アーネンエルベの兎   作:二ベル

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英雄賛歌⑲

鉄を打つ音と共に、火花が散った。

身を焼くほどの熱気が、発汗を強制していた。

外では何かが起きたらしいが、それを彼は知ることはなかった。ただひたすらに腕を上げ、下げる。鎚がぶつかり火花が散り、赤色を帯びた鉄に新たな命を吹き込み続けていた。滴った汗は落ちると同時、床を濡らす前に蒸発した。

 

「フッ、フッ!」

 

呼吸の音。

鍛錬の音。

炉の熱。

職人としての熱。

周囲に目が向いていないなどと言われればその通り。集中しすぎだと言われれば無論、その通り。だが、それでも、彼には外が喧しがろうが知ったことではなかったのだ。戦える鍛冶師などと言いはするが、彼はただ己の役目を果たすために鎚を振るい続けていた。

 

『同志達よ、【へファイトス・ファミリア】の工房を破壊せよ! オラリオの者共に力を与えてはならん!』

 

声がした気がする。

鬱陶しい。

今は忙しいというのに。

また、腕を振り下ろして鉄を打つ。

依頼主は2人。

その内1人は女神でもう1人は妖精だ。

妖精からの急な注文(オーダー)には馬鹿野郎と怒鳴りたい気にもなったが仕方ない。辛抱強く近くの椅子に腰かけて汗でじっとりと肌を濡らして待っているのだ、やってやるしかない。妖精のくせに、今にも熱さにやられて倒れそうだというのに。目を凝らせば下着が浮かんで見えそうなくらい汗をかいて、クリーム色の髪を肌に張り付かせて、待ち続けているのだ。

 

『どこかにクロッゾの一族がいるはずだ! 探し出せ! その力を我等の元へ! それが敵わぬなら脅威として排除せよ!』

 

家名が聞こえてピクリと腕を止める。

立ち上がり、汗を雑に拭って立てかけてあった得物を手に扉を開ける。工房の熱気のせいで、外気がやけに冷たく感じた。外の光に一瞬目が眩んで、細めてしまう。それでも見えた者共は『魔剣』欲しさにやってくる連中でもなければ、見知った派閥の鍛冶師でもない。黒装束だったり白装束だったり、いかにも怪しい奴等。勘でわかるこいつらが自分達にとって『敵』であることは。

 

『いたぞ!』

 

だから彼は―――。

 

「うるせぇ!」

 

ヴェルフ・クロッゾは、上段の構えから一閃した。

魔力が走る。

魔法(オリジナル)をも超える現象が『敵』を飲む。

【へファイス・ファミリア】が所有する工房に、巨大な氷山が生み出された。人間を閉じ込めた巨大な氷山だ。目を見開くほどの威力に、工房にさえわずかにその冷気を送り込み妖精を癒し、周囲の工房はガタガタと震えた。彼は剣を下ろすと氷山に背を向けて工房に戻っていく。

 

「発注から数時間後が納期だぞ、邪魔すんじゃねえ」

 

勢いよく閉じられ、そして再び鉄を打つ音が鳴り響いた。妖精の少女は膝の上に手を置き、彼が手を止めるのを待つ。少し前に幼女神が何かを抱えて出て行ったが、それを聞くだけの体力は彼女には残されてはいなかった。

 

「あ、暑い……」

 

「外に出てろ、熱中症にでもなりてえのか」

 

 

×   ♪   ♪

 

 

「見つけましたよ、団長」

 

「――――ラウル?」

 

どこかの高台の上でフィンとラウルは対峙していた。

元より治療院を出たフィンの行方をずっと探していたのだ。仲間達の力を借りてようやく見つけて、だけど彼がいた場所から見える景色は使い物にならないほどに破壊された『ダイダロス通り』が一望できる場所で、まるでフィンが【勇者】ではなくなってしまったあの瞬間に縛られているかのようだった。今のフィンに、フィンと言わしめる眼力も迫力もなかった。いたのはただの小人族(パルゥム)だった。

 

「こんなところで、何をしているんですか?」

 

みんな、貴方の帰りを待っています。

そう言いたくて、慕っている相手に青年はいつもの口調でそう言葉を紡ぐ。振り向く形でラウルを見ていたフィンは視線を切り、また『ダイダロス通り』を見つめていた。まるで過去を幻視する老人のような、そんな目だ。

 

「――――すまない」

 

「―――ッ」

 

