アーネンエルベの兎   作:二ベル

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あと何話でこの章終わるんだか。


英雄賛歌⑳

 

 

「こんにちは、武装したモンスターの皆さん」

 

少女の声に、暗がりに隠れていた怪物達が肩を揺らして振り返る。見つかってしまった、といった感情が浮き上がり、けれど振り返れば武器なんてこれっぽっちも持っていないか弱い少女がいたことに目を丸くする。けれど索敵能力の高い半人半鳥(ハーピィ)半人半蛇(ラミア)達が彼女の背後や視覚では見えないがどこかしらに隠れている者達を感知し、喉を鳴らした。

 

「へぇ、武装したモンスターって噂でしか聞いたことがないんですけど……()()()()()()()()とは随分、違うんですね」

 

人間の容姿に近い身体を持った個体……それも雌の個体に視線を向け、微笑みながら値踏みするような視線をお構いなしに向けてくる少女に自分達に恐れすら抱かない異様さに嫌な汗を流す。彼女に傷一つでもつければ自分達の命はない…そう思えるほどの殺気の籠った視線が、少女とは別に怪物達へと注がれていた。

 

「シル様、あまり近づかれると危険です」

 

「んー……大丈夫だと思いますよ? ヴァンさんが言うように危険だったとしたら、とっくに襲われていると思うんですよ。ほら、気配なり気付かれて私みたいにか弱い良質街娘なんてあっという間に凌辱の対象に早変わり……それが起こってないってことは、大丈夫な証拠ではないでしょうか?」

 

「………しかし」

 

それ以上の言葉を持ち合わせていないのか、渋々ながら半小人族(ハーフパルゥム)の美神の眷族は拳を握り締めるように武器を掴んだまま、押し黙る。彼は武装したモンスター達を発見というよりも、ダイダロス通りの爆発の後、追跡していた者の1人だった。場所は都市に張り巡らされた下水路の一部で、シルはベルを送り出した後こうして足を運んでいた。

 

「この怪物達を討伐せず見張っているようにとお達しを受けましたが……いったい何をなされるのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「うーんっとそうですねえ……まあ、ちょっと好奇心が疼いたってところでしょうか」

 

「相手は武装しているとはいえ――」

 

「そう、武装しているんですよエミリアさん」

 

「?」

 

「警戒しているとはいえ暴れ出そうともしない彼等、怪物でありながら女戦士(アマゾネス)さん達のような戦闘衣装を身に付けていたり、他にも防具を身に付けている……これを、人間がわざわざするのは物好きな気がするんですよ。だって暴れ出したら大変じゃないですか。ということは、武装できるだけの知性を彼等は有しているということではないでしょうか?」

 

「………」

 

エミリアという名の女性団員にシルは自分の下唇に人差し指を押し当てながら言うと、さらに理由はあるとばかりにもう一本指を立てた。

 

「ここにいる怪物さん達は、『元人間』だったという可能性もあります」

 

これには怪物達はおろか、隠れてシルを守っていた美神の眷族達も目を見開いた。何せ彼女が口にしたのはあまりに荒唐無稽な(信じがたい)話だからだ。

 

「先日、すぐに討伐されちゃいましたけど……冒険者様達を取り込んだ謎の怪物(モンスター)達が都市に現れましたよね? 囚われていた冒険者様達は、聞けば『行方不明者』だったそうじゃないですか。では、ここにいる怪物さん達もひょっとしたら……という、ちょっとホラーな仮説が立てられませんか?」

 

「………っ」

 

やめてほしい。

よけい討伐しづらくなる。

ただでさえ見た目が人間に近くて自分達の知っている怪物達とは違っているというのに。ここで「元は人間なんですよ!」とか言われても困る。美神の眷族達は言葉にこそしないが、心の中でそんなことを思った。無論、彼女達は美神至上主義。女神の寵愛を得るためであれば身内とだって殺し合いをするやべーやつら。どこぞの白兎に女神様はゾッコンだし、あわよくばイケるとこまでイキたいとしているというのに当人はそれを無視(スルー)。あいついつかぶっ殺してやろうかなんて思う今日この頃。いやまあ、仮にあの兎が女神の寵愛(イチャラブ)を受け取ったとしてもぶっ殺してやりたくなるのは当然ではあるが女神にとって特別なのだから血涙を流して諦めざるを得ない。おのれ白兎。

 

「まあ……彼等がどのようにして生まれたのかは、有識者の皆さんに考えてもらうとして」

 

((((言うだけ言って、丸投げした!?))))

