横になっていてください、傷が開いたらどうするのです!?」

 

せっかく痕が残らないように努力したというのに。そう怒る銀髪の少女は無理矢理に少女をベッドに倒す。何か他にも怒りの原因がありそうではあるがそれは少女の知るところではない。仰向けに寝かされた状態で、一言も言葉を発さず静かにこちらを見ている男神と目があった気がした。気がした、というのも彼の前髪が目元を隠しているからだ。何を考えているのかわからない、神なのかと疑ってしまいたくもなる。身なりだっていいとは言い切れない格好だし、どこか匂う。だが、相手は神であるという気配のようなものも感じられた。

 

「…………」

 

「目が覚めているとは思っておらず、勝手に入室させてしまい申し訳ありません」

 

謝罪する銀髪の少女の言葉はどこか遠い。

どうして殺そうとしないのか不思議には思った。

少なくとも迷宮の中で出会った冒険者達は自分を殺そうとしてきた。怪物だったのだから、仕方ない話ではあるが。今、目の前にいる少女からは敵意すら感じなかった。男神もまた同じく。値踏みしているような探っているような感じはするが、少女は静かに男神のことを見つめ返していた。どこか懐かしい香りがしたから。

 

「お前…………名は、なんという?」

 

ようやく聞こえた言葉は、それであった。

少女は、答えられなかった。

憶えてなどいないから。

 

 

×   ♪   ♪

シルがベルを回収している、同時刻。

 

 

管理機関(ギルド)にある一室にいるアストレアの元へ来客が現れていた。ノックもなしに扉が開かれ、ロイマンの怒声もすぐに静まり返らせる。その相手は、白亜の巨塔(バベル)の高層階にいるはずであろう女神だった。

 

「ごきげんよう、アストレア」

 

「………フレイヤ?」

 

にこやかに、普段の調子で。

背後には猪人の武人が静かに付き従っている。

目を見開いているアストレアとロイマンに構うことなくフレイヤはアストレアの座る長椅子(ソファ)へ腰かける。隣にやってきたフレイヤにアストレアは怪訝に眉を歪める。

 

「アストレア、あなた、今外がどういう状況にあるかわかってる?」

 

「……いいえ」

 

「そうよね、だってこの部屋に閉じ込められたままなのだから」

 

「め、女神フレイヤ! 閉じ込めたなどと人聞きの悪いことを言わないでいただきたい! 我々は女神アストレアを守るために……!」

 

「そうよね、アストレアの眷族()達に裏切り疑惑がつけられている現状でその主神であるアストレアを自由に行動させるというのは、民衆に対してギルドは管理義務を放棄したと判断されかねないものね。とはいえオラリオの秩序安寧に努めてきたアストレアを牢に押し込めるなんてこともできないから、身柄を拘束したというアピールをしつつ、『正義』の女神を失うわけにいかないから、保護という名目でこの応接間で過ごさせているのでしょう?」

 

「………っ!!」

 

木製のテーブルの上。アストレアの膝前に置かれたティーカップに手を伸ばし、砂糖を適当に入れるとフレイヤはそれに口付け、喉を潤した。一息いれるとフレイヤは続ける。

 

「だけど、現状を教えていないのはダメよ、ロイマン。そんなのはダメ」

 

「な、何が言いたいのです……我々とて、状況を把握するのには時間を要するのであって――――女神フレイヤ、なぜ、貴方がここにいる……まさか……!?」

 

「ふふ、聡いのね、流石長年このオラリオを見てきただけのことはあるわ」

 

「貴方が『魅了』を使って往来を歩いてきたとは思えない……」

 

「そうね、それは美しくないもの」

 

「確かに貴方の姿を目にするだけで、魅了されてしまいそうにもなるが……だが、それは恐らくこの部屋に入る時だけでいいはず」

 

「まあそんなことはいいのよ、私はアストレアに用があるのだから」

 

汗を滲ませるロイマンに笑みを浮かべたフレイヤは足を組み、頬杖をついて隣のアストレアを見やる。その仕草だけで露出の激しい彼女の女体は揺れ動き、形を柔らかく歪めさせる。男だろうが女だろうが関係なく誘惑してしまうくらいに。だが、アストレアはそんなフレイヤに表情1つ帰ることなく見つめ返していた。

 

「何も知らない、何もしない……そんな今の貴方が置かれている現状は、『公平(フェア)』じゃないわ」

 

「貴方……いえ、フレイヤ……何を企んでいるの?」

 

「あら、私は企んでなんていないわ。私は、あの子が頑張っている姿が見れればそれでいい」

 

フレイヤに借りを作るのは、正直嫌だとアストレアは思っている。その見返りとしてベルを寄越せなどと言われても面倒極まりないからだ。というか、1人の女としてとられたくないのだ。

 

「貴方の娘達はまだ地上に帰ってきていない。あの子は今、単独で彷徨っている。寂しがり屋で泣き虫で、甘えたがりな、だけど貴方や娘達に追いつきたい一心なあの子のことだから、何が何だかわからずにいることでしょうね。会いたい女神にだって会えずじまいな状況に、きっとやきもきしているわ」

 

「そうね……あの子を孤独にさせるのは、よくないわ」

 

「それに『悪』を標榜するあの男神が表舞台に立ったというのに、『正義』の女神が舞台裏に隠れたままだなんて、面白くないわ」

 

「………」

 

「貴方はこの部屋から出なさい」

 

にこやかに言って、フレイヤは外行き用の紫色のフードをふわりとアストレアの膝の上に乗せた。見開かれる藍色の瞳にフレイヤは続ける。

 

「私が、代わってあげる。私が身動きとれなくなっても痛くも痒くもないもの」

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