消え入りそうな声で、ただ一言、聞こえた。

そんな自分にとって英雄といえるような人の後ろ姿はあまりにも小さく見えた。よほどあの時のことが彼にとって心を揺さぶるに等しい衝撃だったのだろう。それでも、ラウルは唇を噛み拳を握り締めるほどには、嫌だった。そんな姿を見るのは。

 

「僕のせいで、派閥が滅茶苦茶になった」

 

「!」

 

「あの時、僕は何もできなかった。自分でも驚いているよ、まさか同族が怪物に化けていたなんて。そして、デマであったにせよ一族の再興を掲げていた僕が彼女を、同族を槍で貫いたなんて事実は……どうやら、自分自身が思っている以上に衝撃で、心にダメージを与える出来事だったらしい」

 

胸を握り締めるようにして、フィンは呟く。

動揺して、動けなくなって、その後は最初に仲間になったガレスやリヴェリアを、そしてアイズやティオナ、ティオネ、ベートを負傷させた。おまけに団員達が数名、死んでしまった。たとえ自己満足や、独り善がり、あるいは無責任と言われようと……これ以上、自分についてきてくれた彼等(ラウルたち)をフィンは汚したくはなかった。

 

「っっ……! 行きましょう、団長! 自分達には貴方が必要なんです、今も皆、戦ってる! 貴方達の留守を守ってる!」

 

自分がきっと今、情けない顔をしているはラウルが一番わかっている。アキ達に指摘されなくたって、相変わらず胃が痛いし吐きそうだし頭も痛い。ならきっと情けない顔を晒しているに違いなくて。だけど、彼が必要だから、彼がいてこその【ロキ・ファミリア】だから、ずっとその背中についてきたから必死になって説得をする。

 

「今すぐ行きましょう!」

 

フィンがいるのといないのとではまるで違う。ラウルでは限界があった。いいや、既に限界だった。旗頭といえる人物達の不在、それを守らなければという使命感、自分達が置かれている状況、何もかもがプレッシャーで彼を苦しめているのだ。だからこそ自分はフィン達が返ってくるまでの代理だと、それまでの辛抱だと言い聞かせて動いてきた。

 

「………もう、放っておいてくれ」

 

「――――――」

 

「君は次期団長だ、この状況下で動けているのなら何の問題もない。今の君の方が、僕よりずっと団長としての力はある」

 

「――――――」

 

「神の策略で無能を晒したんだ。僕の野望は、もう終わったんだ……僕にはもう、冒険者である意味がない」

 

聞きたくなかった言葉だ。

目の前にいる人物が誰なのかと疑問に思えてしまう。ラウルの胸の中で吐き気とは違う感情がぐちゃぐちゃになってかき混ぜられるような不快感が浮いてくる。

 

「意味? 意味……!?」

 

ラウルは自分にはフィンやアイズ達のような『英雄』らしい力は何一つとしてない。【超凡夫(ハイノービス)】という二つ名が与えられるほどに、彼は二流止まりで平凡だった。Lv.4へ至りながらスキルも魔法も持たない平凡な冒険者。そう、彼もまた『英雄譚』に飾られる英雄の1人にはなり得ないことを自覚している。『英雄』の影に隠れ、埋もれ消えていく名もなき冒険者の1人だ。

 

「昔、遠征の日に書庫に引きこもってしまった時に派閥をやめようとしていたアキに言ったことっすけど……正直、温かい布団でいつまでも寝ていたい、故郷にいる母さんの手料理がメチャクチャ食べたいっす……ずっと地上にいられたらって……本当に、本っ当にそう思うっす」

 

喉が震えていた。

俯いて、肩を震わせて、情けなくも涙をこらえながら。憧れを憧れそのものに否定されたような気がしたて。だけど彼の口は自然と動いていた。

 

「でも…本物の英雄を見つけたんすよ」

 

「………? ああ、彼はきっと素晴らしい英雄になるだろうね。目覚ましい成長を見せる超新星だ」

 

誰のことを言っているんだ。

こっちを見ろよ。

そう心の中で吐き捨てる。

フィンの後にラウルはつづけた。

 

「初めて英雄譚を読んだ時みたいに……それ以上に、わくわくしてくるんです。だから怖くても死んじゃうかもしれなくても、来いって……そう自分に言ってくれるなら、自分は這ってでも行くんすよ……!」

 

「…………」

 

「貴方の……英雄(フィン・ディムナ)の活躍をこの目で見るために……!」

 