 

「一言も喋ってもらえないと流石に困るなあ……でも仕方ないかぁ……こうも皆さんが殺気立ってたら萎縮しちゃいますよね」

 

苦笑を浮かべるシルに、殺気立っているのは貴方が原因ですよ?と言いたいけど言えない美神の眷族達。怪物達はぷるぷる震えながら冷や汗を流しつつ、彼女の見えない言動に翻弄される。

 

『あ、貴方ハ……』

 

「ん?」

 

それを変えるように、半人半鳥(ハーピィ)が口を開いた。震える声で、言葉を紡ぎ恐る恐る言う。

 

『な、何が目的ナノ、デス……カ?』

 

「目的、そうですね……」

 

怪物が言葉を発したことに驚く者達がいるもののシルは動じない。少しくらいは目を丸くしたがその程度で、すぐに目を細め、胸の前で両手の指を交差させ、微笑みながら返答する。

 

「前に悪ーい神様に意地悪されたお返しもしたいんですけど……ついでに、大好きな冒険者様に頑張ってもらいたいなって」

 

『………私達ヲ、どうスルのですか?』

 

「交渉、しましょうよ」

 

交渉なんてよく言うものだ。

姿を見せない視線の数々が「断れば殺す」と言いたげだというのに。これでは一方的な命令とそう変わりない。怪物達は喉を鳴らして、シルが何を言ってくるのか待った。

 

「まず第一に、貴方達の目的を教えてください」

 

『…………』

 

シルは微笑んだままにそう言って、怪物達が言葉を返すのを待った。本当に交渉するつもりなのかと視線を泳がせ、嫌な汗で肌を濡らし、仲間達同士で視線を交わして頷き、口を開いた。

 

『ダンジョンに帰還する……それガ、今の私達の目的デス』

 

『クノッソスが崩壊してしまったせいで……瓦礫に道を塞がれ、帰還する術がない』

 

「帰りたいけど、帰れない……なるほどなるほど、あれ、でも、じゃあどうして貴方達は地上に出てきたんですか?」

 

『……仲間を助ける、ため』

 

「ふふ……そうですか」

 

その笑みは嘲笑ではなく、美しいものを見たときに見せるものだった。やはりこの少女は異様だと怪物達は身を寄せ合いながら彼女達は自分達に何を求めてくるのかとその時を待つ。短くも長いその時間は、まるで処刑を待つ罪人のようだ。

 

「では、ダンジョンに帰還するためのお手伝いを私からお願いしましょう。ああでも、あくまでもお手伝いだってことをお忘れなく。もう放っておいて大丈夫だろうというところまでしか、きっと手伝っては貰えないでしょう」

 

『――――――ぇ?』

 

「その代わり、1体で構いません。 帰還を諦めてくれる方を見繕っていただけませんか?」

 

『………!?』

 

「できれば、好戦的な方が好ましいです。戦いたくない方をぶつけたって、つまらないですし……ああ、戦っていただくお相手というのは、私の大好きな冒険者様なんですけど。その方、とってもとっても強いですよ?」

 

仲間の命を寄越せとでもいうその内容に言葉を失う。そんなこと、仲間を売るようなことできるわけがない。爪の生えた拳を握りしめ、あるいは歯を食いしばって怒りの感情さえ露わにする怪物達にシルはまったく動じない。

 

「あの機械仕掛けの怪物さんでもいいんですけど……あの方はちょっと、男の子が好きそうな見た目ですし、戦い辛いと思うんですよね。なので、可能なら―――」

 

シルが言い終える前に1体の怪物が仲間達の前に出る。その巨体はシルを見下ろすほどで、天井に頭がついてしまうのか背を丸めているような姿勢だ。美神の眷族がランタン型の魔石灯を持ち上げるとその光に照らされて姿が晒される。

 

「シルバーバック……では、ないですよね?」

 

全体的に黒の体毛に包まれた巨猿。

シルバーバックと呼ばれる怪物ではなく、その亜種とされるブラックバックだ。シルは彼を見上げながら微笑み手を伸ばす。さすがに触れようとするのは危険だと見過ごせないと止めに入ろうとする美神の眷族達を他所に彼女は瞳を銀の色に輝かせた。

 

「ふふ……希少(レア)というものかしら?」

 

少女の声がソプラノを思わせる声色に変わる。それに合わせて薄鈍色の髪が銀の色へと変わっていく。

 

「これも因果というものかしら……『怪物祭』の時みたいでいいわね」

 

抑えきれない興奮が湧き上がってきているのか、その声にはどこか熱っぽさがあった。伸ばされた彼女の右手がブラックバックの口元に振れると、彼は心臓でも高鳴ったかのように身を震わせる。

 

「じゃあ、貴方にするわ」

 

銀に輝く瞳が彼を射抜く。

空気が歪むかのような感覚に怪物達でさえ息を呑む。邪魔などできない。仲間が…なんて思ってももう手遅れだとわかる。じっと彼女を見ることすら難しく目を逸らし意識を別のことに向けることが精一杯の抵抗。

 

「貴方が進む道の先に、彼はいるわ。美しくどこまでも飛んで行ける輝ける雷光」

 

『―――――』

 

雷光。

その言葉に、ブラックバックはゴクリと喉を鳴らした。瞼の裏に映る何かが、脳に響く彼女の言葉を受けて火花を散らしていた。

 

「―――簡単に負けちゃいやよ? できるだけ、できるだけ……時間をかけて、あの子の魂を輝かせて」

 

『ォオ………』

 

甘えてくるような猫なで声を最後に銀の輝きは消失する。バチバチと瞼の裏に浮かぶ光景が色を帯びていくように彼は吠え声をあげて走り出した。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

再び薄鈍色の少女へと戻っていた彼女の横を見向きもせずに通り過ぎ、衝動の言いなりとなって彼は地上へと飛び出す。シルはそんな彼の背中を見送ることもなく恐れを見せる怪物達に微笑みかけ、そして側にいた美神の眷族へと顔を向けて口を開いた。

 

「それじゃあ、【フレイヤ・ファミリア】のみなさん」

 

「!」

 

「【ロキ・ファミリア】の方々がいるかもしれませんから、くれぐれも気をつけてください。お願い…しますね?」

 

「……っ、は、はいっ」

 

 

×   ♪   ♪

そして現在。

 

 

ストリートに面した建物や屋台を破壊して、ブラックバックが驀進する。両腕に装備された手甲から音を立てて鳴るは鎖であり、さながら手錠を引きちぎったような見てくれをしている。さらには胸当て(ブレストプレート)(ヘルム)、口には猿轡のようなものまで取り付けられている。黒い長髪を揺らして現れたその怪物は迷うことなくベルへと接敵した。

 

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッッ!!』

 

赤く輝く眼光の巨猿に対し、ベルは地を蹴り走る。

姿勢低く、地面スレスレで。

全知零能たるヘスティアの目には、純白の軌跡を描く弾丸にしか映らないだろう。

 

「―――ぉおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

いつの間に彼はそれほどまでに早くなったのだろう。

これほどまで、強い子供だっただろうか。

そう思ってしまうほどの瞬間であり、高鳴る胸を掴むように胸元で小さな手を握りしめる彼女は瞳を震わせてその光景を焼きつけた。両者の距離はゼロとなる。

 

『―――――ッッ!!』

 

「――――――ッ!!」

 

振り下ろされる右拳。

それをあえて相手の懐へと潜り込むことで回避し次の攻撃につなげようとするベル。それを見越したように左腕を使った薙ぎ払いがベルを吹き飛ばす。

 

「~~~~~ッ!?」

 

腕を交差して防御の構えを取るも勢いよく吹き飛ばされた華奢な身体はビリビリと痺れるような衝撃に襲われる。吹き飛ばされながらも手を伸ばし、建物と建物とをつなぐように結ばれていた(ロープ)を掴んだ。急激に加速力は失われ、一瞬、止まったように動きが緩やかになる。(ロープ)に取りつけられていた旗がパタパタと乱雑に揺れ動くのも気にせず、次の瞬間にはベルは、弓から引き絞られた矢が撃ち出されるようにブラックバックへと飛び掛かった。

 

「はぁぁーーッ!」

 

『ゴァッ!?』

 

右頬へと叩き込まれた拳打に今度は怪物がその威力に引っ張られるように身体を仰け反らせる。ジャラリ、と両腕の鎖が音を鳴らし、蹈鞴(たたら)を踏む足が石畳を破壊する。左手で顔を覆い痛みに悶える怪物に対しベルはさらに攻めかかる。

 

 

「これが、ベル君……?」

 