だって本の中にしかいなかった英雄が目の前にいて、その活躍を見られる。そんなのは最高だから。

 

「また自分に……来いって、言ってください。それじゃ、ダメですか!?」

 

「っっ……」

 

「みんな、みんな……貴方が帰ってくるって信じて戦っているんです! 【ロキ・ファミリア(じぶんたち)】だけじゃない! 貴方を知る誰もが! きっと立ち上がってくれる、この状況も……神の企てなんか打ち破ってくれるって、祈ってる!」

 

「……『フィアナ』がいないように、『フィン』もいないんだ。野望を掲げて、ロキと出会ってたくさん考えを巡らせてここまで来た。でも、今まで積み上げてきたものは全て崩れ去った。見ろ、僕の手を……!」

 

「……!」

 

フィンの手は震えていた。

怯えるように、小刻みに。

 

「あの日から親指の疼きを感じない。どころか、力が入らないんだ。手が震えて、武器さえ握れない……っ。だからもう、君達が期待する『勇者(フィン)』は、もう過去の幻想にすぎない……!」

 

「っっ―――――ふざけるなぁぁ!!」

 

ぐちゃぐちゃな感情が溢れて、ラウルは激昂する。

フィンの胸倉をつかみ、なおも吠える。

どこかで、怪物の吠え声と共にまた激しい戦闘の音が聞こえた。青い炎が流星のように空に散っていた。

 

 

「貴方が、みんなに『希望』を見せたんだろう!? 貴方の背中が、俺達の胸をあんなにも震えさせたんだ!! 責任を取れ! 俺達に『夢』を見せた責任を!!」

 

「――――!!」

 

胸の奥で、消えた薪に熱を放ち火花が散るような感覚が走った。今まで見たことのない青年の激昂に思わず目を見開いてしまう。

 

「それでもっ……『フィン』はもう、終わったんだよっ……神の策略だろうと、嘘が真実として広がってしまったなら、それはもう事実なんだ! 僕の『野望』は、もう終わったんだ! 僕はもう、空っぽなんだ!!」

 

掴まれた胸倉をそのままに、フィンは言う。

ここにきて初めてラウルの目を見て、その必死さに気付いていながら、目を背けたくてできなくて、言い訳のように宣う。胸倉をつかむラウルの手に更に力が入る。

 

「―――ごちゃごちゃ言うなぁ!! 俺は『フィン』に言っているんじゃない! 俺は、『()()()()』!! 貴方に言っているんだ!!」

 

「!!」

 

「『野望』のためにひた走ってきた貴方の背中を俺達は知っている! 誰にだって否定させない! なのに、貴方が――――『フィン』が何を意味するのかを忘れて、どうする!?」

 

「ぁ―――――――」

 

「貴方にだってなりたいものがあったはずでしょう!? 大人になったからって、崩れたからって簡単に諦めていいものじゃないでしょう!? どうして『フィン』になったのか、確かな理由があったはずでしょう!? 貴方がそれを否定したら、それを一緒に追いかけてきた俺達は何だったんだ!? 俺達が大好きだった主役(フィン・ディムナ)が、脇役(おれたち)を否定するな!」

 

ドクン、と胸が跳ねた。

瞳が震えた。

震えていたはずの手が、静かになった。

そもそもどうして『野望』を掲げて『人工の英雄』なんてものを目指したのか、瞼の裏に浮かんだ気がした。

 

「ぼ、くはっ………」

 

何か言いたいことがあるのか、だけど言葉にできなくて口ごもる。ラウルはもうこれ以上言えることはなくなったのか、力なく掴んでいた手を離し、フィンの身の丈ほどある白い布で包まれた何かを置いて離れていく。

 

「俺、信じて待ってるっす」

 

「………」

 

「これ、置いていきます。護身用の武器も持たないなんて、いくら第一級冒険者って言っても危険っすよ」

 

「………」

 

「じゃあ、自分、アキ達と合流して団長達の代わりに指揮をとらないといけないから行きます」

 

「………」

 

「団長、俺は………貴方に、今一度、『勇気』を問うっす」

 

「………!」

 

言うと一歩、また一歩と後退して階段を下りていく。

フィンはただその青年の後ろ姿が見えなくなるまで、動けずにいた。

 

「何を……」

 

しばらくして。

俯いていた彼は、空を見上げた。

分厚い雲は天からの光を遮り、地上を暗く染め上げ、ひょっとすれば雨でも降ってしまうのではないかと思わせる。こんな空では、とても天に上った魂達と顔を合わせることも難しいだろう。