純白の軌跡は、建物の壁を蹴りつけているのかまるでゴム玉を思いっきり投げることで跳ねまわるように縦横無尽に動いていた。武神(タケミカヅチ)あたりなら、まだ目で追うことができて解説くらいしてくれたかもしれないがヘスティアにはとてもじゃないができない。ただ自分が知るベルと同じなのかと疑ってしまうくらいが精一杯だ。いつも女神や姉達に可愛がられていて、可愛らしい笑顔を見せてくれる優しい少年は今、ベル自身を狙ってやってきた怪物と戦っている。

 

「これが、『冒険者』……ベル・クラネルなのかい?」

 

一瞬、壁に両脚と片手をつけてベルの動きが減速した時に見えた表情にゾッとしながら呟いたヘスティアへ別の女神の声がかかる。

 

「ヘスティア、いつまでぼけっとしているの?」

 

「……ア、アフロディーテ」

 

「どこへ行ったかと思って眷族達に探させてみれば……なに、アンタってショタコンなの?」

 

「うるっさいなあ! そんなこと言い出したら大抵の女神は『ショタコン』だし男神は『ロリコン』だよぉ!!」

 

裸体の上から最低限布なり宝石なりで隠しているだけと言うような恰好をした美神の1柱、アフロディーテが胸の下で腕を組んでヘスティアを見つめていた。言われたことにイラッと怒りの感情を露わに言い返すがアフロディーテはどこ吹く風。

 

「へぇ……あれがオリオンねえ……笑っちゃってまあ、楽しそう」

 

「……まさかアフロディーテ、見えるのかい?」

 

「フッ……舐めんじゃないわよ」

 

「おお………っ!」

 

「まったく見えないわ」

 

「チッ」

 

「さすがに見えないわよ。相手はLv.3の子なんでしょう? 無理無理、ただビリビリとした感覚を肌で感じられるってだけよ。そんなことより、とっとと行くわよ。悔しい思いをしたんだったら、やりとげてみせなさい。この私、アフロディーテがあんたをヨイショしてあげようってんだからサボろうとすんじゃないわよ」

 

「君、見敵必殺って感じで出合い頭に僕に殴りかかった挙句、血を抜いたの忘れたのかい? ヨイショどころじゃないぜ?」

 

「うるっさいわね、三大処女神のくせにイシュタルなんかの魅了にやられるアンタが悪いのよ!」

 

「不意打ちだったんだから仕方ないだろう!?」

 

「今日は天気がいいから美神が魅了で侵略してくるかもしれないっていう精神ないわけ?」

 

「あるわけないだろう!?」

 

ブラックバックの周囲を旋回し、ナイフや剣で切りつけるベル。苦悶を漏らす怪物は両腕を使って前面を守るように防御の構えを取り堪らず真上に跳びあがる。巨体が勢いよく飛びあがり、2階建ての建物を優に超えた上空へと逃げおおせる。飛び上がったところで勢いは失われ僅かにふわりと浮遊するような時間が生まれる。そこでブラックバックは走り回る白兎を瞳で探すように動かし、両腕を伸ばし、背を仰け反らし、そのまましならせた身体を元に戻す力で両腕の鎖を鞭を振るうように地面へと叩きつけた。爆発にも近い音が耳朶を震わせる。

 

「とにかく、アンタはなるべく都市の中心地へ行きなさい。私の眷族を護衛に貸してあげるから」

 

「………本当にアルテミスを復活させられると思っているのかい?」

 

「一時的かつ限定的なものになるでしょうけど、できるわ」

 

「何で確信があるみたいに言えるんだよ……」

 

「確信があるからよ。そのためにアンタの血を抜いて薪に染み込ませて都市中にばらまいたんだから、あとは私のあとにアンタが仕事をするだけ。それで盤面はひっくり返る。エレボスの企みがどうあれ興味もないけれど、『神の介入』なんて望んではいないはず。なら、邪魔するまでよ」

 

「…………」

 

右、左、右、左とまるで駄々をこねる子供のように腕を振り回して鎖を叩きつけるブラックバック。建物は砕け、地面は爆ぜ、屋台は木端微塵に。土煙があがり、最後に巨体が地に降りたことで鈍い音と共に爆発にも似た轟音と煙が戦場を埋め尽くした。ヘスティアは己の眷族ではないのにも関わらずベルの名を叫びそうになり、煙の中から星炎が飛び出し怪物の悲鳴を聞くとその衝動は抑えられ、目を見開いた。

 

「オリオンを心配したって時間の無駄。あのゴリラ…随分とオリオンにご執心だけれど、何、前世の因縁でもあるのかしら? ううん、それだけじゃない……魅了まで受けているわね、フレイヤかしら?」

 

同じ美の女神だからこそわかるものなのだろうか。アフロディーテはオラリオに存在する美神であるフレイヤが介入していることを即座に見抜く。それでもただ魅了されているのではなく、フレイヤとブラックバックの目的のようなものが一致しているが故にこの状況ができているのではないかと彼女は目を細めて読み取る。

 

「じゃあ、私は行くから。アンタも遅れるんじゃないわよ」

 

「………わかった、わかったよ。でもせめてタイミングくらい教えておくれよ」

 

「夜」

 

「そ、それだけ!?」

 

どこぞへとスタスタと優雅に歩いて姿を消していくアフロディーテに置き去りにされるヘスティア。彼女は土煙を突き破って建物の屋上へ移ったベルの姿を確認すると、黙っていなくなることに申し訳なさそうな表情を浮かべて美神の眷族と共に移動を開始した。

 

 

×   ♪   ♪

治療院

 

 

「食べなさい」

 

男神が1枚の皿をテーブルの上へと乗せる。

皿の上に載っているのは『じゃが丸君』だが、冷め切っているのか揚げたての時に見せる湯気はなく油のせいでどこかシットリとしている。すぐ近くの窓から見える景色はとても良いとは言い切れず、それどころかどこかで戦闘でも行っているのか爆発音が聞こえてきていた。

 

「………スン、スン」

 

獣のように鼻を鳴らして、妖しい固形物を確認する少女。そんな彼女の行動を、アミッドが怪訝な目をし、扉近くにもたれるようにして腕を組んでいる猫人(キャットピープル)の少女アナキティに視線を移す。アナキティは肩を竦めて、自分が知っている限りの……推測ではあるが少女の事情をアミッドへと話す。

 

「男神ソーマをロキ様の眷族が連れてきたというのが不思議に思えましたが……彼女が探し人であったと?」

 

「たぶんね。ソーマ様が探している子の特徴とかを聞いて、今回の件で治療院に運ばれたあの子が合致するような気がして……まあ、行方不明者らしいから怪物に取り込まれていた冒険者の中にだっている可能性はあるって考えもあったんだけど、連れて来てみればドンピシャっぽいじゃない?」

 

「何故、【ロキ・ファミリア】が人探しの協力を? そのようなことができる余裕があるとは思えませんが」

 

「正直、余裕ならないわ。派閥のトップが軒並みやられちゃってるってのもあって私達が動かなきゃいけなくなってるし……。でも、あの子はデマとはいえ私達の団長が殺めた子みたいになっちゃってるから、生存しているっていう情報は必要だし、無事なんだじゃあはいさよならって訳にもいかない」

 

「彼女自身にフィン・ディムナの潔白を証明してもらいたい……ということですか?」

 

「それがあの子にできるのならお願いしたいけど……」

 

「?」

 

「ラウルも私も、そこを重要視してはいないのよ。重要だって思っているのは、彼女自身が地上に戻ってくるまでの期間培ってきた情報のほう」

 

神ソーマとアーデに聞こえない声量で2人は会話する。

現在、フィンには『同族殺し』という汚名がついた状態にあるのは言うまでもなく、ベッドの上にいる少女が生存していることを都市内の誰も知らない。治療を請け負ったアミッドを含めた治療院の人間でさえ、一部の者にしか情報を流してはいないのだ。【ロキ・ファミリア】に彼女が一命をとりとめたことを伝えたのもフィン本人に伝えるためであったが、フィンが姿を消してしまっていたために断念。彼の派閥の仲間達に伝えることとなった。ラウルやアキ、アリシアといった所謂『二軍』の頭である彼等彼女等は、アーデの生存を聞くとホッとするのも束の間、彼女が今回の一件において重要な(ピース)になりうるのではないかと考えたのだ。

 

「ソーマ様が行方不明の眷族を探しているっていうのは、だいぶ前から、たぶんどの冒険者も知っていること。ギルドの掲示板(クエストボード)にも捜索依頼が張り付けられているくらいだから。実際にソーマ様とあの子を会わせないとわからないことではあったけど……ラウルは、ソーマ様の探している眷族だって言い切って私に指示を出したの」

 

「指示、ですか」

 

「ええ」

 

<アキはソーマ様を連れて治療院へ向かって欲しいっす。これは可能性……高い可能性っすけどあの子はソーマ様が探していた行方不明者っす。会わせれば、どっちであろうと確定する……アキ、2人を会わせて、そこにいる女の子から情報を得て欲しい……いや、連れてきてくれてもいいっす。何せ彼女は『他者』に変身できる魔法を使っていたんすから。彼女がどれだけ長い年月を地上ではなく地下で生きてきたかはわからない。だけど、彼女が培ってきたことは必ず闇派閥に痛手を負わせることに繋がるはずっす。利用できる。自分達が散々利用して切り捨てたあの子の魔法で闇派閥を痛い目に合わせられる……>