 

「僕は………俺は……!」

 

少年ではなく、大人になってしまった小人族(パルゥム)は空を見上げ、邪魔な雲を睨みつける。力なく開かれていた手が、ぐっと握られる。魔法も使っていないのに、碧の瞳が紅の色と明滅を繰り返すように変色を繰り返す。

 

「俺は………何をやっているんだ……!」

 

 

×   ♪   ♪

フィンとラウルが対峙している同時刻。

都市 南東 

 

 

「ヘスティア様!」

 

「ベ、ベル君!?」

 

「こんな時に何をして……って、何があったんですかぁ!?」

 

空よりゆっくりとヘスティアのもとへ着地したベルは、幼女神の姿を見て絶叫する。彼女はボロボロだった。何事か、襲われでもしたのか、どさくさに紛れて処女神を襲う不届き者がこの都市にはいるのか、そう思ってしまうレベルで。腕には包帯を巻かれ、白い衣装は汚れ、傷つき、とにかくボロボロだった。

 

「ちょ、ちょっとね……は、ははは……旧友にあったっていうか、旧友に強制的に献血させられたっていうか、僕の方がおっぱい大きいことが余程気に入らなかったっぽいね、うん。それくらいパンチの威力あったね」

 

「………こんな時にロキ様と喧嘩ですか?」

 

「ち、違うぜ!? 流石に僕もこんな時にロキと争うほど暇じゃないぜ!? いや正直眷族のいないぼくはやる事がなくて暇なのは確かなんだけどね!? とにかく、違うんだ! ロキより胸はあるけど僕よりは胸のない女神によるひがみっていうか、まあ、とにかく、そういうことだよ!!」

 

「どういうことですか!? いや、もういいです、とにかくこんなところで何をしているんですか!?」

 

「いやぁ、その……君が1人でドンパチしているって聞いてね? アストレアは動けないらしいし、僕、暇を持て余しているからさ、ヴェルフ君の代わりに荷物を届けに来たんだよ」

 

胸の位置で両手でしっかりと抱きしめるようにしている黒塗りのケースと背中に背負われている布で覆われた1本の剣がベルの瞳に映る。

 

「き、君が『ダイダロス通り』の辺りで戦ってるって話を聞いたから、ひょっとしたらいるんじゃないかと思ってさ」

 

「……だとしても、無茶しないでください。 護衛もいないなんて……アストレア様と違って、ヘスティア様は戦闘能力ないんでしょう?」

 

「ふぐっ!?」

 

「自称、地味神なんでしょう?」

 

「はぅっ!?」

 

「胸はあるのに眷族はいない、そんな神様なんでしょう?」

 

「ひぎぃっ!?」

 

「そんな神様が1人でふらつかないでください。ハッキリ言って邪魔、余計な仕事が増えただけです」

 

「ぐへぁっ!?」

 

「武器を持ってきてくれたことは、その、ありがとうございます。でも……僕、ヘスティア様がこんなところにいなければ、自分でヴェルフの所に行ってたんですよ?」

 

言の葉でボッコボコにされるヘスティア。

崩れ落ちそうになるのをベルに支えられ、心の底から「何をしているんですか」な目を向けられた幼女神は苦笑しながら、弁明しようとする。

 

「で、でもヴェルフ君、ちょっと忙しくてさ……工房に籠りっぱなしなんだ。エルフ君と一緒に」

 

「エルフ? ヴェルフが?」

 

「う、うん……ロキの眷族()だったかな、あの子」

 

「誰だろう……エルフの人がヴェルフのところにいるってだけでも驚きなのに」

 

ヴェルフが家名のことでエルフ達からよく思われていないのはベルも知っている。だからエルフがヴェルフの元にいるというのが少しだけ不思議だ。リューやセルティでさえ、家名と彼本人は関係ないし罪はないでしょうと言うもののやはり種族柄気にするところはあるらしい印象を持っていたのを覚えている。

 

「綺麗な子だったぜ?」

 

「そりゃ、ロキ様の眷族ですから」

 

「スタイルの良い子だったぜ?」

 

「そりゃぁ……ロキ様の眷族ですから」

 

「胸、大きかったぜ? エルフなのに」

 

「………レフィーヤさん? それともアリシアさん?」

 

「すげぇよ君……」

 