 

痛む頭を押さえるようにして考えを絞りだしていた同期の青年のことを思い出してアナキティは溜息を吐いた。どう見ても無理をしていて、碌に休息だって取れていない。ラウルはどうするのかと聞けばどこにいるかわからない団長に会いに行くという始末。やれやれ、としかいいようがない。

 

「男ってのはどうしてこう……無茶ばっかりするのかしらね」

 

「私に仰られましても……」

 

「許嫁が早死にするタイプで大変ね」

 

「…………」

 

「可愛い顔に似合わず、誰に似たのかしら?」

 

「…………」

 

無言になり表情を消し去って遠い所を見るアミッドにアナキティはクスリと笑みを零し、アナキティは男神と少女のことを視界に収めた。爆発にも似た轟音と怪物のような吠え声がまたどこかから響いてきて猫の耳がピコピコと揺れた。

 

 

「………っ」

 

小さな口を開いて、警戒するように『じゃが丸君』へかぶりつく。出来立てではなくて、もう冷めてしまっていて、けれど口の中に広がったどこか懐かしい味に少女の目は大きく開かれ、光を取り戻すように潤んだ。そして2口、3口と齧ったかと思えば、行儀悪く貪りつく。リヴェリアあたりが見れば作法がどうのと苦言を零していただろうほどには汚い食べ方だ。そんな少女をソーマは静かに見守っていた。かけてやる言葉など彼には思い浮かばず、先程名を聞いた時には覚えていないようですらあった。自分自身の名さえ忘れた眷族にどう接すればいいのかなど、酒を造ることしかしてこなかった『趣味神』の彼にはわからなかったのだ。

 

「………おいしい」

 

「そうか」

 

「懐かしい、味がします」

 

「そうか」

 

嗚咽が混じった少女の言葉にソーマはただ返事をする。

長い前髪に隠れた目元は相手に見える訳もなく、何を考えているのかさえわからない。7年前に抗争が終わり、その後に【アストレア・ファミリア】が介入したことで【ソーマ・ファミリア】は変わった。変わらざるを得なくなった。だがふとした時に眷族が1人いないことに気がついて、どうしようもなくなっていた。その行方知らずとなっていた眷族が目の前にいる。見つかれば嬉しいものなのかと考えたこともあったが、表情が変わったような感覚がないことからひょっとすれば眷族に対して何とも思っていないのではないだろうか。それこそが神ソーマの本質なのではとソーマ自身がそう思ってしまう。ペロリと『じゃが丸君』を貪り食べきった少女は咳き込み、それをソーマが傍にあるグラスへと水を注ぎ、口にあてがい傾け、飲ませる。小さな喉が動いて喉に詰まったものを流し落とせば、少女は不思議そうにソーマを見ていた。

 

「私に生きる術を教えてくれたのは、エレボス様です」

 

「………そうか」

 

「なのに、あの方からは自分の神様であるとは思えなかった」

 

「………そうか」

 

「怪物にも冒険者にも殺されかけたこともあります。でも、帰りたかったから必死だった……私は、怪物達と一緒にいてもここが自分がいるべき場所ではないと思っていて、あの時、身体から力が抜けていくとき、ようやく初めて地上(ここ)に帰りたかったんだとわかったんです」

 

どこかで怪物達の吠え声が聞こえた気がした。

少女はそれに反応して窓の外へ顔を向けて、シーツをぎゅっと握りしめた。自分に生きる術を教えてくれた男神に感謝の念がないといえば嘘になる。彼と出会っていなければ、死んでいたと今でもはっきりと言えるのは確かだからだ。自分を見つめている表情も碌に読み取れない男神と比べれば、手を差し伸べてくれたエレボスのほうがまだ幾分マシな気もしてくるが、彼の考えなどわからず仕舞いだったし、この事態が彼の企てだとするならこのソーマという男神のほうが良い、のだろう。何より、前髪の隙間から見えた彼の目を見た時、どうしてだか懐かしい気がしてならなかった。だから少女は、恐る恐る口にする。

 

「頭を」

 

「?」

 

「頭を、撫でてもらっても……よろしいでしょうか?」

 