胸が大きいというだけで2択に行きつくベル・クラネルにヘスティアは感心を覚えた。ひょっとして彼は年上の女の子なら体型だけで誰か言い当てることができるんじゃないか、そんな気さえした。もっとも義母譲りなのか姉譲りなのか時々口が悪くなるところがあるので、一々指摘しないが。

 

「と、とにかく……僕も、君の力になりたかったんだ」

 

「?」

 

「ア、アルテミスの時、僕は――――」

 

何かを言おうとしたとき、2人がいるストリートより南の方、ずっと先から破壊の音がした。それは爆発にも似た轟音だった。幼女神と共にそちらを見ていると煙を突き破って巨体が姿を現した。

 

『グルァアアアアアアアアアアアーーーッ!!』

 

尻尾と見間違える長い黒の髪を持つモンスターが吠え声を上げている。両手首には武装なのか鎖がぶらさがる手甲が、頭部は兜、そして胸には胸当てが装具されている。

 

「なあ、ベル君、あれ、僕達……じゃないな、君のこと、見てないかい? ゴリラの知り合いとかいたりする? ほら、ひょっとしたらアレも年上のお姉さんかもだし」

 

「生憎とゴリラの知り合いはいませんよ……紹介してくれます?」

 

「紹介、してほしいのかい?」

 

「いや、遠慮しておきます。 僕は人間か女神様がいいです」

 

「だよねー! っていうかこっち来てないかい!?」

 

黒髪を揺らすゴリラは、まるで何かに取りつかれたかのようにベルを見つけるとストリートに面した建物や屋台を破壊しながら迫ってくる。近くにいた冒険者の悲鳴が聞こえた。

 

「ヘスティア様は下がっててください!」

 

「うえぇ!? こ、ここは僕をお姫様抱っこして逃げる所じゃないのかい!? それで僕はそんな状況だというのに心から幸せを感じてしまってさぁ!?」

 

「あいつは僕のことを見てるんですから、それする必要ないですよね!?」

 

「くそー! アストレアの味わった気分を僕も味わってみたかったーーー!」

 

「何を言ってるんですかぁ!?」

 

テンション高めなヘスティアにベルは吼える。

怪物の吠え声もまた近づいてくる。

その見た目は、ヘスティアが聞いたものとは少し違っていて、つい冒険者であるベルに聞いてしまう。

 

「な、なあ、ベル君、『シルバーバック』って銀色なんじゃなかったかい!?」

 

「あれは『ブラックバック』。亜種みたいなやつです……希少(レア)な個体だって聞いたけど……あれも武装したモンスター? とにかく、ヘスティア様、武器をください。それで下がっていてください」

 

「あ、お、うん。 えと……はい」

 

ヘスティアより渡された武器の1つ。

それは『アルテミスの遺剣』。整備していたものだ。

そしてもう1つはケースの中に収められていた『漆黒のナイフ』。

 

「同じものが4本……? ヘスティア様、これって?」

 

「……遠い砂漠より回収されたとある冒険者が使っていた大剣を打ち直して造られた、君のための武器だ」

 

ヘスティアは先程までとは一変して、真面目な口調で答えた。ベルはすぐにそれが、ザルドがかつて使っていた大剣が生まれ変わったのだとわかった。

 

「その砂漠は生命が生まれない『死の砂漠』なんて言われている。そこにあったものが、新たな主の力になるために新たに命の息吹を与えられ生まれ変わった!」

 

『ォオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

怪物が近付いてくる。

通常の個体よりも強いのか、あるいは強化種なのか、周囲の冒険者を無視してベルへと一直線。

 

「故に僕から名を取って、シリーズは『不滅(ウェスタ)』。()を『ヘスティア・ナイフ』……」

 

「………!」

 

そして、申し訳なさそうに、悔しそうに女神は言う。

 

「2度もアルテミスに頼ってもらえなかった、僕からの君に対する『復讐』だ。ごめんよベル君、勝手なことをして」

 

「………」

 

ヘスティアとアルテミスは天界時代の神友だ。

アンタレスとの一件、アルテミスはヘスティアの元へ現れることはなかった。そして都市が魅了に落された時、ヘスティアは何もできなかった。不意打ち同然の魅了にいくら処女神といえども対応できなかったのだ。盾を構えていないのだから剣で斬られても仕方ないのと同じように。その時、魅了を解除したのはアルテミスの力であることをヘスティアは感じとっている。頼ってもらえなかった、力になれなかった。普通の男の子であるベルを頼ったことに彼女は少なからず嫉妬を覚えた。

 

 

<くすぶっているなら、お前にだって『復讐』する権利はあるはずだろう? 我慢するなよ、ヘスティア。許すとお前は言ったのだとしても、二度も友神の力になれなかったお前はあの少年に思うところがあって当然だし、手を下す権利は十分にあるだろう?>

 

だからこそ、エレボスはそれを見逃さなかった。

まだ手付かずだった大剣。

それにヘスティア自らが注文(オーダー)をかける。大剣よりも小さなナイフへと。それがヘスティアにできる唯一の『復讐』。嫌がらせと言ってもいい。

 

「…………」

 

「許すって言ったのに、ごめん……やっぱり、悔しかったんだ」

 

女神の心を焚きつけ利用された。

善神であるヘスティアは、次第に涙を零しそうになりながら身体を震わせた。罪悪感が痛いほどにヘスティアの胸を締め付ける。

 

「僕は、眷族がいないけど……でも、だからって一言も言ってくれないなんてあんまりじゃないか!? 僕だって君の力になりたかったんだ!」

 

もういない誰かに言うように、彼女は喉を震わせる。

背中に刻まれた1つのスキルが熱を放ったような感覚をベルは感じとった。ケースから取り出した1振りの漆黒のナイフは、驚くほどにしっくりと手に収まって握りやすく()()()()()()()()()()()()。だからベルは、思わず笑みを零した。

 

「…………あの時……僕を許してくれたように、許します」

 

<それに……僕一人くらいは君のことを許してもいいはずだ>

 

勝手なことをしたことに思うところがないわけじゃない。だけど、これほど手にしっくりとくる『最良の武器』を与えられて喜んでいる自分がいるのも確かで、ヘスティアが『ナイフ』を注文したことは何も間違いじゃなく彼女の優しさだとさえ思えた。

ベルはヘスティアに言葉を返す。それはエダスの村に行った時、ヘスティアが言った言葉だ。アルテミスのことで苦しんでいたベルを許すと彼女は言った。それをベルは忘れてなどいない。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

ベルへ接敵し、いよいよ攻撃があたるほど距離を埋めた『ブラックバック』は吠え声と共に拳を振り下ろした。ベルはナイフを握って右手をそのまま振り上げる。怪物の拳と人間の拳がぶつかり、そしてそのまま砲声する。

 

「アストラルボルトォ!」

 

『ギァッ!?』

 

アッパーのように拳を振り上げて、ベルは星炎で怪物の攻撃を弾き返した。その炎に見惚れるように釘付けとなるヘスティアに、ベルは今一度振り返った。左手にはかつてアルテミスが使っていた剣を握り、右手にはヘスティア・ナイフを握り締めて。

 

「それなら、一緒に……僕っも、アルテミスと一緒に連れて行ってくれないかい?」

 

アルテミスの剣は、砕け散るその時までベルと共に冒険をこなしていくことだろう。スキルとして宿った彼女の想いは、彼が生きている限り歩みを共にするだろう。神からすれば短いひと時だ。それでも、その一欠片でも、歩みを共にしたい。たとえ神血を介した関係でなくとも。そんなヘスティアの『願い』にベルは2振りの武器を交差し構えることで答えた。

 

「行ってきます」

 

「ああ………行っておいで」




・ラウルとフィン。
これがやりたかった、以上。

・シリーズ:ウェスタ。
ザルドの大剣を4本のヘスティア・ナイフとして打ち直した『総称』。
なぜ4本か。
アエデス・ウェスタにいた3人の巫女+ヘスティア自身をいれて4。
正史と同じような成長する武器ではなく、ヒエログリフのない漆黒のナイフ(不壊属性)。

・ヘスティアはエレボスに「大剣の注文をナイフに取り換えてやれ」なんて言われてそれこそがエレボスに焚きつけられたヘスティアができる『復讐』だと思っていますが、エレボスの狙いは別。

・ヘスティアが出歩いている。
『暗黒期』なのに? 
その時点でおかしいのをフレイヤ様は気づいてます。だから前回のんびりとお話できました。

・なぜアリシアがヴェルフの工房にいるのか。
7年前にはなかったものさえ利用するため。種族的に思うところのあるものでさえ利用する。

・ブラックバック。
ダンクロに登場するシルバーバックの亜種みたいな個体。
イベントモンスターだったかは覚えていませんが。
異端児編なんですよ? ミノタウロスだけじゃなくても再戦を望む奴がいてもいいはずでは? 
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