自分で口にして恥ずかしい言葉だとわかる。

顔がわずかに熱くなっているのだから、きっと恥ずかしいのだろう。肉と皮を失ったあの骨には何とも思わなかったし、不器用な怪物では心地いいどころか痛いしかなかった。こうして人間らしい個体と触れ合うことなんて、それこそあの妖精の少女と出会うまでは碌になかったはずだ。懐かしいと心が震える、その衝動に促されるようにして口に出した要求に男神はやはり何を考えているのかわからない表情で、間を置いて、そして言った。

 

「………わかった」

 

ゆっくり、そっと、撫でるというよりは置くに等しい男神の手が少女の頭に乗せられた。気がつけば少女は肩を揺らして大粒の雫を零していた。

 

 

 

×   ♪   ♪

クノッソス7階層

 

 

「【ロキ・ファミリア】副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴ死亡……フィン・ディムナ行方不明、現在も逃亡中か? ねぇ……」

 

地上から持ち帰られた情報誌をヴァレッタは投げ捨てる。

くだらねえ、と唾さえ吐き捨てる彼女はその情報がブラフであることなどお見通しであった。あいつらは何かをしようとしている。そういう連中だ。癒えた身体の具合を確かめながら、呟く彼女は部屋の入口付近に跪いていた闇派閥の残党へ指示を飛ばした。

 

「どうでもいいが地上を混乱させ続けろ。『ダイダロス通り(うえ)』は一面瓦礫で埋め尽くされてんのは確認した。クノッソスの入口を割り出すのはまず無理だからなあ」

 

「ハッ……では、地上に昇る者とクノッソスの防衛をする者とで隊を分けます」

 

「ドワーフ共の動きにも注意しろ。あいつらに瓦礫を掃除されちゃあせっかくの瓦礫の山(カモフラージュ)も意味がねえ。レヴィスを『ダイダロス通り』に配置。私が歓楽街に出る」

 

「ヴァレッタ様、エレボス様の所在がわかりませんがよろしいので?」

 

「構わねえよ、そういう契約だ。暗黒期を再開させるっつーのがエレボスの目的であって私達はオラリオをぶっ潰してぇ。この状況を作り上げた時点であの神の仕事は終わり。指揮権も放棄してどっかで高みの見物でもしてんだろ」

 

「は、はぁ……」

 

「せいぜい壊して汚して辱めて、滅茶苦茶にしろ。『気持ちいい』ことを徹底しろ、それが『悪』だ。正義の女神がぐちゃぐちゃに顔を歪ませて「もうやめて」なんて言うまでやっちまえ」

 

狂気に満ちたような笑みを浮かべるヴァレッタに闇派閥の残党達は仲間内であろうとも恐怖し冷や汗を流し、ごくりと喉を鳴らした。しかし彼女の命令には逆らえない。逆らえば殺されるし、現状彼女以上に自分達を動かせる逸材もまたいないからだ。タナトスならやってくれるかもしれないが彼はクノッソスから出るつもりもない。エレボスに任せきりだったのだからいきなり代理なんてさせたところで断られるだろう。ヴァレッタは立ち上がり、禍々しく枝分かれした剣を担いで唇をペロリと舐めて部屋を後にする。

 

「【静寂】のガキもだいたいわかった。恐れるほどじゃねえよ、いくぞテメェ等、存分に暴れろぉ」

 

 

×   ♪   ♪

地上

 

 

どこかで誰かが戦っている音がしていた。

轟音なり爆音なりに耳朶を震わせながら、女神は石畳の上を走っていた。地面についてしまうほど長いロングスカートを摘まんで走るその所作さえ上品に思えて、けれど頭を覆うフードのせいでどこかちぐはぐ。走ることで揺れる悩ましい乳房を見れば誰であれ喉を鳴らすことだろう。

 

「やあアストレア、急ぎの用事かい?」

 

「ええヘルメス、ちょっと逢瀬(デート)の予定があるの」

 

「そのフード、随分似合っているじゃないか。どこで買ったのか教えてもらってもいいかい? 今度、可愛い眷族にでも贈ってあげようかと思うんだ」

 

「あら可愛い眷族の顔を隠すような物を与えていいのかしら? 素顔が見れるのが一番ではなくって?」

 

「ははっ、違いない!」

 

そんなアストレアの横を並走するようにしてヘルメスが合流する。

軽口を交わして互いの存在を確認、ヘルメスは帽子を押さえるようにして走りながらアストレアへ情報提供。

 

「君の眷族達は無事だ。目も覚めた。俺の眷族が確認した」

 

「地上に出ているの?」

 

「いや、それはまだだ。装備が全損していたらしくてね急ぎで用意できたのは3人分だけだ。ベル君が無駄に多く武器を持っていたことが幸いだった」

 

「………」

 

「ベル君も無事だ。ただ今回の件が発生してしまった時にいた場所がよろしくなかった。結果、ベル君とアリーゼちゃんには『裏切り者』の容疑がかかっている。これは貴方も知っての通りだ」

 

「ええ」

 

「それでベル君はその時に近くにいた冒険者達に追われる形になってしまってね…今も単独行動中。フレイヤ様が回収しているのを俺の眷族が確認したらしいんだが……」

 

「なら、今の戦闘音もフレイヤの企みかしら?」

 

「恐らくは」

 

身振り手振りで説明するヘルメスに、相槌なりで返すアストレア。

自分の眷族達が裏切り疑惑が付いているなど、なんとも許しがたいことではあるが混乱に陥るようなことがあれば仕方のないことだろう。フレイヤはフレイヤで勝手にやってくれているみたいだし文句の1つでも言ってやりたいが、彼女がベルを一時的にとはいえ拾ってくれたことでベルに休息させる時間が与えられたと思えば黙るしかない。

 

「ほお、アストレアが外に出てるとはなあ……あの女神何を考えとるんや」

 

「ロキ……」

 

「ロキ、貴方はギルドへ行くのかい?」

 

「んや、うちはロイマンの顔でも見て眷族のとこへ戻るつもりや。こういう時こそ一致団結せなあかんからな」

 

「「ロキの口から一致団結なんて言葉が出るなんて」」

 

「おいコラ!!」

 

道を走るアストレアとヘルメスへ合流するようにロキが混じる。ギルド長の顔でも見に行くと彼女は言うが一番情報が集まる場所で眷族の負担が少しでも減らせるようにと彼女なりに思ってのことだろう。アストレアはフードを被っているにも関わらず連続で2柱にバレたことについて「フードかぶっても意味ないじゃない」と素顔を晒した。胡桃色の長い髪が走りにあわせて揺れる。

 

「ま、まあ、あれだ。確かにロキの言うようにこういう時こそ、協力することは大切だ」

 

「私達神々(おとな)眷族(こども)達のお手本にならなくてはいけないわね」

 

「そーいうこっちゃな。ま、お互いやられっぱなしっちゅーのも気に入らんしな」

 

「ところで貴方達はエレボスの言った『暗黒期の再開』についてどう思う?」

 

「ハッタリでしょう? 仮にこのオラリオで起きていることの全てを見ている者がいたとすれば白けているわ」

 

「ハッタリやろ。周りを見てみい。ウチらが自由に走り回れるくらいには暇があんぞ」

 

「最初こそ被害が大きかったけれど、それだけ。謎の怪物達による襲撃もあったけれど、すぐに鎮圧された。所謂、嫌がらせレベルのことしか起きていない」

 

「やっぱり、か」

 

「フレイヤはたぶん、それが誰よりも早く分かったから動いたんやろ」

 

「でしょうね」

 

あいつ動き回り過ぎやねんと毒づくロキに肩を竦めるアストレア。彼女は知らない。自分が可愛がって面倒を見てきた白兎が眠っている間に彼女の派閥の団員服に着せ替えられていたことを。ヘルメスもまた知らない。正義の女神に可愛がられ美神に惚の字を向けられているうらやまけしからん白兎が、眠っている間に身体を綺麗綺麗されていたことを。知れば吐血し代わってくれと男神は言うだろうし、アストレアは往復ビンタかギロチンをフレイヤにプレゼントしかねないだろう。

 

「まあとりあえずアレや」

 

「アレかい?」

 

「アレ……ねえ」

 

「一致団結せなあかん状況、やらかしたボケを分からせる……大切なことや」

 

「なら言わなきゃいけない言葉があるわけだ」

 

「………」

 

「こういう時はせーのでいこか」

 

「ああ、せーのでいこう!」

 

「息を合わせるのって大切ですものね」

 

ほんのりと羞恥に頬を染めるアストレアは眉間を摘まむがロキとヘルメスは気にしようともしない。むしろそれが言いたかっただけでは? というほどの雰囲気を纏っている。

 

「「せーのっ」」

 

「せ、せーの」

 

2柱に遅れてアストレアが口にすると、3柱の神々は声を大にして言う。

 

 

「「「おのれ、エレボスッッ!!」」」

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